steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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106話 裏方

 

「どうも、お邪魔しますよ」

「あら、グレイ。いらっしゃい」

 ネフロベーカリー前に【ジャガーノート】を駐機した俺は、路地のアパート通りにあるコニーの家にやって来た。

 扉をノックして挨拶しつつ部屋に足を踏み入れると、今日もベッドの上で読書をしていたローズマリーがこちらに振り向く。

 こうして薬のデリバリーに来るのは久しぶりだな。

 戦争が始まる前にも楽団メンバーたちとローズマリーを訪ねたが、ここに一人で来ることは最近あまり無かった気がする。

「こちら、お薬です」

「はい。いつもありがとうね」

「いえいえ。体調は、お変わりありませんか?」

「ええ、たまに痰が絡むけど、前みたいに咳が酷くて眠れないということはないわ」

「それは何よりです。ああ、それとですね……」

「?」

「今日は、もう一つ博士から伝言がありまして」

 俺はピジョン牧場でナツメッグ博士から聞いた診断結果を、その場でローズマリーに伝えた。

 博士の所見と今後の治療について聞いたローズマリーはしばらく真剣な表情で考え込んでいたが、やがて顔を上げて口を開いた。

「そうだったのね……。私自身、何となくビークルや車の煙を苦手には思っていたけど、本当にそれが原因で……」

「ええ、今回のは確定診断です。薬と安静で症状の悪化は免れているようですが、ネフロの街では根治が期待できない。動いたら危険ということも無さそうなので、できるだけ早めに引っ越して療養を始めた方がいいでしょう」

 恐らく、この段になって原作通りの治療が意味を成さない、なんてことにはならないはずだ。

「療養地は……工場などが少ない未開発の地域で、且つビークルや車の交通量が少ない場所がいい。ローズマリーさんご自身に、どこか当てはありますか?」

「そうねぇ……」

 一応、ローズマリーに聞いてみると、彼女は唇に手を当てて熟考した。

 原作をプレイ済みの俺からすれば、わざわざ聞くまでもない話だが、俺から場所の提案までお膳立てするのも何か変だからな。

「私の生まれ故郷のゴールドーン村なら……あ、でも今はもう開発が進んでいるのかしら?」

「いえ、温泉施設の稼働は始まりましたが、鉱山の様子は相変わらずですし、観光資源としての規模はそれほどのものではありません。ビークルや製造業の排気ガスに関しては、心配ないでしょう」

 予定通りの展開に心の中で安堵しながら、俺は彼女の提案を支持した。

 

 

 ローズマリーは窓の外に視線をやると、ほっと息を吐き出すようにして口を開いた。

「ゴールドーン、懐かしいわねぇ。皆、元気にしてるかしら? 何も無くて不便な村だったから、私以外にも大勢が外に出ちゃって……。グレイみたいな若い子には信じられない話かもしれないけど、電気どころかガス灯すら無い暮らしだったのよ」

「ああ、そりゃまた、逞しい話で……」

 まあ、現代人の俺からしたら信じられない環境なのは確かだな。

 俺が若いかどうかはともかくとして。

「久しぶりに帰ってみるのも悪くないかもね……。 でも、コニーとは会いにくくなるかしら?」

「いや……そんなことは無いと思いますよ。トロット楽団は主にハッピーガーランドで活動していますし、ゴールドーンまでビークルならすぐです。コニーもバニラのビークルでちょいちょい顔を出しに来るでしょう」

 今更、却下されても面倒なので、俺は少し慌てて彼女の懸念を払拭するよう言葉を掛けた。

 すると、ローズマリーは意外そうな顔で俺を見ると、何故かクスクスと吹き出した。

「どうしました?」

「ううん、何でも。ただ……あなた自身は田舎暮らしを好まないのに、私がゴールドーン村へ戻ることには大賛成のようね」

 自分の感情の起伏が見透かされたようで、俺は少し居心地が悪くなった。

 さすがは年の功。

 おばさんの洞察力は侮れないな。

「あ、別に悪意があるとか疑っているわけではないのよ」

「わかってますよ。まあ、確かに……俺にあの村で何十年も暮らせと言われても無理でしょうね。人間、一度便利な環境に慣れたら、なかなか生活水準を落とせるものではない」

 少し慌てた仕草で手を振るローズマリーに、俺は肩をすくめて答えた。

「治療のためとはいえ、若い女性をそんな未開地に送ることには、多少なりとも罪悪感がありますがね」

「あらあら……悪いけど、私は亡くなった主人に操を立てているから……ダメよ?」

 口は災いのもととはよく言ったものだが、軽口のつもりが何だか妙な曲解をされたな。

 冗談だとは思うが、ローズマリーは年齢や健康状態の割に美貌は健在で、ボディラインも保っている方……って、いやいや!

 キレて工具を投げつけてくるマルガリータを想像すると、本当に勘弁してほしく思う。

「それで……ゴールドーンへは、あなたが連れて行ってくださるの?」

「いえ、荷物を運ぶだけなら俺の【ジャガーノート】でもいいのですが……この部屋を片付けて引っ越しの支度をして、さらに病人のあなたを移動させるとなれば、コニーに世話をしてもらった方がいいでしょう。運転手はバニラに頼むかもしれません。まあ、そこは本人たちに話を通してからですね。どうせこの後ハッピーガーランドに戻りますし、俺が伝えてきますよ」

「わかったわ。よろしくお願いするわね」

 

 

 

 

 そんなわけで、俺はハッピーガーランドのロブスター亭に戻ってきた。

 マジョラムに今後の楽団の予定を確認し、先日のローズマリーの件をバニラとコニーに伝えるためだ。

「お、大戦の英雄のお戻りだね」

「よしてください。そんないいモンじゃありませんよ」

「いやいや。市民軍を勝利に導き、石油を取り戻したって評判だよ。ああ、夜通し飲んでも潰れない酒豪だって噂もよく聞くね」

 最後のやつは明らかに戦後の打ち上げが原因だな。

 そもそも、俺は他の連中ほど飲んでいないのだから、潰れるも何もないのだが……。

 そんな具合に宿の主人ダスティンとバーテンのクリスに茶化されていると、階段から降りてきたマジョラムと顔を合わせた。

「あ、グレイ。帰ってきたね」

「ああ、マジョラム。すまんかったな。ロクに声も掛けずに帰宅して」

「構わないさ。ピジョン牧場の皆も心配してただろ?」

「そうだな」

 確かに、マルガリータは本気で俺のことを心配してくれた。

 完全にこちらの都合でしかない話だが……こういうときはマジョラムの大らかな人柄に救われる。

「二度手間で申し訳ないが、次の仕事の予定を教えてくれるか?」

「ああ、大丈夫だよ。まだ皆にも順次伝えている段階だから。それで、次の公演の予定だけど……ハッピーガーランド近郊を中心に、いくつか依頼が届いているよ。延期になっていた記念セレモニーとか、新たに立ち上げられたビークル関連事業の記念式典とか……。石油ショックが終わって、ちょうど復興のご時世だからね」

 さすがは楽団のマネジメント担当だけあって、既に次の仕事にも当たりを付けているようだ。

 ただ、原作通りならば、ここからブラッディマンティスが『グランドフィナーレ』を持ち出してきて、事態は大きく動いていく。

「もう少し先の話だけど……連続で公演になるかもしれないから、準備はしておいて」

「わかった」

 恐らく、何事もなくコンサートをできる状態にはならないのだろうな。

 俺はマジョラムの言葉に頷きつつも、この先のシナリオで発生するトラブルを思い起こして頭を悩ませていた。

 

 

「じゃ、そういうことで」

「ああ。……そういえば、バニラとコニーは?」

「上に居るよ」

 公演の予定を確認し終えた俺が肝心の二人のことを訪ねると、マジョラムは僅かに苦笑しつつ答えた。

 ……なるほど。

 シールド発生中か。

 俺はマジョラムに礼を言って踵を返すと、些かげんなりしながら階段を上った。

 コニーの部屋の前に到着してみると……案の定、中からはバニラとコニーの甘く囁き合うような声が聞こえてくる。

 もちろん、不埒な行為の本番を致しているわけではないが……まあ、仮に二人の関係がそこまで進展していたとしても、マルガリータの件を鑑みると俺は何も言えない。

「(ねぇ、次の公演までまだ時間があるし……お母さんに会いに行きたいな)」

「(ああ、いいよ。僕のビークルで送るから、一緒に行こうか)」

「(うん! お願いね)」

「(あ、でも……今はネフロへの鉄道も運航を再開しているし、わざわざ僕まで行くことは……)」

「(……嫌なの?)」

「(え? そんな! 嫌じゃないさ。ただ……せっかくお母さんと水入らずなのに、邪魔しちゃ悪いかなって)」

「(邪魔じゃないよ! ……バニラも、ちゃんとお母さんに挨拶して)」

「(? あ、ああ……)」

「(それに……)」

「(ん?)」

「(君となら……また砂漠に行くことになっても平気だよ)」

「(コニー……)」

「(ネフロまで、また二人っきりだね)」

「(っ! そ、そうだね……)」

 若いな……。

 しかし、こんなAT○ィールド全開の会話をしているくせに、二人は唇を近づける様子も無く、ただ手を握り合うだけだ。

 傍目から見れば、健全な節度あるお付き合いだろう。

 ……それを考えると、勢いでマルガリータを抱いてしまった俺の方が、堕落したクズな大人の典型か?

 いや、実情はヘタレなバニラをコニーが完全に攻めあぐねているだけか。

 これ以上待ってやっても状況は変わらなそうなので、俺は勢いよく部屋の扉を開き、一向に進展が見えないバニラとコニーの世界に割り込んだ。

「そんな二人に朗報だ!」

「えっ、きゃあ!」

「うわっ!」

 俺が部屋に踏み込むと、二人は慌てて手を離した。

 うん、誤魔化したところで今更だから。

 居心地悪そうに体を離す二人に構わず、俺は本題を切り出した。

「ローズマリーさんの確定診断がついた。治療の一環で、彼女を生まれ故郷のゴールドーンに移すことが決定した。以上!」

「えっと……」

「コニー、引っ越しの準備と移動中の世話は、勝手のわかっている君がやった方がいい。事の詳細は本人にも話してあるから、とりあえずネフロに戻って用意を始めてくれ。あとバニラ、荷物の整理や力仕事には男手があった方がいいだろう。それに、ゴールドーンまでの移送には運転手が必要だ。ついて行ってやれ」

「はは……また突然だね」

 ざっくりとした説明だったが、バニラは快く了承した。

 こうして二人のネフロ行きは俺がお膳立てする形で決定した。

 さて……俺の方は、いよいよブラッディマンティスを本格的に迎え撃つ準備をしなければな。

 裏方の仕事はなかなかに忙しい。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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