今回のあらすじ
Q.今回のタイトルって誰目線の言葉?
A.さぁ?
リア10爆発46さん、セネットさん、誤字報告ありがとうございます。
グツグツ、と鍋が煮えている。
コンクリート打ちっぱなしの無骨な壁は寒々しく、同じく飾り気の無いアルミ窓は暖かな室内との気温差で結露に
ちょっとお高い応接机の上にガスコンロを置き、その上で火にくべられている土鍋の蓋をジッと眺めているのは心操人使と、シンリンカムイ、バックドラフト……そして、この寒々しい部屋の主、デステゴロである。
因みに心操の横がバックドラフト、デステゴロの横にカムイが座っている。
ここは折寺郊外、平日夕方のデステゴロヒーロー事務所。
この場所に集まった非番だったり早朝、深夜パトロールだったり学校帰りだったりで暇な四人は、一月の心まで凍るような気温の中、男だらけのしょっぱい鍋パを敢行していた。
「そろそろ、煮えたかな」
普段外回りばかりしている為に殆ど使われていない灯油ストーブを引っ張り出し、その熱気と上昇した室内の二酸化炭素濃度に全員がほんのり頬を赤くしている。
デステゴロは鍋の煮立つ音を聞いて一つ頷き、タオルを掌に巻き付けて土鍋の蓋を掴む。
「では、御開帳……!」
カムイが、バックドラフトが、そして心操がイソイソと食器を手に持つ。
カパ、と蓋が上に持ち上げられると、真っ白な湯気が四人の顔を緩く濡らし、湯気と共に立ち上った出汁と醤油の匂いに彼等はグビ、と喉を鳴らした。
「ッホーおぉォ……!」
バックドラフトが菜箸と器を片手に、喉の奥から絞り出すような歓喜の声を上げた。
灯油ストーブから一番遠い場所に座っていたカムイは、鼻をくすぐる湯気に身じろぎをしてから待ちきれぬと言わんばかりに両掌を擦り合わせる。
「っまそーだなオイ!」
クツクツ、沸騰する出汁に揺られる具材の中で、最も目を引くのは唯一つ、鍋のど真ん中に一本まるまるドカンと入れられた大根である。
表面の薄い皮を綺麗に剥き、そしておでんの具が如き分厚さに切って並べられているその大根は、醤油出汁をよくよく染み込ませて透明感のある飴色となり、視覚から食欲を煽る。
その周囲には白菜がこれでもかと敷き詰められ、同じく出汁を吸って茶色くなったその上には鱈の切り身や鶏肉があり、それぞれに身から出た脂をテカらせ、声高に旨味を主張している。
そんな主役達の脇にあるしらたきや豆腐も忘れてはならない重要な役者だろう。どれもこれも味が染み、宝石の如く光り輝いている。
時刻は午後五時。
「ではでは、早速……」
それぞれお玉を順番に回して思い思いの具材を取り、全員に行き渡った後で改めて手を合わせる。心操は食卓の治安の良さに言葉無く涙ぐんでいた。やはりヒーローは違うと彼は思ったが、こんな事でヒーローらしさを感じられても困るというのが彼らの言い分な事は想像に難くない。
「頂きます!」
「頂きます!」
言うやいなや心操はカッ、と箸を取りまずは分厚い大根をつまむ。
元々鍋の具の中でも分厚く煮上がりにくい大根だけは他の野菜や魚、肉よりも先に投入して煮立てていた為、芯の芯まで火が通っており、箸を入れるとジュアッ……と瑞々しい感触を伝えてくる。
そのまま箸を動かして二つに割ると、ジンと醤油出汁が染み込んだ飴色部分と大根本来の味が残る白色部分が二対一程度の割合のグラデーションとなっており、それを見た心操は辛抱堪らず熱々の大根を口に入れる。
「
醤油の味と大根の甘みが口いっぱいに広がり、それ以上に口内に感じる熱さに心操の目には小さく涙が滲むが、それを無視し、柔らかい大根を噛む、噛む、噛む。
殆ど歯に抵抗を見せずに砕ける大根は、ずわりという食感と共に口に入れた時以上の美味を口内に撒き散らす。大根の甘みと醤油の旨味が絶妙なハーモニーを作り出し、その旨みたっぷりのスープごと大根を飲み込むと、喉を痛いくらいの熱が通り、この事務所に来るまでに冷えた内臓に火が灯るような感覚さえする。
そのまま間髪入れずに次は鱈の切り身へと箸を伸ばす。
鱗の処理がしっかりとされた鱈の皮を箸でつまみ上げると、その裏側にあった身は真っ白く、箸で持ち上げると輝く身から脂が一滴、滴り落ちる。
口に入れて一瞬。トロリととろけて消える脂と、繊維に沿って一枚ずつめくれるようにホロホロと崩れる魚肉を噛み締めるが、ソレは驚く程歯に抵抗が薄く呆気無く唾液に溶け切ってしまう。
それと同時に口内に吹き荒れる、美味の洪水。
「…………っんまい! うまいッス!」
「おーおー、食え食え。若いモンはどんどん食え! んで力付けろ!」
「発言がオッサン臭いなデステゴロ」
「……良いんだよ、オッサンなんだから」
笑いながら煮えた鶏肉をお玉で器に入れてくれるデステゴロに、心操はそろそろ涙が零れそうだった。
これがいつものメンツなら心操の器は既に白菜と豆腐としらたきで山盛りになっている筈だ。
鶏肉の弾力ある噛みごたえを楽しみ、熱々になった豆腐のツルリとした喉越しを感じ、鍋の中身が半分になった頃にデステゴロは「んで?」と呟いた。
「え?」
「え、じゃねえだろ。何か俺に相談があるって来たんだろ?」
「あー……そーでしたね」
心操はとある悩み……ではないのだが、信頼できる誰かに話を聞いてもらいたくてデステゴロの事務所に訪れ、ちょうどその時に折寺の非番ヒーロー達が事務所に集まり二週間遅れの新年おめでとう回を開いていたので御相伴に預かったと言う訳である。
因みになぜ今になってなのかというと、年末から年始に掛けてはとにかく兎に角!事件だ事故だイベントだと非常に忙しいのがヒーローという職だからだ。
一月も終わりが見えてくる頃にならないと満足に新年も祝えない、その世間からの華やかなイメージに反し中々世知辛い職業なのだ。
尚、「しばらくぶりに家に帰ってポストを見ると同じデパートからクリスマスセールと正月セールと新生活セールのハガキが届いていたんです……」というのが、折寺ヒーローの中でも最も知名度が高く多忙を極めているヒーロー、シンリンカムイがかつての昔に放った切なすぎる言葉である。
そんなんどうでも良くて。
「何があったんだよ……言いたくねえなら言わないで良いが」
「え、良いんすか? ……いや、確かに言いたくないっちゃあ言いたくないんすけど」
話しに来といて話をしたくないという心操の矛盾にも動じず、デステゴロは鱈を食べる。
「そりゃ、お前の問題だからな……それに、うまい飯をちゃんとうまそうに食えるんなら大きな問題は無えよ。だろ?」
お玉で豆腐を掬いながらニヤリと笑ってそう言うデステゴロに、心操は軽く後頭部を掻いて「……ハハ」と笑った。今更ながら相当がっついていた事に気が付いたのだ。
「……スンマセン、勝手に上がりこんできといて」
「育ち盛りが遠慮すんな。もっと食え肉を!」
箸を置こうとした心操の手から器を取り、バックドラフトが鶏肉をゴロゴロとそこに入れる。
他の二人も鍋をつつきながらウンウンと頷いており、心操は「ッス」と軽く会釈して、箸を持ち直した。
「あの」
「オウ」
「……去年くらい、俺がチョコ貰った……って話、の……続き? なんすけど」
ああ……と頷くデステゴロと、色めき立つ脇の二人。
「え、お前告白とかされてたの!? ヒョー! 案外隅に置けねえなぁヒトちゃん!」
「青春……!」
「そん時はただチョコ貰っただけだったんだよ! 前にちょっと助けた事があったから!」
ヒューヒューと囃し立てる声に頭を掻きむしって「こうなると思ったから!」と叫ぶ心操。
デステゴロは騒ぐバックドラフトの頭をはたいて、目線で先を促した。
「……っで、ですね」
「オウ」
「昨日……告白された……っつーか……」
器と箸を置いてボソリと呟くその姿を見て、三人は「おぉー」と歓声を上げる。そして、誰からともなく頬を赤らめた心操に向けてパチパチと拍手を浴びせた。
「そのリアクション止めれッ!! あーもう恥ずいって! 拍手すんな!」
「で? 告白してくれたのをどうしたんだよ」
「早く言えよ」
「さっさとするんだ」
「さっきまでの俺への気遣いは!?
「オッサンで何が悪い! お前こそ枯れたオッサンに青春のおすそ分けしろ!」
具材の無くなった鍋に湯を投入し、冷凍うどんを幾つも放り込んでから強火で温め直す。
そうしながらも目線で話す事を強要する三人のおっさんに、心操は諦めた様に手で額を覆った。
「……正直言って、俺に告白してくれたのは滅茶苦茶嬉しかったけど……フッた」
「……まぁ、そうだわな」
「芦dパぺァッ!?」
芦戸が内に秘めている恋心(モロバレ)を勝手に暴露しようとしたカムイの横っ面に裏拳を入れつつ、デステゴロは何かに納得したようにヤレヤレと軽く腕を組んだ。
普通なら何事かと気にするシーンだが、誰かが脈絡無く唐突に誰かを殴る事がありふれた日常と化している心操は何か理由があるとすらも思わなかった。
「なるほど、大体分かってきたぞ……つまりお前、その子に悪い事したなーって考えてる訳だ」
「ウッス」
溶けたうどんを菜箸でほぐし、火の勢いを緩めてから頬杖をつく。
茶化すのを一度やめてしっかりと聞く体勢になったデステゴロと、その雰囲気を察して姿勢を正す三人。
「……去年の、バレンタインにチョコ貰って、一月後にお返しとかもして……けど別にそれ以外は何も無かったんで、俺も自意識過剰かなとか思ってたんすけど……あ、話とかは普通にチョイチョイしてましたけど」
「……ま、あと一月二月すりゃもう疎遠だからな。伝える事は伝えとこうとも思うわな」
器にうどんを取りながら、デステゴロは呟く。
「何故断ったんだ?」
「え、何故って……うーん?」
隣から菜箸が回ってきたカムイがうどんを取りながそう尋ねる。
その言葉に心操は、軽く首をひねって「好きじゃないから……スかね?」と問いかける。
「いや聞かれても知らんよ」
「あーま、そりゃそうすね。スンマセン……俺的には友達とか、知り合いとしての好きなんすよね、多分。付き合うとかって想像できねっつーか」
聞いている三人の中で唯一心操のこじれきった恋愛観を知っているデステゴロはうどんを啜りながらアチャーという顔をするが、それを知らない残りの二人はふむ……と頷くに留まった。
「けどさ、試しに付き合う選択肢は無かったの?」
「えー? ……そんな半端な気持ちで付き合えないでしょ」
バックドラフトの言葉にそう返す心操は彼から回ってきた菜箸で鍋に残ったうどんを自分の器に掻き入れ、ガスコンロの火を落としてからうどんを啜る。
「えぇ? 真面目かよ」
「真面目なんだよ文句あるか!?」
ゾゾゾとうどんを豪快に啜りつつ、溜息混じりに「良いスカ?」と諭すように現状の説明を始める。
「あのですね、さっきデステゴロも言ってましたけど、もう一月二月すれば俺は多分恐らくきっと雄英に居るんですよ。それも遠いからあっちに住むんです」
「あ、お前等寮ぐらしになんの?」
「ま、そんなもんです」
鶏と鱈と野菜の出汁が染みたスープを飲み、鍋の底に溜まった具材くずをお玉で掻き取りつつ頷く。
発目や芦戸といった女性陣とひとつ屋根の下で暮らすことになる可能性があるとは言わない……話がややこしくなりそうなので。
ちなみに何だかんだでその事実を知っているデステゴロは、苦笑いである。
「遠恋で、雄英ヒーロー科で。多分休みもロクに会えないような感じになります。そーなる事が分かってんのに……いい加減な気持ちで他人を縛れないでしょ」
自分の事で手一杯になるなんて分かりきってる。そう断言し、心操は箸を置く。
「ごっそさんです…………でも、そうやって断っても罪悪感が凄くてこうしてグダってる訳なんですけどね……」
「罪悪感ねぇ……まぁ言いたい事は分かるけど、俺から言えんのは……」
「言えんのは……?」
「青春してるなお前!」
心操は置いた箸をバックドラフトに投げつけそうになったが、ここはどこなのかを思い出し、家主に迷惑を掛ける訳にはいかんと耐え忍んだ。
「俺が聞きたいのは
「いやぁ、ワカモノのこういう話を聞くと、こっちも若返るね! なぁカムイ?」
「えぇ全く。で、他にはどんなネタがあるんだ?」
「ネタぁ!? おっま、コッチは真剣なんだよ! 畜生ふざけんな! ねぇコイツラなんとかして下さいよデステ……」
このままでは若者エナジーを搾り取るための材料にされてしまう! そう察した心操は泡食って向かいのデステゴロに声を掛けるが、デステゴロはまるで感極まったように片手で目元を覆い、何かを堪えていた。
「ウワァ!? なん、何で泣いてんの!?」
「うお!? どうしたんすかデステゴロ!?」
三人に心配されつつも親指で目尻の涙をピッと弾いた彼は、片手を軽く挙げて周囲を抑え、話す。
「いや悪い、なんか感動したっつーか……嬉しくなっちまった」
「感動……?」
「今の話のどの辺りで……?」
感動という言葉に訝しげな態度を取るヒーロー二人はとりあえず置いておいて、この中で最もこの少年を深く知る男は顎を擦りながら感慨深げに語る。
「人使よォ……お前、ずっと『誰かに嫌われる』とか、『誰かに悪印象を持たれる』って事に関して敏感っつーか、それがトラウマだったじゃねえか」
「…………あ」
心操は目の前の、何なら仕事人間な両親よりも話す機会の多い男の言葉の続きを、そして何故感動したのかを正確に察することができた。
「言っちゃいねえけど、俺はソコソコ心配してたんだよ……もしも『自分の心のまま、自分の正しいと思う事を伝えれば相手が傷つくかもしれない』。そんな状況になりゃ……お前は自分を曲げて、例え状況が改善しなかろうとその場では相手を傷つけない選択肢を選んじまうんじゃ無えかってな」
ト、トッ、と懐から取り出した煙草の箱を叩いて一本取り出し、口に咥えたデステゴロはソファから立ち上がり、窓を開けてそこに寄りかかる。
ヒュウ、と一月の冷たい風が四人に吹き付けた。
「…………お前が……他の誰でもないお前が……その場しのぎでただ相手を喜ばせるような選択じゃなく、相手の事と、自分の事と……この先の事をちゃんと考えた上で、相手を傷つける可能性を頭に入れつつも『断る』という選択をした事……それが俺には嬉しくて堪んねえよ。お前、気心知れた相手じゃねえとそういうの断れない……断らない奴だったからなあ」
気心知れた奴なら容赦無く断るけどな! と笑うデステゴロの背後で…………心操は、こう……こう……何というか……何とも言い難い表情でテーブルの箸を見つめていた。
「………………」
「………………」
そんな二人を見ていた残りの二人は無言で惜しみ無い拍手を開始する。
「止めろ! 止めろって! 拍手すんなもう! ヤメレッ!」
「……え、何? どしたん二人共…………あ、もしかして俺またクサい事言った?」
「自覚無しかよクサ親父!」
「クサおやッ!?」
何とも青春真っ只中な心操の青い悩みは大人達の若者エナジー生成のエサとされ、未成年が居るからと控えていた酒を持ち出したオッサン達により散々な目に合うのであった。
「ッダハァァ!! いやー、ワカモノの話は最高だな! 若返るわマジで!」
「デステゴロさーん、酒買ってきますけど何がいいすか?」
「あ、俺が行きますよ」
「良いよ良いよ。カムイこれから夜勤なんだから。そんな奴に酒買わす訳にいかんでしょ……あ、ヒトちゃん何か要る?」
「帰らせて」
こうして夕方頃から夜に掛けて心操の青春汁をつまみにしょっぱい酒盛りをする男達だったが、実はこの日、この数時間後の別場所で、またここの連中とは一味違う鍋パが開催されていた。
グツグツ、と鍋が煮えている。
白を基調とした、誰かに見られる事を意識したようなアパートの室内は暖房でしっかりと暖まっており、その部屋に招かれた少女……芦戸三奈は所在無さげな表情で眼の前の水色をしたデザイン重視のテーブルを眺めていた。
「ハァイ出来たわよー! お待たせ!」
「わ、ありがとうございます! ……スミマセン手伝いもせず」
「いーのいーの! いっこ貸しにしとくから!」
「ア、ハハハ……覚えときマス……」
この部屋の主は折寺市において一番の新顔であり、にも関わらず二番目に世間的知名度の高いヒーロー……『岳山ァ!』でお馴染みMt.レディであった。
綺麗に掃除された部屋の隅には性能が良さそうなPCやお高めのウェブカメラ、円形照明やマイクなどが置いてあり、この小綺麗な部屋はちょっとした撮影スタジオも兼ねている事が伺える。
顔が良いタイプのヒーローは皆ネットで生放送をするのが最近のトレンドなのだ。
ちなみに、この設備を整えた為に岳山は未だ貧乏生活から抜け出せていないのであった。元手回収は当分先になりそうである。
岳山は可愛らしいミトンで小さめの鍋をテーブルに運んできて、その上にあるガスコンロの上に載せた。周囲にまろやかな味噌の匂いが香り、芦戸はにわかにソワソワし始める。
食べ盛りの中学生らしい反応にクスクスと笑う岳山は、自分もその匂いを感じてコクリと大きく頷いた。
「んー、オイシソー! ……あ、お酒呑んでいい?」
「え、あ、ドゾドゾ!」
「アリガト……んー、今日は奮発しとこっかなぁ!」
冷蔵庫をゴパッと開き、ビール缶二本とラベルを剥がされたニリットルのペットボトルに入った緑茶を出してテーブルに置き、流し台からコップを二つ取り出した。
「んーさてさて……では、御開帳……!」
やけに芝居がかった言い方でミトンを着け直す岳山に、芦戸がつい笑う。
「プッ、何ですか? その言い方」
「ん? デステゴロがねー、お鍋の蓋開ける時こう言うのよ。私サイドキック時代によくご馳走になったわ……醤油だけの味付けのしょっぱい鍋」
あれはあれで美味しいんだけどね……と言いつつ岳山は鍋の蓋を開ける。
「ふぁぁ……!」
「んん~、我ながら美味しそう!」
岳山が作ったのは味噌が味のベースになっている鮭と野菜のミルク鍋である。
白いスープに大きめに切った鮭とじゃがいも、白菜、しめじなどがたっぷり入ったそれは牛乳の白色とそれぞれの具材から出た脂が光り輝き、中々見栄えが良かった。
芦戸と岳山はひとしきり携帯で写真を撮ってからそれを可愛らしい小皿にそれぞれ移し、手を合わせる。
「頂きまーす!」
「はいどーぞ! 私も頂きます! 美味しそォ!」
小皿に移した具材に七味を掛けて、芦戸はまず鮭を食べる事にした。
身に付いたテロテロの皮をめくり、岳山が用意してくれていたガラ入れ用の小皿に移す。
くしくしと小骨を取りながら身を解し、スープをたっぷり含んだそれを口に入れる。
鮭のしっかりした繊維と、そこにたっぷり染み込んだ味噌の旨み。そこに牛乳のコクが合わさり、芦戸の口の中を蹂躙する。
「……〜〜ッんんん! うんまぁーい!」
「あー、ホント冬の鍋は美味しぃわぁー! この白菜、ホント最高〜!」
今度はしめじを取り、口に運ぶ。鮭の旨味が残った口内で噛み潰されたしめじから溢れるスープは鮭の強い味に混ざり、溶け合い、至福の味となって喉を通っていく。
「……っハァ……幸せ……」
「ッパぁぁ……ビールに合うわぁ……」
割と缶を傾けるペースが早い岳山を見て、芦戸は「そんなに呑んで大丈夫なんですか?」と聞いたが、彼女は笑って掌をヒラヒラとさせた。
「あー、いいのいいの。私って特別な事情がない限り日中しかヒーロー活動しないから。明日の朝には抜けてるわよこのくらい」
「え、夜間にヒーロー活動しないんですか? ……確かに昼間はいつでも街に居る気がするけど」
まさか、と勘ぐる芦戸に先んじて、「言っとくけど美容に悪いからとかじゃないからね」とむくれる岳山。
「じゃあ、何でですか?」
「トーゼンでしょ? 私の個性、暗くて周りとか足下が見にくい夜中なんて使える訳ないじゃない。下手すりゃ私がヴィランになっちゃうわよ」
「あ、確かに!」
巨大化ヒーロー岳山の個性はまんま『巨大化』。身長を約十三倍……百六十センチ程度から二十メートルちょいまで大きくする個性である。そしてその個性はオンとオフしか存在せず、中間は無い。
よって、岳山は夜間のヒーロー活動はヴィランの拠点襲撃などの計画作戦への参加に留め、市街地警戒は日の出ている間だけと自身で定めているのだ。
暗くて見えずに戦って、間違えて市民を踏み潰しましたなど冗談にもならない。
「はぇー……色々考えてるんですねぇ」
「そりゃモチよ……夜は写真写り良くないしね」
それが本心では? と芦戸は思うが、口に出す代わりに白菜を食べた。それを横目に見ながらあっという間にビールを一缶枯らした岳山は、ずずいと身を乗り出して芦戸に迫る。
「……で? 何よ悩みって。聞いてあげるわ聞かせなさい聞かせろ」
……そう、芦戸と心操は奇しくも同じ日に知り合いの信用できるヒーローに悩み事相談をしに来ていたのだった。なんと飯の内容も大体同じである。
「い、いやぁ……悩みって程のモンでもないんデスケド……」
「そーいうのは溜め込まずにジャンジャカ話しなさいな。別に誰にも言いやしないわよ」
「……えー……あの、やっぱり私……」
「鍋食べたわよね?」
「……ハイ、食べました」
卑怯者ー! と言いたいのをぐぐっと堪えて白菜を食べ、熱い繊維をもくもく咀嚼してから芦戸は口を開いた。
「……笑わないで欲しいんですけど……私、自分では雄英合格、ほぼ確実だと思ってます」
「……まぁ、ほぼ確実でしょうね。間違い無く」
誰が見てもそう思うわ、と岳山は頷く。
そもそもの話として岳山自身含め、キチンとした対
その戦闘訓練を積む場所が高校、あるいは大学ヒーロー専科なのだから当然とも言える。
個性使用が前提となった体技や戦術を教える場所等、一般にはどれだけ大金を積もうと解放される事は無い。
よってそういった戦い方をある程度身につけた上で受験に望めるのはヒーローの二世やその血縁等いわゆる『エリート』に限定される。
そういったコネの無い一般人は、精々が誰にでもできる武術をかじり、独学で自身の個性の使い方を把握するしか無い。
……それに比べて芦戸は、(最早根腐れするのではないかというレベルで)潤沢すぎる土壌で訓練という名の水と栄養をバケツでドッパドッパと注がれているようなものである。
岳山にだって無駄にバカ高い 人並み以上に 人並み程度に 多少なり ほんのちょっぴりくらいはプロとしてのプライドがある為決して口にはしないが、岳山から見ても芦戸の戦闘技術は最早プロレベルに足先を踏み入れていると言っても過言ではないのだ。上を見れば果てしないが。
「……それで……ですね……」
「うん」
「合格……したらですね……」
「うん」
「明ちゃんの、実家を寮代わりにしていいよー……って、言われてまして……」
「……あぁ〜はいはいはいはいはい」
大体何が言いたいかを察してコクコクと首を縦に揺らす岳山の眼前で、芦戸が顔を覆い、ウガーッと喚く。
「いや、ありがたいの! ありがたいんだよ!? 敷地は広いしね!? お風呂大っきかったし! しかも博士は掃除とか建物の管理ちゃんとすれば家賃月一万円で良いよって言ってくれたの! 優良物件なの! マジモンの!」
「何そこ私が住みたいんだけど」
そう、芦戸の言う発目亭はいわゆる一般的な一軒家の倍以上の大きさがあるのだ。
更にそこに発目研究所が隣接しているので、学生マンションが乱立する雄英近郊の地価も合わせて考えれば相当な豪邸に部類するのだ。
因みにその近辺のワンルームマンションは月四万円が相場であることは前回行った時に確認済みである。月一万円でワンルームとは比べ物にならない設備の家に住める……普通なら即決である。が。
「一緒に! 住むのが!!
「ちょ、落ち着きなさい! 下の人に迷惑だから! 私下の人と仲良いんだから勘弁してよ!?」
ジタバタし始めた芦戸に軽くチョップを入れ、沈静化させる。
「…………うぅぅぅ……どーしよどーしよ……寝起きのモッサモサの顔とか見られるんだよ? 風呂上がりでモヘーっとだらけてる所も見られるんだよ? ……でも家賃四万円はキツイよ……! あと私がワンルームで一人しょっぱく過ごしてるのにアイツラは皆でいつもみたいにワイワイしてるとか普通にムカツク」
「……三奈ちんさぁ……」
合宿の時は色々極限だから気にならないけどさぁ……! と再び床でモダモダし始めた芦戸に、岳山はニマリと笑って爆弾を落とす。
「ぶっちゃけ彼奴等とひとつ屋根の下で一緒に暮らすのはどーでも良いんでしょ」
「……へ? いや、私今それで悩んで……」
「彼奴等ってより、人使と一緒に暮らすので悩んでるのよねえぇ? それ以外なんて言ってるだけで正直目に入ってないんじゃ無いノー?」
「フギュッ!?」
思わず、ビクン! とビクついてしまった芦戸。顔を覆っていた手をチラリと退かすと、顔中にニマニマを貼り付けた岳山が自分にのしかかって来る所だった。
「うひぇ……」
「答えなさいよ……イエスか、ノーか」
「…………の、ノー」
ニマついた岳山の顔。青ざめたり赤らんだり忙しい芦戸の顔……そして岳山は……
「…………ッ嘘ついたなぁぁぁ!? おりゃ! うりゃこの! 嘘つきにはくすぐりの刑よ! このこのこのっ!!!」
「あっ、わひゃっ!? わっ、んふっひゅふっ!? あははははは!!!!! アハハハハ!! 止めてっ! ごめんなさ、ごめんなさっ! あははははは!!! やぁだ、ぁはははは!! あ、頭打った! あはははは!!」
なんか色々イッパイイッパイだった芦戸と、昔から色々な人の相談事に乗っているデステゴロを見ていたお陰で『誰かに相談事を持ち掛けられる事』にちょっとした憧れがあったプラス酒によりテンションが上がった岳山はその後グダクダになるまではしゃぎ回った。
結果、芦戸はなにも解決していないがとりあえず気分が上向き、岳山は翌日下に住むよく差し入れをくれるおばさんに頭を下げる事になるのであった。
そして、その日から約一月…………
入試 当日
朝
六時。
Q.主人公誰だっけ?
A.心操。