無免ヒーローの日常   作:新梁

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おまたせー

年末に十一月、十二月を投稿して年始一日に一月を投稿しようかなと思ってたけど何のかんので十一月分しか書き上がらなかったので単発投稿ですね!

今回のあらすじ

好きじゃないってか嫌い。


第四十五話。十一月下旬、学生の本分は

 読者の諸兄はお忘れかもしれないが、折寺の狂人、無免ヒーロー共は紛う事無き学生である。

 

 ……そして、学生と言えばこの行事があるのだ。

 

 ……今までは触れてこなかった、というか一身上の都合(正直好きじゃない)によりあんまり触れたくなかった、その恐るべき行事の名とは。

 

「…………六日後、職員室に隕石落ちねえかな……」

「どういー」

 

 ……定期考査、である。

 

 

 

 結田府中学校。自習室。

 

 

 

「アホな事言ってる暇があるなら手を動かせ手を」

 

 放課後の自習室において、ぐてっと机の上に伸び切ってしまっている切島と芦戸の額をピチン! とステンのスケールで弾いた心操は、それきり黙って教科書の暗記に没頭してしまう。

 

 空き教室に長机を並べ、後方に辞書などを入れた本棚だけがある結田府中学自習室にはテスト期間というだけありそこそこの生徒が入っていた。

 ひたすら勉強に没頭するものから窓の外を眺めているもの、勉強そっちのけで友人とのお喋りに夢中になるもの等様々な生徒がいる中で心操たち三人は、一番頭の良い心操を中心に横並びで勉強道具を広げていた。

 

「冷てーぞ心操」

「そーだそーだー、もっと馬鹿を構えー」

「ッシ、俺もう帰るわ」

「待って待って!?」

 

 普通に荷物を纏めて帰ろうとした心操を芦戸が引き止め、引き止められた心操は溜息を吐いてやる気の無い二人を見下ろす。

 

「態々自習室まで使ってんだからやる気出していけよ本当お前らさ」

「うぃ」

「ウッス」

 

 ぐてりとダレていた身体を起き上がらせた二人は、再び教科書に向かい合う。彼等が今しているのは数学である。

 

「連立方程式滅びねえかな」

「本当に帰るぞ」

「すんません」

 

 芦戸も切島も、別に勉強がそこまで苦手と言う訳ではない。授業も真面目に受けているので、今のまま試験に臨んでもそこまで悪い成績は残さないであろう。

 ただ、彼等が受験するのは雄英高校である。一般受験倍率三百倍……ライバルは約一万二千人居るのだ。手を抜いた者から落ちていくという考えは当然のものだろう。

 

 ……実際にはヒーロー科は学科ではなく実技試験に相当の比重が置かれているので、彼等の現状の実力と成績であれば、落ちる可能性は爆豪が推薦試験に落ちる可能性程度にしか無いのだが。

 つまり問題行動を起こさなければまぁ余程の事が無い限りは通れるが、そんな事を彼等が知る由もないのでこうして必死に勉強しているという訳である。

 

「……しんそー、ここの文章問題なんだけど……」

「あー、これね」

 

 教科書に顔を突き合わせて解き方を説明する心操と、それを黙して聞く芦戸と切島。

 そんな中、ある程度の説明を終えた心操が何かに気が付き鞄から携帯を取り出した。

 

「…………」

 

 携帯の画面を眺めていた心操が、途轍もなく嫌そうな、苦虫を百匹噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「ど……どしたの心操?」

「ホレよ」

 

 心操が見せた画面は、メッセージアプリの会話ログであった。

 着せ替えなどを全く使っていないシンプルな画面は、ユーザー名の所に『博士』と入っている。

 

『今年もやるよ、年末合宿』

 

 そんな短文と、いつもの裏庭でいつかの心操のように首から下を地面に埋めた状態で白目を剥いた緑谷と爆豪、そしてその二人の間で可愛らしくピースサインをする発目の写真が載っていた。

 

 …………少なくともピース(平和)の欠片も無い画像である。切島と芦戸は、自身の頭から血の気が引く音を聞いた。

 

「…………今年も、やるんだぁ……」

「今年も……やんのか……」

「今年も、やるんだよ」

 

 悲壮感を漂わせる芦戸と切島、そして目を閉じて覚悟を決めながら断言する心操。

 三人は、しばらくの間天を仰いだ後、先に待つ苦難を振り払うような必死さでテスト勉強に取り掛かり始めた。

 

「今がテスト期間で良かったな」

「確かに」

 

 緑谷達にはテスト勉強で学校に居残る旨を伝えてある。

 あれでいて常識人な面も一応なんとなくちょっとくらいは多分恐らく若干程度きっと無いこともないであろうと思われる筈な無免の師匠一同は彼等の勉強を邪魔したりはしないだろう。

 

「今年はどこ行くのかねぇ」

「海とか?」

やめて

 

 芦戸は真顔で男二人の不吉な会話を止めさせた。冬の海など死ねと言っているようなものだ。

 

 しばらくの間、カツカツとノート越しにペンが机を叩く音だけが辺りに響く。

 

 暫くして芦戸が心操の腕をツンとつつき、計算の途中式を見せる。

 その計算式は、序盤は上手く行っているが途中から式がぐちゃぐちゃになりどん詰まっていた。

 

「……んんー、多分……見た感じ式の流れは合ってる筈だけどな。多分どっかに凡があるぞ凡が」

 

 どこだかね……とペンの先で計算式をなぞる心操の顔を芦戸がボケっと眺めている。

 それに気がついた心操は、目線だけを芦戸に向けて「何」と言った。

 

「いや……心操ってさ、髪下ろしたりしないの?」

「は? 髪?」

 

 言われて心操は自身の髪を撫でる。その髪は、元々の生え癖に加えて整髪剤で大きく逆立った状態になっていた。

 

 芦戸はフンフンと鼻息を荒くして、心操にもっと似合う髪型を脳内チョイスし、ノートに飛びつく。

 計算式が書かれた彼女のノートの端に、デフォルメされた心操の顔が多く並び、心操は密かに(こいつ絵上手いな)と感心していた。

 

「髪下ろしてもさぁ、似合うと思うんだよねぇ。こんな感じで、ちょっとクシャッとパーマかけてさ」

「パーマ、ねぇ」

 

 芦戸がノートの端にシャシャ、と書いた髪型に、心操はフスーッ、と鼻息を鳴らす。

 

「ね、ね! どーすか」

「いや、この髪型で不便してねえし」

 

 芦戸の提案を素気無く蹴る心操の背後で、切島が腕を組んで唸っていた。

 

「髪型なぁ。俺は心操のソレ似合ってっと思うけど……そーいや俺もさぁ、髪型っつーより髪色変えようと思ってんだよな」

「エ! 何色何色!?」

 

 盛り上がる芦戸が心操の向こうに居る切島に詰め寄り、結果物凄く距離が近くなった心操は無言で芦戸の額にボールペンのノック部分をぶっ刺した。

 

「ぁだァッ!」

「自習室では静かに勉強をしましょう」

「……あい」

 

 サリサリ、カツカツ、とノートの上をペンが走る音だけが暫くの間テーブルに響く。

 

 芦戸は問題文を注視しつつ、チラ、と心操の顔を見る。

 気だるげに歴史の教科書を読み込んでいるその横顔を、脳内で髪型を変えてみて一つ頷く。

 

「……カッコいいと思うけどなぁ、髪下ろしたら」

「俺は今のこの目立つ髪型が良いんだよ……髪下ろすだけで簡単な変装になるしな」

 

 心操人使の武器、彼の『洗脳』という個性は『初見殺し』としか言いようの無い性能をしている。

 うまく嵌まれば一瞬で敵を戦闘不能にする事ができ、うまく嵌まらなければその有用性は一気に低下する。

 そして、うまく嵌める為には相手に個性を知られない事が大前提。

 その為には、用いられるのは主に変装などだろう。心操はその準備を常日頃から行っているわけだ。

 

 心操人使の口数が多いのは普段から常に喋る事で万一ヴィランと遭遇した際など、喋る行為に不自然さを抱かせない為。

 心操人使が基本的に他人を煽るような話し方をするのは、それが誰に対してもコンスタンスに反応を望めるものだから……性格面の影響が無いとは言わないが。

 心操人使がその事無かれな性格に反し目立った髪型、髪色を変えないのはそれらの『一番目立つ特徴』を目立たないものに変えるだけで他人の目を欺けるから。

 

 ……このように、心操は……或いは無免達の中で一番と言っても良い程に常日頃からヒーロー活動の事を真剣に考えている。

 

 芦戸が、ちぇー、と唇を尖らせたすぐ後に天井のスピーカーからこの日最後のチャイムが鳴り響き、勉強していたものもあんまりしていなかったものも、ガチャガチャと片付けを始める。

 それは心操達も例外でなく、リュックに教科書と筆箱を突っ込んで使っていた長机を整え、生徒を追い出しに来た教師に軽く会釈して靴箱へと向かう。

 

「テスト期間ってさー、こう……学校全体がなんかピリッとするよねー」

「まぁ……普段誰もしない勉強の話をもれなく全員がしてるから、違和感はあるよな」

「あー、あるある! 何か全員が真面目に勉強してる事の違和感! ここ学校なのに!」

 

 三人の乾いた笑いは、玄関前のガランとした靴箱置き場に溶けて消えた。

 

 ……………………

 

 そうやってしばらく笑い続けた後、三人がほぼ同時に、深い、それはそれは深ぁ────……い溜息を吐いた。

 

「……『コレ(合宿)』をすれば実力が付くのは痛い程分かってるけど……行きたくねえなぁ……!」

「私今からお腹痛くなってきた……」

「あ゛ぁ゛〜……冬休み来るな……来て欲しいっちゃ来て欲しいけど、できるだけ遅く……!」

 

 合宿を殊更嫌がる三人であるが、これは別に彼等にサボり癖があるとかそういう話ではない。

 この合宿というのが普通に命の危機を感じるレベルのぶっ飛び具合なので、これを忌避するのは当然の感情である。

 

 中靴から外靴に履き替えた三人が合宿回避の為の逃亡プランを(実行する気は無いが)必死に練りながらグラウンドを横切り、校門から外に出る。

 

「だからさ、もう拉致されたら終わりなんだよ。逃げられないんだよ。勝己や出久ならともかく俺らは……ん? いや、芦戸も切島も近接得意じゃん! 太刀打ちできないの俺だけか!」

「いや全員太刀打ちなんてできねえよ。だからこう……ステルスアクション的な……」

「そんなの通じる気しないんですけどぉ〜……」

 

 ボツボツと言葉を零しつつ校門を出て、すっかりと暮れてしまった冬の空に息を吐く。三人の吐息は白い湯気となり、上に登って溶けていった。

 

「あ゛〜……寒いな、今年も」

「なー」

「ねー」

 

 そう和やかに話していた三人のうち、まず芦戸がそれに気がついた。

 次に心操、そして二人の様子に気がついた切島が、二人の見ている方向を見る。

 

「あっ」

「うわ!」

「あぁ!?」

 

 その視線の向こう……まだはっきりと見えないほど遠くの道の先から、ベージュ色の髪をした男が自分たちに向かって全力疾走しているのが見えた。

 

 それは誰か……等この三人が考えるはずも無く、彼等はそれを認識した瞬間に無言で男と反対側に全力疾走を始めた。

 

「待てやゴルァァァァァッッ!!!!」

 

 走って逃げてもそれ以上の速力でもジリジリと近付いてくるその男は、着用している黒い学ランの至る所に土がへばりついた異貌のヤンキー、爆豪勝己であった。

 心操はチラリと後ろを振り返り、殺意マックスの証である白煙を掌から立ち上らせてこちらに迫りくる爆豪を見て悲痛に顔を歪めた。

 

「待つかァ! なん、なんでお前ここに居るんだよ!?」

「テメェ等をふん縛ってゾンビの餌にする為だァ!」

「外道じゃねーか!?」

 

 先程シュタインを始めとした師匠一同は彼等のテスト勉強の邪魔をしないと言ったが、それは確かである。

 それは何故か。

 それは、シュタイン達が中学時代の勉強という物が将来にどれだけの影響を与えるかをよく認識しているからだ。

 

 それはつまり、未だ十四歳、十五歳という時期の重要性がはっきりと分かっていない無免達当人においてはその限りではないという事。

 

 普通の人間の全力疾走に値するようなスピードで、どれだけ走ったろう……いつの間にか三人プラス一人は結田府市に流れる川の横を必死で走っていた。

 

「大人しく焼かれろやァ……!」

 

 夕焼け色に染まった川辺、という青春らしいロマンチックさを感じるような道。

 そんな場所でシュゥ、と爆豪の汗が蒸発する音を首筋に聞いた芦戸は、スカートが捲り上がらないように片手で押さえつつ乙女らしからぬ太い声で叫んだ。

 

「おのァァァァ!? さっき縛るって言ってたじゃん! 言ってたじゃん!」

「縛って焼く」

「チャーシュー!? わ、私が太いって言いたいの!? ひっど!! 酷くない!? ねぇどう思う心操酷くない!?」

「一回死んだほうが良いな」

「ンなんイッコも言ってねぇだろクソボケが! 消し炭にすんぞ!」

 

 吠える爆豪の手が本当に直ぐ側に迫って来ている事を振り返らずに察した心操は、汗が煌めく爽やかな笑顔で切島の背中を叩いた。

 

「っ、こうなれば……出番だ切島!」

「よっしゃ任せろ……ってなるかァ!」

 

 ガァッとシャークトゥースを剥き出しにして吠える切島は、走っている進路の先、ベンチに座った老人の話し相手をしているデステゴロを発見し、助けを求めようと口を開く。

 

「で、デステゴロォォァ!」

「ん? おー、クッソ寒いのに今日も元気だなぁ。人通りの多い所では速度控えろよー!」

「あっ……と、ハイッスー!」

 

 助けを求めようとした筈の切島はデステゴロの声に元気な返事をして、ドタバタと通り過ぎた。

 

 全力疾走を続けつつ、追跡者(爆豪)すらも交えて暫しの沈黙。

 心操と芦戸はデステゴロに声を掛けた切島の頭を同時にぶっ叩いた。

 

「アホか! お前ホント……ホントお前……アホか! お前、お前ェ!」

「なんで切島ってそうなの!? もう切島ってホント切島!」

「い、いや……つい、な?」

 

 叩いた瞬間に切島が反射的に硬化したおかげで痛みを訴える手をプラプラ揺らしながら怒鳴る心操と芦戸に、切島は申し訳無さそうな半笑いで答える。

 

 そんな切島の肩に、遂に追い付いた爆豪の手が乗った。

 

「…………あ、やべ」

「っんんんぬうぅぅぁぁああああ!!!!!」

 

 恐ろしい程の気合と、ギシリ、と軋みを上げる全身の筋肉を総動員し、爆豪は切島の肩と片脚を持ち……

 

「…………オイオイ」

「ええ……?」

 

 そのまま切島を頭の上まで持ち上げた。

 

 心操と芦戸のドン引きした声が響く中、爆豪は意味不明な現状に放心した切島を抱えて河原へと、ドシ、ドシ、と一歩ずつ進んでいく。

 

 ようやく自分が何をされそうになっているのかを察した切島がギャーギャーと騒ぎ始めるのを半ば呆然と眺めていた心操の携帯に、緑谷からの電話が来る。

 

「…………も、もしもし」

『あ、人使君? 生きてる?』

 

 緑谷のあんまりにもな第一声に、心操は「切島が殺されそうだけど」と返事をする。

 その視線の先では、爆豪が掲げていた切島の身体を器用に持ち替えてジャイアントスイングをしようとしている光景があった。

 

 夕日に煌めく川の水面、黒いシルエットとなった自分達の街をバックにグルングルン回る切島と爆豪。

 

 …………あまりにも奇妙な絵面であった。

 

「勝己に……一体、何があったんだ……?」

『いや、ちょっと……合宿の予定決めが終わった後に話の流れで腕相撲大会やったんだけど、かっちゃんが最下位になってね』

 

 ギュルンギュルンと回っていた爆豪と切島。爆豪は十分に速度が乗ったタイミングで切島の足首を掴んでいたその手を離し、当然の結果として切島は空を飛んだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」

「んがァァァァァ!!!!!」

 

 ダポァン!! と、煌めく水柱を作りながら川面に墜落した切島。

 なお今は十一月……ほぼ真冬である。寒そうすぎる光景に芦戸は自分の肩を抱き、「ヒィ!?」と小さく叫んだ。

 全くもって情け容赦の一欠片も無い男である。こんなのが本当にヒーローになるつもりなのだろうか。

 

「いや最下位って……んじゃあ、つまり八つ当たりかよ!?」

 

 叫ぶ心操だが、実際には少しだけ事情が違う。

 

 爆豪は最初から心操達に暴力を振るって負けのストレスを解消しようと思い結田府中学を目指していた訳ではなく、(無力な自分への)怒りのままに見知った道を走っていた所にたまたま結中の前に辿り着き、その校門の前に手っ取り早いストレス解消アイテムを見つけたという訳である。

 

 ……本当にほんの少ししか事情が違わないのが爆豪クオリティといったところか。

 

『アハハハ……じゃ、頑張ってね!』

「おい出久ちょっと、嘘だろ!?」

『あー、まぁ……わ、明ちゃんどうしたの? あ、ゴメン人使君、またね!』

「おい出久!? いずっ……」

 

 無情にもツッ、と切れる通話。心操は携帯の画面を見つめ、頭を抱える。恐らくは三度を下回っている水温の中、切島は「アババババババッ!!! ハブブブハハババハ!!! ささぶさむさぶさぶさぶ寒い生臭い寒い!!!」とガチガチ震えながら岸に泳いで…………

 

「あ」

「あ」

 

 心操と芦戸の見てる中、川べりでニヤニヤと笑っていた爆豪の足を掴んで川の中に引きずり込んだ。

 

「どぉっ! どぅうあがががが!!!! なん、ななん、なんしてくれとんじゃこの地味野郎がぁ!!!!」

「そりゃあこっちの台詞だろこの爆発大王! ボム兵野郎!」

「あ゛ぁ゛!?」

「ハァ゛ン!?」

 

 何故か川から上がらずに殴り合いを始める二人……否、どちらかが川から上がろうとするとどちらかがそれを邪魔する為、結果的に二人共川の中で殴り合っているだけだ。

 

 取り残された心操と芦戸の二人は、そんな光景をポカンとした表情で眺めていた。

 

「……何だってんだ、アイツら」

 

 まるで爆薬のように、触れられればすぐに熱くなってしまう人間危険物の爆豪とも、金物のように打てば必ずいい音で響くような反応を返してくれる切島とも違い、芦戸と心操はどうにも馬鹿になりきれない所のある人間である。

 

「死ねァカスがァ!」

「アッバッ! 寒いんだよもう! 上がらせろ馬鹿!」

「オッ……ドボボボババババ!!!! ダバァッ! クソ寒ィ!」

「うーさむ、全く爆豪のヤロ……オババボボボボボ!!!!!」

 

 だからこそ、ああやって何も考えず全力で馬鹿をやれる連中の事を、どうしても呆れた目で見てしまうのだ。

 

 ……しかし、呆れているのは紛れもない事実でも、そこにはもう一つ事実がある。

 

 それは……やはり、心の何処かではそうやって馬鹿をやれる彼らの事が羨ましく感じている事である。

 

 決して混ざりたい訳ではないし、このクソ寒い川の中で遊ぶなど言語道断、というか絶対嫌である……嫌である、のだが……感情はコントロールできない、といった所か。

 心操は馬鹿二人の馬鹿騒ぎを眼下に収めながら、軽く笑った。

 

 その小さな笑いを聞いた芦戸は自分の隣に立っている心操を見る。

 

 その心操も、同じタイミングで自分の隣に居る芦戸に視線を向けた。

 

 パチリ、と偶然合った目線に少しだけ照れ臭さを感じつつも、芦戸は笑う。全くもってしょうがない奴等だと。

 

 それを見た心操も、同じように柔らかく表情を崩した。

 

 お互いに軽く肩をすくめ、呆れた感情を共有する。

 

 夕日に照らされたその横顔は、普段の心操を知るものが見てもハッとするような、程よく力の抜けた屈託ない笑顔だった。

 

 ……そんな甘ったるいラブコメをやっているから、眼下の川から四つん這いの体で猛烈な勢いでこちらに迫ってくる二人の馬鹿に心操はまるで対応できず、あっという間に二人に足首と脇を抱えられて川に連れて行かれた。

 

「掛け声は?」

「知るかお前が合わせろ」

「嫌だァァァァ!!! 無理だって! 無理だって!! もうお前ら冷たいもん手が! 今日気温何度だと思ってんだよ! ふざけんなよお前、待て、待って! 待って待って待って!!! 嫌だ嫌だ!」

「せーのーせっ!」

「あギャァァァァァァ!!!!!!」

「合わせろってのが聞こえねえのかボケが!」

 

 手足を抱えられた状態で振り子のように勢いをつけた上で川に向かって放り投げられ、だぱぁん!!! と再び上がる水柱。

 命に関わるレベルでくっそ冷たい川にぶち込まれた心操は先程の切島や爆豪と同じように震え上がりながら、それでも俊敏に動いて川べりに居た下手人二人の足首を掴み、川に引きずり込んだ。

 

「ギャァァァォ!!!!」

「ごぁぁぁぁ!!!」

「わはははは!!! ザマァ見やがれクソ野郎どもおボボボボボ!!!」

 

 ゲラゲラと二人を嗤いながら河原に上がろうとしていた心操を二人がかりでもう一度川に引きずり込み、今度は二人で一人をボコボコに殴り始める。

 

 

 …………先程、芦戸と心操は馬鹿になりきれない、と言った。

 しかし、どうやら馬鹿になりきれないのは芦戸一人であるらしかった。

 

 芦戸は黙ってその場にしゃがみ込み、抜け駆けして川から上がろうとした切島を爆豪と心操が川に沈めている所を見ながら溜息を吐く。

 

 ボーッとそれを眺めていると、自分達が走ってきた方向から足音が聞こえる。

 

 芦戸がそちらに目を向けると、そこには先程助けを求めそびれたデステゴロがまるで信じられないものでも見たかのように目を見開いていた。

 

「ウォ!? な、何してんだアイツら……? 正気か……?」

「あ、デステゴロ。さっきぶりでーす」

「……お、おう……」

 

 この状況になんの疑問も持たず順応している芦戸*1に戸惑いを見せるデステゴロ*2

 だが、そんな状況でもヒーローである彼は芦戸の表情にある若干の曇りを見逃さなかった。

 

「……芦戸お前……何かあったか?」

「……デステゴロ」

 

 きょと、と大きな目を開く芦戸は、「やっぱり凄いな」と呟いて軽く頷いた。

 

「大したことじゃ無いんです……ただ、私も男だったらアレに混ざれたのかなぁ……って」

「成程、な」

 

 別に芦戸はクッソ冷たい冬の川を泳ぎたい訳でも低体温症と酸欠に追われながら終わりの無い不毛すぎる争いをしたい訳でもない。

 

 

 

 ただ、自分が彼等と同じ場所に立てないのが何となく……寂しくて。

 

「ま、どーしようもねーわな……入れてー、って行くのも違うしな?」

「そうなんですよ……入れて欲しい訳じゃないし」

 

 そんな風に複雑な内心を持て余す芦戸の背中を軽く叩くデステゴロ。

 女子の気持ちは彼には正確には分からないが、分からないなりになんとなくの想像はついた。

 

「ま、世の中得てしてそんなモンだ……オイお前らァ! 馬鹿な事やってねェーでとっとと帰れ帰れ! その内通報されんぞ!」

 

 デステゴロの仕切りでダバダバと河原に上がってきた馬鹿三人。しっとりしていて川の生臭い匂いが付いた三人にデステゴロは顔をしかめ、「ったく……事務所来てシャワー浴びてけ!」とバリバリ頭を掻きながら言った。

 

「ウッス! アザス!」

「ゴチになります!」

「晩飯何食うスか」

「うーん、タカる気しかねえのな、お前ら……お前らで決めろよ……殴り合いで決めるな馬鹿共が!

 

 ガスゴスと互いの襟首を掴み始めた三人の頭を次々に殴りながら、デステゴロは芦戸の方を向く。

 

「もうこいつ等に決めさせると面倒だから、お前が決めてくれ、芦戸」

「え?」

「……何だよ、お前も行くだろ? あ、軽いトコな。家の晩飯入る程度に」

 

 これは、デステゴロの不器用ながらの気遣いだ。そう察した芦戸は、いつものようにニシシ、とイタズラっぽく笑って頷いた。

 

「アザッス! ゴチになりまーす!」

 

 元気良く手を挙げる芦戸を見て、皆がそれぞれに肩をすくめたり鼻を鳴らしたりするが、芦戸が決めることに異論はないらしい。五人は夕日も沈んだ川沿いを賑やかに歩き始めた。

 

「うっわ、ちょ……三人共生臭っ!」

「あー、コレ洗って落ちっかなー」

「事務所の近くランドリーあったッスよね。払えよ勝己、俺らの分」

「……クソがァ……!」

「っつーかまじ寒くなってきた! 風邪引くわ! デステゴロ、先事務所行ってシャワー浴びてても良っすか!」

「ん? オウ。これ鍵な」

 

 デステゴロが切島に鍵を渡した時、ビュウと風が吹く。三人の馬鹿はギャアと悲鳴(尚一人は罵声)を上げてドタドタと走っていく。

 そんな連中を見送った芦戸は、チラチラと星の見え始めた空を見て、ホウと白い息を吐く。

 

「……もう、何日かしたら十二月かぁ……」

「今年はいい年だったか?」

 

 そう訪ねてくるデステゴロに、芦戸は「ッス!」とはにかんで答える。

 

「ホントもー、人生で一番シンドかったし辛かったけど……いっっっっちばん! 充実してたぁ!」

「恋したしな」

「言わんでいいの! あ、ピザ出前取りましょうよ! アイツら学生服洗うから外出れないし、ピザなら全員で分ければ一人分はそんな多くないし!」

「おー、良いぞ。なんか適当に頼むか」

 

 走る男子達、そして笑う女子の頭上には、北極星(ポーラスター)が輝いていた。

 

 無免ヒーローが、五人組になってからの一年……様々な事があった。きっと来年も、様々な事がある。

 

「ねぇデステゴロさん!」

「おん?」

「デステゴロさんは、来年って楽しみ?」

 

 しんどい事も、辛いことも多かったが、それでも楽しかった。

 

「オウ。当たり前だろ」

「わぁ即答!」

 

 だからきっと、来年も楽しくなるのだろう。芦戸はそう考える……

 

「……けど、私は来年の日の出を拝めるのかな…………」

「あ? あー(察し)」

 

 しかしそれは、来年を迎える事が、出来ればの話である。

*1
この状況そのものに疑問を持っていない彼女は既に手遅れである

*2
彼は芦戸の五倍近い年月連中に付き合っているものの、未だ精神を毒されきってはいないようである。流石はデステゴロ!




うん、これはギャグ要素完全復活と言っても良いのでは?

あ、次回は合宿終わった後の話になります。いやー、もうあと数ヶ月で原作二話に入れますよ!ワックワックすんなぁ!
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