steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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129話 野望の終焉2

 

 現れたのはマーシュだった。

 松葉杖をつき、反対の肩を父親のセントジョーンズ卿に支えてもらいながら、警察ビークル隊の後ろから前に進み出てくる。

 彼はミームー村に収容したはずだが……後ろにマインツとマッカートニーのビークルが見えるあたり、村の連中と父親に無理を言って連れて来てもらったのだろう。

 そして、俺たちのところまで来たマーシュは、荒い息をつきながらもはっきりと謝罪の言葉を口にした。

「ごめん……僕の、せいだ。全て……」

「いや、私が悪かったのだ。私が、我が子可愛さにあんなことを……。ダンディリオン、君には謝っても謝り切れない」

 マーシュに続けてセントジョーンズ卿も謝罪の言葉を述べる。

 突然の二人の登場に、無表情のダンディリオンを除いて皆が驚きや戸惑いの表情を浮かべているが……二人は繰り返しダンディリオンに頭を下げた。

 正直、どんな言葉を掛けるべきかわからず、誰も口を挟む気にはなれない。

 だが、そんな中……一人、静かに動き出す者が居た。

「マーシュ……」

 絞り出すように少年の名を口にしたのはセイボリーだ。

 先ほどまで沈黙を保っていた彼女はゆっくりと顔を上げると、燃えるような怒りを湛えた眼差しをマーシュに向ける。

 彼女の中で蘇る憤怒はやがて血走った眼から全身の震えに至り……そして、セイボリーは唇の端から血が滲むほど強く歯を噛み締めた。

「あ、ぁあ…………ぁああああああぁぁぁ!」

 セイボリーは弾かれたように地面を蹴って飛び出すと、数メートル離れた砂浜に体ごと飛び込んだ。

 セイボリーの唐突な動きに皆フリーズしているが……彼女の目線の先にあるのは、ベルガモットが落とした拳銃だ。

 彼女の持っていた銃は俺のライフルで木端微塵になっているので使い物にならない。

 そして、金色の小型拳銃を手にしたセイボリーは、素早く銃口をマーシュの方へ向けて引き金を引く。

「がっ!」

 だが、息を詰まらせるような声を上げたのは、マーシュではなかった。

 被弾したのは……セントジョーンズ卿だ。

 彼は咄嗟にマーシュを庇い、自分が一歩前に出ていたのだ。

 太腿を撃ち抜かれたセントジョーンズ卿は、脚を抑えてその場に崩れ落ちた。

 しかし、激情に支配されたセイボリーの怒りは収まらず、半狂乱になって拳銃を振り回しながら捲し立てる。

「お前が!! お前がダンディリオンを壊したの! お前さえ、居なければ……!」

 セイボリーは再びセントジョーンズ卿に銃口を向けた。

 もう彼女には、誰を撃ったのか、誰を撃ちたいのか、その判断もついてはいないだろう。

 俺は一歩出遅れたことを後悔しながらも、彼女を止めようとするが……突如、俺が右手に提げた拳銃が誰かに引ったくられた。

「ッ……マーシュ!」

 横を見ると、マーシュが俺の拳銃をセイボリーに向けていた。

 マーシュは崩れ落ちたセントジョーンズ卿の上着を掴み後ろに引っ張りながら、もう片方の手で震えながら銃を構えている。

 自分のせいとはいえ、さすがに父親が一方的に殺されるのは看過できないことだろう。

 必死の形相で銃を向け合うマーシュとセイボリー。

 そして……海岸に乾いた銃声が轟いた。

 

 

「え……」

「っ……」

 銃声と同時にセイボリーは崩れ落ちた。

 だが、撃ったのはマーシュではない。

 銃弾が来たのはもっと後ろからだ。

 慌てて振り向いた俺たちの目に飛び込んできたのは、警察官の一人が硝煙を上げるリボルバーを構えた姿だった。

「お前は……!」

「っ!」

 後ろから微かにダンディリオンの驚愕の声が聞こえてきた。

 そんななか、俄かに騒がしくなった警官隊にファーガスンが怒号とともに指示を飛ばす。

「くっ、馬鹿者! おい、あの二人を確保「違う! ファーガスン、そいつだ!」え?」

 俺はファーガスンを遮るようにして、先ほど発砲した警官を示し叫んだ。

 しかし、当然ながら警官隊とファーガスンの戸惑いがこの短時間で収まるはずはなく、奴にはさらなる凶行を許してしまう。

 先ほど発砲した警官姿の男は、銃を下ろさせようとした隣の警官を張り倒し、ダンディリオンにも銃を向け発砲した。

「ぐ……」

「っ! まさか……」

「貴様!」

 この段になると、ファーガスンや周りの警官たちも気づいた。

 あの男は警察官の恰好こそしているが偽物だ。

 警官隊に紛れて潜入したヒットマンだった。

 さらに、発砲した偽警官は続けてベルガモットに銃を向けようとしていたが……そこで男の体は銃弾に貫かれた。

「グゥ……」

「……ファーガスン」

 見ると、ファーガスンの手にした自動拳銃から微かに硝煙が上がっている。

 俺がライフルを構えて発砲するより一瞬早く、ファーガスンがヒットマンの男を撃ち倒したのだ。

 撃たれた偽警官は寝返りを打つように地面を転がったが、やがて諦めたのか手から力が抜け、拳銃を取り落とした。

「……まさか、こいつも『ブラッディマンティス』の人間なのか……?」

「ああ……十中八九、そうだろうな。口封じのために送り込まれた死刑執行人だろう」

「そうか……」

 そして、現場が慌ただしく混乱するなか、胸の中心をファーガスンに撃ち抜かれた男は苦し気に声を絞り出した。

「げはっ…………コンフリー様……申しわ、け……」

「……コンフリーは逃げたぞ。まったく……」

 手引きしたのはあいつか……。

 恐らく、コンフリーがこいつに指示を出したのは『グランドフィナーレ』が飛び立つ前、俺とコンフリーがホトトギスの森でやり合う前だろう。

 当の本人はとっとと逃げ出す準備をしていたというのに、こんな置き土産まで残していくとは……まったく、厄介な野郎だ。

 

 

「ダンディリオン!」

「セイボリー!」

 悲鳴のようなトロット楽団メンバーたちの声に、俺は慌てて振り向いた。

 そちらへ視線をやると、バニラとコニーのみならず、全メンバーにマルガリータとナツメッグ博士まで、ダンディリオンとセイボリーのもとへ駆け寄っていた。

 確かに、あのヒットマンはダンディリオンとセイボリーに発砲していた。

 俺も慌てて皆の元へ駆け寄るが……その様相に思わず顔を顰めるのを止められなかった。

「ダンディリオン! おい! しっかりせぃ!」

「うわぁあああ! セイボリー!!」

 ダンディリオンとセイボリーは明らかに致命傷となる場所に銃弾を受けていた。

 出血もひどい。

 二人はナツメッグ博士の呼びかけにも、バジルの喧しい声にも反応しない。

「セイ、ボリー……」

「あァ……ダンディリオン……」

 掠れた声でお互いの名前を呼ぶと、確かにその存在を感じ取ったように穏やかな表情を浮かべた。

 もう、二人はまともに目も見えていないのかもしれない。

 やがて、セイボリーはゆっくりと口を開く。

「……ごめんなさい、ダンディリオン……。私……頑張ったけど……あなたの役、に、……立てなかった……」

 悲痛な言葉だが、それとは裏腹に彼女の声にはどこか満足げな感情が垣間見える。

 彼女の言葉がダンディリオンに届いているのかはわからない。

 だが、セイボリーは構わず言葉を続けた。

「あなたと会えて……あなたが居るこの国に生まれて……あなたと同じ街で暮らせて…………幸せだったわ……」

 そして、セイボリーは俺たちの方へ顔を向け、特にコニーを真っ直ぐに見つめ、苦し気に口を開いた。

「……ねえ、みんな。ダンディリオンを、赦してあげて」

「え……?」

「ダンディリオン……こんなに苦しんでるのよ……。可哀想じゃない……」

 思わず聞き返すコニーに、セイボリーはしっかりと目を向けて、懇願するように囁いた。

 今、彼女の目には俺たちの姿がどう映っているのか。

 それを知る術は無く、俺たちの反応もきちんと伝わっているかはわからない。

 だが、セイボリーはフッと穏やかな表情を浮かべて呟いた。

「よかった……」

「……セイボリー」

 そして、ダンディリオンの彼女を呼ぶ声に、セイボリーは静かに満足そうに眼を閉じ、脱力した。

 それ以上、二人の言葉を交わすことをせず。

 もう、彼女の目は開かない……。

「コニー……」

 弱弱しく、しかしはっきりとしたダンディリオンの声が通り、皆は彼の方へ向き直る。

 一言一句、聞き逃すまいとするかのように、俺たちは彼の言葉に耳を傾けた。

「新しい……最後の曲だ……ゴホッ……よかったら……詞を付けて、くれ」

 ダンディリオンが取り出したのは、折りたたまれたフルパートのスコアだ。

 真新しい紙だが、その楽譜には微かに血が滲んでいる。

 何故、ダンディリオンが最後にこれを持ち歩いていたのかはわからない。

 野望が潰えることを予見していたのか、音楽家としてこれだけは手放せなかったのか……だが、最早その真意を聞くこともできないだろう。

 震える手で譜面を受け取ったコニーは、それをかき抱くようにしつつはっきりと頷く。

 そして、ダンディリオンも微かに満足そうな笑みを浮かべた。

 その顔には、最早怒りに満ちた狂人の片鱗は無かった。

 

 

「ッゴホッ! げはっ、ゴフ……」

 激しく咳き込むダンディリオンに、俺は思わずダンディリオンの体を傾け横を向かせた。

 この方が血を吐き出しやすく、息が詰まりにくい。

「っ……いいんだ、グレイ……。どうせ……もう、助からない……くふっ……」

「ダンディリオン……」

 俺の存在を確かに感じ取ってくれたダンディリオンの言葉に、思わず胸が痛む。

 俺は……こうなることがわかっていた。

 ダンディリオンが止まらないことを知っていた。

 最悪、俺自身が手を下すことも考えていた。

 だが……こうして志半ばで死へ向かうダンディリオンと接すると、自分の判断の全てを否定したい気分になって来る。

 思えば、俺は彼に何もしてやれなかったな。

 彼も思い入れのあるキャラクターには違いないのに、彼の気持ちも理解していたのに……。

「……楽器工房長ダンディリオン、国家反逆罪の現行犯で逮捕する」

 そんななか、こちらへ近づいてきたファーガスンがダンディリオンに告げた。

 彼も無慈悲なわけではなく、人柄を鑑みる限り逮捕数や検挙率のために手続きを急いでいるわけではない。

 ただ、このまま野垂れ地にさせるような状況に対して、彼なりに思うところがあるのだろう。

 しかし、ダンディリオンは緩慢な動作で顔を上げると、申し訳なさそうに懇願する。

「ケホ……すみません……もう少し待ってください。あの夕日が沈むまで……」

 ダンディリオンの手が空中を泳ぎ、何かを掴むような動作をする。

 まるで、大切なものを探し求めるかのように……。

 彼の意図を感じ取った俺は、ダンディリオンの腕を自分の首に回し、肩を貸して立ち上がらせた。

「グレ、イ……?」

「…………」

 俺はダンディリオンをセイボリーのところまで運ぶと、彼の体を砂浜に横たえた。

 そして、セイボリーと肩を寄せ合うように並べ、お互いの手を握らせる。

 今の俺に出来るのは……これくらいだ。

「ありが、とう……」

「……気にするな、兄弟子殿」

 既にセイボリーの手は冷たくなっているかもしれない。

 ダンディリオンの手に感覚は無いかもしれない。

 だが、最後にダンディリオンは俺に礼を言い、穏やかな表情で目を閉じた。

 そして、夕日が沈んだ後、ダンディリオンの手に手錠が掛けられ……二人の遺体が収容された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警官隊が撤収作業を進めるなか、俺は微動だにせずウミネコ海岸の沖を眺めていた。

 月明かりが照らす海面は静かに波音を立て、入り江には座礁したジュニパーベリー号の残骸が見える。

 先ほどまで、あれだけ派手な戦闘と殺戮があったというのに、海の様子は至って穏やかだ。

「グレイ? 何してるの?」

「ん……ああ」

 俺は後ろから掛けられた声に振り向いた。

 そこに居たのは、例のよってマルガリータだ。

 彼女の様子はいつも通り……彼女だけは、いつもと変わらない。

「……何か悩んでる?」

「…………」

 俺は思わず言葉に詰まった。

 兄弟子のダンディリオンが犯罪組織の首領でセイボリーもその組織のナンバー2。

 そして、二人が死んだ。

 悲しいとか、そんな次元の話じゃない。

 そして、できるだけ思い入れのあるキャラを救いたいという、俺の目的も……。

 もちろん、そういった事情をマルガリータは一切知らないわけだが……俺は何故か愚痴るように彼女に心情の一端を打ち明けていた。

 彼女の言葉は、何故か俺の心の奥にスルッと入り込んでくるのだ。

「救えなかった……いくら処刑だからといって……」

 物語のラスボスであるダンディリオン。

 彼は常にチコリの復讐という戦いの中で生きてきた。

 戦いの中で死ねたことは、極刑に処されるよりもいい死に様だったか。

 セイボリーと一緒に逝けたことは、辛い別れを強いられるよりマシだったか。

 だが、結局は救えずに……彼は死んだ。

 そもそもセイボリーが死ぬのも、ノーマルルートだけのはずだった。

 ブラッディマンティスを土壇場で裏切るルートなら、ベルガモットを倒して一連の事件は解決だった。

 もちろん、ダンディリオンとセイボリーの所業が明るみに出なければ、二人は水面下で次の陰謀を実行に移すだろうし、バニラをブラッディマンティスに潜入させるなんて真似もできやしない。

 しかし……もっといい方法があったのではないか?

 原作を知る俺なら、二人とも救う術があったのではないか?

 終わってみれば、そんなことばかり考えてしまう。

「……ねぇ、グレイ」

 俺がしばらく沈黙を保っていると、マルガリータはツカツカとこちらに近づいてきた。

 目の前で立ち止まったマルガリータは、ゆっくりと俺の首に手を回すと、艶のある笑みを浮かべて顔を近づけて来る。

 そして……。

「ぐほっ!」

 突如、胸を襲った衝撃に、俺は息を詰まらせながら悶絶した。

 直前に見た光景は、顔を近づけるマルガリータが急加速して……どうやら、鳩尾にヘッドバットを食らったようだ。

 何だか、前にも似たようなことがあったような……。

「しっかりしなよ! あんたはもっと、飄々として、強がりで、抜け目なくて……自信に満ちた奴じゃないか! いつもの余裕は、何でも見透かした感じは、一体どこ行ったんだい?」

「…………」

「今回は残念だったけどさ……あんたは原作の悲劇をいくつも阻止してきたじゃない」

「まともに救えたのはポールくらい……え? 原作……?」

 頭上から掛けられたマルガリータの声に、俺は蹲ったまま反論した。

 しかし、途中でマルガリータの言葉のおかしな点に気付いてしまう。

 彼女は確かに原作と言った。

 ……どういうことだ?

 怪訝な表情で彼女を見つめていると、マルガリータは「しまった!」と言いたげな表情で口を押え、そして顔を背けながら呟いた。

「博士から、ね……」

「……そっか」

 なるほど。

 全て合点がいった。

 マルガリータがヤケに訳知り顔だったり、俺のおかしな点に寛容だったりしたのは、そういった事情をある程度知っていたからか。

 勝手に情報を漏らした博士はともかく……何故か俺の心はスッと軽くなっていた。

 長年の悩みが一つ解決したような、しこりが取れたような感じだ。

 俺は……どこかで彼女に拒絶されるのを恐れていたのかもしれない。

 だから、あまり自分を語ったりすることはなく、全てを曝け出せない気がしていた。

 だが少なくとも、俺の異質さに関しては彼女にとって問題ではなかったわけだ。

 あまりにも軽いやりとりと彼女の反応に、何だか肩透かしを食らった気分だ。

 しかし、姿勢を正したマルガリータは、俺を真っ直ぐに見つめるとはっきりとした口調で言葉を続けた。

「バニラから聞いたよ。グレイが居なかったら、どうなっていたかわからない。あんたは恩人だって。東の山岳地帯の盗賊のこともそう。あいつらが討伐されたおかげで、牧場もミームー村の連中も喜んでいるじゃない。それに、巨大魚で死んだ村の奴らの仇も取ってくれて……。あれ以上放置されていたら、犠牲はもっと嵩んでいたからね」

「マルガリータ……」

「あんたが危ない目に遭うのは嫌だけど……それだけ、あんたは人を救ってきたんだよ。凄いことをしてきたんだよ。だから、もっと……誇りなよ……!」

「……そうか。ディープアングラーをバニラから横取りしただけの価値はあったな」

 いつの間にか、マルガリータは俺の胸に顔を埋めていた。

 ……彼女には、色々と心配をかけてしまった。

 だが、最後には俺の成したことを褒めてくれた。

 今は……それだけで十分だ。

 俺は彼女をそっと抱き寄せた。

 そして、帰りの足が無い博士が痺れを切らして呼びに来るまで、俺たちはそのまま抱き締め合った。

 




ノーマルエンドに近いルート展開は当初の予定通りですが、熟考の結果このような決着を迎えることにいたしました。
作者の描写や改変、また改変しなかった点に関しては、読者様それぞれ賛否両論あると思います。
よろしければ感想等いただけると幸いです。

本編エンディングまでもう一話ございますので、あと少しお付き合いください。

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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