steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

105 / 168
105話 家族のもとへ

 

 コンドル砦の市民軍の本陣に帰還し、一通り負傷者の収容などが終わったタイミングで、ファーガスンは俺たちを『ロングシンフォニー』の甲板上に集めた。

 一部のビークル乗りは帰ってしまったが、残った市民軍の兵士たちは皆晴れやかな表情で甲板にやって来た。

「皆さん! よく、戦ってくれました! 我々の元に、油田を取り戻すことができました!」

 演説を始めたファーガスンは、声を張り上げて称賛した。

 そして、ファーガスンは俺とバニラの方へ向き直る。

「ありがとう、グレイ君、バニラ君。君たちの活躍なくして、市民軍の勝利は無かったよ」

 どうやら、俺とバニラがツートップで第一功に近い扱いのようだが、それに不満を言う者は一人も居ない。

 『エビルタローン』に止めを刺したという意味では、フェンネルとシュナイダーも同じくらいの働きをしたと思うが……当人たちがさっさと帰ってしまった以上、仕方ないな。

「それでは、皆さん! 胸を張って、我が家へ帰りましょう!」

 そして、市民軍の参加者たちは思い思いに散ってゆく。

 ブラッディマンティスによる油田の占拠に対処するため集められた市民軍は、今をもって解散だ。

 慰労金も勲章もない。

 報酬は……強いて言えば、戦時中の食事と弾薬およびビークルの整備は無料で面倒を見てもらえるくらいか。

 思えば、何とも見返りの無い損な役回りだったな。

 だが、それでも自分の街と生活を守るために、ハッピーガーランドの連中は戦うことを選んだ。

 そして、一部の資産家もどきの連中は、この情勢と戦後の復興の勢いを利用して、また一儲けを企む……そうして、この世界は回っていくわけだ。

 まあ、俺も戦後に台頭する金持ち連中を高級シャンプー・リンスや洗濯機の顧客に取り込めないか、油田開発の再開に便乗して余剰ガスの利用――現在はほぼガスフレアと化して無駄になっている――に食い込めないかを考えている辺り、ファーガスンに突き上げをカマしてきた連中を完全に非難はできないか。

 そんな益体も無いことを考えていると、俺は後ろから声を掛けられた。

「何シケた顔してんのよ? グレイ」

「ん? ああ、サフランか」

 サフランは相変わらず仮面と派手な化粧に普通の服という、妙な組み合わせの装いをしていた。

「ねぇ、この後の打ち上げ、参加するわよね?」

 どうやら、市民軍に参加したビークル乗りやその他諸々で、街に繰り出し飲み明かす計画があるそうだ。

 まあ、市民軍自体は有志の持ち出しだからな。

 戦いが終わってそのまま解散では、物足りないと思うのも仕方のないことだろう。

 聞けば、俺の指揮下にいた荒くれビークル乗りたちも結構な割合で参加しており、何故かコニーの家の隣のおばさんも来るらしい。

「あ~、すまんが今回は……」

「何よ。シュナイダーといい、フェンネルといい……ツれないじゃない」

 一匹狼のシュナイダーにスカしたフェンネルは不参加なあたり、まあ想像の通りか。

 バニラは残念ながら未成年、と。

 俺は……安くは済まないであろう支払いが嫌なわけでも、ビークル乗り同士の繋がりを軽視しているわけでもないが……今は一刻も早くピジョン牧場に戻りたい。

 それだけだった。

「言っておくけど……今から下り線の汽車に飛び乗ったところで、ネフロで終点よ」

「…………」

 サフランの言う通り、今から戻ってもネフロからピジョン牧場へはビークルで移動することになり、ナツメッグ邸に着くころには深夜か明け方だ。

 妙に気を急いて行動する必要は無いか。

 戦争は、終わったんだ。

「大切な人が待ってるのは知ってるけどね。その幸せ、少しくらい分けてくれてもいいじゃない?」

「わかったわかった。だが、始発に間に合う時間で俺は消えるからな」

「わかってるわよ。じゃあ、行きましょう」

 俺は【ジャガーノート】に乗り込むと、今も再会の喜びとともに甘い空気を振り撒くバニラとコニーに一声かけ、サフランと連れ立って砦を後にした。

 そのままビークル乗りたちが待つ酒場に向かい、派手な歓迎を受けつつ、俺もジョッキになみなみと注がれた酒を飲み干してゆく。

 俺はそれほどアルコールを好むわけではないが、大仕事の後はヤケに美味く感じるものだ。

 そして、日付が変わったあたりから出始めた泥酔者を足蹴にしつつ、日が昇っても飲み続ける荒くれどもに一声かけ、俺はハッピーガーランド駅からピジョン牧場方面行の始発列車に乗り込んだ。

 因みに、支払いは最終的に数万URが飛んだ。

 ほとんどはサフランが勝手に注文した酒の値段が占めているようだが……そのブランデー、俺はほとんど飲んでないんだけどな。

 解せぬ……。

 

 

 

 

 ハッピーガーランドからネフロを経由してピジョン牧場駅へ。

 結構な時間を汽車に揺られてコンパートメントで転寝しつつ過ごした俺は、懐かしの我が家へと戻ってきた。

 草を食む羊の群れ、相変わらず飛行実験を繰り返して墜落するライト兄弟もどき。

 つい先日まで戦争中だったとは信じられない長閑な光景だ。

 牧草地を過ぎて丘を登ると、やがて特徴的なフォルムの工房を隣接したナツメッグ邸が見えてくる。

 そして、家の前に【ジャガーノート】を駐機して荷物を下ろしていると、家の中からパタパタと足音が玄関に近づき、やがて正面扉が開かれた。

「ああ、帰ってきたね」

 俺を出迎えてくれたマルガリータは軽い調子で声を掛けてきた。

 コンドル砦に戻る前に会ったときと何一つ変わらない、いつも通りの彼女だ。

 今は彼女の声を聞けることが素直に嬉しい。

 彼女とは、随分と長く離れ離れになっていた気がする。

 市民軍がブラッディマンティスに宣戦布告して、その後一度ピジョン牧場に帰ってきて、それからまだ数日程度しか経っていないはずなのに……。

 だが、それも最早どうでもいい。

 無事に戦争を生き延び、マルガリータと再会できた。

 それだけで、十分だ。

「マルガリータ……」

「っ!」

 俺はそのままマルガリータを抱き締めようと近づいたが……何故か、手を伸ばすとスルリと身を躱された。

 彼女の表情は普段より少し険しいものだったが……まさか、臭かったのか!?

 確かに、戦争中は薄汚れた荒くれビークル乗りどもと行動を共にしており、最終決戦では砂埃と煤に塗れる羽目になり、昨日の夜はその薄汚れどもと一緒に飲んでいた。

 とはいえ、体はきちんと拭いていたはずだが……。

「先生から話があるそうだよ」

「…………」

 どうやら、ナツメッグ博士の用件が優先らしい。

 何だか肩透かしを食らった気分だが……戻ってきて早々に不満を言うのも考え物だ。

 それに、砲弾の雨が降り注ぐ乱戦を切り抜けて、戦争が終わって、荒くれビークル乗りどもと飲み明かして、ようやくうちに帰ってきて……さすがの俺も疲れた。

 ここはおとなしく家に上げてもらうとしよう。

「ああ、わかった。行くよ」

「うん、そうして」

 トランクを提げた俺のためにドアを開けてくれたマルガリータに従い、俺はナツメッグ邸の扉を潜った。

 

 

「どうも、博士。ただいま戻りました」

「うむ、よく無事に帰ってきたの」

 ナツメッグ博士はダイニングのテーブルで俺を待っていた。

 話があるそうなので、とりあえずスーツケースを部屋の隅に置き、俺も席に着く。

 俺の隣にマルガリータが座ると、博士は口を開いた。

「さて、お前さんも疲れておるじゃろうから、簡単に報告しよう。ローズマリーの確定診断がついた」

 博士の話の内容は、大体予想通りのものだった。

 決戦前にピジョン牧場に戻って来たときに、そんな話もしていた。

 ようやく診断機器が届き、疾患を特定できる検査ができたとのことだ。

「長期的に呼吸器全体が蝕まれる病じゃ。長年ヤニを呑んできた年寄りに多い疾患じゃが、ローズマリーは元々あまり体が強い方ではなくてな。車やビークルや工場の排気ガスの影響を、人よりも強く受けてしまったようじゃ」

「では……」

「ああ、グレイの予想通り。わしの当初の診断通りじゃな。幸い、ローズマリーはまだ若い。今なら、空気の綺麗な田舎で養生すれば回復も見込めるはずじゃ。……話は終いじゃ」

 ローズマリーの病気に関しては、原作と同じ状況で間違いないようだ。

 地球の医療で言えば、疾患名はCOPDあたりかな。

 多くの場合はタバコが原因なので、一番の治療は禁煙というのが一般的な認識だが……ローズマリーは非喫煙者だ。

 この世界では、内燃機関を利用した自動車やビークルが最近になって一気に普及したため、質の悪い排ガスの濃度が急激に上がった。

 加えて、ローズマリーは世間一般の人々よりも肺や気道粘膜が弱い。

 排ガスが原因で非喫煙者が肺癌に罹った例もあったはずなので、この疾患と原因の因果関係もあながち的外れなものではないだろう。

 治療も、かねてから計画していた通り、ビークルや車が少ない田舎への隔離で決まりだな。

 原作では、戦争の後すぐに実家に戻っていたコニーからこのことを聞かされるところから話が進むが……今のコニーはバニラとイチャコラしている最中で、恐らく今もハッピーガーランドだ。

 ローズマリーの移送はコニーも同行するだろうし、原作通りバニラに任せるとして…… まずはローズマリー自身に診断結果のことを伝えるか。

 

 

「グレイ」

 俺が今後の予定を考えていると、ナツメッグ博士は俺に声を掛けた。

 先ほど話は終わりだと宣言した割に、博士は席を立とうとしない。

「何か忘れとりゃせんか?」

「忘れ……? ああ、ローズマリーさんのことなら、明日にでも俺がネフロに行って伝えて……」

「違う。今はそれよりも大切なことがあるじゃろう」

 しかし、博士は若干苛立った様子で俺を遮った。

 ブラッディマンティスの件を今さら蒸し返すとも思えないし、あまり身に覚えが……。

 すると、博士はため息をついて俺をねめつけた。

「まったく、お前さんは…………まあ、マルガリータも素直じゃないからの。ここ最近の様子といったら、本当に見てられんものだったな。飯も喉を通らず、エンジンの調整ではミスを連発し、終いにはお前さんの部屋で毎晩すすり泣いておったぞ」

「ちょ、ちょっと! 先生!」

 マルガリータは慌てて遮ろうとしたが、博士は逆にマルガリータをねめつけて言葉を続けた。

「それだけではない。今回はグレイの奴も戦争が終わってすぐに帰ってきたが……一体、何日徹夜で待つつもりだったんじゃ? 【ジャガーノート】の音が聞こえたときのお前さんの喜びようといったら……」

 俺は思わずマルガリータの方へ向き直った。

 マルガリータはすぐに顔を背けられてしまったが、よく見ると彼女の目の下には隈が出来ている。

 顔立ちの美しさと力強さもあって彼女の美貌が損なわれることは無いが、こうして近くで見ると明らかに憔悴していることがわかる。

 思えば、俺はあまりにも無神経だったかもしれない。

 原作シナリオが佳境に入って、世界が大きな混乱に見舞われて、介入するのに夢中で……。

 挙句の果てに、まともに相談することも話し合うこともせず、戦争に参加してきた。

 本当に心配させてしまった……。

 しかし、俺にはレンチまで投げようとするくせに、博士には何もしないのな。

「……何さ?」

 俺がじっと彼女を横から見ていると、いつも通りぶっきらぼうな疑問が投げつけられた。

 悲しい思いをさせたことを謝るべきか、心配してくれたことに礼を言うべきか……いや、違うな。

 俺は椅子から立ち上がると、相変わらずこちらと目を合わせようとしないマルガリータを後ろから抱き締めた。

「......ただいま」

 他愛のない一言、謝罪でも感謝でもない軽い一言。

 それでも、戦争から無事に帰ってきて、誰よりもマルガリータに言いたかった言葉だ。

 中身も重みも無い一言に、マルガリータは嫌味で返してくるものかと思った。

 しかし、彼女は何も言わず、体の前に回された俺の腕をしっかりと抱き込む。

 そして、微かに口元を動かしたマルガリータから漏れた一言は、はっきりと俺の耳に届いた。

「……馬鹿」

 シャツの袖を捲り上げた腕に少し熱を持った液体が垂れてくるのを感じたが、俺もマルガリータもしばらくこの姿勢を解くつもりは無かった。

 

 

 

 

 翌朝、自室のベッドで目覚めた俺は、心地いい腕の痺れと仄かに漂うオイルと花の香りにニヤけながらも、枕元の時計を確認した。

 いつもの起床時刻より少し遅めだが、寝坊と言うほどでもない。

 昨晩も……世間一般の夫婦以上の回数をこなしてしまったが、どうにか俺の体力は大丈夫だ。

 俺は隣のマルガリータを起こさないようにゆっくりと起き出そうとしたが……俺の気配を感じ取ったのか、彼女も欠伸をしながら顔を起こした。

「……ん」

 寝ぼけ眼のまま俺に微笑んだマルガリータは、そのまま二度寝するかのような体勢で俺の胸に頭を預けた。

 気の抜けた表情といい、仕草といい、無防備に肌を晒した姿といい……可愛すぎる。

 そんな彼女の髪を撫でながら、俺は本日の予定を告げた。

「今日はネフロに行ってくる」

 一瞬、マルガリータの体がピクリと強張ったのがわかった。

「また、危ないこと?」

「いや、ローズマリーさんに会いに行くだけだ。昨日、博士も言っていただろ?」

「なら、危ないのはその後だね」

 敵わんな……。

 確かに、ブラッディマンティスとの決着はまだついていない。

 これから連中は『グランドフィナーレ』を持ち出して、先の戦争以上の騒動を起こしてくる。

 しかし、奴らに関してマルガリータが詳しく知っているわけもない。

 予備知識ではなく俺の様子から色々察したのだろう。

 俺がどう答えるべきか迷っていると、マルガリータはため息をついて横に転がり、俺の上から降りた。

 そのまま俺の腕を避けるようにしてそっぽを向き、目を閉じて二度寝の態勢に入ってしまう。

 何だか、彼女と一夜を共にした後は、毎回こんな感じになってしまうな。

「朝食を用意する」

 俺は少し後ろめたさを感じながらそう宣言し、マルガリータの筋肉質だが柔らかい肩にシーツを掛けた。

 ついでにキスしようと試みるが、これは防がれてしまった。

 振り払うとまではいかないが、マルガリータは顔を背けて俺の唇を避けた。

 ははっ……ご機嫌斜めか。

 少し落胆しながら、俺は軽くシャワーを浴びてキッチンへと向かった。

 

 

 キッチンで俺がフレンチトーストを焼いていると、ナツメッグ博士が起き出してきた。

「おはようございます」

「うむ、おはよう」

 軽く挨拶を交わすと、博士はテーブルに紙袋を置いて俺に示す。

 以前から何度も配達しているローズマリーの薬だ。

「お前さん、今日あたりネフロに行く予定じゃな? 例の件を伝えるついでに、追加の薬も持って行ってくれ」

「わかりました」

「……対処療法もこれが最後になるといいの」

「……ええ、本当に」

 ベーコンとほうれん草の炒め物をテーブルに並べつつ、俺は博士に頷いた。

 そして、コンソメで溶いたジャガイモのポタージュをカップによそっていると、再度ダイニングの扉が開いてマルガリータがやって来た。

 俺の後に彼女もシャワーを浴びたらしく、仄かに石鹸の香りが漂っている。

「紅茶でいいか?」

「うん」

 マルガリータのカップに紅茶を注いでテーブルに置くと、俺も席に着いて朝食を摂り始めた。

 よくよく考えれば、マルガリータも交えて三人で朝の食卓を囲むのは、これが初めてな気がする。

 今までは、夜になるとマルガリータは自宅へ帰っていたし、初めて彼女がうちに泊まったときも俺は朝早くに出てしまった。

 たかが朝食ではあるが……こういう平和な時間というのは、やはり尊いものだ。

 幸せそうな顔でフレンチトーストを頬張るマルガリータを見ていると、俺まで満たされた気分になってくる。

 そんなことを考えながら食事を終えた俺は、ローズマリーの薬の袋を取って席を立った。

「じゃ、行ってきますんで」

「うむ」

 まずはお使いを済ませないとな。

 これからまた忙しくなる。

「っと、出る前に燃料を……」

「満タンだよ」

「え? うぉっと!」

 マルガリータの声に振り向くと、軽い金属音を発する物体が投げつけられた。

 慌ててキャッチしたそれは【ジャガーノート】のキーだった。

 ……そういえば、ベストのポケットにキーが見当たらなかったな。

 自室の机にでも置き忘れたかと思っていたが、マルガリータが持っていたのか。

「弾薬も補充してあるから」

 マルガリータは言葉少なく告げると、俺から視線を外して食事に意識を戻した。

 どうやら、俺が飯を作っている間に、彼女は【ジャガーノート】の整備を済ませてくれたようだ。

 これが、献身的な妻の内助の功というものか……。

「ありがとう、マルガリータ」

「ふん」

 ダイニングを退出する前に、俺はマルガリータの頬に軽くキスをした。

 マルガリータは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、今度は俺の口付けを拒みはしなかった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。