無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回はマジで完全なギャグにしようと思ってたのに、出来上がったのはギャグでもシリアスでもない、どこにでもありそうな普通の日常バナシだったので……もうほんと、前回のシリアスで調子狂ってんな……ッテ感じです。

今回のあらすじ

久しぶりの折寺ヒーローズ。

リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


第四十四話、十月初旬、秋のキノコとモツの醤油煮込み、副菜に蒸し南瓜

 発目明が、ここ一週間ほど元気を無くしているらしい。

 

 折寺は、今現在その話題で持ちきりであった。

 

 いや、ンなこと言ったって多感な十五歳がチョット曇ったくらいでそんな話題になります? そう思った諸兄らにはもう一度発目明という少女の事を思い出して頂きたい。

 これまでにも折に触れて言ってきた事であるが、彼女は笑顔の似合う整った顔立ちと白い肌、金に輝く瞳、眩しいピンク色の髪、恵まれたスタイル……と、正真正銘本物の、絶世の美少女であるのだ。

 そのいつもキラキラ笑顔を振りまく輝かんばかりの容貌は派手な髪色と相まって多くの人々の印象に残り、結果的に……

 

「最近さー、学校の発目先輩が元気無いっつーか、大人しくなってさー(安堵)」

「はつめ先輩? 聞いたことない名前ね。誰それ?」

「いや、俺も仲いいわけじゃないけどさ、あのピンクの髪の人。ほらよく緑の髪の人と一緒にスーパーに居る」

「あー、あの滅茶苦茶可愛い子! 元気ないの? 心配ねえ……早く元気出るといいわね」

「え゛っ、いや、それは……うん、まぁ。程々には……」

 

 と、こういう会話が折中(折寺中学校)生徒の家庭で広まり、その話を聞いた人間が実際に発目の元気が無い姿を目撃し、また噂は広まり……と、そのような過程を経て。

 

 

 

 折寺市街。夕方。

 

 

 

「元気さ余って騒ぎを起こして噂に……ってんならまだ分かるがよ。元気じゃなくて騒ぎも起こさないから噂に、ってのは一体全体何なんだ? どうやったらそんな事が出来る?」

「俺に言われても知らんスよ」

 

 毎日の業務の一つとして折寺市近辺のパトロールを行っているお馴染みのデステゴロは、駅前の花壇に浅く腰掛けながら、ヘッドギアの上から覗くバサバサとした白髪を無造作に掻き混ぜた。

 その横では、消火栓と消防服を模した赤いヒーロースーツを着用した、消火ヒーローのバックドラフトが気怠げにアスファルトとブーツを噛み鳴らしていた。

 

 駅前のテナント街と商店街のちょうど境目辺り、丁度日が陰ってくる夕暮れの時間帯に人がごった返すこの場所はありとあらゆる軽犯罪の温床であり、同時にそれを捕らえるヒーロー達の一種のコミュニケーション広場となっていた。

 

「俺なんて昼間商店街でオバチャンに聞かれたぞ? 『チョット! 明ちゃん具合悪いんだって!? 何かあったのかアンタ知ってるんじゃ無いの!?』……って」

 

 あの人には中学生の子供は居なかったと思うんだけどな……と呟いたデステゴロは、その瞬間に花壇を形作る赤レンガを蹴り、スルスルと交通人を避けながら人混みに紛れていった。

 恐らくはスリか何かを見つけたのだろう。

 出遅れたバックドラフトはヒーロースーツの襟を直し、人混みに意識を集中した。何だかんだと言ったって、ヒーロー稼業は早い物勝ちの勝負世界だ。貰える給金が歩合である以上、仕事には集中しなければ。

 

「犯罪を防ぐのがヒーローの仕事。犯罪を防ぐには犯罪を待たなくちゃならない……」

 

 何だかなぁ、そうヒーロー稼業の抱える矛盾をボヤいたバックドラフトの横に、木目模様のアーマーを着用した細身のヒーロー、シンリンカムイがやってくる。

 

「カムイ」

「ああ、調子はどうだ?」

「ま、ボチボチだな……そう言えば今日岳山ちゃん見てないんだけど、お前なんか知らねえか?」

 

 Mt.レディこと岳山はその派手な個性と同じく派手なルックスでとにかく人目を集める外見をしている。

 この街の人間はもうかれこれ半年はこの姿を見ているので見慣れられてはいるのだが、見慣れられたとしても大なり小なり注目を集める事に変わりはない。

 そして、人の目線の向く先というものに敏感にならざるを得ないヒーローという職に就いている者にとって、こういう広場で注目を集めているのはどこか等は感覚的になんとなく把握できるものである。

 

 そんな訳で、あの仕事熱心な……別の言い方をすれば常時金欠気味な……岳山がこの時間にこの場所に居ないというのは彼女の普段の仕事っぷりを知っている者からすれば奇妙な事であった。

 

 その事を尋ねられたシンリンカムイは、丁度買い物帰りらしい袋を持った母親に連れられつつ自分たちに手を振ってくれた小さな子供に手を振り返しながら、「Mt.レディならネット番組の収録の筈だ。SNSで宣伝していた」と口元を覆うマスクの下で呟いた。

 カムイが懐から取り出し、バックドラフトに見せた携帯には何かの番組宣伝が映され、そこには確かに岳山が出演者として丸窓に顔が載っていた。それを見て、バックドラフトは腕を組んで唸る。

 

「へぇ、ネット番組ねぇ。アイツそんなん出てんのか……かんばせに花があるとやっぱり入る仕事も違うねぇ」

「ちなみに内容はヒーローコスチュームの変遷についてだそうだ。あのミッドナイトも出ているそうだぞ」

 

 割に真面目そうな番組である事にバックドラフトは驚きつつ、しかし聞こえた名前にウゲッと呻いた。

 

「ミッドナイトて……お色気キャラ丸被りじゃねえか。いや番組内容的に仕方ねえんだろうけど、アイツまさか先輩(ミッドナイト)に喧嘩売らねーだろうな」

 

 カムイの返答は無言であった。彼等は岳山の色んな意味で逞しい性格をよく把握していた。

 

「……何時からよ」

「七時半」

「良かった、見ない理由ができた……俺その時間仕事中だ」

 

 ふう、と溜め息を吐いて視線を人混みに戻す二人。そんな二人の眼に、携帯片手に何やら焦った様子で駆け寄ってくるデステゴロの姿が見えた。

 

 おや? とその焦りようを不審に思ったバックドラフトは凭れていた花壇から腰を離す。カムイも居住まいを正し、一歩だけ前に踏み出した。

 

「ん? どしたデステゴロ」

「おぉカムイもここにいたか! 丁度良かった! お前の蔦でこの辺一帯から通行者引き離してくれ! バックドラフトも、頼む!」

「はぁ、何故です?」

 

 デステゴロの突然の言葉に疑問の言葉を呈しつつも文句は言わずに腕からスルスルと蔦を伸ばし始める辺りにデステゴロというヒーローに対する深い信頼が見て取れる。

 二人に目線で謝意を表したデステゴロは、携帯に意識を戻して今いる位置を叫び始めた。どうやら通話状況が悪いようで、デステゴロは携帯を付けていない片耳を押さえながら大声でがなり立てる。

 

「ああ! 折寺駅前と! 商店街の間! ……え!? 折寺! 駅前! え! き! ま! え! ……そう、そうだ! そこと! 商店街の! ……そう! そこだ! 頼むぞまじで!」

「何なんすかマジで」

 

 水と蔦でバリケードを作り、人の海からある程度のスペースを切り取った二人が電話を切ったデステゴロに問いかける。

 問いかけられた当人は、額に汗を滲ませながらある方向……ツギハギ研究所のある方向の空を睨みながら、声を絞り出した。

 

「エアジェットからの連絡だ……ツギハギ研の試作飛行アイテムが暴走したらしい。不時着していい場所を用意してくれ、とよ」

「え゛」

「元々暴走の可能性があるとかでエアジェットに警戒要請があったらしい……来たぞ! 水と蔦でクッション作れるか!」

 

 デステゴロの睨む方向を見ると、夕焼け模様の上空に黒点が光の筋を作りながら移動していた。

 バックドラフトは「嘘だろマジかよ!」と叫びつつ両手から水を生み出し、空中で大きな水の球を作り上げる。

 ほぼ同時にそれを視認したカムイも片手でバリケードの強化、もう片手で水球の下にネットを張りながら「落下物があります! 離れて下さい!」とざわめきながら自分達を見ている観衆に向けて叫ぶ。

 デステゴロもそれに続き、「周辺に被害が出る可能性があります! 近付かないで下さい!」と叫び、ネットの下に移動して腰を落とした。

 

「ーーーーーーーーぁぁぁぁ」

 

 それから一秒、白い光の筋を描いていた黒点が三人に向かって降下を始める。

 

「ーーーーぁぁああああ!!!!」

 

 そして二秒、シパパパパ、と独特な音を響かせながら黒点はみるみる大きくなっていき、それにより黒点の主であろう誰かの叫び声が聞こえるようになってくる。

 因みにその、ある意味聞き慣れた叫び声を聞いたデステゴロはやっぱりお前かよ、という呆れの感情を顔全体に貼り付けていた。

 

「ーーうわああああぎゃぁぁぁあああ!!!!!!!」

 

 用意を終えてから丁度三秒で、ダパァンッ! と大きな衝突音を上げながら水球に高速で物体が衝突する。

 その物体は水の層を一瞬で突き抜け、蔦に絡まりつつもその余りある突進力でカムイのバランスを崩させ……

 

「ドワショォア!!」

 

 デステゴロが胴体に抱え込むようにして突進を受け止め、数メートルほど引きずられるも何とか静止した。試作品と聞いていたジェットパックは未だ白い光のようなものを吹いているものの、燃料が切れたのかその火は上空にいた時よりも遥かに小さくなっていた。

 

「おお……流石剛力ヒーロー」

「言ってる場合かっ!! 水! 水! 危なっ!!」

 

 デステゴロが受け止めた内の一人であるヒーロー、エアジェットが呑気な声を出すバックドラフトを急かす。それを聞いたバックドラフトは慌てて件のジェットパックに水をかけ、コスチュームに隠しているナイフで固定具を切り裂き、パックを装着者から引き離した。そのまま推進力に任せて暴れようとするそれを水球に閉じ込め、ブクブクと火を吹いて水を蒸発させるそれを完全に抑え込んだ。

 

「おーい、出久くん、これもう内部にまで水入れちゃって良いよな?」

 

 バックドラフトがジェットパックを装着していた少年に問う。

 全身ずぶ濡れの状態で地面に手をつき荒い息を吐いている、学ランを着たその少年は言わずと知れた緑谷出久であった。

 

「……ぜぇ……ヒィ……ゔぁ、はい、お願いします……」

「あいな」

 

 彼の了解を得たバックドラフトは、水球に閉じ込めていたジェットパック内部に水を侵入させる。水が入ったそれは、数度激しく震えた後に完全に停止した。

 はぁ……とその場の全員に弛緩した空気が流れる。その間に復活した緑谷は、学ランの襟を正してから行儀良く一礼した。

 

「皆さん、本当にありがとうございました」

「いーよ、被害も出てねえし」

「事故として警察に報告するからそれ(試作品)持って当事者として付いてきてくれ。あと多分聴取とか業務指導とかあるって今の内に博士に言っといてくれ」

「はい……すみません」

 

 背に哀愁を漂わせながらトボトボとエアジェットの後を付いていく緑谷を見送って、デステゴロは抑えきれない気持ちを言葉にして発する。

 

 …………なんたって、彼が空から落ちてくる数分前まで彼は発目明が元気をなくしているらしいという話をしていたのだ。

 

「……いや絶対元気じゃねえかアイツ!」

 

 話を聞いていなかった為不思議そうに首を傾げるカムイの横で、バックドラフトは深く深く頷いた。

 

 

 

 ツギハギ研究所。夕飯時。

 

 

 

「……ただいま……」

 

 ツギハギ模様のドアを開け、研究所内に入った緑谷は廊下にまで何やら食欲をそそる匂いが漂っている事に気が付く。

 

「あれ? ……誰か料理の続きしてくれたのかな……」

 

 緑谷は学校帰りに研究所に寄って夕飯を作っている最中に発目に呼び出されてあれよあれよという間に試作装備を取り付けられ大空をスッ飛んだ為、料理が途中で止まっていた。

 なのでこの疲れた身でまだ料理をしなければならないのかと思っていたのだが、そんなこともないらしい。

 

 芦戸さんかな? と思いつつ台所の入り口に立つと、丁度入り口に近い場所にあるシンクで包丁を洗っていた人物と目が合った。

 

「あ、出久!」

「へぁ」

 

 疲れ切った緑谷を出迎えたのは彼の母、引子であった。

 

 予期していなかった光景にギョッと目を見開いた緑谷の頬を濡れた手で軽く引っ張り、上から下までザッと怪我の確認をした引子は満足気に頷く。

 それから着ていたエプロンで手を拭いつつ「出久帰ってきたわよー!」と台所から繋がっている食堂に声を掛けた。

 

「か、母さん? なんでいんの?」

「出久が空飛んでどっかに消えていったって連絡があったら来るに決まってるでしょ!」

「スミマセンでした!」

 

 全くもう、と台所に戻っていく引子を横目に緑谷は食堂に入る。他の部屋と同様打ちっぱなしのコンクリート壁の、殺風景な部屋にはいつものメンツが勢揃いしていた。

 緑谷はやっと戻ってきたいつもの空気感に思わずはぁ、と疲れた溜息を吐く。もう本当マジで心が疲れるのだ、警察行くって。

 

 それと同時に発目が甲斐甲斐しい妻のように緑谷から壊れたジェットパックを受け取り、そのまま食卓で分解を始めてしまう。それを見て、緑谷の溜息はより深くなった。

 

「オッス緑谷」

「おう出久、今日は空飛んだんだって? どうだったよ」

「色んな所に迷惑かけた……」

 

 食堂の壁際に置かれたホワイトボードでツイスターの戦術研究をしていた心操と切島の二人はニヤニヤしながら完全に他人事モードである。その横で同じくホワイトボードに向かっていた爆豪は仏頂面だが、むしろ彼の場合はそれが通常モードだ。

 その横で数学の宿題か何かをしている芦戸に至っては最初に無言で片手を上げたっきり声すら掛けてこない。

 どうやらホワイトボードと彼らの会話を意図的に見ない、聞かないようにしているらしい。芦戸は未だ常識人枠に未練があるようであった。

 

「ッチ、飛行制御くらい一発で決めろやトロくせえな」

「無茶言わないでよ……」

 

 緑谷の言う通り、無茶を言っているようにしか聞こえない爆豪の暴言であるが彼には彼でそう言わざるを得ない切実な理由がある。

 

 ……というのも、あまり緑谷が実験に手間取ると実験体(モルモット)のお鉢が爆豪に回ってくるのだ。これは現在別の中学に通っており、最速で下校しても緑谷達よりずっとこの研究所に到着するのが遅くなる他三人(心切芦)にはないデメリットだ。

 

 そんな話をしながら台所から湯呑みを取ってきて食卓の真ん中に置いてあった急須からぬるい緑茶を注ぎ、それを一息に飲み干した緑谷。

 空になった湯呑みを食卓に置いて椅子に身を預け、普段見ない程にグッタリした彼に、先程から終始無言であった発目が声を掛ける。

 

「出久さんこれ浸水してるんですけど」

「バックドラフトに止めてもらったからね……」

「止めて貰ったとは?」

「非常停止ボタンが効かなかったから、内部に水を入れてショートさせてくれたよ」

 

 非常時に効かない非常停止ボタンとは? と話を聞いていた各々が戦慄する中、発目は「ふーん」とだけ呟いてバラしたジェットパックを床に置き、今度はノートPCを立ち上げて作業を始めた。

 

 どうにも違和感のある発目の挙動……というか普段とは比べ物にならない静かさに、しかし二週間ほどこの状態の彼女を見ていた無免達は至って冷静だった。

 

「……しばらく見てるけど、慣れないなー。静かな明ちゃん」

「うん、僕もこんな明ちゃん初めて見たよ」

 

 ねー、と二人してウンウン頷きあっていると、食堂から庭に続くガラス張りの扉からシュタインが上がりこんでくる。

 その手には携帯電話が握られていたので、緑谷は「今日の件ですか?」と尋ねた。

 

「正解。明ももう少し加減してくださいよ。出久がエアジェット呼んでなかったら確実に業務停止だった」

「んー」

 

 シュタインの叱責にもほぼ反応と言える反応を返さない発目。それを見たシュタインは鼻から深く息を吐き、発目の頭をパスパスと撫でた。何だかんだで発目には徹底的に甘いシュタインである。

 

「……まさか、この子が『喋る余裕も無くなる』程に夢中になるとはねえ」

 

 何故このいつでもどこでもやかましい少女がこんなにも静かなのか。

 それは二週間前(前話)発目が十年以上の間を開けて再び入室した、両親の研究室にあった。

 

 発目の両親が、彼女の為に制作していたトンデモスペックの作業机が保管されていた研究室、そこには、勿論ながら彼等の行っていた研究や開発していた技術などもそのままに残っていたのだ。

 

 シュタインはそれらの技術を自分の商売に利用せず、全てを発目にそっくりそのまま明け渡していた。

 

「博士もさー、何だかんだで人が良いですよねえ」

「えぇ。俺はいい人ですから……まぁ、俺では理解しきれない技術が多かったってのもあるんだけどね」

 

 そうヘラヘラ笑いながら言うシュタインの横で、発目がPCを畳んで立ち上がる。

 

「あれ、明ちゃんもうご飯だよ?」

「…………」

「あ、あれぇ〜?」

 

 緑谷の、『あの』緑谷の声掛けにも一切反応せずにPCと壊れたジェットパックを持って食堂を出ていく発目。ただでさえ疲労の色が濃い緑谷は発目にガン無視されてそろそろ限界っぽくなっている。

 

「うーん、これは重症じゃない?」

「まぁ……その内元に戻るでしょう」

 

 芦戸とシュタインがそう結論づけた所で、台所から引子の声が聞こえたので、一同は疲れきって思考停止している緑谷を置いて食事の準備を始めた。

 

 

 

 同場所。数分後。

 

 

 

「いただきます」

「いただきます!」

「いただきまァす!」

「っただきぁす」

「いただきまーす」

「いただきます……」

 

 六者六様の言葉が食堂に響き、引子の「はい、どうぞ」という言葉により静かな食事が始まる。シュタインという絶対強者がいる場では、無免達は争わないのだ。

 ……シュタインに参戦されれば全員の取り分がゼロになるのだから、当然と言えば当然か。

 

 食卓に並んだのは、主菜一品に副菜一品、汁物一品。

 

 副菜のはホクホクと甘い匂いの湯気を立てた、黄色い実の部分が眩しい蒸し南瓜。

 まず心操が菜箸を使って大鉢から小皿にとり分け、箸を入れる。

 

「……っはぁー、うまっそ……」

 

 箸で割られた黄色い果肉はその内に秘めた甘みを湯気に乗せて心操の鼻腔をこれでもかと刺激する。

 

 さらにもう半分に切り分けたそれを口の中に放り込むと、塩蒸しにより引き立てられた甘みが口いっぱいに広がり、それと同時に襲ってくる激烈な熱さに心操は何度も「はふ、はふ」と口の中で南瓜を転がす。

 

 その横では切島がモツの煮込みを自分の器に注ぎ、それに七味を振りかけていた。

 

「切島、お玉くれ」

「あ、ワリ。爆豪に行った」

 

 心操から見て爆豪の席は食卓の真反対にあった。ので、諦めて二つ目の南瓜に箸を伸ばす。その横では芦戸が醤油香り立つ煮込みに舌鼓を打っていた。

 

 醤油の味が染みた煮物、しめじや舞茸などのきのこの旨味が溶け込んだ醤油出汁と、少し厚めに切られた扇形の人参の甘みを楽しみつつ、トロトロになった豚モツを口に含む。

 

「んん!」

 

 口に含めばモツのトロリとした部分が舌の上でジュワリと解け、醤油の味と混ざり合って濃厚なスープとなり、旨味を口内で撒き散らしながら喉に消えていく。

 芦戸は口内に残った肉の脂を洗うように白米を口に含み、甘い米を堪能してから口を開いた。

 

「びっくり……引子さんの料理って本当に緑谷と同じ味」

「引子さんの方が上手いけどな」

 

 食卓を一周してやっと回ってきたお玉で鍋の中身をよそいながら、心操は呟く。それを聞いた緑谷は白米を掻き込みつつ、「年季が違うよ」と言った。

 

「僕はこうして月何回かみんなが集まる時とか、後は博士や明ちゃんが研究所に泊まり込みする時とかに作るだけだし」

「おぉ、そっかこれ引子さんの作った料理か……いや、マジに違和感無かったぜ!」

 

 多めに追加した七味でピリッとした辛さになっている煮込みを山盛りの白米の上に掛け、更にそこに卵黄を投下して少々品の無い、しかし何とも旨そうな組み合わせを創り出している切島に全員の視線が集中する。

 

「…………え、何?」

「お前一人だけ旨そうな組み合わせで食ってんじゃねえよ」

 

 ペチコンと切島の頭を叩いてから心操が冷蔵庫に向かう。目的は卵黄である。

 

「心操ーあたしもー」

「俺も」

「僕もお願いー」

 

 その調子でほぼ全員が心操に追加発注をかけ、(俺ってなんか毎回こんな感じでパシリ役やってないか……? 気のせいか……?)と心操がモヤモヤしている時、食堂から廊下に続くドアが吹き飛ぶかという勢いで開かれた。

 

「あ、明ちゃん帰ってきた」

「んッグ」

 

 芦戸が無邪気にその名を呼ぶ向かいで緑谷が吸い込んでいるのでは? という程の恐ろしい勢いで食事の残りを掻き込んだ。

 

「出久さん!! 実験です!!」

「ッグ、ング、っぷは、停止ボタンは!?」

「付けてます!」

「付けてるだけじゃ意味ないんだよなぁ……!」

 

 この少女、先の実験で停止ボタンが用を成さなかった事を既に忘却……というより事態の優先度を極低にしているらしい。

 この緑谷の眼の前にいる何とも馬鹿な天才は文句を言い続ける緑谷(モルモット)の身体から足先にかけて次々と固定具を付けていき、引きずるようにして哀れなる験体Aを庭に連れ出した。

 

「さぁ、どうぞ!」

「いや、分からないよ。僕は何すればいいの?」

「もう実験に付き合うつもりなのが、まぁマジで緑谷だよな」

 

 さっき命の危険に晒されたのによ、と南瓜を齧りながら戦慄する切島の声は緑谷にまで届いていたが、何も反論しなかった。

 

 ……自分の発目に対する対応の仕方が常軌を逸している事など緑谷自身が一番分かっている事だ。

 

「取り敢えず、残念ですケド飛行は一旦諦めましょう」

「うんうん。街の人達にもに迷惑かけちゃうしね」

 

 お前自身は? という発目と緑谷除いたその場の全員の心の声は、残念ながら彼には届かない。

 無免たちの間では発目よりもぶっちゃけ緑谷の方がイカれているというのは最早周知であるが、それでも目の前でこういう光景を見せられると何ともモニャッとするのは彼等がヒーローを志す身だからであろうか。

 

「ジャンプした時の滞空時間を伸ばす方向性にシフトしました! 取り敢えずジャンプして下さいジャンプ!」

「あーうん……不安だな……」

 

 そう言った緑谷は小さく、ピョンと跳ねる。

 

 発目が即座にチキン緑谷のケツを蹴り飛ばした。

 

「真面目に!」

「スミマセン!」

 

 あまりにも理不尽な叱責を素直に受け止めた緑谷は、しっかりと膝を曲げ全身のバネを最大限に使い、ダンッ! と地を蹴り上げる。

 

 その瞬間に発目が緑谷に着けた脚部のセンサーがチカチカ、と光り、同時に背に装着していたブースターから夕方と同様にシパパパ、という擦過音のような音と共に白い光が吹き出した。

 

「う、お、わ!」

 

 姿勢制御に手間取る緑谷だが、その白い光は一秒か二秒で停止し、緑谷は何とか不安定ながらも着地に成功する。

 それを見た他の面々は「おお」とどよめき、発目は何度も頷きながら持っていたタブレットに色々と書き込んでいた。

 

「うんうん! 取り敢えずはこの方向で行きましょうか! ペットネームは『ブースターv0.8』! いやー電磁ブースター面白い特性ですねぇ! 流石母さんの設計だけあります!」

 

 開発に一段落したからか、口数が多くなった発目の横で緑谷が何度も跳んで背中のブースターの特性を把握している。

 

「動力電気で何であんなに飛べるんだ? プロペラでもないのに。つか明の母さんの発明品つったけど、電磁ブースターってそもそも何なんだ?」

 

 そんな光景を見ながら心操はそう疑問を呈し、白飯を口に運んだ。

 

 そう、発目がこんなにも夢中になって制作している背嚢型ブースターはその基幹設計に彼女の母、発目見子の開発していた技術が使われていた。

 彼女が死去してから十年以上の月日が経っても未だその電磁ブースターとやらが世に出ていない辺り、シュタインの言う稀代の天才という評価は間違っていないのだろう。

 

「良い質問ですね! ですが答えるのは面倒なので自分で考えてください!」

「ドラえもんみたいな事言いやがって……!」

 

 心操の質問を真っ向から叩き斬った発目は楽しそうにプシュプシュ跳んでいる緑谷に声を掛け、その身体に装着していた様々な部品を全て外した。

 

「どうでした?」

「コレ、すごい楽しい! 凄いや明ちゃん!」

「ンフフフフ、そう言って貰えると作った甲斐があります! じゃあ私はこれから暴発対策しますんで!」

「暴発対策してなかったの!?」

 

 『身一つで飛行』という、何かしらの『個性』でもなければ経験できないような事を体験して大はしゃぎしていた緑谷に発目がニコニコと満足気に笑って恐ろしい事を言う。

 そしてそのままもう一度作業室に戻ろうとしたが、食卓に美味そうな料理が並んでいるのを見て、即座に壁の方に試作品を放り投げた。

 

「あ、ご飯忘れてた」

「おァァァ!!?」

 

 突然行われたあまりの暴挙に阿鼻叫喚となる食堂。

 壁に激突してガシャァッ! と破砕音を立て、色んな部品を無残に飛び散らせた試作品はブスプスと黒い煙を上げ始める。

 

「ぎゃぁぁぁ!? ちょ、火花と煙が!」

「美味しそうですねえ! お義母さんが作った匂いがします! お腹すいちゃいました!」

「わぁ火が! 火が出、明ちゃん!?」

 

 もう完全にいつも通りに戻った発目を見て、心操が呆れた苦笑いを浮かべた。

 

「大人しかった方が良かったかもな」

「んま、この方が発目らしいから俺は良いと思うぜ!」

「ちょっと、消火手伝ってッ!!」

 

 過去を思い出してから、約二週間。この日発目明は完全復活を果たした。

 

 尚、今年四月より晴れて部活動停止命令が解除されていた折寺中学ヒーロー研究会は、完全復活した発目の度を越した暴走によりこの日から僅か三日後、完全に廃部となる。

 

 部創設より活動期間なんと一年半、活動停止期間を抜けば一年間の短い命であった。




緑谷の武装は基本ポーラスターと同一シリーズで揃えます。

……作中設定で雄英高校一般受験は二月。つまりは彼等の中学生活も、残す所あと四ヶ月程なのですよ。感慨深い……
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