steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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116話 生還

 

 足から湖に飛び込んだ俺は、着水の衝撃を感じた瞬間に両手と両脚を大きく開いた。

 息を止めたまま両手両足で下方向に水を押し、どうにか浮上しようと試みる。

 服が水を吸ったことによる影響か、プールで泳ぐときよりも動きが鈍く浮上に時間がかかって焦ったが、俺はどうにか水面に顔を出すことに成功した。

「ぶはっ! ふぅ、ハァ、ハァ、ハァ……………………ケホッ……」

 立ち泳ぎをしつつ、しばらく空気を貪っていると、やがて呼吸が安定してきた。

 ……どうやら、無事に戻って来れたようだな。

 銃弾は食らっておらず、水面に叩きつけられた際にも外傷は無い。

 生きていることを実感し、体中の筋肉が一気に弛緩していくような錯覚に陥る。

 辺りを見回すと、先ほどまで『グランドフィナーレ』が停泊していたと思わしき桟橋が目に入ったので、俺は疲労の蓄積した体に鞭打ってそちらへ泳いでいった。

 やがて、桟橋の先端辺りに地上組と先に脱出した面々の姿を発見した。

 ダッドリーは山の向こうへ飛び去る『グランドフィナーレ』を唖然として見つめ、ファーガスンはバニラを、フェンネルはコニーを湖から引き上げている。

「おい! コニー! しっかりしろ!!」

 コニーを引き上げたフェンネルは、突然騒ぎ出した。

 よく見ると、桟橋に引き上げられたコニーは仰向けのままぐったりとしており、フェンネルは彼女の体をしきりに揺すっている。

 最悪の事態が脳裏を過り新造が縮みあがった。

「フェンネル! そこ、どいてくれ!」

 バニラはフェンネルを押し退けるようにしてコニーに駆け寄った。

 背中に手を回して体を起こし胸元に耳を当てる。

 頸動脈にも手を当てて脈を確認したバニラは、次に口元に注目して呼吸を確かめた。

「心臓は……動いてる。息は……多分、水を飲んだんだ」

 現代なら、運転免許の講習なんかで習う程度の内容だが、この時代にしては的確で迅速なバイタルチェックだ。

 恐らく、『ジュニパーベリー号』で覚えたのだろう。

 バニラが船員見習いのような立場だったことを鑑みれば、溺れた人間の救助法を船のクルーたちに教わっていても不思議ではない。

 念のため、俺も桟橋から自力で這い上がり、バニラたちの近くへ寄った。

 その時、コニーは体を跳ね上げながら激しく咳き込んだ。

「げほっ! ごほっ、ゴホッ! ……こほっ…………ハァ、ハァ、ハァ……」

「コニー!」

「おい! 大丈夫か!」

 バニラはコニーの体を横向きに支えて水を吐き出させた。

 気管に入った水の影響でコニーは体を丸めて悶えていたが、しばらくの間バニラが背中を摩っていると、やがて彼女は顔を上げた。

「……ぅ……バニ、ラ……?」

 真っ先にコニーの視界に入ったのはバニラだ。

 一番近い場所で体に触れているバニラを確認したコニーは、未だ粗さが残る呼吸のなかで、彼の名前を譫言のように呼んだ。

「……助けて、くれたんだ……」

「……ああ」

 至近距離から真っ直ぐに見つめられたバニラは、僅かに上気した頬に気恥ずかしさが垣間見えるが、コニーの声にはっきりと頷いた。

 桟橋に座り込んだままの体勢だが、コニーはお構いなしといった具合にバニラに抱き着き、彼の胸元に顔を埋める。

「初めて会ったときと、逆になっちゃったね……」

「……そうだね」

 バニラもそれに応え、コニーの後頭部に手をやって抱き寄せるようにし、そのまま彼女の髪を撫で始めた。

 こんなずぶ濡れ状態で、ずいぶんとお元気なことで……。

 だが、あの銃弾が飛び交う危機的な状況から奇跡的に脱出した以上、多少周りが目に入らなくなる気持ちもわかる。

 俺も……ここにマルガリータが居たら、抱き合って生還を喜んでいただろう。

 今はこうして生きて日の出を見れてほっとしている。

 大した特典も無く転生させられた恨みは消えていないが、今だけは神に感謝してもいいかもしれない。

 

 

 しばらくイチャついていた二人だったが、やがて俺たちの視線に気づいたのか少しだけ体を離した。

 バニラはコニーの体を支えながら顔だけ俺に向き直った。

「グレイ、さっきは本当に助かったよ。見張りに発見されたとき、グレイが居なかったらと思うと……」

「私からもお礼を言わせて。助けに来てくれて、本当にありがとう」

「……ああ」

 バニラに続いて俺に感謝の言葉を述べたコニーはフェンネルに向き直った。

「フェンネルも、ありがとうね。フェンネルが率先してここまで助けに来てくれたって……」

「いや、気にすんな……」

 コニーの言葉にフェンネルは歯切れ悪く生返事をした。

 フェンネルにしてみれば、先ほどまでは生きた心地がしなかっただろう。

 彼の射撃で飛行船からコニーが湖に落下し、引き揚げた彼女が気を失っている光景を目の当たりにしては……。

 当然ながら、フェンネルは『グランドフィナーレ』が飛行船だということも、空を飛ぶ乗り物があることも知らない。

 彼が長距離キャノンで『グランドフィナーレ』のエンジンを一つ吹き飛ばしたのは、本当に咄嗟のことだったはずだ。

 俺たちが脱出する前に建物が飛び去ろうとしたため、彼は考え得る限りの方法を以って止めようとしてくれたのだ。

 正直、助かった。

 あのまま高度を上げられていたら、俺はより高い位置から水面に叩きつけられて骨の一本でも折っていたかもしれない。

 幸い、俺の被害は全身ずぶ濡れでショルダーホルスターがお釈迦になっただけだ。

 結果的に、全員がけがを負うことなく生還できた。

 フェンネルからすれば色々と思うところもあるかもしれないが、今回の件は結果オーライということで納得してもらうしかないだろう。

 

 

 そんな具合に俺たちが話していると、今の今まで呆けた表情で空を見上げていたダッドリーが口を開いた。

「なあ、フェンネル……ありゃ、一体何なんだろうな……?」

「俺が知るかよ。あんなデカい建物が飛ぶなんて、俺の想像を超えてる。この国であれを理解できそうなのは、ナツメッグ博士と……って、マズいぞ! あの方向は……!」

 フェンネルはぶっきらぼうにダッドリーに返答すると、サングラス越しに俺を横目で見てきたが……次の瞬間、息を呑んで声を荒げた。

 コニーが助かったことで若干気を抜いていたフェンネルだったが、『グランドフィナーレ』の進路を認識したことで一気に緊張感を漲らせる。

 当然、奴らが飛び去った方向はハッピーガーランド方面だ。

 俺はこちらを向いたフェンネルに一つ頷き口を開いた。

「皆、もう動けるな。急いで街に戻るぞ。あの飛行兵器に関してまだ厄介な問題が残っている」

 俺がそう言うと、バニラが深刻な表情で頷いた。

「そうだ。あの中には、まだマーシュが……」

「…………」

 コニーは複雑な表情を見せたが、俺はバニラに一つ頷き言葉を続ける。

「ああ、それも懸案事項だ。だが……もう一つ差し迫った危機がある」

 俺はフェンネルの方へ一瞬だけ視線をやり結論を告げた。

「ブラッディマンティスの連中は恐らくハッピーガーランドを爆撃する気だ。あの巨大な飛行物体から街中に爆弾を投下するつもりだろう」

「何だって!?」

「グレイ君、どういうことかね!?」

 あまりにも重大な俺の想定に、フェンネルとファーガスンは驚愕の声を上げた。

 『グランドフィナーレ』がハッピーガーランド方面に飛び去ったことから、ブラッディマンティスが何かを企んでいることはフェンネルも想像がついていただろう。

 しかし、空から爆弾を落とされる状況など、さすがにこの時代の人間なら想像もつかないはずだ。

 バニラも目を見開いて俺に視線を向ける。

「俺が連中ならそうする。あれだけの高度を飛べるなら、上空から大型爆弾を投げ落とすのが最も効果的な戦術だからな。当然、アレの格納庫に大量の爆弾が搭載されていることも確認済みだ」

「な、何という……」

 続けざまの悪い知らせに蒼白になるファーガスンから一旦視線を外し、俺はフェンネルに向き直った。

「フェンネル、お前さんはこのまま街に戻って弾薬を補給したら、奴らが投下する爆弾を撃ち落としてくれ。向こうにはコンフリーが居ない……敵の厄介な参謀は排除済みだ。それに、フェンネルの一撃でエンジンを損傷している。今から街にビークルを飛ばせば十分間に合うはずだ」

「……わかった」

 俺が振り向くと、ファーガスンもようやく正気に戻ってきたようで、真剣な表情で俺の言葉を待っていた。

「ファーガスン、あんたも街に戻って緊急配備を。戒厳令(マーシャル・ロー)でも何でも構わん。とにかく、街が砲撃を受けたときと同様の措置を取ってくれ。住民の安全が最優先だ」

「うむ、私も同意見だ。そうするよりほかに無い」

 最後に、俺はバニラに声を掛ける。

「バニラはコニーを連れてピジョン牧場へ。向こうに着いたら、ナツメッグ博士に状況を説明しておいてくれ」

 バニラ自身も消耗しているが、コニーは誘拐された挙句に湖で溺れかけた。

 彼女の体調を鑑みれば無茶はできないと悟ったのか、バニラは素直に俺の指示に頷いた。

「ああ、わかったよ。……グレイはどうするの?」

「俺はな……」

 一拍おいて、俺は湖の湖畔の方へ視線をやりながらバニラに返答した。

「ゴミ掃除だ」

 バニラに続き、そこに居た全員が俺の視線を追う。

 先ほどまで『グランドフィナーレ』が停泊していた辺りからは、ブラッディマンティスの制式ビークルである『ナイトメア』や『デリンジャー』がこちらへ向かって来るところだった。

 どうやら、俺たちをすんなりと通してくれる気はないようだ。

 

 

 こちらに迫るブラッディマンティスを視認した俺たちは、桟橋を走ってビークルを駐機した場所に戻った。

 それぞれが愛機のコクピットに滑り込むように乗り込み、俺も急いで【ジャガーノート】の運転席に飛び乗ってエンジンキーを捻る。

 ずぶ濡れのまま乗り込んだせいでシートが水浸しだ。

 ……今日はとことんツイてない日だな。

 それでも、愛機のハイブリッドエンジンは頼もしい馬力を感じさせる挙動で駆動部を稼働させながら、汎用のディーゼルエンジンとは一線を画す静かな唸り声をあげた。

 やはり、ビークルは頼りになる相棒だ。

 ノーラとの肉弾戦に、飛行船内での撃ち合いに……続けざまの戦闘で相当な消耗をしており、これ以上の殺し合いはご勘弁願いたいところだが、ビークルに乗っているとまだまだ戦えるような気がしてくる。

「よし、行くか……」

「おい、グレイ! 待てや!」

 しかし、俺がハンドルに手を掛けてビークルを出そうとすると、赤い塗装のビークルが虫型四足のレッグパーツを響かせ接近してきた。

 ダッドリーだ。

 先ほどまでは『グランドフィナーレ』という想像を絶する存在にただ呆然と立ち尽くしているだけだったが、どうやら混乱も収まってきたらしい。

 そんなダッドリーは俺の横に並ぶ位置までビークルを進めると、苛立った様子で口を開いた。

「妙な空飛ぶ建物だの、爆弾がどうしただの……わけわかんねぇことばっか言いやがって! マジでイラつくぜ」

「…………」

「とことん暴れねぇと気が済まねぇんだよ!」

 ダッドリーはこちらへ接近するブラッディマンティスのビークル部隊を示しつつ、口から唾を飛ばして叫んだ。

 てっきり、潜入した『グランドフィナーレ』から収穫が無かった件で嫌味を言ってくると思ったが、意外な展開だ。

 まあ、蒸し返されるよりは百倍マシか。

 何だかんだ、ダッドリーはそれなりの腕を持つビークル乗りだ。

 戦力が増えるのは助かる。

「よし、奴らは俺とダッドリーが引き受ける。バニラ、フェンネル、ファーガスン。一斉に飛び出せ」

 俺が若干振り向きつつ指示を出すと、バニラたち一行はビークルのエンジンをふかしながら頷いた。

 左アームのチェーンガンを構えてこちらへ接近する『ナイトメア』に狙いを付けつつ、俺はダッドリーの声を掛ける。

「一番槍は譲ってやるよ」

「へっ、当然だ! 遅れるんじゃねぇぞ!」

 ダッドリーが黒煙を上げながらエンジンをふかして飛び出したのと同時に、俺もペダルを踏みこんで【ジャガーノート】をダッシュ移動で滑らした。

 そして、チェーンガンの銃口の延長線上に敵のビークルが吐いた瞬間、俺はトリガーを引き絞った。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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