この度、アンチ・ヘイトのタグを付けさせて頂きました。
というのも、僕個人としましては無免発目明のような、バレンタインデーに手ぶらで男のもとにやってきてチョコを食いたいからと金を要求するような全てのベクトルがイカれた方向にぶっ飛んだ女が心から大好きなのですが、その趣味を詰め込んだ結果の今の彼女は原作発目明に対する壮絶なネガティブキャンペーンだと言われれば全く否定できないなと感じたからです。
……言われてみれば『発目明可愛いです!』『無免発目大好き!』みたいな感想って少ない……っつーかごくごく超一部の常連さん除けばほぼ皆無だし。これ書き始めた時はそんな感想ばっかり来るぜ!と思ってたけど。
……僕個人としては発目明のヒロイン力って百億万点あると思ってるんですけどね!発目明最高!ゴーグル外せば美少女!発目明最高!スタイル抜群!発目明最高!性格…………サブキャラとしては百点満点!発目明最高!原作出番控えめ!
今回のあらすじ
登校するだけ。
リア10爆発46さん、zzzzさん、誤字報告ありがとうございます。
桜舞う、ある日の早朝。
「教科書持った!? ティッシュ持った!? あ、ハンカチ持った!? ハンカチは!? ケチーフ!」
「朝ッからよく喋るよなぁ……」
「朝っぱらから喚いてんじゃねえ、ちょっと黙ってろよクソが……」
その日、日本各地の高校は新しい生徒を迎える。
「みどりやー、明ちゃん居ないけど」
「え゛っやべっ! 明ちゃんどこ! 明ちゃぁーん? どこかなー? ……あれ? 明ちゃん!? 明ちゃ……め゛い゛ぢゃ゛ん゛ッッ!!」
「あー、先行ってるぞー?」
パリッとノリのきいた制服を着込み、地平線から顔を出したばかりの朝日を浴びながら、あるいは徒歩で、あるいは自転車で、あるいは電車に乗って……日本各地の新一年生は希望を胸にそこに足を踏み入れる。
「うわわわわ!!! ほら顔洗って! 煤とって! わぁ手も油まみれ! あれ!? ネクタイは!? ネクタイどこやったの明ちゃん!? さっき締めてあげたよね!?」
「出久さんは本当に、朝から元気ですねぇ!」
「おかげさまでねッッ!!!! 」
ここはそんな数ある高校の一つ、雄英高校。
日本最高峰との呼び名も高い、超大規模な国立高校の一つである。
「あああ!!! 余裕あったのにもうギリギリじゃない!? 間に合うかな!? 間に合うのかな!?」
「高校生活楽しみですね!」
「今言う事かなぁそれ!? うん楽しみだねッ!! 本当にッ!!」
ここには日本中のエリート高校生が集まり、共に勉学に励んでいる。
あるものは大学進学を見据え。
あるものは己の手に技術を付けようと汗を垂らし。
あるものは破れかけた夢を諦めずに。
……あるものは、ヒーローとなる為に。
「明ちゃん時間マズイよ! 走って! 走って!」
「おんぶ」
「はいおんぶ! 飛ばすよ! ……ッ!」
そんなハレの日に思いっきり遅刻しそうになっている緑谷は(発目は遅刻しない。発目を送り届けた後に自分の教室まで戻らなければいけない緑谷だけが遅刻しそうになっている)、発目を無事教室に届け、発目の
慌てず騒がず静かに超スピードで速歩き(すり足歩行により足音すらもしない)している緑谷は、入学届に入っていた校内地図を見て教室はもうすぐだと確認した。
そして、そのタイミングで緑谷の視界の少し先で、廊下に面した部屋……職員室の扉がガラリと開き、中から寝袋にくるまった男がしゃくとり虫のようにニョキニョキと動きながら這い出てきた。
「!!!!!?!?!?!?」
「……ッ!?」
理解不能な光景に声にならない叫びを上げるも、スピードは落とさない緑谷。
その時、緑谷が驚くのとほぼ同時に寝袋にくるまった男はちょっと緑谷の方を見て、上半身を一切揺らさずに脚だけをゴキブリの如くシャカシャカと動かしながら猛スピードで迫ってくる
どうやらその行き先は同じのようで、競うようにシャカシャカ、ニョキニョキと廊下を爆走(走?)する二人だが、流石に芋虫のように進むのと無駄に高度な速歩きでは後者に速度の軍配が上がる。
緑谷が芋虫男の横に並走し、今にも追い抜かんとしたその時……男が寝袋から取り出したそれは!
「……ゼッ、ゼリー!?」
そう、十秒でチャージできるあのゼリーである! ちなみにああいった袋プラス飲み口、注ぎ口といったタイプの容器の事をパウチパックと言う。どーでもいいね。
その(ぬるくなってそうな)パウチパックゼリーのキャップを開け、ヂュッ!! と凄まじい吸引力をもって十秒チャージどころか十分の一秒チャージをした芋虫男は、チラリと隣を
「かっ、加速したァ!?」
ズギュン! とニョキニョキスピードを二倍以上に上げ、ニョニョニョニョニョ!!! と腰を傷めないのかと心配になる速度で廊下を爆走し始めた……いや、走ってないが。
「……クッ、僕だって……!」
そのスピードに苦虫を噛んだような顔で悔しがった緑谷は、背中に背負っていたリュックを身体の前でラグビーボールのようにガッチリと抱え込み、歯を食いしばってシャカシャカスピードを上げ、シャシャシャシャシャシャ!!!! と凄まじい勢いで爆走……いや、走ってないが、ともかく芋虫男の横に並んだ。
「くっ、階段……!?」
上階に上がる階段では、すり足が使えないために足運びがゆっくりにならざるを得ない緑屋を横目に、芋虫男はズルズルッと……階段を寝ながら滑り降りる猫の動画の逆再生のような気味の悪い動きで階段を登り、緑谷との差を更に大きいものとする。
「……くうっ!」
最早緑谷のすり足では逆転不能……その事実に彼は歯噛みする。
とっくの昔に『早く教室に行く』という目的が完全に『芋虫男に競り勝つ』に置き換わっている負けず嫌い鳥頭野郎緑谷は、必死に頭を巡らせる。
────自分は、爆豪勝己ではない。この瞬間以上の運動能力をいきなり出すなど……この短時間で成長するなど、緑谷出久には不可能な事だ。
────ならば、今必要なのはここからの『成長』ではない。
「そうだ、ここで脚の速度が少し上がっても意味は無い……ここで必要なのは、現状の方向性を変える……」
この瞬間……緑谷は確かに壁を一つ、破った。
「……進化が必要!」
そう。もはや速歩きでは芋虫男に追いつけない。
ならば速歩き以外の手段を使えば良い。
「はァァァァ!!!!」
緑谷は速歩きの勢いを保持したまま大きく跳躍。慣性を維持しつつ、体育座りのように身体を折りたたんで空気抵抗を極限までカット。そして、身体を折りたたむその勢いで前方向に高速回転を始める。
それは、正に……!
「飛鳥文化アタックだと!? 」
緑谷の奇行 変態 馬鹿 身体操作術の極地を見た芋虫男の驚愕の声を聞きながら、空中で回転加速した緑谷はドシュドシュ床や壁にぶつかる時に手や足で更に加速しながら廊下を跳ね回っていく。
芋虫男は頭の痛そうな顔をしながら、それを見送った。
時は遡り、数十分前。
ガラリ。
無駄に(どのような体格の生徒が入学してくるか分からない以上決して無駄ではないのだが)バカでかい扉を開けて(開け心地は気味が悪い程軽かった)爆豪が教室に乗り込み、それに続くように切島、芦戸、心操が入室する。
発目の世話をする緑谷を見捨てた四人組は、予定通りかなり早めに教室に到着していた。
扉の大きさに比べ普通な印象を受けるその教室には、朝早いにも関わらず既に三人の生徒が居り、爆豪はそれを見て露骨に眉をしかめる。
いつでもどこでも一番でいたいしょうもない欲求を抱えつつも、彼は黒板に書いてある席順を把握した。
「やぁとんぬら君! 君もやはり受かっていたのだな! まぁ推薦であれだけの成績を出していれば当然か! 三年間宜しく頼む!」
「死ねカス」
「シネカス!?」
最初から教室に居た三人の一人、推薦落ちを知らずに声を掛けてきた飯田を軽く流し、爆豪は五十音順で窓際に座る。
あまりの暴言に思考停止した飯田を気の毒そうに見ながら、その隣に心操が鞄を置いた。
「席、横だな」
「死ね」
「俺らずっと学校別だったからこういうのマジ新鮮だな」
「くたばれ」
取り付く島もない様子の爆豪に、いつもならもう少しは対応してくれるのに……と黒板の方を向いて頬杖をついた心操は、数秒してから何かに気付き、ガバっと爆豪に向き直った。
「え!? もしかして緊張してんの!? お前が!?」
「してるかボケカス殺すぞ腐れクマ野郎コラクソが!」
爆豪の色んな意味であまりにも酷い暴言に、彼の三つ後ろの席に座っていた三人のうちの二人目……長い髪をボリュームのあるポニーテールにした少女が顔を顰め、その少女と喋っていた三人目……同じく長い髪をリボン結びに纏めた少女がコテ、と首を横にかしげる。
「オハヨッ、初めまして! やおよろずさんと、あすいさん、で合ってる?」
そんな彼女らに話しかけたのは、芦戸である。そして固まった飯田の肩には切島が手を置き慰めている。
……心操はいつも通りに爆豪にちょっかいをかけ、切島と芦戸は初めて見る新しいクラスメイトに声を掛ける。この辺りに彼等のコミュ強者とコミュ弱者の差が見えるというものだ。
「ええ、八百万で合っていますわ。八百万百と申します」
「私も、蛙吹で間違ってないわ。蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「うん! 私は芦戸! 芦戸三奈! ……えへへ、私以外に女子が居てホッとしたよー! ほら、何だかんだでヒーローって体力勝負だし? ちょっと不安だったんだよねー」
ケラケラと明るく笑う芦戸に、二人の少女もまた大きく頷く。
「私も、周りの方がみんな殿方でしたらどうしようと思っていましたわ」
「私も、教室に入ってきて百ちゃんを見たとき安心したわ……ところで三奈ちゃん、さっきあの三人とほとんど同時に入ってきてたし、何だか親しいみたいだけど、どういう関係なの?」
やっぱり来るのかその話題……と今更ながら自分の置かれている状況の特殊さを理解し始めている芦戸は、上手い感じに濁すことにした。
「あの三人と……今はまだ来てないけどもう一人とは、地元が同じなの。で、その地元が雄英まで遠いから、今はアイツらの隣の建物に住んでるんだぁ」
言っている事は何も間違っていない。『建物が隣』なだけで敷地は同じだし飯も一緒に食べているし同じ洗濯機と風呂場を使っているが。
「まぁ! では一人暮らしなのですね!」
「あーいや、同じ地元から来てるサポート科の女の子も一緒。ルームシェアってやつ!」
これも間違っていない。研究所にある芦戸の部屋のベッドは二段ベッドであり、上は発目のものである。たとえ越してきて以来仮眠以外に使われた形跡が無かろうとも。
「良いわね、友達と一緒に生活って」
「い、いやぁ〜……そんなに良いもんじゃないよ〜?」
これも間違っていない。本当に……本当に、そんなに良いもんではない。
むしろ命の危険が無いだけ実家から通った方がマシだったと彼女は痛感している。なんせ一日目に爆散した便器は未だ戻っていないのだ。
ちなみに今は研究所側のトイレを全員使用している。
発目は一切の躊躇無くボトラー*1になろうとしたが緑谷が泣いて阻止した。
「……まぁ、楽しくないかって言われたら、楽しいけどね」
……これも、間違っていない。
芦戸が……否、あそこに住む全員が思っていることだろう。
男女同じ敷地で住むとなると、それは苦労も衝突もあるし、いつ爆発するかもわからない残り時間のわからない時限爆弾みたいな奴もいる(しかも何回でも爆発する)。
芦戸に対し女子だからと配慮してくれる奴の方が少ないし、ぶっちゃけると朝起きたら瓦礫に埋もれてましたと言われても驚かない程危険な場所だ。
それでもあそこで暮らすのは、あそこで暮らすと決めたのは……その楽しいという思いがあったからに他ならない。
「ふふ、いい笑顔ね」
「芦戸さん、また今度貴女の家にお邪魔しても宜しいですか?」
「ヴェ!?」
芦戸が地味に(ごく普通の女子高生という立場の)ピンチに陥っている時、切島と喋っていた飯田が爆豪を見て「とんぬら君本当に推薦落ちたのかッ!?」と驚愕していた。
「えっ、推薦落ちてたんですの!?」
「ケロ、推薦落ちてたのね……」
飯田のその言葉に八百万と蛙吹の二人も驚愕を顔に浮かべる。それを見て芦戸はアラ? と首を傾げた。
「あり、爆豪知ってるって事は二人も推薦試験受けてたの?」
「ええ。私は推薦入学ですわ」
「私は推薦は三次で落ちて一般入学よ……なんだかすごい記録を出していたようなのに、なんで落ちたのかしら」
なんと二人共自分が一次で落ちた推薦試験を三次まで受けていたことについて驚いたが、まぁ書類審査などそんなものかと納得する。
そして、疑問顔の二人に含み笑いをしながらコソコソと耳打ちをした。
「あのね……爆豪さぁ、推薦試験の最中に同じ受験生殴って落ちたんだよ! ホント馬鹿だよねー」
「聞こえてんぞクソピンク消し炭にされてえのかコラ!」
「前世が猿だったのまだ引きずってるんだよな? とにかく知らない奴は威嚇しないと気が済まないんだよ」
「誰の前世が猿だア゛ァ゛!? 窓から突き落とされてえかクソクマァ゛!」
打てば響くかのように軽妙なテンポで会話を弾ませる、その様は確かに仲が良い事を伺わせた。同郷というのは決して間違いではないらしい。
ただしかし、その息の合った会話のテンポとは裏腹に、会話の内容はその辺のヤンキーよりも余程暴力的である。
ついでに言うとそれを見て普通にケラケラ笑っている芦戸も(誠に残念ながら)一般通過女子高生という身分からは程遠い。
「芦戸さん……随分個性的な方々と仲が良いのですね……?」
「え? あーうん、アイツラはねえ、年がら年中ずーっとあんな感じだからね」
恐らく電車かバスのタイミングだろうか、先程まで静かだった廊下が再び騒がしくなり、調子に乗って爆豪をからかい過ぎた心操が首を掴まれて窓の方に引きずられていく。
まさか本気でやるの? 誰も止めないの? 見てるだけ? え? ここ何科だっけ? と無免のイカれっぷりを知らない三人の哀れなる模範生徒達は困惑を顔に貼り付けているが、爆豪が廊下と反対側の窓をスパンッ!! と開け放った所でようやく我に返り、爆豪を止めようと動き始める。
が、もう遅い。
「ンチァーッス! あ! ナニナニ女のコいっぱいいるじゃーん! ……え?」
「アンタ……開口一番それってどうなの? ……うわ!?」
そんな教室に入ってきた、無免とも少しだけ関わりのある少女、耳郎響香と、同じく無免に一方的に関わりを持つ少年、上鳴電気以下数名の生徒。
「ごめんてごめんてごめああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その数人の生徒は、自分達と同じ制服をだらしなく着崩したヤンキーが同じ制服を着ている男子を窓から放り投げる光景を目にした。
因みに三階である。
「う、うわァァァァ!? 人殺しだァァァ!?」
「けっ、警察、ヒーロー!」
「悪鬼……!」
「……! ……!」
一気に阿鼻叫喚となる教室内。
そんな周囲の反応を見て、今更ながら(今のは止めた方が良かったかー)とぽんやり考える芦戸の肩を八百万が思い切り揺さぶる。
「ちょ、ちょっと芦戸さん!? あまりにも反応が薄すぎますわ! 同級生、同郷の同級生が窓から突き落とされたのですよ!?」
「え? あ、いやいやいや! 爆豪はそこまで考え無しじゃないよー!」
ひどく狼狽する八百万をドウドウと宥めながら、芦戸は窓の方を指差す。
そこには、爆豪と手助けに来た切島がそれぞれに片足首を持ち、心操をサルベージしている光景があった。
その周りでは、駆け寄っていた飯田と蛙吹があ然とした顔でそれを眺めている。
「……アイツ、パット見は何も考えずに音の鳴る方に向かって吠えてる脊髄反射だけの男みたいに見えるけど、別に何も考えてない訳じゃないんだよ」
落とされかけた際に校舎外壁に頭を打ち付けたのか、少し赤くなった額を擦ってブーブー文句を垂れている心操と、何事も無かったかのように椅子に座り直してそっぽを向く爆豪。
その二人の間に居る切島は快活に笑いながら二人の肩をバシバシと叩いている。
そんな、いつもどおりの光景を見ながら芦戸はニマリと面白そうに笑った。
「切島ならともかく心操をこの高さから落とせば怪我するのはアイツも分かってるし、アレでいてやっていいラインとやっちゃ駄目なラインはアイツの中では結構カッチリ線引されてるから、あんまり心配しなくても大丈夫だよ」
その辺り、むしろ緑谷の方がよっぽど雑だからな〜、としみじみ呟く芦戸。
この発言、彼女的には『無免唯一の常識人という立ち位置から仲間の行動に対するフォローをした』という事であり、実際に彼女が思う会心のフォローができたのだが……
……今の話だと、もし今の相手が切島だったら落としてたって事?
とか。
……あそこが『やっていいライン』ならもう命に関わる事以外全部やっていいラインに入るんじゃないの?
とか。
……緑谷って誰? ヴィラン予備軍にしか聞こえないけど?
とか。
芦戸が会心のフォローを飛ばしたのは事実である。
きっとここまで無免の物語にお付き合いしてくださった方々ならば彼女のフォローの言葉から、爆豪に対する厚い信頼の情なども見て取れると思われる。
……だが、彼女は一つミスを犯した。
「…………ねぇ、私思った事を何でも言っちゃうの」
「え? うん。どうぞ?」
「三奈ちゃん、割と変ね」
「ウッ(即死)」
無免唯一の常識人(自称)は、一般的ものさしから見れば十分に変人であったのだ。
……残念ながら、当然である。
それから早口で非常に苦しい言い訳をまくし立てる芦戸に蛙吹と八百万が「分かってる分かってる」と優しく接してやったり、時間も経ち教室に入ってくるそれぞれが自己紹介をしたりとしている内に、時計の針は予鈴寸前を指していた。
ひいふうみいと指差しで教室内の人数を確認していた切島は、そこに居るのが十八人である事を確認し、不安げに眉根を寄せた。
「……なぁ心操、緑谷遅くね?」
「麗日も来てないな」
「どっかで野垂れ死んでんだろ」
ちなみに爆豪、心操、切島は名前順が上手いこといって綺麗に前から二列目に三人並んだ席となっている。
芦戸は残念ながら出席番号一番の為、廊下側最前列と相成った。緑谷は爆豪の後ろである。緑谷まだ来ていないが。
「ま、緑谷なら何があっても間に合わせんだろ」
「明らかに人体の限界を超えた動きしながらな」
「ハハ! 目に見えるわー……こう、廊下をボールみたいに跳ね回りながらさァ」
切島が笑いながら冗談半分にピョンピョンと机の上で手を跳ねさせ、心操がそれを見てクツクツと声を潜めて笑う。
「いやいやいや……いくら出久でも流石にそれはねーだろ」
「ワハハハ! まーそうだわな! いくらアイツでもねーよな! ワハハハ!」
切島も心操に続いてガハハと笑った直後、廊下から「うぎゃぁぁ!?」という色気の無い少女の声が響いてきた。
「…………いやいや」
「…………まさかな」
何事か? とザワつく教室の中で、他と違う反応をするのが四人。
無免唯一の常識人()である芦戸は溜息と共に天井を仰ぎ見、爆豪は苛立たしげに鼻を鳴らし……切島と心操は『俺達のせいですか?』と顔を見合わせていた。
「……い、いやいやいや! まだアイツだって決まった訳じゃ────」
『ごめん麗日さんッ! ドア開けてェ────ッ!!!!』
芦戸は勢い付けてガヅンッ!! と机に額を打ち付け、切島と心操はガックリと肩を落とし、爆豪は強く舌打ちをした。
「……三奈ちゃん、大丈夫かしら?」
「消えたい」
後ろの席から声を掛けてくれる蛙吹に返事とも言えない返事をし、ポロポロと涙を零す芦戸。
その涙は正しく別れの涙である。さらばまともな高校生活よ。こんにちは殺伐高校生活よ。
そう、シクシクと泣く芦戸の目の前にある扉から緑谷が回転しながら文字通りに飛び込んで来る。
天井付近で丸まっていた身体を伸ばした彼は、ギュルンッと空中で身をよじる事で身体の回転を打ち消し、両手両足で猫のように柔らかく衝撃をいなして教卓前に無音のまま着地した。
「────ィヨイショぉあ! 間に合った!? 間に合った! あ、人使君さっきぶり! 僕の席どこ!?」
「勝己の後ろ」
「ありがと!」
「来んじゃねえよクソボケ!!」
咆哮する爆豪を無視し、飛んでくるローキックに対して足裏で受け止める事で防御し、猛烈な勢いの拳を手首のスナップで軽くいなした彼は、自分の席の一つ後ろの席に着いた、ガクガクと恐怖に打ち震える紫色の葡萄のような頭をした小柄な少年に「よろしく」と伝え、背後から迫る爆豪の爆破攻撃を鉄板入り耐爆リュックで受け止めてから着席した。
廊下からは再び少女の「ひゃぁぁ!?」という叫び声が響き、それと同時に予鈴が校舎に響く。
「予鈴が鳴ったら席につけ」
その言葉は、慌てて教室内に入ってきた最後の生徒、麗日……の、足元から聞こえた。
そこには、寝袋に入った一人の男が居た。
癖のある黒髪は伸びっぱなしのボサボサで、顎には三日か四日程は剃ってないであろう無精髭が生えている。
その男は、ニョ、ニョ、と身体の角度を調整し、ムクリと上半身を起こして教室を見渡し「全員出席……」と呟いて再び寝転がった。
麗日ができるだけその男と距離を取りながら最後の空席に行くのを確認しつつ、男は尺取り虫のようにニョッキ、ニョッキと教卓の前にまで移動した。
廊下側最前列の生徒、つまりこの一連の不思議空間を全て余すところなく目撃する羽目になった芦戸はそんなロイヤルストレート不審者を見て、再び机に頭を打ち付ける。
「この教室、変人比率が高すぎるよぉ……!」
「三奈ちゃんがそれを言うのね」
「私は常識人ですぅ……!」
「………………それは大分無理があると思うわ」
何でもすぐにハッキリ言ってしまうと豪語する蛙吹だが、その言葉が出るまでには相当時間がかかった。
まぁ迷いはしたが結果的にハッキリバッサリ切り捨てはしたのだが。
そんな悲哀も聞かず、モソモソと寝袋から出て立ち上がった男(寝袋の床接触部分はモップのようになっており、移動ついでに床の掃除ができるように改造されていた)は、寝袋からタブレットを取り出してなにかの作業をしつつ、パウチパックゼリーをヂュッ! と吸引していた。
何だこの人。
クラスの感想はこの時点で一致していた。
緊張と不信と不安がゴチャ混ぜになったこの教室で、操作していたタブレットを教卓に置いた男は教卓に体重を預けながら緑谷に声を掛ける。
「おい緑谷」
「あ、はい!」
「廊下を走らないのを徹底したのは評価できる。だがあの
「……はい」
「ゴキブリ歩きは良い。そのへんのラインもちゃんと見極めていけ……それと、さっきは俺も少し意地を張り過ぎた。悪かったな」
「あ、いえ……僕もさっきは競争に夢中になりすぎました」
互いに(他のクラスメイトにはなんの事やら分からないが)非を認めた所で授業開始の本鈴が鳴る。
そのチャイムを聞いて教卓に凭れかかっていた身を起こした男はクラスを見渡して挨拶をする。
「今年度、君達の担任になった相澤消太です。よろしくね」
なんとこの小汚い男は、このクラスの担任*2だった。
薄々分かってはいたものの、コイツが担任なのかよ……という空気がクラス中に広まる中、相澤は寝袋の中から紺色のジャージを取り出した。
「とりあえずお前ら
「は?」
「お前らの分は机の中に入ってるから。更衣室はこの教室の横ね」
言うだけ言ってスタスタと教室を出ていく相澤。誰かが「ちょ……」と呟くが、彼は止まらずに姿を消した。
ポカン、とした空気の中、最初に動き出したのは勿論『突発的』という言葉が日常に完全に溶け込んでいる無免達である。
「わ、本当だ〜! ジャージ入ってる!」
「お、入学のしおり入ってるな。非常口の場所覚えねえと」
「ま、ま! とりあえずみんな着替えてグラウンド出ようぜ!」
雄英ジャージを見てテンションを上げる緑谷や、落ち着いたように頬杖をついて栞をパラパラ捲る心操は役に立たないと判断した切島は、ジャージを持ってクラス中に対しそう言った。
「……そうだな! よし皆! 迅速に着替えてグラウンドへ出よう! 迅速に!」
切島の言葉に、ジャージを持ち立ち上がった飯田がシュバ! と手を教室の出口に向けた。
「仕切ってんじゃねーよメガネ」
「君は本当に口が悪いなとんぬら君!」
「更衣室って男女隣!? ひょー、マジかよ!」
「うわ、サイテー……」
「おお、袖が六つある……」
「俺のも尻尾穴がある。制服の採寸データ使ってんのかな?」
「つーか入学式グラウンドでやんの?」
「いや、ジャージで入学式やらんでしょ……やらんよね?」
ゾロゾロ、ゾロゾロ、切島と飯田の誘導に続いてクラス全体が更衣室に向かう。それに続く心操は、横の緑谷が浮かない顔をしている事に気付いていた。
「明が心配か?」
「……あー、うん……まぁね」
気もそぞろ、という感じで更衣室に入る緑谷。
自分の名前が書かれた札が貼られたロッカーを開け、キュッとネクタイを緩めて制服を脱ぎ、ジャージの袖に腕を通す。
「ほら、今まで明ちゃんとはずっと同じクラスで、同じ授業を受けてた訳だから……全然別のクラスなのは初めてで……」
「あ? 何だよオメー女のコの話題か?」
先程は緑谷の奇行に恐怖していた葡萄頭の少年がギロリと黒い殺意の籠もった目を向けてきたので、緑谷は大いに焦りつつも「ま、まぁね?」と肯定した。
「ッかーっ!! この雄英まで来て女の心配かよ! かーっ! これだから! はーっ全くよ! このナンパ男が! かーっ!」
「え、えぇ……?」
ズボンを脱ぎながら困惑する緑谷。それをよそに一人盛り上がる葡萄頭は、懐からメモを取り出して鼻息を荒げる。
「で? 一応聞いといてやる。それは何組の誰ちゃんだ? 顔可愛い? おっぱい大っきい?」
「え、えぇ……? H組の発目明なんだけど……」
「ふむ……ふむ?」
発目明。その単語が下心しか存在しなかった葡萄頭の脳裏を刺激し、かつての恐ろしい記憶を呼び覚ます。
ガチンッと石のように固まってしまった葡萄頭を不思議そうに見て、まぁいっか、と変人に慣れすぎた緑谷は着替えを終える。
「えっと……君も早く来なよ」
「……っはっ!?」
そんな、こんなで。
『個性把握……テストォ!?』
今、雄英入学一日目にして初めての、『試練』が幕を開ける。
それと最後に、ほぼ同時刻。
一年H組。
「さぁ、入学式に行く……んだが、お前らそこの席に座ってる筈の発目明知らないか?」
サポート科、担任のパワーローダーが疲れたように頭を抱えながら、教室でたった一つの空席を指差す。
すると、教室の廊下側最前列……出席番号一番の生徒が手を挙げた。
「ウィ☆」
「……んお、何か知ってんのか? 『青山』」
「ノン! 青☆山☆もっとキラメキを込めて!」
煌めく瞳と腰にあるサポートアイテムのベルトが特徴的なその男子は、どことなく欧米を感じさせる仕草でヤレヤレと肩を竦め、首を横に振った。
「『ヒーロー科A組に合流しないと死ぬ病』が発生したので、病欠☆」
「……おっほー!! そかそか! 病気ならしゃないな! さーお前ら移動すっぞ! ほれ早く早く!」
パワーローダーは、発目明を指導する気を一切持っていなかった。
青山リストラじゃねーかんなオメー、マジほんと大活躍させっからモーほんと…………
というか、二十九話で作者と感想欄で握手した人達は何で青山がサポート科なのか、薄々勘づいちゃうかもね。