steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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111話 廃坑の街、そして最も厄介な敵

 一方その頃。

 ゴールドーン村を訪れていたバニラは、悶々とした時間を過ごしていた。

「ふんふ~ん♪ in your voice~♪」

「…………」

 外傷や神経痛だけでなくリウマチや内臓疾患、果ては呼吸器疾患に不妊症にまで効能を持つという、最早ファンタジーとしか言えないレベルの神秘的な湯。

 風情のある露店式の温泉施設は、ゴールドーン村にしては珍しく手入れの行き届いた造りだ。

 仕事終わりの入浴としては最高に贅沢な時間だが、温泉に浸かるバニラにはそれを味わう余裕など全く無かった。

 壁の向こうからは、鼻歌にしてはレベルの高い正確な音程の歌声が響いてくるが、それも今のバニラにとっては煩悩を掻き立てる燃料にしかならない。

 コニーは何気にスタイルが良く、普段の服装でも胸や尻になかなか女性らしい膨らみを持っていることがわかる。

 オアシスではバニラも彼女の水着姿を目の当たりにしたが……今の彼女の装いはそれ以上に刺激的で無防備だということも察しが付く。

 この薄い木の壁を一枚隔てた向こうに裸のガールフレンドが居るという状況。

 これで落ち着けというのは、17歳の少年にとっては酷な話だ。

「~~♪ バニラ、そっちの湯加減はどう?」

「うぇ!? あ、ああ……問題ないよ」

「くすっ、何それ~? もっと寛いで楽しめばいいのに」

「う、うん……」

「話には聞いていたけど、まさかゴールドーンにこんな素敵な温泉施設があるなんて……ここを作ってくれたグレイに感謝だね」

「そうだね。こ、こんなちゃんとした造りになっているなんて思わなかったよ」

 どうにか、コニーに言葉を返したバニラだったが、他に客も居ない二人っきりの空間ともなると、やはり意識しないようにするなど無理な話だ。

 バニラは温泉に深く体を沈めながら、つい先ほどローズマリーの家で交わされた会話を思い出していた。

 

 

 

 

 彼女を実家に運び入れ、荷物の搬入と掃除のため今日はバニラとコニーもこの村に泊まることが決まった。

 自然とバニラも荷物運びなどの力仕事を手伝う流れとなる。

 そのとき、ローズマリーは口を開いた。

「コニー、せっかくだから温泉に入っていったら?」

「そうだね。掃除が終わったら入ってみようかな」

 温泉施設の存在は三人とも以前にグレイから聞いて知っていたが、実際に見たのは初めてだ。

 こんな時でもなければゴールドーンに来ることは稀な以上、ここで温泉を体験せず帰るという手はない。

 バニラも宿を確保したら行ってみるかなどと思いつつ、黙々と荷物の梱包を解いていく。

「ね、バニラ」

「ん? 何だい?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら声を掛けるコニーに、バニラは向き直った。

「覗いちゃダメだよ」

「っ! の、覗かないよ!」

 突拍子もないコニーの一言に、バニラは慌てて手を振って否定した。

 心臓に悪い冗談だとばかりにローズマリーの方も窺うが、口元に手をやって反対側を向いた彼女の表情は確認できない。

「ふふっ……そうだよね。君は、私が悲しむようなこと、しないよね」

「も、もちろん」

「(でも、ちょっとくらいなら……)」

「え? 何か言った?」

 完全に鈍感系主人公を地で行くバニラだったが、コニーは明るく微笑みながら首を振った。

「ううん、何でもない。ほら、早く掃除しちゃおうよ。温泉が待ってるから」

「わ、わかったよ」

 そんな二人の様子を見て完全に察したローズマリーだったが、当の本人たちはそのことを知る由もない。

 バニラは口の中で笑うローズマリーに気付かず、コニーに言われるままに荷物を運び続ける。

 居心地の悪い思いをしつつも、どうにか部屋の掃除を終わらせた。

 

 

 

 

「――ニラ、バニラ!」

「ぇ! あ……な、何かな、コニー?」

 壁越しに響くコニーの声に、バニラは慌てて反応した。

 ローズマリー宅での会話の記憶から意識を戻すと、さらにコニーの声が壁越しに聞こえてくる。

「私、もう上がるね。ちょっと疲れちゃって……」

「あ、そっか。今日は色々大変だったからね。お疲れ様」

「うん。君も夜更かししないようにね。明日、街に戻ったら、マジョラムが次のライブの予定を立てているはずだから」

「ああ、そうだね。そうするよ」

 コニーが立ち上がった際の水音にできるだけ意識を向けないようにしつつ、バニラも深く沈めていた体を起こして半身を湯から出す。

 天井から吹き込む夜風で僅かに体が冷えたことで、バニラの思考は少し安定してきた。

「ねぇ」

「ん?」

 不意に壁の向こうから掛けられた真剣な声に、思わずバニラは女湯の方へ視線をやった。

 しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いたコニーの声が壁の向こうから響いた。

「君は……何があっても、私の味方だよね」

「え……コニー、何を言ってるんだい? 当然じゃないか」

「そう……そう、だよね……」

 唐突な問いに、バニラは怪訝な表情を浮かべながら返答した。

 もちろん、コニーとは壁を隔てているので顔は見えないが、それなりに長く濃い付き合いから、コニーが深刻な表情を浮かべている様をバニラは何となく感じ取った。

 だから、バニラはしっかりと噛み締めるように言葉を続けた。

「ああ、約束するよ。僕はずっとコニーの味方だ。僕が必要なときは、君が辛いときは、ずっと傍に居る」

「約束……そっか……」

「そう、約束。僕が約束を破ったこと、あったかい?」

「……そうだね。砂漠の戦いのときも、君は必ず帰ってくるって約束して、無事に帰ってきてくれたもんね。必ず、約束を守ってくれるもんね」

「ああ、そうさ」

 些かおちゃらけて自信満々に答えたバニラだったが、コンドル砦で人目も憚らずコニーと手を握り合っていたことを思い出し、僅かに頬を赤く染めた。

「でもね……」

「?」

 不意にバニラの耳に届いたコニーの声は、深刻な響きを帯びたままだった。

 一言でそれを察したバニラも真剣な表情でコニーの言葉を待つ。

「もし、君に本当にやりたいことがあるのなら、諦めてほしくない」

「……? 僕の……本当にやりたいこと?」

 バニラはコニーの言葉の意味を量りかね、思わず聞き返した。

「そう。私、君には本当に感謝してる。ウミネコ海岸に閉じ込められたときも、トンネル事故があったときも、砂漠で攫われたときも、フェンネルが楽団を辞めちゃったときも、今回の引っ越しでも……君にはずっとお世話になりっぱなし。君はいつも私を助けてくれた」

「…………」

「でも……私の事情で、君には何かを諦めてほしくない」

「そんなことは……」

 時折コニーが見せる深い哀しみの表情。

 彼女の言葉を聞くバニラには、そんな彼女の顔が鮮明に思い出された。

「(私は、そんな自由に生きるなんて……)」

「コニー?」

「っ! な、何でもない! ほら、ビークルバトルとか、ダンジョンとか……私にはあまりわからないけど、君はやりたいと思ってること、あるでしょ?」

「うん、まぁ……」

 コニーの独り言は微かに温泉施設内に響いたが、その内容がバニラの耳にはっきりと伝わることは無かった。

 バニラは敏感に彼女の心理状態を感じ取っていたが、彼が口を開く前にコニーは明るい声に切り替えた。

「とにかく、今日はありがとうね。本当に助かっちゃった」

「いや、お役に立てたならよかった」

「じゃあ……お休み、バニラ」

「ああ。お休み、コニー」

 無理やり打ち切られた感が無くもないが、バニラもそれ以上に突っ込むことはせずに、コニーが浴場を退出する水音を壁越しに見送る。

 そして、バニラも温泉を出ると今日の宿である『深山荘』へ足を向けた。

 先ほどローズマリーの家で顔を合わせた宿屋の主人ダニエルに挨拶し、バニラはそのままベッドに潜り込んだ。

 バニラの脳裏にはコニーの言動で気掛かりな点がしばらく過っていたが、長距離の運転と荷運びや掃除の疲れもあったのか、すぐに視界は暗転していった。

 しかし、不躾な闖入者はそんな事情など構いもしない。

 深夜、ゴールドーンの静寂を破るビークルの音に、バニラは飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

 ガーランド警察署で最低限の補給を終えた俺は、そのまま街の北側出口を潜り、ホトトギスの森へ足を踏み入れた。

 既に月明かりが辺りを照らしており、夜もすっかり更けている。

「……どうしても、俺を寄せ付かせたくないか」

 ダンディリオンの楽器工房へと至る川沿いの道へ差し掛かったとき、俺の耳はこちらに接近するビークルの音を捉えた。

 一台や二台ではない。

 さすがにデザートホーネット団のときのような百近い編隊ではないようだが、レッグパーツの音からするとそれなりの数のビークルが近づいている。

「セイボリーでも来たかな」

 しばらくすると、森の木々をかき分けるようにして、十数台のビークルが姿を現した。

 『ナイトメア』に『デリンジャー』か。

 標準的なブラッディマンティスのビークル部隊だな。

 しかし、姿を現したのは予想とは違う人物だった。

 カスタム型の『デリンジャー』に搭乗する黒スーツに片メガネの男は、俺を見据えてゆっくりと口を開く。

「あなたが来ると思いました、グレイ」

「お前か……」

 現れたのはブラッディマンティスの参謀コンフリーだった。

 ベルガモットに次ぐ立場にある、組織のナンバー2だ。

「こんな所で油を売っていていいのか? フライトに遅れるぜ」

「私の仕事は時間稼ぎです」

 『グランドフィナーレ』を意識しての軽口だったが、コンフリーは柳に風と受け流した。

 はっきりと時間稼ぎだと述べるあたり、彼は『グランドフィナーレ』に戻る気は無いのか……。

 殿に志願し命を賭して敵の足止めを担うタイプにも見えない。

 と、いうことは……。

「見切りをつけたか」

「…………」

 こいつは原作でも普通に生存し、元々ブラッディマンティスのアジトがあった場所でバーを開いて、エンディング後でも堂々と暮らしている。

 密かに司法取引をしたのか、自分に関する情報を全て潰したのかは不明だが、組織の幹部であったにもかかわらずお咎めなしで生き延びられるくらいには強かだ。

 この男なら、早々にブラッディマンティスの落日を悟って逃げ出す算段を整えていても不思議ではない。

 しかし、コンフリーは沈黙を保ったままだ。

「俺の邪魔をせず、さっさと消えてくれるって選択肢は?」

「私が不用意に逃げれば、あなたは必ず私を追って殺しに来るでしょう」

 コンフリーは強かで厄介な男だ。

 俺の中でも彼の脅威度はブラッディマンティスで一、二を争うレベルで高い。

 殺せるチャンスがあるのなら、間違いなく殺すべき相手だ。

 彼とは初対面のはずだが、向こうも俺がそういう見方をしていることを察している。

 最早、お互いに無視できる状況ではないか……。

「あわよくば、手負いのあなたを始末できるかと踏んでいたのですが……甘かったようですね。デザートホーネット団には荷が重すぎたようだ。ところで、ノーラはどうしました?」

「彼女なら……っ!」

 しかし、コンフリーの雑談に答えようとした俺は、慌ててペダルを踏みこんでビークルを後退させた。

 直後、先ほどまで俺が居た場所に、林の中から火炎弾が降り注ぐ。

 ブラッディマンティスの砲撃用ビークル『デリンジャー』の攻撃だ。

 俺は砲台の稼働音に気付いて回避行動をとったため自身も【ジャガーノート】も無事だったが、着弾の衝撃で近くの山道沿いの崖の一部が崩落した。

「てめぇ……」

「ちっ」

 話で気を引いておいて横合いから不意打ちとは、何とも姑息な手を使いやがる。

 そんなことを考えていると、コンフリーは再び手を振って味方に合図を送った。

 すると、林の中からさらに敵の増援のビークルが姿を現す。

 その数は十台ちょい……合計三十ほどのビークルが俺の【ジャガーノート】を取り囲んだ。

「また古典的な……」

「ご安心ください。私はこれ以上あなたと事を構えることを望みません」

「よく言うぜ……部下を捨て駒にして、自分だけ逃げるってか?」

 コンフリーは答えず、ただ口元に冷たい笑みを浮かべた。

「総員、攻撃開始!」

 コンフリーが俺に向けた『デリンジャー』の砲身から火が噴き出すのと同時に、俺もスラスターを起動して【ジャガーノート】を滑らせつつ、チェーンガンを構えた。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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