無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回の話は割と初期から書きたかった話です。


今回のあらすじ

発目明でダイレクトアタック!

大自在天さん、誤字報告ありがとうございます。


第七十話。英雄罪

 

 

 

 

「……あ、心操」

「おう」

 

 

 

 発目邸の、静まり返ったリビング。

 それぞれの家事当番表や、各々の落書きや真面目な報告が並ぶホワイトボードも静寂の中では淋しく佇むのみ。

 

 その中心にある大きなテーブルに一人突っ伏していた芦戸は、涙を浮かべた瞳で部屋に入ってきた心操を見上げる。

 それに対し軽く手の中の携帯電話を振った心操は、芦戸の横に座った。

 

 ドガッ、という力が抜けきったような疲れた座り方をした彼は、チラチラとこちらを見てくる芦戸に「博士には連絡ついた」とだけ言った。

 

「なんて……?」

「引子さん連れて車で今からこっち来るってさ」

 

 力無い心操の言葉にそう、とだけ言った芦戸は、もう一度テーブルに頭をゴトンと当て、視線を外に向けた。

 

 その視線の先にあるのは、庭の地面にある地下室への扉。

 

「……明は?」

「出て来ない」

 

 涙声の芦戸は、重傷の緑谷を見た瞬間の発目の顔を思い出す。

 

 学校全体のロックダウンが解除された後に、教師から連絡が入ったのかすぐさま保健室に飛び込んで来た彼女が血塗れの緑谷を見た瞬間の、溢れんばかりに目を見開いた彼女の悲愴な表情が、忘れられない。

 

「しゃーねーな。ちょっと行ってくる」

「……私も、行く」

 

 二人が庭に転がっているスリッパを脚で整えて履き、パタコパタコと音を鳴らしながら地下室入り口前まで進み、その戸を開ける。

 

 ガゴ……と大きな音を鳴らして開けたそこにある階段を降りる。

 

 奥からは、鉄を削る音、何かを吹き付けるような音、そしてタイピングの音がひっきりなしに聞こえてきた。

 

 その音の発生源である桃色の髪の少女は、背を丸めて作業机に向かい必死に何かの作業をしている。

 

 それは、作業に没頭しているというよりも……作業に逃げているようにしか見えなかった。

 

「よう、明」

 

 返事は無い。

 

「あんまり無理すんなよ」

 

 返事は無い。

 

 本来少女は人類として見て上位のスペックを持っており、どんなに忙しい時でもベラベラと聞いてもいない情報を垂れ流すくらいは出来るだけの能力を持っている。

 

 つまり、今の少女は……それができない程に頭脳をフル回転させているか……それとも、会話から逃避しているのか。

 

「おい明」

「私の責任です」

 

 髪をかき混ぜながらため息混じりに名前を呼んだ心操に、発目は普段とは明らかに異なる、深く深く沈み切った声で懺悔する。

 

「……出久さんがあんなにボロボロになったのは、私のせいです。私があんな中途半端な性能の開発品(ベイビー)を渡したから出久さんは(ヴィラン)の攻撃を捌ききれなかったんです」

「明、やめろ」

「私が悪いんですよッ!!」

 

 ガダンッ! と椅子を転がす程の勢いで立ち上がり、二人の方を向いて叫ぶ。

 その表情があまりに鬼気迫っており、過度な自責を止めようとしていた心操は言葉を飲み込むしか出来なかった。

 

 ギャリギャリと鉄を削る音が響く室内に、発目の悲痛な叫びが響く。

 

 眉を顰めて半ば発目を睨む心操と、口元を抑えて涙が溢れる事を止められない芦戸……二人に緑谷を助けられた可能性など存在しないと発目の優秀過ぎる頭脳は理解している。

 

 緑谷が瀕死になる程の敵に、この二人が敵う訳が無い。この二人に落ち度は無い。

 

 教師である相澤にしても、純粋戦闘においては緑谷に分があるだろう。緑谷が自分をメインとした作戦を立てた以上それは間違いない。発目は彼の判断を信頼する。

 

 ならば、その彼が……緑谷出久が瀕死になった原因は何処にある? 

 

 この件において責を負うべきは、誰か。

 

 決まっている。

 

「……私が、ちゃんとしなきゃならないんですよ」

 

 発目明だ。

 

「出久さんの望みに、私がついていかなきゃならないんですよ」

 

 発目明(じぶん)が、ベストを尽くしきれて居なかったからこそ緑谷は今死にかけているのだ。

 

 だって────

 

発目明(わたし)がっ!! 出久さんの個性なんですよ!!!」

 

 ────緑谷を、助けると確かに約束したのだから。

 

 

 

 遂にどうしようもない衝動に耐えきれず、テーブルの上にあったものをガシャアッ!! と両手で薙ぎ払った発目は、その場で蹲って座り込む。

 

 咄嗟にそれに駆け寄り、ギュウッと抱き締めて頭を撫でる芦戸。

 

 それに身を委ねながら、発目は遂に耐え切れずに嗚咽を漏らし始める。

 

「明……」

「明ちゃん……」

 

 心操も、芦戸も、何も言えない。

 

 その時、ピロリンと場違いに軽快な音が鳴る。

 

 それは、発目が薙ぎ払った机の上に唯一残っていたPCから出た音。

 

 そのPCには緑谷のポーラスター(拳銃)や帽子、ブースターなどの様々なサポートアイテムに付いている情報収集端子が差し込まれており、その音はそれらの端子からの情報の吸い上げが全て終わったことを伝えていた。

 

 その音を聞いて顔を上げた発目は、普段からは考えられないようなノロノロとした動作でPCを操作し、その情報の再生を始める。

 

「…………は?」

 

 そこには、緑谷の戦闘が余す所なく映っていた。

 

「は?」

 

 発目が緑谷の無事を想い心を尽くしたサポートアイテムを使って、他人を助けるために自分を磨り潰す様が映っていた。

 

「はぁ????」

 

 ……発目の作った愛のこもった傑作であるブースターを使って自分から脳無の拳の先に飛び出すところも全て含め、最初から最後までがキッチリカッチリ全て映っていた。

 

 心操と芦戸は後に語る。

 

「……人使さん?」

「ハイ」

「携帯貸して下さい」

はいどうぞ(イエスマム)

 

 発目のガチギレは、本当に怖い、と。

 

 心操から携帯を受け取った発目は、ガーガー煩い地下室から外に出て、静かな庭先で爆豪に電話を掛ける。

 すると、せっかちな爆豪らしくほんの数コールで繋がった。

 

 静まり返った庭先に響く会話。それを地下室のドアを閉めた二人は黙って聞く。

 

「あ、勝己さんですか? ……ええ、まだ保健室は立ち入り禁止ですか。まあそれも聞きたかったんですけどちょっと別件でして」

「……ええ。少しお願いがあるんです」

 

「人の殴り方、教えてもらって良いですか?」

 

 

 

 不機嫌になることはまま有れど、本当にキレる事は滅多に無い発目。

 

 そんな彼女の怒りの最大パラーメータは、この瞬間に更新された。しかも超大幅に。

 

「……よく言うじゃないですか。怒り過ぎると逆に冷静になるって」

 

「アレって本当なんですねぇ……初めて知りましたよ」

 

 ピク、ピクッと震える口角を掌で押さえながら、発目は金色に輝く瞳を笑みの形に歪めた。

 

 声の大きい爆豪との電話は周囲にその声が漏れ聞こえることも多いのだが、今回に限っては心操にも芦戸にも、声は全く聞こえなかった。

 

 それは爆豪なりに時間帯を考慮したのか、それとも普段と違い過ぎる発目に恐れをなしたのか……知るは当人ばかりなりである。

 

 そんな静かな携帯を片手に、発目は二人を振り返る。

 

 いつもの笑みとは違う、瞳孔の開いた歪な笑顔。

 

 彼女の口の端がピクッ、と動く度に芦戸の肩が小さく震えるが、心操はそれを馬鹿にできない。たぶん自分もそうなっているから。

 

「何してんですか二人共、行きますよ……学校に」

「ハイ」

「ハイ」

 

 忘れかけていた発目明に対する恐怖心を再び刷り込まれた二人は、直立不動で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 脳無を倒した後。そこから先に語る事はあまり無い。

 

 主犯であろう死柄木は波動の放つエネルギーにより地面に押さえつけられていた筈が、いつの間にかタールのような物質を残しその場から消失。施設破壊警報により学校の各地から殺到したヒーロー達が現着した頃には、既に生徒と教師達の手によって全てが終わった後だった。

 

 敵の狙い。犯行手段。構成員の詳細。

 

 全てがわからぬまま電撃的に行われたこの事件は、最終的に生徒一名が重傷を負うという結果だけが残った。

 

 現在は警察が学園内をくまなく捜索中であり、それに伴って学校は一日休校となる。

 

「……ってところだ。何か質問は?」

「いえ……」

 

 そんな事を、全身くまなく包帯まみれの状態で目覚めた緑谷は親への電話連絡とリカバリーガールによる問診の後、相澤から聞かされていた。

 

 

 

 雄英保健室。夜半。

 

 

 

「あ、一つだけ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「あの……僕以外の怪我人は?」

 

 緑谷のそんな発言に、立った状態で説明をしていた相澤はツカツカと近寄り、唯一包帯が巻かれていない額のあたりを指でゴスッゴスッと突きまくる。

 

「お前以外は居ねえよ馬鹿野郎」

「あだだだ!! ……けど、そうですか……良かった」

 

 相澤の暴言も気にせずに安心した笑みを浮かべる緑谷に溜息を一つ吐き、ベッド脇に置かれていた丸椅子にドガッと座り込んだ相澤は「……あの場ではアレが最善だった」と力無い声で呟いた。

 

「相澤先生……?」

「あの場ではアレが最善だった。分かってるさ……分かってるが……それでも俺はヒーローで、教師だ……こんな非合理的な事を言うもんじゃ無いのは頭では分かってるが……」

 

「緑谷……もう、あんな真似はするな」

 

 その言葉に。その言葉の中に宿ったどうしようもない絶望感に。緑谷は息を呑んだ。

 

 椅子に座った状態で脚に膝を置き、両手で顔を覆い、全く見えないその顔。

 

 しかしその声は、泣いていた。

 

 決して涙声なんかではない。声音自体はいつも通りの声だった。

 

 だがしかし、そこにある重く苦しい感情を叩きつけられた緑谷は、黙って俯き「ごめんなさい」とだけ呟いた。

 

「あぁ」

 

 それだけをポツリと呟いた相澤は、暫くの間黙っていた。

 

 気まずさを感じるが、何も言えずに黙って数秒。

 

 キッパリと気分を切り替えた相澤はパチッと頬を張り、改めて緑谷に声を掛けた。

 

「おい、緑谷」

「は、はい!」

「あー……アレだ」

 

 しかしどうにも言い淀む相澤は何度か声を出した後「フゥ────」と非常に長い溜息を吐き、話を始めた。

 

「良いか? 俺はお前に対して言いたいことはそれこそ山程ある……が、これからお前は親やシュタインや校長や警察や……山程の人間に同じ内容の事を叱られる事になるだろう」

「は、はぁ」

「それは非常に非合理的極まりないと、俺は思う。だから、俺からはさっきのに加えてもう一言だけをお前に伝える……」

「はい」

 

 それからもう一度溜息を吐いた相澤は、椅子に座ったまま膝に両掌を置き、深々と頭を下げた。

 

「緑谷、助けてくれてありがとう。お前のお陰で助かった」

 

 その言葉に。

 

 緑谷の想像していたものとは違ったその言葉に、息を詰まらせた彼を他所に相澤は立ち上がり、保健室の出口に向かう。

 

「じゃあな。また明日回復があるから今日はゆっくり寝ろよ」

 

 そう言ってガラガラとドアを開けた相澤に、緑谷は「あの!」と声を掛ける。

 

「何だ?」

「いえ……無事で良かったです……本当に」

 

 その言葉にガツガツガツと靴を鳴らして戻ってきた相澤がもう一度緑谷の額をドスドスとどつく。

 

「お前はさっきの俺の言う事を聞いてたのか? あぁ? 何が無事で良かっただ最悪じゃないだけで何も良くねえんだよ笑ってんじゃねえそれ以上自分の命軽く見るなら除籍すんぞマジで」

「ご、ごめんなさい!」

「……ヒーロー科は『死ぬなら誰か助けて死にてえ』なんて自殺志願(れんちゅう)の応募する所じゃない……言っとくが除籍は冗談じゃない。お前は実力あるんだから、今後はこんな自分を磨り潰すようなやり方じゃなくて『仲間も自分も傷付けない』戦い方を模索してけ」

「はい」

 

 そこまで言ってから再び背を向け、「結局説教しちまった……」と呟いた相澤は、ボリボリと頭を掻きながら退室していった。

 

「僕の……戦い方か」

 

 ポツリ、そう呟いた緑谷は、ジクジクと訴えてくる全身の痛みを無視して寝ることにする。

 

 目を瞑った緑谷の脳裏に響くのは、目覚めた直後に見た、顔を悲しみに歪ませたリカバリーガールの顔。

 

 その次に浮かぶのは、電話越しの母の涙声。

 

 そして……つい先程の、自分に見せないよう顔を覆った相澤の言葉。

 

(僕の…………僕の……)

「戦い……」

「おッッッはよぉぉぉございまぁぁぁああッッす!!!!!!! (深夜二時)」

「ファッ!?」

 

 

 ボッゴアッ!!!! と轟音と共に吹っ飛んだドアは、保健室の窓ガラスにぶち当たって突き破り、カーテンを巻き込んで外に吹っ飛んでいく。

 

 それをした下手人たる発目は手に持った個人携帯用ロケット砲*1を部屋の中に投げ捨て、緑谷に向けて全速力で駆け出す。

 

「えっめっ」

 

 いつもの癖でそれを受け止めようとギプス付きの腕を上げた緑谷だが、発目はそれを片手で払い除け、

 

「歯ァあ、食いしばれっ!!!」

「はっ!? おブッッッッ!!!!!」

 

 ガゴオンッ!!! と丸椅子を吹っ飛ばした発目の拳がギプスをぶっ叩かれた痛みに固まる緑谷の顔面に、発目の拳が突き刺さる。

 

 何も言えないままに唯一怪我の少なかった顔面にストレートを受けた緑谷は、爆豪仕込みの踏み込みと腰の捻りを加えた完璧な体重移動によりベッドから転げ落とされる。

 

「な、何!? 何!?」

「もう一発ァァァ!!」

「ぼっっ!!!!!」

 

 全身バッキバキになっている身で出来る完璧な受け身でベッドから転げ落ちた緑谷だが、ベッドを飛び越してきた恋人の落下の勢いまで使った二度目のストレートパンチには対応出来ず、再びぶっ飛ばされ、ドアにより既に破壊された窓ガラスの横の窓を突き破った。

 

「待って! ちょ待って!」

「ンあ゛ぁぁぁ゛あっっっ!!!」

「ガハぁッ!?」

 

 窓枠になんとか肘を掛けて身体を持ち上げる緑谷の、血に汚れた病院着の襟首を掴んだ発目は再び拳を突き立てる。

 

「明ちゃん! 手が!」

「まだ、まだぁぁぁ!!!!」

「ッバッ!!!」

 

 発目の皮膚は緑谷のように積み重ねられた厚みも無ければ、打撃に強い個性でも無い。そんな発目の拳は緑谷を殴る事で傷付き、破れ、血を流していた。

 

 それを案じた緑谷の顔に、二度、三度と乱打が繰り返される。

 

 そこからは、もう緑谷に言葉を発する余裕は無かった。

 

「あぁ゛っ! はぁ゛っ!! ッあっ!! っがっあ!!!」

 

 完全なインドア派の発目にとって『人を殴る』事は立派な重労働である。

 尋常ならざる程に顔を紅潮させた彼女はゼイゼイと息を荒げながらも、歯を食いしばって何度も何度も緑谷に拳を振りかざした。

 

 何度も何度も、何度も。

 

 何度も緑谷の顔面を殴った彼女は、やがて息継ぎが追いつかなくなり派手に咳き込む。

 

「ハァ……はぁ……ッゲホ、はぁ……」

 

 酸欠になり保健室の床に膝を付ける発目。顔面を襲う拳が止まりようやく喋れるようになった緑谷が何かを言おうとして、その前に力尽きへたり込んだ発目の最後の一撃が股間に突き刺さる。

 

 絞め殺された鶏のような儚げな声を上げて発目と同じように崩れ落ちた緑谷は、そこで初めてちゃんと発目の顔を見た。

 

 発目は、泣きじゃくっていた。

 

 大きな金色の瞳を涙で歪ませ、顔中を汗と涙と返り血でビジャビシャにしたその顔を見た緑谷は、ギクリとその身体をすくませる。

 

「…………あ、の」

「私は」

 

 緑谷の言葉に被せるように言葉を発した彼女は、緑谷と一緒に床に落ちていた枕を掴み、その頭にボッと投げつけた。

 

 緑谷がその枕を頭から遠慮がちに退かす間に涙を拭って息を整えた発目が、まだグシャグシャの顔で緑谷を正面から見据える。

 

「……私は、出久さんの個性です。確かにそうですよ? ……けど、出久さんが個性(わたし)を自殺に使うなら、私は出久さんを……手伝えません。出久さんの個性ではいられません」

「明ちゃん」

「ごめんなさい。でも、無理です……これから先もあんな戦い方をするなら、ここから先はお一人で戦って下さい」

 

 ペコリ。

 

 ほろりほろりと尚も涙を零しながらもそう頭を下げた発目に対し、緑谷は何も言うことが出来なかった。

 

 これまでの人生で自分をひたすら献身的に支え続けてきてくれた女性の言う、「付いていけない」という宣言。

 

 それは確かに、緑谷の内面に言葉すら容易に発せられない程の衝撃を生み出していた。

 

「…………ぼ……くは……」

 

 響く。

 

 リカバリーガールの顔。母の声。相澤の言葉。そして……発目の、涙。

 

 それら全てが緑谷の脳の中を回って、響いて。

 

「…………今、心配されてるのか」

 

 辿り着く……真実に。

 

「それ今ァ!?」

 

 誰もが気付いていた……というより気付かない方がおかしい真実に。

 

 そして、それに驚いた発目は、しばしの間ポカンと緑谷の顔を、緑谷もまた今更気が付いた事実にしばしポカンと発目の顔を見た。

 

 やがて、発目は涙を流しながらも肩を震わせ、クツクツと笑い始める。

 

 それに焦った緑谷が、ワタワタと手を虚空に彷徨わせながら弁明を始める。

 

「エッ!! いや……でもホラこれまでも沢山怪我はしてたし!」

「訓練と実戦は違いますからね? 実戦には命の保証がありません」

「ウッ!! あの、その。今回はこれしかなくて」

「一回あの二人助けようとして敵の射線上に飛び込んでましたよね? 13号居なきゃ死んでましたよね」

「ガッ!! あ……あの……」

「出久さんが重傷で運ばれてきたって聞いた時、私が学内でどれだけの醜態を晒したか聞きますか? 私教室で吐いたんですよ?」

「えぇ!? そんなに!?」

「当たり前でしょう!!! 今更何言ってんですか!? 私あなたの個性ですよ!? 改めて言っておきますけど出久さんが死ねば私も死にますからね!! 個性なんてそんなもんなんですから!!」

「え!?」

「え!? じゃないんですよ! 馬鹿なんですか!? 馬鹿なんでしょう!! 出久さんって本当に馬鹿ですよね! 馬鹿!! 馬鹿馬鹿馬鹿!! 雑魚*2低能! *3

「テイノウ!?!?」

「ばか! 馬鹿! ばかぁ……!」

 

 そこできっと此処まで張り詰めていた全ての糸が解けてしまったのだろう。発目の金色の瞳からは少なくなっていた涙がまた大粒のそれとなってポロリポロリと溢れ、再びブワと溢れ出す。

 

 それと同時に心のバランスも崩れたのだろう。泣いているのか笑っているのかよく分からない表情のままに彼女は床に置かれていた枕をまた持ち、緑谷にバスンバスンと何度も叩きつける。

 

 一瞬の内に滂沱となった涙を拭うこともせず、時折涙で溺れるようにプハッと息継ぎをしながら、発目は緑谷を枕で殴りながら不明瞭な発音で罵倒し続けた。

 

「ばか……馬鹿ぁ……! ばがぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ご、ごめん……ホントごめん……もうしないから……」

「ぼうぉいゔぁいんゔぁゔぁゔぁんべびうゔぉうでびゔぁゔぁゔぁぁ!!!!!」

「いや、まあ……信頼が無いのはそりゃもう……ごめんなさいっていうかもうほんとごめんなさい!!」

「ぼんばああぶうばゔぁゔぁあいぼあゔぁううばあぁぁぁぁっ!!!!」

「ごめん! もうしない! もうしないから!」

 

 そんな、ある意味で笑える光景を破壊された保健室の入り口から複数人が眺めていた。

 

 無論、爆豪、心操、芦戸、切島、そして発目来襲を知って職員室からスッ飛んできた相澤である。

 

「……一瞬どうなる事かと思ったけど、まあなるようになったな」

「ケッ」

 

 ひとまず安心だ、と一息吐く心操と、意地でも二人のメロドラマを直視しない爆豪。

 

「……声、掛けるか? 四月の夜は寒いぜ?」

「やめときなって。そーいうの無粋って言うんだよ」

 

 一応重体の緑谷の身を慮る切島と、ほんの十数分前まで瀕死だった発目の心情を慮る芦戸。

 

「……お前ら落ち着いたらこれ直すようちゃんと言っとけよな」

 

 切ない顔で爆破されたドアを検分する相澤。

 

「まぁ後は俺が頃合いを見て声掛けるから、お前らもう帰れ」

「ッス」

「よろしくお願いします」

「はーい」

「押忍」

 

 四者四様の小声の返事を聞き届け、パタパタと暗い廊下に音を響かせながら帰っていく生徒達。

 

 そして、結構響くその音にも気づかずにひたすら泣きじゃくりながら枕で緑谷を殴打する発目と、ひたすら謝り倒す緑谷。

 

(もうアイツは大丈夫だな)

 

 そう思った相澤は、破壊されたドアに背を預け、二人の喧騒に暫し耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 暫くして、泣き疲れて眠ってしまった発目を(発目を宥めるのに必死だった緑谷は気付いていなかったが)それまで邪魔をせずひたすら待ってくれていた相澤に手伝って貰ってベッドに乗せ、自分もガラスまみれの病院着を着替えて新しいベッドに寝転んだ緑谷。

 

 何も言わずに着替えを用意しガラスを掃除しテキパキと窓に段ボールを貼り付けて部屋を出ていった相澤に何度も頭を下げた緑谷は、一瞬で静かになった部屋の中で天井を見つめていた。

 

(僕は……今日だけで何人の人を泣かせたんだろう)

 

 ぼんやりと考える。

 

 今まで彼は、夢を追い求め続けてきた。彼の周囲の人間も、そんな彼を応援してくれていた。

 

 その応援の裏で、その人達が本当はどれだけの心労を抱えているのか。それを今、緑谷は痛い程に実感していた。

 

「……ぐずっ、うゔぅ……」

 

 発目は今も、緑谷の横のベッドで眠りながら涙を流している。

 

 彷徨うように、迷子が親を求めるように差し伸ばした手を、緑谷は取ろうとした。

 

 しかし、今彼の両手はギプスで固定されている。

 その手では泣く発目の手を握ってやれない。その涙を拭ってやれない。

 

(……あぁ)

 

 その事に思い至った緑谷の心に痛みが走る。

 

(何で、そこまで思い至らなかったんだろう)

 

 発目のぐずる音が響く室内で、緑谷は意識が微睡みのうちに沈むまでずっと自問していた。

 

 

 

 そして次の日の朝。

 

 

 

「出久……隣のベッドにコレが」

「……えっ」

 

 グシャグシャのままにされた保健室のベッドに発目はおらず。

 

 夜も明けない頃に学校に到着していた母が見せてきたそのメモ書き。

 

 

『しばらく実家に帰らせて頂きます 明』

 

 

 

 その部屋にはただ、発目の書き置きだけが残っていた。

*1
自作

*2
爆豪との相対評価

*3
発目との相対評価




無免緑谷は早めにコレをやっとかないと多分一年以内に死にます。

次回予告

発目、デステゴロの金でヤケ食い。
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