無免ヒーローの日常   作:新梁

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明けましておめでとうございます。どう頑張っても絶対に良いにおいしなさそうな発目が今年も大好きです。

今回のあらすじ

心操が不憫

夏苗みらやさん、リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


第五話。四月中旬、それぞれの休日(後編)

 爆豪勝己の休日は早い。全く日の出ていない朝の四時頃から街中を走り回り、時には人気の少ない場所を見つけてパルクールの真似事をする。裏路地などもかなり頻繁に活用するため、折寺周辺の地理を彼は知り尽くしていると言えるだろう。○○に行きたいと彼に言えばその最短ルートをすぐに提示してくれる。これを指して「○ーグルマップ勝己」と名付けた発目が爆豪に散々追いかけ回されたのは記憶に新しい。尚用意周到に折り畳み電動バイクを用意していた発目が逃げ切った。研究所の敷地内なので無免許でも大丈夫という用意周到ぶりだ。

 

 時にスピードを落とし、時に全力疾走並みのスピードを出し、ガードレールの上や建物の塀の上、場所によっては窓枠を蹴りつけて三角跳びのような形で建物の屋上まで飛び上がり、ビルの屋根から屋根へと跳び移り町を駆ける。段々と空が明るくなってきて、自分の来ている服の模様がはっきりと見えるようになってくると爆豪の日課は終わりを告げる。日の出ている時間だと目立ちすぎるからだ。こんなところを発見されてしまえばいくら個性を使用していないからと言って、補導は免れないだろう。

 

 大通りから見えにくいビルを選び、監視カメラの確認をした後に雨どいをつつっ、と滑り降り、地面に降り立った爆豪は自分の近くの路地から何やら争い合う声が聞こえるのを認識した。足音を消して路地を携帯のカメラモードを使いそっと覗き込むと、それはスーツ姿の中年男性を五人の高校生が恐喝している現場だった。

 

「だ……だからっ、お金は持っていないと!」

「はいはい、お金は無くて良いんだよ。キャッシュカードと、その番号教えろつってんだ」

「早くしろよオッサン」

「そーそー。俺達も暇じゃねえからさ」

 

 その現場をとりあえずカメラ機能で携帯に保存した勝己は、深い、それはもう深い深い溜め息を吐き五人の不良に向かって飛び出した。

 

「気持ち良く汗かいたってのに余計なことさせんじゃねえゴルアアアアアア!!!!」

「ウゲッ!? 爆殺卿!?」

「怯むなっ! 今日こそMK5の力見せてやらァ!」

 

 そう。彼らは折寺の隣、つまり結田府市の向かい隣にある石矢魔市の有名な不良。極悪高校として悪名高い石矢魔高校の名だたる不良たちでさえ近づかない……というよりは近づきたくない5人組。『MK5(マジで空気読めない5人組)』である。そのメンバーは

 

「っらァ!」

「ごふう!」

「リーダー!」

 

 まずリーダーの安全ピンピアス、碇。

 

「ッフン!」

「がはぁ!」

「中田ァ!」

 

 ベレー帽に眼鏡の、中田。

 

「死ね!」

「ごるぱっ」

「嶋村ァ!」

 

 右目の下にハートマークのペイント。嶋村。

 

「遅え!」

「ぐわあぁーっ!」

「茶藤!!」

 

 スキンヘッドに傷の縫い跡、茶藤。

 

「最後っ!」

「え、誰も俺の名前言ってくれないのかっ!? 仕方ないっ俺の名前はブ」

 

 もさもさの髪にサングラス、武宇。

 

「ったく……早朝からこんなことしてんじゃねえ。空気読めや!」

 

 ……の五人である。

 

「す……凄い……あの悪名高いMK5を瞬殺なんて……」

「ほらよオッサン、財布以外に何も取られてねえな?」

 

 中年男性に財布を返し、爆豪は路地から出ていく。

 

「あ、あの!?」

「あぁ!? まだ何かあんのかよ」

「是非とも礼がしたいんだ! 連絡先を教えてくれ!」

「いらんわ。じゃあな」

 

 そう言われても爆豪は歩くペースを落とさず、すぐに路地から出る。

 

「あっ、ま、待ってっ」

「あん?」

「名前っ、せめて名前を教えてくれ!」

「あ? とんぬらだボケ」

「え」

「じゃあな」

 

 そうして走り去る爆豪。数十秒してから、男性が再起動した。

 

「いやうそじゃんっ! それドラクエ5でパパスが主人公に付けようとした名前じゃんっ!」

 

 男性がそう叫んだときにはすでに爆豪はその場に居なかった。

 

 こうして折寺の問題児『爆殺卿』の噂とは別に、折寺の勇者『とんぬら』の伝説は広まっていくのだった。

 

 

 

 時刻は十時。シュタインの研究所。

 

 

 

「デク」

「ん、かっちゃん」

 

 家に帰り汗を流し、朝食を食べてから研究所に来た爆豪は研究所の裏庭で木刀を振っている緑谷に声を掛けた。緑谷は木刀から一切目を離さずにそれに答える。

 

「ネジは」

「所内に居る……けどっ、個性っ使っ……てっ、る最中だか……らっ」

「話してる時くらい振んのやめろや!」

「振ってる時に喋りかけてきたのはそっちだろ!?」

「……っくそが!」

 

 緑谷の言い分を否定できなかった爆豪は悪態を一つ言い捨てると、あまざらしの状態で置いてあった丸太にホースで水をぶちまけ、湿ったそれに爆破を叩き込み始めた。一撃に高威力を持ってくるのではなく、自分の格闘技と合わせ、打撃の瞬間に爆破したり、一度蹴ってから爆破したりと連撃を意識した体の動かしかたをする。今の爆豪が本気で爆破をすれば丸太など消し飛んでしまうので、そういう訓練にするしかないのだ。あと爆音が近所迷惑だし。

 

 そんな爆豪を横目でチラリと見る緑谷。剣筋には乱れが無いが、目線は絶えず爆破を行う爆豪に向けられている。当然のようにそれに気が付いた爆豪も、チラリと緑谷の方を向き、目が合った。

 

「……何見とんだコラ」

「いや……やっぱり、羨ましいなーって。思っちゃうよね……どうしてもさ」

「…………そうかよ」

 

 羨ましいとは爆豪の個性だろう。緑谷出久が無個性であることは、爆豪とてよく知っている。目をつり上げて緑谷を威嚇していた爆豪は、それを聞くと黙って自分の訓練に戻ってしまった。それを見た緑谷もまた、自嘲的な笑みを浮かべて木刀を振ることに専念し始めた。

 

 それからは無言で訓練を続ける二人だったが、その内に丸太の水分が爆破によって抜け、焦げ跡が付き始めた。それを見た爆豪が再び丸太を濡らすためにホースを手に持つ。

 

「…………」

 

 地面に置いていたホースのノズルを掴み、丸太に向けて水を撒こうとした状態で爆豪は動きを止める。絶えず木刀を振り続ける幼馴染みを横目でチラリと見た爆豪は、数秒後、水のモードをシャワーからストレートに変更し、なんの前触れもなく緑谷に向け発射した。当然飛び上がって叫ぶ緑谷。いくら体が暖まっているといっても四月だ。くそ寒いのは間違いない。

 

「オッフォォォォッ!? つつっ冷たぁ! 寒っ!? え、何!? 僕何かした!?」

「組手やんぞ」

「何で水掛けたの!?」

「うっせ構えろ……木刀(それ)使えや。俺も爆破(個性)使うからよ」

 

 狂暴性を表情に出しつつ、ボボボ、と手のひらで軽く数度手汗を破裂させた爆豪を見て、緑谷の纏う雰囲気が闘いを前にしたそれへと瞬時に変わる。この切り替えはシュタインに学んだものだ。話の途中であろうとも食事の途中であろうとも睡眠中であろうとも脈絡無く攻撃を加えてくるシュタインをうまく捌く修行をしたのだ。

 

「……木刀持ったテメエとやんのは初めてだな」

「もうやるの決定なの? ……まあ、最近まで修行中以外刀を振るうのを許されてなかったし。小学校二年生からだから、六年間か……長かったなあ」

「ハッ……刀一本でどこまで変わるか……こいや」

「……ハァ……分かったよ。僕自身、自分がどれくらい刀術を扱えてるのか知りたかったしね……」

 

 ざり、と、互いに距離を取り、じっと相手を見つめる。僅かな隙も見逃さないよう、じっと。静寂が辺りを満たし、数秒。爆豪の足元の砂が微かな音を立て、それが合図となった。

 

「っるああああァァァ!!」

「……っ、フ!」

 

 両の掌を激しく爆発させながら、爆豪が緑谷に飛びかかる。それを緑谷は木刀を斜めに切り上げる事で牽制し、さらに完全に振り上げる前に両手持ちから方手持ちへと木刀の握りを変え、横凪ぎに木刀を振るう。

 

「──心月流抜刀術」

 

 木刀で空気を切り裂き、多少の風を起こした緑谷は、さらにそこから一歩踏み出す。

 

「……壱式」

「っ、クソが!」

 

 回避に気を取られた爆豪だが緑谷のその言葉と動きを見逃す事はなく、掌を緑谷に向ける。

 

「食らうかボケがァ!」

「破岩菊一文字!」

 

 爆豪の掌から飛び出した爆風を切り裂くようにして、猛烈な勢いで相対距離を詰めた緑谷はそこから神速の抜刀術を放つ。木刀の軌跡が残像として見えるほどの速度で叩き込まれるそれは、しかし爆風と同時に地面を蹴って後方に飛び去っていた爆豪にはほんの少し、届かない。

 

 ──否。爆豪の髪が数本、はらりと宙を舞った。

 

「……それが、テメエのつけた力か」

「僕なんてまだまだだよ。全部で八式あるのにまだ参式までしかまともに使えない」

「ハッ、そうかよ!」

 

 次も、爆豪が先に動く。再び納刀した緑谷に目掛けて先程と同じく両手を爆発させ飛びかかり、片手を前に出す。

 

「っ、壱式」

「何度も出させる訳ねえだろが!」

 

 緑谷が下半身に力を入れた瞬間、爆豪は両の掌を下に向け、大爆発と共に勢い良く跳ね上がる。その爆音と衝撃に緑谷の姿勢が一瞬硬直し、そこに落下の加速度と体重と数度の小爆発の勢いを全て乗せたダブルスレッジハンマーが振り下ろされた。緑谷の頭を目掛けて振り下ろされたそれは、緑谷自身が僅かに身を反らした事で左肩付近に当たり、鈍い音を響かせる。

 

「ったぁ!?」

「痛がってる暇ァあんのかゴラァ!」

 

 右肩に当たった拳を、爆豪が開く。そこからは、何かの液体が僅かに溢れた。

 

「死ねや!」

「やり……っすぎだろ!」

 

 本来、掌に僅かに滲む程度で大きな爆発をする爆豪の爆発汗。爆豪は両の掌を合わせ密封し、その中心にできる空洞に貯めるような形で汗を分泌していた。ダブルスレッジハンマーの際に、小爆発を何度も伴っていたのはある種のフェイクであり、これこそが本命であったのだ。

 

爆発金槌(インパクトハンマー)!」

 

 カッ、と一瞬爆豪の両手が大きく光り、その後光は巨大な衝撃となり緑谷の身体を吹き飛ばす。その衝撃になす術なくゴロゴロと地面を転がった緑谷は、頭蓋に警報のように鳴り響く耳鳴りを努めて無視し、爆豪の追撃を受けないように木刀を手放して地面を転がり続ける。

 

「鼓膜破れるかと思った!」

「破れろ」

「酷くない!?」

「うるっせえなァ! 何ならもっペんぶっぱなしたらあ!」

「鬼かよ!」

 

 ドン、ドンッと爆発と共に追撃してくる爆豪から逃げる緑谷だったが、地面を転がるのと歩くのではどうしても早さに違いが出る。遂に射程圏内に標的を捉えた爆豪が凶悪な顔で緑谷にその手を振り下ろす……が、緑谷がそのまま爆破を受けることは無かった。

 

「それを……っ」

「ッ!?」

「待ってたんだッ!」

「ッガファ!」

 

 振り下ろされる爆豪の腕。その腕に、緑谷が蛇を彷彿とさせるような動きで腕を絡み付かせ、地面に向かって引っ張る。そうして体勢を崩した爆豪に対し、腕を引いたまま緑谷は頭部に回し蹴りを命中させた。爆豪が身をよじったためクリティカルとはいかないながらも強烈な衝撃を与えることに成功した彼は、しかし追撃を行うこと無く爆豪の腕を離し、素早く構えを取り直した。先程とは違い、ボクシングを彷彿とさせるその構えは緑谷の無手における基本スタイルである。

 

「ってえ……何だ、今の動き」

「……対人制圧高等白打、『吊柿』。相手の四肢に自分の手足を絡み付かせて固定し、その場所を攻撃の起点とする事で変則的かつ予測のしづらい攻撃を与える……近所の野良猫に教えてもらった」

「マジか……ったく、やりづれえな……テメエは。どんだけ引き出しあんだよ」

 

 爆豪の言葉に、「どうだろうね」と言った後、緑谷はニヤリと笑った。そして再度拳を構え直し、今度は先程とは逆に緑谷が爆豪に飛びかかる。爆豪も、両手を激しく爆ぜさせながらそれを迎え撃とうとし、

 

「おーい、君達」

「先生! あ」

「んだクソネジ邪魔あ」

 

 玄関から聞こえたシュタインの声に反応し、その瞬間ピタリと止まる二人。それを見て鼻を鳴らした少年は、玄関をこえ、庭を歩き二人に近づくとぺしりとその額を叩いた。

 

「二人とも、それ以上はやりすぎ。朝十時に出して良い音を越えてるぞ」

「……チッ! 邪魔すんなやクマ野郎……」

「あー……ありがとう人使君。今完全に前しか見えてなかった……声真似上手くなったね」

「まあ同性相手ならね。異性を真似するなら専用装備がいるけど」

 

 少年……心操は、そう言って、確かな自信を感じる笑みを浮かべた。

 

 

 

 心操人使の休日は割と早い。というか発目以外の三人は総じて毎日起きるのが早い。発目は寝ない。

 

 心操の一日は自宅のクローゼットに防音加工を施した、自作のトレーニングルームでのボイストレーニングから始まる。

 

 携帯を使い動画サイトを漁り適当に選んだ動画内で話している人の言葉を、その人の声を発音やイントネーションに気を付けてトレースする。それを録音し、自分で聞く事で直すべき発音の箇所を把握し、次の動画へ。決して同じ動画は繰り返さない。実践でもう一度は無いのだから。

 

「……ん、んんっ。まあこんなもんかな。後は……まあ朝飯食って、博士のところ行こうかな。明に変声機の進捗を聞いて……後は適当に海岸でごみ運びでもするか……出久が居れば組手の相手してもらおう」

 

 そう決め、両親が土曜日も共働きなので自分で用意した簡単な朝食を食べ、動きやすい服に着替えてから外に出た。

 

 シュタインの研究所へ向かうべく街中を歩いている心操。そんな彼に声を掛ける人間が居た。

 

「……ん? おーい! 心操!」

「……? ああ、切島か」

「おう! なんか久しぶりだな、こうやって話すの」

「別のクラスになったしな……」

 

 心操に話しかけたのは、ゴワゴワした黒髪と目元の古傷が特徴の少年。名を切島鋭児郎といい、中学に入ってから心操に躊躇い無く話しかけてくれた珍しい人物の一人である。どうやら彼はランニングの途中だったらしく、首に掛けたタオルで額に浮いた汗を拭っている。そんな彼は一瞬気遣わしげに心操の顔を見やり、それから気まずそうに話し始める。

 

「……あの、さ。いや、疑ってる訳じゃねえんだけど」

 

 そんな話し始めに何となく嫌な予感を感じた心操。だがその予感を何とか飲み込んで、続きを促す。

 

「……何?」

「同じクラスの女子に催眠かけて家に連れ込んだってマジか?」

「マジなわけ無いだろ」

 

 そう言った心操は思わず切島の頭をはたく。はたかれた切島はしかし心底安心した顔でニカリと笑った。

 

「やっぱそうだよな! あー心配して損した! いやお前はそんな事しねえって信じてたぜ? そこは当然だ!」

「ああ……ありがとう……あのさ、それどのくらい広まってんの?」

「……あー……俺が知ってるだけで、たぶん学年中」

「マジか……」

 

 がくりと項垂れる心操。例え目立たないようにしていてもちょっとしたことで広まってしまう悪評に、心操は久々に自分の個性を呪った。

 

「あー、ドンマイ! そのうち良いこともあるって!」

「なら良いけどな……はぁー……で、お前は何してるんだ。いや分かるけど」

「ああ、勿論体力作りだ! 小学校の頃からの日課なんだよ!」

「なるほど……偉いな」

「そうか? 俺はお前のがスゲエと思うけど」

 

 話をしながら少し歩き、二人はそれぞれ自販機で缶コーヒーとスポーツドリンクを買って、歩道脇の手すりに腰かける。

 

「やっぱり……ヒーロー科に入るのか? お前は」

「おう! 昔からの夢だからな! 俺は男気溢れるヒーローになるんだ!」

 

 ぐっ、と拳を握りしめ、輝く瞳でそう語る切島。それを見た心操はかつて本人から聞いた夢の原点を思い出す。

 

「……紅頼雄斗、だったか?」

「そうそう! で、お前もか?」

「ああ……昔はアレだったけど、もう迷わない。俺はヒーローになる……だから、お前とはライバルだ」

「へっ、望むとこだぜ! ……で、お前は高校どこ受ける予定なんだ?」

「何か状況が変わらなけりゃ、雄英だよ」

「……へえ! さすがだな心操!」

 

 心操が雄英と言った瞬間、切島の表情が僅かに曇る。心操はそれを見逃しはしなかったが、あくまでもそれなりに親しい友人というレベルである自分に踏み込める話題かどうかは判別を付けられなかったためそれを追求する事はしなかった。

 

(多分、今のは出久なら躊躇い無く踏み込んだんだろうな)

「ん、どうした心操?」

「いや、何でもない……にしても、お前汗引かないな。どれくらい走ってたんだ?」

「五時からだから、三時間だな!」

「やるな……」

「あ、そういや心操勉強できたよな? 俺、お前以外に頭良い知り合いいなくてさ。今度教えてほしいんだけど」

「ああ、良いけど。どのへん?」

「こないだ数学でさ……」

「ああ、あれね。あれは解説見てもわかんねえよなあ……」

 

 何だかんだと話す内に時間は過ぎ、切島は体が冷えてきたと言って軽く体操をし、また走り去っていった。

 

「んじゃあまた昼休みにでもそっち行くわ! 頼む!」

「分かった」

 

 自販機の横にあるゴミ箱に缶を投入し、軽くその場で伸びをしてから再び研究所へ向けて歩き出す。が、少しするとまた違う声に呼び止められた。と同時に背中に軽い衝撃。

 

「しーんーそーうっ!」

「う……芦戸か」

 

 目下心操の天敵、クラスの人気者である芦戸が心操の両肩に飛び付くようにしてそこに居た。

 

「芦戸だよー! 昨日はありがとうね、心操! 楽しかった! 明ちゃんにも伝えといて! あと緑谷と勝己くん」

「そりゃあ、良かった……伝えとくよ」

「……何か元気ない?」

「お陰さまで……」

 

 芦戸を背後霊として背負ったまま、ほぼ無視する形ですたすたと歩き続ける心操。しかし生来の律儀さゆえ、芦戸が矢継ぎ早に出してくる質問につい答えてしまう。そうやって仲良く(?)歩いていると車道を挟んだ反対側の歩道に『ヤバいものを見た』とでも言いたげな顔をした心操のクラスメイトの女子が居た。心操と目が合った瞬間に逃げられたが。

 

(この女と知り合ってからたった二日でどんどんドツボにハマっていってる気がする)

「心操、どしたの?」

「何でもない……芦戸は何か用事があるんじゃないのか?」

「え? あ! そうそう! 欲しいCDが今日発売なんだった! 早く行って並ばなきゃ! じゃあね心操! また遊ぼうねー!」

 

 用事を思い出した途端にパッと心操の肩から手を離し、その場を走り去る芦戸。それを見た心操は、深い深いため息を吐いた。

 

「学校行きたくねえ……」

 

 どうにかして折寺に転校できないか。心操の心は真剣にそれを考え始めた。

 

 

 

「……て事があったんだよ。どう思う?」

 

 フォークとナイフを持った手をしばらく止めていた四人の男女が、再びカチャカチャと手を動かしてホットケーキを切り始める。

 

「テメーの評判くらいテメーで管理しろや」

 

 爆豪は無駄な時間を使ってしまったとでも言いたげな表情でホットケーキの上にボイルエビ、チーズを乗せ、チリソースをかける作業に戻った。

 

「とりあえず解体(バラ)したら良いんじゃない? おすすめの子とかいる? 最近は異形型がマイブームなんですケド」

 

 シュタインはバターも付けずに手掴みで焼きたてのホットケーキを二枚重ねにして齧っている。その間も机に置いた何かしらの書類からは目を離さず、心操のした話にも新たなるモルモットの情報程度の反応しかしなかった。

 

「そんなどうでも良い事より変声機の着け心地どうです? 物が食べにくいとかありますか?」

 

 一応これが昼飯だというのにホットケーキに生クリームとチョコレートソースを良い感じにトッピングする事に情熱を捧げる発目に至っては、心操の悩みを『どうでも良い事』と完全に一刀の下に斬って捨てた。

 

「……た、大変だね……頑張ってね」

「これだけ人がいて俺の味方は出久だけなのか」

 

 緑谷はレタスだの昨日焼かなかった肉だのケチャップだのの冷蔵庫にあった余り物を駆使して巨大なハンバーガーを作成していた。それを見ながら溜め息を吐いた心操はごく普通にホットケーキにバターを乗せた。

 

「あ、人使君ソーセージいる? 余っちゃって」

「ありがとう。貰うよ」

「チョコソースいります? 余っちゃって」

「ありがとう。いらん」

「デク、肉よこせ」

「かっちゃんまだ盛るの?」

「賑やかだねェ……」

 

 時刻は昼過ぎ。出久の作ったホットケーキに、各々が冷蔵庫から適当に取り出して解凍したり湯煎したりした具材を適当に乗せて食べるという昼食を取っている。

 

「二人は午後からどうするんだ?」

「あ? ……海岸だな」

「僕もゴミ運びかなあ。今週と来週は教頭先生来ないって言ってたけど、定期的に掃除しないとすぐゴミが運ばれてくるし……久々に『発目六号(リヤカー)』の出番かな」

 

 緑谷が発目謹製の多機能超重量ガチタンリヤカーの名前を出すと、チョコソースホットケーキにがっついていた発目がガバリと顔を上げ、自慢げに指を振った。

 

発目六号(リヤカー)ならこないだ発目七号にアップグレードしましたよ。装甲がまたさらに分厚くなりました! さらに小型発電機搭載、それに内蔵していたバッテリーもさらに大型になり、走行中には風防が内部から飛び出すギミックが」

「要するに重くなったんだろ? よくやるよいだだだだだだだ!!」

「違・い・ます! 要さないでください! 今回はジェット噴射による桁違いの推力を」

「明ちゃん!?」

 

 心操の頬をつねりながら発表された、発目のあまりにもアレすぎる開発内容に緑谷が(何時ものように)叫び声をあげると、発目は「安心してください」と緑谷に手のひらを向けた。しかしその顔はたいそう不満げで、

 

「搭載実験中にエネルギーが高すぎて爆発したので搭載は見送りました」

「明、どこでやった?」

「夜中の海岸ですおじさん」

「なら良いか」

 

 失敗したらしい実験を不満げな顔で語る発目と、咎めるように声を掛けるも多少の配慮を感じとるとすぐに矛を納めるシュタイン。そんな研究者親子に爆豪がキレた。

 

「良くねえわ砂浜の爆発跡テメエかクソ女アアアアアア!!!!!」

 

 爆豪は自分がよくトレーニングで出入りしている砂浜についた巨大な焦げ跡を作った犯人が目の前の発目と知り激怒。まあ下手をすれば爆破の個性を持つ自分が濡れ衣を着せられるところなので今回の怒りは正直正当である。珍しく。

 

「ウフフフフフ心配ありません常にドローンを使い周辺に人が居ないことは確認していました……それによく言うじゃないですか。『バレなきゃ犯罪じゃない』って」

「明ちゃん、迷惑行為もその隠蔽も犯罪だよ……あと、日中は大体僕らと一緒にいるし、その実験したのは夜だよね? 今度から夜に出歩くときは僕も連れて行って欲しいな……やっぱり危ないしさ」

 

 爆豪の怒りの叫びにはまるで反応しなかった発目だが、緑谷が優しく諭すと居心地が悪そうに少し首を竦めた。

 

「……ね?」

「……ハイ、次から気を付けます」

「うん。ありがとう、明ちゃん」

「……うー……」

 

 大人しく頷いた発目にニコリと人の良い笑みを浮かべる緑谷。その顔を見た発目は目元をほんの僅かに赤く染め、か細く唸りつつ照れ隠しのようにホットケーキの解体作業に没頭する。尚、爆豪は自分と余りにも違う扱いの差にキレる寸前であった。

 

「~~~~っそがぁ……!」

「諦めろ勝己。明の中での存在のウェイトが違いすぎだ」

「明にちゃんと言うこと聞かせられるのは、僕と出久だけだからねえ」

 

 爆豪は納得いかねえ、とばかりにスタミナ系ホットケーキをガツガツと一気に掻き込み、洗い場に食器を持っていってから外に行く準備を整える。それを見た心操が三枚目のホットケーキを牛乳で飲み込み、食器を持って席を立った。

 

「勝己、海岸だろ? 俺も一緒に出るよ」

「……早よしろ」

「僕も片付けと掃除が一段落ついたら向かうよ」

「来んな」

「え、出久さんが行くなら私も」

「来んなや! 殺すぞ!」

「えー」

「いや、勘弁してやれよ明。それ以上やると勝己禿げるぞ」

「テメエもぶち殺したろか……!」

 

 凄む爆豪と流す心操。それをもはや見てもいない緑谷と我が道を行く発目。ちぐはぐなようでいて実際ちぐはぐな四人を見て、シュタインはゆっくりと食後の緑茶を啜った。

 

「青春してるねえ」

 

 ちなみにこの後、爆豪は発目を研究所に留めきれずに海岸への到着を許し、共に居た緑谷、心操の二人と共に発目の新開発した非殺傷ベイビーである電磁パルスマシンガン『アラキデ』の実験台となってしまうのであった。

 

「ま、威力と連射性には問題なし。課題はやっぱりエネルギー消費ですねえ。こんなにバカスカ消費してたら携行できない……ただこの速射性は見逃せない利点なんですよね。けど重いし。所詮は試作ですから改善していけば良いかなってのは良く分かってるんですけどやっぱり至らぬ所が多いと何とも言えませんね」

「大型のバッテリー一つ分でおよそ三十発かあ。確かにマシンガンを名乗るわりには少ないね。ライフルならまあそれでも良いだろうけどライフルって威力でもないし、射程も短いしね。ただ集弾性がそこそこだから屋内でのヴィラン鎮圧なんかには使えそうかな? ちょっと見た目が物騒すぎるけど防犯系としてはそれもアリなのかもしれないし。でもまあ許可が降りるのかなあ。完全非殺傷型だし弾薬費も少なくて済むし、悪くないんだけどな」

「……いつか殺す……」

「……あああ……クソ……まだ痺れてる……」

 

 電磁波によって体が麻痺した三人が浜辺で寝転がっている。一人は悪態をつき、一人は痺れた手足を振って感覚を取り戻そうと躍起になり、また一人は寝転んだまま最愛の彼女であり全ての元凶の少女と狂気の改造計画を話し合っていた。

 

「……うーん、むしろ装弾数とかそこら辺を全部考えずに一撃の威力と範囲を求めるとかは? 一撃必殺でさ」

「!!!!! 良いですねそれ良いですね! ウヒョー!」

「止めろやクソ共が!」

 




アラキデ

アーマードコアVにおける武器、パルスマシンガンの一種。アーマードコアに出てくる武器の中でパルス系武器だけが現代科学で仕組みを説明できないとどこかで聞いたような。こうやってアーマードコアのネタを仕込むことによってなんやかんやでアーマードコアの新作が出る…といいなあ。

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