無免ヒーローの日常   作:新梁

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最初に、皆さんに謝罪しなければならない事があります。

前回よりこっち、十トンのトラックを三人で運ぶという行為をまるで人智を超越した身体能力によりこなしているかのような描写をしている本作ですが、十トンを三人で割ると大体三トン程度となり、我々現実世界の一般人でもそれなりに、まあ押せない事もないかなって程度の重量となる事が判明しました(笑)。

私無免ヒーロー作者のシンヤンはこの事実を大変重く受け止めており、心からの謝罪の上、今後無免達がトラックで荷物の運搬をする際には押すのではなくトラックごと持ち上げて運ぶように文章改善を徹底する事を誓います(爆笑)。

また、この様な文章を書いた作者は責任として『一週間の間仕事の休憩時間に飲むコーラをカルピスに変える罰』、『一週間の間朝に飲む無糖コーヒーを麦茶に変える罰』を受ける事とします。この度は誠に申し訳ありませんでした(大爆笑)。

今回のあらすじ

前半と後半の温度差で風邪を引かないようにしてください。


第四十二話。『明』かされる真実。

 数週間前。発目邸。

 

 

 

 爆豪は既に推薦試験場に向かい、シュタインただ一人になった発目邸のとある部屋で、シュタインは『あるもの』を眺めていた。

 

「………………」

 

 無表情で、じっと、それこそ食い入るようにそれを眺めながら、しかしシュタインの頭脳は高速で回転…………否、空転していた。

 

 その心は、ただ一つ。

 

(……あなた達は……明にこの家を見せる事に……反対しますかねえ……)

 

 発目、見子(みこ)。そして、発目、(たん)。もう十年以上前にこの世を去った、発目の両親。勿論、居ない人間がシュタインの疑問に応える事は無い。

 

「…………フゥー……」

 

 シュタインはゆっくりと煙草の煙を吐き出して、天井の蛍光灯を眺める。

 

 本当は、シュタインは発目が両親の事を忘れたままでも良いと思っていた。臭いものにフタをしたままで……とは言うけれども、発目にとってはいつまで経っても治らない生傷なのだ。その傷に触れないよう、見ないよう、とする事の一体何がいけないというのか。そう、シュタインは考えていた。

 

 だが…………

 

「……明……」

 

 だが。例え……発目がその傷口の痛みに泣くことがあろうと……シュタインは傷を暴く事に決めた。

 

 そうまでしても。そこまでしてでも、発目に伝えたい事がシュタインにはあった。

 

「結局……俺は……親じゃ、ないからなぁ」

 

 シュタインの吐いた煙草の煙は、発目邸の天井をしばらくさまよってから、空に溶けて消えた。

 

 ……丁度、爆豪が便所で夜嵐をぶん殴ってる頃の話である(蒸し返すスタイル)。

 

 

 

 時は戻り。推薦試験場。

 

 

 

「イヨシャァ到着ゥ! 入れてけ入れてけ!」

 

 もう何往復としている廃棄所へのごみ捨てを終えたトラックが試験所跡地へと帰ってきて、その瞬間トラックから複数人の男達が弾けるように離れていく。その男達が向かう先には、大量の鉄骨廃材が山となっている。

 

 その廃材の山を前に、彼等はほぼ一斉に上半身脱いでいたツナギをガバッと着込み、ファスナーを上げる。そして、手袋のマジックテープを確認してからその山にガッシとしがみついた。

 

「ドイショァ!」

「ラッセイァ!」

「ウンルァァ!」

「ドスコイァ!」

 

 それぞれの掛け声と共に明らかに常人の身には余るであろう量の鉄骨を両腕に抱え込んだ彼等は、そのまま気合の声を上げながら一般人よりも遥かに速いスピードで走り、トラックの荷台にジャンプで乗り込み、前の方から順に廃材を詰めていく。廃材を置き終われば荷台の縁から地面に飛び降り、再び廃材の山に突っ込んでいく。

 

「ウオォォオオオ!!!」

「ドアァァァァァ!!!!」

「フンヌルァァァァァ!!!」

「ダァリャァァァァァ!!!!」

 

 みるみると減っていく廃材。みるみる埋まっていくトラックの荷台。落ちないスピード。うるっせえ掛け声。そして荷台が一杯になった所で、四人は同時にツナギの上を脱いで再び上半身裸になった。ツナギが無ければ廃材の角で肌が切れるのだ。

 

「ウオオオオ!! 行くぜぇぇぇぇぇ!!!」

「来いやァァァァァ!!!」

 

 もうなんかテンションが明らかにおかしい四人。それに気が付かない四人はトラックの前に集まって片腕を大きく振りかぶった。

 

「ジャンッッッ!!!」

「ケンッッッッッ!!!!」

「ポンッッッ!!!!!」

 

 突如始まるジャンケン。そのジャンケンに勝った緑谷は「フォォォォァァァ!!!」と奇声を発してトラックの運転席に飛び乗った。

 

「行くぞァァァァァァ!!!」

「セェェァァァァァ!!!!」

「ぬぅふぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 一人が運転席に、残る三人が車体を引っ張ったり押したりしてトラックはゴリゴリ進み始める。

 

「アアアア!!!」

「ハァァァァ!!!」

「ラァァァァあっやべオンギャアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 トラックの前方で牽引していた切島が地面を掴みそこねてべシャッと倒れてしまう。それを慣性の法則に従い、一切の容赦無くトラックが轢き潰した。しかし切島は何事も無いように起き上がる。

 

「俺じゃなかったら死んプォッブ!!」

 

 そして後輪にもう一度轢き潰された。

 

 もはや文句を言う元気もなく散歩を嫌がる柴犬の如き姿勢でズリズリと牽引ロープに引かれ地面を這う切島を心操と爆豪が蹴り上げる。

 

「サッサと立てやボケナスがァ!!」

「いつまで寝てんだ! 起きろ! 休憩してんじゃねえ!」

「いくら体は硬くても心はガラスなんだぜ?」

「何言っとんだお前」

「いいから早く立てって! 重い!」

「ヌァァァ!!! 下剋上オオォォォアアァァァ!!!!」

「オガアッ!! 何しやがる地味野郎が!」

「オァァァ!!!! 爆破止めんな勝己おおおおっ重たァァァ!!! ッホオァァァ!!!」

 

 と、まぁこんな感じでひたすら運び、運び、運んで。

 

 

 

 夕方。推薦試験場跡地。

 

 

 

「……まさか本当に終わるなんて……」

 

 セメントスはすっかり更地になった推薦試験場を見て、呆然とした様子で呟く。その後ろでは芦戸が疲労困憊でブッ倒れている四人のフィジカルおばけをツンツンつついていた。

 

「…………つ……疲れた……」

「あー……腕いった……」

「水……みず……」

「オイ黒目…………触んな……」

「爆豪ってホント凄いよね。どんなに疲れてても文句だけは忘れないんだね」

「ああ! それは弱音なんですよ!」

 

 芦戸の後ろからヒョコッと発目が顔を出す。緑谷のように発目に対し無警戒ではいられない芦戸はきゅうりを目撃した猫の如くその場からヒョバッと飛び退るが、発目は気にすること無く爆豪の腕や肩をドスドス指で突く。

 

「……えっと、弱音ってどういうこと?」

「やめろやクソ女……!」

「爆破を何時間も使い続けてたんでしょう? 掌へのダメージもあるでしょうけど一番はそれだけの衝撃を受け続けた肩なんじゃ無いですかねぇ!」

「……ッッッ!!! 〜〜〜〜〜ッッッッ!!!」

「朝から大体二時間、休憩挟んで今まで四時間ってところですかね! 六時間も爆破の衝撃に耐え続けるとは流石に鍛えてますよねぇ!! 特にこのへんとか!!」

「……ッあ、ッグ…………ッッ!! ッは…………が…………ァ…………!!!」

 

 先程の芦戸のツンツンとはレベルが違う、グリグリとかゴリゴリと呼ばれるレベルで爆豪の肩を刺激する…………攻撃する発目。疲労してボロボロになった爆豪を激痛が襲うが彼はそれでも叫び声をあげず、しかし発目がそれを面白がってよりグリグリを強くするという悪循環が出来上がってしまった。芦戸はその様をドン引きしながら眺めている。

 

「明ちゃん、そのへんにしてあげて……ほら、髪に色々ついてるよ。取ってあげるからこっちに来て」

「出久さん!」

 

 わんぱく(で済ますのは抵抗があるが)な発目の髪を整えるために常備している櫛を片手に緑谷が発目を呼び、発目はそれにつられて爆豪を放って緑谷のいる方に駆けていった。その時地面に伸びていた心操の腕を思いきり蹴り飛ばした為に心操がビクンと痙攣していたが、発目は謝るどころか振り返りすらしなかった。こんな奴がヒロインで本当に良いのだろうか。

 

「……大丈夫? 生きてる?」

「……いつか殺す……!」

「爆豪ってホント元気だよね。打たれ強いっていうか」

 

 そんな死屍累々の連中の前に、何本かのスポーツドリンクと胃に入れやすいゼリー飲料の入ったビニール袋が置かれる。それを置いたのは相澤であり、どうやら作業終了時間を見計らって買ってきてくれたようであった。

 

「……本当に終わったのか……とんでもないペースだな」

「相澤さん! 明ちゃんがこっち来たって事はアッチも終わったんですか?」

 

 発目の髪を撫で付けながらそう尋ねる緑谷(ここで発目自身に尋ねない辺りに発目に対する信頼感が見て取れる)に対し首肯を返し、相澤は親指でクッと後ろを指差す。そこには相変わらずヘラヘラとした笑いを顔に貼り付けたシュタインが立っていた。相澤は体力仕事をしている連中に差し入れを持っていこうとした時に保健室から出てきたこの二人に会い、そのまま一緒にここまで来たのだった。

 

「勿論、バッチリ完了したよ。完璧な出来ってやつです」

「その代わりにパワーローダーが保健室に搬送されたんだけどな」

「アッハッハ、ヘラヘラ」

「笑い事じゃないが?」

「アッハハハ! あの人面白いですよね!」

笑い事じゃないが? 

 

 相澤は溜息を吐いた。魂の芯から出た溜息だった。涙も出かけたがそれは抑えた。

 

「爆豪含め、お前らみたいのが来年入ってくると思うと今から胃が痛いよ、俺は……」

「あははは…………まぁ皆、悪い人じゃないんですけどね……」

「何でお前は自分が胃痛の原因に含まれてないと思ってるんだ?」

 

 そもそもトラックを押して動かそうなどと気の狂ったとしか思えない提案をしたのは緑谷である。それをノータイムで承認した他の連中にも問題がないとは言わないが……誰が戦犯かと言われれば、それはもう緑の天パしか居ないわけで。

 

「アハハハ! 言われてますよ出久さん!」

「そうみたいだね……そっかぁ、僕も問題児枠なのか……」

 

 相澤は発目にだけはここで笑ってほしくなかったが、それを指摘したところで最早何も変わらないと分かっているためそれをスルーする。相澤は余計な事には労力を使わないのだ。各々勝手にビニール袋を漁ってゼリーだの何だのを飲み食いしてるのを確認して、相澤はシュタインに声をかけた。

 

「シュタイン、この後はどういう予定だ?」

「んー、もう夕方ですし、一応こっちに一泊する予定ではありますよ。ホテルも取ってますし」

「…………」

 

 相澤の少し険しい視線に、シュタインは肩をすくめた。相澤は……というか、雄英高校の職員は大抵発目家を襲った例の事件の事を把握している。だからこその視線であった。

 

「……発目は、大丈夫なのか」

「大丈夫ですよ……あの子は、強い」

「……そうか。なら良い」

 

 そう、普段は中々見せない穏やかな表情で呟いた相澤。結局の所根っからの善人であるこの男は、殆ど関わりの無い発目明すらもその境遇を憐れみ、心配していたのだ。

 

 しかし、どんな善意も、どんな配慮も、どんな憐憫も、基本的に仇で返すのが発目明という美少女の姿をした悪魔である。

 

 相澤の耳に、遠くからチュィィィン、という甲高い擦過音が聞こえてきた。相澤の耳に入ったそれは当然ながら他の面々にも聞こえており、皆頭に疑問符を浮かべて相澤の背後……校舎側へと目を向ける。

 

「…………おい、シュタイン……アレは……何だ」

 

 擦過音の原因は、三台のロボットであった。雄英高校の授業で使用される仮想ヴィランが元になっていると思われるそれは、しかしその仮想ヴィランのどれともシルエットが違っていた。

 

 そもそも仮想ヴィランはあくまで人間の代わりであり、その移動スピードもあくまで人間並である。この小説内ではここの所人間というものに対する定義がかなりフワフワしてきているフシがあるが、少なくとも土煙と火花を派手に巻き上げながら爆走してくるようなスペックではなかった筈なのだ。

 

「あぁ、アレは……」

「ロボット修理してたらまだ使えるジャンクパーツが余りまくったので、私とおじさんで三台ほど組んどきました! 圧倒的性能ですよ!」

 

 うまいこと言い訳しようとしていたシュタインを遮って発目がケラケラ笑いながらそうぶっちゃける。相澤は思わず発目の顔面に拳を繰り出すが、そこはぶっ壊れスペックを誇る発目明。一切慌てる事無く無駄の無い最低限の動作でそれを避けた。

 

「………………なぁ、もしかしてパワーローダーが保健室に搬送されたのって……」

「あぁ、それはアレが原因ではないですよ」

「そうか」

「逆です。パワーローダーがブッ倒れて監視の目が無くなったからこそアレを作る事ができました。数時間で作ったにしては相当なクオリティですよ」

「死ね」

 

 相澤が自身の問いに答えたシュタインの首めがけて捕縛布を投げつける。鋭い起動でシュタインの首めがけて飛んだ布だが、流石に予期していたシュタインは軽く手を挙げて帯の勢いを軽くいなした。そんなシュタインは、迫りくる三台のロボを見てから地面に伸びた無免達に命じる。

 

「おーい、君等でアレなんとかしなさい」

「停止コードとか…………あぁ、付けてないよなぁ……!」

 

 既に分かりきった事を呟く心操。勿論そんな便利グッズは付いていない。停止ボタンは便利グッズではなく必須装備という意見の読者も居るだろうが………………無いもんは無い以上無駄な議論である。

 

「っていうか何でこんな所に来てるんですか……?」

「スイッチ入れたら僕らの事を攻撃対象に誤認して、暴れだしたから工場に閉じ込めて鍵掛けたんですよ。まさかこんなに早く出てくるとは」

「おい、要するにそれ今工場は滅茶苦茶になってるって意味じゃないのか?」

 

 相澤の言を無視しシュタインは軽く頭のネジを回す。

 

「ほら君達、もう来ますよ」

「……お願いかっちゃん」

「……クマ、死んでこいや」

「……芦戸、そんな身体使ってないよな?」

「あたし今日はもう酸出せないよ……今も手火傷したみたいになってるもん……切島ぁ〜」

「いや、皆で行こうぜ? な? 皆でやればすぐだって……」

 

 冷や汗を流しつつそう言った切島を見た緑谷が、横たわった体勢のままパチンと指を鳴らした。

 

「……あ、そういえば荷運びの最中一人だけかっちゃんと人使君に引っ張ってもらってた人が居たね」

「フォアッ!?」

 

 緑谷の言葉に切島が叫び、場の趨勢が決まった。

 

「やっちょ待っ、アレはほら!」

「やっぱり休んだ分は平等に働オボハアアアァァッ!!!? 

「あっ……」

 

 一日体力仕事ばかりで相当ダルかったのだろう。普段ならしないような人のミスを吊し上げるような真似をしてまで切島にロボの対処をさせようとした緑谷は、その直後にロボに轢き飛ばされるという色々な意味でタイムリーすぎる天罰を受けた。そのまま緑谷を乗り越え(軽量化でタイヤがかなり細くなっていたので重量が一点集中し、結果緑谷が痛みに絶叫していた)、目標たるシュタインの元へと疾走する三台のロボ。しかしシュタインが手元の端末で何かの操作をすると、キュルン! と勢い良く半回転し再び無免達へとその身を向き直らせた。

 

「今攻撃対象君等にしたから」

「それが出来るんなら停止もできんだろうがああああァァァァ!!!!!」

 

 ボバッ! と両手を爆発させながら叫ぶ爆豪。しかしその後彼はあまりにも酷使しすぎた両腕の痛みに「くあおぉぉ……!」と叫び蹲ってしまった。緑谷は現在気絶している。残る結田府組は血の気の引いた顔を見合わせた。

 

「…………俺達がやらなきゃいけない系か? これ」

 

 視線の数メートル先でヒュボッ! ヒュボッ! と殴る為に一部のみ厚い装甲をつけられた腕を物凄い勢いで振っているロボ三台を見て、心操が顔を引きつらせつつ言う。

 

「……心操、切島、立てる?」

「なんとか……」

「勿論……よし、作戦第一……とりあえず勝己を囮にして退避しよう!」

「りょ!」

「ッシ!」

「はァァァ!!!?」

 

 震える腕と脚で立ち上がった三人は爆豪を置いて遁走する。爆豪の顔面にロボットの鉄拳が突き刺さる音を背に、心操達三人は逃げる…………前に、背後から途轍もない爆音と衝撃が襲ってきたのでまだ疲労の抜けていない三人はもんどり打って転んでしまった。

 

 振り返れば、そこには当然ではあるが爆豪が居た。引き千切った一台のロボの首を肩に背負い、酷使した掌で大爆破を起こした為にパタリパタリと血を滴らせながら、いつも張り付いている怒りの形相すら削ぎ落とされた、ゾッとする程の無表情で三人を見ていた。三人は速攻で悟る。これは死んだかもしれない。

 

「遺言は」

「…………お前って怒りで爆発的に戦闘力を高めるタイプの地球人だったんだな……ウケる」

 

 その後の暴力シーンはあまりにも凄惨過ぎるのでカットするが、とりあえずこの発言をした心操はお目当ての(洗脳に必須な)返答を返してもらえず、空中を四メートル程飛んだ事をここに記す。

 

 それと、ロボは爆豪が全機爆破粉砕した。

 

 

 

 数時間後。雄英高校地下駐車場。

 

 

 

「では、今日はお疲れさまでした。また機会があれば呼んで下さい」

「お疲れ様。死んでも呼ばん」

 

 シュタインの言葉に続き、グッタリと座席に沈み込む無免達が力無く礼の言葉を口にする。それに片手を挙げた相澤を背に車を発進させたシュタインは、雄英の敷地を出てから路肩に車を停車させ、横に座った発目の顔を覗き込んだ。

 

「……? どうしたんです? おじさん」

「明……今日はもう一つ、行きたい所があるんだよ」

 

 その言葉に、発目を除く全員にピリッとした緊張が走る。しかし当の発目本人は呑気な顔で首を傾げるばかりである。

 

「もう一箇所? どこにですか?」

「昔、明の住んでた家だよ」

 

 そう、シュタインは言う。

 

「明と……見子さんと、探さんが住んでいた家だ」

「……はぁ……」

 

 イマイチ、ピンと来ていない顔で発目が頷く。この時点で分かるならば分かる、分からないならば分からないとハッキリ言う発目が反応を鈍らせている事に違和感を感じたが、シュタインはそれを意図的に無視し、「いいね?」と言った。発目は相変わらずの困惑した表情で、軽く頷いた。 

 

 それを見たシュタインは、車を操作し路肩から発進させる。

 

 普段の半分ゴミみたいな軽自動車とは違い、レンタカーのバンはスムーズな発進と異音のしない加速を一行にもたらす。一行は、それぞれが窓の外や前席シートの枕部分等に目線をやり、誰も一言も発しなかった。

 

 静かな車内に、切島の鼻をかむ音が響いた。

 

「……あとちょっとで着くよ」

 

 そう言った緑谷に芦戸は発目邸ってどんなところなのか、と聞こうとしたが、あと少しでつくのであれば聞くまでもないかと思い、窓の外に視線を移した。発目は小さなPCに向かって何かを打ち込んでいる。緑谷は何も言わずにボーッと天井を眺めており、爆豪は腕を組んで、ただ前を向いていた。

 

 ちょっとした段差を乗り越え、車内全体がガクン、と揺れる。心操が服の端を整え、シートに座り直した。

 

「……着きましたよ」

「おお、ここが私の家ですかぁ」

 

 車がゆっくりと停車し、シュタインが車内から出て、門を開ける。キイキイと金属の軋む音を聞いてから数秒後、再び車の運転席に戻ったシュタインによりバック駐車でその家の敷地内に入った一行は、エンジンを止めると共にゾロゾロと地面に降り立ち、その景観を見渡した。

 

 そこは、大きな二棟建ての家であった。

 

 片方はよくある家の造り、もう片方はよくある事業所の造りになっているその家の、家の方の扉の鍵を開けたシュタインが半身となって面々を迎え入れる。それに従ってゾロゾロと入っていき、列の最後であった緑谷が勝手知ったるとばかりに廊下にあるスイッチを押し、家に明かりを灯した。

 

「……おお……」

「……へぇ……」

 

 切島と、心操の声が寒々しい廊下に響く。普段人がいないので当然ではあるが、そこに生活感や人の名残は殆ど無い。そして全員の視線が発目に集中する……が、発目は特段なんの反応もしてはいなかった。

 

「……明ちゃん?」

「はい?」

「どう……かな?」

「別に!」

 

 スパッ、とそう断言した発目はドカドカと廊下を突き進み、ドアを開ける。そしてすぐ閉める。爆豪がもう一度開くとそこはトイレであった。

 

「実感わかないですねぇ。本当に私昔はここに住んでたんですか?」

「それは間違いないよ」

「ふーむ」

 

 そう言って発目は再び別のドアを開ける。そして中を見てすぐ閉める。芦戸が開くとそこは風呂場であった。次に開けたドアの内側に発目が突入し、一同もそれに続く。

 

 そして一行は、この家のすべての部屋を見て回った。台所、夫婦の寝室、物置、発目も過ごしたはずの子供部屋……

 

 ……しかし、発目明は記憶どころか懐かしいという印象すらも抱く事は無かった。

 

 

 

 しばらくして。リビング。

 

 

 

 ソファに座り込み、発目は指でこめかみを抑えつつ首をひねっていた。

 

「なーんにも思い出せないんですよ。私って自分が経験した事なら基本数秒で思い出せるんですけど」

「まぁ、忘れてても無理はないけどね」

「……忘れる……忘れる……?」

 

 人生で『ものを忘れる』という経験をした事が無い発目はグリングリンと頭を振り回すが、何かを忘れた事さえ自覚していない彼女は不満げな顔で部屋を眺めるばかり。そんな、珍しく苦労というものをしている発目を見ながら、シュタインは呟く。

 

「けどね……明。忘れるってのは『記憶が無くなる』って意味じゃない……忘れるってのは、ただ『思い出せない』だけだよ」

 

 火のついていない煙草を咥え、「来なさい」と言ったシュタイン。それに発目を先頭としてゾロゾロついていく。リビングから出て、物置を通り過ぎ、裏口の戸を開け……裏庭の、ある一角。そこでシュタインは立ち止まった。

 

「………………」

「なんすか? コレ」

 

 シュタインが見下ろすそれは、地面に付けられた蓋であった。心操の言葉を無視してその蓋の取っ手をシュタインが引き、開けるとそこにはもう一つ蓋があり、その蓋にはダイヤルが付いていた。

 

「……暗証番号……?」

 

 首を傾げる心操に、シュタインが頷いて「この先は誰でも入れていい訳じゃないですからね」と火の付いていない煙草をプラプラと揺らしつつ言う。

 

「少し待ってくれ、今番号を」

 

 そう、屈み込もうとしたシュタインを押し退け、発目がその扉の前に出た。

 

 珍しく、何の笑顔も浮かべていない完全な無表情で発目が四つん這いになって蓋に手を付き、カリカリとダイヤルを弄る。やがて数秒も経たない内にカチリという音を立てて蓋は浮き上がり、今度はキーボード式の電子ロックが顔を出した。そして発目は、それにも一切怯まずに、まるで知っているかの如くキーボードを叩く。それを何をするでもなく見ているシュタインと、不安げに見つめている緑谷……そこに芦戸が、声を掛ける。

 

「……ねぇ……緑谷……もしかして、この下って……」

「うん。芦戸さんが思ってる通りだと思うよ」

 

 発目の入力が終わり、ブシュゥと音を立てて蓋が開き、そこには階段が出てきた。それを何一つ躊躇わずに降りていく発目と、慌てたようにそれを追う緑谷達。咥えていた煙草をもう一度箱の中に戻しながら、シュタインは独りごちる……

 

「……自分の住んでいた家を見ても、何とも思わない。何の心も動かされない……実に、あの子らしいよ」

 

 そうなのだ。シュタインは、分かっていた。発目明が自宅を目にしても何の心も動きはしない事など、最初から。

 

「そうですよ。『緑谷出久(恋愛)』というイレギュラーはあれど、私生活の中であの子がどこに重点を置いているかなんて見ればわかる。『(生活)』なんてあの子には二の次、三の次…………」

 

 シュタインは、階段をコツリ、コツリ、と降りつつ呟く。

 

「あの子の魂の在り処は、何時だって『開発室(技術)』だけだ」

 

 

 

 発目邸地下。研究開発室。

 

 

 

 そこで。

 

 

 

 ………………発目、明は。

 

 

 

「……………………っぁ」

 

 

 

「…………ぉ、と……さん」

 

 

 

 かつて、少女は心を閉ざしていた。

 

 心の傷の痛みに耐えるには、心を閉ざすしか、なかった。

 

 しかし、やがて少女は、心を開いた。

 

 少女には、新しい家族が出来たのだ。

 

 しかし、少女の傷は、少女に僅かな、しかし確かな歪みを与えていた。

 

 だから────

 

 

 

「……おか……さ」

 

(…………許してくれとは……言えないな……)

 

 歪みを、治す時が来たのだ。今は些細なその歪みが、致命の傷とならない内に……そして何より……

 

(………………明……)

 

 彼女に、彼女の両親の……『最後の愛』を、伝える為に。

 

(…………)

 

 シュタインは、白衣の中で静かに拳を握り締めた。




後半の車内の気まずい空気感、今までの無免のワチャワチャを見て頂いた皆様方に伝われば幸いです。

さてさて、不穏な感じで終わっとりますが安心して下さい。無免ヒーローの発目は無敵です。連続投稿ではありませんが、なるだけ早く投稿しますので……いややっぱいつも通り二週間くらいって言っときます。あんまり大言吐いちゃ駄目よな。

あ、それと……本日十月六日で無免ヒーローの日常が投稿開始から二周年となります!

最初に「発目明ヒロインの小説少ねえ!!!」となって書き始めたのがもう二年前。ここまで来られたのはもちろんヒロアカ原作の面白さ、発目明への愛等もありますがやはり一番は読者の皆様方がこの小説を読んでくれると言う事、そして温かい感想やありがたい評価の数々を下さる事です。もう皆さん、ほんっとうにありがとうございます!!

もうね、こんなニッチな小説に付き合って下さって感謝しかありません!!いつもありがとう!!これからもよろしく!!
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