無免ヒーローの日常   作:新梁

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今回の話はあんまり気に入ってないですけど多分書き直さないです。

今回のあらすじ

波動さんごめんね。緑谷はどうでもいいや。

アンケートやってます。ヒロアカ本編開始後のオールマイトと修行する一年に関することです。

リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


第八話。最高峰の高校一年と最強の中学二年。(実習編)

 雄英高校。職員室。

 

 

 

「Hey! セメントス! ミッドナイト!」

「あら、マイクじゃない」

「おはようマイク。君も来たのか」

 

 休みの日だというのに人の多い職員室にコンビニの大袋を持ったプレゼント・マイクが入ってくる。

 

 そのまま自分の席に行き、椅子を持ちあげたマイクは完全に私服なミッドナイトとバインダーで書類整理をするセメントスの前にどっかりと座りながらコンビニの袋を二人に渡した。

 

「まーな。気になるだろ、あのシュタインが本気で育てた子供だぜ? つか、今日来てるやつも大体はそれ目当てだろ」

 

 そう言ってマイクが指差すのはミッドナイトの机に乗ったディスプレイ。そこには無機質な岩山が写っていた。

 

「視聴覚室が使えればよかったんだけど、まあ我慢するしかないわよね」

「改装でしたっけ? タイミングが悪いですね」

「オウ。今どんな感じだ?」

 

 三人がコンビニの袋をあさって各々に好きなものを取っていると、再び職員室のドアが開いてブラドキングが入ってきた。

 

「Heyブラド! まだ大きくは動いてないぜ!」

「おはようブラド。やっぱり気になる? ……あ、これ前から食べてみたかったやつ」

「Yeah! こないだ話してるの聞いてたから、買ってきてやったんだよ! セメントスにブラドも好きなの取ってけ!」

「お、じゃあコーヒーもらうよ……にしても良く気が回るな、マイク」

「ったりまえだろ! これくらい出来なくちゃMCなんて勤まらねえぜ!」

「あ、始まったよ」

「何っ」

 

 セメントスの言葉を聞き、雑談をしていた面々がディスプレイに目を向けると岩山の一角から煙が上がっているのが見えた。

 

「オイオイオイオイ見えねえじゃん! ちょい、ここTDLダロ!? 空撮ドローンあるだろ! 回せドローン!」

「定点カメラ定点カメラ……ここじゃない!? ほらビンゴ!」

 

 初接敵を見逃したマイク達は、それから各々でスマホを使いドローンを操作し、定点カメラをディスプレイに写してその模擬戦を観始めた。入試試験の採点等でも使われる視聴覚室が設備の入れ換え工事で現在使えないからだ。

 

「しかし……こいつら本当に中学生かよ」

「とんでもないわね……あのメガネ、教師としてスカウトした方が良いんじゃない?」

「ハァン!? パードゥン!? クッジューセェイザッゲィン!?」

「……ごめんなさい。冗談よ」

 

 

 

 模擬戦開始直後。TDL。無免チーム。

 

 

 

 演習は時間制限一時間、確保テープそれぞれに二本、勝利条件は敵チームの全滅とされた。互いのチームはTDLの対角からスタートし、機を伺う───

 

 その一方である無免ヒーロー達は、シュタインがTDLから出ていく前に通達された目標を達成するべく三人で小会議をしていた。

 

「体育祭見てた感じなら、通形さんが『すり抜ける』、波動さんが『エネルギーを出す』、天喰さんが『何やら触手みたいなものを出す』ってとこだよね。でも三人とも決勝行ってないからなぁ……特に天喰さんはほぼ何も分からないし……全員いまいち掴みきれてない」

 

 その目標とは、『誰も脱落しない事』、『相手三人の個性の内容と弱点を明確に洗い出す事』、『サポートアイテムを実践使用してみる事』の三つである。

 

「まずは様子見だな。出久、どうする?」

「ま、とりあえず僕が偵察してくるよ。相手がまだ見せてないような初見殺しの技を持ってるとしたら一番範囲と威力のあるかっちゃんと同じく初見殺しの人使君は無駄にできないし。僕なら相手の影響で『個性が効かない』ってことも無いしね」

「デク、不意打ちで一人ぶっ殺して来い」

「殺すて」

 

 TDLに即席で作られた岩山ステージ。その岩の一つの影に隠れつつ、緑谷達は作戦をたてていた。主に緑谷と心操が作戦を練り、五感が並外れて優れており、なおかつ半ば本能的に危険を察知する能力に長けた爆豪が周囲の監視をしている。

 

「殺すはともかく……誰を?」

「金髪」

「通形さん。個性は暫定で『すり抜ける』の奴だな」

「見ろあれ」

「え、何」

 

 爆豪が黙って指を指す方向を二人が見ると、緑谷達から少し離れた岩山に堂々と上って辺りを見回す通形が見えた。

 

「クマの個性が確実にキマんのは最初の一回だ。だから対策もされねえように最後の一人まで取っとく……でもアイツは他の二人を倒すときにゃ必ず邪魔してくる……さっきから、自分の周囲以外に大きく分けて二ヶ所しか見てねえ。カムフラージュがヘタクソだ」

 

 確かに、爆豪の言うとおりに通形は身辺警戒以外では一応辺り全てを見回してはいるものの、目線をやる頻度が大きく二ヶ所に別れていた。それはつまり、その場所に残りの二人が居るであろうということで。

 

「『自由にすり抜ける』……アイツが本当にそうなら、んな高え場所から目立つような見下ろし方してんのも分かる。仕掛けがヘタクソ過ぎんがありゃ釣り餌だ」

「……なるほどな。他の二人に俺達が行くなら片方に声をかけて、岩山の頂上から現場に急行、強襲。俺達を見つけられたなら残る二人に位置を連絡した後すり抜ける個性でこの岩の中から奇襲。自分に襲いかかられたらすり抜けで攻撃をかわしつつ他の二人が来るのを待つ……まあまあの手だな。てかやっぱり体育祭で誰一人きちんと活躍できてなかったから個性がしっかり把握できて無いのが辛いな。多人数に使うのに向いた技を持ってるかもしれないと考えると、三人で一人の相手を攻められない」

「発動型なのは確かなんだろうけど……まあ行ってくるよ……あー、やだな……」

 

 渋々と、悲しそうな顔で上下共に白いゲストジャージを脱いだ緑谷は布に付いている赤いラインとゲストの文字を引きちぎり、その布を地面に余す所無く擦り付け始めた。

 

「あああ……代え、貰えるかなぁ」

「俺のやるからブツブツ嘆くなよ……」

「デク、貸せ」

 

 爆豪が緑谷の手からジャージを奪い取り、小規模な爆発を複数回起こしてその布地を煤けさせた。

 

「相手が聴覚鋭かったらどうすんだよ」

「何したか気づかれなきゃ良い。今のが俺だとバレたらバレたで、何かしらしたんだって牽制になる」

 

 爆豪はボロボロになってしまったジャージを地面をごろごろ転がって身体中に土埃を擦り付けていた緑谷に投げ渡す。彼はそれを受け取り、「あーあ……」と悲しそうに呟いてからそのボロくずを身に纏った。

 

「ザリザリする」

「はよ行けや」

「出久、銃は服の中に入れとけよ」

 

 通形の視界に入らないように注意して出ていった緑谷をとりあえずは視界の外にやり、心操も通形の視界に気を付けつつ索敵を始めた。

 

「物理無効の奴相手に成功するか? 奇襲。他の二人の方が良いんじゃねえの?」

「あの金髪、体育祭では背後からの攻撃で転んでた……不意打ちなら有効だろ。もしダメなら……」

「ダメなら?」

「速攻で黒髪。あのクソヘボメンタル持ち直す前に叩き殺す」

「もうちょっとマイルドに言えないか?」

「知るか死ね……ッ!?」

 

 その時、大爆発の音と衝撃が心操と爆豪の体を叩いた。会話を止め、サッと岩影から様子を伺う……と、

 

「……あーあー」

「……ッんのクソ女アアアァ……!」

 

 そこには山頂から吹き飛ばされ、そのまま岩山をすり抜け落ちていく通形。そして発目謹製の魂威銃がなんと一発目で暴発したらしく、身体中から煙を上げながら岩山を勢い良く転がり落ちる緑谷が見えた。

 

「勝己、プランB! 通形さんが復帰してくる前に一人叩くぞ!」

「金髪が落ちた所から遠い方行く! あと命令すんな! 殺すぞ!」

「出久は!」

「ンなマヌケ知るか! 勝手に死にゃ良いんだよんな奴!」

 

 ダダダ、と体感的にはほぼ直角の崖を駆け降りる二人。そのまま勢いを殺さずに岩山の合間を抜け、通形の落ちた方向と反対側、二人の内のどちらかが居るであろう場所へと急行した。

 

「居た! 勝己! 波動さん!」

「死ッねやァオッラアアアアァ!!!!」

「え、きゃ!」

 

 ちょうど落ちてきていたらしい緑谷をツンツンとつついていた状態で、爆豪の凄まじい怒りが籠った強烈な爆破をかろうじてガードした波動はその防御体勢のまま波動を放出し、空へと飛んだ。

 

「逃げんな! 殺す!」

「来ないで!!! んんんっ!」

 

 空へと飛び上がった波動を追って爆発ターボで飛び上がる爆豪だったが、四方を岩山に囲まれた状態では波動の撃ち下ろすエネルギー波を避けることが出来ず、地面に叩きつけられる。再び飛び上がろうとした爆豪だが、波動は爆豪が避けられるスペースの無いような隙間隙間をすり抜けるようにして通形の方向に逃げていった。

 

「クソが! ……クマァ!」

「うん? ……勝己、出久だけどまだ捕獲テープはかけられてない。けどまあ……復帰できるかは……微妙だな」

 

 心操は緑谷を介抱していたが、端から見たところ完全にノビてしまっていた。

 

「……あ? 頭でも打ったんか」

「それは多分問題ない……けどまあ、とりあえずは二人で動くの前提だな。起きても無理させられないし」

 

 そう言うと心操はぐったりとした緑谷を引きずり、岩山にもたれ掛からせた。

 

「さて、行こうぜ」

「……どっから来るか分からんから警戒しとけ」

「分かった」

 

 

 

 模擬戦開始十分。一方。通形チーム。

 

 

 

「たたた……」

「大丈夫かい? 波動さん」

「うん……あの状況じゃなきゃやられてた……ねえねえ聞いて? あの爆発髪の子、凄いの。凄く強いの。手のひらから爆発起こして飛んでたの。どうやって爆発させてるんだろう? 気になるねえ」

「それ詳しく聞かせて欲しいよね!」

 

 その言葉と共に、スポンと通形が岩山より飛び出る。その拍子に一瞬前後不覚となりフラつく通形を天喰が軽く支え、ポンと肩を叩く。

 

「ミリオ、おかえり。偵察はどうだった?」

「ただいま! 緑谷君はリタイアっぽい。まああの爆発なら無理もないよね」

 

 通形はその透過の個性を利用して岩山を転がり落ちて地面に体を打ち付ける事態を回避し、その後すぐにまた先程とは別の岩山に上って緑谷と波動の様子を見に行ったのだ。その後波動が状況を脱出した事を確認してからは慎重に岩山を下に向かって透過し、爆豪と心操の会話を盗み聞いたのだ。

 

 通形達は、通形の接敵した緑谷、そして波動の接敵した爆豪についての情報を交換した。しかし通形も波動も、その接敵時間は一瞬である。よって、途中からは敵個性の推測となる。

 

「爆発……シジミの貝殻で防げるレベルだと良いんだけどな……」

「多分あの子すごく強いよ。私よりもずっと! 早かったもん! あと一瞬で捕まるとこだった!」

「……無理そうじゃないか……!」

「俺の会った緑谷君も凄かった。本当に撃たれるまで気づきもしなかったよね……多分彼のサポートアイテムが暴発してなかったら俺はもう捕まってるよね……!」

 

 通形はあの瞬間、油断などは全くしていなかった。中学生が相手と言えど、自分よりも格上であることは何度と無く担任(スナイプ)に言われていたし、自分が学年のヒーロー科全員の中で最下位に位置することも分かっていた。

 

 油断はなかった。コンディションも万全だった。どこから攻撃が来ようが気づき、対処するだけの自信があった。

 

『ごるぱぁっ!?』

『え!? うっわあ!?』

 

 でも、気づけなかった。

 

 まるでなんの気配もしなかった。

 

 凄まじい爆音と共に岩山を転がり落ちていく緑谷を自分も落ちながらただ眺めるしかできなかった事実は、通形に無免ヒーロー三人に対し高い警戒心を抱かせる結果となっていた。

 

「とにかく、僕らは絶対に単独行動を取らずに戦闘でも三対一、最低でも三対二の状況をできる限り作ろう。多分だけど一対一や二対二だと勝てないからね。そしてとりあえずの第一目標は、緑谷君を完全に捕獲しよう。訓練開始から既に十分は経ってる。訓練時間の一時間が経てば、勝敗は残ってる人数だ。まずは一人減らして、そこからは何ならずっと守りを固めるだけでも僕らの勝ちだよね」

「なるほどなァ。で、マジでそんな作戦上手くいくとでも思っとんのか」

「!? 今の声!?」

 

 岩山の影から爆豪の声が聞こえたその瞬間。

 

「ッ! 環!」

「あっ、ああ!」

 

 通形がまず最初に反応し、天喰に声を掛ける。それに反応した天喰が掌を蛸の触手へと変化させ、声が聞こえた場所、岩の陰へとそれを伸ばし──

 

「掴んだッ! ミリオ!」

「よっし! 物理透過あああッ!!! レイヤーナックルッ!」

 

 通形は自らの左腕に右腕を差し込んで独特の構えで腰を落とし、その姿勢で岩山を透過。慣性と透過解除の際にかかる斥力で岩山を突破し、拳を振り抜く。

 

 ガッ、という音がして通形の拳が何かに阻まれた。

 

「ッ!? なんっ」

 

 拳を止めたのは、軽金属と特殊カーボンで作られた籠手。そしてその持ち主は……顔にゴツいマスクを着けた心操人使であった。

 

「って……勝己だと思ったか? ─残念、人違いだ」

 

 爆豪の声で、心操は笑う。触手に動きを封じられた状態で、それでも腕に着けた籠手で通形の拳をガードした心操はその手で通形の拳をガッチリと握りしめる。その行為はただ拳を固定するわけではなく、明らかに破壊の意思の籠っていることを察知した通形が咄嗟に心操の手を透過して離れたのを見て、心操は僅かに目を細める。

 

「……何で、今爆豪君の……もしかしてそれが君の個性かな? だとして、爆豪君はどこ?」

「……うん? さーてなあ……? 勝己はどこだろうな? 案外……」

 

 そう心操が言った瞬間、通形の背後、岩山の裏側で爆発音が響く。

 

「さっきまでアンタが居た場所だったりしてな」

「ッ!?」

 

 それを聞いた通形が踵を返すよりも少し早く、背後にあった岩山が凄まじい勢いで爆散した。その勢いで周囲に飛び散る礫が通形の身体と天喰の触手に降り注ぐ。心操は通形を間に挟んでいたため多少痛い程度で済んだようだった。

 

「いだだだだ!?」

「ッ、勝己!」

「分かっとるわ黙れ! 手!」

 

 岩山の爆散という異常事態に身を竦めた通形の横を爆発が通る。その時、ついでとばかりに一発爆発をかまされて通形は岩山……元岩山の方向へ吹っ飛んだ。

 

 数秒後、通形が体勢を立て直した時には既に爆豪達の姿は影も見当たらなかった。恐らく去っていったであろう方向をミリオが眺めていると、気まずそうな波動と身体に擦り傷が増え、コスチュームがボロボロになっている天喰が側に駆け寄ってくる。どうも、爆豪の爆破を食らった後更に波動の放った攻撃に巻き込まれたようで、彼女がえらくその怪我を気にしていた。

 

「ごめんね天喰、通形も……空から落ちてきた爆豪くんに捕まりそうになって、全方向に波動出しちゃった」

 

 そう、岩山を吹き飛ばす高威力の衝撃は波動の個性によるものだった。申し訳なさそうにそれを謝罪する波動に対し、二人は首を振って気にしていない旨を伝える。

 

「……いたた……いや、あの状況じゃ仕方が無いと思う。やらなきゃ二人とも捕まってたよ……」

「だね! 波動さんグッジョブ! ……けどまあ油断はしてなかったつもりだったんだけど……正直相手の実力が想定の段違いだったよねー」

 

 緑谷、爆豪、心操。まだほんの少ししか戦っていない。合計戦闘時間は数分に満たないはずだ。なのに、既に何度か捕まりかけた。おまけに相手は恐らくはまだまだ余力を残している。通形は、ぶるりと軽く体を震わせた。それを見て、天喰はあからさまに不安げな顔つきになり、波動はキュッと眉根を寄せた。

 

(……怖い。不安。勝てる見込みはほぼ無いし、どころかこちらは一矢報いることができるかさえ微妙だ。十中八九、ボコボコにされるのが関の山……けど)

「ミリオ?」

「通形?」

「……こうやって未知の強敵に挑む! ワクワクするよね!」

 

 通形のその言葉、その表情を見て二人が表情を明るくする。その表情を見て、通形はサムズアップを返した。

 

 そう。通形の体の震えは歓喜からだ。

 

 強敵と戦える。自分の可能性を確かめられる──自分がさらに成長できる。

 

「さあ、作戦会議続けよう! 『勝つために』!!」

 

 plus ultra(更に向こうへ)……通形ミリオは立ち止まらない。

 

 

 

 模擬戦開始三十分。岩山の奥、爆豪、心操チーム。

 

 

 

 岩山の奥まった場所で、爆豪と心操は作戦会議をしていた。心操は地面に耳を着けるようにして寝転がり、爆豪は常に全方位を見回しながら。

 

「……ぶっちゃけ、三人では連携もガタついてるし、通形さん天喰さんのコンビと波動さんのテンポの違いを突けば強行突破は余裕でできるんだよな……」

「それじゃ訓練の意味ねえだろアホ。あのメガネジに言われたこと完璧に達成しての完封勝利以外にねえ……とりあえず二人分は個性が割れた。『ねじれた軌道のエネルギー波』と、『物質の透過』……多分両方マニュアルだ。後は黒髪だけか」

「蛸の触手的なの出してた。発動と蛸の異形の複合型ってのが目下有力か」

「……多分違ぇ。水性生物系の個性持ちは水辺のヒーローになるってのがセオリーだろ。そういう奴らは大抵水中活動を前提にしたコスチューム着る。けどアイツはどう見ても地上戦装備……極めつけはこいつだ」

 

 そう言って、爆豪は心操に小さな細長い袋を放り投げる。地べたに寝転んだ状態で、地面から耳を離さずにそれを受け取った心操は一目見て首をかしげた。

 

「……酢ダコ?」

 

 それは、一本ずつで小分けにされたおつまみや駄菓子として良く見るあの酢ダコであった。視線を動かして爆豪を見ると、彼はもう1つあったらしいそれを開封し食しているところであった。

 

「……酢ダコだな」

「いや、何してんのおまえ?」

「あ? 酢ダコ食ってるに決まってんだろが。頭ぁイカれたか?」

「いや……まあいいや。んで、これが何?」

 

 心操がそう言うと、爆豪は自分の腰を指差して「あの黒髪のここんとこにあるポーチに入ってた」と言う。それを聞いた心操は、首をかしげ、「つまり、天喰さんの個性って……」

 

 と、言いかけた心操の言葉が止まり、すぐに片手で一方向を指差す。それを見た爆豪の動きもピタリと止まり、心操の指差す方向をちらりと確認してから素早く地面にしゃがんだ。心操もまた、数秒その体勢でいた後に起き上がって素早く爆豪と同じような体勢になり、いつもと変わらないような調子で隣の爆豪に話しかけ始める。

 

「とりあえずはもう一回出久の様子を見に行こう。起きてたら情報を伝えなきゃいけないし、まだ倒れてたら倒れてたで、別の場所に移動させれば通形さん達への時間稼ぎになる。多分通形さん達は出久を一番最初に捕らえようとする筈だし」

「……ッチ、んのボケが……足ィ引っ張りやがって」

「そりゃー明に言えって……それと」

 

 心操と爆豪はしゃがんだ体勢のままそれぞれ反対方向にすい、と落ち着いた動きで一歩横に動き、岩山から飛び出た通形の踵を回避した。それと同時に飛び降りてきた天喰の大きな貝殻と化した手もさらりと避け、最後に反対側の岩山から飛び出してきた波動がその個性を二人に打ち込む……が。

 

「勝己」

「うるせえ分かっとるわ死ね!」

 

 上空から飛んでくるその大きなエネルギーの渦は爆豪の両掌を使った極大爆破によって完全に吹き散らされ、それでも爆破の勢いは収まらず逆に波動の身体を岩山に叩きつけた。またその隙を狙って体勢を整えた天喰が爆豪の後頭部を狙って貝殻(シジミ)パンチを繰り出すも横から心操に腕を取られ、まるで見当違いの方向に投げ飛ばされてしまう。

 

「……っ、環! 波動さん!」

「……おっ。お帰り通形さん。本当に移動が早いですね」

「い、いやいやいやいや君らに言われても……というか上手いこと透過方向が岩山に引っ掛かってやたら飛ばされたから時間かかったけど、それでもたった二分ちょっとだよ!? 早くない!?」

「二分ちょっとあればスマブラで1試合できますよ」

「確かに!!!」

「すごく面白いけどそんなこと言ってる場合じゃない逃げろミリオ!」

 

 叫ぶ天喰が四肢全てを蛸の触手に変えて通形を逃がすための隙を作る……前に、その兆候を感知した爆豪が「ボケがァ!」と天喰の尻を思い切り蹴り飛ばした。悪役にしか見えない。

 

「っがっ……っだぁ……」

「抵抗すんなや。頭ぁサッカーボールにされたくねえだろが。あ゛?」

「勝己……顔、顔。あとその物騒な脅し文句もどうにかした方がいい」

「脅し文句はそもそも物騒なもんだろうが! んな事もわかんねえのかボケクマ!」

「いや確かにそうだけどこうもうちょいさあ」

「隙ありっ」

「あっ」

「あぁ゛!?」

 

 爆豪と心操が漫才をしている隙に通形が地面に沈み、天喰の腹に下から頭突きをかますような形で爆豪の足元から彼を引き離す。一瞬天喰から「ぐっふぇ」とあまり聞けない類いの声がしたが、通形はとりあえず「ごめん!」とだけ言い天喰を見ることもしなかった。目線は敵チームの二人に合わせ続けてある。

 

「……後は波動さんだけだよね……テープ巻かなくて良いの? すぐに取り返しちゃうよ? 今みたいにね!」

「んな事言って。もう起きてるでしょうあの人。近づいたら確実に吹き飛ばされる。そんなヘマしないっすよ」

 

 バレてしまってはしょうがないとばかりに波動が起き上がる。それを横目で見ながら心操はニヤリとシニカルに笑った。

 

「さて、と。もう大体分かったんで……答え合わせしましょうか」

「答え合わせ……?」

「はい。アンタ達の個性と、その欠点についてです。正直なところ今回俺達は勝ち負けよりもこっちを優先してたんで」

「……聞かせてもらうよね」

 

 尻と腹に走る痛みをこらえつつ立ち上がる天喰。こちらの隙を伺い続ける通形と波動。敵に囲まれ、ともすれば追い詰められているのはこちらにも見えるような状況。隣の爆豪はその三人を警戒するだけで何も行動をしようとしない。

 

(……いいね)

 

 心操は心の中で呟き、薄く笑みを浮かべた。

 

「……さて、誰からいきますか?」

(こういう状況は、悪くない)

 

 ここまで戦闘力が高い爆豪のサポートに徹してきた心操。囮と索敵だけで決して自分で攻撃はしてこなかった。否。そのような必要が無かった。こと物理攻撃で爆豪に不足など存在しないのだから。この人数でこの練度なら、心操はもはや不要と言っても良い存在だ。しかしここからはそれが逆転する。

 

 ここからの主役は心操。攻撃役は入れ替わる。

 

(さてさて、どこまで揺らせる(・・・・)か。やっぱり俺性格悪いな。今すげえ楽しい)

 

 心操人使の攻撃(口撃)が始まる。

 

 

 

 模擬戦開始四十分。岩山の間にできた平地。緑谷のみ不在。

 

 

 

 ざり、と波動がほんの少し足をずらす。砂で横に滑るように。

 

(言葉は相手の動作や言葉の始めに重ねろ。相手の『意識の動き』を翻弄してやれ)

「波動さんはそれです」

「ッ!?」

 

 ほんの少し、動かしかけた足を波動は止める。止めてしまう。そしてその隙を決して見逃さずに畳み掛けるようにして心操は言葉を雪崩れ込ませる。

 

「アンタの個性は強力だ。スピードと射程は無いけどその分威力と範囲がデカい。螺旋状に延びるエネルギーは多分自分の目の前に見えてるものなら大体吹っ飛ばせるんだろうさ」

「強力な個性だよな。ハハッ、羨ましいよ。けど」

「それは結構致命的だよな?」

「分かってるか? アンタが個性を発動させる度に岩山が崩れて壊れて挙げ句味方も怪我をしてる」

 

 ぞわ、と波動の顔色が変わる。ぐ、と体に力を込め、それは! と反論をしようとした。

 

「『それは分かってる』よな? まあそうだろうさ」

 

 そう。『しようとした』。それは実際には『自分が言おうとした事をそのまま言われる』という形で心操に先を越される結果になったのだが。

 

(自分の欠点なんて自分が一番知ってる。だから、それを指摘された時にどんな反応を返すか。一語一句合っている必要は無い。ニュアンスがあっていれば、それだけで揺らせる(・・・・)。そんで……)

 

「アンタの個性は今まで見た限り最小放射角九十度程度。飛行した時に出してたやつだな。本当にあれが限界なら今のこの状況じゃどうやったって味方を巻き込む。まあその前に勝己に散らされるか」

(『味方の揺らぎ』は味方に伝播する。どのくらいかは人によるが……)

 

 心操は一瞬波動から目をそらし、通形と天喰を見やる。それだけで明らかに萎縮する天喰と臨戦態勢の通形。

 

(……とりあえず天喰さんは『当たり』だな)

「……この二人を巻き込まないようにするには五歩以上はその場所を離れないとな。そして、それを見逃すほど俺達は甘くない。勝己ならノータイムで二人ぐらい吹き飛ばせる」

「俺任せか」

「人には役割ってもんがあるからな……それと、デカイ波動を放つならタメが要るんだよな? 二秒程度であれだけの波動を全方向に撃てるのは凄いが、さすがにこの至近距離でその隙は見逃さない」

 

 勝己じゃなくても……俺でも止められる。そう言った心操は、それきり波動から目をそらした。

 

「っ、ちょっ」

「お……っとォ動くんじゃねェーぞ。キレーな顔面吹っ飛ばされたかねえだろ」

「ちょおっ、勝己! 悪役ムーブやめろって!」

「るせえ! この状況で素を出すなボケ!」

「いやでもその言動はどう考えてもヒーローじゃ無いって……ああもう! せっかく上手くいってたのに!」

「俺のせいじゃねえだろぶち殺すぞ!」

 

 

 

 模擬戦開始五十分。一方。通形チーム。

 

 

 

「……何だこれ」

「漫才始まったよね」

 

 ついに通形達を放り出して普通に口喧嘩を始めた二人を見て、先程までの緊張はなんだったのかと息を吐く通形と天喰。そこに波動がとてとてと歩いてきて、大変に微妙そうな顔で首をかしげたので二人も首をかしげ返す。

 

「ナニコレ?」

「茶番? まあ隙であることには変わり無いし、パパっと捕獲しちゃうのがいいよね! もう一時間切りそうだしさ!」

「あ、いやその必要は無いですよ」

 

 三人の誰のものでもない声がそこに響くと、通形、天喰、波動の腰に細いテープがスルリと巻かれた。

 

「え……あぁ! 緑谷君!?」

「あ、もしかしてこれ、やられちゃった!?」

「……しばらく起き上がれないんじゃ無かったのか!?」

 

 雄英生三人の大声に対し非常に気まずそうに頬を掻きながら、

 

「……どうも。緑谷です」

 

 緑谷が微妙な顔で立っていた。

 

 試合時間五十三分。

 

 雄英チーム全員確保により無免チームの勝利。

 




自分でも最後雑すぎねえ?と思いますけどとりあえずシメです。

実習編が終われば次は座学編。天喰と透形の欠点についてと、不特定多数からヴィラン予備軍と言われ続けてきたからこそヒーローにこだわりすぎてしまう心操の話、シュタインとマイクの感動の再開の豪華三本立てでお送りしますよ。

魂威銃

魂の波長というも実際に観測することが難しいものを扱っているためよく爆発してしまう。発目並みの才能がなければそもそも爆発すらしないとか。

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