あの丘の向こう側   作:トマトしるこ

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和菓子は良いですね、甘党には特に


04 およそ健康で文化的な最低限度の生活とは思えない

「およそ健康で文化的な最低限度の生活とは思えない」

「タイサって容赦ないね。というか、よく知ってるね」

 

一夜明けて翌日。洞窟をくりぬいたような隠れ家に客室は勿論の事、予備の寝具があるはずもなく、野営の為に準備してきた寝袋をさっそく使う羽目になった。博士? 白衣にくるまって寝るって言ってた。

 

時計を見れば午前6時。すっかり染みついた習慣には抗えず、もう少し眠りたい気持ちもあるが、気の緩みだと心の中で一喝して寝袋から這い出た。畳んでナップザックに戻し、隠れ家を一周する。

 

南の出入口の様な箇所と直結しているのが、博士と出会い食卓を囲んだリビング的な場所。そこから放射状に各部屋に繋がっており、北に博士の私室兼研究室、西にはキッチンやトイレにシャワールームといった生活に欠かせないものを密集させた居住スペース、北西は資材やガラクタが山積みで、東側には何か大きな部屋があるようだが閉ざされていて確認できない。どの部屋も洞窟を利用しただけあって広い。お陰で一晩借りたリビングは寒かった。

 

把握が済む頃には博士も目を覚ましリビングで軽い挨拶を交わす。寝ぼけて俺の存在を忘れたことにされるかも、なんて不安は杞憂だった。

 

ぶっちゃけ汚い。ここは軍じゃないので厳しい規律がない事は百も承知、きっと一人暮らしというのはこんなものなんだろう。が、それを除いても汚い。広い空間だけに、点々と転がる異物が気になる。

 

「片付けます」

「いいねぇ、助手っぽくて」

「掃除用具は何処ですか?」

「そうじ、ようぐ?」

「……はぁ」

 

面倒くさいとかそんな次元じゃなかった。掃除をしないという選択肢が浮かぶなんて、天才とは恐ろしい生き物である。騙そうだとかすっ呆けるとかではなく、そんな言葉は知りませんといった風なのが特に。

 

「揃えるので近くのお店を教えてください。あと、お金を」

「それは無理かな。こっそり隠れてるから、外に出るのもこっそりじゃないと。警察と軍の哨戒や演習スケジュールに穴のある日を選ばなくちゃ」

「……次は把握されていて?」

「二週間後」

「…………はぁ」

「ほら、その時になったらバッチリ働いてもらうから、暫くは頭脳労働だよ」

 

白衣の裾を翻す博士の後を追って私室兼研究室にお邪魔する。案の定、足の踏み場もない魔境だった。母さんの私室でさえ踏み入ったことの無い俺、こんな形で女性の部屋に入ることになろうとは……とドキドキした俺の気持ちを返してくれ。

 

自然と漏れたため息を無視して博士がぐいぐいと奥へ進む。瓦礫…もとい部品の山を越えた向こうは意外と整理されており、だだっ広い空間の中央にはカラーリングの施されていない試作段階の機体が鎮座していた。

 

第五世代……というより俺の時代では資材不足と技術発展の影響で装甲は薄くとも頑丈になったおかげで、黎明期と比較するとかなりスリム且つ小型になった。これは角ばった装甲の癖に関節部付近は皮膜装甲任せの姿、典型的な第一世代だ。

 

色がついてなくともわかる。この時点で博士本人が手掛けた機体と言えば、あれしかない。

 

「これは?」

「お手製ISその2。名前は秘密…って言っても、知ってるんでしょ」

「暮桜」

「ぶー、つまんねっ」

 

知っているフォルムと些か違いがあるが、博士が手掛けた機体なんて片手で数える程度だ。時期を考えれば消去法で特定できる。

 

白騎士が行方知れずになった代わりに織斑千冬に与えられた機体、だったか。ちなみに、白騎士の正体は明かされていないが織斑千冬以外があり得ないので、白騎士=織斑千冬が昔からの定説らしい。本人も否定しないから余計に信憑性が高まっている。

 

「で、何をすればいいんですか?」

「私がテストするから、記録と機器の調整を」

「…了解」

「いいね、お利巧は好きだよ」

 

計器の使い方なんて分かりません、と言いたいところだが俺が乗るわけにもいかない。博士が使っているとはいえ旧型だ、見れば大丈夫なはずと信じて承諾する。

 

暮桜に乗った博士は立ち上がる。ちょっと飛び回れそうな広さのある洞窟ではISも人より大きい小人程度だが、それでもシックザールより一回り大きい。象徴の雪片はおろか、装甲版すら無くフレームと配線丸見えの箇所が目立つ。

 

……うん、多分大丈夫だ。

 

「そう言えば、起動して気づかれることは無いんですか?」

「大丈夫。この隠れ家全体にバレないよう仕掛けてる。さ、やろうか」

 

暮桜に乗ったままキーボードを操作すると、全身に繋がれていたコードが一斉に切り離される。コアが目覚め、全身へとエネルギーが送り込まれ、電気信号が返ってくる。

 

博士の指示で、電気信号の反応速度計測から助手生活が本格的にスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二週間後

 

初日に博士が言っていた通り、今日は軍と警察の監視網に穴が生まれる日。世界中から逃げ続けている彼女にとって心安らぐ場所など何処にも無い。完璧な処理を施した隠れ家も例外ではないし、その証拠にこうやって外出すら徹底している。

 

ひがな一日。代わり映えしない洞窟に引きこもり、満足に太陽の光すら浴びれない生活は気が狂いそうになる。だからこそ今日という日を大切にしなければならない。燦々と照らすお日様と新鮮な空気が俺を待っている…!

 

はずだった。

 

「あ、タイサ留守番ね」

「……ぁぇ?」

 

実は二週間後…つまり今日を楽しみにしていた俺はこっそり岩盤にナイフで傷をつけて日数を数えていた。宣言した通り、ここは汚いので掃除をしたいし、食べ物だってたくさん溢れているそうじゃないか。燃え尽くされた森林なんて無いし、電灯で眩い夜の都市が広がっているとも。

 

この時代に降り立ってまだ一度も外に出てない。外はおろか、外に繋がっている南側通路にすら踏み入らせてもらえない。

 

現状を考えれば仕方がない。納得できる。だから、博士が公言した軍と警察の監視網に穴が生まれる日を心から楽しみに、それだけを励みに助手に勤しんできた。いわば給金。こんなに人とモノに溢れた時代だというのに、給料未払いなんて真似をするのか。

 

「ちゃんと説明するから……」

 

知らずの内に凄い表情をしていたようだ。流石の博士も冷や汗をかきながらそう続ける。

 

「この二週間、結構お互いの世界について話を深めてきたじゃん? 聞いてる限りだと、文化や常識の類がまるで違ってるのは分かるよね」

「ええ。あちらでは人類軍によって言語や食事など全てが統一されていますが、こちらでは国々の文化がそのまま息づいているのでしょう」

「そうだね。言葉も食文化も違うし、貨幣や価値観も全てバラバラ。日本には郷に入ってはという言葉があるけど、その国の言葉で会話してその国のルールに則って生活しなくちゃいけない。だから……そのだね…」

「あちらでの常識しかない私が居ては、ただの買い物でも邪魔になってしまいますね……仕方ありません」

「うん、ごめんね…」

 

この二週間。四六時中根を詰めて開発に勤しんだ甲斐あってか、博士は徐々に心を開いてくれている気がする。これがもし初日なら「知らないよそんなの」と一蹴されてこの会話も終いだったろう。そも、俺から外に出たいと意欲的に話すことすらしてない。

 

分かっている前提で話したりするので主語が欠けていたり、説明不足なところがあるものの、話してみれば博士は意外と普通だ。少々……かなり神経をすり減らして言葉を選んだり、記憶の引き出しをひっくり返しているけど、受け答えは普通なんだ。世間一般では“近親者以外とはコミュニケーションが取れない異常者”という扱いだったが…実際はどうなんだか。

 

冗談から始めるのは、冗談が通じるし最後は納得してもらえるという信頼関係が成り立っていると言う事。順序を立てて説明だってしてくれるようになったし、申し訳なさ…あの天災が罪悪感を抱いている。極めつけに、きっぱりと断る一言を躊躇い、素直に謝罪まで。

 

今の彼女はいたって普通の女の子だ。

 

「あー良かった。説明してたら折角の買い出しなのに日が暮れちゃうし、パーツをじっくり見る時間も無くなっちゃうしさぁ。どこ行こっかなー」

 

……前言撤回。やっぱだめだわこの女。

 

口にしたこと全部が本意だとは思ってなかったけど、それを本人の目の前で堂々と言うか? 出たくてうずうずしてる俺の目の前で? 流石天才、えげつない。さっきまでの申し訳なさそうな表情が幻の様だ。

 

「そうだ。前に何か言ってたよね、買いたいって…えっと……」

 

いいように弄ばれた怒りがふつふつと湧き上がってくるがぐっと堪えて笑みを作る。引き攣ってるかもしれないが隠すつもりはない。そっちがその気なら考えがあるってものだ。

 

と考えていたが、もじもじしながらポケットを探り始める博士。

 

これは、まさか、照れているのか?

 

「掃除用具の事ですか?」

「だったっけ。買って来ればいいんでしょ」

「……良いんですか?」

「天才であって鬼じゃないからね、助手がまぁまぁ使える奴だって分かったし、少しくらいはこの束さんが労ってやるよ。ありがたーーく欲しいものをこの紙に書くがいいさ」

 

なんつーテンプレ。クラリッサから鑑賞会という名の拷問を受け続けていた時はあり得んだろとか思っていたけど、まさか実在するだなんて。それも時代の人だぞ。どう切り出していいか分からなくて思いついたこと言ったけどめちゃくちゃ恥ずかしい事言ってて照れてる。

 

とりあえず、鬼ではなさそうです。

 

「ありがとうございます」

「ふ、ふん……」

 

さらさらと日本語で最低限の掃除用具と個人的に欲しいものを記して博士に返す。母さんから良く聞かされていた通りなら、そんなに変なものではないし、時間に余裕さえあれば……いや、場所次第か。隠れ住むぐらいだし、辺鄙なところなのかも。

 

受け取った紙をじっと眺める博士。視線がピタリとあるところで止まり、紙をひっくり返して問い掛けた。

 

「これ、甘いものって?」

「……? 甘いものって、あるんですよね?」

「あるけどこれじゃアバウト過ぎて分からないよ」

「アバウト……甘いものは甘いものじゃないんですか?」

「ちょっと待った。甘味を知らないくせに書いたの?」

 

ぐぐいっと紙を俺の顔面に突きつけながら博士が詰め寄る。あまりの勢いに後ずさりそうになった。片足を一歩引いて堪え、逆に質問された意図を探る。そんなに時間は掛からなかった。

 

生命維持を最優先としていたあちらでは、食事は栄養重視で弁当すら超のつく高級品。命を懸けて戦う軍人ですらお世辞にも美味しいとは言えない合成品ばかり口にしている。食料品で娯楽など夢のまた夢、特に甘いものなんて持っての他。糖は合成調味料の中で最も希少であり、医薬品に使用される分すら賄えなかった。

 

つまり、甘いとは何なのかをあちらの人間は知らないし、忘れてしまったのだ。当然俺もその一人で、母さんの友人たちが集まると昔話が始まって必ず甘いものが出てくる。羨ましそうに語る甘いものとは何なのか、長年の疑問だった。

 

博士の反応から察するに、甘いものは大分類にあたるもので名前ではないらしい。種類が幾つもあるのか…。

 

「はぁ、砂糖も無いのにどうやってあの味を再現したのか気になるけど……まあいい。甘いものって言われてもいっぱいあるんだよ。甘い、は一口じゃ説明できない」

「なら博士の好きなもので」

「私の?」

「女性は甘いものが大好きと聞きました。博士も好きな甘いものがあるのでしょう? 私がきいた事のある甘いものはどれか分かりませんし……なら、初めて食べる甘いものは博士の好きな甘いものがいいです」

「……言ってて恥ずかしくない? あ、自覚無いな。忘れて」

 

嘘偽りない本心だ。頭脳労働には糖分が欠かせないというのが科学者たちの口癖だったし、博士ほどにもなれば飛び切りの甘いものを食べているに違いない。この瞬間だけは食べ飽きたカロリーバーたちを忘れる。

 

胸元の開いた水色のエプロンドレスが博士のお気に入りらしいが、外出となると派手で目立つ。呆れた様子の博士は自室へ引き返し、再び現れると別人に生まれ変わっていた。

 

白のブラウスに赤いロングスカート。ブーツはそのままに、白衣の代わりにブラウンのコートを羽織り、肩に財布が入る程度のポーチを下げている。ぼさぼさだった髪はこの短時間でどうやって仕上げたのか不思議なくらい整えられて、左手首の時計と、また大きく開いた胸元のネックレスがいいアクセントに。

 

元の素材が良いから、磨けば光るとは思っていたが……まさかここまでとは。遺伝子操作の発達したあちらじゃ美形なんて珍しくないってのに、こんなに綺麗な人は見たことが無い。放っておく男は居ないぞ、逆に目立って外出どころじゃなくなるんじゃないか。

 

「何、もしかして見惚れてる?」

「ああ、綺麗だ」

「っ………どうも」

 

受けた衝撃があまりにも大きすぎて素が出てしまったが、気分を害してない様子で安心した。

 

一瞬だけ立ち止まったものの、博士はすたすたと出口へ歩いていく。

 

「じゃ、日が暮れる前には帰るから」

「そうか。行ってらっしゃい」

「………ます」

 

掠れるような声だったが、それは確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングの椅子に腰かける。目の前には紙皿。真四角で濁った色のぷるぷるしたものが木のナイフとセットで用意された。特別香りがするわけでもない、実にシンプルなもの。

 

失敗した……といった表情の博士は既にエプロンドレスに着替えており、対面に同じ甘いものを用意して食べるのを待っている。

 

「これが、博士の好物のあまいもの。なんという食べ物ですか?」

「よ…」

「よ?」

「羊羹」

「ヨーカン」

 

自分で選んで買ってきたというのに、博士ときたら何でこんなものを選んでしまったんだ、と恥ずかしがる顔に書きなぐってうなだれている。色合いといい備え付けの木のナイフといい、日本伝統の……和菓子? だろう。地味というか質素というか……しかし、こんな見た目の癖に和食は美味しいから侮れない、とは母さんの言葉。

 

食事に特別なこだわりを持たない博士が選んだ、こだわりの一品。母さんの弁当を美味いと口にしていたし好みは近しいはず。よってこのヨーカンも美味しいはず。

 

聞いていた甘いものはとにかく派手でボリュームがあるものだったので、きっとヨーカンは伝え聞いた甘いものとは別種の甘いものだろう。地球は広いし、あちらと違ってそれぞれの文化がまだ根付いている。食事に和洋中とあるなら甘いものもそれぞれだ。

 

「で、どうやって食べるのですか」

「ケーキみたいに……って伝わらないか。それで切って刺して食べる」

「おぉ……ゼリーをもっと硬くしたような」

「そんな感じ」

「どうして気を落とすんですか。これは博士が食べたかったものじゃないんですか」

「君には分かんないよ、あれだけ選択肢があったのにあえてこれを選んだ時の私の心境なんてさ」

 

食べられたら良かったな―ぐらいでいたら、ホントにあったんだから買っちゃうでしょ? とぶつぶつ独り言ちる博士はまだ恥ずかしそうにしている。帰ってからずっとああだ、買ってしまったものは仕方がないんだし切り替えればいいのに。

 

知ってほしいけど知られたくない、教えたいけど教えたくない、そんな感じのジレンマにこれでもかと頭を抱えていらっしゃる。うぅーっと唸るのもそれから数秒、手本を見せるように木のナイフでヨーカンを六等分にして一切れを口に運ぶとふにゃりと顔を歪ませた。十分に味わったあとは最近になって慣れてきた苦いお茶をずずずと啜りほっと一息をつく。どうやらお口直しまでが一連の作法のようだ。

 

見様見真似で木のナイフを掴んでヨーカンに切り込みを入れる。やたら硬いゼリーの様な感覚だが、口に含まずとも分かるしっとり感から普通のご飯とは違う食べ物だと分かった。栄養補給ではなく、五感で楽しむものならではだろう。ぶすりと刺して、いざ実食。

 

「美味しいでしょ」

「……はい。どう表現していいのか悩みますが、これが“あまい”なんですね」

「和風なあまさ、だね。歯が溶けそうな甘ったるさ。そこで渋い茶がまた美味しいんだ」

「…………」

「ははは。タイサには早かったかな?」

「子ども扱いしないで頂きたい」

「はいはい」

 

世話になって二週間。ようやく俺はただの篠ノ之束と食卓を囲むことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに二週間後……つまりこの時代へ来て一ヶ月後の朝。いい加減慣れた冷たい洞窟の空気を目いっぱいに吸い込んで身支度を整えていると、博士が慌てて部屋から飛び出してきた。

 

「タイサ、手伝って」

「何を?」

「片付け」

 

ここでやっと整理整頓に目覚めたんですね! と叫ばなかったのは、飽きるほど見た険しい目をしていたからに他ならない。

 

「ドイツ軍にバレた。逃げるよ」

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