☆
「ついでにそこの縮れ毛のき、み……」
振り返ったガタイの良い青年は、緑谷……の二つ隣に居る爆豪に気付いてしまった。
「……えぇ!?君、あの時、ばくごっ、やっ、君推薦落ちたのか!?あれだけの成績で!?あんなに他を圧倒したのに!?」
「うるせぇェ殺すぞ…………!」
「その言葉遣いだろう!明らかにその言葉遣いだろう!落ちて尚改善の努力が見えないぞ!」
『あー、積もる話は後にしてもらっていいか?』
「……ハッ!申し訳ありません!」
☆
くぅ……これ本編でやりたかったッス……!
今回のあらすじ
発目が暴走をしている
「あ、あの雲見てよ、正三角形」
「おー、マジだ……あ、アレなんか魚っぽくね?」
「え? どれどれ?」
「あの、あそこの……ほら! アレ! ほらぁ!」
「わぁ、ホントだー! すごーい! 背びれもあるー!」
試験会場となる、模擬市街地の入り口に座り込みながら、緑谷と(ヤケクソ気味の)切島は空に浮かぶ雲を指差してキャッキャはしゃいでいた。
周りはピリピリする受験生の中、その二人はあまりにも異彩を放っている。
先程マイクに質問をしていた眼鏡をかけた青年や、緑谷に校門前でビビらされていた茶髪の少女も、その二人の呑気さについ視線を取られていた。
「……おい、アイツさっき注意されてた奴だよな」
「正門前でズッコケてんの見たぜ」
「とりあえずライバルは一人減ったな。いや二人か?」
ラッキー、と周囲が考えている事などつゆ知らず、緑谷はベルトに着けたガンホルダーを確認しながら切島を見る。
切島は、今回の試験が仮想ヴィランの破壊のみである事を鑑みて戦闘用のB装備を身に着けていた。
B装備は発目の浪漫と殺意の煮凝りとも言える物であり、切島の防御力を活かすように背面に装着された装備群は彼の体の厚みを五割ほど増したように錯覚させる。
「ねぇ切島君、もしよければ
「アン? 別に良いけど……何するつもりだ?」
「いや、イザとなったら切島君を武器にしなきゃいけない状況が来るかもしれないし……」
B装備は基本的に切島の単身戦闘の為の装備であるが、S装備は主に切島に加えて一人から三人いる事が前提の装備が多い。
例えばかつて出ていた切島を猫車にする為のアタッチメントは切島一人では当然意味がないし、切島を超重量鈍器とする為の『キリシマエッジ』アタッチメントも装備する者が居なければ意味は無い。投石機にする『エイジカタパルト』アタッチメントも、『頼雄斗シールド』アタッチメントも『キリシマバギー』アタッチメントも全て同様である。
ちなみに上記の人権を全く考慮していなさそうなアタッチメントシリーズで切島の許諾を得て作成されたものは、当然ながら一つも無い。
「……………………まァ、良いけどな」
かなりの葛藤を経て、渋々とアタッシュケースを渡す切島。
常日頃から『いざ』はいつ起こるか分からないと教えられている故の思考であるが、嫌なもんは嫌である。
「ありがとう。けどまぁ、そんな何もないとは思うけどねー」
「はー、早く始まんねえかなぁ……眠くなってきた」
冬とはいえ日の差す午後は普通に暖かい。
周囲に人が多い為二月の肌寒さも和らいでおり、体育座りをしていた切島はついにゴロンと寝転がってしまう。
それを見た緑谷もまた体育座りから大の字へと体勢を変えた。
「いい天気だ……」
「あー……寝そ……」
と、そんなやる気の欠片も無いような行動をしていればそれを目につける人間も出てくる。
そしてそれは、先程も緑谷を注意していたガタイの良い眼鏡の青年であった。
「……そこの君!」
「え、僕かな?」
「そうだ!」
青年に呼ばれた緑谷はムクリと起き上がり、あぐらをかいてアタッシュケースをその上に置く。
「えーと……何かな?」
「先程から見ていれば君等は緊張感というものが」
『はいスタート!』
ガンッ!! と、まるで硬い岩同士をぶつけたような轟音が鳴ると同時に青年の目の前から先程のトボけた二人組の姿が消えた。
「…………え?」
『どーしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れ!』
「ッ!」
スピーカーから聞こえた声に泡を食ってその場にいた者が走り出し、会場に雪崩込んだ先で、彼らは見た。
「ドァァァッシャアィ! 入れ食いだぜおらァァァ!!」
全力で仮想ヴィランの胸部に貫手を突き込むゴワゴワの青年と……
「
仮想ヴィランの身体に登って両腕に仮想ヴィランの首を抱え、肩部に足を掛けて、全身のバネを使ってそれをぶっこ抜くモサモサの青年を。
同時刻。雄英高校視聴覚室A。
「ヘベフゥッ!? ゲホ、ゴッホ! ゴホ! ゲッホ!」
「!? ……大丈夫ですか、オールマイト」
「へ、平気平気、ちょっと噎せただけ……」
視聴覚室の空中スクリーンを見ていたオールマイトが急に咳き込み、偶然隣にいた相澤がその背中を擦る。
今現在、雄英教師陣は七会場で行われている試験の監視兼採点を行っている最中であった。
とは言え採点はこの後も録画映像を使い何度も何度も繰り返し審査される為、ほぼ監視が主である。
背中を擦ってくれた相澤に軽く礼を言い、オールマイトは口元を押さえながらもスクリーンを見る。
「……しかし、今年は豊作というか……とんでもないのが多いですね」
「あぁ……そうだね」
『複数のモニター』に映る映像に半ば放心状態の教師陣や、泣きながら腹を押さえてリカバリーガールにしがみついているパワーローダーも今の彼の目には入らない。
……彼の目に入っているのは、スケートでも滑るかのように地面を移動しながら撫でるようにヴィランの首を落とす桃色の少女……ではなく。
姿を追っているカメラが見失うほど凄まじい勢いで、仮想市街地を縦横に駆け抜け爆炎と共にヴィランを文字通り『粉砕』する少年……ではなく。
命の危険がある状況に陥りパニックになる、覚悟の足りない受験生を(恐らく個性をもって)統制し迅速に避難をさせるという一歩間違えば
恐らくは身体を硬くする、防御力のみが取り柄の個性にも関わらず、全身に身に着けた装備により一騎当千の活躍を見せる攻防揃った少年……でもなく。
「……オイオイ、無個性ってお前……いや、嘘だろ?」
「一体何やらせれば十五歳でこんな動きになんのよ……シュタイン……!」
『……ッヅァァァアアア!!!! まだまだァ!』
『オウ緑谷ァ! 俺もう四十ポイント行ったぜ! お前は!?』
『そんなの数えてらんないよ! とにかく動いてる奴全部潰す! 話はそれからだ!』
『ッグ……漢らしいなチクショー! 俺も数えんのは止めだ! はァァァ!!!』
そう。緑谷だ。
……緑谷出久。
かつて、オールマイトが『無個性には危険すぎる仕事だ』という理由で、『ヒーローに、ならないで欲しい』と願った少年。
その少年が今モニターの向こうで、無個性のまま仮想ヴィランの首を引き千切り、その首をバットにして他の仮想ヴィランの首をボールのようにカッ飛ばしている。
『緑谷ァ! アッチに敵の軍団!』
『よし! 切島君! ここは
『よし来たライオタイ……なにそれ????』
切島と呼ばれた戸惑いを見せている少年の両手首を握った緑谷は、そのまま仮想ヴィランの群れに突っ込んでジャイアントスイングのように切島をグルグル回し始める。
『切島君脚部ブースターをオンだ! オオオオォォォ合体必殺ッッッ!!!』
『うおぉオッケー! ヌオオォォォ! ライオ……タイフーンンンンァァァア!!!!』
緑谷の並外れた筋力が生み出す回転力と、打撃力を確保するために切島の脚部に装備された発目謹製の小型電磁ブースターの推進力によりその場で即興の回転刃と化した切島は仮想ヴィランの群れを次々裁断する。
『必殺ライオットリリース!』
『え!? あ、ギャァァ!!』
最後に残った三ポイントヴィランに切島を投げ飛ばし、ミサイルコンテナに突き刺さり爆発に巻き込まれる切島を横目に見つつ緑谷はヴィランの残骸から鉄板を二枚剥ぎ取り、少し遠くに居た三ポイントヴィランに、フリスビーのように投げた。
投げた鉄板は見事にヴィランのミサイル部に突き刺さり、その機能を停止させた。
『俺じゃなかったら三回は死んでる!』
『けど切島君なら傷一つ負わないでしょ? その硬さ、信頼してるから無茶もするんだ』
『おぅ? …………オウ……ヘヘッ、しゃーねぇな! あ、今のどっちのポイントになると思う?』
『さぁ、どっちだっていいよ。まだまだ点は取るしね!』
『……ッカァァ!! 漢かよ!』
『男だよ』
…………どう見ても、緑谷出久だ。自分の印象よりも大分パワー系の振る舞いをしているが、あんなにも印象的な少年を見間違える訳が無い。
「……大丈夫ですか? 先程から調子、悪そうですけど」
「あぁ……君は、あの子を見てもあまり驚いていないね……?」
「えぇ、まぁ。知ってましたので」
腰に挿している銃を一切使う素振りすら無く(緑谷の銃は生命体にしか効果が無いのが理由なのだが)、ヴィランの残骸を投げたりサッカーボールのように蹴っ飛ばして遠距離攻撃を行う、その異様な光景に相澤は虚無を瞳に写しつつ溜息を吐いた。
「……ご存知ですかね、昔イギリスで数多のヒーローを文字通りに蹴散らし、数年間だけ英トップヒーローとなった男」
「……Dr.シュタイン。高校時代、雄英に在学していた事で有名になったね」
ヒーロー自体はどこの国にも居るものの、それを運用するヒーロー制度は各国によって違いがあり、諸外国と日本の最も違うと言える所は『ヒーロー同士が戦う』事が厳格に禁止されているか、そうでないかと言う所だ。
米国を始めとしたヒーローの本場とも言える所では、ヒーローはただ街を守る為に武力を使うのではなく、一種の民衆のガス抜きとしてヒーロー同士でルールを定められた上で戦う事が往々にしてある。
そうして『スポーツ』となったヒーロー同士の戦いは、不慮の事故はあれどヴィラン退治とは違い誰も犠牲者の出ない戦闘としてカジュアルに楽しまれる傾向にある。
シュタインはそのスポーツにおいて英国内でほぼ負け無しの戦績を誇り、その戦績でもってトップヒーローとなったのだ。
「数年で引退を宣言して、その後は足取りが掴めていなかったけど……まさか」
「ええ。今は日本に帰化し、日本人に……十年以上前からあの緑谷の生まれ、折寺市で暮らしてます」
「……つまり」
「えぇ、緑谷は十年以上トップヒーローからマンツー指導を受けていたという事です……大丈夫ですか」
オールマイトは視聴覚室の床にしゃがみ込み、膝と膝の間にはぁぁぁぁ………………と深過ぎる溜息を吐いていた。
「……うん、大丈夫……ちょっと……自分の恥ずかしさというか……やってたことがどんだけ的はずれだったのか……っていうか……」
「……はぁ」
「前にあの緑谷少年と話す機会があってさ……言われたんだよね、無個性でもヒーローになれますかって」
「………………あぁ、それは」
そこから先を察した相澤は黙ってモニターに視線を向け直した。
ちょっと、掛ける言葉が見つからなかった。
「そろそろ押しちゃうのさ! やる気スイッチ!」
校長の声が視聴覚室に響き、歓声が上がる。
「……ほら、巨大ヴィラン出ますよ」
「ウン……」
(この人割と打たれ弱いな)
「やる気スイッチ〜〜〜〜…………」
「「「オーン!!!」」」
キャッキャ騒ぎながら押されるやる気スイッチ。
そのスイッチにより、〇ポイントヴィラン……
しかし、その規模は『虫』と言うには、あまりにも……
『……デカすぎんだろ』
約二十メートルはある、見上げるほどに巨大な『お邪魔虫』を目にした、どこかの会場の受験生の声がマイクに拾われスピーカーに流れる。
「……脅威を前にした、人の行動は正直……か」
「えぇ」
二人が見るモニターには、〇ポイントから逃げる人の波に逆らって、常人では中々出せない速度で疾走する緑谷と、それに追従する切島の姿が映っていた。
その先には、怪我か何かをして〇ポイントから逃げ遅れている少女が居る。
『ねえそこの茶髪の子! 大丈夫!? 怪我は!?』
『足挫いてねえか! 頭打ってねえか!』
『……え、なんで!?』
巨大ヴィランの目前で足を取られてしまい、転倒した少女。
痛む足を庇いつつ起き上がった少女は、その場に唐突に風のように現れた二人の少年にいきなり身体を心配され、若干パニクっていた。
『大した怪我はなさそうだね……じゃ、僕らアイツに用があるから!』
『お互い頑張ろうな!』
少女にそう言ってから彼女に背を向け、巨大ヴィランを正面に睨み気合を入れている切島。
彼は無言で腰部のユニットを起動する。
『緑谷、一応言っとくけど十秒も保たねえぞ』
『分かってる』
背中に背負っていたアタッシュケースを地面に下ろし、中に入っていたものをガチガチと切島の身体に装着している緑谷は切島の言葉にそう返し、それから巨大ヴィランの足元に向けて疾走していった。その手にはワイヤーが握られており、それは切島の胴部に繋がっている。
『……な』
『うん? あぁ、まだ居たのか? 早く行かねえと仮想ヴィラン全滅するぜ?』
『……君らは、何でココに
呆然とした表情で巨大ヴィランを眺めながら、絞り出すように少女がそう呟く。
切島はそれに鼻を鳴らして、腰部ユニットから左右に向けて三本ずつワイヤーを射出した。
計六本のワイヤーの内二本は両脇のビル外壁に突き刺さり、残る四本は地面に深く食い込んだ。
『何でって……これが当然だって教えられてるからな』
『……教え……られてる』
『おォ。だってよ? もしこの試験場が普通の街で、ロボを操る個性のヴィランに襲撃されてるんだって考えりゃ、よ』
全ての準備が終わった切島は、自分の二十倍近くある巨体に向け、ファイティングポーズを取る。
『ここで
………………瞬間、踏み出された巨大な足が、切島の胴を強かに打ちのめす。
『ホンッギッ…………ッッッ!!!!』
幾ら彼の個性が防御向きと言えど。幾ら頑丈なワイヤーで身体を固定しようと。
『あぁやっぱ無理だごめん緑谷三秒保たねえぇぇ!!!!』
流石にセンチで測られる人間とメートルで測られる巨大仮想ヴィランではスケールが違い過ぎた。
ピョン! ピョン! と甲高い音を立て地面に刺さったワイヤーが二本切れる。
『ん!? オイお前! 早く逃げろよ! 吹き飛ばされっぞ!』
『で、でも! 私だけ逃げるとか!』
『いいから逃げろ! 俺が踏ん張ってるうちに! あ、踏ん張ってたら屁出た! スマン! ってかマジもう無理ィィィィ!!!! 早くしてくれ緑谷ぁぁぁぁ!!!!』
と、かなりの修羅場になっている所で周囲がざわめいている事に気がついたオールマイトは、一度スクリーンから視線を離して隣の教師と何かを話し込んでいた相澤に声を掛ける。
「相澤君、何かあったのかい?」
「えぇ、Fグループの試験場で予備格納されていた〇ポイントが動いていて……あの試験場だけ巨大仮想ヴィラン二体になってるんです」
なんで? と首を傾げるオールマイトの後方から、「映像出します!」と声が掛かり、他のスクリーンの上に大ウィンドウでその映像が映し出された。
『アッハハハハハ!!!! んンパゥワァァァァアアアアア!!!! アハハハハハ!!!!』
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!! 発目明だぁああ゛あ゛あ゛!!!!」
スクリーンに大写しになった絶世の美少女の姿に、パワーローダーの魂の叫びが視聴覚室中に響き渡る。どうやら彼女は〇ポイントヴィランの頭部辺りに陣取っているようで、彼女の後ろには疲労困憊の男女の姿があった。
「あれは?」
「えー……受験生ですね。女子の方が拳藤一佳、男子の方が峰田実だと思われます」
「音声もっと上げてくれ。あとパワーローダーを医務室に」
「はい!」
地上数十メートルの不安定な足場でガイナ立ちをキメる発目に、その腰に掴まって必死に何事かを叫ぶ拳藤。四つん這いでバランスを取りながら世界の終末を前にしているような表情の峰田。
『さぁゴーです〇ポイントのやつ! 同型仮想ヴィランをぶっ潰しちゃって下さい! ヒョー! リアル巨大ロボット戦! ウヒョー! 滾るっ!』
『ねぇ発目! アタシらこれ失格になんないよね!? ねえ失格になんないよね!?』
『うわァァァァァ!!! オイラはここで死ぬんだァァァ!!!』
『ちょっと、峰田黙れ!』
なぜこんな事になっているのか。
その発端は、実技試験開始前まで遡る。
実技試験開始直前。
「失礼! 少しお話聞いて頂けませんか!」
「っわ、何?」
試験前に精神集中を行っていた少女、拳藤はいきなり眼の前に現れた謎の美少女に度肝を抜かれていた。
拳藤自身も(自意識は然程無いものの)明るい橙髪とそれに似合うサッパリした顔立ちの美少女なのだが、今眼の前にいる金色の瞳をキラキラと煌めかせ、ニコニコと笑顔でこちらを眺める桃色髪の少女は色々と別格な気がした。
「貴女しばらく観察させて頂きました! 何らかの武道を学んでいるその立ち居振る舞い! 周囲をそれとなく観察する視野の広さ! 素晴らしいですね!」
「……あぁ、どうもありがとう?」
「私ですね! 個性が『ズーム』と言いまして! 端的に言えば眼が良い個性なんですけれども! 戦う力が無い訳です!」
「はぁ……?」
一体何が言いたいのか、と訝しげに首を傾げる拳藤の手を取った彼女は、胸の前でグッとその手を握った。
恐らく学校指定のジャージは前を閉めておらず、薄いTシャツ越しに分かる膨らみには女性である拳藤すら目を奪われてしまいそうになるが、初対面でそんな失礼は出来ないと必死に顔に視線を集中させる。
結果、眼の前の少女は暴力的に外見偏差値が高いという事実だけが突きつけられた。
が、そんなドギマギも次の言葉で霧散する。
「と、言うわけで! この試験の十分程私の護衛をしてくれませんか!」
「……はぁ……!?」
一体何を言ってるんだこの子は。
怪訝な顔をした彼女は、それでも持ち前の人の良さから少女の手をやんわりと剥がす。若干笑顔が引き攣っているのはもうしょうがないだろう。
それ程に発目の提案は馬鹿げていた。
「えっと……それは無理かなー……っていうか説明あったけど、私が倒しても得点は私の物だよ?」
「ええ! ええ! 私は別に合格したいと思ってないので! 私は間近で模擬戦を見たいだけなのです! けど私に襲いかかってくる仮想ヴィランがいると満足な観察ができないじゃないですか! なので、お願いします!」
「ええ……?」
一体何を言ってるんだこの子は(二回目)。
そう思いつつも彼女は何とか愛想笑いを浮かべ、断ろうとする。
「あの、申し訳無いんだけど〜……」
「ヘィ、そこの彼女!」
その時、拳藤の背後、少し下辺りから声が聞こえた。
「君の護衛……何なら俺がやっても良いんだZE……☆」
「何こいつ」
拳藤は割と素の声でそう言った。
そこにいたのは、紫色の、眼の前の少女以上に不可思議な髪型をした非常に小柄な少年であった。
何やら格好良い(?)ようなポーズで格好良いような事を言っているのだが、拳藤はこの少年の視線が桃色髪の少女の胸、尻、顔の順で動いている事をバッチリ認識しており、この少年への好感度は現状ストップ安である。
……が、桃色髪の少女はそうでもなかったようで、その整ったかんばせをキラキラとした笑みで満たしていた。
「おお! やってくれますかありがとうございます! 十分間是非是非よろしくおねがいします! いやー助かりました!」
小柄過ぎる少年に視線を合わせるようにギュッとその場でしゃがんだ少女の、非常に豊かな胸の膨らみが『だゆっ』と膝に潰されたのを少年は真正面から、拳藤は横から見た。
元々動く事前提の、ジャージと綿シャツ一枚というゆるい服装によるそのダイナミック(穏当な表現)な動きは、少年には割と刺激が強かったようで、彼の視線は最早そこしか捉えていない。
「おっ……おっぱ……じゃなくておムネ、じゃない、お任せあれだぜ!」
「おお! 流石はヒーロー科受験生! 頼もしいですね!」
少年の腕を掴み、よろしくおねがいします! と握手をする少女。
手を握られている少年から、ヒーローらしからぬドス黒い波動を感じた拳藤は大きな溜息を吐いた。
こんな無防備な少女を、こんな欲望丸出しの少年に預ける事を良しとすれば、最早ヒーロー等名乗れない。
この少年とてヒーローを志望してここに来ているのだからまず無いとは思うが、もし万が一、『こと』が起こってしまえば拳藤は自分を許せなくなるだろう。
彼女はそのような思考の下、少女の肩を叩いた。
「……色々不安だから、私も一緒に行くよ」
「おお! それはありがとうございます! あ、私発目明と申します! 十分間よろしくおねがいします!」
「あーうん、私は拳藤一佳。よろしく……」
「オイラは峰田実だぜ! よろしく! なぁもう一回握手しねえか?」
もう一度あのドエロい(穏当ではない表現)動きを見ようと画策している峰田に殺意の籠もった視線を向けながら、拳藤は発目によって中断していたストレッチを再開した。
峰田は最初恐ろしい目つきをした拳藤を恐れていたが、彼女がストレッチを始めた事で(アレ、コイツも外見レベル高くね?)とゲスな思考を巡らせていた。
そして発目はというと、軽く体をほぐしたり持っていたカメラやPCの調子を確かめつつ、薄っすらとした笑みを浮かべた。
その笑顔は先程までとは違い、実験用のモルモットが自分の想定した通りの反応をする事を喜ぶような、愉悦と達成感が混じったような笑顔であった。
「んー、早く始まりませんかねぇ」
発目が眺めているPCの画面には、先程の会話の中で悟られる事無く拳藤と峰田の服に取り付けた、超小型発信機の電波状況が映し出されている。
「んふふふふ、ウフフフフフフフッ」
……………………かつて、発目がこの雄英に来た時、彼女はアルバイトを行った。
その作業中、発目は聞いていた。
あと数ヶ月で一般入試が始まるから、それまでに直したいという言葉を。
元々、発目はヒーローが活動する現場の空気を確かめる為にヒーロー科の試験を受けていた。だが、あまり得られる物は無いとも思っていた。
所詮は、優秀ではあるかもしれないがなんの教育も受けていない素人。
所詮は、そんな素人を相手取るための試験でしか無いのだから。
……けど、もし。
もし、『受験生の中でも特に優秀な者達』を『本来の試験では絶対起こり得ない修羅場』に放り込む事が出来れば? そして、それを間近で観察しデータを取れれば。
……それは、さぞや素晴らしいデータとなるだろう。
「ねぇ発目、この試験を見たいって言ってたけど、具体的に何を見るわけ?」
「そりゃあ勿論人間の限界ですよ! 一般人はどれだけの量の敵を捌けるのか? 捌ききれなくなるとどの方向から注意が逸れていくのか? 極限の危機状況で人体はどんな反応を示すのか? 人体で一番戦闘の継続に耐えられない部位はどこなのか? あれもこれもどれもそれも全部全部知りたいんですよ! それを知れば私の作る
「あ、もういいです」
勘の良い拳藤はこの時点で発目がヤバい人間である事を察したが、どれだけヤバい人間なのかは察していなかったし、発目も態々察させてあげる気も無かった。
発目がアルバイト中にパワーローダーの隙を見てリプログラミングした仮想ヴィランは、ある特定の電波をアンテナで受けるとその方向へと向かう性質となっている。
三種類のヴィランは皆第一に
が、発目の改造により特定の電波を受けるとその電波が流れてきた方向で大きな音がしているとシステムが誤認し、そちらへ行ってしまうようにされてしまった。
簡単に言えば、拳藤と峰田は試験場全域に響く爆音をジャンジャカ鳴らしながらこの試験に望む事になる、という事である。
そうなれば、無論一試験場辺り千七百人程度の受験生にそこそこ行き渡るだけの量の仮想ヴィランが街中からゾンビ映画の如く集まってくる事になる。
仮想ヴィランの第一優先はカメラなので、見つけた受験生を無視して発信機の方向に行くことは無いのだが……それでもやっている事は鬼畜の所業である。人間じゃねぇよお前。
『はいスタート!』
「あ、始まりましたね! さぁ行きましょうどんどん行きましょう!」
突如告げられたスタートの合図に、戸惑うことなくスタスタと歩き始める発目。
残された二人は慌ててそれに続く。
「ちょ、待ってよ発目! え、もう行って良いの!?」
「さっきスタートって言ってたじゃないですか。ムラサキさん聞こえませんでした?」
「いや、聞こえたけどよ! そんなイキナリ……あとオイラの名前峰」
『どーしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れ!』
発目を否定しようとした峰田に被さるように放送の声が響き、一瞬固まった三人は無言で足を動かすペースを上げた。
「お、一ポイント発見! 食らえグレープラッシュ!」
試験場に一番乗りした彼等の前に現れた仮想ヴィランの足下に紫色の球体が投げられ、それを踏んだヴィランのタイヤはそこから動かなくなってしまう。
「ヘヘッ、見たか!」
「おお……髪がくっつくの?」
「おう! 今日は絶好調だから一日はくっついたままだぜ!」
「ホウホウ! 成程、どんどん行きましょう! 時間は有限ですよ!」
発目はPC画面で仮想ヴィランがゾワゾワとこちらに集まってきているのを視認しながら、ニコニコと全てを覆い隠す可愛らしい笑みを浮かべていた。
「……そーね。よっし、行くわよ峰田!」
「おうよ!」
そう叫んだ拳藤は、自身の掌を巨大化させ仮想ヴィランの首筋辺りに強烈なビンタを与えて、その機能を破壊する。
「……うん、行ける!」
確かな手応えを感じ、グッと拳を握り込む彼女だが、その後ろで発目が自身を補足した仮想ヴィランに向かってリモコンを向けてひと押しし、捕捉を解除していた事には気づかなかった。
やはり発目には護衛等必要無いのである。
「オレンジさん頑張れー」
「拳! 藤!」
二人の活躍を見ながら、峰田が拘束したヴィランにPCを繋げ、自身の意のままに動く撮影台にして発目は笑う。
「んふー! 良いですねぇ、良い感じです!」
発目は全方位から仮想ヴィランが集まって来ている事を確認し、周囲を見渡す。
「……んー」
周囲には発目がチョイスした二人以外にも受験生が集まっており、総力戦のような様相にはなっているものの、あまり窮地に陥るといった感じでは無かった。
それもその筈、本来ならば受験生達はこの試験場全域に散らばり、同じく全域に散らばった仮想ヴィランを破壊するのだが、発目が自分勝手にアホな事をしたせいでこのFグループのみ、受験生達の活動範囲が他グループの約五分の一にまで縮小していた。
つまり受験生も仮想ヴィランも、密度五倍である。
「あーもー! 狭え!」
「なんだよ! 散れよお前ら!」
「邪魔すんな! それは俺の獲物だぞ!」
試験場が実質的に狭くなった影響で受験生同士の衝突も増え、一種の地獄が形成されているが、そんなモンは発目にとってどうでもいい。
「……んっんー、これじゃ良い感じにならないんですけど……」
そう言いつつ発目は一つのビルの壁に近付き、その壁に打ち付けられていた鉄板のネジを外す。
「PC接続、クラッキング開始っ! 完了! 格納機体全放出ー!」
そのビルは、地下に仮想ヴィランの格納庫があった。
そもそも、試験場全域に散らばる仮想ヴィランを破壊するのであれば、誰も足を踏み入れていない場所にいち早く到達できる足の早い個性の受験生が一方的に有利になってしまう。
そうなれば雄英はヒーローの名門ではなく陸上選手の名門になる事請け合いだ(超人社会で陸上選手は殆ど居ないが)。
つまり、仮想ヴィランは最初から全てが会場内に居る訳ではなく、会場各所にあるビルを模した仮想ヴィラン格納庫からランダムに放出されるのだ。受験生の事を考えれば当然の処置である。
それを、それを発目は、ビルのシステムに直接手を入れ、それを足掛かりに仮想ヴィランの定期投入システムをクラック。
投入タイミングを約一分につき一回であったところを出る予定が無かった予備機まで含め即時全放出に変えてしまった。
この試験場のみ、仮想ヴィラン総数五割増、どころか一気に投入された為この瞬間受験生を襲っている仮想ヴィランの数に限れば約三倍である。
試験はあくまでも試験でしかないと思っていた受験生に、このようなわかりやすい窮地をどうにかするだけの気概がある者は少ない。
「どーなってんだァァァ!!!」
「敵が、敵が減らないの! 倒してるのに、減らない!」
「ギャァァァ!!」
「もう無理だ! 俺は降りる!」
「助けてェェ!!」
「もうヤダぁぁ! おうち帰るぅぅ!!」
「アッハッハッハ!! ンナッハッハッハ!!!」
倒れた仮想ヴィランのメモリを次々にクラックしては戦闘映像を抽出しつつ、自身の思い通りの素晴らしい修羅場を体感できていると満足げな発目は、ビルの端末に挿しっぱなしのPCから何かの報告が来ている事に気付く。
「んん? …………〇ポイント、巨大ヴィラン……ですかぁ」
そういえばそんな事言ってたな、と発目はPCを操作し、情報を閲覧する。
「全長二十メートル……おお、これも予備機があるんですねぇ! …………」
キラキラと金色に輝いていた発目の瞳が、更に煌めきを増した。
「アァァァァ!!! 畜生! 頭皮が痛えよ!」
「叫ぶな峰田! もう山場は超えたから!」
死屍累々、体力の尽きた受験生と破壊された仮想ヴィランがゴロゴロ転がっている道路で、生き残った受験生は減ったとはいえまだまだ多い仮想ヴィラン相手に立ち向かっていた。
その中にしっかりと残っていた、頭から血を流す峰田と傷だらけの手を庇いながらも相手をにらみつける拳藤。
その二人に、発目は笑顔で声を掛けた。
「お二人共! 私ちょっと行くとこあるので、ここらで失礼しますね! お疲れ様でーす!」
「は!?」
「ハァン!?」
この大乱戦の中にあって服の袖さえ汚れていない発目がスタコラとその場を離れるのを見て、残された二人は顔を見合わせてからその後を追った。
「ちょ、待てって! オイ!」
「発目!? どこ行くの! ねぇ!」
危ないって! と拳藤が叫ぶが実は危なくない。もうこの試験場には仮想ヴィランがほぼ居ないからだ。
が、二人にそんな事は分かるはずも無く。
……二人は進んでしまう。
発目の後ろを。悪夢に続く道を。
「……このビルに、何かあんの?」
「えぇ! 勿論!」
「オイ、もう試験終わるぜ?」
峰田や拳藤の言葉をガン無視した発目は、何度かコンクリートの柱を叩き、ニンマリと笑ってその柱を『開く』。
ただのコンクリートの柱だと思われていたそれは、そういう風にカモフラージュされたコンソールだったのだ。
「はいクラック開始! ファイアウォール突破! クラック完了!」
「えっ、クラック……?」
「出よ〇ポイント!」
「え?」
三人が居た地面が二つに割れる。
ゴゴゴゴ……と音を響かせながら左右に分かれていく地面に、咄嗟に峰田と拳藤は伏せるが、発目はその割れ目に勢い良く身を踊らせた。
「とぅぁ!」
「ちょぉ!? 発目!?」
「来ないんですかー?」
顔を見合わせる峰田と拳藤。
最早自分が今何でここについて来てしまったのかも分かっていないが、もう仮想ヴィランも居ない今、ここまできて発目を見捨てていくのは何となく、良くない気がした。
彼らはこう考えたが、勿論こんな狂人見捨てるのが吉である。
「……何ここ、発目、何すんの?」
「スイッチオーン! え? 何ですって?」
開いた床の下に降りてきた拳藤が発目にそう尋ねた瞬間、発目がカチャカチャッターン! とPCのキーボードをぶっ叩いた。
……………………で、結果。
『〇ポイントぱーんち!』
『助けてェェェ!!!!』
『〇ポイント頭突き!』
『いやぁぁぁ!!!!!』
試験終了一分前の今、こうなってる。
「……校長」
「うん、あの子失格」
こうして、怒涛の実技試験は、発目の暴走に全てを持っていかれる形で幕を下ろした。
尚、翌日のサポート科試験に何食わぬ顔で出てきた発目を合格にするかどうかで雄英教師陣は相当議論することになる。
何でもアリだけど責任は自分で取ろう。
緑谷と切島は何やかんやで巨大ヴィラン停止させました。