steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「マルガリータ、あれを」
「はい、先生」
ナツメッグ博士の言葉に頷いたマルガリータは、工房の作業スペースから一抱えほどある長い油紙の包みを持ってきて、俺に無造作に手渡した
受け取った紙包みの中身は金属のようで、凡そ10kgほどの重さがある。
若干戸惑いつつも、俺は油紙を剥がした。
「っ! これは……」
「弾薬はあんたの部屋にあったライフル弾を回収させてもらったよ」
彼女が渡してきたのは、全長1.2mほどの
全体のフォルムから察するに、地球の銃器で一番近いのはイギリスのルイス軽機関銃だな。
二十世紀初期の軽機関銃で、この時代の歩兵が一人で携行できる火器としては信頼性と火力に優れる銃だ。
撃発形式はフルオートのみで、発射速度は毎分約600発。
使用弾薬は当時のイギリスの制式軍用実包である303ブリティッシュ弾。
同時期のアメリカで制式ライフル実包だった30-06弾より若干威力は劣るが、世界中で狩猟に用いられた撃ちやすいバランスのいい弾だ。
地球ではアメリカ市場向けに30-06弾仕様のものも生産されたらしいが……マルガリータ曰く俺のライフルの弾に合わせてあるらしいので、こいつは303ブリティッシュ弾仕様という認識でいいだろう。
そして最大の特徴は、銃身を覆う空冷ジャケット――マズルブラストで起こる空気の流れで銃身を冷やす仕組み――と、パンマガジン――銃上部に水平に設置し、発砲時に回転しながら次弾を装填する円盤型弾倉――だ。
第一次世界大戦期を代表する有名な銃だが、後の世代の汎用機関銃や分隊支援火器に比べれば、作動の確実性においても整備性においても火力においても数段劣る。
しかし、この銃はどうやら資料を参考に博士自身が作製したものらしく、銃身や機関部にはクロムモリブデン鋼やミスリルが使われている。
ならば、信頼性に関しては問題ないだろう。
せっかくの特注品である以上、無意味な銃身の空冷ジャケット――熱風を射手に向かわせるだけで、効果のほどが疑問――は省略してほしかったが……。
まあ、博士は銃器の専門家というではないので、そこは仕方ないか。
「さすがに飛行ビークル用の武装までは見繕えんかった。しかし、これならお前さんが扱えるじゃろう?」
「ええ、確かに……」
「なら、お前さんは【フラップフライヤー】に同乗し、助手席からそれを撃ちまくればよい」
マルガリータが用意してくれた47連発の弾倉は2つ。
軽機関銃が唯一の対空兵器で弾も100発に満たないとは、少し心許ない装備ではあるが……俺も狩猟にしか使わないライフル弾を普段から何百発単位で保有しているわけではない。
丸腰の複葉機で突っ込み拳銃とボルトアクションライフルだけで戦うことに比べれば、この銃があるだけでも百倍マシだ。
マシンガンがあれば空の戦いを少しは有利に運べる。
しかし……。
「博士、本当にいいんですか?」
「…………」
「これは、紛れもなく人殺しの機械です。ただ、大量に人を殺すための……それだけの道具だ」
チコリの件然り、機械が容易に人の命を奪うことは博士も痛いほどわかっている。
博士にとって、人殺しの道具は忌むべき対象だ。
この危険な時代、たとえ自分たちの身を守るために必要とわかっていても、博士の感性からすると武器の類にいい思いは抱いていないだろう。
【ジャガーノート】のチェーンガンアームの開発の際も、それなりの押し問答があったものだ。
それでもビークルに関連するパーツなら、まだ博士も融通が利く。
汎用ビークルが人々の生活を豊かにする未来を、ナツメッグ博士は誰よりも信じているからだ。
しかし、手持ち式のマシンガンとなると……。
自己満足の言い訳に過ぎないと言われればそれまでだが、これは博士自身のメンタルの問題でもある。
ところが、俺の心配をよそに、博士は俺の言葉を一笑に付した。
「ふん、そんなものは使い方次第じゃ。大切なものを守るためには戦わなくてはならないこともある。お前さんも常々そう考えておろう?」
「まあ……」
「それに、これを作ったのはわしではない」
俺は思わずマルガリータの方へ振り向いた。
そうか……。
この軽機関銃はマルガリータが作ってくれたものなのか。
もちろん、博士のノータッチというわけではないだろうが……きっと、彼女は俺の身を案じて、この銃を用意してくれたのだ。
飛行装備の組み立てやパーツ交換で忙しい中、ナツメッグ博士を説得して、銃のことを一から調べて……本当に頭が下がる思いだ。
「ありがとう、マルガリータ」
「べ、別に……そんなんじゃないし。ただ……あんたに死なれると困るから……」
赤面するマルガリータの横顔は何度見ても格別だ。
皆の手前、ここでこれ以上のセクハラをするのは避けたが、このお礼はベッドの中でじっくりと……。
しかし、俺の邪な思考は簡単に読まれたようで、マルガリータは膨れっ面で俺を睨むと工房の奥の方へ行ってしまった。
「……とにかく、作戦は決まった。俺とオットーは【フラップフライヤー】で敵の攻撃を引き付けつつバニラを掩護。バニラは飛行船に接近して突入し、『グランドフィナーレ』を破壊するんだ。あのデカブツがどこに落ちるかわからないから、待機組も気を抜かずに備えていてくれ」
俺がまとめの一言を述べると一同は頷いた。
そうして作戦会議が終わる頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。
スキトール湖上空には相変わらず『グランドフィナーレ』が浮遊しており、巨大な飛行兵器の姿を月明かりが妖しく照らしている。
出撃は明日の朝だ。
決戦に備えて、今日は一時解散の運びとなった。
バニラとコニーは、今夜はナツメッグ邸に泊まる予定なので、家主のナツメッグ博士がそれぞれの寝室として手配した空き部屋に向かった。
一部屋でいい気もするが……まあ、部屋数や寝具が足りないわけではないので、好きにすればいいさ。
「じゃあ、オットー。明日は頼むよ」
「おう! グレイの旦那。ブラッディマンティスだか何だか知らねぇが、ぶちかましてやろうぜ!」
「ウィリーも、明日は最終調整を頼んだぞ」
「ああ、最善を尽くすよ」
上機嫌なオットーと拳を合わせ、ウィリーと固く握手を交わすと、二人もナツメッグ邸のエントランスを潜り丘を下っていった。
さて、俺も休むか……。
飛行兄弟を見送り戸締りをした俺は、自室の方へと足を向けた。
しかし……。
「ちょっと、あんた。こっち来な」
突如、マルガリータは俺の腕を掴むと、そのまま俺を引き摺るようにして連行し始めた。
腕を拘束された俺は、そのままぐいぐいと手を引っ張られ、廊下を進んでゆく。
どこへ連れて行かれるのかと思っていたら……マルガリータは俺を蹴り込むようにして風呂の脱衣所に放り込んだ。
「ほら、さっさと脱ぎな」
「え……ああ」
今日はそういう趣向ですか……。
俺は覚悟を決めてシャツのボタンを外しながらマルガリータに近づいたが……マルガリータは俺の顔に勢いよくタオルを投げつけてきた。
「ぶへっ」
「違う!! 何考えてるんだい!? その服、薄汚れててみっともないから脱げって言ってるの!」
……ですよね。
わかっていましたとも。
そんな色っぽい展開にはならないことくらい……。
そういえば……俺の服は昨日から着たままだ。
ノーラと殴り合って土に塗れ、『グランドフィナーレ』から湖に落下して……汽車のコンパートメントでも着替えるのが面倒で、結局そのままの恰好で帰って来てしまった。
鏡を見てみると……確かに、ズボンやベストはある程度乾いてはいるものの皺が寄り、シャツは所々に泥などの汚れが付着している。
俺はマルガリータに従い、ポケットの中身を出してベストを脱ぐと、ショルダーホルスターを外してシャツを脱ぎ上半身裸になった。
ホルスターを適当な棚の上に置き、脱いだ服をまとめて洗濯機に放り込む。
「傷だらけじゃないか……」
不意に後ろから声を掛けられたかと思うと、俺は背中にそっと手で触れられた感触を覚えた。
マルガリータはいつの間にか俺の背後に移動しており、控えめな手つきで俺の体を探っている。
……言われてみれば、鏡の中の俺の上半身には所々擦り傷が出来ており、首回りも少し腫れていた。
ノーラにやられた傷だな。
満身創痍の小柄な女性が放ったとは思えないパンチやキックを何発も貰い、ヘッドシザーズやらスリーパーホールドを食らったのだ。
そりゃ、このくらいのダメージは受けるだろう。
しかし、顔の擦り傷や軽い腫れはともかく、服の下がこんな状態とは思わなかった。
放置して痛み出したら嫌だし、化膿したり感染症を患ったりしては目も当てられない。
「そのままじゃ汚いから、先に風呂に入ってきな」
「ああ、そうするよ」
マルガリータは何も事情を聞かず、救急箱を取り出して俺を風呂場の方へと促した。
別に聞かれたくない事情があるわけではないが、わざわざ彼女の気遣いを無下にする必要もない。
俺は彼女の言葉に頷き、残りの服を脱いで洗濯機に放り込むと、そのまま浴室に向かった。
時折傷にしみる水流を我慢しつつシャワーを浴びて汚れを落とした俺は、タオルで体を拭きながら浴室を出た。
脱衣所では、マルガリータが洗濯機を回しつつ応急手当の準備をしてくれているはずだ。
しかし、俺が脱衣所に足を踏み入れると……洗濯機の稼働音が聞こえない。
何かトラブルかと思いそちらを見てみると、マルガリータが洗濯機の前で背を丸め何やらゴソゴソやっていた。
「あの……マルガリータ?」
「……やっぱり」
何故か、彼女は俺が先ほど脱いだベストとシャツを握り締めている。
てっきり、俺の残り香でその気にでもなっているのかと思ったが……そんなおめでたい発想は、次にマルガリータが発した言葉に速攻で否定された。
「女の匂いがする」
「っ!」
底冷えするようなマルガリータの声に、俺の心臓は縮み上がり冷や汗が流れ落ちる。
全裸状態なので余計にわかりやすいが、アレも委縮するように縮こまっているだろう。
心当たりは……ある。
ノーラとは殴り合い掴み合いの肉弾戦になったのだ。
そりゃ、匂いの一つくらい付くだろう。
もちろん、彼女とは恋愛感情どころか色っぽい要素すら皆無なわけだが……。
しかし……ノーラとの戦いから丸一日近く経っているうえに、その後俺は湖に落下して全身水浸しになっている。
よくもまあ、匂いなどわかるものだな……。
そんなことを考えていると、マルガリータはゆっくりと振り向いて俺に感情も籠らない目を向けてきた。
「……あんた、これは一体どういうことだい?」
「ま、まあ……接触はしたかな? 体中、隅々まで……って、待て待て! そういう意味じゃない! 誤解だ!!」
マルガリータは一瞬で俺との距離を詰めると、俺の喉元に両手を掛けて首を締めてきた。
彼女の筋力や握力は結構強いので、何気に危険な状況だ。
正直、殺気に至ってはノーラよりもヤバイ。
冗談の一つも許されないこと今更ながら理解した俺は、一瞬呼吸が止まりつつも慌てて弁明した。
「デザートホーネット団の頭領ノーラだよ! あいつが敵側についてて、戦う羽目になったんだ。最後はビークルから叩き落されて殴り合いになった。この傷も、ほとんどその時に付いたものだ」
「ほとんど?」
「ずっと出ずっぱりだったからな。そのあとブラッディマンティスの参謀率いる部隊と交戦して、『グランドフィナーレ』……例の飛行船に潜入して、撃ち合いになって、窓を割って湖に飛び降りて……っ」
しかし、そこまで言ったところで俺は言葉を止めた。
いつの間にか、マルガリータは俺の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らしている。
「っ……ぅ…………」
「すまん……」
さすがにこの状況にあっては彼女の心情にも察しが付く。
俺からすれば、今回の件は武勇伝にも等しい話だ。
いくらこの世界に適応して生きていようと、思い出のゲームのキャラたちと一緒にスリリングな冒険をしてきたような感覚は否めない。
だが、マルガリータにしてみれば気が気じゃないだろう。
ビークルバトルトーナメントとはわけが違う。
俺がしてきたことは、危険な状況下での殺し合い。
それだけだ。
「何で……あんたは……………………本当に……馬鹿だよ」
マルガリータは俺の背中に手を回し、固く抱きしめてきた。
絶対に逃がさないとばかりに、二度と離すまいとするかのように……。
「こんなケガして…………無茶するんじゃないよ……」
「ごめん……」
俺は何とか言葉を絞り出してマルガリータに謝り、彼女を抱き締め返した。
ブラッディマンティスの戦略に、コニーの誘拐……シチュエーションを鑑みる限り、俺がやらなければならない状況だったのは確かだ。
しかし、何だかんだで年甲斐もなく浮かれていた部分があることは否定できない。
守るべきものが要る以上、より一層慎重に行動しないとな……。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。