steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
俺は動かなくなった『クリムゾン・ホーネット』を前にしばらく周囲を警戒したが、新手が接近しているような兆候はない。
確かに、他の仲間は全滅だとノーラは言っていたが……第二陣が待ち構えていると思っていただけに、正直なところ拍子抜けだ。
「ぅ、く……」
しばらくすると、『クリムゾン・ホーネット』の射手席でノーラが呻きながら顔を上げた。
上腕からは血を流しており、破れたシャツから覗く腹部には痛々しい痣が出来ている。
恐らく、飛び散った破片を受け、ビークルが吹き飛んだ拍子に体を叩きつけられたのだろう。
命に別状は無さそうだが、肋骨は持っていかれたな。
潰れたコクピットに挟まれ脚も負傷しているようだ。
腹部を押さえながら吐血している操縦手も結構な重症である。
「ノーラ、お前の負けだ」
「…………」
ノーラは答えない。
俺一人に全滅させられたことが余程ショックだったか?
確かに、討伐隊は俺以外の戦力がほぼ全滅で、敵側が優勢だった。
しかし、あくまでも『クリムゾン・ホーネット』は砂漠で運用する制圧用ビークルだ。
俺の【ジャガーノート】ほどオールラウンドに戦うことはできない。
もし彼女がガトリングアームを装備した汎用型ビークルの愛機【クリムゾン】を持ち出していたら……まあ、結果は同じか。
彼女は決して腕の悪いビークル乗りではないが、タイマンで俺に勝てるほどじゃない。
よくよく考えれば、それは彼女もわかっていたはずだ。
デザートホーネット団の庭であるガラガラ砂漠で、俺は彼らのビークルを一人で片っ端から殲滅した。
俺と【ジャガーノート】の力は身を以て知っていたはずだ。
それなのに……。
「何故、こんな真似を? こうなることは、わかっていただろうに」
「……こうするより、ほかに無いんだ」
ノーラは弱弱しく吐き捨てるように呟いた。
何故、ウズラ山トンネル付近で目立つ真似をしたのか?
何故、俺に戦いを挑んだのか?
そういった問いを俺は言葉にして投げかけるが、ノーラは答えない。
だが、言っている内に、俺も一つ考えがまとまってきた。
「ブラッディマンティスに強制されたか」
「…………」
苦々し気に表情を歪めるノーラの顔が全てを物語っている。
恐らく、彼女たちの目的は時間稼ぎ。
俺の足止めだ。
ちょうど今頃、ブラッディマンティスはフクロウヶ森の辺りで『グランドフィナーレ』を停泊させて最後の攻勢の準備に入っている。
今現在の奴らの最優先事項は『グランドフィナーレ』の整備および戦力の集結、そしてコニーの誘拐。
俺に邪魔されないために、こんな大掛かりな工作を行ったのだ。
そうでなければ、本来ガラガラ砂漠から出ないデザートホーネット団がこんな場所までやって来たことの説明がつかない。
結果としては、なかなか効果的だったと思う。
山林を利用して散発的に攻撃を仕掛ける作戦には、思ったよりも手間取った。
『イエロー・ワスプ』の編隊だけならある程度の敵を殲滅して俺は退いたかもしれないが、『クリムゾン・ホーネット』の出現が気掛かりでここまで深追いした。
「だが、惜しかったな」
まだ日が沈んでそう時間は経っていない。
この時間なら、十分にフクロウヶ森へ先回りできる。
俺を完全に足止めするには、戦力が足りなかったようだ。
「さて……」
俺はノーラたちを拘束するため、ファーガスンを呼ぼうとした。
しかし……。
「まだだ!」
「っ!」
『クリムゾン・ホーネット』のコクピットを見ると、獣のように歯を剥いたノーラが、俺を激しく睨みつけている。
「まだ……まだ終わっちゃいないよ!」
ノーラの声に応じるように、操縦手の男はコクピットのレバーを操作した。
先ほどまで、うんともすんとも言わなかった『クリムゾン・ホーネット』は、バリバリと嫌な音を発しながら、ぎこちなく動き出す。
どうやら、補助動力で無理やり稼働させたようだ。
エンジン部は俺の強化ブレードで広く切り裂かれておりチェーンガンの弾丸も命中しているので、当然ながら『クリムゾン・ホーネット』はいつも通りのパフォーマンスを発揮できるはずもない。
しかし、『クリムゾン・ホーネット』は倒れ込むように突進してきた。
「くっ!」
至近距離なので、さすがの俺も回避は間に合わず【ジャガーノート】の装甲ブレストで敵ビークルの車体を受ける。
激しい衝撃に一瞬息が詰まった。
そして次の瞬間、『クリムゾン・ホーネット』の射手席のノーラは操縦席を飛び越えるようにして【ジャガーノート】のコクピットに飛び移ってきた。
「はぁっ!」
「ぬぉ!」
ノーラは【ジャガーノート】のブレストに掴まったまま、腕だけを支えに下半身を捻って蹴りを放ってきた。
俺も何とか左腕を揚げて防御したが、前腕に走った衝撃はとても小柄な女性が放ったとは思えない。
肋骨が折れているというのに、何て元気な奴だ!
「ナックルで来な!」
「お断りだね」
ノーラは豹のように凄まじい勢いで俺に掴みかかってきたが、そんな挑発に乗るつもりは無い。
俺はノーラの手を拳で弾くように振り払うと、ショルダーホルスターのS&W M10を抜いた。
そのまま正面のノーラに拳銃の狙いを付けようとするが……。
「おおおぉぉぉぉぉ!!」
「ぬぐっ!」
突如、激しい衝撃を感じて、拳銃を取り落としそうになった。
見ると、『クリムゾン・ホーネット』の操縦手の男が、操縦桿にしがみ付くようにしてビークルを前進させている。
俺がハンドルから手を離した隙に押し込まれるようなタックルを食らい、さすがの【ジャガーノート】も重さをモロに受けて転倒しかける。
「てめっ」
俺は慌ててチェーンガンを操作して『クリムゾン・ホーネット』の胴体に弾丸を十発ほど浴びせた。
さすがの大型制圧用ビークルも、これだけの大口径弾を受けては機能を保てない。
『クリムゾン・ホーネット』は今度こそ沈黙し、その場に崩れ落ちた。
「グレェェェェェイ!!」
「ぐっ」
しかし、ノーラもこの状況を黙って見ていたわけではない。
ノーラは再び下半身を浮かすようにして蹴りを放ち、俺の右手の拳銃を叩き落した。
「はぁ!」
「がっ」
さらに、ノーラの攻撃はここで終わらず、空中で腰を捻るようにして開脚すると、俺の首を挟むようにして脚を絡みつけてくる。
そのままノーラは全体重を掛けて体を横に捻った。
「うぐぉ!!」
どうにか体を引いて勢いを流し、首をへし折られるのは避けた。
しかし、こんな体勢ではビークルをまともに操作することなどできない。
【ジャガーノート】はバランスを元に戻せないまま徐々に横転していく。
そして、ノーラのプロレス技を食らった俺は、そのまま彼女と一緒にコクピットから投げ出された。
「ぐ、げほっ……くそったれ…….」
ノーラのヘッドシザーズ・ホイップを食らった俺は、どうにか地面に衝突する前に受け身の姿勢を取ることに成功した。
服が土塗れだが、怪我は無さそうだ。
……危なかった。
あのまま頭を叩きつけられていたら、いくらコンクリートより柔らかい土とはいえ、普通にあの世行きだった。
「ノーラ、さま…………うおぉぉおおお!」
俺が頭を振って立ち上がると、『クリムゾン・ホーネット』の残骸から這い出てきた操縦手の男がこちらへ向かってきた。
手にはコクピットから外れたレバーのようなものを持ち、そいつで俺をぶん殴ろうとしているようだが、さっきのノーラの格闘技に比べれば屁でもない。
俺は危なげなく反撃した。
「ぐぇ」
体重を前方に乗せて足を突きだし前蹴りを放つと、俺よりウエイトが軽い男はいとも簡単に勢いを殺されて後ろにたたらを踏む。
俺はもう一歩前進して、レバーを持った男の腕を掴んで抑えると、そのまま自分の肘を捻じ込むようにして男のこめかみにエルボーを放った。
「ぁげっ」
カエルのように地面に突っ伏した男は、頭から血を流して動かなくなる。
さすがに死んではいないと思うが、結構な勢いで地面とキスしたな。
「やめろぉ!」
そして、俺がデザートホーネット団の男に止めを刺そうかと考えていると、後ろから軽い足音とともに鋭い怒声が浴びせられた。
振り向きざまに裏拳を振るうが難なく避けられ、俺の首に細いが筋肉質な腕が絡みつく。
飛び掛かってきたノーラは、俺の背中をよじ登り、そのままチョークスリーパーを掛けてきた。
彼女は格闘技の達人。
締め落とされたら終りだ。
「ふ、ぬぅ!」
俺は勢いよく体を揺すって後頭部で彼女の顔に頭突きを放ちながら、ノーラのチョークスリーパーを外そうと試みた。
彼女の肘の内側に右手を差し込んで腕を押し出しつつ、首の位置をずらして頸動脈を防護する。
ノーラはなおもしつこく俺の首を狙って締め技をかけてきたが、密着状態ならばこちらの攻撃も命中させやすい。
俺が鋭く肘を後ろに突き出すと、上手い具合にノーラの腹部を直撃した。
「あがぁ!」
どうやら、先ほど肋骨が折れた場所と同じ位置にヒットしたようだ。
卑怯かもしれないが、手加減できる状況ではない。
俺はさらにバックブローを放ちつつ、上半身を振って背中のノーラを近くの木に何度もぶつけた。
「ぁ……ぐ……」
腹部へのバックブローと凹凸のある木に擦り付けられたことによるダメージで、ノーラはついに腕の力を緩め、俺の腹に回されていた彼女の脚も徐々に外れる。
俺はノーラの腕と首を掴んで上体を沈め、その勢いのまま彼女を投げ飛ばした。
「ぁぐぅ!」
背中から木に叩きつけられたノーラは、鈍い音を立ててずるずると地面に倒れた。
「ぐっ……ゲハァ! ハァ、ハァ……」
ノーラのチョークスリーパーを外した俺は、首を摩りながら荒い息をついた。
これだけ痛めつければ、ノーラも起き上がらないだろうと踏んでいた。
しかし……。
「っ!」
ノーラは立ち上がった。
ピンクのノースリーブや臙脂色のズボンは所々破れて血が滲み、腹部はこの暗さでもわかるくらい内出血で変色している。
ビークルが大破した際の衝撃や先ほどの取っ組み合いを鑑みれば、背中も腹も腕も脚も、どう考えても無事ではないはずだ。
しかし、ノーラは全く闘志の失われていない目で俺を見据え、ファイティングポーズを取った。
「舐めるんじゃ、ないよ……」
ノーラは女性の中でも決して大柄な部類ではない。
セイボリーより身長は低く、骨格もマルガリータに比べると華奢だ。
精々、コニーと同じくらいの体格で、俺との体重差は二倍近い。
しかし、褐色の肌に包まれた彼女の四肢には無駄の無いしなやかな筋肉が付き、体型はまるで豹のように引き締まっている。
いざ格闘戦に備えて対峙すると、彼女の姿は一回り大きく見えた。
「しっ」
俺が左半身を前に出して構えると、ノーラは鋭く踏み込んでジャブを放ってきた。
体中に怪我していることを鑑みれば、ノーラの格闘能力は普段よりパフォーマンスは大きく劣るはずだが、それでも彼女の拳は鋭く俺の腕を打ち頬を掠めた。
「せぃ、やぁ!」
裂帛の気合とともに、ノーラは左ローから左手の掌底、さらに右の前蹴りからの左後ろ回し蹴りを放ってきた。
ほとんどの攻撃はガードするか僅かに体を浮かせて後退して衝撃をやり過ごしたが、最後に鋭く振り回された踵は危険なので、体を沈めて回避する。
「もらったぁ!」
ノーラは俺の行動を読んでいたようで、鋭く地面を蹴ってジャンプすると、俺の顔目がけて膝を突き出してきた。
これは食らいたくなかったので、俺はガードを固めたダッキング体勢のまま体を横に振って、左のフックを放つ。
「うぐっ」
本来なら、体ごと飛び込む膝蹴りの勢いをこの程度のパンチで相殺できるものではないが、俺とノーラでは体重が違う。
俺のパンチは彼女を胸部から後ろに弾き返し、彼女の膝蹴りはギリ俺の顎に届かなかった
因みに彼女の胸部装甲は……うん、大きさも感触もマルガリータには遠く及ばないな。
もちろん、いくら褐色肌の美人でも、こんな凶暴な女は願い下げだが……しかし、よくよく考えれば、マルガリータの性格もお淑やかで大人しいとは言い難いか。
「ふっ!」
俺はそのまま攻勢に出た。
左ジャブを牽制に放ち、右のフェイントの直後、上半身を捻った勢いで右のローキックを放つ。
命中すれば、脚に結構なダメージを蓄積させられたことだろうが、そこは格闘技経験が豊富なノーラだ。
華麗な足さばきでクリーンヒットを回避され、俺のローキックは僅かに彼女のズボンを掠っただけで空振りした。
続けて左ジャブに右のストレートを混ぜたコンボを放つが、これも彼女には難なく距離を見切られて躱される。
さらに踏み込んで、ミドルキックに続いて上から打ち下ろす左右のワンツーパンチを見舞うと、今度は肘辺りに腕を巻き付けられて嫌な予感がしたので、俺は慌てて腕を引き突き飛ばすようにノーラを押して彼女と距離を取った。
「ちっ、しぶとい奴だよ……」
危ない……。
今のは下手に密着し続けていたら関節を極められていた。
ノーラと殴り合いを始めて、どのくらいの時間が経ったことだろう?
相変わらず、お互いに攻めあぐねている。
俺がパワーで押してぶん殴り投げ飛ばそうとすれば、ノーラは俺の腕や首を体全体で巻き込んで体重を掛けてへし折ろうとしてくる。
逆にノーラが俺の腕に飛びついてサブミッションを仕掛けようとすれば、俺は彼女の体を片手で支えたまま地面に叩きつける。
泥臭い取っ組み合いを続けながら、俺たちは消耗戦に突入していた。
しかし、ある時を境に、ノーラの呼吸数が目に見えて増え、さらに彼女は脂汗を流し始めた。
「ハァ、ハァ、ハァァ……く、まだ…………っ」
格闘の技量では俺の遥か上を行くノーラだが、彼女の顔に浮かぶ疲労の色は急激に濃くなっていく。
……こうなった以上、俺の勝ちだな。
俺はそれほど格闘技の経験が豊富というわけではない。
体育の授業でやった柔道と、ジムで少しキックボクシングを習ってスパーリングをしたくらいだ。
精々、初段程度の技術しか無いだろうが……それでも全くの未経験というわけではなかった。
この時点で、並の武道経験者との差は一気に縮まっている。
残酷な話だが、格闘で物を言うのはパワーとウエイトだ。
ド素人を張り倒すことに関しては、経験と技術による奇襲が一番有効だ。
しかし、少しでも格闘技の経験を積んだ者が相手となるとスピードやテクニックのみで圧倒することは途端に難しくなる。
要は、100kgの素人なら少し合気道を習った女性でも倒せるが、ヘビー級の格闘技経験者を軽量級がKOするのは余程の隔絶した技量の差が無ければ難しい、というわけだ。
何せ、格闘攻撃は刃物や銃弾と違い、継続的なダメージを与えることが前提である。
ボクシングのようなパンチのみのルールならまだしも、蹴りもグラップルもサブミッションも飛んでくる状況では、多少スピードが勝ったところで全ての攻撃を躱すことは不可能に近い。
ダメージによる消耗も軽い方が圧倒的に大きい。
デカくて重い方が必然的に攻撃力も防御力も高くなるのは自明の理だ。
ノーラのサンボっぽい関節技も見事なものだったが、完全に逆関節を取られるのを防げば、そのまま抑え込まれることは体格的にあり得ない。
いや、もしかしたら普段はそれも可能だったかもしれないが、今の彼女は満身創痍だ。
逆に、こんなボロボロの状態で俺とここまで殴り合えたこと自体が凄いな。
「はぁ、はぁ…………倒す……こいつを、倒さないと…………」
「…………」
ノーラはなおも俺に掴みかかってきたが、彼女の手には最早まともな力は無かった。
俺はノーラの襟首を掴んで重心を下げ、腰を押し込むようにして彼女の体を浮かせる。
そのまま彼女を投げ飛ばして地面に叩きつけると、それ以上ノーラが起き上がってくることは無かった。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。