steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「マルガリータ、ここに……っ!」
「あ、あんたっ!」
控室代わりのガレージ内に足を踏み入れると、マルガリータは素っ頓狂な声を上げた。
この時間に俺が現れるのは予想外だったようで、彼女はひどく慌てた様子で椅子から飛び上がる。
コニーの隣人のおばさんの勧めるままに来てみたがわけだが……驚いたな。
マルガリータの姿を見た俺は、思わず言葉を失った。
「あ、その……悪かったね。あたしの我が儘で不便な式になっちゃって、着替えやら何やらで準備も手伝えないで……」
「…………」
硬直する俺に構わず、マルガリータは言葉を続ける。
「その代わりってわけじゃないけど……片付けはあたしの【クラフトマンシップ】で……って、どうしたんだい?」
俺が一言も発しないのを不審に思ってか、マルガリータは怪訝な表情で首を傾げた。
どうしたも何も……。
「……女神だ」
「はぇ!?」
俺が一言呟くと、マルガリータは間抜けな声で驚愕した。
マルガリータは口をぽかんと開けて固まっているが……純白のドレスを身に纏いふんわりとしたベールを被った彼女の姿は、まさに天女や天使といった存在の頂点に君臨する、美の女神のようだ。
比較的タイトなシルエットのドレスは、長身でスタイル抜群なマルガリータの肢体をぴったりと包み込み、セクシーな曲線美を描きつつも決して下品に見せない。
上半身から腰回りのデザインは些か地味だが、スカート部分のフレアは上品に広がり華やかなギャザーが各所にあしらわれている。
ネックレスやイヤリングや髪飾りはやや派手めなゴールドでまとめているが、輝くように美しい彼女の顔立ちの前では、しっかりと引き立て役に徹している。
ドレスのデザインもアクセサリーも全て……マルガリータにぴったりなチョイスだ。
普段、ラフな作業着ばかり着ているマルガリータがこういう服を身に纏うと、より一層彼女の美しさが際立つ。
そして、何より……ベールの奥で頬を朱に染めるマルガリータの表情は、美しさを通り越して尊ささえも覚えるものだった。
「マルガリータ……」
「な、何だい…………っ!」
ゆっくりと近づき、俺は跪いて彼女の手を取る。
「俺は世界一の幸せ者だ。こんな美しい女性が、妻になってくれるなんて……」
「な、あ……!」
「いや、美しいなんて表現では足りない! 辞書に載っている全ての賛辞を君に送りたい。君以上に素敵な女性は居ない。あぁ……それに……! 今日のマルガリータは最高に輝いている! ドレスも、アクセサリーも、牧場に咲く花も、湖の景色も……君の前では全て引き立て役に過ぎない! ……俺は世紀末のアホだった。今までの俺は、君の美しさのほんの一端しか見えていなかった。何度でも言おう。君は本当に美し「ば、馬鹿ぁ!」あべっ!!」
マルガリータは俺の顔に渾身の張り手を叩き込んだ。
手を振り払い、突き飛ばしたはずみとはいえ……攻撃力は結構なもので、俺の口上は途中で遮られる。
床にひっくり返る俺を尻目に、マルガリータは交差した腕で体を隠すようにしながら叫んだ。
「あ、あんた! こんな時に何を言い出すのさ!?」
「ぐ……いや、嘘じゃない。美しく、聡明で、意志が強くて、包容力があって……君は本当に魅力的な女性だ。君と一緒になる未来のために、俺は今まで過酷な世界を生きてきた。こんな世界に導きやがった神に唯一感謝することがあるとすれば……それは君と出会い結婚できたことだ!」
「だ、だからそういうのは……!」
それでも伝えなければという思いのもと俺が言い切ると、マルガリータの声は徐々に尻すぼみになっていく。
耳まで赤く染めたマルガリータは、涙目になって俯きもじもじと体をくねらせた。
我ながら、恥ずかしいことを真顔で言い続けた自覚はあるが……全て事実だ。
この世界に転移した当初は、スチームパンクの世界観と冒険に胸を躍らせつつも、何のチートもなしに放り出され死にかけたことで神を恨み、周りの人間も『愛着のあるキャラクター』程度の認識で、どこか現実味が無く傍観者のような意識を持っていた。
しかし、今は違う。
マルガリータと出会って、この世界に生きる彼女を大切な人間として認識した。
ただの一人の男として、彼女を愛した。
それを……せめて彼女にだけは、知って欲しかった。
「っ…………」
立ち上がった俺は、マルガリータに歩み寄る。
……こうして見ると、彼女も本当にただの可愛い女の子だ。
男勝りの職人で、作業着の似合う筋肉質な長身で、ビークル整備から荒っぽい力仕事までこなすパワフルウーマンだが……今の彼女からはそんな姿は想像もつかない。
目の前に居るのは間違いなくいつものマルガリータだというのに、変な話だ……。
「マルガリータ……」
「……グレイ……!」
俺は目の前の美女にゆっくりと手を伸ばす。
マルガリータは僅かに後退るも、本気で俺を拒絶する雰囲気ではなく……俺の手が頬を撫でるに任せた。
そして……。
「うぉっほん!」
「「っ!」」
突然、ガレージの出入り口の方から、わざとらしい咳払いが響いた。
慌てて俺たちが体を離すと、先ほど会場に俺を呼びに来たコニーの隣人のおばさんが、ひょっこりとドアから顔を出す。
「大変結構だね。夫婦仲は良好のようで、何よりだよ」
「ど、どうも……」
「あぅ……///」
しどろもどろに応える俺の後ろで、マルガリータは弱弱しい呻き声を出して沈黙した。
俯きつつも、マルガリータの手はしっかりと俺の服の裾を掴んでいる。
これ……可愛すぎるだろ!
そんな俺たちをおばさんは呆れたように一瞥すると、肩をすくめて口を開いた。
「ハァ……。何はともあれ……嫁さんと協力して、しっかりやっていくんだよ。……ナツメッグ博士のためにもね」
おばさんは言葉の途中でやや声のトーンを変えると、緩んだ空気を払拭するかのように重い口調で付け加えた。
表情まで真剣なおばさんに、俺も思わず表情が引き締まる。
「ダンディリオンが死んじゃって、残った直弟子はあんた達だけなんだから。だから、絶対に……幸せになるんだよ」
「ええ、もちろん」
「……はい」
今まで沸騰して固まっていたマルガリータも、最後はおばさんの言葉に深く頷いた。
彼女にとっても他人事ではない。
ダンディリオンとはほぼ面識が無くセイボリーとの付き合いも浅いマルガリータだが、俺やナツメッグ博士とは既に家族同然。
俺たちの感情の機敏くらいはよく理解している。
「グレイ……」
「……ああ」
俺とマルガリータはお互いを慈しむように頷き合った。
いつの間にか握り合っていた手からは、彼女の温もりがじんわりと広がっている。
彼女となら……これからも上手くやっていけるだろう。
そして……。
「おーい、お前たち。式の前に写真をだな……ん? 何じゃ、妙にしんみりしおって……」
知らぬは話題にされた当の本人ばかり……呑気な口調で入ってきたナツメッグ博士に苦笑いしつつも、俺たちはノリ良く写真撮影に応じるのだった。
会場に戻った俺は、招待客に手を挙げて軽く挨拶しつつ、ガレージの屋根に上った。
いつも【フラップフライヤーⅡ世】を離陸させている発射台には聖書台が置かれ、その奥には修道服の女性が立っている。
神父役を引き受けてくれた、いつぞやの廃屋のシスターだ。
シスターは俺が聖書台を挟んで向かいに立つと、静かに口を開いた。
「グレイ様は素晴らしい女性と出会われたようで……」
「ええ……おかげさま、で……?」
彼女の声はどこか寂しそうだ。
一瞬だけ鋭い視線で遠くを見据えるような雰囲気を醸し出したが……気のせいか。
「結婚式は、ただの儀式です。私どものような聖職者がお手伝いすれば、滞りなく執り行えます。でも、お祝いの言葉は……全て神より授けていただきます」
「? はぁ……」
あまりよくわからない言い回しだが、聖職者の言うことなので、俺はあまり深く考えず曖昧に頷いた。
そんなやり取りをしている間に、ガレージの横のドアが開き本日の主役が登場した。
父親役のナツメッグ博士に付き添われたマルガリータは、純白のウエディングドレスを身に纏いブーケを持って姿を現す。
会場の視線は一斉に美しい花嫁へ集中した。
「綺麗……」
「ああ、いいもんだねぇ……」
ゆっくりとバージンロードを歩くマルガリータの髪とベールは、穏やかな牧場の風に靡き幻想的な動きで波打つ。
思わずといった様子でコニーが発した声に続き、主に女性陣から感嘆の言葉が聞こえ始めた。
この牧場の景色と風の中で見るマルガリータも、先ほどガレージの灯りのもとで見た彼女とはまた違った美しさだ。
恥ずかしそうに招待客の方から視線を外しつつも会場の視線を独占するマルガリータは、まさに太陽も霞むほど輝いている。
「グレイ」
「はい……!」
そうしている間に、マルガリータとナツメッグ博士はガレージの屋根に上ってきた。
俺が博士からマルガリータの腕を受け取ると、博士は発射台の端の方へ寄って重々しく頷く。
そして、俺とマルガリータが寄り添うようにして聖書台の方へ向き直ると、シスターは慈しむように微笑み、聖書を開いた。
「愛とは――」
聖書を開いたシスターは朗読を始めた。
愛の教え……神父役である彼女から俺たちに贈られる聖句だ。
シスターが神に祈りをささげると、誓いの儀式へと移った。
「新郎グレイ。あなたは、マルガリータを妻とし……富めるときも、貧しいときも、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、哀しみのときも……死が二人を分かつまで、愛し続けることを誓いますか?」
「誓います」
シスターはマルガリータに向き直り、俺と同じ内容で問いかける。
「新婦マルガリータ。あなたは、グレイを夫とし……富めるときも、貧しいときも、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、哀しみのときも……死が二人を分かつまで、愛し続けることを誓いますか?」
「は、はい! 誓います」
噛みそうになりながらも、マルガリータははっきりと俺との愛を誓った。
いざという時には肝が据わっており頼りになる彼女だが、こういうイベントへの耐性の無さは筋金入りだ。
今はそんな彼女の様子さえ愛おしいが、当のマルガリータは不満そうに横目で俺を睨んでくる。
「指輪を交換してください」
俺はシスターの指示に従い、既に聖書台の上に準備してあった指輪ケースからやや小さめな方のリングを手に取った。
マルガリータの左手に自分の手を添えて持ち上げ、彼女の薬指にダイヤをあしらったゴールドの指輪を着ける。
そして、マルガリータも微かに緊張が伝わる手つきで、俺の左薬指に指輪を押し込んだ。
「それでは、誓いのキスを……」
衆人環境の中で唇へのキスとは、マルガリータにとってはなかなかにハードルが高そうだが……。
しかし、マルガリータはベールの奥から真っ直ぐに俺の目を見据えていた。
「…………」
彼女は決してこの手の状況を楽しめる気質ではない。
華やかな服や催しには年相応に憧れを抱いているが、やはり自分が主役として目立つことには若干の苦手意識が垣間見える。
しかし、今はそんな彼女が覚悟を決め、しっかりと俺に向き合っている。
彼女の心意気に応えないわけにはいかない。
マルガリータのベールを持ち上げた俺は、彼女の肩に手を置いて僅かに引き寄せると、そのまま唇を合わせた。
「ん……」
「ぁ……グレイ……」
目を閉じて口元に意識を集中すれば、マルガリータの熱い唇と吐息の感触が伝わってくる。
何度も味わったこの感覚……微かに、夜の荒く激しい情欲が蘇るかのような感覚に陥る。
それはマルガリータの方も同じらしく、彼女の息も微かに乱れ頬が上気していた。
「ヒュー! お熱いねー!」
「今年の冬は短そうねぇ」
どのくらいの時間、そうしていたかはわからない。
だが、オットーとサフランに続いて会場から矢継ぎ早に飛んでくる野次に、俺たちは現実に引き戻された。
さらに……。
「っ……!」
「うぐぉ」
足元に感じた鋭い痛みに、俺は思わずマルガリータの肩を離した。
見ると、マルガリータの踵が俺の足の甲をガッツリ踏みつけている。
間髪入れず、マルガリータは俺を突き飛ばすようにして距離を取った。
「(い、いつまでやってんだい!?)」
「(す、すまん……)」
どうやら、俺は彼女が動けないほど強く抱き締めていたらしい。
それは確かに俺が悪い……かな?
「ご両人」
「「っ!」」
シスターに声を掛けられ、俺たちは再び二人の空間から現実に引き戻される。
「コホン……兄弟たちよ。ここに二人が夫婦となったことを宣言いたします。彼らの旅路に、神の祝福があらんことを!」
色々とグダグダだった気もするが、俺たちの結婚式は無事に終わった。
シスターの宣言を合図に、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が飛んでくる。
お節介な野次、純粋に俺たちの幸せを願う声……なかには先ほどの俺たちの様子を揶揄う声も混じっていたが、不思議と羞恥心は無かった。
「(マルガリータ……)」
「(うん)……コニー!」
「え……?」
俺が小声で呼びかけると、マルガリータは静かに頷き、かねてから決めていた通り持っていたブーケを会場に向かって放り投げる。
宙を舞ったブーケは、ポスッと音を立てるようにしてコニーの手に収まった。
突然のことにコニーは唖然としているが、マルガリータは悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開く。
「次はあんた達の番だよ」
「マルガリータ……」
ガレージの屋根から降りた俺たちは、祝福する招待客にもみくちゃにされた。
そして、会場の隅でウィリーが手旗のようなものを振ると、崖の裏から突如【フラップフライヤーⅡ世】が現れ、会場の上空に飛来すると空から紙吹雪をばら撒き始めた。
マイペースでクレイジーな飛行兄弟にしては粋な計らいだ。
まあ、企画したのは二人の弟であるエリッヒらしいので、彼にも礼を言っておかないとな。
立食パーティーの始まった会場では、この日のために購入した酒類が大量に振舞われ、テーブルにはピジョン牧場とミームー村から手伝いに来てくれた奥様方の料理がズラリと並んだ。
招待客が思い思いに料理に手を伸ばし談笑するなか、俺とマルガリータは会場を巡り改めて友人たちに挨拶して回る。
何気にこの作業が大変で、俺たちがご馳走にありつけたのはパーティーも終盤に差し掛かった頃だった。
あれ? 俺たち、祝われる側じゃなかったっけ……?
まあ、俺たちの結婚式に関して一番大変だったのは、コニーの隣人のおばさんか。
ドレスの注文から当日の着付けに料理の準備まで担当してくれた。
一応、手伝いに来たマダムたちには舶来ワインや新作のシャンプーリンスを渡しているが……おばさんには改めてお礼をした方がいいな。
「グレイ、君の音楽室のドラムを借りていいかい?」
「ああ、マジョラム。別に構わないが……」
出席した友人たちも、俺たちの門出を目一杯祝い、宴を盛り上げてくれる。
マジョラムとバジルは余興にトロット楽団の曲をインストルメンタルで演奏し、フェンネルもビークルからエレキを取り出しソロの新曲を披露した。
事前に話も通さずプロである彼らに演奏してもらうのは少し気が引けたが、マジョラムは気にするなと言って俺の音楽室から持ち出したドラムを陽気に叩き、バジルもそれに続く。
フェンネルも無言でエレキをかき鳴らしている。
「まったく、騒がしい奴らだぜ」
「ふふっ……そうだね」
俺とマルガリータは手を繋いで寄り添い、いつの間にか始まったトリオのコンボに耳を傾ける。
そして、夕日が辺りを照らし始めた頃、いい加減しびれを切らしたナツメッグ博士が解散を言い渡し、宴会もお開きとなった。
後日、ナツメッグ邸に運送業者のビークルが到着した。
梱包した大型の家具をバックパーツから下し、業者のビークル乗りに入れ替え作業も手伝ってもらう。
「グレイ、何してるんだい?」
「ああ、ちょっとな……」
「これはこれは、奥さん。いやぁ、いい買い物をしましたなぁ」
「……?」
マルガリータは怪訝な表情で荷物の梱包を解く俺たちに視線を送った。
しかし、作業が進むにつれて、彼女の顔はみるみる赤くなっていく。
出てきたのは、今まで俺の寝室に置いてあったベッドよりも一回り大きいベッドだった。
通気性が良いふかふかのマットレス、枠も高級感がある木材で作られた『ハッピーファニチャー』から取り寄せた高級ベッドだ。
ニヤニヤ顔の業者にチップをやって追い返した俺は、ベッドと一緒に送られてきた商品説明の用紙を読み始める。
「ほほぉ……激しい運動をしても安心の耐久力、あらゆる営みに対応したキングサイズの広さ、とな? 本当に素晴らしい買い物をしたな……」
「ば、馬鹿ァ!!」
「ブゴォ!」
マルガリータの強烈なパンチが俺の顎にクリーンヒットし、俺は買ったばかりのベッドの上にひっくり返った。
彼女の羞恥と怒りは収まらず、俺はそのままマウントポジションで殴られ続けるが、やがて騒々しさに耐えかねて現れたナツメッグ博士の一喝により、俺は1ラウンドKO負けを免れた。
因みに、その日の夜の営みは……いつもより格段に激しく、時間も二倍ほど掛かった。
広々とした肌触りのいい寝床の感触は、俺たちの幸せな時間を優しく包み込み……まあ、俺の逆転勝利というわけだ。
しかし、ベッドが変わるだけでこれだけ盛り上がるとは……いや、ただの口実かな。
改めて、マルガリータと結婚したことを認識し、二人の愛の巣を整えたことに舞い上がってしまったのだろう。
翌朝、いつもなら起きている時間になってもマルガリータが口を利いてくれない理由は……彼女の名誉のために、寝不足なだけということにしておこうか。
結婚式偏は本話で終了です。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。