steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
2018/11/11 誤字修正しました。
ナツメッグ博士のところでビークルの整備と操縦を学び始めて一か月ほど経ったある日のこと、俺は博士から使い走りを命じられた。
「そろそろローズマリーの薬が切れる頃じゃ。グレイ、ネフロに行くついでに、この薬も持って行ってくれ。届け先はこの家じゃ」
博士に渡されたのは紙袋と住所が書かれた一枚の紙きれ。
ネフロには何度か買い出しに行っているので、この紙一枚でも目的地に到達する分には問題ない。
しかし、ローズマリーか……。
ゲームのヒロインであるコニーの母親で、最近は呼吸器系の病気で寝込んでいるはずだ。
「ん? どうしたんじゃ?」
「いえ、ローズマリーさんのことですが……」
「っ! まさか、お前さんの見た運命では、死ぬのか!?」
「え!? いやいや! 死にませんけど……ただ、排ガスで悪化する呼吸器系の疾患だったと思います。薬で対症療法をするよりは、早めに田舎で療養させた方がいいのでは?」
原作では終盤になってローズマリーを故郷の田舎に運ぶイベントがある。
もしも、彼女の疾患が同じならば、早めに手を打っておきたいところだが……。
「……いや、まだ駄目じゃ」
「何故です?」
「わしも一番可能性が高いと思っているのは肺の病じゃ。しかし、確定診断がつかないことには軽々しく移動させることはできん。下手に振動を与えようものなら死に至る病もあるからの」
ああ、脳血管系か。
「今、異国からその診断のための器具を取り寄せておる。到着するのに何年かかるか分からん代物なので、しばらくローズマリーには対症療法を続けなければいかん」
「わかりました。確実に原作と同じとも限らないので、今は薬の投与を継続しましょう」
「そうしてくれ。わしもお前さんを信用していないわけではないのじゃが……」
「いえ、今回の件はナツメッグ博士が正しいです。脳出血に繋がるような病気に罹患していた場合、ビークルに乗せて揺らした瞬間お陀仏です。では、薬を届けてきます」
「頼んだぞ」
ネフロに着いた俺は、まず初めに買い出しを済ませた。
細々とした雑貨や嗜好品を商店街で購入し、ビークルに積み込んで固定する。
こういう雑用も俺の役目だ。
まあ、普段の俺がナツメッグ博士に払っている対価といったら、未来の知識を紙にまとめて提出することと、料理に洗濯に掃除くらいだ。
博士がそれほど食事や部屋の清潔さにこだわる人じゃないので、家事は大した手間でもない。
このくらいの雑用を言いつけられたところで苦ではないさ。
そろそろネフロの店の連中にも顔と名前を覚えられてきたようだ。
ファッション・ロンドの女主人もタイミングよく、本当に何故かタイミングよく店の外に出て俺に声を掛けてきたが、今の俺に追加で必要な服は無い。
普段着のスーツもどきにネクタイを付ければ一応の正装にはなるし、予備もあるし下着も買った。
さすがにもうカモられはしないさ。
買い物を終えた俺は、前にナツメッグ博士とネフロに来たときと同じ駐車場にビークルを止めた。
博士に預かった薬を手に、コニーとローズマリーの家を目指す。
商店街の裏にあるアパートが連なった地区に足を踏み入れ、博士のメモに書かれたアパートを見つけた。
階段を上って二階のフロアを進むとメモにあった番号の部屋だ。
「ここか……ごめんくだ「ちょっと、あんた! 誰だい!?」」
いきなり後ろから大声で怒鳴られた。
気配と音で人が居るのはわかっていたが、別の部屋の住民だろうと思い気にしていなかったので、この剣幕には驚いた。
「俺は……あっ!」
念のためショルダーホルスターの拳銃を抜けるように警戒しながら振り返った俺は、見覚えのある声の主に驚愕の声を上げてしまった。
手にはフライパン、エプロンを付けた恰幅のいい中年女性。
ローズマリーに度々食事を差し入れしている隣のおばさんだ。
コニーの家の隣人である。
ってか、本当に外出時もフライパンを持ち歩くんだな。武器か……?
食材が満載の袋を抱えて、どう見ても買い物帰りなのだが……。
「あんた、一体誰なんだい? コニーの追っかけかい? 家まで押しかけてくるなんて、最近の若いもんは本当に礼儀知らずだねぇ」
どうやらおばさんは盛大に誤解しているようだ。
「いえ、私はナツメッグ博士の使いです。最近、博士の助手になりましたグレイと申します」
「ナツメッグ博士の?」
胡散臭げに俺を見てくるおばさん。
しかし、俺が抱えている薬の袋を見たら、幾分か目つきは穏やかになった。
「そうかい。確かに、そいつはローズマリーがいつも博士から貰っている薬だね」
彼女の薬は一度に長い日数分をまとめて渡しているようで紙袋が満杯だ。
前回まではピジョン牧場の人間がネフロに行くついでに届けていたそうだから、彼らはおばさんとも面識があったのだろう。
まあ、今回から宅急便は博士の助手になった俺の役目だろうな。
「一応、あたしも同席するよ。女二人の家に若い男が訪ねるんだ。文句はないだろ?」
「ええ、構いませんけど……」
俺ってそんなに若くはないだろ。
さすがにおばさんよりは年下だが、俺も今年で25歳だ。
主人公はゲーム開始時点で確か17歳、主要人物もほとんどが主人公の同年代から二十代前半だ。
それが二年後の話なので、その時の俺は27歳になる。
主要人物たちより一回りおっさんなわけだな。
何か、落ち込んできた。
「ほら、さっさと行くよ。コニー、ローズマリー。入るよ」
「あ、おばさん」
「コニー、邪魔するよ」
おばさんの後を追って、俺もバンピートロットのヒロインであるコニーの家に足を踏み入れた。
悪いね、主人公君。
先に入ってしまって。
「失礼します」
「あら、そちらの方は? お知り合い?」
家の中に居たのは、やはりゲームで見た覚えのあるコニーとローズマリー親子だ。
確かに、コニーは原作の印象より少し子どもっぽいか?
彼女が主人公と同い年だと仮定したら今は15歳か。
ローズマリーの違いはわからないな。
原作と同じく三十代の美魔女だ。
「初めまして、ローズマリーさんですね? ナツメッグ博士の助手のグレイと申します」
「まぁ、ナツメッグ博士の」
「ん? 博士、助手なんて居た?」
俺は疑問を発するコニーの方に向き直って答えた。
「一か月前に助手になったんだよ」
「あ、そうなんだ。あたしはコニー。トロット楽団のボーカルなの。よろしくね、グレイ」
「ああ、よろしく」
さすがにヒロインは可愛いな。
服装はゲームと同じように、赤系統の明るいデザインでまとめられている。
ポニーテールも彼女の活動的ながら女の子らしい魅力を引き立てている。
まあ、さすがに主人公からNTRするつもりは無いけど。
そもそも25歳が15歳に手を出したら犯罪だ。
「ローズマリーさん、今回のお薬です」
「ありがとう」
その後はローズマリーに簡単な問診をして、おばさんが夕食の準備をすると言い出したのをきっかけに俺も退出した。
「じゃあね、グレイ」
「また、いつでも来てちょうだい」
「ああ、それじゃ。お大事に」
コニーの家を出てしばらく考えたが、やはりローズマリーは呼吸器系の疾患だろう。
咳と痰に息苦しさ。
薬が無いと息をするたびにゼエゼエと音がするという。
喘鳴が出ていることを考えれば、喘息か下手をすればCOPDだ。
しかし、博士の危惧していた絶対安静が必要な病気――俺としては脳血管系の疾患くらいしか思いつかないが――を併発しているかどうか調べる術が俺には無い。
脳血管障害といえば麻痺だが、手足の感覚があるからといって大丈夫と決めつけていいのかはわからない。
「……やはり、ナツメッグ博士の機械を待つしかないのか」
俺はローズマリーの救済を早める策を諦めると、今夜の宿であるホテル・ジャコウジカに向けて歩き出した。
宿泊手続きは恙なく進んだ。
今回は俺一人だが、受付の人はナツメッグ博士の助手だということを覚えていたらしく、笑顔で鍵を渡してくれた。
ボーイが飛んできて、俺の着替えが入った鞄を運んでくれる。
ナツメッグの威を借る俺様、最強である。
ボーイにチップをやって部屋から追い出し、ソファーに寝転んで一休みしたら、ホテルのレストランで食事を摂る。
仕立てのいいスーツを着て、今はネクタイもしているので、お高く留まった連中にジロジロと見られることは無かった。
それどころか避けられているな。
俺が通路を歩いてレストランの入り口まで行く途中、前を歩いていたチャラそうなボンボンが端に避けたのだ。
まあ、上流階級の優男か中年太りした連中に比べれば、俺の筋肉質な労働者体型の男は怖く見えるのか。
それが下層階級の人間ではなく、自分たちと同じような仕立てのいいスーツを着ているとあっては、暴力でも勝てなければ金や権力を使っても簡単に踏みつぶすことができない、確実に勝てる保障の無い厄介な相手というわけだ。
俺は若干の居心地の悪さを感じながら食事を終えた。
「さて、まだ寝るには早いな」
部屋に戻って手持ち無沙汰になった俺は、何と無しにサックスを手に地下のプールバーに下りてみた。
前に博士と来たときは色々と雑用が立て込んでバーまで回る時間が無かったので、ここに来るのは今日が初めてだ。
客には労働者や修理工の他にも、ネフロの西のウミネコ海岸に至るシラサギ河周辺を縄張りとする盗賊キラーエレファントの団員と思わしき連中も居る。
一瞬、懐の拳銃を探りそうになるが、彼らも公衆の面前で騒ぎを起こすほど馬鹿じゃないだろう。
こちらから絡まなければ問題は起きないと信じよう。
「いらっしゃい。おや、流しですか」
バーのマスターが俺のサックスのケースを見ながら言った。
「いや、飛び入りセッションでもやっていたら参加しようかと思っただけで……。ワインとこのサメの唐揚げをお願いします」
「畏まりました」
メニューにサメの料理があるのを見て思わず頼んでしまった。
このバーにはゲームの序盤で本当にお世話になった。
ウミネコ海岸でただで手に入れられるサメを一匹202URほどで買い取ってくれるのだ。
キャリアーWのバックパーツで積めるサメは八尾。
燃料代や修理代を差し引いても、一回の往復で1000UR以上、1500URほどの儲けになるのだ。
十回も繰り返せば1万Uを普通に超える。
現実では簡単にサメを捕まえることはできないかもしれないが、原作ではお世話になった金策だ。
これをやると、その先の冒険で金に困ることが一切無くなる。
初見プレイヤーの多くが所持金を数千UR単位で、酷いところになると数百URでやり繰りしているので、この金策のバランスブレイカーぶりがよくわかる。
「サメ、お好きなんですか?」
代金を受け取ったマスターが聞いてきた。
「いや、特には。でも、こいつは美味いですね。もっと臭みがあるのを想像していましたが、ホロっと崩れてさっぱりしていて……」
「恐縮です」
俺がサメ料理に舌鼓を打っていると、ステージに流れのギタリストっぽい男が上がった。
続いて、ギタリストの知り合いらしき男がドラムに座り、ウッドベースを運んでいる男もステージに上がる。
「お、バンドが来たのか」
どうやらこれから演奏を始めるらしい。
ステージにはマイクこそあるが、アンプどころか弦楽器の音を出力する装置も無いので、完全に生音での演奏だ。
ドラマーがスティックを鳴らしてカウントを取り、ベースの重低音が響く。
そこにギターのテーマが被さり、ドラムがハイハットで拍を刻み始める。
バンドが演奏している曲は聞いたことが無かったが、曲調は完全にジャズだった。
4ビートのスイングだ。
「おいおい、何だその曲は? 古いぞ」
「ぎゃはは! 俺の爺様の時代の曲じゃねぇか!」
「そんなつまんねぇ曲やってないで歌え!」
どうやら時代はジャズではないようで、聴衆からの評価は厳しい。
ナツメッグ博士も俺の『Take Five』のフレーズを聞いて、一昔前に流行った曲だって言っていたな。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。