steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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100話 コンドル砦で再会

 

 翌朝、俺はここ数日で一番の心地よい目覚めを迎えた。

 睡眠時間はむしろ短い方だが、コンドル砦の仮設テントとは比べ物にならない上質なベッドと……何より、筆舌に尽くしがたい行為に没頭し幸福感に包まれて眠ったことは、かつて無いほど爽やかな目覚めを齎してくれた。

 そんな最高の時間を与えてくれた俺のパートナーは、今も俺の腕の中で静かに寝息を立てている。

 穏やかで幸せそうな寝顔だ。

 シーツからはみ出している白い肩や腕には薄っすらと筋肉の形が浮いているものの、普段レンチを振り回している姿からは想像もつかないほど今は華奢に見える。

 いつもの強気なマルガリータも悪くないが、こういう無防備な彼女もいいものだ。

 しかし……初めてとは思えないくらい積極的だったな。

 最初こそ痛みに顔を顰めていたものの、二回目からは完全にロデオ状態で、そのまま五回以上も……。

 俺のことを想って一人でしていたことを鑑みても、彼女の性欲は結構強いようだ。

 これから大変そうだな。

「さて……」

 マルガリータの寝顔を眺めるのは楽しいが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 俺は身支度をするため体を起こして立ち上がろうとした。

 しかし……。

「ん?」

 よく見ると、マルガリータが俺の手を掴んでいる。

 少し肌が荒れ、爪の間に僅かに黒い汚れが入り込んだ、整備士の手だ。

 このままではベッドから出られないので、俺は彼女を起こさないようにそっと手を外そうとするが……何故かがっちり掴まれて外れる様子は無い。

「…………」

「…………っ」

 いつの間にか、マルガリータの顔は反対側を向いていた。

 上からじっと見つめると居心地悪そうに身じろぎするあたり、狸寝入りというやつだろう。

 だが、それをストレートに口にするほど野暮じゃない。

「そうかそうか。モテる男はつらいねぇ。そんなに俺を離したくないか……痛っ」

 軽口を叩くと、マルガリータは俺の指を握り潰す勢いで強く手を握ってきた。

 普段からビークルの整備や力仕事をしているだけあって、握力は結構強い。

「……そろそろ行かないと。石油とビークルと……仲間のために」

 聞こえているはずだが、マルガリータは俺の手を離そうとしない。

 より一層深く俺の手に指を絡め、キツく握りしめてくる。

「でも、どうすっかなぁ? 愛する女性がどうしても行くなって言うなら……やめちまうか? 俺は身勝手で優柔不断な人間だからな。このまま戦いが終わるまで、爛れた生活に溺れるというのも悪くない」

「…………」

 俺だって、好き好んで殺し合いの場に行きたいわけではない。

 ここまで来れば、あとはバニラだけでもどうにかなるだろう。

 元々、この世界のシナリオや原作キャラの運命に干渉したのも自己満足だ。

 俺が自分で決めたことなどその程度、あとは成り行きと助けを求める声に応えてきただけだ。

 大層な信条など何もない。

 だから、今回はマルガリータに決めてほしかった。

 些か卑怯な気がしないでもない

 準備に掛けた労力や世間の勢いを考えても、ここで俺が離脱するという選択肢はあり得ないわけだが……結局は、彼女の気持ちも少しは慮ったという言い訳が欲しいだけだな。

 しばらくすると、マルガリータは俺の手を離した。

 いつの間にか、彼女は体ごと俺に背を向けている。

 ……そうか。行けってことか。

「ありがとう」

 マルガリータはそっぽを向いているので頬へのキスは諦め髪を撫でようとしたが、俺の手は鬱陶しそうに振り払われた。

 ツれないじゃないか……。

 少し迷った末に、俺は素早く彼女の髪にキスをして、反撃を食らう前に寝室を後にした。

 

 

 最低限の荷物を整理し身支度を整えた俺は、チーズ入りスクランブルエッグとトーストの簡単な朝食を用意した。

 博士とマルガリータの皿に蓋を被せ、自分の分を急いで掻っ込むと、そのまま玄関へと向かう。

 今日は早朝から物資の点検と貨車の積み込みなので、あまりのんびりしている時間は無い。

 まあ、その原因が何かというと、明け方までマルガリータとの共同作業に没頭してしまったことが大きいのだが……。

「もう、出るのかの?」

「ええ」

「そうか」

 ちょうどナツメッグ博士も起き出してきたところだった。

 交わす言葉は少ないが、話し合いは昨日の段階で十分にした。

 俺はナツメッグ邸のエントランスのドアノブに手を掛ける。

「あ、そういえば……」

「む?」

 ふと気になったことを確かめるため、俺は博士に向き直った。

「マルガリータに何か言いましたか?」

「? どういうことじゃ?」

「いや、何だか博士と同じようなことを言っていたので……」

 お前は救世主じゃないとか何とかな。

 すると、ナツメッグ博士はしてやったりといった表情で笑みを浮かべた。

「さあな。わしの口からは言えん」

「……昨日の意趣返しっすか?」

「かっかっか、若いのぉ。今後は、時間帯には気を付けることじゃ」

 ……そういえば、マルガリータとは結構早い時間からおっぱじめてしまった気が……。

 まあ、同居している以上、博士も気付くよな。

 大方、マルガリータがあんなにナーバスだったのも博士の入れ知恵か。

 それが彼女と距離を詰めるきっかけとなったことは否めない以上、恨み言を言うべきか感謝すべきか……。

 迷った末に、俺はそれ以上の言及はせず踵を返した。

「じゃ、行ってきますんで。テーブルに朝食がありますから、食べてください」

「うむ、気を付けるのじゃぞ」

「ええ、もちろん。……大切な、家族が居ますから」

 そして俺は、今度こそナツメッグ邸を後にした。

 後ろの方でナツメッグ博士の独り言が聞こえる。

「(何じゃ。今日の飯はちと手抜きじゃの……)」

 

 

 

 

 ハッピーガーランド駅に到着した俺は、事前に到着時刻を伝えておいた市民軍のビークル乗りと分担し、ピジョン牧場からの物資を市民軍の陣地に運び込んだ。

 日持ちのしない食料を優先して輸送しつつ、俺自身の仕事は途中から盗賊対策が主となった。

 シュナイダーやサフランと協力し、近郊に出没する盗賊ビークルを殲滅しつつ輸送ルートを護衛する。

「……なるほど」

「あら、早速……」

 シュナイダーとサフランの二人と合流すると、何故か生暖かい目を向けられた。

 まじまじと俺の顔を眺め、何やら勝手に納得している。

「おい、さっきから何だってんだ?」

「……いや。守る者ができたのは、いいことだ」

「そうね。随分と激しかったみたいね」

 そう言ってサフランは俺の首元を示した。

 何とも、妙なところで昨晩のことがバレたな。

 俺は内心苦笑いながら、体の向きを変えてシャツのボタンを上まで閉めるが……サフランはツボって笑い出した。

「ぷっ、あははは! 冗談に決まってるじゃない。でも、よかったわ。今のグレイ、ちょっと素敵よ。ね、シュナイダー」

「うむ……また一段、強くなったように見える」

 正直、マルガリータと結ばれて特に何が変わったわけでもないと思うが、他人から見れば雰囲気やら何やらでわかるものなのかな?

 しかし、この二人に茶化されるとは思ってもみなかった。

「くだらねぇこと言ってないで、しっかり警戒してくれ。輸送ルートの防衛は重要な任務だ」

「は~い」

「ああ」

 何とも居心地の悪い労働環境だったが、どうにか大きなトラブルに見舞われること無く、俺たちは輸送ルートの掃討を終えた。

 やがて、俺が手配した物資が全て運び込まれると、マジョラムから食料には大分余裕が出来たことが告げられた。

 とりあえず、俺の仕事は一段落だ。

 そして、帰還したコンドル砦で夜を明かすと、ついにライブ当日がやって来た。

 

 

 ライブ当日は、午前中から『ロングシンフォニー』の甲板上でステージの設営と準備に追われていた。

 ステージ装備を展開した俺たち楽団のビークルを並べ、照明やマイクや楽器を設置する。

 マジョラムは物資の管理の仕事などもあり忙しいので、彼には自分のドラムの設置だけやってもらい、照明器具などは俺が担当した。

 そうして、甲板上のステージを粗方準備し終わった頃、砦のハッピーガーランド方面の出入口が俄かに騒がしくなる。

 気になって砦の出入り口付近まで出向いてみると、そこでは久しぶりに見る顔がマジョラムと話していた。

「やあ、グレイ」

「ああ、ダンディリオン。久しぶりだな」

 ダンディリオンがこちらへ向き直り、俺たちはにこやかに挨拶を交わす。

 相変わらず、気さくで穏やかな雰囲気だ。

 壮大な復讐を画策していることなど、微塵も感じさせない。

 バイオリンケースを握る手の指先に、僅かにオイルの汚れがあることだけが不自然だ。

「最近、ナツメッグ先生の様子はどうだい?」

「いつも通り、かな。いきなり妙な研究に没頭し始めたり、部屋を散らかしたままどこかへ行っちまったり……」

「あはは、相変わらずみたいだね」

 俺は不自然な態度にならないよう努めて、ナツメッグ博士の話題をさらに提供した。

「ああ。変わったところと言えば、前にも増して食事にうるさくなったところか。最近では、俺が手抜きをすると見抜いてくるから、堪ったものじゃない」

「へぇ、話には聞いていたけど……それは想像がつかないや」

「だろ? 美食へのこだわりは、今じゃマジョラムといい勝負だ」

 俺が水を向けると、マジョラムは妙に真面目くさった表情で返答する。

「いや、グレイ。僕は何でもおいしく食べることを信条にしているから」

「ははは! マジョラムも相変わらずのようで安心したよ」

 そんな具合に談笑していると、周囲の連中の視線がさらに集まってきた。

 まあ、当然か。

 過去の事件はともかく、ダンディリオンが超一流のバイオリニストで最高レベルの楽器職人であることに変わりはない。

 どうしたって注目は集まるだろう。

 ファーガスンですら、ダンディリオンの演奏が聴けることを家族に自慢できるなどと言っている。

 少し居心地が悪くなった俺たちは、場所を移すことにした。

「向こうにコニーとおばさんも居る。案内しよう」

「ああ、頼むよ」

 そうして俺たちが炊き出し場に近づくと、真っ先にコニーがこちらに反応する。

「あ……ダンディリオン」

「おやまあ! ダンディリオンじゃないか! 久しぶりだねぇ」

「どうも、ご無沙汰してます。コニーも久しぶり」

 コニーは最初ダンディリオンの姿を認めたとき微妙な雰囲気を醸し出したものの、騒がしいおばさんが潤滑材となって会話は続いていた。

 

 

 そんな具合に時間が経つうちに、バニラの【カモミール・タイプⅡ】がコンドル砦に戻ってきた。

 バニラのビークルはステージ装備を持っていないので、ギリギリまで物資輸送の任務に出ていたのだ。

 バニラはマジョラムの誘導でこちらにやって来た。

「やあ、ご苦労様」

 ダンディリオンはバニラに向き直ると愛想よく挨拶を交わした。

「バジルがどうしてもって言うから来たけど……正直、僕は争いごとが苦手でね。それに、人前で演奏するのも久しぶりだから、緊張しちゃって……」

「またまた……期待してるよ、兄弟子殿」

「はは、勘弁してくれ」

「ふふっ」

 俺の茶化しはそれなりに場の空気を和ませた。

 そして、今度は砦の入口の方から甲高い声が響いてくる。

「ダンディリオーン!! セイボリーが来たよー!」

 軽い足音と共にこちらへ駆けてくるバジルに次いで、相変わらずけしからんロングドレスのセイボリーはゆったりとこちらへ歩いてきた。

 彼女がダンディリオンと相対した瞬間に辺りは静寂に包まれる。

 特に怪しい空気というわけではないが、まあ傍目から見ても美男美女の組み合わせだからな。

「ダンディリオン、来てくれてありがとうね」

「せっかくのお誘いだからね。久しぶりのステージで迷惑かけるかもしれないけど、よろしく頼むよ」

 今回はセイボリーもバジルと同じくダンディリオンを呼びに行くメンバーだったので、久しぶりの挨拶はなしだ。

 そして、最後にマジョラムがやって来て、俺たちに声を掛ける。

「やあ、皆集まったね。いよいよだなぁ」

 確かに、そろそろ日も暮れかけて、いい時間帯だ。

 どうやら、ステージの設営はマジョラムが今しがた終わらせてきたようだな。

 さすがに頼りになる。

「用意が出来たから、皆甲板に上がってよ」

「よし、行こうか」

「うわぁ! 楽しみだな!」

 そして、俺たちは各々の楽器を手に『ロングシンフォニー』の甲板へ向かった。

 まだ音合わせの段階だというのに、落ち着きが無いバジルは真っ先に駆けていき、背中を押されたバニラが少しよろめいていた。

 相変わらずのドタバタに、俺も少し苦笑しながらサックスを持って歩き出す。

「ほら、急ぐよ! 早く行かないと始まっちまう! それにしても……コニーとダンディリオン、そしてセイボリー……皆揃っての演奏なんて、いつ以来だろうねぇ」

「まさかダンディリオンの演奏がタダで聴けるとは……。わかっていたら、ウチで仕切らせてもらったのに……」

 炊き出し場のおばさんやデルロッチ貿易のデルセン社長の声を横に流しながら、俺もステージへと上がった。

 いつもの遠征先での立ち位置を踏襲しつつ、真ん中にはバイオリンを持ったダンディリオンが陣取る。

 少し狭い気もするが、どうにか違和感の無いポジションで音合わせを終えた。

 そしていよいよ、開演時刻を迎えた。

「準備はいいかい?」

 ダンディリオンの合図でトロット楽団は演奏の体勢に入り、俺もストラップを装着したサックスを構えリードに口を付けた。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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