steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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101話 開戦へ

 

 『ロングシンフォニー』の甲板上で行った市民軍応援ライブは大盛況だった。

 いつものトロット楽団に加えて、この国一番のバイオリニストの呼び声も高いダンディリオンが参加しての演奏だ。

 皆が彼の奏でる深い音色に聞き入った。

 ライブの興奮が冷めやらぬまま、ある者は酒を飲んで騒ぎ、ある者は和やかに談笑する。

 そしてすっかり日も沈んだ頃、ライブ会場から撤収した俺たちは、炊き出し場やテントがある戦艦の裏あたりに集まっていた。

「ダンディリオン、今日のライブはどうだった?」

「久しぶりで凄く緊張したよ! やっぱり、楽器を作ってる方が気が楽だねぇ」

 セイボリーの投げかけた疑問に対し、ダンディリオンは爽やかな笑みを浮かべて答える。

 こんなことを言っているが、彼は十分現役だ。

 俺はバイオリンを弾けないが、彼の奏でる音がブランクを感じさせるものでないことはわかる。

 きっと、バイオリンの練習は今でも欠かしていないのだろう。

 楽器工房を経営しつつも、エルダーとして活動しながらも、ブラッディマンティスを操りつつも……。

 そんなダンディリオンは、先ほどから一言も発しないコニーに向き直って声を掛けた。

「そうだ、ローズマリーはどうしてるんだい?」

「前よりは随分元気になったわよ。ね、コニー」

「うん」

 ダンディリオンが発した疑問にセイボリーが応えて促すが、コニーは上の空で返事をするだけだった。

 コニーはまともにダンディリオンを見ようとしない。

 体こそ彼の方を向いているが、どこか彼女の目の焦点は合っていなかった。

 しかし、ダンディリオン本人はそのことを知ってか知らずか、俺の方へ視線を向けてくる。

 ……ああ、なるほど。

 ダンディリオンや他の楽団メンバーに比べると、俺は楽器やビークル以外の部分でも博士の教えを受けた者として扱われている。

 当然、医術などに関しても俺は人より詳しいと思われるわけだ。

 まあ、この時代の平均的な人間よりは病態や生理学の知識もあるか。

「傾向としては悪くない。次の治療がうまく行けば、確実に回復に向かうはずだ」

「そうかあ……早く元気になって、またみんなで音楽ができるといいのにな」

 当たり障りが無くポジティブ寄りの答えを返したが、ダンディリオンのセリフは変わらなかった。

 ここで、先ほど俺たちに近づいてきたバニラが口を開く。

「今日、フェンネルは?」

 話題は、こんな状況にもかかわらず顔の一つも出さない旧メンバーの件だった。

 セイボリーとバジルはダンディリオンだけでなくフェンネルにも声を掛けたようだが、結果はこの通り。

「誘ったんだけど……もう、俺はメンバーじゃないから、って」

「フェンネルらしいな」

 僅かに沈んだ声で返答するセイボリーに相槌を打つダンディリオンの言葉が響き、しばらくその場を静寂が支配した。

 しかし、そんなしんみりした空気もすぐに緑の闖入者によってぶち壊される。

「なんだよ、僕も仲間に入れてよ!」

 勢いよく走り込んできたバジルは、楽団メンバーを見回すと能天気に言葉を発した。

「へへへッ……でも、これでチコリとフェンネルが居たら、昔と一緒だね! ……ぁ」

「バジル!」

 バジルは慌てて口を塞ぎ、セイボリーも追い打ちをかけるように緑のチビを叱るが、既に大声で発せられた言葉は消えない。

 ダンディリオンよりむしろコニーの方が、どんよりとした悲しみの空気を醸し出した。

「……いや、皆そんなに気を遣わないでくれよ」

 皆の視線が泳ぎ気まずい雰囲気になるなか、ダンディリオンは俺たちを手で制して苦笑した。

 当の本人にこう言われては、俺たちも頷くほかない。

「ハハッ……それじゃあ、僕は帰るよ。セイボリーはどうする?」

「……ええ、私もすぐ行くわ」

 微妙な空気を払拭するように話を進めたダンディリオンは、続けてバニラに向き直った。

「今日のライブ良かったよ。……そうだ。よかったら、使ってみてくれないかな?」

 ダンディリオンは先ほど自分がライブで使用していたバイオリンをバニラに手渡した。

 俺はバイオリンを弾けないので、そこまで良し悪しがわかる訳ではないが……シンプルで、堅実で、使い手の力量に依存するが、幅広い音色の表現が可能なタイプの楽器だったように思える。

 ダンディリオン自身が作製したもののようだが、恐らくナツメッグ博士の品を模倣しているのだろう。

 自作品の中では、ダンディリオンのお気に入りのバイオリンのはずだ。

 そう簡単に手に入れられる品ではない。

 それは申し出を受けたバニラ自身も何となく理解しているのか、若干緊張しながら受け取り屈託のない嬉しそうな笑みを浮かべた。

「皆、それじゃ」

 そして、ダンディリオンは一人コンドル砦の出口に向け歩いて行った。

 先ほど自分もすぐ帰ると言ったセイボリーはしばらく動かなかったが……やがてダンディリオンが十分に遠ざかったタイミングで、少し屈みこんでコニーに声を掛けた。

「コニー……あなた、まだ気に掛けてるの? 今のままだと、ダンディリオンが可哀そうよ」

「うん、わかってる……。でも、実際に会うと、どうしても……」

「まだ、時間かかりそうね」

「ごめん……」

 割り切れるものでないことは皆十分に承知している。

 セイボリーもそれ以上は口にしなかった。

「私も帰るわね。皆、あまり無茶しないでね」

 セイボリーが自分のビークルに乗って去っていくと、酒宴を催す連中の笑い声だけが空虚に砦に響いた。

 こうして、コンドル砦の夜は更けていった。

 

 

 

 

 トロット楽団とダンディリオンによる市民軍応援ライブから数日。

 市民軍の陸上戦艦『ロングシンフォニー』がほぼ完成した。

 主砲を5門にビークル部隊を出撃させる射出口が2つ搭載されているとは、ファーガスンの部下である市民軍兵士の言葉だが……最強の決戦兵器の名は伊達ではない。

 俺が知っている現代の艦艇に比べれば火力や規模は劣るように思えるが、100m越えの船体に強固な装甲を持つ要塞ともなれば、その迫力は圧巻だ。

 泥縄式のポンコツとは思えない出来に、俺も少し驚いている。

 これも作業班の士気の高さゆえかな?

 俺がピジョン牧場方面から追加で食料を手配したこともあり、市民軍の物資はそれなりに潤沢だ。

 何より、俺たちのライブが砦で働く人々に活力を与えたのは、最早言うまでもないだろう。

 そして、戦艦『ロングシンフォニー』の完成のために必要となる最後のピース、市民軍の軍旗の輸送を託されたのは原作通りバニラだった。

 沽券に関わる重要な仕事ということで、バニラは一瞬だけ不思議そうにこちらを見たが、俺には輸送路の護衛という仕事がある。

 シュナイダーやサフランを始めとする、ちょっとおかしいビークル乗りたちを率いて、不届きな盗賊どもを掃討するのだ。

 この段になると、群れるのを好まない一匹オオカミ気質のビークル乗りも砦にやって来ている。

 義勇軍っぽい規律や雰囲気は好まないが、ただ暴れたいという力の有り余っている奴らだ。

 不思議なものだが、俺はいつの間にか荒くれビークル乗りどもの現場監督のような立場になっていた。

 まあ、ビークルバトルトーナメントの優勝者である俺が適任というのはわかる。

 ファーガスンにも言われたが、こういう手合いは実力のある上役から頼られると素直に働くものだ。

 俺はひたすら元気が有り余っている荒くれどもに仕事を割り振り、「頼りにしている」だの「お前になら任せられる」だの声を掛け続けた。

 こんな管理職まがいの仕事をすることになるとは思わなかったが、自分が忙しく現場で働かなくていいのは幸いか。

 そんなわけで、軍旗はバニラの手によってハヤブサジュウタン工場から運ばれ、先ほどファーガスンのもとに届けられた。

「おお! 立派な軍旗だ! バニラくん、よく無事に届けてくれた! これで……我ら市民軍の陸上戦艦『ロングシンフォニー』の完成だ!」

 感極まったような声を発するファーガスンに、砦に居る連中の視線が集中した。

 本人もいいタイミングだと思ったのか、市民軍の面々を見回すと演説を始める態勢になった。

「皆、聞いてくれ! ブラッディマンティスを討伐する準備は整った! 明日の朝に砂漠へ進攻する! それまでに、各自準備を済ませておくように!」

 こうして、俺たち市民軍の出撃準備は整った。

 因みに、フェンネルもこのバーサーカー集団と一緒にシレッと砦にやって来た。

 相変わらず、コニーとは一言も話そうとせず、炊き出し場にも近づかないが……出撃を待つビークルのなかでも【ブルー・サンダー】は結構目立つので、コニーもフェンネルの存在には気づいているはずだ。

 まったく、二人とも……。

「市民軍ってガラじゃないが、ドンパチやるって聞いたんでやって来たんだ。聞けば、シュナイダーとサフランまで参加しているそうじゃないか。ビークルバトラーとしちゃ見過ごせねぇ。悪いが、活躍させてもらうぜ。後れを取るなよ」

 何とも威勢のいいことだが……俺としては、仕事を減らしてくれるのは大歓迎だ。

「それはそうと、一つ質問があるんだが……ダンディリオンがこの砦に来たっていうのは本当か?」

「ああ、コンサートに参加してくれたんだ。俺たちと一緒に演奏していったぞ」

「そうか……」

「それがどうかしたか?」

「いや、争いごとが嫌いなダンディリオンが、こんな火薬臭いところに来るなんて、意外だったんだ」

「ふむ、そうだな。バジルのゴリ押しがあったとはいえ、珍しいのは確かだ」

 ブラッディマンティスのために自ら視察に来た可能性もあるが、今更そのことを言っても仕方ないな。

 ダンディリオンの来訪を妨げるのは不自然すぎて難易度が高すぎる。

 まあ、基地の様子を見られたところで、最終的には砂漠での総力戦になる以上、大して影響は無いだろう。

 

 

 そして、翌日。

 いよいよ出撃の日がやって来た。

「グレイの大将! オレらはもう準備できてるぞ!」

「早くおっぱじめようぜ! 隊長」

「へへっ……今宵のクローアームは血に飢えてやがるぜ」

 完全にヤバイ種族と化した連中が、後ろから俺に声を掛けてきた。

 警察用や軍用のビークルではなく、各々が自前の汎用ビークルに乗っていることからも、彼らが民間から自発的に参加した荒くれビークル乗りだとわかる。

 彼らは【ジャガーノート】のコクピットに座る俺を急かすが、俺はまだ動かない。

「ブラッディマンティスの奴らを……一人残らずぶっ殺してやる!」

「おいっ、まだなのか?」

「って、何見てるんだい? 旦那」

 近くに居たビークル乗りたちが俺の視線を追った。

 その先にあるものと言えば……。

「行くんだね……」

「うん」

「必ず……無事に帰って来てね」

「ああ、もちろんだよ」

「約束だよ! 絶対に、破ったら嫌だからね!」

「約束する。君が待っていてくれるだけで、僕は強くなれるから」

「あぁ、バニラ……」

 指を絡めて密着し、まるで将来を誓い合うかのような雰囲気を醸し出すのは、当然ながら主役カップルことバニラとコニーだ。

 さすがに人目のある場所でそれ以上の行為には及ばなかったが、何とも強固なシールドを形成している。

 呆れの視線を送る俺に続いて、後ろのビークル乗りたちの間には気まずそうな雰囲気が流れた。

 しかし、意外にもバニラに対するやっかみの視線は少ない。

 コニーのようなアイドルのファンには、もっと過激な連中も多いと思ったが……まあ、あれだけ堂々と行く先々でイチャついていれば、二人の関係など周知の事実か。

 俺はバカップルどもから視線を外して、ビークル乗りたちの方へ向き直った。

「さて、諸君。これからは食べ放題の時間だが……『ロングシンフォニー』の発進からビークル部隊の出撃までは、ファーガスン司令の指示に集中するように」

 怪訝な表情をするビークル乗りたちを尻目に、俺は言葉を続けた。

「ファーガスンは正規の訓練を受けた士官だ。軍学を治め、戦艦の指揮もお手の物。戦局を見定めて、最適なタイミングで突撃命令を下せる。タイミングを外すと食いっぱぐれるぞ。シュナイダーとサフランが全部片づけちまう」

 少し話を盛ったが、大多数のビークル乗りは俺の話に納得した。

 ファーガスンへの期待を少し高め過ぎてしまったかもしれないが、少なくともこれで突出して馬鹿をやらかす奴は減ったと思われる。

 あとは、戦いが始まってみないことには何もわからんな。

 そして、いよいよビークル部隊の戦艦への搭載が始まった。

 コニーと甘ったるい空気を出していたバニラも自分の【カモミール・タイプⅡ】に搭乗し、俺も【ジャガーノート】を『ロングシンフォニー』の甲板上に移動させる。

 ぐるっと見回すと、マジョラムの【イエロー・ベア】にバジルの【グリーン・リーフ】にフェンネルの【ブルー・サンダー】、シュナイダーの【マキシマム】とサフランの【スティール・モラル】、他の志願兵たちのビークルも目に入った。

 全ての人員がポジションについたところで、自分の士官用ビークルに搭乗したファーガスンは声を張り上げた。

「とうとうこの時がやって来た! これより、油田を占領し市民の生活を脅かす憎きブラッディマンティスの討伐を開始する! 家族や恋人、愛する人々を奴らの脅威から救えるのは我々しか居ない! ブラッディマンティスを倒し、元の平穏な生活を取り戻すのだ!」

 ファーガスンの整ったフォームの敬礼に続き、俺たち寄せ集めの義勇兵も見様見真似で砦の居残り組に敬礼する。

 炊き出し場や事務方の返礼を受けながら、陸上戦艦『ロングシンフォニー』はゆっくりと動き出した。

 ブラッディマンティスと市民軍の争いに終止符を打つ戦いが、今始まる。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

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