steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
大破して黒煙を上げる【ホワイトレクイエム】から、ダンディリオンとセイボリーは緩慢な動作で降りてきた。
憔悴したダンディリオンを支えるようにして出てきたセイボリーはゆっくりと顔を上げる。
その視線の先に居るのは、【カモミール・タイプⅡ】から降り、彼らの身を案じるように炎上する【ホワイトレクイエム】を覗き込んでいたバニラとコニーの姿。
そして、一歩前に出たセイボリーは黒いドレスの装飾の内側を探ると、何か覚悟を決めたように強く口を結び顔を上げた。
「ダンディリオン、逃げて」
「セイボリー!」
瞳に悲壮な覚悟を湛えたセイボリーの手には、金色に輝く小型の拳銃が握られていた。
その銃口はまっすぐバニラに向けられている。
コニーは思わず悲痛な声で叫ぶが、軽く視線を動かしたセイボリーは静かな殺気でコニーを牽制した。
「コニー、ダンディリオンを見逃してあげて」
「セイボリー……」
邪魔をするなら、あなたでも容赦しない。
セイボリーの目は明らかにそう言っていた。
家族よりも固い絆で結ばれた相手に銃を向ける行為。
その覚悟のほどは、後ろのダンディリオンにもひしひしと伝わっているようで、絞り出すように彼女の名前を呼んだ。
しかし、次の瞬間……。
「ぁ……!」
「っ!」
乾いた炸裂音とともに、セイボリーの銃が弾け飛んだ。
それがビークルの武装ではなく小火器による狙撃であることはバニラにもわかった。
銃声の方へ視線をやると、海岸の崖の上に黒いビークルが見える。
そして、そのコクピットでは予想通りの人物がライフルを構えていた。
「グレイ……」
怨嗟とも落胆ともつかないセイボリーの声を皮切りに、ウミネコ海岸に四方八方からビークルが雪崩れ込んできた。
崖上、水路、街道への細道……その全てを重装備に警察ビークルが封鎖し逃げ道を塞ぐ。
海岸に突入してきた部隊のなかには、フェンネルの【ブルー・サンダー】やマジョラム【イエロー・ベア】などトロット楽団のビークルの姿もあった。
そして、その場は完全に包囲された。
ネフロを出た俺は【ジャガーノート】を山道に乗り入れると、そのまま木々の間を縫うようにしてウミネコ海岸までビークルを飛ばした。
完全に街道を外れた、道というのも憚られるルートだ。
先行する俺はどうにか【ジャガーノート】のパワーと機動力で山道を踏破していくが、後続の警察ビークルは斜面や足場の悪さに手間取っており、その距離は徐々に離れていく。
まあ、機体の性能と操縦者の技量が違えば、こうなるのも仕方ない。
普通なら、俺はざっと道を切り開いたらペースを落とし、後続を待つべきだろうが……残念ながら、今は一刻を争う事態だ。
俺は警官隊に事故にだけ気を付けるよう言い残し、海岸方面へ一直線にビークルを進める。
そして、密集する木々を抜け崖上まで進むと、俺は海岸を見下ろせる高台に到達した。
「あそこか……」
眼下の砂浜へ視線をやると、散乱する瓦礫や岩や空薬莢の奥に二台のビークルが見える。
一方はバニラとコニーの乗っていた【カモミール・タイプⅡ】で、もう一つはダンディリオンとセイボリーの【ホワイトレクイエム】で間違いない。
どうやら、既に決着はついているようで、ダンディリオンのビークルはズタボロの満身創痍な状態で黒煙を上げていた。
やがて、【ホワイトレクイエム】からセイボリーとダンディリオンが出て来る。
そして、ダンディリオンより一歩前に出たセイボリーは、例によってバニラに拳銃を向けた。
「っ……」
結局、ダンディリオンはバニラが撃破し決着を付けてくれた。
最終決戦で俺の出番は無い。
だが……来てよかった。
まだ警察の狙撃手は到着しておらず、配備も万全ではない。
このままでは、ダンディリオンの逃走を許してしまう結果にも繋がりかねない。
……やはり、この物語には俺が必要なのだ。
俺は【ジャガーノート】のシートの後ろから狩猟用のボルトアクションライフルを取り出すと、セーフティを解除してトリガーのロックを外した。
「スゥ……」
木製のフォアエンドをプロテクター風防のフレームに置いてライフルを安定させた俺は、スコープを覗いてセイボリーの銃に狙いを付ける。
少し距離はあるが……セイボリーの腕をビークルのチェーンガンで吹き飛ばすわけにはいかないし、銃身を改良して精度を高めたこの銃ならやってやれないことはない。
俺は潮風と同調するようにライフルの銃身を流し、ターゲットに銃口がぴったりと合ったタイミングで、静かに引き金を絞り落した。
「ッ」
鋭い炸裂音とともに銃弾が発射され、肩付けした銃床から強烈なキックを感じた瞬間、リコイルの跳ね上がりで俺はスコープ内の目標を失った。
若干焦り気味に銃を構え直し、再びセイボリーをスコープに捉えると……彼女は手を抑えて蹲っている。
その近くには、小型拳銃の残骸と思わしきバラバラになった金色の破片が散らばっていた。
「ふぅ……」
どうやら、命中したようだ。
ライフルを使ったのも久しぶりだが……当たるものだな。
改良を手伝ってくれたナツメッグ博士に感謝だ。
やがて、ウミネコ海岸周辺に集結していた警察ビークルが姿を現し、海岸周辺の道を塞ぐようにしてダンディリオンたちを囲み始める。
いよいよ大掛かりな逮捕劇の始まりだ。
「ここは任せる」
「はっ!」
後ろから近付いてきた警官に一言告げ、俺は崖上のポジションを警察のビークル部隊に譲り渡した。
さて……俺は結末を見届けないとな。
【ジャガーノート】を砂浜に下した俺は、ビークルを降りて警官隊の包囲網の前まで進んだ。
さすがにもうチェーンガンをぶっ放す展開にはならないだろうが、念のためライフルは持っておく。
そうして、ダンディリオンと対峙する面々に合流すると、そこにはバニラとコニー以外にもトロット楽団メンバーが勢揃いしていた。
ナツメッグ博士とマルガリータも来ている。
俺の姿に気付いたバニラはこちらに向き直り、俺は静かに彼に頷く。
しばらくすると、警官隊の包囲網の後ろからベルガモットを引っ立てたファーガスンがやって来て、彼は警官隊を代表して口を開いた。
「そこまでだ! ダンディリオン! お前の企みは、全てこいつから聞かせてもらった」
縄で縛られたまま別の警官に突き飛ばされたベルガモットは、転ぶように海岸に膝をつき情けない声を出した。
「ダンディリオン様……もうダメだ……。観念しましょう……」
涙を流しながらへたり込むベルガモットに、既にブラッディマンティス総帥の貫禄は無い。
ファーガスンたちの追及がよほど厳しかったのか、それともセイボリーとダンディリオンの制裁にでも怯えているのか……。
だが、そんなベルガモットに対し、ダンディリオンはただ冷たく見下すような眼差しを向けると、声に静かな怒りを滲ませながら口を開いた。
「……ここまで役に立たない奴だったとは。お前のようなクズを拾ったのは、僕の最大のミスだ……!」
ダンディリオンの声には確かな怒気が含まれているが、彼の目には何の感情も籠っていない。
まるで、ベルガモットのことなど、目に入っていないかのように。
俺たちの存在など、どうでもいいかのように……。
「ダンディリオン! 目を覚ましてくれ!」
バニラは思わずといった様子で叫んだ。
バニラにしてみれば、コニーの前でダンディリオンがこういった言動をすることが許せないのだろう。
ダンディリオンを実の兄のように慕ってきた彼女の気持ちを何も考えず、向き合おうともせず……。
しかし、ダンディリオンは片眉を上げ心外そうに返答した。
「僕は正気だよ。……どうかしているのは、この国の方だ」
ダンディリオンは言葉を続けた。
「皆ロクに扱えもしないのに、機械の進歩を自分の進歩だと勘違いしている。僕は機械が……今の時代が憎かった。機械が無ければ、チコリはあんなことにならなかった……!」
チコリの名が出たことで、コニーは俯いた。
きっと、彼女も駅前広場で起きた悲劇を思い起こしていることだろう。
そんな彼女を尻目に、ダンディリオンはまるで感慨深いことを想うかのように喋り続ける。
「初めてトロットビークルに乗ったとき、直感したんだ。これは人を魅了する、悪魔の力だと。そして、こうも思った。この力があれば、チコリの仇を討てる。僕は機械の力に……いわば悪魔に魂を売ったのさ。この国を滅ぼすためにね」
「むぅ……」
正直、ナツメッグ博士には聞かせたくない言葉だ。
息子同然に手厚く面倒を見てきた子が、自分の一番弟子が機械技術にそのような感情を抱いていたなど……博士の心中を思うといたたまれなくなる。
普段の博士なら即座に否定するところだろうが、相手はダンディリオンで理由が理由だけに、博士にも掛ける言葉が見つからない様子だ。
「それで秘密結社ブラッディマンティスを作ったのか」
「そうさ。機械の開発には技術を持った組織が必要だ。彼らに様々な機械を作らせ、技術を高めていった。『グランドフィナーレ』を建造するためにね!」
バニラの言葉に返答したダンディリオンの顔は、徐々に狂気を帯びていく。
きっと、当時のダンディリオンも暗い高揚感で同じような顔をしていたことだろう。
「そして、『グランドフィナーレ』が完成した。街に爆弾を落とすところまでは上手くいったが……」
ダンディリオンは額に手をやると、瞳の妖しい輝きはそのままに歯噛みしながら表情を歪めた。
「空飛ぶビークルか……。しかし、僕は諦めないぞ……!」
顔を上げたダンディリオンはさらに言葉を続ける。
「あのビークルを改良し、大量に生産すれば、この国を一度に火の海にすることができる!」
常軌を逸した野望を語るダンディリオンの顔は、最早まともな人間のものではなかった。
恍惚とした表情で演説し、自らの言葉に酔うダンディリオンは、最早コニーのこともナツメッグ博士のことも目に入っていない。
「フフフ……どうだ? この計画は? 『グランドフィナーレ』よりも復讐に相応しい!」
皆、何も言えない。
ダンディリオンの事情を知る人間も、心に同じ傷を持つトロット楽団のメンバーも、狂気を湛えたダンディリオンとまともに目を合わせることもできなかった。
だが、次の瞬間……。
「ダンディリオン!」
突如、響いた鋭い怒号に、俺たちは一斉に振り向いた。
声の方向を見ると、そこにはいつの間にか拘束を解いたベルガモットの姿があった。
呼吸も粗く引き攣った笑みを浮かべるベルガモットの手には、金色の小型拳銃が握られており、その銃口はダンディリオンの方へ向けられている。
「さんざんクズ扱いしやがって! 思い知っぎぃやぁあああぁぁぁぁっ!」
俺は躊躇なく撃った。
ショルダーホルスターから抜いたS&W M10でベルガモットの右腕に鉛玉をぶち込む。
ホルスターが型崩れしているせいで若干ドロウに手間取ったが、この距離で狙いを外したりしない。
俺の放った銃弾は完璧にベルガモットの肘を捉え、骨ごと奴の関節をぶち抜き、金色の小型拳銃を弾き飛ばした。
「こいつ!」
「大人しくするんだ!」
「あぎゃぁああぁぁぁ! ぎぃぇぇ……腕が……私の腕がぁあああぁ!」
後ろでは、痛みに喚くベルガモットがバジルや警官隊に押さえつけられている。
ダンディリオンとセイボリーは……無事だな。
……正直、危なかった。
展開を知っているとはいえ、『グランドフィナーレ』撃墜後は色々と立て込んでいたので、ベルガモットの武装解除まで気が回らなかったのだ。
未然に防げたのは、あくまでも幸運によるものだ。
「フンッ」
そして、ダンディリオンはのたうち回るベルガモットにただ冷たい目を向けている。
助けてやったんだから感謝しろとまでは言わないが、あまりにも無機質で無関心な雰囲気は、何とも不気味で近寄りがたい。
だが……今のうちに確かめておきたいこともある。
俺はそんなダンディリオンのポーズに構わず声を掛けた。
「ダンディリオン、一つ聞かせろ」
「…………」
返答は無かったが、俺は無視して言葉を続ける。
「何故、コニーを助けようとした?」
「え……?」
俺の言葉に疑問を発したのは、他ならないコニー自身だった。
彼女も俺の視線を追うようにダンディリオンを見るが、未だに反応は無い。
俺はトロット楽団メンバーの疑問の視線に応えるように再び口を開いた。
「コニーが誘拐されたのは、ちょうどマーシュと同じタイミングだった。グランドフィナーレによる爆撃による総攻撃が開始されたのは、その直後のことだったな。奴らは随分とコニーの確保に躍起になっていたようだ。それこそ、直接的な復讐の対象であるマーシュと同じくらいに……」
「…………」
「恐らく、コニーを戦火に巻き込まないようにと考えたのだろう。『グランドフィナーレ』の中なら、少なくとも爆撃からは一番安全な場所だからな」
「(そういえば、さっきも……)」
ダンディリオンが相変わらず沈黙を続けるなか、俺の説明に真っ先に反応したのはバニラだった。
彼にも何か思う機会があったのだろう。
そして、俺は静かに自分の仮説を告げた。
「お前……コニーに許してほしかったんじゃないのか?」
「っ!」
俺の一言に、ダンディリオンは微かに体を強張らせて反応した。
コニーはまだピンときていないようだが、ダンディリオンの反応を見るに図星だろう。
「復讐に囚われ続けることを、肯定してほしかったんだろ? 認めてほしかったんだろ?」
「何を馬鹿なことを……」
「それとも、本当にチコリの死の責任が彼女にもあると思っているのか?」
「っ……僕は……!」
ようやく反応したダンディリオンの口から出たのは皮肉っぽい否定の言葉だったが、さらに畳み掛けるように詰め寄ると、険しい表情で口を結んだ。
その場にいる全員がダンディリオンを静かに見守る。
今だけは、いつも喧しいバジルですら言葉を発しない。
だが、そんな静寂は一人の声によって破られた。
「違う! 悪いのは僕だ!」
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。