steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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11話 穏やかな日常2

 

「下っ手くそ~!」

 心無い酔っ払いの客の誰かが物を投げた拍子に、バンドメンバーが楽器ケースのところにまとめていた予備のスコアが飛び散る。

 中世と違い、紙がそれほどの貴重品というわけではないだろうが、それでも酔っ払いどもに踏みつけにされるのは見ていて不愉快だな。

 俺は自分の近くに滑ってきたスコアを拾い上げた。

 コードと基本のメロディーしか書いていない。

 よくあるジャズの譜面だ。

 ここでギターのソロが最終コーラスを迎えたようで、譜面に書いてあるテーマにかなり近いフレーズをなぞる。

 ギタリストの目線から察するに、次はベースのソロか。

 で、最後はドラムソロかバースを経ての、あのバンドの編成だとギターが最後にテーマを演奏して終わりだろう。

「辞めちまえ~!」

 ステージに近いテーブルに座る酔客がジョッキの中身をぶちまけ、ステージ前に置いてあるウッドベースのケースが酒でびしょ濡れになる。

「……ちっ」

 俺はワインを飲み干すと無言で席を立ち、アルトサックスのケースを開いてストラップを首に掛けた。

「お、お客さん」

「ちょっと行ってくる」

 マスターに一声掛けて、サックスを持って先ほど酒をぶちまけた男に近づく。

「失礼……」

「んぁ! 何だぁ……っ! ……何でしょう……?」

 上から見下ろして睨む俺に、小柄な酔っ払いの男は徐々に語尾を小さくしていった。

「通してくれ」

「へい……」

 先ほどまでバンドをディスっていた他の酔っぱらいも、いきなり不機嫌な表情の大男が近くに現れたのでビビっているようだ。

 まあ、客全体を見回してみても、俺と同等の体格を持つのは、肉体労働者風の男二人だけなのだから、目の前の小男にしてみれば途轍もなく怖いよな。

 委縮した男と戸惑いつつも演奏を続けるバンドの面々を尻目に、俺は一旦ケースにサックスを戻すとスコアをピアノの譜面立てに置いて鍵盤を弾いた。

 今はベースソロの真っ最中だ。

 低音のスパイスになるように、ごく控え目な打ち込みでピアノを響かせる。

 ベースの早弾きのフレーズの来そうな雰囲気を読んで、少し前から俺のピアノは一歩引いてソリストを目立たせる。

 フレーズの終わりは、逆に俺が前に出て煽るようにバッキングをする。

 最初は戸惑っていたバンドメンバーも、覚悟が決まったのかやけくそか、既に演奏に意識を戻していた。

 やがて、ベースのソロが終盤に近付き、最後のコーラスではテーマに近いフレーズを引き始めた。

 ベーシストだけでなく全てのメンバーが俺に目線を送る。

 俺がソロを弾くかどうか判断がつかないのか。

「ワンモアッ」

 俺は自分を指差して、もうワンコーラス要求した。

 問題ない、ジャズのセッションは同じコード進行を繰り返すこともあり、先ほどギタリストが弾いたテーマも頭にある程度残っている。

 これならソロもどうにかなるだろう。

 メンバーが了承したのを確認し、俺は急いでサックスを拾い、ストラップを装着して、アウフタクトで前乗りしてソロを取った。

 

 

 俺の飛ばしたソロの後は、ギタリストの男が見事に引き継いだ。

 ギタリストはドラマーとの4バースを演じ、最後はピアノに戻っていた俺のバッキングでテーマに収束させ、完璧なエンディングを飾った。

 ジャズ研のノリだが、さすがに暴走し過ぎた感がある。

 しかし、これだけ派手な演奏をすれば飽きっぽい聴衆にも響くものがあったのだろう。

 演奏が終わった直後は拍手喝采だ。

 おひねりも大量の銅貨が飛んできた。

「ふぅ……ま、こんなもんだろ」

 ふと、こちらの方を熱心に見据える視線を感じた。

 バーのカウンターに目をやると、そこにはまた見覚えのある人物が二人も腰掛けていた。

「あ……」

「よう! 兄ちゃん、あんた凄ぇなぁ!」

 俺はカウンターに向かおうとしたが、先ほどまで一緒に演奏をしていたバンドメンバーに引きとめられてしまった。

 声を掛けてきたのはギタリストの男だ。

「え? あ、ああ……」

「まさかネフロにこれほどのサックス奏者?ピアニスト?が居たとはな」

「いやいや、俺はミュージシャンじゃないから」

「何だって!? そりゃ、勿体ない。あんたほどのプレイヤーなら頂点を狙えるってのに」

 ドラマーの男が捲し立てるが、そりゃ買い被りってものだ。

「……いや。そもそも、俺たちのような一昔前の曲をやるバンドでは、頂点は取れない。飛ぶ鳥を落とす勢いで売り出し中のトロット楽団には及ばない。彼の派手なサックスソロも、演出とタイミングで受けただけだ。ああ、別にあんたを悪く言っているわけじゃない。申し訳ないな」

 ベーシストの男はよくわかっているな。

 その通り。

 トロット楽団は世界中で人気を博すバンドになる。

「でもよ、ロン。こいつが俺たちのバンドに入ってくれれば……」

「いや、ソニー。彼にはそんな暇は無いだろう」

「ん、ロンはこの兄ちゃんを知っているのか?」

「ああ、リー。俺も小耳に挟んだ程度だが……」

 ドラマーはソニーでベーシストはロンでギタリストはリーか。

 名前負けしすぎている連中だが、こんなキャラは原作では見なかったぞ。

「あんた、グレイさんだろ。ナツメッグ博士の助手の」

 

 

「ナツメッグ博士の……」

 ソニーは少々委縮してしまっている。

 こういう反応をされると、ナツメッグ博士の威光も考え物だな。

「うん、まあ、そういうことだ。今は博士のところで色々と学ばなければならない時期なんでね。今のところ楽団に所属してあちこちを回る余裕は無いんだ。今回のことは、君たちのやる曲のジャンル自体にケチを付けられて、頭に血が上ってしまっただけだ。余計な手出しだったな」

「いや、そんなことはない。助かったよ。……下手をすれば、俺たちは最後まで演奏を続けられなかった」

 まあ、ロンは自分の楽器ケースに酒をぶちまけられるという実害を被っているからな。

「まあ、何だ。グレイの兄ちゃん。今日は本当に助かったぜ。縁があったら、またバンド組もうぜ。……その時まで、うちが活動できているかわからないけどな」

「ああ、そうだな。……あと、俺が口を出すようなことじゃないかもしれんが……」

 前置きをしたにもかかわらず、全員が俺の言葉に耳を傾けている。

「今後、大衆を相手にした音楽ライブは、トロット楽団のようなポピュラーなバンドと、革新的な音楽をやるバンドに食われていくだろう。ジャズ……君たちのような一昔前の曲をやるのなら、そういう音楽を聴きたくて来る専門のバーやコンサート会場、最低でもクールな雰囲気が似合う高級な酒場でやった方がいい」

 日本では、ジャズはどちらかというとポピュラー音楽というよりも最早クラシックに近く、ちょっと特殊なジャンルと認識される傾向が強い

 ジャズを聴きたい人間は、基本的にジャズフェスなどのイベントやジャズバーに赴くのだ。

 この世界でも、当たれば一種の高級感を伴うジャンルの音楽として確立していけるだろう。

「頑張れよ」

「ああ、色々ありがとな。グレイさん」

「それじゃ、失礼しまっす」

「またな、兄ちゃん」

 おひねりはジャズトリオに全て譲った。

 今後、この世界でジャズが消えるかどうかは彼らの双肩にかかっている……かもしれない。

 

 

「なあ、ちょっといいか?」

 バンドメンバーと別れた直後、俺に声を掛けたのは、先ほどの演奏が終了してからどうにか接触しようとしていた人物だった。

 向こうから来てくれるとは都合がいい。

 振り向いた先に居たのは、逆立てたオールバックにサングラスの男と、胸元が大きく開いたパーティードレスのような服を着たブロンドの美女だ。

 フェンネルとセイボリーだ。

 ゲーム本編に登場するトロット楽団のメンバーである。

 この二人のコンビとは、しかもネフロでとは珍しいな。

「お前、ナツメッグ博士の助手なんだって?」

「ちょっと、フェンネル! いきなりお前、なんて失礼よ」

 突っかかるように俺に迫るフェンネルを、セイボリーが慌てて窘める。

 まあ、フェンネルが悪い奴じゃないのは俺も知っているので問題ない。

「すまん、悪気があったわけじゃない」

 さすがに前のめり過ぎたことに気が付いたのか、フェンネルは素直に謝った。

「いや、構わないよ。俺はグレイだ」

「フェンネルだ」

「私はセイボリー。トロット楽団のコーラスを担当しているわ。フェンネルはギターね」

 知っているが、ここは初対面の体だ。

「ああ、よろしく。ご存知のようだが、先月からナツメッグ博士の助手をしている。なあ、とりあえず座って話さないか?」

 いつまでもステージを占領しているのもなんだと思い、空いているテーブルを示すが、フェンネルは収まらないようだ。

「それよりも教えてくれ。さっきのサックスの即興フレーズ。曲も雰囲気も完全に時代遅れなのに、革新的な音楽に裏打ちされたセンスと、俺が求めて止まないパワフルさがあった。あれは……一体何なんだ?」

 革新とパワフルね。

 確か、フェンネルはゲーム本編で、その革新的なパワーのある音楽を作りたくて、トロット楽団を抜けてしまうのだったな。

 結果的に、主人公がサブイベントでエレキギターを造り、それを渡してフェンネルとロックンロールするわけだが……。

 まあ、俺のセンスに革新的な何かとパワフルを感じたのは、ジャズでもエレキを使うのが珍しくない時代だったのと、サックスの音色に関してもパワフルで派手なプレイヤーとしてトム・スコットの演奏を聞いた経験があるからだろう。

「そうだな……強いて言うなら、新しいジャンルの音楽や画期的なサウンドが、必ずしも古典的な音楽と無縁ではないということだ。まあ、言葉で説明してどうにかなるものではないが……」

「そうか……」

 フェンネルは難しい顔で何やら考え込んでいる。

 まあ、はっきり言って現代の音楽のセンスがあるのは他人の作品の功績だ。

 俺に期待されても困る。

「……とにかく、チャレンジしてみるしか無いってことか」

「まあ、焦ることは無いさ。まずは今のバンドの編成と曲でできる限界まで、自分の楽器の可能性を試してからでも遅くはないだろう」

「……わかった」

 フェンネルのトロット楽団脱退に関しては、俺が今から誘導してどうこうするべきじゃないだろうな。

 脱退の時期を大幅に早めさえしなければ、それでいいだろう。

「それにしても、グレイ。あなたの腕は大したものね。サックスもそうだけど、ピアノだって私より……」

 セイボリーはフェンネルが落ち着いていつも通り寡黙になったところで、俺に水を向けてきた。

 美人に褒められて嫌な気はしないが気を付けなくてはならない。

 何せ、セイボリーはゲームの準ラスボスなのだ。

「あなたなら、トロット楽団にすぐに入団できると思うわ」

「いや、俺は今ナツメッグ博士のところの仕事で忙しいから」

 それから俺とフェンネルとセイボリーは、コニーのことなど他愛もない話をしてから、各自解散となった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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