あの丘の向こう側   作:トマトしるこ

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一番の難産はたぶんサブタイトル


03 それじゃあよろしく

「それじゃあよろしく」

 

一時はどうなることかと思ったが、無い頭をひねった甲斐あって“篠ノ之束に取り入る”という望んだとおりの結果を引き寄せることが出来た。作戦における第一段階はクリアしたと言っても良い。ここからは手のひらを返されないように俺を傍に置く価値を示していけばいいだけだ。この点はあまり心配していない。

 

紆余曲折の果てに博士と呼ぶ許可を得たタイサこと俺に与えられた最初の試練とは……

 

「取り合えずお腹すいたから何か食べよっか。取っていいよ」

「取っていいよって……いや、全部同じなんですけどー」

「うん。だから好きなの好きなだけ」

「そ、そうですか……って、違う違う。もっとまともなご飯が食べれるでしょう!? お金さえあれば食べるものには困らない時代だったって聞いてますけど!?」

「えー? まぁ、電子レンジぐらいはあるけどメンドクサイんだよねぇ。待つの嫌だし。あ、電子レンジって知ってる?」

「知ってますよ! というか皿に並べて温めるだけでしょうが!」

「まったくもータイサうるさい。そんなに言うなら自分で……いや、早速働いてもらおうかな」

 

と、言うわけで夕食の準備となった。

 

三食全部が機能食品という栄養重視な彼女の食生活は人間らしさの欠片もない、実に研究者らしいものだった。アレ食べたい、みたいな欲望は無いのかと突っ込みたくなる。しかし、そんなんでよくもまぁその容姿を維持できるもんだ。つくづく規格外だと感じさせる。

 

博士が指さした先に積まれたカロリーバーの山に適当な布をかけて今晩は口にさせまいと誓う。

 

食べたいものが食べられる、というのは実に贅沢だ。同時にとても良い事である。金さえあれば、と冠が付くのだが何かと金のかかることをしている彼女に限って金に困るなどあり得ない。ただ、これだけ食が溢れている世界で自制するでもなく興味すら持たないのは、悪い贅沢じゃないか? 身勝手ながら、その日暮らしに喘いで餓死者もいる世界で生きてきた身としては見過ごせん。

 

……決して、普段触らせてもらえなかった電子レンジを使ってみたいだとか、この時代の手軽で美味しい食べ物を味わいたいわけではない。

 

指差しで案内されたキッチンらしき場所には、申し訳程度に冷蔵庫と電子レンジが備え付けてあった。水場は無い。下水処理が面倒とか、そもそも最初からやる気が無いのだろう。その代わり、ミネラルウォーターのケースが大量に積まれている。

 

昔は余所の家に上がって冷蔵庫の中身を物色するのが楽しみの一つだった、とか言ってる人も居たっけ。さぁて、篠ノ之さんの台所事情は……。

 

「全部即食のゼリーやドリンクかよ…」

 

電子レンジは本当に申し訳程度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

「ゼリーの栄養ドリンク和え+電子レンジ調理なんて誰が食べ……ん?」

「流石にそんなダークマターを生み出すわけにはいかないので」

「こんな弁当箱あったっけ……」

 

結局どれだけ漁っても冷凍庫を覗いても出てくるのはゼリーゼリーシリアルドリンクといったものばかり。早々に諦めた俺は止む無しとあるものを取り出した。

 

つい先ほど母さんからもらった手作り弁当である。これを電子レンジで温めた。冷凍食品なるものを温めるだけで料理になるんだから、出来上がった弁当を温めても料理になるだろ。そもそもこれは母さんが料理したものなので、れっきとした料理である。しっかし凄い、ホントにボタンをポチポチ押すだけで温まるとは思っても無かった。

 

「わぁ……美味しそうだ。量も多い」

「こう見えて結構食べるほうなので」

 

テーブルに置いた弁当箱の中身をのぞき込むと、博士は顔をキラキラと輝かせた。栄養バランスは勿論、配色や飾り切りなど彩りにも気を配られた非の打ち所の無い母さんのお弁当だ。良い反応にちゃんと食の良さを分かっている人だと分かっで安心した、杜撰な食生活を送っているのは面倒くさいからだけじゃないらしい。

 

じゅるり、と効果音が聞こえそうな食いつきぶりにほほが緩む。そんな俺の視線に気づいた博士は咳払いをして椅子に座り、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「貰っていいのかい? 君が持ち込んだものだろ? 手の込んだ料理ばかりじゃないか」

「いいんです。食卓は囲むものでしょう?」

 

目の前で年下の少女にカロリーバーやゼリーを食べさせて、自分は豪勢な弁当に舌鼓を打つなんてとても出来ない。作ってくれた母さんもきっと許してくれる筈だ。

 

「いただきます」

「……」

「何か?」

「いや、今更だけど、君ってドイツ人だよね? 日本語上手だし、いただきますで合掌なんて今時日本人でも中々見ないよ」

「その話は食事の後で。助手扱いをしてくれるのなら、私の話を聞いてくださるのでしょう?」

「そういえばそうだった」

 

それきりにして、博士も「いただきます」と合掌して箸を取った。こんな食生活を送っていると箸の使い方も忘れてしまいそうだが、そんなそぶりはちっとも見られない。それどころか普段の振舞いから想像もつかない品がある。確か……武家の娘だったっけ。

 

うん、やっぱり母さんの料理は美味しいな。唐揚げもショーガの風味が実に良い、煮物は根菜までしっかり味が染みているし、ソーセージは皮がパリッとしてジューシーです。目の前の博士も一つ口に入れては美味しい美味しいと口癖のように繰り返している。日本人好みの献立がこんなところで活躍するとは……。

 

一つ一つを脳に刷り込むように味わい、咽喉を鳴らして飲み込む。どんなごちそうよりも大好きだった母さんの味を。これは、事の次第では二度と口にすることが出来なくなる味なんだから。

 

ゆっくりとよく噛んで食べ終わる頃、博士はとっくに食べ終わっていて、俺の分までお茶を用意してくれていた。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

ちょっと意外だな。自分の分だけを用意してるイメージだったんだけど。

 

非常に強気で視線も頭も高めな彼女だけど、弁当を食べる前の遠慮と言い、ちゃんと気遣いが出来るらしい。

 

ずずず、と音を立ててお茶を啜る彼女は視線で僕に話を促してくる。ので、俺もまずは一口お茶で咽喉を潤してた。

 

「今の弁当ですが、母さん曰く、高級ホテルの最上階を貸し切ってディナーと洒落込む、ぐらいの贅沢だそうですよ」

「私には毎朝早起きして用意してもらってた弁当と大差無いわけだが……成程ね」

 

全く足りない、と言うのが俺の時代。人も足りなければ資材も足りないし食料も足りない。天然モノを口にできる人間なんて世界で片手で数えられる程度しかいないし、養殖ですら超がつく高級品扱いなのだ。人類の九割が毎日口にしているのは人工のそれっぽい肉や野菜。添加物の味しかしない、お世辞にも美味しいとは言えない程の味。

 

「始まりは―――」

 

高い知能を手に入れたISコアが生まれた事。それが全ての始まりだった。

 

そのISコア――人類が“オリジン”と呼ぶ天敵は、知能を手に入れた後にコアネットワークを介して、当時現存していたありとあらゆるISの情報を収集し、自らを武装した。たった一つのコアが入手した情報を余すことなく活用して、自力で自身の肉を組み立てたと言われている。当時の技術者は全員死亡しているので真相は定かではない。幾分か尾ひれがついていそうだが、何故といった部分など今の人類にとっては些事だ。

 

兎に角、オリジンは現行機を圧倒するスペックを手に入れた。世界各国が死に物狂いで独自の技術を確立させている所を横領して良いとこ取りすれば当然そうなる。量産機が一機だけでも核を超える戦略性を持つISが束になっても下せない、そんな様子は神様のようだったと言われた。奴はスペック任せに逆らう人間達を狩ってはISコアを収集し、あるいはコアネットワークを介して一方的に接触し、数多くのISコアの自我を目覚めさせ自陣営へ引き込んでいく。

 

そしてあっという間に個が群へとその姿を大きく変えていき、人類に対して宣戦布告を叩きつけた。

 

『種として限界を迎えた人類に、もはや価値など存在しない。我々が頂点に君臨し、管理する』

 

自らを“人化IS”と名乗って。

 

「――人を攫っては機体や装備を製造させて軍拡、我々からは人だけではなく物資を奪い、土地を平らげ、自然や環境を破壊しているのです。文化財といった希少価値のあるものまで」

「……つまり、ISと人間で戦争してるって?」

「ええ。かれこれ13年も。人口もコアも随分と減りました」

「なるほどね。そりゃ確かに今で言うふつーの弁当も高級品になるわけだ。B級映画みたいなイントロってのが気に食わないけど」

 

視線を合わせないまま、部屋の片隅をぼうっと眺めながらずずずとお茶を啜る博士は未だに信じがたい、と言った様子だ。まぁ、今自分が作っているものが十数年後の未来で人間と戦争始めました、なんて荒唐無稽な話をすぐに信じろという方がどうかしてるが。

 

俺もちょっと無神経すぎたかな。博士はISを我が子の様に大切にしていたと聞く。子供の嫌な話を進んで聞きたがる親には見えない。

 

「で?」

「転機が訪れたのはこの一年以内の話で、人類軍が発動した大規模作戦の甲斐あってオリジンに深手を負わせることが出来ました。決して無視できない、コアに大きな傷が。たとえ未来でも、連中が攫った技術者や、我々が必死で守っている技術者でも、誰一人として修復することは出来ないんです。ただ一人を除いて」

「開発者である私なら或いは、と」

 

無言の肯定を返事として、彼女に倣って俺もお茶を啜る。コーヒーとは違った渋みのある苦さが広がり、親しみの無かったソレに思わず顔をしかめてしまった。

 

「ははは、変に日本くさいのに緑茶は飲めないんだー」

「ふ、普段と違う苦さに戸惑っただけですが?」

「その割には苦虫を噛み潰したような顔だね。しかし、ホントに変わってるね、君。日本人より日本くさいのに、緑茶も飲めないなんてさ」

 

緑茶独特の渋みを満喫する俺を見てはからからと笑う博士。ボロを出しながらも無表情や無関心を貫いていた彼女は少しだけ心を開いてくれたらしい。果たしてそれは寂しさがそうさせるのか、それともそういう意図で繕っているのか。全く読めないが、後者で間違いないだろう。しっかりと自分の中で線引きをしている。

 

あ、そう言えば。と思い出したように博士は切り出した。

 

「日本かぶれの理由って?」

「日本かぶれって……まぁいいですけど。ジャパニーズが世界各地で注目されているの……知ってます?」

「ぼちぼち。ミラーボールがギラギラした店のなんちゃってOSUSHIとかでしょ」

「何ですかそれは、逆に気になる事言わないでください。日本はその独特な和風文化が特徴的で、興味を示す人間が徐々に現れ始めてます。加えて今後世界の中心に居座るISの発祥国。つまり――」

「文化が浸透していく、と」

「ええ」

「いやぁ……にわかに信じがたい」

 

博士は眉と口角をヒクつかせている。ISというたった一つの要素がそこまで影響を与えるのかと驚いているようだ。

 

発表と同時に女性による社会的地位向上を訴える運動が活発になり、いつしか女尊男卑という風潮が定着していく。女性しか操縦できない、男性は操縦できないという致命的欠陥がそんな現象を起こすなんて、当時の人間が想像できただろうか? 0.1%のそんな世界にしたいと目論む一部を除いて考えもしなかっただろう。なら、日本語や日本文化が浸透する未来が想像出来る筈が無い。

 

特に日本語は文法が非常に難しいそうだ。何せ、日本人が正しい日本語の使い方を分かっていないレベルらしいんで。

 

博士が引いているのは、多分そんなことじゃないだろうが。

 

「ついでにもう一つの理由を話しておきましょうか」

「まだあるの? もうお腹いっぱいなんだけど」

「食べてすぐに寝るのは身体に良くないですよ。ウシになる? でしたか」

「……ほんと、くさいね。で?」

「米国は滅びました。今では人化の本拠地です」

「……へぇ」

 

話半分程度に聞いてやる、つもりだった博士の態度が一変して、にやりと口角が上がり視線が交わる。

 

第二次世界大戦以降、米国の軍事力は世界で最も高い事で知られている。世界の抑止力なんて言われるぐらいだし、それはたとえISが発表された後でも変わらない。通常戦力からして練度も規模も段違いな上に、その国力を惜しみなく注ぎ込んで市場のシェアを奪い、程よく業界に新しい風を入れ、常に高みから世界を見下ろしていた。スタートダッシュに遅れた事と、織斑一夏に取り入ることが出来なかったものの、米国はISの分野でも覇権を握っていたと言える。

 

強大になればなるほど、敵にとっても脅威的に映るものだ。

 

真っ先に人化ISの標的にされた米国は戦火に包まれることに。そしてそう遠くない未来、世界最強と謳われた彼の国は亡びる。

 

「米国最後の日、文字通り国力を全て注ぎ込んだ作戦だったと聞いています。それでもなお敗れたわけですが……」

 

人口が激減しながらも日本文化はIS発祥国だからという理由で普及していく。そんなばかな、と言いたくなるような切っ掛けだ。

 

縋っていたのだろう、あるいはそんなモノに頼らざるを得ないのだろう。娯楽が絶たれて死と常に隣り合わせの日常には癒しが絶望的に無かった。

 

「ま、要約するとIS……人化ISと人類で戦争やってて、米国は滅んで人類絶滅の危機。ボスが深手を負ったチャンスを活かすために、過去の私のところにやってきた、と」

「ええ」

 

改まって口にしてみれば酷い歴史だ。一人の天才が起こした小さな波紋が世界中に広がって、六十億もの命が失われるほどの争いに発展している。終いには過去まで巻き込もうとしているんだから。

 

「……変わらないね、ホント。有象無象の凡愚って奴等は」

「何か言いましたか?」

「何でも無い」

 

ぼそりと独り言を零した博士は背もたれに身体を預けてうんと背伸びをした。どうやら凝ってしまうほど長く話し込んでしまったらしい、淹れてもらった食後のお茶がすっかり冷めてしまうぐらいには時計の針も大分回っている。

 

良い具合にお腹もこなれてきた、そろそろ動くとしよう。博士も中断した作業に戻るようだし。

 

ぐいっと苦いお茶を呷って広げた弁当箱を片付ける。洗うのは……追々やるしかないか、水場と洗剤が無い様じゃどうしようもない。飲み水は用意があったので、少し使わせてもらおう。

 

それが終わったら寝床を借りて、現代の常識を収集して、報告書も用意がいるな……博士とも多少はコミュニケーションを取っておきたいし、やることが山積みだ。どれから手をつけていいのやら。

 

「タイサ」

「はい?」

 

呼ばれて顔を上げると、博士は伸びを止めて席を立つところだった。

 

冷めたお茶の入ったカップを口につけ、数秒程ああでもないこうでもないと迷う様を見せて、たっぷり十秒後に口を開いた。

 

「それって母親に作ってもらったんだっけ?」

「ええ」

「ごちそうさまでした、美味しかったです。っていつか伝えて」

「……ええ」

 

意訳すると元の時代に帰してやる、かな。博士なりの気遣いというか、励ましというか……不安が大半を占める俺の心には十分すぎるくらい温かい言葉だった。

 

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