無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回切り時分かんなくて二万文字近くなってしまい申し訳ない…………あとシリアスが本当に書きなれてないからなんか、こう……変な感じかもしれないです……ゴメンね。

チョコチョコ触れていた発目の過去の前提条件

発目明は昔は両親と暮らしていた。

両親と暮らしていた家にヴィランが襲撃をかけてきて、両親は殺害された。

発目は一人だけ生き残ったが、心に傷を負ってしまいイギリスでヒーローをしていた縁戚のシュタインに引き取られて半年程精神療養した後、シュタインの引退により再び日本に戻ってきたら、隣の家が緑谷家だった。

以上の事をご承知くださいな。

今回のあらすじ

天才のルーツ。

たかたかたかたかさん、誤字報告ありがとうございます。


第四十三話。発目明:リブート

 雄英高校。保健室。

 

 

 

 シャァ、と天井に固定されたレールが音を鳴らし、開いたカーテンから相澤が顔を出す。それを見て湯たんぽを腹に抱えていたパワーローダーは起き上がって「帰ったのか」と尋ねた。

 

「少し前にな」

「そうか……やっとこの胃痛から開放される……」

「去り際にこんなロボット作っていったけどな」

見せんなお前ええええええ!!!! 見せんなぁぁぁもおおぉぉ!! 

 

 一度起き上がったパワーローダーは再び湯たんぽを抱きしめてヌスヌスと布団に戻っていった。しかしやはり技術者として気にはなるのか、布団に籠城した状態で相澤から携帯の画面を受け取りじっくりと眺めて唸る。

 

「……えー……あー……作ったのか? あのスクラップから? このロボを? へー……ふーん……ちゃんと動いてたんだな?」

「普段の仮想ヴィランと比べりゃ滅茶苦茶動いてたぞ……凄いのか?」

「……そりゃ凄いなんてモンじゃないな。俺がブッ倒れてからの時間で組み立てたんだろ? どう控えめに言っても神業だぞソレ」

 

 発目が来たらこの学校も変わっていきそうだ、と呟くパワーローダーから携帯を受け取って相澤はベッド脇に置いてあった丸椅子に腰掛ける。

 

「俺達人間が、義手や義足になったりしたらそれで歩いたりする練習をしなきゃならん様にな、ロボットだって使ってる部品が変わりゃあその部品に合うようにプログラムを調整しなきゃならないんだよ。それをお前……ほぼ原型無いくらいツギハギした機体で? 数時間の間に作り直したプログラムで? 原型より高性能? …………そりゃ技術者にとっちゃ悪い冗談だァな」

 

 完全にフィクションの所業だ、現実味が無えよ。そう言ってゴロンと相澤に背を向けたパワーローダーに、緑谷を轢き飛ばした瞬間を激写した携帯の画面を眺めながら、相澤は尋ねる。

 

「…………確か、『あの事件』で発目明を救出したのはパワーローダーだったよな」

「……言っとくけど話す事は無えぞ。守秘義務だ……それに、話したくなる内容でもねえしな」

 

 ガバ、と頭まで布団を被ったパワーローダー。相澤はフゥ、と息を吐いてから席を立った。

 

「壊れたロボ三台は工場に運んどいたからな」

いらねえよ!!! 捨てろ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 遡る事十五年前。

 

 

 とある技術者夫婦の間に、一人の少女が産まれた。

 

 

 母親は、ピンク色の髪を持つ、個性が『ズーム』の女性、発目見子。

 

 父親は、不思議なまとまり方をする髪を後ろで一つに縛った、個性が『高速思考』の男性、発目探。

 

 その二人の娘である事を証明するかのように、ピンク色で不思議なまとまり方をした髪を持って生まれた少女は、両親に似て非常に好奇心旺盛かつ行動力が凄かった。

 

「見子くん見子くん、明くんは少しばかり君の周りを考えない気質を多く引き継ぎすぎているような気がするが。生後一歳で僕の安全靴を分解するあたりとか」

「知らんし。それを言うならアンタの好奇心第一主義を引き継ぎ過ぎじゃない? 生後一歳でアタシのシャンプーのプッシュ部分バラしちゃうとことか」

「ううむ、ネジの外れた男とネジの外れた女の子供はネジの外れた子供になるのか。これは得難い知見を得たものだね」

「ねー、確かに。せめてアンタみたいな技術に偏りすぎて一般生活すらマトモにできない駄目人間にならないように教育しないと」

「それを言うならば君のように技術に傾倒しすぎて他人の心を理解した上で無視するような協調性の欠片もない屑人間にはならないように教育しなければ」

「アァン?」

「オォン?」

 

 母の見子は、機械技術……すなわちハード面の天才であった。しかし常人と比較して全く別物レベルで頭が良すぎるせいか、恐怖を感じる程に自己中心的で他人の事情や他人の心を全く、一切、これっぽっちも理解しない……否、理解しようとしない性格破綻者であった。しかしその才能は技術の一点特化という訳ではなく、家事運動勉学お洒落と何でもござれのスーパー万能人間であった。

 

 父の探は、電子技術……すなわちソフト面の天才であった。そしてデスクワークに向き、人とまともに関わる事も当然でき、周囲から厚い人望を得ている男だった。それでも、しかしと言うかやはりと言うか同じ穴のムジナと言うか。才能が技術面に偏重しすぎたのか、はたまた技術面以外の才能になど欠片の興味も無いのか、家事運動勉学お洒落どころかシャンプーハットが無ければ髪を洗う事さえまともにできない生活破綻者であった。

 

 もしも何かが掛け違っていれば、彼等の娘は人望に富み身の回りの事は自分でできる才能に溢れまくった完璧超人になったに違いない。

 

 だが、彼等は天才であるが故にまだ一歳にしかなっていない自分達の娘……発目明が、お互いの唯一にして最大の欠点をしっかり受け継いでいる事を直感的に理解していた。つまり、人付き合いがまともにできず身の回りの事もまるでできない完全技術偏重駄目人間である。

 

「このままでは……駄目だな」

 

 それを悟った探は決意した。愛する娘を、愛する妻である見子のように自分が興味を引く以外の人間を検体Aとしか見られないような人間には絶対にしない、と。

 

「このままじゃ……駄目ね」

 

 それを悟った見子は決意した。愛する娘を、愛する夫である探のように自分自身を手入れする事にすら興味を示さないような虚しい人間には絶対にしない、と。

 

 …………二人は互いの欠点はよく把握していたが、両者共に自分自身の欠点はそもそも欠点とさえ思っていないのであった。

 

 そして、幼い頃より二人に競うように自身の長所を伝えられ、互いの短所矯正を見事に打ち消し合いながら育てられた発目は常人が見ればドン引きするようなスピードでスクスクと成長し、物心ついた二歳にして専門的な技術用語を理解し始める。

 

「明ー、この抵抗は?」

「ここ!」

「……ヤバいわ探くん。この子配線図読めてる」

「ええ……? 早すぎるんだが?」

「ここ! これ!」

「んあー、オッケーオッケー。いやぁ、明は天才ね!」

「こっち!」

「褒められるのは大して嬉しがらないのよねえこの子」

「明くん、こっちに来て僕とプログラムの深奥を学ぼう」

「わぁぁ!」

「そして配線図は読めても未だに私達の名前(お父さんお母さん)は言わない……探くんの血だわぁ」

「君の血だろ」

「アァン?」

「ハァン?」

 

 尚、専門的な用語を理解していても日常的に使う単語はほとんど覚えていなかった。

 

「お母さん、って言ってみなさい? ホラお母さん。リピートアフターミー! お母さん!」

「……」

「……硝酸の危険物分類は?」

「ろくるい!」

「…………お父さんって言ってみたまえよ」

「……」

「このオッサン鬱陶しいって顔してるわねこの子。ニコニコ笑ってるけど私には分かるわ」

「お父さんって言えたら明くん専用の作業机を手配しようじゃないか」

「おとうさん!」

「物で釣るのは反則でしょぉ!?」

「アッハハハハ、反則だのと言うならばその旨をしたためた親子の接し方規約を書き給えよ! もう遅いがな! ワハハハ! あっ痛痛だだだだだ!!! 見子くん握力強すぎないかね!?」

「…………!!」

「あっガチギレしてるいだだだだだ!! 待って手が剥がせない、うわっ……僕の筋力……低すぎ?」

 

 探と見子は互いに互いの人並みに至らぬ所を仲良く補い合い、互いが人並みに至っていたり逆に二人共至っていなかったりする所では敵意剥き出しでぶつかり合うような相性が良いんだか悪いんだか分からないような、喧嘩しながら二人三脚をしているような夫婦であった。自宅で研究開発をしていた彼等を発目は常に観察し、その技術や知識を盗んでいた。

 

「では二ヶ月後の九月十八日を納期とします。他に何かご質問は?」

「…………では一つ……何故費用試算を貴方の娘さんが行っているのですか?」

「あぁ、ご安心を。計算は正確ですから」

「いえ、そうではなく」

「妻は今研究室にこもりきりでして、私しか面倒を見る者が居ないという訳でして。零細研究所の辛みというやつです、お恥ずかしい」

「いえそうではなく!」

「おとうさん、できました!」

「おぉ、出来たかね……うん完璧、流石は私の娘だ。ご確認下さい」

「…………えぇ……合ってるし……」

「明はもう二歳ですから。その程度は余裕というものです。なぁ明?」

「…………」

「ハッハッハ! 返事をするまでも無いか!」

(いやそれ無視って言うんじゃ)

 

 両親の愛情時たま狂気をいっぱいに受けた発目は健やかに成長していき、三歳になった時に初めて、家の地下にある『研究開発室』に足を踏み入れる事を許された。

 

 まだ幼く自分の世界がまだ小さい発目にとって、その部屋は何でもある楽園のようであった。

 

「オアアアアア!!!!! ホアアアア!!!」

「アッハッハハハ! なんでも触っていいぞ! ……あ、動かすのは駄目だ」

「ヒョアアアアア!!!!」

「何時までもアタシ達どっちか一人は明の世話だったら効率悪いからね! 今日からアタシ達二人がいる時だけここに入っていいわよ!」

「ヒェアアアアア!!!」

「聞いてないわねこの子」

「待て明くん、動かすな動かすな……動かすなて!」

 

 そうして発目は、発目家の研究室にて両親の知識や技術をまるでスポンジが水を吸うように吸収していき、その才能を開花させていったのだった。

 

「おとうさん!!」

「ん? どしたね明くん」

「つぎ! つぎね、つぎこれ! これつくりたいです!!」

「ん? おうおう、製図スキルなんていつの間に身につけたんだね? ん?」

「そこにあったほん!」

「んんん!! さすが我が子は天才だな! よしよし、良いぞ! 早速今から作ろうじゃないか……」

「明〜、ホットケーキ焼くけど食べる?」

「たべる!!」

「えっ僕とコレを作るんじゃ」

 

 見子の足元にくっついてずぅっと機械加工を眺めていた事もあった。

 

 探の膝の上で足をプラプラ揺らしながら洪水のように文字が溢れ出るモニターを必死に眺めていた事もあった。

 

 そんな月日が経ったある日、発目はある事に気がついた。

 

 その事に気がつけたのはただの偶然であった。ある夜に、頭脳的にはぶっ飛んでいても肉体的には未だ三歳である発目が歳相応に尿意を催して目が覚めた時の事である。

 

「……んれ?」

 

 両親が、ベッドに居なかった。

 

 暗闇を怖がるとか以前にその個性によって明かりの無い暗闇の中でもガッツリ視界を確保できる発目が普通にトイレに行き、用を足した後でベッドに帰ってきても二人はそこには居なかった。首を傾げた発目は、テチテチと素足を鳴らしながら家中を歩き回る……が、どこにもその姿は無かった。

 

 裏庭に出て、土のゴツゴツした感触を感じながら地下研究室の扉のある所に行くと、一枚目の鉄蓋が開いていた。ので、どうやら両親がここに居るらしい事は分かったのだが発目には二枚目の蓋を開くパスワードが分からなかった。いつもは両親がこの扉を開けているためである。

 

「……ぬう」

 

 読者の方々はもうとっくにご存知であろう事をあえて重ねて言うが、発目明は非常に自分勝手で他人の事情をまるで斟酌しない、罷り間違っても誰かに好かれる事は無い筈の性格をした少女である。

 

 なのでこの時も、両親がこの奥で自分に見られたくない何かをしている可能性など一切考えずに(というか年齢的にはそうなるのも当然に思えるが)扉のロック解除に乗り出した。

 

 しかし。

 

「……あかない」

 

 発目明が、どれ程の天才であったとしても、今現在の彼女はたった三歳。ウン倍という年齢差のある、しかもこの天才(発目)の血の源流である二人が施したロックは容易く解除できるものではなかった。

 

 先程まで熟睡していた事も、そもそも今はガッツリ深夜である事もシッカリ忘れた少女は家から持ってきた集音マイクを床の扉に当て、明らかに身体に合っていないサイズのヘッドホンを耳に押し当ててカリカリとダイヤルを回す。カチカチと内部機構の擦れる音を聞きながら、数時間。身体冷えるよ、と言ってくれるどっかのモサモサヘアーも居ないので発目は夜の冷たい空気の中、朝日が出るまでダイヤル錠の解錠を続けた。

 

 その甲斐あって、周囲の草の色が分かる程度にまで日が出た頃にカチッ、と今までよりも大きな音をマイクが拾った。流石に疲労の色が出ている発目も表情を明るくし、小さな体で押し上げるように戸を開けた。

 

 そして、ダイヤル扉の下から出てきた電子ロック(三枚目)の扉を怒りに任せて蹴り飛ばした。そして、素早く機材を片付けた上でダイヤルロックをかけ直し、その場を離脱する。

 

 発目の中には既に何らかの対抗心が生まれていた。絶対に両親にバレずにこの扉を攻略してやるという対抗心が。

 

「明ー、明ちゃーん? ……駄目ね起きないわ」

「夜ふかししたのかね?」

「さぁ…………まぁ、そのうち起きてくるでしょ。ご飯ホットケーキで良いわよね」

「毎日ホットケーキじゃあないかい? ……いや、構わんけどね」

「簡単に早く大量にできておいしくてしかもお腹によく溜まる。これ以上の食べ物ある? それに明も好きだし」

「いや、構わんけどね」

「明もホットケーキの匂いしたら起きるでしょ」

 

 その日から、発目明の半昼夜逆転生活が始まる。

 

 午後九時には両親のどちらかに連れられて布団に入り、寝かしつけられるのでコンマ七秒で就寝。そこからキッカリ四時間後の午前一時に起床。隣に両親のどちらかが居れば再び就寝。どちらも居なければ……ガパリと起き上がって父のお下がりのパソコンをエッコラエッコラ運び、地下室への扉の前に配置。先日パスワードを覚えたダイヤルロック扉を解除して電子ロック扉にパソコンを接続し、ハックを仕掛ける。

 

 ここまでは朝飯前。ここからが発目にとっては試練であった。

 

 なにせ、何度も言葉を重ねるが発目(天才)の両親は天才なのである。その片割れである探が組んだハッキングを阻止するファイヤーウォールは並大抵の強度ではなく、発目はこの電子ロックに辿り着いてから軽く数十回は頭を抱えた。発目は三歳当時で既に大人顔負けの天才的頭脳を得ていたが、同じ天才(両親)と比べればその頭脳の未発達ぶりは顕著であった。

 

「むぅぅぅぅ」

 

 朝起きてもプログラミング。昼起きてもプログラミング。夜寝る前もプログラミング。発目明のPC漬けの日々はある日終わりを告げる。

 

「明くん、一体何をそんなに悩んでいるんだい」

「…………んむむむむ」

「どれどれ…………おう、高度なプログラム作っているねえ……ハッキングソフトかぁ……僕も昔よく作ったものだよ。面白いんだよなぁコレ……対人戦ゲームみたいで……うーん、三歳でこの構成を作るとは……これなら日本の行政くらいは抜けるだろうね。僕は昔アメリカ方面の攻略にハマってねぇ。あっちの銀行はこっちとはレベルが違って……何度捕まりそうになった事か」

 

 クッソ物騒かつ親としても人としても失格な事を呟きながら探は発目の前にあったキーボードをカタカタ鳴らす。今見たプログラムにパパッと手を加えられる辺りに天才っぷりが見られるが、そもそも発目のプログラミング知識は探に教わった物なので、探が弄りやすい内容になっていたという理由がある。それでも探が天才な事に変わりはないが。

 

「うん、こんな感じでどうかな?」

 

 数十分の後に出来上がったプログラムは発目が作ったものとは完成度がまるで違った。自分一人で両親を超えてやろうと意気込んでいた発目は眼の前でその完璧なプログラミングの全てを見せられた事でガチギレし、キーボードを探の顔面に叩きつけた。

 

「見子くん見子くん、明くんが反抗期だ……」

「どーせ探くんが何かしたんでしょ」

「おかーさん!! おとーさんがぁ! おとーさんがわたしのつくってたプログラムぜんぶかいちゃったぁ!」

「ホラぁ」

「………………ごめんなさい」

「フン!」

「ごめんて!」

 

 おとうさんのアホ。そう言い捨てた発目はゴロンと床に寝っ転がりふて寝を決め込んだ。

 

「明くぅん……せめてソファで寝ないかい……?」

「ぶぅーっ!!」

「あーあぁ。そうなると長いわよォ」

「つい懐かしくなっただけなんだ。謝るから許してくれないか?」

「ぶうぅ──っ!!!」

「アハハハハハ!!!」

「見子くん笑わないで手伝って」

「ヤよこんな面白いの終わらせるなんて」

「見子くん……! 頼むよ……!」

「えー?」

 

 ンな訳で、発目の落胆も探の憔悴も見子の爆笑も、全てを取り敢えず置いておいて、プログラムは完成した。不本意ながらも完成してしまった、という方がこの場合は合っているのかもしれない。後はそのプログラムを両親が研究室の中に居る時に使用し、パスワードを抜き取るだけである。そうすれば両親が何を隠しているのか白日の下に晒す事ができる。発目の完璧な計画であった。

 

 

 ────侵入完了。チョロいもんだぜ。あの夫婦、まさか自分達が狙われるとは思っちゃいねぇ。

 

 

 が、発目明不貞腐れ事件よりこっち、やや過保護になった両親(特に父親)は発目が寝るときにどちらかが側にいるようになってしまい、発目の目論見はなかなか実現しなかった。

 

 

 ────おい、ガキが一匹寝てるだけだぞ。あの夫婦は居ねえ。どういう事だ? 

 

 

 片親が居ないときは、そのまま昼頃まで出てこないことだってある。発目が起きてきても基本は出てこない。だが両親が居ない場合は、必ず発目が起きる前……午前四時あたりには発目にバレないようにベッドに戻ってきているのだ。きっと何か隠している事がある。発目は割と意地になっていた。

 

 

 ────昼間は子守りに手一杯で研究時間が取れないって事か……もしくは『お楽しみ中』か、だな。

 

 

 ……………………本当の本当に、偶然だったのだ。

 

 探と見子がこの日を作業日にしなければ。この日よりも前に探が発目のプログラムを勝手に完成させなければ。きっと、まるで違う結果になっていた筈だ……しかし、偶然にもその日は被ってしまった。

 

 

 …………発目が研究室のドアを開けるその日と、ヴィラン達が発目家を襲撃する決行日が、偶然にも重なってしまったのだ。

 

 

 ────まぁ、関係無いけどな。何もかも、全部ぶっ壊すだけだ! 

 

 

「…………」

 

 

 ────待て、ガキが起きた。

 

 

 午前一時ピッタリにパチ、と目を開けた発目は、その持ち前の夜行生物じみた超視力で隣に両親が居ない事を確認し、行動を開始。せかせかと明らかに子供に持たせる性能ではないPCを愛用している台車に載せ、ガタガタゴトゴトと音を響かせながら庭に出る。

 

 

 ────おい、このガキ何してんだ? 殺すか? 

 

 ────いや待て……様子を見る。

 

 ────チッ、分かったよ……

 

 

 ダイヤルロック扉を開き電子ロック扉の端についている四つのネジ穴を回し、端子を露出させる。そしてそこにPCを繋ぎ、プログラムをラン。電子ロックから情報を吸い上げるのを、発目はウキウキ顔で待っていた。

 

 

 ────ドアを、開けようとしてるのか? 

 

 ────おい、もう良いだろ。俺は殺したくてウズウズしてんだよ! 

 

 ────いや、作戦変更だ。このガキは持って帰る。この歳でこんな事ができるあたり、天才の部類だろう。この歳ならいくらでも有効活用できるからな。

 

 

 ピピッ、と音が鳴り、長いパスワードが発目のPCに表示される。発目はそれに顔を輝かせ、バタンとPCを畳んでからパスを入力しようと手を伸ばす…………

 

 

 

「明ッ!!!」

「明くんっ!!!!」

 

 その瞬間に発目が開けようとしたドアが勢いよく開き、中から見子と探が鬼気迫る表情で飛び出してきた。探は「オオオオッ!!!!」と普段なら絶対に出さないような気合の入った声を出し、手に持っていたサポートアイテムの電磁銃を乱射する。見子はその間に啞然とした発目の手を引っ張って地下室に放り込み、その電子ロックドアに取り付いてドライバーを取り出した。

 

「馬鹿野郎! 見子くんも中に居るんだ!」

「でも! コレを壊さないとまた開けられるでしょ!」

「ああもう!」

 

 そんな言葉を聞きながら、発目は地下に繋がる階段を転がり落ちて、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い、弱々しいライトの光を感じて発目は目を覚ました。

 

「…………んぁ……」

 

 頭に痛みを感じ、発目はグラグラと揺れる頭を押さえる。額を切ったらしく、その手には決して少量とは言えない血が付いていた。しかし、いつの間にかその頭には包帯が巻かれており、出血は最低限に抑えられている様だった。

 

 そこは見慣れた地下室だった。探と、そして見子と共に過ごした、発目研究所の研究室。そこに発目は転がっていた。天井に灯る明かりは頼りない非常灯で、非常用電源を使っているために周囲を見るのには不足だが、発目にとってはその限りではない。それに、その場には非常灯の他にもう一つ光源があった。

 

「…………あ」

 

 壁際にあった、何枚かのモニター。そこには研究室入口電子ロックの入力装置が破壊された旨のメッセージが表示されており……残りのモニターには、発目が生活していた家が滅茶苦茶に破壊されている様子が映っていた。

 

 リビングが、寝室が、風呂場が、子供部屋が、資料室が、商談室が、資材庫が、何人ものヴィランによって破壊されていく。勿論カメラそのものも例外ではなく、砂嵐を映すだけのウィンドウもいくつかあった。

 

「ああ…………」

 

 …………………………しかし………………

 

「……………………」

 

 ………………発目が見たのはそれではなく。

 

 

「…………おとう……さん……? …………おかぁ……さん?」

 

 

 階段から離れた壁際に居た発目の両隣に座っていた、血塗れの両親だった。

 

 

 ………………発目はその日、物心ついて初めて『思考停止』する。

 

 

「おとうさん…………おとうさん……?」

 

 

 発目は真っ白になった頭でひたすら、動かない両親を呼び続けた。対面にあるモニターに映ったヴィランが何をしているのかなど一切の注意を向けなかった。

 

 やがてモニターの中で人間がやってきてヴィランと戦い始めても、発目は血が足りずに震える手で両親を揺らし続けた。

 

 やがて研究室の非常電源が少なくなり、モニターが暗転し、何も見えなくなっても尚発目は両親に声を掛け、揺り起こそうとし続けた。

 

 続けて。

 

 続けて。

 

 辛うじて点灯していた天井の非常灯も消えて、産まれて初めての完全な暗闇に包まれて。

 

 それでも続けて。続けて。続けて。

 

 空調が止まり、室内の温度が上がり、空気が澱み始めても。動き続けて頭の傷が開いても、腕が動かなくなっても……

 

 続けて。続けて。続けて……………………

 

「コリャ酷え……!? ……ッオイ! 女の子だ! 地下室に女の子が居た!」

 

 ボロボロになった鉄の爪を持つ腕に、衰弱した発目の身体は抱き留められた。

 

 その爪の持ち主は、死闘の末に発目邸を襲撃したヴィランを鎮圧してからも休み無しで頑丈なシェルターでもある研究室の壁を何時間も何時間も、ひたすら愚直に掘り続けたヒーロー……パワーローダーであった。

 

「生き残りだ! 救急車呼べ! 連れ去られてなかった! 生きてた! 無事だ! お嬢ちゃん、大丈夫か! 名前は言えるか! 何か言葉は話せるか!」

 

 シャベルを模したマスクを上げ、必死な顔をして叫ぶパワーローダーに、衰弱した発目はただ一つだけ、言った。

 

「…………ぉと、さん……」

「………………!!」

「…………お、か、さん……は…………?」

 

 ……パワーローダーは、ただ無言で発目の小さな身体を抱き締めた。

 

 …………両親譲りの優秀すぎる頭脳を持って生まれた発目には、それだけでもう、十分だった。

 

「…………おとーさん……」

「…………スマン……」

「…………おかーさん……」

「…………スマン……!」

 

 発目には、パワーローダーが何を謝っているのかよく分からなかった。パワーローダーがヒーローで、ヒーローは自分の父母を救えなかったのだと。今の発目にはそんな事すらも理解できなかった。

 

 ただ、父が、母が、死んだのだ。

 

 ………………死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………『当時』から何も変わっていないこの開発室を見て、発目はそれを思い出した。

 

 かつて発目は、両親が殺された時に泣く事はできなかった。両親の死を頭で考えて受け入れようとし、それが出来ずにひたすらフリーズしていた。

 

 そして両親の死を、頭で考えて受け入れられないと察した時、発目は心を閉ざして何も考えない、何も見ない、何も聞かない状態となり……心の中を暗闇で一杯にして惨劇が見えないようにした。

 

 ……そして、緑谷一家と出会い、発目は久々にその心に光を灯した。その光と触れ合い、光を見て触れて感じて、発目は自身の心に色を取り戻した。背後にまだ存在する惨劇の痕は、見えないふりをした。

 

「……明……」

「……おじ、さん」

 

 自分を見上げる発目の瞳を見て、その瞳に未だ光が灯っている事を……かつて、周りの全てを拒否していた頃の瞳ではない事をシュタインは確信し、スッ、としゃがみこんで発目に視線を合わせる。

 

「こっちに、来なさい」

 

 そう言ってシュタインは、へたり込んだの発目の手を引いて、かつて発目がずっと座り込んでいた壁と反対側の壁際、そこに設置されたモニターの前の椅子に座らせた。

 

 芦戸が発目を気遣うように一歩踏み出すが、緑谷にそれを制される。

 

「緑谷……」

 

 大切な彼女を慮ってくれる、優しい少女に緑谷はニコリと笑いかけてから、小声で任せて、と言って発目の側に立つ。その間にシュタインは、モニターに何かを映し出していた。

 

「明、君に見せたいものがある、と言ったね」

 

 こく、と頷く発目。シュタインはモニターに繋がるPCを立ち上げ、一つのファイルを開く。そこにはズラリと、動画ファイルが並んでいた。シュタインはその中で、最も日付が古いファイルを開く。

 

 その日付は、約十三年前(発目二歳の頃)

 

 その動画に映っていたのは…………

 

「俺のエゴだよ……明にだけは、どうしても見て欲しかった」

 

 

 

『あー、撮れて……いるね』

『うん、上々。今日より動画にて開発日誌を付ける事にするわ。日付は四月二十日。温度、湿度は一定に保たれて……るわね、オッケオッケ』

『取り敢えず開発が一段落するまでの間、この日誌は撮り続けようと思っている。開発する物はズバリ』

『愛娘の作業机よ!』

『あ、おい! それは僕が言う予定だったのに!』

『それもあの子が大人になっても使えるような、拡張性の高い超ハイスペックなやつ!』

『ちょっとぉ!? 打ち合わせたじゃないか! 最初の言葉は打ち合わせたじゃないか!! 何事も最初が肝心だと! 君が! 言うから!』

『まだ設計図も作っていないけど、目標は来年のクリスマスとか? 誕生日もいいわよねー!』

『聞け!』

 

 

 

 その動画の中には、発目の両親が居た。シュタインが再生したのは、幼い頃より才能の片鱗を見せていた発目への、心尽くしのプレゼントを作成しようとする両親の記録であった。

 

 最初の挨拶をするのしないのでギャンギャン吠え合う両親。最初から最後までその場面がつづき、掴み合いになったあたりでカメラが倒れ、映像は終了した。

 

 発目は黙ってシュタインからマウスを受け取り、次の日付のファイルを開く。

 

 

 

『はい二日目ー』

『今日は設計コンセプトをつめていきまーす』

『わー』

『という訳で二人で思いついた事を適当に書き殴っていこー』

『わー』

『…………台本通りはつまらないね』

『仕方ないでしょ。それともまた私にシメられたいのかしら?』

『台本最高……さて、始めようか』

『そーねー』

 

 

 

 二日目から、発目の為の作業机を作る計画が進み始めた。長い動画もあれば、短い動画もあり、破損している動画もある。発目はそれを一つずつ再生しては、じっと見入る。緑谷とシュタインは発目の両隣で、残る四人は壁際に凭れかかったり置いてあった椅子に座ったりしてそれを見ていた。

 

 発目が、夜に両親が何かをしている事に気がつくずっと前から記録されているその動画集は結構な数があった。それを発目は時間をかけて一つ一つ見ていく。

 

 

 

『基本はステンレスを使うべきだろう』

『えー? 木使うでしょ木。ハードウッドで。私金属テーブル好きじゃないのよね』

『木だと!? 確かに木は良いだろう。軽量で、高剛性! 素晴らしい素材だとも! だが僕等の娘が作業机を雑に扱わない理由が無い! 耐熱性が高く部品交換が容易な鉄材の方が良いことは純然たる事実だ!』

『う、それを言われると反論できないわね……』

 

 

 

 ある時は素材選定で会議が紛糾し。

 

 

 

『拡張性を高く!! やりたい事が何でもできるように! 自分で追加パーツを作成して取り付けられるように!』

『意味が無い! 頑丈さだ! 頑丈さはすべてを解決する! 拡張性を高めるあまり頑丈さを蔑ろにしては本末転倒だろうに!! この作業机でできないことがあればそれこそ自分で作るに決まっている!』

『ケツの穴小さい事言ってんじゃないわよ!』

『ケツぅ!?べべべべべ便秘ちゃうわ!』

『言ってないわよ! 何よ、やるっての!?』

『おのれぇ! 便秘の辛さを教えてやるァァァ!!!』

『知らんし!』

 

 

 

 時には開発の方向性で殴り合いの喧嘩へと発展し。

 

 

 

『変形合体機構は必要ね』

『ローラーで時速五十キロ程度で走行できるようにしよう』

『自爆ボタンどこにつける?』

『机の裏だな』

『え? 地味じゃない?』

『天板を大きく叩くとクルリと裏返って自爆ボタンが出てくる』

『最高じゃない! あ、でも爆破十秒前のカウントダウンタイマーをどこにつけたらいいだろ』

『それが、今こういうのを考えてるんだ……この天板を簡易的な液晶にして、タッチパネル操作に対応させる……』

『わ、凄い! 探くん天才!』

『うははは! あ、自己発電用の電動機も付けたいな』

『原付のエンジン使いましょうか。ちょうどそこに転がってるのがあったし』

『飛行能力付けるか』

『わぁ!素敵!』

 

 

 

 時には異常な団結力を発揮して開発を変な方向に加速させていた。

 

 

 

『あー、やりたい事が多過ぎる……年末とか全然間に合わなかったし……』

『明くんは既に工具を使いこなし始めている。早く終わらせないとじきに作業机の一つくらい自分で作り始めるぞ』

『そーねー…………ふふ、子供の成長って早いわね』

『早過ぎる気もするが……まぁ、僕等二人の娘ならさもあり、という所だな』

『…………まだ負けないわよ! ええ、まだ負けるもんですかい! 親の威信にかけて十年は負けないわ! さぁ勉強よ!』

『そうだな! あ、電源タップは幾つ付けるとしようか』

『付けられるだけ付けるに決まってんでしょ!』

『それしかないな!』

 

 

 

 発目の日々の成長を喜びながら奮起する二人。研究室中の電源タップをかき集め始めた所で動画が止まり、発目は次のファイルへとカーソルを動かす。

 

「…………あ」

 

 次のファイルは、情報付きでズラリと並んだ中でそれが一番下だった。つまりそれは、次のファイルがこの開発日記の最期である事を示す。発目は、しばらくの間躊躇してからそのファイルを開いた。

 

 

 

『はいどーもー発目見子でーす』

『探でーす』

『というわけでね、今日もスーパー作業机制作やっていく訳なんですけどもね』

 

 

 

 なんか、いつの頃からか手慣れた感じで始まるようになった動画を眺めながら、発目はぐしゅ、と鼻を啜る。

 

 

 

 その日も何のかんのと言い合いながら素材をこねくり回していた二人だが、ビビーッ! と室内に音が鳴り、カメラの置いてあるモニターの辺りに二人が寄ってきた。

 

『え、今のって何?』

『この部屋のドアに掛けてあるセキュリティが突破された』

『は? ……ハァ!? 侵入者!? め、明はっ!?』

『……いや、ハックしてるのはその明くんだ。ホラ、監視カメラの映像』

 

 探はモニターの一つを指差す。きっとそこには地下に繋がる扉の前でうずくまる発目が居るのだろう。見子はそれを見て安心したように胸を撫で下ろし、作業中の機材を格納庫に収納し始めた。サプライズの為に、開発中のソレを発目に見られないようにする為であろう。

 

『…………なぁんだ……誰か敷地内に入ってきたのかと思ったじゃないの』

『ハッハッハ、このドアのセキュリティはそこらのチンピラに突破される程ヤワじゃないさ。あれを突破できるのはそれこそ僕くらい…………』

『明に突破されたのアンタが明のプログラム手伝ったからじゃないの!!』

『いだだだだ!!!』

『あーもーこれから隠すの難しくなるわよ本当に……』

『はー……ごめんなさい』

 

 ガコン、と見子が壁際のコンテナを閉めると同時に、発目が映っているのであろうモニターを眺めていた探が息を呑んで立ち上がった。

 

『侵入者だ!』

『えっ』

 

 ガッ、と先程見子が閉めたコンテナと別のコンテナを開けてそこから試作品らしき大型の銃を取り出した探が、『侵入者は明くんの近くに居る! 君はここに居るんだ!』と叫び、階段を駆け上がっていく。見子もそれに続いてモニターを一瞬覗いて、ヒュッ、と息を呑んだ。

 

『明のPCを……もしかしてパスワードを……覗いてる……?』

 

 そう呟いた後の見子の行動は早かった。探と同じように壁際のコンテナを開けて試作武器を引っ掴み、モニターのあるテーブルにあった工具セットを腕に抱えて探と同じように階段を登っていった。それからすぐに階段から発目が転がり落ちてきて、暫くは銃声や罵声が遠くに鳴り響いていた。

 

 そして、数分経って……唐突にすべての音が途切れる。

 

 

 

 

 発目が、ひゅ、と息を吸う。画面には、階段を這うようにして降りてきた、血塗れの見子と探が居た。

 

『……明、くん、は……』

『…………私がここに放り込んだ時……おデコ切っちゃったみたい……ごめん、ね……明……』

 

 ゴメンね、顔をキズつけちゃったね。そう何度も謝りながら見子は、力の入らない身体でズリズリと発目を引っ張って救急箱の置いてある棚がある壁際に移動し、棚から救急箱を落としてガチャンと中身を床にぶち撒けた。既に立ち上がる事もできない見子は、這うようにしてガーゼと消毒液、包帯を取ると、震える手で発目の頭の傷の処置を始める。

 

『イタタタタ…………傷は……浅い……わね』

『……君は……どうなんだ……傷……』

『…………私…………?』

 

 それきり見子は、黙って発目の頭に包帯を巻き続けていた。その横に探が、這いずってきて、隣に座り込む。

 

『…………僕は、もう……無理だ。コレは、死ぬ』

『…………そう…………』

 

 それだけ言って、見子は発目の傷の処置を終えた。

 

『…………この研究室……ヒーローが来るまで……持つかしら』

『……持つさ……そう、設計したのは……君だろ……電子ロックの……キーボードも…………君が……破壊した……』

『…………ヒーローの救助も…………遅れるわね』

『あぁ…………改善……点だ……ね……』

 

 壁に背を預け、床に顔を向けて……そう力無く呟く探をチラリと見て、そして見子は、手に持っていた包帯をコロリと床に落とした。

 

『……私も……多分……駄目ね……今すぐちゃんと処置できれば、助かる気はするけど……こんな救急箱じゃ……どうにも……ならないわ』

『…………見……子……くん』

『……何?』

『……まだ……電気は……来……ている……かな』

 

 室内は、明るい。探が電気が来ているかを聞いたという事は、もう既に探の視力は無くなっている……という事だ。それを悟ったか、見子は探の腕を握り、頷いた。

 

『……ええ』

『……なら……今の……内に……言って…………かないと……電げ…………が……落ちると……カメラも……止まる』

 

 俯いたまま、探は、ボソボソと言葉を紡ぐ。この研究室全体の声を聞き取れるように設計されたマイクは、探の言葉を明瞭に映像記録に残す。

 

『…………この…………映像……を……誰が見るか…………分から……ない……が……できる……なら…………』

 

 暫くの間、探の言葉が止まる。それを察した見子が、探の腕を軽く揺すり、探の言葉は再び紡がれる。

 

『…………メイン……PC……D……ドライブに…………明……僕の……かわ……いい……むす、め……の……プレゼントが……………………せっ……、けいず…………が……が、入って…………いるから……かんせい……たのむ……』

『…………探くん…………』

『…………ぼく、らの…………むすめだ………………きっと…………よ…………ろこ…………で……くれ…………から』

 

 ぐら、と不安定に揺れた探の身体を、見子が支えて元の位置に戻す。

 

『…………みこ、くん』

『……なあに、探くん』

『……さいごは、い……た、かっ…………けど……楽し、かったなぁ』

 

 ………………そして、探は動かなくなった。画面越しでも、探の身体から()が抜けたのが察せられた。

 

『……私も、探くんと……明と、居られて…………楽しかったわ……最期はちょっと…………痛いし……急過ぎる……けど』

 

 ズズン……と画面が大きく揺れ動き、天井の照明が明滅する。揺れによりカメラの画角が傾き、天井を映すようになってしまった。

 

『…………もう……時間、無さそうね……』

 

 見子の、声だけが、天井を映す画面から聞こえる。

 

『カメラ……お願いだから……まだ録画、続けててよ…………』

 

『明…………私の娘……可愛い子……ゴメンね……こんな終わり方で……』

 

『貴女には……本当に……本当の本当の本当に……スゴい……才能があるから……』

 

『探くん……みたいな……ものを考える……才能も……私……みたいに……ものを作る……才能も……貴女……には……全部……全部あるから……貴女は……何でも……何でもできる、神さまに、愛された……子だから……自分の……したいように、生きたい……ように……生きなさい』

 

 ドンッ、と、一層大きい音が響き、カメラが机から下に落ちたらしく、コードに引っ張られたカメラはユラユラと揺れながらあらぬ方向を映し続ける。

 

 暫くしてから、見子の言葉が続く。

 

『……私ね、貴女を産むときね……とっても不安だったの……』

 

『私もね……探くんもね……人として、ズレてるから……だから、私達にちゃんと子供を愛せるのかって……不安で……仕方がなかった……』

 

『けど……いざ、産まれてきたら……! もう……もう……! 貴女の事がね……愛おしくって……愛おしくって……!』

 

 ゴ……ン……と、今度は遠い場所での揺れ。見子の言葉は、時折湿った咳を挟みつつも止まらない。

 

『何するにしても、貴女のことが……頭の隅には必ずあって……! 私が退院するまで……探くんとの……会話は……! 貴女はどういう娘に……育つだろう、貴女は、私達の家を見て……どんな反応をするんだろう……って……!』

 

『その日まで……私も……探くんも……! 自分の中で……一番は……研究だった……! 自分自身よりも……パートナー……よりも……自分の、研究が大事だった……!』

 

『けど……一番は貴女になったの……! 貴女が……人生で、世界で、一番……大事なもの……!』

 

 そこで、見子は一際大きな咳をする。何度もむせ返り、優秀なマイクはビチャ、という微かな水音を拾っていた。

 

『ゼッ……ヒュ……』

 

『…………明』

 

『……無理かもしれないけど……私達が死んだ事は、気にしないで……私も……探くんも……親の責任とかで、貴女を守ったわけじゃないわ』

 

『私達が貴女を守ったのは……ただ……守りたかったからなの』

 

『私達が……私達のしたいようにした……それだけなの……普段の明の行動と……何にも変わらないわ』

 

『……明、大好き……私も、探くんも……世界で一番、貴女を……愛してる』

 

 そこまで言って、再びズズン……と部屋が揺れる。そしてそれに触発されたか……画面の中の幼い発目が『にゅう……』と唸る声がした。

 

 振動で、クルリとカメラが回る。そのカメラが映したのは、喀血により血塗れの口元を拭う事もせずに涙を流しながら発目の顔に手を当て、目隠しをした見子の姿であった。

 

『…………まだ…………寝ていなさい……貴女はまだ……寝ていて良いの』

 

『…………ねーんねん……ころーりよ……おこーろーりよ…………』

 

『…………ぼうやーは…………よいこ……だ、ねんねーしーな……』

 

『ぼうやーの……おもーりーは…………どこーいーった……』

 

『………………あーのやーま』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブッ、と、映像が途切れ、画面は動画プレーヤーのロゴを映し出した。それはつまり、あの瞬間にあの研究室の主電源が落ちた事を意味していた。

 

 …………壮絶。

 

 一同の、この動画に対する感想はそれのみであった。

 

 娘が危機にあると悟って即座に行動した父と母。

 

 そんな訓練など全くしていないだろうに、ヴィランの前に立ちはだかり、致命傷を負いながらも研究室というシェルターと、その中に居る娘を守りきった。

 

 そんな、命を懸けた『親』の姿に、己の中から湧き上がってきた色んな感情が胸を一杯にして、誰も、何も言えなかった。

 

 そして、発目は。

 

「…………………………」

 

 ただの一言だって発さずに、只管涙を流し続けていた。そんな発目の姿に背を向け、シュタインは壁に埋め込まれたコンテナの一つに手を伸ばす。

 

「………………明……君に今日までその動画を見せなかったのは、二つ、理由があってね」

 

 シュタインがパスワードを入力し、ガコン、と重苦しい音を立ててロックが開く。シュタインはコンテナを引き出しながら、言葉を続ける。

 

「一つは、君の精神が過去を思い出す事に耐えられるかどうか、その確証が無かった事。あまり精神が成熟していない時に悲劇を思い出せば、今度こそ立ち直れなかったかもしれないからね……」

 

 コンテナから出した『それ』の表面を、シュタインは撫でる。発目はそれを見て、キュッと母親譲りの金色の瞳を見開いた。

 

「もう一つが、コレだ」

 

 それは、動画内で発目の両親が作成していた作業机だった。

 

「……それ、って」

「君のお父さん……探さんが言っていたでしょう。作業机の設計図が入っているから、完成させて娘に渡してくれって」

 

 設計図なんて言ってたけどただのアイデア書いただけみたいなのしか入ってなくて苦労したよ。そう言って笑うシュタインを見ずに、発目はボロボロと涙を零しながら作業机に触れる。

 

「それでなくても、世紀の天才二人の合作だ……俺の個性まで使って、それでも技術的に不明な点が多過ぎて結局完成までに十年かかった」

 

 発目は、そこが限界だった。きゅうっ、と喉を鳴らし、もともと溢れ続けていた涙はその量を増す。発目はそのまま作業机に突っ伏して肩を震わせた。

 

「っ、ふ、うぅぅ…………!」

「……遅くなって、悪かったね…………けど、やっと、渡せた」

「…………っ、ふ、くッ、ううぅぅぅ…………っ!!!!!!」

 

 慟哭する発目の頭をシュタインが優しく撫で、緑谷がその肩を抱く。

 

 その光景を見て、爆豪は軽く鼻を鳴らし、出入り口の階段へ消えた。軽く肩を竦めて薄く笑った心操がそれに続き、グスグスと鼻を鳴らす切島とハンカチで目元を押さえる芦戸がそれに続き……その場には三人だけが残った。

 

 

 

 発目邸。裏庭。

 

 

 

 日はすっかりと暮れ落ち、互いの顔も見えない程の暗闇に包まれた裏庭。九月の半ばとなると風も肌寒く、シンと冷えた空気は色々な熱のこもった身体をよく冷やした。

 

 グズ、と、芦戸が鼻を啜る。ここいらは広大な敷地を持つ雄英高校が夜には電気が消えるためか、夜空の星がよく見える事に心操は気が付いた。

 

「……アイツが泣いたの、初めて見た。勝己は?」

「知るか」

 

 スパッ、と切り捨てられるように返された答え。しかし、心操はその言葉に僅かな湿り気を感じてフッと笑った。

 

「うううぅぅ…………うう〜〜〜!!!」

 

 その後ろでは、研究室から出て遂に涙腺が限界を迎えた芦戸が隣に居た切島の肩にしがみついて華奢な背を震わせだす。

 

「うお……オイオイ、泣くなって!」

「うゔ……だっでぇ゛……! あんな゛……! あぅぁ゛〜〜!」

「な、泣くなって! 気持ちは分かるけど!」

 

 発目の過去は余程衝撃が強かったか、オンオンと泣く芦戸の声と、女の子を慰める術など考えた事も無い切島のオロオロしている声を背中に聞きながら、心操は裏口から家の中に入る。そして、財布を持って出てきた。

 

「取り敢えず、明はじきに泣き疲れるだろうし……なんか温かい飲みもんでも買ってきてやろうぜ……この家、ガス止まってるし、ヤカンもコップも何も無いからな」

「……それ俺が行くからよ、心操ココ代わって……」

 

 女の子が自分の横で泣いている居た堪れなさに耐えきれなかった切島が若干呆れた心操と役割を交代して、心操は芦戸のお守りを、切島と爆豪がコンビニに買い出しに行った。

 

 なんか流れで取り残された心操は、なんとなく今家の中に入るのも違う気がして裏口の前にある段差に腰掛ける。ベシベシとその横を手で叩くと、芦戸も泣きながらそこに座り込んだ。

 

「……ンな、泣くなよ……」

「っく……ひっぐ……っズッ」

 

 コクンコクンと頷きながらも涙を止められない芦戸の背中を心操はゆっくりと撫でさする。その背中が普段芦戸から受ける印象よりもよりもずっと薄くて、若干ドギマギしながらも心操はその手を止めなかった。

 

「……良かったな、明は……」

「…………っっゔゔ──〜〜!」

 

 ああ、何も話さないのが一番早く泣き止むな。そう察した心操はそこからは一切口を開かずに背中さすりマシーンと化した。

 

 

 

 発目邸付近。コンビニ。

 

 

 

「…………そっか、アイツはもう大丈夫か」

「……っス」

「多分……っすケド」

 

 コンビニに来て発目の好きなホットチョコレートを始めとして何やかんやとカゴに突っ込んでいる最中、切島と爆豪は一人の男に声を掛けられた。その日の昼間に会っていた事もあり、スムーズに会話を始めた二人はその流れで目の前の男……スーツを脱いだ私服のパワーローダーが発目をあの研究室から救出したその人である事を知り、そしてパワーローダーは、発目明が事件の傷を思い出しても耐えられそうだという事を知った。

 

 パワーローダーはコンビニの店先で、壁にもたれながらカップに入ったブラックコーヒーを一口飲んで溜息を吐く。

 

「身勝手だよな」

「え?」

「自分の救えなかった人間が……それでもちゃんと立って歩いてる事を……嬉しがって……」

「…………」

 

 幾度もの戦いで、救助活動で、ボロボロになった鉄の爪を握り締めてパワーローダーは呟く。

 

「……ヒーローってのは……人気稼業だとか、慈善行為だとか、色々言われるけどな……確かにそれは正しいんだろうが……俺は、やっぱそういうんじゃねぇと思ってるんだよ」

「……じゃ、どういう意味だよ」

自己満足(ジコマン)

 

 爆豪のアッサリした問いに、パワーローダーも、これまたアッサリと返す。しかし、その声には隠しきれない罪悪感が混じっている気がした。

 

「社会の為だとか、ゴタイソーな言い分はあるけどなぁ……やっぱ、俺ら全員、『助けたい』から『助ける』んだよな……だからな…………やっぱ……助けられなかったモンをいざ目の当たりにすると……」

「心が折れる……ってか?」

 

 ズパッ、と斬った爆豪の言葉に切島が焦る声を出すが、パワーローダーは軽く笑っただけだった。

 

「俺も、あの一家を助けられなかった時は……そりゃ落ち込んださ……学校での仕事にまで支障が出てた…………けどなぁ……」

 

 パワーローダーはそこで一度言葉を切り、少し躊躇してからコーヒーで口を湿らせ、言葉を続けた。

 

「それでも、俺達は進まきゃいけないんだよなぁ」

「………………進まなきゃ……スか」

「そ。ケドそれは、助けられなかった人の事を忘れろって意味じゃねぇぞ……助けられなかった人に足を取られて、助けられる筈だった人を取り零すなって意味だ……だから、俺は立った。んで、進んだ……そうじゃないと、次が守れないからな……けど…………」

 

 コーヒーを飲み干し、パワーローダーはコンビニの外壁から背を離す。

 

「…………あの子の事……あの一家の事……シュタインがあの子を連れてくるってなるまで……俺、忘れちまってたよ…………ヒーロー失格だ」

「…………パワー……ローダー…………」

 

 忘れていた……そう言ってもそれは、十年以上も前の事。いくら衝撃的でも忘れることくらいあるだろう……切島はそう思ったが、張り詰めたようなパワーローダーの姿を見れば、自分のそんな言葉はあまりにも安っぽい気がして……結局切島は、何も言わなかった。

 

 グルリ、と振り返ったパワーローダーは、二人の目を見つめて、言う。

 

「この業界はな、本当に人死にが多い……良いかガキども、ヒーローってのはな。死んでいく同僚(仲間)(思い)を背負い、助けられなかった被害者の(無念)を背負い、その色んなもんを背負ったクソ重たい身体で事件事故、災害から市民を守る肉の壁になる……そんな仕事だ。市民には傷の無い背中しか見えねえが、色んなもんを防ぐヒーローは決して、綺麗になんてなれやしねえんだよ…………だからな」

「……わぁッてるよ」

 

 パワーローダーの言葉を遮り、ヤンキー座りをしていた爆豪がビニール袋を持って立ち上がった。

 

「要するに、救う命にも救えない命にも、誇りだか覚悟だかを持てって言いてーんだろ。話がなげーんだよ……買った飲みもん冷めるわ」

「おァっ、ちょ、爆、はァ!? 嘘だろ!?」

 

 スタスタと袋片手にその場を離れる爆豪に、泡を食いながら追従する切島。「ありがとザッしたー!!」という声が消えるのを聞きながら、パワーローダーは空のカップを軽く振った。

 

「……俺が、言うまでもねぇ、か…………あーあ……俺も長い事この業界に居るが……こんな体たらくじゃ……ベテランはまだ、名乗れねぇなぁ……」

 

 もう自宅に帰るつもりだったパワーローダーは、その足の向きをもう一度雄英に戻す。

 

 あの日自分が救助して、しかし本当の意味では救けられなかったあの少女が作った作品に、もう一度ちゃんと向き合ってみよう。そう思ったのだ。

 

 




今回は……まーじでしんどかった……

ちゃんとシリアス書けてましたか……?途中からもう自分が何書いてんのか分かんなくなってたんで、もしも全然シリアスじゃ無かったら言ってください。書き直すのはホント勘弁してほしいですけど、次にシリアス書く時の参考にしますから……

…………あ、次はアレね。恒例のシリアスの後のアホ回。久しぶりに何も考えずに文章を書けそうだ……!今滅茶苦茶にウキウキしてる。
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