steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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130話 出航

 

 ウミネコ海岸での死闘から数日。

 俺たちの姿はスームスームにあった。

 この街は少し前に『ブラッディマンティス』の潜水艇と強襲部隊に攻撃されたはずだが、その名残は港の数か所で行われている補修工事くらいで、波止場の各所では大量の漁船や輸送船が出入りし荷物の積み下ろしが行われている。

 数日前に大規模な戦闘に巻き込まれたとは思えないくらい、街の様相はいつも通りだ。

 こんなに早く復旧が進むとは、さすがはスチームパンクなビークル世界だな。

 そして……スーム海浜公園近くの停泊所には、再建されたジュニパーベリーⅡ世が堂々とした姿で鎮座していた。

 ブラッディマンティスがマーシュを襲撃した際、新造されたジュニパーベリー号Ⅱ世は防衛艦隊の先陣を切って迎撃に当たり、結構な損害を受けたと聞いているが……見たところ船体に目立った傷は無い。

「ほぼ新品状態じゃないか。ここまで修理するには、相当な資材と人手が必要だったはずだが……頑張ったな」

「当たり前だ。街の恩人たちをボロ船で追い出したりはしない。私を誰だと思っている?」

 船を見上げつつ呟く俺の一言にツッコミを入れつつ現れたのは、この街の支配者であるドン・スミスだ。

 相変わらず、無口(猫かぶり)な孫娘クラリスの押す車椅子で、偉そうに手を組んで不機嫌そうな表情を浮かべている。

 まあ、ドン・スミスとスームスームにはブラッディマンティスとマーシュ関連で色々と迷惑を掛けてしまったことだし、ここは少し下手に出ておくか。

「御見それしやした、ボス」

「ふんっ。虫唾が走るな」

 相変わらず、口の悪い爺さんだ……。

 そんなやり取りをしている間にも、スーム海浜公園には続々と人が集まって来ていた。

 俺との付き合いが長い連中も居れば、ほとんど話したことが無い者も居る。

 身分も、立場も、住む場所も、何もかもバラバラ。

 ただ、全員に共通するのは……この短い期間でバニラと知り合い、決して少なくない影響を彼から受けてきたことだろう。

 そう、今日はジュニパーベリー号Ⅱ世の出航日……バニラを見送る日だ。

 

 

 積荷の搬入作業を進めるジュニパーベリー号Ⅱ世の停泊エリアには、俺とドン・スミス以外にも大勢の人間が集まっている。

 ピジョン牧場からはナツメッグ博士にオットー・ウィーリー兄弟。

 当然、マルガリータも俺と一緒だ。

「まったく……随分と遠出をさせてくれたものじゃ。長旅は体に響くわい」

「ウィリー! この広大な海に爽やかな風! 次はここで【フラップフライヤーⅡ世】を飛ばしたいものだな!」

「う~ん、でもこの水深だと墜落したときの回収が大変……まあ、どうにかなるか!」

「ハァ……懲りないねぇ、あんたらも」

 年寄りくさい文句をぶー垂れる博士も、空気の読めない飛行兄弟とそれに呆れるマルガリータも相変わらずだ。

 そして、トロット楽団メンバーからはマジョラムとバジル。

 意外にも、フェンネルが顔を見せており、彼はタラップの影あたりで静かに一人佇んでいた。

「ついに出航か……。もう積荷の搬入もほとんど終わっているみたいだね。あとは船倉内の収納作業とビークルが乗り込むだけかな」

「バニラも中に居るんだよね! どの辺かな~?」

「おい……あんまりはしゃぐな」

 腰抜けジミーに……さらに、どこから聞きつけたのか、ネフロ闘技場の支配人ディーノまで居やがる。

「バニラ君、来年のトーナメントは来れるのかな……?」

「う……ぅう……ダメよ、泣いちゃ……笑顔で、見送らないと……ぐすっ……うわぁーん!」

 ジミーはともかく、ディーノと関わってもいいことは無さそうなので無視だ無視!

 彼らの後ろには、控えめにマーシュも顔を出していた。

 どことなく居心地の悪そうなマーシュだったが、俺はディーノと目を合わせないようにしてマーシュに声を掛けた。

「マーシュ、セントジョーンズ卿の具合はどうだ?」

「ああ、グレイさん。父も大分良くなりました。まだ、しばらくはベッドで安静ですけどね。……本当は、お父さんもバニラの見送りに来たかったみたいで、残念がっていましたよ」

「そうか。まあ、撃たれたのが脚だったのは、不幸中の幸いだな。しばらくは杖をついて生活することになるだろうが、いずれは回復する怪我だ」

「そうだね……」

 さらに珍しいところでは、デザートホーネット団首領ノーラにキラーエレファント団の親分まで来ている。

 仕事柄、彼らが表に出てくることはまず無いのだが、今日は特別らしい。

 しかし、二人の装いや振る舞いは対照的だ。

「何だい? そんなに睨まなくたって、もう余所様の街で妙な真似はしないよ。知り合いに挨拶したら、すぐに消えるさ」

「ガッハッハ! グレイ、またバトルしようぜ!」

 顔を隠して変装したノーラは、一見したところ単独で護衛も少し離れた位置に待機させており、街の中では目立たないように行動している。

 それに対して、キラーエレファント団親分はいつも通りのアウトローな服装で、煽情的なお付きのメイドを二人侍らせ、堂々とスームスームに来たようだ。

 警察とブラッディマンティスの両方に追われるノーラは当然として、このキラーエレファント団親分は豪胆というか型破りというか……。

 何はともあれ、こんな具合にバニラと親交のある面々が集まりカオスな空間を形成しているわけだ。

 立場も、彼との出会い方も、関係性もまちまちだが……皆バニラの旅立ちを哀しみ、応援し、笑顔で見送るために来ている。

 

 

「やあ、皆来てくれたんだね」

 俺たちが思い思いに仲間内で喋りながら駄弁っていると、やがて新生ジュニパーベリー号からバニラが降りてきた。

 タラップを降り俺たちの前に姿を現したバニラは、波止場に集まる人数の多さに一瞬だけ目を丸くして頭を掻いた。

「仲間たちに挨拶してこいって言われてきたけど……何だか、気恥ずかしいね。こういうのは……」

 どうやら、ビークルの搬入作業などが一段落したタイミングで、キャプテンシブレットがバニラを休憩に入らせたようだ。

 粋な計らいだな。

 そして、バニラは周囲に群がる知り合い連中に適当に応えつつも、その視線はどこか落ち着かない様子で彷徨っていた。

「バニラ、本当に行ってしまうのかい?」

 バニラを囲む面々が一通り挨拶を交わし終えると、マジョラムが疑問を投げかけた。

「うん。実は……前のジュニパーベリー号で僕たちの雇用契約があってね。乗船料金の分は船で働いて返すって話だったんだ。アルバトロス港からこの国までの航海は数か月……真面目に働けばギリ足りるって。でも、スームスームに着く前に船は沈んじゃったし、契約分には少し足りないね」

 マジョラムの質問にバニラは苦笑しながら頷いた。

 これだけ聞けば、未成年の少年を騙してクソな契約を結ばせ、卑劣な搾取をしているような話だが……。

「確かに、僕も働き次第ではお父さんに顔を見せたらまたすぐ出発だと聞いたよ。ちょっとお金で解決できないか考えていたけど……」

「キャプテン曰く、契約の件はほとんどハッタリだったらしいけどね。そうでも言われなきゃ、マーシュはまともに働かなかっただろ?」

「うっ! 否定できない……」

 まあ、あの情に厚い船長なら、バニラたち相手にそんなアコギな真似はしないだろうな。

 きっと、マーシュを親元に送り届けたら、そのまま船を下すつもりだったに違いない。

 事実、マーシュは今回の出航メンバーには入っていない。

「だけど、それならバニラも前の契約にこだわる必要は無いんじゃない? その時の船だってもう無いんだしさ」

「うん、そうだね……。でも、僕は行こうと思う」

 バジルのやや無神経な言葉に、バニラは若干苦笑いを浮かべながらも、はっきりと宣言した。

 バジルやディーノは「コニーを置いて……」だの「何故?」だの捲し立てているが、バニラはどこか遠いところを見つめるようにしてから視線を正面に戻すと、噛み締めるように口を開いた。

「約束は大事だから。破っちゃいけないものだから」

「……コニーがそう言ったのか?」

「まぁね……」

 俺は思わず疑問をぶつけたが、バニラはどこかはぐらかすように答えるだけだった。

 彼の表情を鑑みるに、きっと二人の間では砂糖を吐きたくなる会話が交わされたに違いない。

「おいおい、そんなことでコニーの嬢ちゃんを諦めるってのか?」

「一回くらい、問題ないと思うけどねぇ……」

 ついには、ここまで黙っていた飛行兄弟まで口を出してきた。

 早合点と暴走がお家芸のオットーに、お気楽でいい加減なウィリーは本当によくできたコンビだ。

「そうだね。口実だね。確かに、シブレットやジュニパーベリー号のみんなとの約束を破るのは……守れる約束すら反故にするのは、絶対にコニーも喜ばないと思う。でも、それだけで距離を取れるほど、僕にとってコニーの存在は軽くない」

「だったら何でさ……」

 バジルは若干ヒステリックな表情で俯くが、バニラはバジルを正面から見返すと、穏やかながら力強い声で言葉を紡いだ。

「思い出したんだ。外洋を巡るために、マーシュと一緒に船に潜り込んだこと。もっと広い世界を見てみたいって思ってたこと」

 旅に出る系の話なんてのはありがちだが、このビークルによって漸く発展し始めた世界において、自分の周りというのはやはり狭いものだ。

 大きく環境を変えなければ知ることができない国や大陸なんてのは、世界中にいくらでもある。

「コニーは……やっぱり諦めてほしくないって」

「そうか」

 まあ、何にせよ、バニラとコニーの間にそういうやり取りがあったのだろう

 正直、ただ辛いことを思い出さないためにお互い距離を取ろうって話なら、止めてやろうと思っていた。

 ネガティブな理由で大切な存在を離れる選択をすると、大抵の場合は後悔するからな。

 だが、どちらかに前向きな理由があるなら耐えられる。

 俺のような根性ナシが定着してしまった人間はともかく、バニラたちはまだ若い。

 時間は十分にあるはずだ。

 バニラの出立は突然のことで、送別会どころか食事会すらまともに催すことができなかったが、せめて笑顔で見送ってやろうと思う。

 それが、俺たち『ただの友人』に出来る唯一のことだ。

 

 

「ところで……」

 俺はトロット楽団メンバーを見回して口を開いた。

「肝心のコニーは見送りにこないな。(呼んでもいない)ディーノはいるのに……」

「あっ、僕探してくるよ!」

 そう言うと、バジルは波止場から勢いよく走り去った。

 近くを見て来るつもりのようだが、心当たりなど無さそうなあたり期待はできないだろう。

「マジョラムたちと一緒じゃなかったのかい?」

「うん……何か用事があるとかで、出発は別だったんだ。どうしたのかな……?」

 バニラは平静を装っているようだが、先ほどからちょくちょく視線を彷徨わせてソワソワとしている。

 まあ、いくら決意をしたところで、ガールフレンドの姿が見えないというのは何となく不安なものだろう。

 だが、そんな困惑と若干張り詰めた空気は、一人の男?によって盛大に破壊された。

「う、うぅ……」

「ん? ディーノ?」

 先ほどまで済まし顔でバニラの門出を祝福するようなことを言っていたネフロ闘技場の支配人は、突如大粒の涙を流して泣き出した。

「うわぁーん! バニラちゃーん! 何で……何で行っちゃうのぉ! 嫌よ~……嫌ぁ……!」

 彼が変人且つオネェなのは周知の事実だが、あまりにもオーバーなアクションに皆が唖然としてディーノを見る。

 特にノーラの目が異常に冷たい。

 だが……ディーノおかげでしんみりとした悲し気な空気は一気に霧散していた。

 まあ、髭面のオッサンに縋りつかれたバニラは若干気の毒だが……。

「おーいおいぉいぉぃおぃ!」

「ハハ……困ったね……」

 

 

 しばらくすると、息を切らしたバジルが走って戻ってきた。

 捜索の結果は、彼の表情を見れば聞かなくてもわかる。

「ダメだ! コニー、どこにも居ないよ!」

「おかしいな……一体どこへ……?」

 バジルの言葉に、マジョラムは顎に手を当てて考え込んだ。

 マジョラムにしてみれば、最後にコニーと会わせてやりたいというのが個人的な想いであろうが……。

「そっか」

 しかし、バニラは予想外にあっさりした表情だった。

 微かに落胆の色は見えるものの、それほどコニーの不在を気に病んだ様子は無い。

「で、でも! ちょうどよかったんじゃない? ここでコニーと会ったら、決意が揺らぐかも……。直前で『行かないで』なんて言われたりしてさ……」

 言い方ぇ……。

 相変わらず、バジルは口を開くたびロクでもないことを吐きやがる。

「確かに、コニーの頼みは断れないからなぁ……はははっ」

 だが、バニラはバジルの言葉を軽く受け流し、屈託ない笑みを浮かべた。

 惚気まで投下していくとは……なかなか、手強くなったものだ。

 そんな会話をしていると、やがて船のタラップの方から一人の女性が降りてきた。

「まもなく出航だ」

「はい、キャプテン」

 ビシッとした船長服に身を包み、帽子を被って直鞭を持ったキャプテンシブレットは、言葉少なくバニラに告げた。

 一瞬で表情を切り替えたバニラは、背筋を伸ばしてシブレットに応える。

 そして、バニラは俺たちの方に向き直ると、最初にあった頃より幾分か逞しくなった表情で口を開いた。

「皆、お元気で」

 

 

 

 

 スーム海浜公園の停泊所を出航したジュニパーベリー号Ⅱ世は、やがて船首を外洋側へ向けると、蒸気機関の推進力を利用して徐々に加速していった。

 あのまましばらく沖へ進み、外海でいい風を見つけたら帆を開くのだろう。

 俺たちはしばらく洋上を行く船の後ろ姿を見送り、手を振っていた。

「行っちゃったね……」

 船上のバニラたちの顔が見えなくなったあたりで、波止場に集まった面々は徐々に動き出す。

 バジルの声を皮切りにして、俺たちは各々帰り支度を始めた。

 物々しい連中が迎えに来たドン・スミス一行とは対照的に、ノーラはいつの間にか姿を消していた。

 そして、マーシュやトロット楽団メンバーに軽く挨拶した俺は、マルガリータに声を掛けた。

「帰ろうか。俺たちの家へ」

「うん、そうだね」

 俺たちは、どちらともなくお互いの手を取って歩き出した。

 できればこのまま少しスームスームを観光でもしていきたいところだが……博士を放置するわけにもいかないか。

 だが、いずれは彼女とどこかに出かけるのもいいかもしれない。

 もう、忙しない闘いの日々は終わったのだから……。

「ん?」

「? どうしたの、グレイ?」

 マルガリータは立ち止まった俺に反応し、同じ方向へ視線をやった。

 その先にあるのは、市街地の中心から少し離れた位置にあるホエール岬灯台。

 しかし、マルガリータには特に何も見つからなかったようで僅かに首を傾げた。

「いや、何でも」

「そう」

 俺の返答をマルガリータは特に気に留めず、俺の手を引いて再び歩き出した。

 それ以上、俺が灯台の方を見ることもなかったが、問題ない。

 

 確かに、灯台の入口辺りにピンクの帽子が見えたから……。

 

 





当話をもちまして、本作は一時完結とさせていただきます。
長きに渡り、駄文乱文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

拙作はPS2ゲーム『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット』の二次創作ですが、僅かでもバンピートロットファンの皆様の心の潤いとなれることを目指しているものであります。
原作ファンの同志の皆様には、当時夢中でプレイした記憶に思いを馳せてもらいたい。
原作を知らない方にも、PS2時代にバンピートロットという素晴らしいゲームがあったことを知ってもらいたい。
そんな思いで書き上げた作品になります。




この後は、エンディング後の後日談を数話ほど上げる予定です。

また、本作の続編の投稿を検討しております。
開発が中止された『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の展開を妄想しながらの執筆となりますが、いかがでしょうか?
下記アンケート欄でご意見いただけると幸いです。



それでは、皆様。
良きトロットビークルの旅を。

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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