あの丘の向こう側   作:トマトしるこ

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06 君ってすごいね

「君ってすごいね」

「何をいきなり」

 

大量の氷と並々に注がれたドリンクを煽って上機嫌な博士は、唐突にそんなことを言い出した。ちなみにさっきまでの話題は、大好きな箒ちゃんのマル秘エピソード第三弾である。第一、第二は洞窟で退屈だったころに傍聴済み。それぞれ二時間コースだったので今日もそれなりに覚悟しているつもりだ。そろそろ語られ過ぎてマル秘でも何でもなくなっているが……篠ノ之家には平穏の二文字は無かったんだろうか?

 

……失礼、この姉にしてあの妹には無縁の言葉だった。

 

ちなみに俺のお気に入りマル秘エピソードは下着の相談先が織斑千冬というヤツ。姉の威厳なんて欠片も感じられないところが気に入った。

 

「知ってるだろうから隠さないけど、私もちーちゃんも身体能力は凡人の非じゃない。真面目にスポーツやってたら金メダルもタイトルも総舐めしてたかな?」

「だろうな」

「でも今日のヴィルヘルムの真似をやれって言われると、結構キツイかなーって」

「俺がきつくなかった訳じゃないぞ。それに、俺はメダルもタイトルもとれる自信はない」

 

相手を手玉に取ったような言い方は止めて欲しい。事前に訓練を積んで、洞窟内で歩兵という枷で地上戦に縛り付けられてやっと一撃入れられるか否か、ってぐらいの危ない綱渡りだったんだ。またやって、とか言われるとシャレにならん。

 

「ほんとに? ほんとにぃ?」

 

うりうり~と言いながらつまみのジャーキーで俺のほほを突っついてくる。少々うざったいノリと言い、普段なら絶対にやらないちょっかいと言い、完全に酔っ払いのソレである。

 

いや、実際に酔っ払いである。

 

でへへ、と緩み切った博士の落ちそうで落ちないマグカップには、なんとお酒が注がれているのだ。

 

 

 

 

 

 

無事にドイツ軍の包囲を突破して、ちょっとしたアクシデントを挟むも結果的に親睦を深めた俺達は、記念にパーティを開くことにした。俺は、博士が気を利かせてくれたと思ってる。

 

未来をバタバタ飛び出してやってきたこの時代、今日まで洞窟暮らしで外に一歩も出れなかった俺は初めて外に出られた。そして、地球本来の姿に感動して涙した。

 

外に出たがっていたこともあるし頼んだ仕事をこなしてくれた御礼に! とは博士の言葉だ。当然それだけが理由じゃないのは間違いないけど、厚意はありがたく受け取ろう。

 

最初は約束通り(?)にカレーにサラダとケーキのセットを食べよう、という話だった。しかしラボから持ち出したのは食材(笑)のカロリーバーたち。途中の買い出しではヨーカンなども買ってもらったが、水場も無いしそもそも料理が出来ないので食材の類は一切ない。あるのは……もういいか。要は何もない。

 

逃げ出して早々に買い物に行くのはまずいんじゃないか? と思った事を口にしたが、なぜか博士がキレ始める。で、紆余曲折を経て最後はパーティを開くことになったのだ。カレーはどこに行った。

 

聞かれた時だけ返す、勝手に歩かないという約束を守れるなら買い出しに連れて行ってやるという博士の提案に土下座してすがりついて、いろいろなものに感動したのはまた別の機会に。とりあえず、それっぽい服を着てバレない様な博士お手製の機械を使って外見をごまかした事と、子供じゃないので、特に問題を起こしたりはしなかったことだけは言っておく。

 

とても楽しかった。買い物、という行為自体が初めてだったがとても良かった。何故か博士が途中から余所余所しかったが……それも一時だけ、最後は盛り上がって色んなものを買ってきたのだ。

 

その最中に、未来でも見覚えのあるものを見つけて買ってもらったものが一つだけある。

 

「はぁ~~美味し~。もっと早くこっちに来て教えてくれたら良かったのにさぁ~」

「なんだそりゃ」

 

もうお分かりだろう。酒だ。未来での数少ない娯楽の一つ、人類が戦い続ける為にと織斑千冬主導の元に安定して生産させられた。実は本人が飲みたかった、という噂もあるが、そんなものは些事に過ぎない。現に我々は酒に助けられているのだ。お酒サマサマだったのだ。

 

昔……今のこの時代では飲酒について厳格な年齢制限があるらしいが、未来では酒に関わらず娯楽関係はガバガバに緩い。兵士として戦える年齢=色々OKというのが不文律だった。俺で例えると、軍人で大佐だから色々と遊んだし知っているけど年齢的にはアウトに近い。

 

博士の出身国日本では特に厳しく、幼い頃からそう教えられて育ってきた博士には“飲んではいけないもの”という意識が根強くあるみたいで、買いたいというとちょっと怒られた。「最初は分からんかもしれんが、美味しいぞ」というと渋々受け取るのだが、好奇心が隠せていないのは直ぐに分かった。そしてカレーは忘れ去られ、つまみや菓子を選びがちになり、いつの間にかパーティーにすり替わったってわけ。

 

俺は初めてのアルコールは不味かった記憶があるのに、博士ときたらジャンジャン飲んでベロベロに酔っている。隊長たちから無理やり飲まされる内に楽しみ方が分かった俺とは大違いだ。でも後で吐く奴だぜ、あれ。

 

そうやってお酒が入ってテンションが上がって箒ちゃんマル秘エピソードがはじまり、何故か今日の話に戻った次第である。

 

「んぐ。……ホントに。実戦でやったのは初めてだ。行動の良し悪しや有効な手段を知ってれば、博士だってできるさ」

「例えば?」

「軍事機密だ」

「何それ……ってあーー! 私のジャーキー食べたー!」

 

博士の場合は立ち回りを覚えるよりも即解体でどうにでもなるだろ、と心の中で思ったが黙っておこう。

 

後々の介抱まで考えるとかなり面倒くさい酔い方をしているが、悪い気はしない。年も近くて美人で軍人の肩書が意味をなさない相手との酒は、気を使うことも使われることも無くて今までで一番美味しかった。

 

「おかわり!!」

「そろそろ止めておかないと後悔するぞ」

「天才の私がアルコールごときに後悔するわけ無いでしょ~? 助手、仕事なさい」

「はいはい。博士のおっしゃる通りに」

「ふふふ、苦しゅうない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわふわ、という表現がぴったり当てはまる目の覚め方をした。ぐっすり寝たような気がする……けど、身体はそう言っていない。なんだか頭と身体が別々の主張で不毛な議論を繰り広げている気がする。

 

ベッドに寝ている事を景色から察して、とりあえず身体を起こす。

 

「うっ…おえぇ」

 

無理だった。ガンガンと頭が割れるような、ぐわんぐわんと揺さぶられるような感覚がしてとてもじゃないけど上体を起こすことすらできない。なんだか力も入れにくいし、そも指先の感覚すら曖昧。そしてお腹のぐるぐる感と吐き気。

 

これが噂の二日酔いって奴ね……気持ち悪い。

 

飲み過ぎた大人達が誰も彼も苦しそうにしていたのは知っている。テレビ越しに「なんて大袈裟な」と思った事も一度や二度じゃない。美味しくて楽しいからと限度を過ぎればどうなるのか、身をもって体験した貴重な時間だった。

 

今度は量もペースも落とそう。うん。

 

くだらない事を考えながら暫く横になっていると少しずつ慣れてきた。ゆっくりとなら身体を動かせそうな気がして、たっぷりと時間を掛けてやっとの思いで身体を起こす。

 

ベッドの横に備え付けた小物置きに手紙とペットボトルの水がある。お腹はいっぱいなのに不思議と咽喉の渇きを覚えた私は、力の入れ過ぎで中身を溢しながら喉を鳴らしてごくごくと飲む。

 

「……ふぅ」

 

ちょっと落ち着いた。ペットボトルを置いて、代わりに手紙……走り書きのメモを読む。

 

『多分二日酔いだろうから、とりあえず水を飲んでトイレ行って寝るように。具合が悪くなったらそこの薬を飲んで、それでも治らない時は起こしてくれ。吐き気は我慢しない事』

 

流石、昔から飲んでいただけあって二日酔いになると分かっていたようだ。まぁ、言う事は聞いておこう。喉も乾いている事だし。

 

私はヴィルヘルムの書置きを素直に受け取った(・・・・・・・・)。飲みかけの水をまるっと飲み干して、トイレが近くなったので直ぐに済ませて、追加でもう一本水を持って来て部屋に帰ってきた。

 

ベッドに寝転がる。直ぐにでも眠れそうだけど、ドキドキして寝付けない気もする。あまりいい気分じゃないけど、夜中だし眠気もゼロじゃないし……なんか慣れてきたかも。うーん、ぼうっとしていればそのうち眠れるだろう。

 

それまでは何をしていようか? そんな私の思考の矛先は彼……ヴィルヘルムしかいない。これも何回目かな。

 

一ヶ月前に私の目の前に突然現れて今日に至るまで、研究を手伝わせ、雑談もしたり、助けてもらったりした。一言で言い表すなら“優秀”。この言葉こそ彼に最もふさわしいと思う。

 

本職は軍人でISのパイロットだと言いながら、そこいらの技術屋よりも断然詳しくて、私の話をまぁまぁ理解している。今はいわば黎明期のような時期で、彼は十数年後のより進んだ未来から来ているから、向こうでは常識かもしれないけどそんなことはどうでもいい。ここで大切なのは、ISという私の土俵で私と話が合う一点。

 

腕前は言わずもがな。戦争中に軍人として生き延びているプロだ。聞けば、後期型遺伝子強化素体というドイツの実験の産物らしく、身体も頑丈でも感覚もシャープなんだと。要は人間離れしている。人工的な同類と言えなくもない。

 

どうやら大きな部隊の隊長を務める大佐殿らしく、私と違って人格に問題無し。気は利くし優しいし、正しく厳しい。口だけじゃないところもグッド。これまでの付き合いから、部下からの信頼が厚い事は容易に想像できる。

 

あえて問題点を上げるなら……少々女の敵っぽい匂いがするところ? 普段は紳士な癖してすけべだし、遊んでたような雰囲気を感じる時もある。いやいや、別にヴィルヘルムが何をしてようが、他の女の子と遊んでいようが私には関係ないわけですけど?

 

容姿は整っているし、文句無しにカッコいい。

 

そんな感じの、まるで絵にかいたような文武両道容姿端麗と夢の様な人が私の助手を務めている。ISに身一つで戦いを挑んで勝利を掴み、日常的で面倒くさい酒の介抱すらそつなくこなす。

 

幼い女の子なら……この私ですら、一度は誰でも夢に見たような――「…え?」という所まで考えてしまった。

 

「……」

 

そこまで考えて、私はそんな自分のバグを一蹴した。蹴飛ばして、踏んづけて、くしゃくしゃにして頭の隅のゴミ箱へ放り投げてやった。頭の中で処理を済ませれば普段なら終わる筈が、なぜか枕をぼすぼすとサンドバック代わりにするというアウトプット付き。

 

そんなところまで考えてしまった、この篠ノ之束が。信じられない。

 

(特に難航はしてないけど)研究開発を手助けして、捕まりそうになったところを助けてもらって、酔いつぶれたところを介抱され(記憶なし)、そんな彼の事を考えながらベッドの上で悶絶するだなんて……桃色全開じゃないか。

 

なんだよそれ。これじゃあまるで……

 

「ばかみたい」

 

それもこれも酔っているせいだ。外に出て風でも浴びよう、頭を冷まさなければ。オーバーヒートしたら冷ますのが一番だ。うんうん。

 

ヴィルヘルムにくれてやった部屋を避けて音を立てないように扉を開ける。今は飛んでおらず、町から離れた人気のない場所を選んで着陸し、飛空艇を覆うように迷彩をかけている。離れすぎなければ気づかれることは無いだろう。

 

タラップに腰掛けて、膝を抱えて体操座り。日中は気持ちのいいくらい晴れていたので、夜は星がよく見える。打って変わって私の心は曇り模様なわけですが。

 

お酒を飲んでいるときは楽しかった。判断が鈍るという感覚も偶になら悪くないだろう。ああやって色々と忘れて騒いだのは日本で生活していた時以来だったし。

 

懐かしいなぁ。

 

 

 

 

 

 

――ねえちーちゃん、空ってどこまでが空なの?

 

たしか、そんな私の一言が全てのきっかけ。子供らしくない、と除け者扱いだった私達が仲良くなってすぐの頃……だったかな。その頃はちょっと変わった程度の幼稚園生な私が父親に同じことを尋ねると、何を考えたのかパソコンを買い与えて自分で調べてみろと言ったんだ。ちなみにちーちゃんの返事は「知らん」である。

 

それからは機械にどっぷり浸かって、気づけばオーバーテクノロジー並のISなんてものを作っていた。私が見上げた空はとても綺麗で広くて、でもその向こうには宇宙と言う名の空が無限に広がっているのだと知ったら、そこに行きたくてたまらなかった。

 

白騎士が完成するまでは本当に楽しかった。周囲の大人達は私達よりも明らかに劣っているのに、誰も彼もが偉そうにして子供扱いしてくるのが気に入らなくて、そんな大人達をISで見返してやるのだと息巻いていた。

 

戦車よりも硬くて力強く、戦闘機よりも小さくて速い、あらゆる環境で常に最高のパフォーマンスを発揮するスーツ。

 

現実は厳しかったけど、二人で知恵を絞って白騎士はようやく完成したのだ。

 

白騎士は。

 

もう一機を完成させるだけのお金はどう頑張っても工面できなかった。ネットを使って相当な額を稼いだはずなのに、白騎士が完成する頃には文字通りすっからかん。

 

数年かけて貯めたのだ。もう一機分を稼ぐにはまた数年かかる。でも年月を重ねれば重ねるほど、周囲の大人の様に無駄なしがらみが増えていろんな自由を縛られてしまう。いつかは自分も飲み込まれて一凡人になり下がるんじゃないかと恐怖した。

 

私は待てなかった。だから相談し合って、納得してくれる第三者を募り金を出させることにした。革新的な技術という自信があった、公表すればパトロンが付くと信じて…。まあ実際はそんな上手くいくはずが無い。国も金持ちも、日本の女子高生が発明した謎スーツに投資してくれるわけがない。

 

当然、見向きもされなかった。

 

ならばどうするかと考えて…売り込むならプレゼンが必要と結論を出す。衝撃的で、二度と忘れられない、ISの性能をこれでもかと知らしめるプレゼンテーションが。

 

「我ながらよくもまぁあんなの思いついたな」

 

2000発を超えるミサイルと世界中の航空戦力を白騎士単機で無力化させる。今では白騎士事件と呼ばれ、確かに衝撃的で二度と忘れられない一日となった。ただし、“インフィニット・ストラトスは従来の全てを凌駕する戦略兵器”という私が望んだ形とは真逆の認識で。

 

今思えば、別に迎撃させる必要は無かったんだ。ミサイルの雨の中でもパイロットは安全に行動できるのだから、徹底して人命救助していれば、少なくとも兵器として認識されることは無かった。本当に今更な話だ。

 

ちーちゃんに黙ってミサイル発射を実行し迎撃させた後、開発者として私は世界から注目を浴びることになったけど……怖かった。

 

兵器として開発されればいつか必ず人の命を奪う日が来る。自衛や牽制として機能し合うだけで終わるならそれでいいけど、実行に移す国が現れないとは限らないし、テロリストの道具にされないとも限らない。いつか戦火が開かれて……その責任が私に降りかかったとしたら? 私はおろか、親友だからとちーちゃんが、その弟だからといっくんが、私の家族だからとほうきちゃんまでもが、その対象になったとしたら?

 

白騎士事件の翌日から殺到する電話と振り込まれるお金に舞い上がってコアを量産していた私は、それから程なくして兵器として認識し始める世論を受けて、これから起こるかもしれない出来事の一つを思い浮かべて震えた。「そんなつもりじゃなかった」と。ぶつぶつと。

 

凡人共がどうなろうと知った事じゃないけど、自分の命が脅かされて、大好きな人へ魔の手が伸びる事は恐ろしかった。

 

自分の選択が間違っていたと気付いたところでもう遅い。心血注いで作り上げたISを兵器にしてしまい、能天気にコアを作ってリスクを膨らませ、自分の手で私を含めたみんなの首を絞めたのは、他でもない私。

 

追い詰められて焦った、まとまらない頭で必死に考えた。考えて考えて考えて……“単機で核兵器よりも戦術的価値のあるモノ”というワードから天災的(・・・)な思考にたどり着いてしまう。

 

私がこの世界の舵を握っているのではないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、と。

 

単機が核を上回ると言うのなら、私は467の核兵器以上の抑止力を手にしているだけでなく、それらのノウハウを独占している。今の私は地球上で最も大きな発言権を持ち、最も恐ろしい戦力を保有していると言っても過言じゃない。

 

そうとするならば、直ぐに行動して先手を取った。

 

「コアはくれてやる。その代わり、私の意向を尊重し、IS本来の用途を逸脱しないことが大前提だ」

 

主要国家の首相・大統領へそう打診した。白騎士事件で各国のミサイル発射権限を奪う荒業を見せ、ISという未知を持つ私に対して取れる手段などあるはずもなく、世界はその要求を呑んだ。まぁそんなに酷い条件を叩きつけた覚えもないし。

 

ということで、作成した467のコアを世界へくれてやった。ISは宇宙での活動を前提としたマルチフォームスーツである、という点を強調し、公正な人事で選出された管理団体を設立して公平にコアを分配しその団体が舵を取る、という一つの条件を提示して。

 

それから間を置かずに、国際IS委員会なる機関が設立された。解析と発展という基準の元にコアは割り振りが行われ、世界中が威信をかけてやっきになっている。

 

兵器的側面の印象を今更ひっくり返すことは出来ないが、せめて戦争や軍事力拡大の為だけに開発されることは避けたくて、そんな条件を付けくわえた。

 

そんな私の意図を汲み取ってくれたのか、委員会がまともな人間の集団だったのか、あるいは偶然か。

 

彼らはインフィニット・ストラトスのコアを分配する条件として“競争の場を設け、参加する義務”を負わせた。当初は何をするのかはっきりとしていなかったが、数ヶ月前に“モンド・グロッソ”と題して開発したISの性能を競い合う祭典を開くと告知されている。

 

まさかオリンピックの真似事をするとは思っていなかったけど……落としどころとしてはこれ以上ない。

 

兵器として使うなという私の圧力と、兵器という価値を見出している世界情勢。スポーツという体裁で開発を行い競争させる仕組みはどちらの希望も叶える良い折衷案だ。あとはこれが定着してくれることを願うばかり。安全の約束されたスリルは娯楽になり得るし、きっと大丈夫さ。

 

しかし同時に逃亡生活の幕開けを意味した。いやまぁ、どんな選択をしたとしても変わらなかったと思うけど。

 

ISは、特にコアは私以外の人間にとって完全なブラックボックス。複製は出来ないし解析も出来ない。もし、限られたコアの中でやり繰りする他国を尻目にコアの量産が出来れば、文字通り世界を手に入れたと同義だ。今の絶妙なバランスが崩れるのは、大変困る。

 

何より凡人共の権利争いに巻き込まれるのが癪に障る。当然それだけじゃなくて色々とあったんだけど、私は雲隠れした。

 

一から家を作って飛べるように改造し、ばれない様に迷彩とステルス機能を積んで、買い物が不便だからと擬態装置も作り、行く先々で怪しまれない為に言葉と文化を勉強した。

 

しがらみから解放された様な気分になれて楽しかった。どこで何が役に立つのか分からないけど、新しい事をどんどん吸収するのはとても良い。

 

一人だから邪魔もされないし、自由にできるし、好き放題やっても文句をいう奴は居ない。

 

でも、

 

一人だから誰とも共感できないし、孤独だし、私の好きや楽しいを誰とも共有できない。

 

独りぼっちは、想像以上に寂しいものだった。ハブられる事に慣れていたはずなのに、親友が傍に居ないだけで私のメンタルはガリガリと削られていく。

 

寂しいのはとても辛くて、そんなはずはないと大好きな研究に没頭して紛らわせて、楽しいという波が過ぎ去ると、ふと寂しい気持ちが膨れ上がる。そんなことを延々と繰り返す毎日で、偶に……たまーーーーに電話をこっそりくれるちーちゃんとの数分間だけが本当の癒しだった。

 

そんな時に、ヴィルヘルムが現れた。

 

自分を認めてくれる人がたった一人いるだけで、私の景色と心模様はがらりと変わった。今こうやって過去を振り返って“寂しかった”と認められるのも、ヴィルヘルムとの出会いがあったからこそだ。

 

彼に会わなければ、次は何を食べさせてあげようかと無駄に時間を掛けてセーフハウスがバレる事なんてなかっただろう。あの場所を見つけるのは本当に苦労した、同じ場所なんてもう二度と見つからないんじゃないかってくらい苦労したのに、彼の反応を楽しむという無駄にかまけてパァにしてしまった。

 

いつかバレる日が来たかもしれない。けど昨日じゃない。機材を目いっぱいに広げて効率よく何も気にせず自由気ままに研究が続けられた筈なんだ。飛空艇は狭いからちょっと散らかすだけで足の踏み場も無くなるし、領空侵犯当たり前なので気を配る事が沢山あって集中できない。だからセーフハウスを手に入れた時の感動はそりゃもう凄かったさ。

 

だけど、どうやら私は今のめんどうくさい方が嬉しくて楽しいみたい。

 

「おはよう、博士」

「おはよ、ヴィルヘルム」

 

背後のドアが開いて中からヴィルヘルムが顔を出す。どれくらい外に居たのか忘れるぐらいには、考え事をしていたらしい。星が広がっていた空はいつの間にか朝焼けに染まり、頭を冷やす程度だったはずが寒気を感じるまである。

 

「どこにもいないと思ったら……夜風に当たるのは良いが冷やしすぎはダメだ。ほら、飲むといい」

「ムカつくくらい気が利くよね」

「要らないならそう言ってくれていいんだぞ」

「うそうそ。ありがと」

 

タラップは並んで座れるほど広くないので、半ばでひょいと飛び降りて正面からマグカップを差し出してくれた。湯気がたっている……ホットコーヒーとは恐れ入った。気分的には緑茶だけど――

 

「ほんと、ムカつく」

 

という私の心まで見透かしていたらしい。得意げな顔がすっごい腹立つ。

 

「お茶は湯飲みがマナーだ。マグカップはコーヒーとジュース」

「はいはい」

 

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