steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
まだまだ準備編ですが......。
「思った通り……! よくお似合いですわ」
「ど、どうも!?」
「では、失礼して……」
あれよあれよという間に、あたしはグレイのビークルでネフロに連行され、途中で一人の中年女性と合流すると、そのまま洒落た服屋に放り込まれた。
この店は確か『ファッション・ロンド』。
グレイのスーツとかナツメッグ先生の礼装を仕立てた店だったはず。
ネフロの街で一番の高級ブティック?だ。
今日ここへ来た目的は、あたしの……ウエディングドレスの注文らしい。
正確な採寸のためとか試着サービスとか何とか言われて、普段着のシャツを脱がされ肩の露出したドレスを着せられたあたしは、店主の女性から体中にメジャーを当てられて隅々まで測られている。
「あらまぁ! お客様、とってもスタイルがよろしいですのね。髪もこんなにお綺麗で……。お客様の装いを貶すつもりはありませんが……勿体ないですわ」
「…………」
作業着のセンスの無さを扱き下ろされるのはまだいい。
しかし、この年になって人の手で服を着せられたり、何より他人にベタベタと触られて褒めちぎられるこの状況……。
何と言うか……物凄く居心地が悪い。
「(それで、アクセサリー的な物も選んでほしいんですけど……。予算は特に気にしませんが、店主に任せるとロクでもない石を高値で売りつけられそうで……)」
「(任せな! 若い頃のローズマリーにも引けを取らないくらい、あんたの嫁さんを立派に飾り立ててあげるよ!)」
パーテーションの向こうからは、グレイとおばさんの不穏なやり取りが聞こえてくる。
商店街の入り口で合流した彼女はコニーの隣人のらしく、今日はグレイの頼みで同行してくれたそうだが……二人は示し合わせたかのようにあたしを店主の前に押し出すと、そのまま向こうで密談を始めた。
その間、あたしは一人仕切りの奥で、この女性店主の成すがままだ。
「こちらのドレスでどこか窮屈な箇所はありますか?」
「いえ」
「大変恐縮ですが……ここ最近で妊娠されたりといったことも、ございませんか?」
「い、いいえ!」
「失礼いたしました。では、サイズはこのままで仕立ててもよさそうですね。タイプはいかがなさいますか? 華やかなプリンセスラインが人気ですが、お客様なら最新のAラインやエレガントなスレンダーラインもお似合いかと」
「えっと……」
ぶっちゃけ、この女が何を言っているのかすら、よくわからない。
何か選べと言われているようだし、適当に決めていいのだろうか……?
しかし、あたしがしばらく何も言えないでいると、こちらへ戻ってきたコニーの隣人のおばさんが仕切りの横から顔を出し、店主に声を掛けた。
「この娘は背が高いから、スレンダーラインがいいかもね。でも、せっかくのオーダーで地味なのも勿体ないから……フレアとギャザーでゴージャスな感じにできる? あと、ネックレスとかはゴールドでまとめる予定だから、そこは合わせておくれ」
「畏まりました。では……お連れ様の仰る通り、スレンダーラインで型紙の作製に入ろうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
どうやら、問題は解決したようだ。
おばさんと店主のやり取りにあたしは頷くだけで、全てが淀みなく進んでいく。
グレイがドレスを買ってくれるというのは素直に嬉しいし、自分ではロクにわからない服飾品のアドバイスをくれるおばさんの存在もありがたいが……この状況は何だかなぁ……。
「あ、そうそう! そのドレスも気に入ったようでしたら、すぐにご用意できますからね。今ご注文いただければ、サイズ直しも本日中に終わらせて、そのままお持ちいただけるかと。もちろん、色違いもございまして……」
「それより、生地の方を出してきておくれ。わかってるとは思うけど、今日はこの娘のウエディングドレスを仕立てに来てんだ。そっちが先決だよ」
「畏まりました(チッ)」
……やっぱり、おばさんに来てもらってよかった。
グレイから聞いてはいたけど、この店主は恐ろしい女だ。
「……どうしたんだい? 気分でも悪いのかい?」
一礼した女主人が店の奥へ引っ込むと、おばさんはあたしの肩に手を置いて心配そうに声を掛けてきた。
思わぬ誤解にあたしは若干の気恥ずかしさを感じながら慌てて首を横に振る。
「い、いえ。ただ……こういう店はあまり慣れていなくて……」
「へぇ、何となくグレイからは聞いていたけど……今どきの若い娘さんが珍しいねぇ」
文明から隔絶されたミームー村では、当然ながら洒落た服など縁が無かった。
基本的には、女衆の中で裁縫を得意とする者に仕立ててもらい、それを使い古すまで着る。
前掛けやブーツなども職人に頼むか自作する。
村長など一部の上役は行商人から買った上着を着ていたが、それも田舎の基準では上等な服という程度の話だ。
もちろん、書物や号外などで余所の街に煌びやかな服があることは知っていたが、実物を見たのはそれこそネフロ方面へ汽車で行けるようになってからだ。
当然『ファッション・ロンド』のような高そうな服飾店など、自分一人で入れるはずもない。
グレイやナツメッグ先生に言わせれば、大都会の店には及ばない地元の服飾店らしいが……この内装と店主の洗練された装いを見ると、やはり自分のような田舎者は場違いな空間に思えてくる。
「そういえば、お前さんは職人だったね。確かに、それらしいっちゃらしいけど……今まで全く興味が無かったのかい?」
「そういうわけでは……」
あたしも女だ。
華やかな服には人並みに憧れもある。
しかし、普段身に着ける服に関しては実用性が第一。
あたしの場合、動きやすいシャツやズボンに、体を防護し且つ工具を吊るせる前掛けやベルトがそれに当たる。
その装いは、ナツメッグ邸に来てからも変わらなかった。
もちろん、グレイが清潔好きなこともあり、入浴と合わせて洗濯も今まで以上にこまめに行うようになったが……それだけだ。
別にグレイにも先生にも何も言われなかったし、あの家で暮らして仕事をするうえで何の支障もなかった以上、特に何も思うところは無かった。
そんなあたしの説明を聞いたおばさんは、呆れたような表情で頭を掻いた。
「ありゃ~……そうなのかい。まあ、あそこはグレイとナツメッグ博士しか居ない男所帯だからね。牧場の連中も似たような気質だし、そういうのに気が利かなくても仕方ないか。だからこそ、グレイもあたしに頼ってきたんだろうけどさ……」
おばさんは一人で納得すると、ふと何かを閃いたように悪戯っぽい表情を浮かべ、こちらに向き直る。
「じゃあ、今回はうんと高級なドレスを買ってもらうといいよ。グレイも金に糸目は付けないって言ってるからね」
「ふ、普通でいいです! どうせ、そんな高いドレスなんて、あたしには似合わないから……」
しかし、尻すぼみになるあたしの言葉に、おばさんは頭を振る。
「あの店主だって言ってたろ? お前さんは別嬪なんだから、そういうのは勿体ないって。もっと自信を持ちな」
「……///」
同性にヨイショされる感覚というのは何ともむず痒いものだ。
相手がコニーにしろおばさんにしろ、都会の人間に見た目を褒められると心地良さより戸惑いと周りの目が気になってしまうのは、田舎者の性だろうか。
それに、この店の女主人の言葉など、それこそ営業トークってやつだろう。
でも……。
「グレイは……喜ぶと思いますか?」
「間違いなくね。あの男はお前さんにベタ惚れだよ。愛する妻が自分のために着飾ってくれて、喜ばないわけがないさね」
おばさんのストレートな肯定の言葉に思わず顔が赤くなる。
確かに、冷静なようでいてどこかお調子者のグレイなら、あたしがどんな服を着ても素直に喜び、歯が浮くようなお世辞と気障なセリフを並べ立ててくるはずだ。
屈託のない笑みを浮かべ、悪戯っぽい表情の奥であたしを舐め回すように見つめる、そんな彼の様子が目に浮かぶ。
っ! もしかしたら、これから式以外でも色々と……。
どうしよう……煽情的な下着とか、スケスケのエッチな服とか着せられたら……。
彼が望むなら叶えてあげたいけど……でも、恥ずかしいし、何だか悔しいし……。
「あの……何か手伝うことは……?」
「あ、あんた!」
ひょっこりと顔を出したグレイに、あたしは慌てて顔を背け体ごとそっぽを向いた。
あたしとしたことが……妙な想像に意識を取られて、彼の足音に気付かなかった。
今さらながら、先ほど店主に着せられたドレスは肩も背中も激しく露出していることを思い出し、おばさんの後ろに飛び込むようにして体を隠した。
「お前さんは来なくていいんだよ! それより、自分のネクタイをとっとと新調しな。嫁さんの晴れ舞台にコンサート衣装の使い回しなんて、皆に笑われるよ!」
「さ、さーせん」
「わかったら、さっさと行くんだよ! ……まったく。これだから野郎どもってのは……」
恥ずかしさのあまり、おばさんには思わず情けないところを見せてしまった。
だが……グレイを早々に追いやってくれたことには感謝だ。
採寸のために着せられたこの際どい服も、今のあたしの顔も……到底、彼に見せられたものではない。
ウエディングドレスのデザインが大筋で決定し注文手続きも済ませたところで、あたしは漸く解放された。
何やかんや理由を付けられ、あの後も数着のドレスやフリフリの付いた服を着せられる羽目になったが……その都度おばさんは服の質と価格の釣り合いを見極めてくれたので、無駄なものは買わされずに済んだ。
しかし、今日は色々と疲れたな……。
これ以上、あの店主に絡まれても面倒なので、あたしは早々にいつもの服装に戻ることにした。
「ところで……式はピジョン牧場で挙げる予定だったね?」
「ええ」
「何でまたそんな場所で……ああ、確かお前さんがネフロ教会は嫌だって言ったんだっけ? そりゃまた、どうして?」
思い起こされるのは、ネフロ教会の荘厳な内装と広さ、それに街の駅前広場の人通りの多さ。
そして、グレイは有名なミュージシャンでビークル闘技場の英雄。
あんな場所であたしたちの結婚式を執り行えば、どうなるかは火を見るより明らかだ。
「……だって! 恥ずかしいじゃないですか! あんな立派な教会で、街中の皆に見られるなんて……!」
「何だい、勿体ない話だねぇ。こんなに綺麗な花嫁だってのに……。まあ、確かにこの街でグレイの結婚式を挙げるとなったら、ネフロの住民だけでなく他の街からも色んな連中が押し掛けてくるだろうからね。仲間内だけで祝うってのも正解だよ」
そう言われると、些かグレイに申し訳なくも思う。
招待客のなかには彼と仕事上の話ある人たちも居るはずだし、何よりあたしの我が儘で面倒を掛けてしまった点は否定できない。
元より、結婚式みたいな騒々しいイベントを受け入れたのだって、ダンディリオンとセイボリーを失って悲しんでいる彼を励ます意味もあったのに……。
しかし、おばさんは頭を振った。
「大丈夫。素直になれないのは、それほど悪いことじゃないさ。気恥ずかしさなんてのは、年を取ればとるほど定着しちまうものだからね」
「それって……」
思わず、おばさんの方を凝視してしまったが、彼女は手を振って否定すると早口で捲し立てた。
「あたしのことはいいんだよ! ……グレイだって、そんなお前さんを可愛いと思ってる。そういうあんたの気質も含めて愛していると思うけどね」
「っ……」
あまりにも直球なおばさんの言葉にあたしは俯いた。
「それより、マルガリータ」
「はい?」
「お前さん、グレイのどこに惚れたんだい?」
「えっ!?」
唐突なおばさんの一言に、思わずフリーズした。
「あの男、つい最近まで浮いた話が全く無かったからね。それに、お前さんだって女だてらに職人をやっていたからには、一人で生きていく心積もりもあったんだろ? そんなお前さんが外に嫁ぐことを決めた理由……是非とも聞きたいねぇ」
「っ……!」
真っ先に頭を過ったのは、毎晩彼と体を重ねるたびに味わっているあの感覚だ。
朝目覚めたときに感じる心地いい疲労……その奥で、体の各所に微かに残る、燻るような火照り。
もどかしさの中にも確かな満足感と暖かさがあり、自分の指で達するのとは雲泥の差……って、いやいや!
おばさんが聞いているのは、もっと前の段階のことだろう。
あたしは慌ててピンク色の記憶を頭から追い出した。
「あたしのこと……美女だって言ってくれたんです」
「……それだけかい? そんなの、お前さんなら言われ慣れているだろうに」
もちろん、おばさんの言う通り、あたしの容姿を褒めちぎる男はミームー村にもそれなりに居た。
あたしが父と同じ船大工の道に進んだときも、しつこく嫁入りを勧める年寄りとは対照的に、独身の男は理解がある風な言葉を掛けて機嫌を取った。
しかし、それはあくまでも村に若い女が少ないからだ。
都会なら――それこそコニーとか――もっと若くて可愛い女がいくらでも居る。
事実、鉄道が開通し外に出るようになってからは、村の男衆もあたしみたいなガサツでデカい女など相手にしなくなった。
しかし、グレイは違った。
彼はあたしが船やビークルを整備することを至極当然のように捉え、メカニックとしての腕を見込んで高性能な一点物の愛機を任せてくれた。
そのうえで、彼はあたしを女として見てくれた。
地位も金も力もあり、料理や音楽を嗜む洗練された男……そんな男から能力を評価され、女性としての魅力まで讃えられたのだ。
正直、靡くなと言われても無理だ。
「なるほど。いい男からストレート口説かれて、舞い上がっちまったわけかい」
「べ、別にそういうわけじゃ……なくもないけど……」
「ふふっ……安心したよ。お前さんも、普通の女の子じゃないか」
「……///」
改めて振り返ると恥ずかしいことだらけだが、グレイを本格的に意識した出来事といえば、やはりこれに尽きる。
「あの……このこと、グレイには……」
「はいはい。わかってるさ」
懇願するあたしを尻目に、おばさんはあしらう様に手を振った。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。