無免ヒーローの日常   作:新梁

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今更ですけどこの小説は基本的に原作沿いでストーリーを進めます。原作沿いレベルはヘドロ事件くらいです。沿ってるか……?沿ってるよね……?

今回のあらすじ

試験始まッッ(素振り)
試験始まッッ(素振り)

葵原てぃーさん、二日さん、リア10爆発46さん、椦紋さん、たかたかたかたかさん、誤字報告ありがとうございます。今回誤字多いな!


第四十八話。二月中旬、変わったもの、変わっていくもの。変わらないもの。

 受験当日。朝六時。

 

 

 

 受験前日に電車を乗り継いで発目邸にやって来た無免ヒーロー達は、その日をゆっくりと各々コンディション調整に費やす…………つもりであったが、発目邸には(よくよく考えてみれば当然の事ではあるのだが)ガスが通っておらず、更には月イチ程度のペースで管理に来るシュタインも基本は日帰りであったため寝床やアメニティ用品等の準備も一切無かった。

 

 その事に気が付いてしばらくの間呆然としていた無免達は気を取り直すや否や近くのホームセンターに急行した。

 

 そこで各々財布をひっくり返し、薪を使ったドラム缶風呂やらその火を使った肉野菜串焼きやらをやって、ホームセンター入り口に積んである持ち帰り自由の段ボールを床に重ね、一個九百九十九円で売っていたうっすい化学繊維の寝袋に包まって一晩を明かした。

 

 こうなっては最早調整もクソも無い。

 学生街とはいえ都会の真ん中で段ボールベッドという意味不明な経験をした芦戸は背中に段ボールの切れ目の感触を感じながら目を覚ました。

 

 無論、言うまでもなくコンディションは最低である。

 

「……うぅぅぅ……身体痛いぃぃ……」

 

 何とか電気は通っていたのでエアコンは効いたのが救いではあるが、それがどの程度の救いになるだろうか。

 というかそのエアコンが既に十年近く型落ちであり、しかも何ヶ月単位で使っていないので風からはホコリの匂いがする。

 

 芦戸はカラカラに乾いた喉を抑えながら芦戸と同様に雑魚寝している発目やら切島やらを脚でのけ、洗面所に向かう。

 

 何故男女が同じ部屋に入り混じって寝ているのかと言うと、決していかがわしい理由があったのではなく…………この色々アレな状況でいかがわしい何かを行う余地など有りはしない……単にエアコンのキチンと効く部屋が一部屋しか無かっただけである。

 

 

 

 パシャ、とキンキンに冷えた水を顔にぶつけ、ポンヤリとした意識を覚醒させる。そうして顔を上げると、どこからか話し声が聞こえる事に芦戸は気がついた。

 

「…………ぁ。………………ってる」

 

 洗面所から顔を出し、廊下で耳を澄ませるとどうやら玄関の方からその声は聞こえてきていた。

 時間帯を考慮してか小さな声でされている会話では男声だという事しか分からず、切島が先程足元にいた事を考えれば緑谷か爆豪か心操か……そう考えながら、芦戸はソロソロと忍び足で歩き始めた。

 

 ギッ、ギシッ、とかすかに軋むフローリングの張り付く冷たさに鳥肌を立てながら歩を進めると、やがて声の主が分かる。

 

「……大丈夫だって。今日の為に今までやってきたんだし、何とかなるって……うん、だから言ってんじゃん。自信あるって……」

 

 声の主は、誰かと電話をしている心操であった。

 

 ゆったりとしたジャージのズボンとシャツ、それにシャツという出で立ちは訓練中にも良く見るが、普段はワックスでアップにしている髪が現在ヘアバンドで後ろに纏められており、いつもとは違い全体的にサッパリとした雰囲気がある。

 

 そして何より電話をしている心操の顔が、普段よりもずっと穏やかな顔で……その表情の物珍しさに芦戸は一時、足を止めてじっと観察に耽ってしまった。

 

「……うん。んな事より、ソッチ忙しいんじゃ無かったの? もう十分近く話してっけど? …………うん、了解……頑張るよ……うん、そっちも気をつけて。じゃな」

 

 話を終え、ジャージのポケットに携帯を突っ込んだ心操は芦戸の方をチラと見て、若干照れ臭そうにはにかんだ。

 

「……お父さんお母さん?」

「ま、な……普段からずっと仕事で海外行ってるから、電話なんて滅多にしてこねーのに……よっぽど心配だったクサいな」

 

 ヒョコ、と軽く肩を竦める心操に、芦戸は否定の言葉を返す。

 

「……違うと思うけどなぁ、私は」

「へ?」

「心配じゃなくて……応援したいんだと、思うよ……私の親はそうだったもん」

 

 芦戸は一昨日、こちらに来る前に両親が家で精一杯の激励をしてくれた事を思いだす。

 

「心操もさ……別にわかってない訳じゃ無いでしょ?」

「……まーな」

 

 ニッ、と笑う芦戸の表情から目を背け、心操は頭を掻きながら頷く。その時芦戸は心操が外靴を履いている事に気がついた。

 

「あれ、心操どっか行くの?」

「ん、ああ。勝己と一緒に目ェ覚めたから軽くランニングでもって矢先に電話掛かってきたからさ……アイツ一人でさっさと行きやがって」

 

 そうブーたれる心操が少しばかり子供っぽくて、つい笑ってしまった芦戸は「じゃあ、私と一緒に行こ!」とニッカリ笑う。

 

「チョット待ってて! 今準備してくるから!」

「んー、急がなくて良いぞ」

 

 芦戸が少し早足で即席寝室に戻ると、顔を煤だらけにした緑谷が昨日行ったホームセンターの袋を漁っていた。

 

「あ、緑谷オハヨ」

「おはよ、芦戸さん……どこか行くの?」

 

 自分の荷物からジャージと歯ブラシを取り出していると緑谷にそう聞かれたので、芦戸は「心操と軽くランニング行ってくる」と応える。

 

「あ、じゃあ何か適当に食べるもの人数分買ってきてもらっていいかな? コーンスープの粉と昼用の栄養食(ビスケット)は昨日買ったけど、朝に食べる物買ってないからさ」

「オケオケ、任せなさい」

「十分くらいで帰ってきてね」

 

 身だしなみを整えるために別の部屋に行った芦戸。

 それとほぼ同時に、寝ていた切島が「んぬおぉぉァァァ……!!」と寝袋の中で大きく伸びをした。

 

「ンア……」

「おはよ、切島君」

「お゛ォ……いまなんじ?」

「六時……二十分ってとこかな。昨日の残り湯温めてるから顔洗ってきなよ」

「んー、お前もな」

 

 緑谷は先程まで火起こしをしていた為顔が真っ黒である。

 

「朝メシは……?」

「芦戸さんに買い出し頼んだよ」

 

 適当な大きさの岩三つを支えにして底を浮かす形で庭に置かれたドラム缶は、底部を焚き木の火に炙られて中にフツフツとあぶくを浮かべていた。

 

 緑谷はそこらで拾ってきた長めの木の棒をその中にくゆらせ、中から茹で上がったハンドタオルを取り出す。

 

「うわっ、ちちち! ……はい、早くしないと冷めるよ」

 

 木の棒の先に引っかかった、湯気を立てているタオルを指先で受け取った切島はその暑さにジンジン震えつつも握力で水を絞り、まだ熱すぎるそれを顔に押し当てる。

 

 眠気が冷めきっていない顔に、熱湯が染み込んだタオルが当たり、切島の肩がブルブルと震えた。

 

「…………っばはぁぁぁ────っ!! 熱すぎるッ!! 目ェ覚めたァァ!」

「温タオル、気持ちいいよね」

 

 ドラム缶の中を泳がせていたもう一枚のタオルで同じように顔を拭く。

 そして燃え盛る木をいくつか見繕ってドラム缶の下から出し、その辺にあった石で小さなかまどを作った。

 

 ホームセンターで買ったヤカンに水道の水を入れ、切島に手渡す。

 

 手渡された切島はヤカンの持ち手に先程の木の棒を通し、その上で棒を持った腕をガチッと完全硬化させた。

 

「着替えてきたら交代するから」

「おー、頼むわ」

 

 パチパチ、と揺れる火に当たりながら、切島はまだ薄暗い発目亭の裏庭を眺める。

 

 その視線の先には、かつて一度だけ入った地下室の扉があった。

 

「……さっむぃ!」

 

 寒空、朝焼け、漢切島。

 

 只今シャツとステテコ一枚、ついでに首には冷めた温タオルである。

 

 

 

 数分後、制服に着替えた緑谷がコップを二つ持って帰ってくると、切島はヤカンを火にくべている体勢のままガクガクと震えていた。

 

「おおおおうみみどみど緑谷」

「……ごめん、服装の事考えてなかった」

 

 緑谷にヤカンを渡し、飛び込むように家の中に入ってから数分後。

 

「うーいぃ……入試前に死ぬかと思ったぜ」

「ごめんごめん、はいコレ」

 

 緑谷は自分とはボタン等のデザインが違う制服を着た切島に紙コップを渡し、切島はその匂いを嗅いで嬉しそうに顔を煌めかせた。

 

「お、昆布茶じゃん! ありがてぇー!」

「梅昆布茶ね。昨日見かけたから買ったんだ」

 

 ズズ……と二人並んで焚き火に当たりつつ昆布茶を啜る。

 

「……なぁ緑谷」

「え、何?」

「俺さ、高校受かったら髪染めようと思ってんだよな。芦戸とか心操にはチラッと話した事あるけど」

「ええぇぇぇッッ!? 何でぇ!?」

 

 飛び跳ねるように立ち上がって仰天する緑谷を見上げ、切島は呆気に取られて首を傾げる。

 

「え!? そんな驚く事か!?」

 

 切島の呆けた顔に一瞬我に返った緑谷は、切島に向かい合うように座り直し、何故かヒソヒソと話しかける。

 

「えっと……因みに何色に?」

「……あ、赤」

「高校デビューマンだぁぁ!?」

「ぅるせっ!」

 

 ギョーッと叫ぶ緑谷に切島が軽くチョップを入れるが、今現在精神的に余裕の無い緑谷はつい反射でその手首を掴んで手前に引き、バランスを崩した上で綺麗に投げ飛ばしてしまう。

 

「オギャァァァ!? 何でだあぁぁぁっ!?」

「あ、ごめんつい……じゃなくて! 考え直そうよ!」

「いやソッチに言い直すんかいィ!」

 

 砂で汚れてしまった学生服を緑谷が謝りながらはたいて綺麗にする。

 

 ドラム缶の中から再びタオルを取り出し、軽く布地を拭く緑谷を見ながら、切島は「何でそんなに反対すんだよ」と言った。

 切島にとって緑谷は(発目への対応からの印象な事は否めないが)他人の自由をかなり尊重する人間だという印象だったから、強く反対された事が意外だったのだ。

 

「え、何でって……切島君まで派手な格好になっちゃったら地味なルックス僕だけになっちゃうじゃん」

「は?」

「今でも『無免ヒーローのあのモサモサの地味な奴』とか言われてるらしいのに、切島君まで赤くなったら僕のアウェー感が……」

は????

 

 何か深刻な理由とかそういうのがあるのかと聞けば、まさかの答えに切島は思考停止する。

 

 つまり緑谷は、いつものあの陽キャ感溢れる外見をした連中の中で一人だけ陰キャ感溢れる外見になる事が嫌らしい。

 

 その事をちょっと時間をかけて理解して、切島再起動。

 

「オシ! お前の言いたい事はよおぉっく分かった! 赤髪にするわ!」

「分かってないよ待ってよ!? 僕ら地味友でしょ!?」

 

 緑谷からの(色々と)想定外な評価に切島はガクリと肩を落とし、大きく溜息を吐いた。

 

「お前、俺をそんなカテゴリーに入れてたのか……じゃあお前も髪色変えりゃ良いじゃん。爆豪みたいな色とかは?」

「かっちゃんに殴り殺されるよ!? ……っていうか髪染めた時点で『調子のんじゃねえ!』って根本から全部ひっこ抜かれる気がするんだけど…………」

「……………………」

 

 無い、とは言えないな、と。切島は思ってしまった。

 

「……あ、明ちゃん起きた。ちょっと行ってくるね」

 

 切島には物音の一つだって聞こえはしなかったが、緑谷は発目の起床を敏感に察知して段ボールが敷き詰められたリビングルームに続く大窓から中に入っていった。

 

「……お、爆豪おかえり! 昆布茶要るか?」

「オウ」

「紙コップ持ってきてくれよ! あ、心操と芦戸の分も一応!」

「パシリかコラ!」

 

 と、それとほぼ同時に玄関横の直通通路を通り裏庭に爆豪が入ってくる。

 爆豪の持ってきた紙コップに粉末を適当に入れ、ヤカンに残る湯を注ぐ。

 

 それを手渡して自分ももう一杯飲もうとしていると、緑谷が半寝状態の発目を連れて裏庭に戻ってきた。

 

 口に歯ブラシを突っ込まれている発目の服装は既に制服になっており、半寝というか七/八寝くらいの発目を手際よく着替えさせるあたりに緑谷の匠の技が見える。

 

「うわちちち……明ちゃん顔拭くよー」

「んわぶ……」

 

 ドラム缶から取り出した茹でタオルで顔を隅々まで拭きながらシャカシャカと器用に歯ブラシを動かす緑谷に、切島は「ウワァ」とドン引きながら昆布茶を飲む。

 

「二人ももうじき帰ってくるだろうし、切島君もう火消しといてくれる? バケツは昨日の袋に入ってるから」

「んぁ? あぁ、おう!」

 

 発目の身支度を整える緑谷に火消しを頼まれた切島は、昨日買ってきた要るも要らぬも様々な物の中からアルミバケツを取り、ドラム缶の中の茹だる熱湯を汲み、バサバサと燃える焚き木にぶっかける。

 

 そうしてすっかり火の消えた消し炭をもう一度水を汲んだバケツに火箸で一つずつ入れていき、最後にヤカンを置いてあった場所の焚き火跡を足先でザッザッと擦って誤魔化す。

 

「ただいまー、パンとおにぎり色々買ってきたよー」

「あ、もう着替えてんじゃん」

「あ、おかえり。丁度良いタイミング。まだ茹でタオル温かいよ」

 

 爆豪と同じように玄関の横を通って裏庭に顔を出した二人に、緑谷は発目にうがいをさせながら軽く手を挙げ、次にドラム缶を指差した。

 

「おーサンキュ。シャワー水しか出ねーしどうしようか迷ってたんだよ」

「あ、私デオドラントシート買ったから、皆も使っていいよー」

 

 芦戸がそう言ってシートをコンビニ袋より取り出すが、明らかに女の子女の子しているパッケージに全員が遠慮をした。

 

「二人共、昆布茶飲むか?」

「あ、いるー!」

「おお、頼むわ」

「んじゃ、着替えてこいよ。淹れといてやっから」

 

 茹でタオルで顔や手足を拭きながら家に入っていった二人を見送り、切島は空を見上げる。

 

「んぁー、じき七時くらいだな……」

「ご飯食べて、軽く身体ほぐして……開門は八時で試験開始が九時だから……あー面倒くさいな、もう適当でいいや」

 

 緑谷は綺麗になった発目の頬をモチモチしながらボサッとした顔で呟く。

 緑谷は発目に触れている間はそちらに意識が集中するため若干考えが浅くなる性質があった。

 

 ……ちなみに身支度を整えられた発目はまたうとうと眠り始めている。というか歯を磨かれている最中にも普通に寝ていた。どーいう神経してんだと切島は言いたかったが、尋ねるまでもなくマトモな神経をしていない事は周知である。

 

「おいデク、実技の肩慣らし付き合えや」

「切島君、かっちゃんが肩慣らしに付き合ってほしいって」

「え、俺なのか?」

 

 基本的に起きている時は常に動き回っている発目が大人しいのは非常に珍しく、そんな動かない彼女を堪能している緑谷は爆豪からの要請を普通にブン投げた。

 

「皆ぁ、ご飯食べよー」

「ご飯ですか!?」

 

 しかし、家の中から芦戸の声が聞こえた事で発目は完全覚醒。

 頬をモチモチしていた緑谷の手を虫のようにペッと払い除け、室内に飛び込んでいった。

 

「……確かおにぎりとパンだったよね。何があるかなっと」

「しょっちゅう思うけど、よくアレと付き合う選択肢を選んだよな」

 

 切島は勿論、臨戦態勢であった爆豪も飯の欲求には勝てず、ノスノス部屋に上がり込む。

 

「あ、野沢菜貰うね」

「なんかすげえ梅干し率高くね?」

「この時間のコンビニって色んな人が朝飯買いに来るから棚ガラガラなんだよ。梅干しばっか残ってた」

 

 それから、時間も余ったので家の掃除やら肩慣らしの軽い運動やら、色々と行い……

 

 

 

 午前八時過ぎ。雄英高校正門前。

 

 

 

「…………遂に来たね」

「正門から入るの初めてだな」

「ケッ」

 

 六人はなんやかんやと言いつつ雄英高校の正門前に来ていた。

 それぞれ着替えの入った鞄を持っており、切島のみ着替え入りリュックに加え両手に一つずつジュラルミンケースを持っていた。

 

 それぞれ側面に『SATs』『BATs』と刻印されているそれをチラリと見た心操は、「結局両方持ってきたんだな」と言った。

 

「おー、まぁな。試験内容も分かんねぇし」

「チッ! クソが!」

「おいおい拗ねんなよ爆豪ー!」

「拗ねて無ぇわ殺すぞボケナス!」

 

 原作時空ではマッドとはいえ曲がりなりにもプロサポーターになりたいという夢を持っていたために、アイデア出しから試作品づくりまで期日通りに行うだけのマメさはある発目であるが、無免時空の彼女は割と飽きたら放っておくタイプであった。

 

 と、いうのも彼女を形作るそもそもの前提が違うためである。

 

 無免時空の彼女はハッキリと言葉にするならば、ぶっちゃけ緑谷出久以外の人間など居ると楽しいが居なくとも特に問題はないレベルであり、また緑谷以外の人間の使うサポートアイテムなどふと思いついたら作っても良いかな、程度の物でしかない。よって各人のアイテム作成進捗率には大きな差があるのだ。

 

 だが、緑谷のバックに入っているもの(魂威銃ポーラスター)や切島の装備を見て露骨に拗ねる爆豪や心操、芦戸のチラチラとした視線を感じる度に鬱陶しい不憫だという思いが湧くのも事実であり、発目は軽く息を吐いた。

 

「……四月までには作りマスヨ」

「やった! 明ちゃんありがとー!」

 

 ガバァ、と発目を抱きしめる芦戸。

 この時もしも発目が急に危険行動を起こしても即座に離れられるように足腰はバチバチに緊張させている辺りに発目と接する慣れが見える。

 

 一跳びで二メートルくらい離れられるようにしてあるな、等と思いながらそれを見ていた緑谷は、茶番に飽きた爆豪がさっさと前に行ってしまっている事に気がついた。

 

「あっ、かっちゃん待ってよー!」

「うるせぇ! 待つかァ!」

 

 ────幼い緑谷が師と出会わなかった時空……原作時空において、この時緑谷は爆豪を追う事はしなかった。

 

 この時緑谷は未だ爆豪への怯えを払拭できていなかったし、爆豪は緑谷に対して抱く感情が混迷を極めていた。

 

 ……だが、師と出会った事により少年は変わった。

 

 少年はずっと早くに生まれながらに持っていた精強で強靭なる魂に見合うだけの実力を身につけ、もう片割れも早くに自身の弱さ、相手の強さに折り合いをつけた。

 

「あっ、おい待てよ!」

「わわ、置いてかないで!」

 

 そして何より、少年の周りには仲間が居る。

 

 共に夢を追う仲間。自身の夢を手伝ってくれる仲間。緑谷の周りは人で溢れている。

 

 

 

 

 

 ────────なので、緑谷がたった一人ぼっちの少年であった場合に起こる出会いは華麗にスルーされてしまい…………そして……

 

 

 …………そしてッッッ!!!! 

 

 

 雄英を眼前にしてテンションの上がった緑谷はッッ!! 

 

 左足を右脚に思いっきり引っ掛けてしまいッッッ!!! 

 

 頭から石畳に突っ込む形で転倒したッッッッッ!!! 

 

 

 

「………………あああああッ!!!!! 出久さんが『コケた』ぁぁぁぁ!!!! 試験会場の入り口で!!!! 脚『引っ掛け』て思いっきり『スッ転んだ』ぁぁぁぁ!!! アハハハハハ!!!! アーハハハハ!!!」

しにたい

 

 試験約四十分前に、この縁起悪さマックスの事象……その一部始終を見ていた緑谷のかけがえのない仲間達は、急に彼から目を逸らして他人のフリをし始めた。

 

「……え? ねぇちょっと、友達が転……あー、こんな事になってるのに無視なの? ねぇ?」

「え、いやちょっとあなた誰ですか。俺試験前に盛大にすっ転……えー、ヘマする奴とか友達に居ないんで」

「……き、切島くん」

「あ、俺数学の復習しなきゃなー! 忙しー!」

「芦戸さぁん!」

「……エンガチョ」

 

 既にサッサと行ってしまっていた爆豪を含め、緑谷の周囲には既に笑い転げている発目しか残っていない。彼は身体を震わせながら「これだよ!!!」と泣き叫んだ。

 

「……えっと、大丈夫……?」

……何で何年も付き合ってきた仲間よりも知らない人の方が優しいんだよ!! おかしいだろ絶対!!!! 

「ヒェッ」

 

 倒れたまま起き上がらない彼を心配して近寄ってきてくれた、別の世界線ならこの事態を予防してくれた筈の茶髪の麗らかな女の子を心底ビビらせたりしながら、時は進み進み……

 

 

 

 試験開始時刻。監視ルーム。

 

 

 

『回答は電子マークシート方式、用のある方は液晶右上の試験官呼び出しボタンをタッチして下さい。試験時間は五十分です。それでは試験を開始して下さい』

 

 録音されたスペースヒーロー13号の言葉がスピーカーを流れてから数分、百五十程度ある教室(なんせ、受験人数はヒーロー科だけで一万人以上である)に一つずつ備え付けられた監視カメラを使用した筆記試験の監視を担当していた教員の一人、プレゼント・マイクは「ハァン!?」と大声を出した。

 

「ん? どうしたマイク。不正か? 何番の教室だ」

「……あーいや、悪い、不正じゃなくて……うわー、マジでか……うわー……引くわー……」

「何だよ」

 

 何があったのかを気にしているブラドキングをとりあえず放り、彼は受験番号八〇一一……発目明の電子マークシートを手元のデバイスに呼び出し、手元の解答用紙と見比べて溜息を吐いた。

 

「何なんだよ! 不正じゃねえんだな?」

「オウ……ぶっちゃけ不正であって欲しいわこんなもん……」

「滅多な事言うな。んで? 不正じゃないなら何なんだよ」

「…………あーいや、次の科目の時に八〇一一番見てれば分かるさ」

 

 それっきり椅子に深く腰掛けて監視カメラ越しに数千の人間を見守る作業に戻ってしまった同僚に、これ以上は何を言っても無駄かと悟ったブラドキングはフスーッと鼻息を荒くする。

 

「第十四教室一〇七七番、不正疑い有りだ。行ってくる」

「あ、第三十九教室一五一五番不正疑い。行ってくるわね」

 

 立て続けに監視ルーム内に居たイレイザーヘッドとミッドナイトが出て行き、それを見送った教師陣は一様に疲れた顔をする。

 

「……パット見監視の目がないから……って違反行為(カンニング)して、ソレでヒーロー科目指してるんだもんなァ」

「言ッテヤルナ。彼等モ必死ダ」

「必死さの方向〜〜……あ、カンニングめっけ。えー第百五十教室四〇七三番、行ってきゃーす」

 

 

 そんな感じで数人のカンニング犯をその場で落第としたりして、五十分が経過して、十分の休憩の後に次の教科のテストなのだが、その時にマイクはブラドに「八〇一一見てみ?」と言う。

 

 先程のマイクの反応が気になっていたのはブラドだけではなく、監視ルームの少なくない人間が八〇一一番(発目明)に注視した。

 

『それでは試験を開始して下さい』

 

 その言葉と共に問題用紙を手に取った発目は、まず冊子になっているそれの一枚目を開き、次に二枚目を開く。

 そして三枚目……まるでページ数を確認するかのようなペースでパラパラと用紙をめくり……そのまま最後のページを閉じ、それを最早用済みとばかりに脇に置いてしまった。

 

「………………はぁ…………?」

「……な? こんなんカンニングでありゃどんだけ楽か……」

 

 そのまま机に備え付けられてあるタッチパネル液晶を手に取った彼女は一切の淀みない手付きでトントントントンとパネルを叩いていき……試験開始からほんの五分後、百点のマークシートとなんのメモ書きも残されていない綺麗な問題用紙を残し彼女は机に突っ伏して眠り始めてしまった。

 

「……この子の個性は?」

「ズーム。目が良い個性……そんだけだ」

 

 実際は発目のインテル入ってる脳味噌の演算能力のお陰でやろうと思えばどこぞの写輪眼みたいな運用もできるのだが、そんな事は知らないマイクは手元の端末で呼び出した受験願書を読みながらごく普通の個性だと肩をすくめた。

 

「……天才って居るんだな……」

「そーな」

 

 この受験生の養親を嫌というほど知っているマイクは「天才っつーより天災だと思うけどな」という言葉を寸前で飲み込み、その横ではいつぞやの厄災ボンバーヘッドをモニター越しに見つけてしまったパワーローダーが正気度を擦り減らしていた。

 

 本日の受験生は普通科、ヒーロー科、経営科であり、五教科筆記、そして面接は三科共に共通である。

 これによってヒーロー科を落ちた学生も成績によっては普通科に入る事ができるのだ。

 

 因みに翌日にあるサポート科受験は社会、国語を抜いた数理英三教科の試験と面接に加え、自分のこれまでに作ったもの、あるいはこれから作りたいもののプレゼンテーション試験がある。

 

 そうして雄英高校教師陣をちょっと戦慄させたりしながらも、試験は順調に進んでいき…………

 

『今日は俺のライヴにようこそー!!! エビバディセイヘイ!』

 

 静寂(シーン)ッッ!!!! 

 

『こいつぁシヴィ────!!!』

 

 ブルブルと、身体を細かく震わせながらも一人盛り上がるプレゼント・マイク。

 

 筆記試験と面接が終わり、残るは実技試験のみというところで、その試験の説明を開始した所であった。

 

『実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!』

 

 学校ごとの願書提出順で受験番号は決まる為、結田府組は三千番台、折寺組は八千番台と会場の中でもかなり遠くなっている。

 

 そんな受験番号八一一二番、緑谷は眼の前に生のマイクがいる事に感動し、何やら小声でブツブツと呟いている。

 その隣の発目はマイクの身につけているサポートアイテムの講釈を小声でベラベラと垂れ流し、爆豪はいい加減二人を殴ろうかと考えたが、前回(推薦)を思い出して必死に堪えた。

 

『アーユーレディ!? ッンYEAHHHHH!!!!』

 

 試験前の緊張感でお通夜状態になっているこの会場の空気を読んでいるのかいないのか、満員御礼、拍手喝采のイベントでDJをしている時と一切変わらないテンションで説明を続けるマイク。

 そんな司会のテンションとは裏腹に、配られた資料とスクリーンのスライドはある程度の真面目さを保っていた。

 

『入試要項通り! リスナーにはこの後! 十分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ!!』

 

 現在地を中心としてAからGまでの演習場があることがスライドに映し出され、マイクは身長の三分の一近くある長髪をヴァッサヴァッサ揺らしながら身振り手振りで説明を続ける。

 そんな中緑谷のヒーロー解説は遂に整髪料にまで及び、発目はと言うと主だったアイテムは語り終わったので寝る姿勢に入っていた…………因みに前述のテスト含め、彼女の中学での授業態度は基本的に興味のある所以外(つまり九割九分)睡眠である。

 そうやって寝ていても授業の事は睡眠学習で脳に焼き付いているらしく、教師が教科書には一切載っていない問題を出しても発目は満点より下の点数を取った事は無い。教師から彼女がゴミクソの如く嫌われている理由の一つである。理由はあと百個ぐらいある。

 

『持ち込みは自由!』

 

 これが無かったら僕詰んでたな、等と緑谷は呟くが、もしも持ち込みが禁止されていても彼ならば素手でロボの首をねじり切るであろう。

 

 爆豪はその姿をかなりのリアリティでもって脳裏に描いていたが、そんな想像が出来てしまう事が嫌で一つ舌打ちをした。

 

『プレゼン後は各自受験票に書かれている指定演習会場へ向かってくれよな!!』

 

 ペラ、と爆豪は受験票を見る。緑谷のものを見、発目のものは眠りこけている彼女の頭の下敷きになっており見えなかった。

 

 爆豪の試験会場はA、緑谷の試験会場はDとなっていた。

 

同校(ダチ)同士で協力させねえっつー事か」

「ああ、三人共会場違うもんね……ってことは人使君達とは被る可能性ありか……」

「全員バラける可能性もあるけどな……つーか見てんじゃねえ殺すぞ」

「特例で明ちゃんとは同じ会場にしてくれないかな……」

「えー? もー、出久さんったら」

「明ちゃん分かって言ってるよね?」

 

 ついさっきまで寝ていた発目がちょっと目を離した隙に完全覚醒しているのは彼らにとってはよくある事である。

 

『演習場には『仮想ヴィラン』を三種(・・)、多数配置してあり』

 

 クリボー、メットール、パックンフラワーらしきシルエットが映し出される。

 何故ノコノコじゃないんだろうとまたもや瞬間的に就寝した発目の頭を無意識に撫でつつ緑谷は首を傾げる。おそらくシルエットで分かりづらいのだろう。

 

『それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントを設けてある!! このヴィランを各々なりの『個性』で仮想ヴィランを行動不能(・・・・)にし、ポイントを稼ぐのが君達(リスナー)の目的だ!! もちろん他人への攻撃等アンチヒーローな行為はご法度だぜ!?』

 

 行動不能。

 

 ここに居る無免最大戦力の二人は、この言葉をほぼ同時に、脳裏に浮かべたが、その真意はまるで異なる。

 

 無免最強の方は「粉微塵に消し飛ばしても良い訳だァ……!」と考えた。

 彼の方はこの仮想ヴィランの強さも大体分かっているので最早怖いものなどアンチヒーロー行為のみである。

 

 無免最狂の方は「行動不能にできれば何したって良いんだよね」と考えた。

 彼も伊達に発目明と十年以上よろしくやっている訳ではない。すでに彼の脳裏には仮想ヴィランをロボットかそれに類する何かだと仮定した場合の無力化方法が何種類も脳裏をシュミレートしていた。

 

 しかし彼の場合は考える仮想ヴィランの基準が自分の恋人と師匠が悪乗りして作り上げた頭のおかしい性能のやつなので、脳内のシュミレーションは些か過剰気味である。

 

「質問よろしいでしょうか!?」

 

 片やニヤリと、片やヘラリと笑みを浮かべる、その三段ほど下の段に座っていた受験生が説明の一段落したタイミングで手を挙げる。

 

 壇上のマイクはそれを見て軽く肩をすくめ、それからジェスチャーで質問をOKした。

 

「プリントには四種(・・)のヴィランが記載されております!」

 

 確かに、と緑谷は手元のプリントを捲る。

 

 プリントは何というか……全体的に適当さを感じるような構成で、重要な情報が微妙に入っていなかったりしている。

 

「誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!!」

 

 それはきっと、今声を張っている彼のように『気付ける人、追求できる人』を見つける為かもな、と彼は思った。

 

 壇上のスライドにも、プリントにも詳細が無いのにシルエットだけが印刷されている……これだけ分かりやすい引っ掛けだが、きっと誰も突っ込まなければマイクは説明してくれなかったんだろうなという確信が緑谷にはあった。

 

「我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!! ついでにそこの縮れ毛の君……とあと桃色の君!」

「あっ、ハイ」

 

 感心して見ているといきなり振り向いた彼と目が合い、さらには指名された緑谷はきょと、と目を見開きながら首を傾げる。

 

「先程からボソボソと……気が散る!」

 

 …………あれ、今までの全部声に出てた? 

 

 緑谷は爆豪に確認したかったが、彼は完全に他人のフリを決め込んでいたし発目は名指しされても一切起きる気配が無かった。

 

「物見遊山のつもりなら即刻雄英(ここ)から去りたまえ!」

 

 ギッ、と睨まれ、緑谷は恥ずかしさと申し訳無さで自然と頭を下げる。

 

「あ、スミマセン……ほら明ちゃんも!」

「ごめんなさーい」

 

 頭を下げた緑谷に対し、机に突っ伏したままヒラリとやる気なく手を振った発目に青年は「全くっ!」とプリプリ怒りながら前に向き直った。

 

 それを確認し、マイクは両手を広げて青年を称えるようなポーズを取る。

 

 今の喧嘩じみた口論まで全無視、自由な校風は本物だな……と緑谷は勝手に開く躾のなっていない口に手を当てながらマイクに注目した。

 

『オーケーオーケー、受験番号七一一一君、ナイスなお便りサンキューな! ……四種目のヴィランは〇ポイント! そいつは言わばお邪魔虫(・・・・)! スーパーマリオブラザーズやったことあるか!? あ、知らない? レトロゲーの……』

 

 きっと普段のステージなら「知ってるー!」とか「知らなーい!」とか帰ってくるであろうが、一切何も帰ってこない。

 

 それも分かっていたように、マイクは調子を崩さず話を続ける。

 

『アレのドッスンみたいなもんさ! 各会場に一体! 所狭しと大暴れしている「ギミック」よ!』

 

 スクリーンに映し出される、先の三体とは違う巨大なシルエットに会場はにわかにざわつく。

 

「なる程……避けて通るステージギミックか」

「まんまゲームみてぇな話だぜ、こりゃ」

 

 ざわついた会場内で、それでも尚真面目に青年はバッと腰が直角になるまで頭を下げる。

 

「有難うございます、失礼致しました!」

 

 満足気に飯田の礼に手を振るマイクは、そのまま両手を大きく広げ、最後にスクリーンに映し出された雄英のロゴを背負い、啖呵を切るように声を張る。

 

『俺からは以上だ!! …………最後に一つ、リスナーへ我が校の『校訓』をプレゼントしよう』

 

『かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!』

 

『「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!』

 

『更に向こうへ────Plus Ultra!!』

 

 …………良い言葉だ、と緑谷は素直に思った。

 

 

 

 人の人生には必ず、そう必ず不幸が存在する。

 

 禍福は糾える縄の如し……というが、そこまでハッキリとはせずとも幸福の最大値があれば不幸の最大値もそりゃああるだろう。

 

 この言葉は、人には必ずある不幸を乗り越えることで、人は誰しもが英雄になる資質を備えていると考えられる。

 

 …………良い、言葉だ。

 

 緑谷は繰り返し、そう思った。口に蓋をしながら。

 

『それでは』

 

『皆』

 

『良い「受難」を!!』

 

 

 どれだけ途中スベり倒そうとも、締めるところはカッチリ締める。そんな、一人の格好良いヒーローの激励を受け、受験生達は進み始める────『更に、向こうへ(Plus Ultra)』と。

 

 

「わー、皆受験場所違うね……あ゛ッ」

「……………………あーあ、俺知らね」

「あ、切島君会場同じなんだね!」

死ッッッ

 

 

 ……………………………………『更に、向こうへ(Plus Ultra)』と!!!




試験始まりますッッ!!次回ッ!
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