無免ヒーローの日常   作:新梁

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切るとこなくて一万八千文字です。読むのに根気がいるかもしれません。あと、今回は書くのもーほんっっっっとーーーーに楽しかった……滅茶苦茶楽しかった……

本当に、本当に……色々言いたい事が多いんですが…………仕上げを御覧じろって訳で、取り敢えず一言だけ。

…………今まで理解してませんでしたが、どうやらこの小説のジャンルは、ギャグです。

あと、今回ちょこちょこと注釈が出てくる所があるんですけど……取り敢えずそのシーンが終わるまでは注釈開かずに、シーンの終わりまで読んでからもう一度注釈を開きつつ読んでもらえれば二度美味しい感じになると思いますね。ハイ。まぁ好きに読んでくださるのが一番いいんですけど!

今回のあらすじ

クロスオーバーの恩恵と弊害。

リア10爆発46さん、たかたかたかたかさん、Lősさん、誤字報告ありがとうございます。


第四十話。世代の王(爆豪勝己)

 自他共に認める怖いもの知らずである夜嵐イナサには一つだけ……たった一つだけ、深いトラウマがあった。あるヒーローに関する、幼い頃のトラウマが。

 

 日本社会において、オールマイトの次点に座するヒーロー……エンデヴァー。努力の名を冠したそのヒーローは、その言葉から感じる熱いイメージとはまるで異なる絶対零度の炎を瞳に宿していた。

 

 絶対零度の、『炎』だ。

 

 メラメラと燃えて、何もかもを焼き尽くしそうなのに、そこに暖かさは無い。熱さは無い。触れれば全身が凍りつき、冷たいままに形を保てなくなる。そんな、そんな、余りにも冷たすぎる炎。

 

 かつて幼かった夜嵐少年は、少年だからこその感受性でその炎を恐れた。

 

『眼の前の(コイツ)は俺の事をゴミとさえ思っていない……!』

 

 その時夜嵐少年は、産まれて初めて人を恐れた。産まれて初めて人を嫌いになった。

 

 エンデヴァーのあの眼が、どうしようもなく、怖かった。

 

 

 

 そして、今日見た一人の少年が、そんな夜嵐のトラウマを酷く刺激した。

 

 轟焦凍。

 

 轟炎司……エンデヴァーと同じ姓。エンデヴァーと同じ髪。

 

 エンデヴァーと、同じ……瞳。

 

 だがそれでも、その瞳にかつての恐怖心を掘り起こされても、夜嵐は折れなかった。むしろ、『この男と友達になればあの眼も好きになれるかも』と考えを改め、実技試験が同じグループになったのもむしろ丁度良いとさえ思った。

 

「あいつ……ッ、やっぱ早え! スゲェ!」

 

 轟のスピードは、平地ならば同等。上り坂では足場を作る分自分よりも上。下り坂では足場の作成が追いつかず自分の方が上。まさに互角。夜嵐は産まれて初めて本気で個性を使用できるこの場において、これだけ張り合える相手がいる事が嬉しくて仕方が無かった。自然、口角は上がり、先程までの気分も浮き上がっていく。

 

 夜嵐は、自分と隣り合って走ってくれる人間がいる事が嬉しくてたまらなかった。

 

 直線の加速度ならば夜嵐が上。カーブを曲がり切る速度は轟のが上。

 

 夜嵐はトラップを風で飛び越え、轟はトラップ装置を凍らせて発射自体をさせない。ほぼ同じ速さだが、曲がりくねった道の多いコースの性質上、どうしても轟が前に出ていた。

 

「スゲェ! ヤベェ早えッ! けど……負けたくねえッ!!」

 

 負けたくない。その一心だけで夜嵐は瞬間的に自分の限界を微かに乗り越え、コースの最終カーブを轟と同じ速度で抜けた。そうなれば最後の直線は夜嵐に有利である。

 

「……ッヌオオオォォォッ!!!!」

 

 ゴッ、と暴風を纏い、夜嵐は轟を抑え一位となる。ほんの僅差。コンマ単位の一着。この時夜嵐は、確かに『あの眼』の事を忘れていた。そして、それが悪かった……

 

「いやー! あんたすげえッスね! 今の戦い、熱かったッス! なぁもしかしてアンタ……」

「黙れ」

 

 それは、爆豪(とんぬら)が言うのと内容としてはそう変わらない無愛想な台詞。しかしそこには、絶対零度の『冷たい炎』が灯っていた。

 

「試験なんだ。合格すりゃそれでいい……お前と勝負してるつもりもねえ」

 

 理論はまともであったが、無防備に熱くなっていた魂が冷たい炎に炙られ、夜嵐は『仲良くなれる』『良いライバルになる』と手放しに信じていた自分の心が確かに折れるのを聞いた。

 

「邪魔だ」

 

 きっとあの男は……轟は雄英に来る。だが、自分は轟と同じ場所で暮らしていける自信が無かった。あの冷たい炎に耐えられる自信が無かった。

 

「…………俺……どうしたら良いんすかね……?」

 

 以上の話を聞いた爆豪は。

 

「クソ坊主」

「え?」

 

 爆豪は鏡に向かって悩んでいる夜嵐の肩を掴んで身体を自分に向けさせ、グッ、と右拳を握り締めた。

 

「歯ぁ食い縛れや」

 

 ゴッ、と鈍い音。その巨体を軽く飛ばす勢いの拳を受け、夜嵐はズシャ、とその場に倒れ込んだ。

 

 その夜嵐の肩を蹴り飛ばし便所の床に叩きつける。そして肩を踏んだ状態で爆豪はフンッ、と鼻を鳴らして夜嵐を見下した。

 

「いって……何すんすかとんぬら!」

「俺にだって居んだよ」

「………………は?」

「……最初の質問だ」

 

 夜嵐が爆豪にした最初の質問。

 

「俺にだってなァ、どーしても気に入らねえ奴ァ居んだよ」

「……人類?」

ブチ殺すぞ

 

 夜嵐の肩から足をどかせた爆豪は、「逃げんな」と、一言だけ呟いた。

 

「逃げんな……って……」

「嫌いなら(きら)やァ良い。見下したきゃ見下しゃ良い。叩き潰したきゃそうすりゃ良い……けどお前、いっぺん逃げたら……もう全部終わんぞ」

 

 爆豪がどうしようも無くソリの合わない人間……それは十年以上の付き合いがある、あの少年。爆豪はあの少年の近くに居ると、どうしょうもなく居心地が悪くなる。あの少年の眼が、声が、『痛み』を知る前、つまり十年以上前のどうしようもなかった頃の自分を思い出させるからだ。爆豪のその苦悩は、夜嵐の言う苦悩に少し似ていた。

 

 目を背ければどれだけ楽か。逃げ出せばどれだけ楽か。だが、そうはしない。

 

 何故ならば、分かるからだ。一度棒が折れてしまえばもう元には戻らない。曲がった針金は真っ直ぐには戻らない。逃げれば、自分の中の『何か』が、決定的に、絶対的に、終わってしまう。それが本能的に分かるからこそ爆豪は自分の過去から逃げる事だけはしなかった。できなかった。

 

 嫌いで嫌いで仕方が無い……自分の天敵(過去の自分)から、爆豪は逃げた事が無い。彼は、いつでもかつての自分と戦っている。

 

 爆豪の余りにも彼らしくないごく普通のアドバイス(と言うには言葉が足りなすぎるが)は自分と同じように自分の天敵(過去の記憶)と戦っている夜嵐にある種の共感(シンパシー)を抱いたからだ。だからといって顔面を殴る必要性は無いが、それはこの十年間で身につけてしまった悲しい悪癖である。今まで爆豪自身思春期特有の色々な悩みを師や兄弟弟子と殴り合って解決してきたのだからこれはもうしょうがない。彼はこのやり方しか知らないのだ。本当に文明人? 

 

 夜嵐にその辺りの事情は分からない。爆豪の過去を知らなければ、今の彼を見てそこに気付ける人間はいないだろう。だが、夜嵐にはいま爆豪が自分を気遣ってくれている、真剣に自分の悩みについて答えてくれているのだと言うことだけはしっかりと分かった。

 

「…………とんぬら……」

「じゃあな腐れ坊主。俺ぁもう行く」

「っとんぬら!」

 

 今度こそ夜嵐がこれ以上話を続ける前にズカズカと便所を後にした爆豪は、次組待機場所へと向かう。その背中に、夜嵐の「ありがとー! 俺ちょっと考える!」という声が届いて、爆豪は盛大に顔を顰めて舌打ちをしつつ地面の砂を蹴り上げた。

 

 

 

 受験生待機場所。次組待機地点。

 

 

 

 次組待機地点には既に爆豪と共に走る受験生が全員待機していた。腕時計を見ながら最終組最後の一人である爆豪の到着を待っていたイレイザーヘッドが、爆豪の姿を見てバインダーに何かを書き込んだ。

 

「来たか」

「ッス」

「お前が来る前にクジは全員引いた。お前のスタート位置は右から三番目だ」

「オウ」

 

 気合の入っていない語気。適当な準備体操。それを見た他五人の受験生は爆豪に対し訝しげな視線を向ける。だが、その場において相澤だけが爆豪に険しい目を向けていた。

 

(…………爆豪勝己。『あの』フランケン・シュタインが十年以上鍛え抜いた二人の中学生、その片割れ……そして、シュタイン自らが『恐らく世代で最強』とまで言うポテンシャルを持つ男……一度戦闘を見たが、アレは個性の全てを振り絞ってって感じではなかった……)

 

 相澤は今回の推薦入試に際してシュタインに連絡を取り爆豪勝己の情報を得ていた。だからこそ爆豪を過剰なまでに警戒しており……だからこそ、爆豪の『それ』を見逃さなかった。

 

(…………! 陽光で分かりにくいが……)

 

 爆豪の手から……学園に提出された個性届からすれば恐らくは掌から、薄く白煙が出ている。

 

(これだけ完璧にリラックスし身体の力を抜いていて……尚臨戦態勢で居られるのか……)

 

 相澤が連絡をとった時、シュタインは『勝己には何よりもまず個性の制御を教えましたよ』と言った。

 

『個性の制御?』

『はい。一に個性、二に個性。三も四も五も個性。身体は出久が居れば勝手に対抗心燃やして自分で鍛えますし、制御できなきゃ自分が死ぬ個性ですしね。勝己のセンス任せじゃ危なっかしいですから』

『なら個性制御は完璧か……』

『まぁ、戦闘においては』

『戦闘においては?』

『えぇ……勝己は異形型複合なんでこればっかりは仕方が無いんですけど……生理反応で、戦意が高揚すると爆発汗の分泌を抑えきれずに掌から煙が出始めるんですよ。限界まで抑えられるように訓練はしましたけど』

 

(……シュタインは限界まで抑える訓練をしたと言っていた。つまり今コイツは爆ぜる限界点ギリギリって訳だ)

「……なァ」

「何だ?」

 

 爆豪は自分でも爆発汗が抑えられていないのは分かっているのだろう。出来るだけ自然に見えるような感じに腕を振りながら挑みかかるような眼で相澤を見る。

 

「個性使用はどの程度やって良いんだ? コースブッ壊しても良いんか」

「構わない。けど他受験生への攻撃はNGだ。流れ弾は兎も角な……この試験は十数人のプロヒーロー……人の悪意を何年も見続けてきたその道のプロが見ている。どさくさ紛れで……なんてのが通ると思うなよ。正々堂々、一位を目指せ」

「ハン、ったりめーだろ」

 

 そう言って、コキコキ首を鳴らす爆豪。相澤は無線機から準備完了の連絡が来た事で、最後の受験生達にスタートラインに並ぶ指示をする。

 

「ランプ全灯でスタートな」

 

 緊張からか、誰も返事をしないが相澤は黙ってスタート脇に退いた。

 

 一つ。ランプが光る。

 

(何にせよ、コイツの合格はほぼ確定か……)

 

 二つ。受験生が息を呑み、爆豪が指をパキリと鳴らす。

 

(後は……コイツがどれほどの記録を残すか、だな)

 

 三つ。

 

 ダンッ! と様々な個性が炸裂する音を鳴らしながら、受験生達は引き金を引かれた拳銃から飛び出す弾丸の如く、勢いをつけて飛んでいく。だが、相澤の目はスタートラインから動いてはいなかった。

 

 爆豪勝己が、スタート地点に居座っていたからだ。

 

 爆豪は顔を地面に向け膝と腰を曲げ、姿勢を極限まで低く保った状態で背中の後ろで両手の指を組み掌を密閉していた。相当の量の爆発汗が掌の内側に溜まっているらしく、指の隙間からはしゅうしゅうと先ほどの比ではない量の煙が吹き上がっている。

 

「イレイザーヘッド、もうちょい離れてくんねスか」

「……さっきの忠告か」

「密集してるトコで全力出しゃ全員巻き込むからな。極力誰も巻き込まずに全力出すならやり方は一つ……」

 

 地面に向けていた顔を前に向け、ギィッと歯をむき出して凶暴に笑った爆豪は、叫ぶ。

 

「ゴボウ抜きだ……!」

 

 イレイザーが完全に爆豪から離れたその瞬間、爆豪の掌がチカッ、と光る。

 

 轟、音。

 

 最早大音量というレベルではない、音という物が『物理現象』であると強制的に理解させられるような、音で作られた壁にぶち当たるかのような衝撃。そして肌をジリジリと焼く熱風に耐えた相澤は、耳を指で塞ぎつつも咄嗟に掛けたゴーグル越しに見える景色に頭を抱えた。

 

「……シュタイン……とんでもない化け物を育てやがったな……来年入学したとしてどーすんだ、コレ……」

 

 眼の前にはスタート位置のゲートがあった。

 

 そして、そこよりも後ろの位置には何も、何も無かったのだ。あるのはただ、めくり上げられた地面、立ち上る土煙……それのみ。

 

 爆豪勝己のたった一度の個性使用。それはそれなりに固く作られていた地面をめくり上げる威力であった。

 

 

 

 勿論、爆豪の異常性を認識したのは相澤だけではない。この場には複数の監督官が、そしてそれ以上に多くの受験生が居たのだ。だが他の受験生はコースから少しばかり離れた場所で待機を命じられており、そういう個性でもない限り全周三キロのコースを見渡す事などできず、見えるのは待機場所に近い一部だけである。ちなみにスタート位置はそこから見えない場所に設定されている。

 

 カメラ中継や実況等は受験生に余計なプレッシャーを与えるとして行われていない。

 

 だが、それは、そのあまりにも大規模な爆発は、既に試験が終わり待機していた受験生達にも目視する事ができた。

 

「ば、爆発!?」

「オイ、俺らん時あんなギミック無かったぞ……?」

 

 ザワザワと浮足立つ受験生達の中で、塩崎が「あら……」と呟いて、クスクスと笑う。それを偶々聞いた眼鏡をかけた大柄な青年……飯田は塩崎に「何を笑っているんだ? 君はアレが何なのか分かるのか?」と訊ねた*1

 

「えぇ、勿論……」

「い、一体何なんだアレは!?」

 

 この一組前の試験で圧倒的な高タイムを叩き出したらしい(コースを走り終わった者から順に待機場所に戻ってくるため、詳しいタイムは分からずとも他に比べてどれだけ早いかは分かるのだ)塩崎の言葉に皆が注目する。その注目に塩崎は少々困ったような顔をして*2フゥ、と軽く息を吐いた。連続する爆発光は既にコースの半分を過ぎている。

 

「アレは私達と同じ、一人の受験生が起こしているものです」

「ば、馬鹿な……あんな規模で連続して個性を発動できる物なのか!? 第一……」

 

 塩崎はずっと試験コースに向けていた目を逸らし、飯田の顔を今初めて真っ直ぐに見つめた*3。その、先程までの笑みが消えた深い色の瞳に飯田は軽く身じろぎをし、続けようとしていた意見を飲み込む*4。それを見た塩崎は再び口元を笑みの形に変え、コースに視線を戻す*5

 

「個性、それが『個』人に依存するその人だけの特『性』であると言うのならば、その規模もまた人それぞれ……十人十色、万人万色というもの」

 

 塩崎は左手で首に下げていた、ポップなドクロを中心にあしらった銀のロザリオを取り出し*6、クッと軽く握り込む。そのロザリオはかつて『超人化』という時代の波に抗った人間達が身に着けた事に端を発している……今は滅びた思想の物だという事は、この場においては彼女しか知らない。

 

「……私達の知らない『個性が存在しない』時代であればまだしも……この超人社会において、有り得ない等という事は有り得ません」

「……そういう、物か……」

「ええ。それに、何よりも」

 

 そこで言葉を切り、塩崎はコースを眺めつつその笑みをより深く、深くした。

 

「何よりも……私に宣戦布告をしたのですから……この程度はして頂かなければ」

 

 変わらぬ表情。変わらぬ態度。塩崎の魂にはほんの少しのブレも存在しない……だが、その蔓薔薇のような長い髪が、ザワ、ザワリ、と武者震いをするように蠢いた*7のをその場に居た全員が見た。

 

「ふふっ……この学校に入学するのが楽しみです……本当に、魂の底から……」

 

 と、まぁ……相澤が来たる未来を予想して戦慄したり、塩崎がワクドキいばらちゃん劇場をやっていたりする事などまるで知らない爆豪は現在どうしているかと言うと。

 

(……眼が開けん……!)

 

 割とピンチだった。

 

 母の、汗腺がグリセリンを分泌するという異形型個性と、父の表皮から火花を散らすという発動型個性の複合個性……それによって産まれた爆破の個性はとても汎用性が高く、それこそどんな使い方でもできる上に使えば使う程に威力が増していく、成長させやすい個性であった。この個性がどれだけ優秀かと言うと、かのシュタイン博士が何の皮肉でもなく普通に「俺もこの個性欲しかった」と呟くレベルである。

 

 そんなポテンシャルを持つ個性であろうと……否、そんなポテンシャルを持つ個性であるからこそ、実生活においてはその能力の大半を封印せざるを得ない現実がある。というか普通に生活していて爆破の個性が必要な場面など存在しない。あっても度重なる発目明の実験失敗の余波を食らい点火装置が壊れかけているガスコンロに火を点ける位である。そしてその時でさえ使われるのは爆破の個性ではなく、爆破という個性の一部分……掌で火花を起こすという部分のみ。爆豪勝己の個性は、まさしく『純戦闘用』と呼ぶべきものであった。

 

 だからこそ爆豪勝己はこれまで市街で個性を使う事など決してしなかったし、訓練中も、主に訓練場所の広さの問題で爆破を移動には使用しなかった。よって、彼は自分の個性のリソースを完全に移動に割り振った際、どれ程のスピードが出るかを把握していなかったのだ。

 

 これは、爆豪勝己が自己鍛錬のみを行っている世界線(原作時空)では存在しなかった現象である。だがこの世界線(無免時空)で師を得た爆豪勝己の個性は格段に強化されており、その移動スピードは百八十キロ程度である。目を開けないのも無理は無い。よって現在彼は目を開ける事ができ、なおかつどんな障害物が出てきても対応できる、ちょっとした原付きバイク程度のスピードでコースを文字通り爆走していた。

 

 爆豪はもっとスピードが出せると分かっているのにそれができないストレスで大声を上げたかったが、今口を開ければ風が入ってきてエライ事になるのが分かった為、人を五人くらい殺しそうな憤怒の表情をしながらチビチビ(と言っても他の生徒の三倍近く早いのだが)進んでいた。

 

(コースの形とトラップがどんなんかが分かりゃ目ェ閉じてても速度計算して現在地割り出して道なりに進めんのに……!)

 

 いくらなんでもその理屈は無理があるんじゃない? 

 

 まぁ例え出来たとしても結局の所試験コースは事前公表されていないので爆豪はひたすら進むしかない。爆豪は進路の邪魔をするように飛んできたミサイル弾を脇に抱えてクルリと空中で一回転し、飛んできた方向にミサイルを投げ返した。いくらなんでもそのカウンターは無理があるんじゃない? 

 

「っぬっ…………ッグウゥゥッ!!!」

 

 そうこうしつつ爆豪は爆速でヘアピンカーブに突っ込み、片腕をカーブの外側へと向けて減速を極限まで抑えつつカーブを曲がる。遠心力で意識が吹っ飛びそうになるが、歯を食いしばって意識を繋ぎ止め、カーブを曲がり終えた所で見えてくる落とし穴地帯を飛び越えようとした時、脇腹に硬質ゴム弾が突き刺さった。

 

「ぐっ、オ……!?」

 

 弾の飛んできた方向を見ると、セントリーガンが道一列にズラッと並んでいるのが見えた。予期せぬ伏兵に爆豪は眼と口端をどエラい角度まで吊り上げ、瞬間的に加速する。爆豪の最大威力爆破によるゼロヒャク……即ち完全停止状態から時速百キロに到達するまでの時間は、約三秒。ちょっとした大型バイク並である。

 

 爆豪はそれこそ瞬時の内にセントリーガンの前に到達した。そしてそこでセントリーガンを薙ぎ払おうとした爆豪は、それの銃身が取り外せる事に気が付く。ギィッと口元に凶悪過ぎる笑みを浮かべ、銃身を持って台座部分を蹴り飛ばして破壊した爆豪は爆速ターボを片腕で行いつつ笑いながら手に入れたそれを乱射した。

 

「ックハァッハハハハハァ! 吹き飛べクソゴミスクラップ共がァァァ!!!」

 

 セントリーガン、ミサイル、対空ドローン。全てが爆豪の手により蹂躙されていく。機銃なんて今初めて持った筈の爆豪が腰溜めで撃つその弾は何故か寸分の狂い無くあらゆる障害物を蜂の巣にしていく。やっぱりアレだろうか。銃とか暴力とか、そういうのに並ならぬ適性があるのだろうか。爆速エンジンが出力半分(片手)になった事でスピードが下がり口を開く余裕もできた爆豪は最早絶好調である。

 

「ピガガガッ、侵入者ハッケン! ブッコ」

「テメェーなんぞに俺が殺せるかァ!!! テメェが死ねゴミロボ!!!」

「ピガ──ッ」

 

 弾を撃ちきった機銃を進路上に出てきたロボットの胴部に突き刺してロボの動作を止め、手早くその構造を確認。そしてニヤリと笑った爆豪は、ロボットのセンサー部の保護バイザーと金属コードを何本かちぎり取ってからパキ、と指の関節を鳴らして掌をロボの胴に押し当てた。

 

「……上は、邪魔だ! 消し飛べや!」

 

 ズンっ! と再び辺り一帯の空気を揺らす爆発。至近距離でそれを受けた哀れなロボットはローラーで移動するタイプの脚部以外チリすら残っていなかった。

 

 そして爆豪は脚でその脚部パーツにしがみつき、ローラーがフリー回転している事を確認してから両手を爆破させる。足下がローラーになった事で、今まで身体が浮くように斜め下に向けて爆発を起こしていたのを水平方向に向ける事ができ、結果爆豪のスピードはより上昇した。

 

「ダァルァァァァァっ!!!」

 

 スピードをゴリゴリ上げながら手元で先程引き千切っていた金属コードとバイザーを上手く組み合わせて即席の風防を作った爆豪は、それを顔に掛けてフン、と鼻を鳴らした。

 

「まぁ、こんなモンだろ……」

 

 そう呟いてからジャージの首元を引き上げ、鼻と口を覆うようにした爆豪は、遂にトップスピードに躍り出る。先程までとは格段に違うスピードに物を言わせ僅か数十秒で残りのコースをカッ飛ばし、ゴール目前と言うところでコースの先にこれまでとは一風違う障害が見えてきた。

 

「…………ハッ、大盤振る舞いじゃねえか! 今すぐにそこどけやァ! どかねーなら消し飛ばすぞ!」

「ウウム、間違イ無ク貧乏クジ……シカシ、ココデ立チ塞ガルノガ私ノ役割……」

 

 ゴール直前に陣取っていたのは、全く同じ、フルフェイスマスクとロングコートが特徴的な格好をした六人のヒーロー……エクトプラズム(分身体)であった。爆豪に聞こえない声量で少しだけ愚痴を零したエクトプラズムは、それぞれが少しバラけて戦闘態勢を取る。それに対し爆豪は。

 

「……いっちょ、出しとくかァ……『最大』」

 

 そう言って、右手と左手の指を一回ずつパキ、パキ、と鳴らした。

 

 それは、爆豪の『弾薬装填』である。

 

 まだ小学生にもなっていない頃より常日頃から至る所で個性を使い続けてきた爆豪の力は、人を容易に殺傷できるレベルである。その事を憂慮したシュタインが爆豪に教えたのが『指の関節を鳴らす』というごく単純な動作を威力操作のトリガーとする事であった。

 

 指を鳴らさなければ、ある程度の威力までしか出さない。指を鳴らせば威力上限の開放。シュタインはそれを爆豪の身体に(拳で)完璧に教え込んだ。

 

 ルーティン。反復動作。パブロフさん家の犬のやつ。言い方は多々あるが、今重要なのは爆豪がこれを両手でやった事である。

 

 一度目、スタートダッシュ時には片手を鳴らし、片手で最大まで分泌された爆発汗でスタート地点をめくり上げた。

 

 二度目、コース途中で片手を鳴らし、最大まで分泌された爆発汗でロボをチリすら残さず消し飛ばした。

 

 なら……両手なら? 

 

「ッルァァァアアアア!!!!」

 

 爆豪(エンジン)が『溜め』に入った事で加速度が無くなり慣性移動となったロボの脚部。その上で雄叫びを上げながら両手の隙間から大量の煙を吹き上げる爆豪。その姿を見てエクトプラズムはマスクの内側で目を細め、呟く。

 

「…………本当ニ中学生カ?」

弾薬装填(カートリッジ)……双腕(ツイン)!!」

 

 爆豪が、手首のスナップを効かせて、クロスチョップのような形で空を切る。

 

 その時、爆豪の手中から爆発汗が空中に振りまかれるのを、エクトプラズムは確かに見た。そして……

 

 振り切った掌が、バチッと火花を散らす。

 

面制圧爆破(スプレッド)ォ!」

「……凄マジイ実力……ダカラコソ……」

 

 爆豪の掌に残った爆発汗がまず爆発し、その熱がまるで連鎖するように空中の滴に引火、それはコンマ数秒の内に広がり、辺りの地面ごとその場に居た六人のエクトブラズムを焼滅させた。

 

 哀れなるエクトプラズムと共にズタボロになった地面にタイヤを取られ、ここまで爆豪を運んできた脚部パーツが転倒する。爆豪はタイミングを見計らってそのパーツから飛び降り、何度か空中で爆破を繰り返して滞空時間を調整し、先程の爆発で消し飛んだゴール地点に着地する。そして両手両足を地面に着け、ザザァーッ、と摩擦を掛けてそれまでの勢いを殺した。

 

「ハイゴール! やっべえなお前! んじゃこっちから控えのテント戻っててな!」

「オウ」

 

 それから十数分程経ち、受験生全員が揃った所で試験管の相澤が手を叩いて注目を集める。

 

「あー、取り敢えず全員お疲れ様でした。後はこのまま仮設更衣室に戻って着替えた上で各自帰宅してくれ。試験結果は大体二週間ほど後に郵送で届く予定になっているが、三週間を越えても郵送が来なかった場合は雄英事務に連絡してくれ。それと、合格していた場合はすぐに書類等を提出するように。では、解散」

 

 言うだけ言ってサッサとハケてしまった相澤に呆気にとられつつも、パラパラと受験生達は更衣室へ戻っていく。

 

「今回はコピーした個性の特性を把握しきれなかった! 今からやれば本当の僕の力を見せられる! 今からやれば!」

「負け犬」

「コピー個性!? スッゲぇッス! とんぬらもそう思うっすよね!」

「うるせえ黙れカス」

「とんぬら君! 君は凄い実力を持っているようなのに態度が悪いぞ! ヒーローを目指すものとしてこういう場では節度のある……」

「あ、轟!」

 

 この一日で何故かちょっと仲良くなってしまった連中と爆豪が更衣室に向かっている時、夜嵐が一足早く着替えを終えて更衣室から出てきた轟を見て声を上げた。そして早足で轟の前に立ち塞がった夜嵐は、「チョットいいすか」と半々に別れた頭を見下ろす。

 

「……何だ」

「俺、アンタの事嫌いっす。自分の世界だけで全部の事を決め付けて、それ以外は見ようともしない……その冷たい眼がどうしても好きになれない」

「……あ?」

 

 ザワ、と周りの人間がその発言にこちらを気にし始める。夜嵐はコチラをじっと見ている爆豪をチラリと見て、それからニッカリと、笑顔を作った。

 

「けどこのままにはしねーっす!」

「はァ?」

「宣戦布告だァ!」

 

 轟の声に答えずそう叫んだ夜嵐は、ビッと轟の顔を指差した。

 

「俺はいつか絶対に! アンタにライバルと呼ばれてみせる! アンタの視界に嫌でも映り込むくらいデッカイ男になってみせる!」

「…………は?」

「あ、あと友達にもなる! 今は嫌だけど、そのうち!」

 

 轟は先程までの険しい視線を消して呆けた顔をし、夜嵐はというと満足そうな顔で「そんだけー!」と言って爆豪達の方に帰ってきた。

 

「テメェ……」

「へへ、言ってやったっス!」

「……確執ってやつかな?」

「そんな感じ! そういや皆どこらへん出身なんすか!? あ、メッセージのアカウント交換しないすか!」

「誰がするか!」

「えー!」

「黙れや! お前みてェな大男がえーとか言っても気持ち悪さしか無ぇんだよカスが!」

「君は本当に口が悪いな! 態度の悪さで落とされても知らないぞ!」

 

 何かから吹っ切れたように晴れやかな顔で、今日できた友人達とゲラゲラ笑いながら更衣室に入っていく夜嵐。

 

 その後ろ姿を、轟はじっと見つめていた。

 

 

 

 更衣室。男子部屋。

 

 

 

「とんぬら」

「アん?」

「俺、やっぱ雄英には行かないッス……さっきは轟にああ言ったッスけど、そんなすぐには割り切れないスから……」

 

 間違いなく今回の試験でトップクラスのタイムを叩き出している筈の男の棄権宣言に、何故そんな勿体無い事をと叫ぶ飯田や推薦枠が増えて有り難いと高笑いする物間を始めとした周囲が思い思いにざわめく。しかし、それを言われた本人である爆豪は鼻をフンッと鳴らしただけで、何も言わなかった。

 

「そうかよ」

「……それだけスか?」

「他になんかあんのかよ」

「いや、無いけど」

「逃げる以外なら好きにすりゃ良いだろ。後は俺の知ったこっちゃねえな」

 

 爆豪的に一時退却はセーフらしい。

 

 というかこの爆豪、どうやら本当に自分が気に入らないからという理由だけで夜嵐にアドバイスをしていたようだ。学生服のズボンを履きポロシャツを着た爆豪は、バンッと更衣室のロッカーを閉めてサッサと出ていく。

 

「あ、とんぬら! メッセアカウント駄目ならせめてケー番……」

「知るか! アカウントの代わりで聞く情報じゃねえだろそれ!」

「とんぬら〜!」

「ついてくんなや! ズボン履きながら寄ってくんな気持ち悪い!」

 

 ズカズカと出て行った爆豪と、半ケツでピョンコピョンコ跳ねながらそれに追従する夜嵐を見てから顔を見合わせた二人は、黙って着替えを再開した。

 

「色々な人が居る……世の中、広いな」

「確かに……にしても推薦辞退か。天才のする事は僕には理解できないな」

 

 

 

 そして。結果。

 

 

 

 一組。飯田天哉。記録、十五分一九秒。九位。

 

 二組。取陰切奈。記録、十四分〇〇秒。六位。

 

 三組。夜嵐イナサ。記録、十二分三三秒。三位。しかし試験終了直後に合格辞退の意を伝えられたので今回は検討しない事とする。

 

 同じく三組。轟焦凍。記録、十二分三三秒。カメラ判定により四位。

 

 同じく三組。骨抜柔造。記録、十四分三二秒。七位。

 

 五組。八百万百。記録、十三分五八秒。五位。

 

 六組。物間寧人。記録、十四分四一秒。八位。

 

 七組。蛙吹梅雨。記録、十五分四〇秒。十位。

 

 九組。塩崎茨。記録、八分〇四秒。二位。

 

 

 

 そして最終十組……爆豪勝己。記録、五分四九秒…………一位。

 

 以上の上位十人が、推薦入学者決定会議へと掛けられる事となる。

 

 

 

 会議室。推薦入学者決定会議中。

 

 

 

「……とまぁ、以上が上位十人です」

 

 相澤が電子黒板に合格ラインを越えたものから上位十人をリスト化してみせる。それを見て雄英教員勢は感心したように深く唸った。

 

「あら、上位十人全員合格平均(十五分台)超え? すんごいわね今年。去年はタイム不足で合格者三人だったのに……」

「八分!? いや五分!? 八分も凄いが五分ってなんだバケモンか!?」

 

 例年よりも明らかに多い合格者に驚くミッドナイトと、二人程明らかにオーバースペックなのが混ざっている事に驚きを隠せないブラドキング。そのブラドにマイクが笑いながら声を掛ける。

 

「あー、例のシュタインとこの奴だよ。タイム計測がてら見てたけどアレはヤベーわ。ブラドの言う通り、バケモンだよ」

「彼のおかげで最終ステージだけ個性フル活用でしたよ私……ぶっちぎってくれたお陰で他の生徒が来るまでに猶予が多かったのは有難いですけど……」

「ヒヒヒ、何もかもブッ壊れた……用意してたモン全部ブッ壊された……アレ今年の一般入学テストにも使う予定だったんだぜ? ヒヒヒ……笑うしかねえ……修理だけで試験用予算オーバーだ……ていうか人手が足りねえ……ヒヒヒ、イーヒヒヒヒ……笑いが止まらねえなぁオイ……報告書書いて予算の上申して、ああ、雄英の在庫で足りない部品と材料調達してくれる物問屋も捜さなきゃなぁ……あと人手が足りねえ……」

「…………………………」

……あー人手が足りねえなぁ!!! 

…………………………

 

 マイクの言葉に試験会場をメンテしていたセメントスとパワーローダーが燃え尽きた様子で会話に加わり、その場にいた教師達を引かせる。セメントスは他受験者の妨げにならないようコースの下からミニバイクに乗って爆豪の後ろをついて回ってコースの補修を行い、パワーローダーは彼の言う通り用意していたギミックを尽くブチ壊されていた。酷い物では爆豪が移動した余波だけで壊れた物もあったようで、爆豪の試験をモニターで見ながら思考停止しフリーズしていたパワーローダーは記憶に新しい。

 

 会議中に全く関係の無い書類の作成をする今の彼の姿は本来社会人として注意されるべきだが、この真っ白に消沈した彼にそんな事を言える人間は一人も居ない。下手な事言って巻き込まれたくないし。ヒーローとは時に非情な決断を迫られるものなのだ。

 

「……マァ、増エタ業務ニツイテハ後デ話ストシテ、今ハ此方ニ集中スルゾ……爆豪ニ隠レテシマッテイルガ、塩崎モ相当ダナ。シカシ意図的ニ全力ヲ出シテイナイ風ダッタノガ気ニハナルガ……」

「確かに、彼女程の個性操作練度を誇るならばもう少し器用……というか、安全に立ち回れる気がしますけどね」

 

 エクトプラズムと、宇宙服のようなスーツを纏ったスペースヒーロー13号は塩崎の映像を手元の端末で確認しながらそう言う。と、上座に座るスーツを着たネズミのような謎生物……根津校長が「多分だけど」と口を開く。その瞬間この部屋に居るヒーローが口を閉ざしてその言葉を傾聴する辺り、根津校長はこの学園で相当に重きを置かれている事が伺える。

 

「自信があったんだろうね、彼女は」

「……自信ですか……」

「ヴルル…………華奢な見た目に惑わされるが確かに、言われてみればこの『相手の攻撃を全て受け止め、又は無効化して進む』と言うのはパワーや防御力自慢のヒーローがよくする戦い方だ」

 

 相澤の後にハウンドドッグが唸る。それに続くようにプレゼント・マイクが「あー俺もたまにやるわソレ」と呟いて端末の画面を呆れたように見つめる。

 

「こういうやり方はどっちかっつーと血の気の多い奴がやるんだけどなぁ……つまり、それに準ずるなら……」

「塩崎茨は見た目とは異なり、その中身は凶暴そのもの……って可能性がある、か」

「割とソレあると思うぜ。こんな戦い方……向いてねえ奴は例え出来てもやらねー。イレイザーだって例え攻撃力のある個性持ってたとして、こんなやり方しねえだろ?」

「……マァな」

 

 相澤がマイクの、自分の事をよく知るが故の言葉に頷く。

 

「……だがまぁ、その上でこんな記録出されちゃあねぇ……」

「……素行の悪い『可能性』程度では八分台の記録は覆せませんよね……」

 

 全員がコクリコクリと頷き合い、それを確認した根津校長が「では!」と塩崎の書類に太鼓判をバンッと叩きつけた。

 

「まず一人、塩崎茨君を推薦入学者に決定するのさ! さぁ次は、爆豪くんかな!」

「あんな奴が来たら設備の修復が間に合わねえ」

 

 最早端末に目も向けずに書類と格闘しているパワーローダーがそう力無く呟く。

 

「大事なのはそれだけの力があるかどうか、ではなくそれだけの力をみだりに使うような性格かどうか、な訳さ! そこを履き違えてはいけないのさ!」

「ヴゥルル……ヴァヴァヴアァヴ!!」

 

 根津校長の言葉に反応したハウンドドッグが何かを叫ぶが、興奮した状態で放たれるその言葉は人語の形を成していない。だがそれにも教師陣は慣れたもので、黙って話を聞いてから一番解読の早かったミッドナイトが代弁する。

 

「『あいつは今日生徒待機場所で乱闘騒ぎを起こしやがったぞ!』ですって。ちなみに私とイレイザーも目撃してる。その上で肩を持つわけじゃ無いけど、一応殴られた方……夜嵐君にも悪い所はあるわ。殴る事が正当化される程ではないけど、一応情報としてね」

「問題行動なのは確かだが、俺が注意してからは夜嵐にちょっかいを掛けられても手は出さなかったのを確認してる。物の分別はつくと思って良いと俺は考えてるんですが」

 

 受験で気が立つ生徒というのは居るものだ。それは緊張であったり逸る闘争心であったり。そんな生徒も幾度と無く矯正してきた雄英教師にとって、爆豪の行動は許容範囲内であった。相澤はこれも教師の務めと、仏心を出して爆豪の行動に渋い顔をする教師陣の説得に掛かる。

 

便所デ夜嵐殴ッテタゾ

雄英出禁にしましょう

 

 相澤が出した仏心は即座に不動明王へと形を変えた。

 

「待テ、イレイザー。マダ早イ」

「一度ならず二度。しかも教師に見えない場所で。コレの何処に言い訳が立ちます?」

「良イカラ聞ケ。判断材料ニハナル筈ダ」

 

 エクトプラズムは今回の試験、その個性を使い多角的に受験生の動きを把握していた。誰かが集団から離れれば分身体が着いていき、トイレ等であれば女性教員を呼んで外から見張らせる。そこまで徹底した対策をとっているのは、過去にそれだけの対策を取らなければいけない程不正が頻発したという意味でもある。

 

 他受験生に対する脅迫、買収。違法な個性ブースト薬の投薬……雄英高校に推薦で入学できるという事がそれだけのステータスになり得るという理由ではあるが、やられる方としては溜まったものでは無い。雄英教師達は毎度何かしらの不正が発覚するたびに溜息を履いたり眉間を揉んだり頭を抱えたりしたものだ。

 

 …………雄英とそれ以外では確かに色々な差があるとは言え、たかだか一つの高校に入学するだけでそれほど躍起にならんでも……と教師陣が思うのも致し方無いであろう。

 

 とまあそんな事はどうでもいいのだが、とりあえずそういう理由によって便所から中々出ない夜嵐はかなーり警戒されていた。エクトプラズムはセメントスにより作られた仮設トイレの、入り口からは見えない壁に凭れかかって個性を発動させる。

 

 エクトプラズムの口から吐かれたエクトプラズムはトイレの通気孔に入り込み、内部の個室にてエクトプラズムの形に変わる。これはエクトプラズムの個性『分身(エクトプラズム)』でありエクトプラズムは口から吐いたエクトプラズムを任意の場所でエクトプラズム自身の分身体としてエクトプラズムエクトプラズムうるせえな。要するに内部に侵入したのだ。

 

 これはトイレにまで監視カメラを付けると問題が多い事を懸念した雄英側のギリギリな対策である。女子トイレの場合はまた別の対策を講じているそうな。

 

(夜嵐イナサ……奴ノタイムハ既ニ出テイル……最早何カノ手ヲ入レル余地ハ少ナイ筈ダガ)

 

 そう考えつつも個室から顔を出したエクトプラズムは、洗面台に手をついて何やら落ち込んでいる様子の夜嵐を見た。

 

(落胆……結果ガ振ルワ無カッタノカ……ソレトモ別ノ要因カ……何方ニシテモ……)

 

 危うい。エクトプラズムは夜嵐の姿を見て、直感的にそう思った。

 

(何ガアッタカ分カランガ……歪マナケレバ良イガ……)

 

 そう思った折、入り口から爆豪が入ってきて、沈んだ夜嵐と会話をする。そこで夜嵐の沈んだ理由が過去の記憶にあることをエクトプラズムは知り……

 

 それに気を取られたから、その話を聞き終わった時いきなり爆豪が夜嵐を殴った事に対処できなかった。

 

「え? なんで殴ったの?」

「私ニモソコハ分カラン」

「出禁で良いんじゃないですかね……」

 

 ミッドナイトとエクトプラズムの会話に13号がそう呟く。しかしエクトプラズムは首を振り、「落トサナイヨウニ頼マレテイル」と言った。

 

「……誰にだ? まさか爆豪にじゃ無いだろ」

「夜嵐ニダ」

 

 ザワリ、とざわめいた教師陣。エクトプラズムは机の上で組んだ自分の手を見つめながら、爆豪はその後夜嵐に対し大変感情的ではあるが説教のようなものをしていた事を皆に伝え、その上で「傍カラ見テイテハ分カラナカッタガ、本人ニハ何カ感ジ入ル物ガアッタラシイ」と言った。

 

 爆豪が去った後すぐにトイレの中の分身体を消し、その背中に礼の言葉を叫ぶ夜嵐に近づいたエクトプラズムはその肩を軽く叩いた。そして爆豪に殴られていた事を聞くと、夜嵐はいきなりその場で土下座したのだ。

 

『ム、イキナリ何ヲ』

『さっきのとんぬらのパンチは俺の目を覚まさせるためにやってくれたんス! アレは、俺の為にやってくれた事ッス! だからとんぬらは何も悪くないんス!』

『……ヌ……シカシ、暴力ハ暴力……』

 

 そう繰り返すエクトプラズムに、土下座していた頭をガッと風が起こる勢いで上げた夜嵐は、額から血をダクダクと流しながらも叫ぶ。

 

『俺が一回目殴られたんは俺がブエンリョにあいつに触ったからで! つまり俺が悪いんス!』

(モウ一回殴ッテタノカ……)

『でもってさっきのは! あのパンチで俺、目が覚めたんスよ! アイツに殴られて俺、救われたんすよ! 俺には分かる! あのままじゃ俺多分周り見えなくなってた! どうしょうもない奴に、俺の大嫌いな奴と同じ場所に行っちまうトコだった!』

『…………』

『人を傷つける力でも、人のために使って!んで人を助ける!! それがヒーローじゃないッスか!』

『……!』

『アイツは多分俺を殴ったらこの試験タダじゃ済まねえかもって分かってたと思う! けどアイツは俺を殴ってくれた!! 俺はどんな処分受けても良いッス! だから! 俺を救けてくれたヒーローのハシゴ外すのは勘弁して下さい!』

 

 再び頭を地面に勢い良く打ち付け、『オネアッシャスッ!!』と叫んだ夜嵐の姿を見て、エクトプラズムは先程夜嵐を殴った生徒がそれ程までの男なのか、少々興味が湧いていた。

 

『……分カッタ……確約ハデキンガ……私ニ出来ルダケノ事ハシヨウ』

『ありがとうゴザイマッス!』

『……ダカラ顔ヲ上ゲロ……血ガ凄イ出テルゾ』

 

「……トイウノガ……一連ノ流レダ」

「青春ねぇ! 良いじゃない推薦入れたげたら!」

「いやそうもいかんでしょう。ミッドナイト先生もうちょい青春贔屓(びいき)隠して下さいよ」

「えー、相変わらず硬いわねぇイレイザー」

「コレが普通でしょう社会人として……感情で事実を誤認するべきじゃない。爆豪は受験監督官の忠告を無視し度重なる暴力行為に及んだ……そこにどんな理由があろうと、そこは曲がらないし変わらない」

「……むうん……俺としては夜嵐の心を救うために……という意味ならば納得はできるが……個人の意見だぞ」

「……ブラド先生の意見を否定する訳じゃ無いです……ですが、個性という名前の暴力を言い方は悪いですが好きに使えるのが我々ですし、爆豪君が我々の立場に立った時の事を考えれば……」

「それは先を見過ぎってもんだろ13号。そもそもそうならないように精神面も鍛えてやるのが俺等の仕事でもあるんだぜ? 入学前の学生の未熟さなんて問題にならない。OK?」

「だが持っている力が力だ……これだけの力を持っている者がその力を振り回せヴァヴォウバァウバウヴォヴヴフブフヴァ!」

「被害って……んなこと言ってもよぉ、ヒーロー科と他の科の絡みってどんだけあるよ? つかそもそも夜嵐のうざ絡みでは手を出さなかったし、試験でも他の五人に被害の出ない立ち回りをしてたんだろ? 俺ぁむしろこの便所の一件が例外に感じるんだケド」

「例外が存在する時点で論外だ。信用できないヒーローなんて存在する価値は無い」

「…………ダァからァさぁ〜〜……それは俺達が指導してやりゃ良い話で……!」

 

 少し苛立ちが混じり始めたプレゼント・マイクの言葉を遮るように、根津校長がパン! と手を鳴らす。

 

「……手っ取り早く行こうじゃないか。爆豪勝己の雄英敷地内出入り禁止に賛成する人は手を上げるのさ!」

 

 根津の言葉に、手を挙げる者はいない。

 

「……良いのかな? 相澤君」

「一度目にも二度目にも、暴力を振るう理由はある様子なので。試験を落とす理由にはなっても『危険人物(ヴィラン)』と見做す理由にはならないと判断しました」

「成程! では今度は……推薦入学者に爆豪勝己を入れる事に賛成する人は?」

 

 今度は、ミッドナイト、ブラドキング、プレゼント・マイクが手を上げた。

 

「成程。何か言う事は?」

「聞いてる限りそこに悪意は無さそうだし、成績は一切の文句無し。落とす理由にはならないと思うわ」

「俺も同様だな。性格の問題は我々が指導できるし、それでも無理ならばお前にヒーローはさせられないと言えば良い。が、正直その可能性は低いと思っている」

「前に同じく。中学の素行も別に問題は無いみたいだしな。むしろ教師陣の評価は高いぜ? 『学校内外で起きる多種多様な問題解決に尽力してくれています』…………だってよ」

「よしよし。では最後に……爆豪勝己の推薦試験失格に賛成する人は?」

 

 根津のこの言葉には、最終的に残った相澤、エクトプラズム、13号、ハウンドドッグが手を上げた。

 

「相澤君はさっきの意見かな」

「はい。推薦入学者は内外に対してその学年の顔になる。問題行動のある生徒を採用する理由はありませんね。一般入学者とは話が違う。ここで無理に通したとして、要らない苦労をするのは爆豪自身です」

「夜嵐ニアア言ッタ手前心苦シイガ……問題行動ハ問題行動。暴力ハ暴力……特ニ、ヒーロー(我々)ハソコノ区別ヲ忘レテハナラナイ」

「エクトプラズム先生に同意です。爆豪君がヒーローに向いてるかどうかという話ではなく、決まりを破れば何かしらの罰がある。そこは徹底するべきだと、僕は思います」

「ヴヴ……俺も同じくだ……決して爆豪がヒーローに向いてないと言っている訳ではない。ケジメの問題だ」

「……うん、処遇については割れたけど、爆豪君個人に対しては大体の見解は一致しているのかな?」

 

 そう言った根津校長は、今手を挙げている四人に賛同するように手を挙げる。その事について残る三人が不満などの色を顔に浮かべていないのを確認した上で、根津は大きく頷いた。そして、先程塩崎の書類に押したものとは別種類の太鼓判を持ち、再度その場のヒーロー達を見回す。

 

「では!」

 

 爆豪勝己…………

 

 雄英高校推薦試験……

 

 超好成績を残すも問題行動多数により、失格

 

 

 

 

 

 ………………約。二週間後。

 

 

「うっわ……同郷として恥ずかし……」

「ありえねェ〜……」

「一番情けねえ終わり方だな……」

「わぁ〜……としか言えなぁぁ〜……い」

「あ、出久さんちょっと、基盤支えてくれませんか……あ、ハイそこです……ちょーっと待ってくださいねぇーっと……」

 

 

 

「…………チッッックショオオオオオがアアァァァ!!!!!!!!! あの騒音クソ大坊主がァァァァォァァ!!!!!!!!!!」

 

 二週間遅れで、爆豪勝己の中学最後の夏は終わった。

 

 

 残暑も終わり、風も冷たくなる。

 

 秋が、来る。

*1
余りにも完璧なタイミングでこちらに疑問を向けてきた飯田に塩崎の中のいばらちゃんは満足げなサムズアップを向けていた。

*2
いばらちゃんは勿論大はしゃぎで

*3
いばらちゃん「人は眼というものに印象の多くを置いています。人と目を合わせる事でその人に対する印象は深まりますが、タイミングを図り然るべき時に目を合わせる事で相手をたじろがせたりも出来るんですよ」

*4
いばらちゃん「ほらぁ!!」

*5
いばらちゃんも満足げである

*6
いばらちゃん「一般的に利き手でない左手を使い行う動作は右で行う動作よりも格好良いという印象を与えやすいと言われているそうです」

*7
わざとらしくなく、それでいて風のせい、身動きをしたせいだと思われない、『内心の昂りが少しばかり髪の動きに溢れてしまった』という感じの動かし方を習得するのにいばらちゃんは半年掛けた。




アーッマジで楽しかったァ!やっぱし小説書くって楽しいなぁ!

いやーついに終わりましたよ春夏編。次の秋冬編もまァーやること多いですけど、頑張ります…………

今回の爆豪の対応とか、そういうのはまぁ……これまでの日常編を使ってこのオチに対する違和感とかご都合感をできるだけ無くしたと個人的には思ってます。ちなみに推薦入学者は取陰が塩崎に変わっただけです。あとあの順位も特に深い意味は無いです。まぁ、あんなモンだろ。

では、秋冬編もその内投稿するんで、その時はよろしく!
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