steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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お待たせしました。
カレー回です(⌒∇⌒)
今回は趣向を変えまして、名もなきパン屋の店主視点でお送りいたします。


135話 魅惑のスパイス 前編

 

 ハッピーガーランドの東地区、商店街の北の端に店舗を構える『ハッピーベーカリー』。

 長年、この大都会の住民の腹を満たし続けてきた老舗のパン屋、それが私の店……少し話を盛った。

 私がここに店を開いたのは十年ほど前の話。

 この街の住民に私の味が受け入れられて本当によかった。

 人も物も入れ替わりが激しいこの街でこういった商売ができるのも、ひとえに私の作るパンを求め続ける住民たちあってのことだ。

 今日もまた、近くに住む常連の少年が、昼時に日替わりサンドイッチを買っていった。

 黄色のシャツを着た恰幅のいい少年は、いかにも食べるのが好きといった風貌で、家族のために大量のパンをまとめ買いしていくこともある。

 彼の家もこの商店街に店を構えており、こちらも遠方の食材の調達などでは何度かお世話になった。

 あの家族は、仕入れ先としても商品の売り先としても、ありがたい存在だ。

 夕暮れ時になると、証券取引所やオフィスで働く勤め人が、売れ残りのパンを求めてやって来る。

 ここ最近、毎日のように足を運んでくれる男も、今日は目当ての品が残っていたのか、機嫌のいい足取りで店を出て行った。

 そうして、明日の仕込みを終える頃には、ほとんどの商品が店の棚から掃けた。

 こんな具合に、近所の住民にも恵まれ、私の店の経営は順調だ。

 しかし、そんな変わらぬ人気店の店主である私にも、最近は一つ悩みがあった。

 

 

 翌日の早朝、前日に仕込んでおいたパンを焼き上げ開店の準備をしていると、店員のジョセフが口を開いた。

「店長、この前言ってた新作の件なんすけど……」

「おお、ジョセフ。何か思いついたか?」

 陳列棚に並べる商品の準備をしながら、私は店員のジョセフの言葉に耳を傾ける。

「いえ……ただ、ドーナツの仲間みたいな甘いパンを他に増やすのは、難しいじゃないかと思って……」

「ああ、それは私も同感だ……」

 そう、私の悩みとは、新メニューの考案についてだ。

 うちは伝統的なクロワッサンやバゲットにドーナツはもちろん、昼食や重めの間食を求めるオフィス街や工場の従業員の要望にも応じ、具だくさんのサンドイッチも販売している。

 どれも好評で、変わらず売れ行きが良好なのはいいのだが……些かマンネリというか、代わり映えのしない商品に飽きが来ているのだ。

 毎朝、同じクロワッサンかバゲット……私自身の創作意欲はもとより、常連が違う味のものを求めるのも当然だろう。

 そうなると、狙い目は味がプレーンの一種類しか無い割に女性人気がそこそこ高いドーナツ系の商品だと思ったのだが、これもまたそう上手くはいかない。

 何せ、菓子パンは凝り出すとコストが際限なく掛かってしまう。

 小麦こそ穀倉地帯が近いおかげでそれほど輸送費が掛からず仕入れられるが、やはり都会では何を買うにもコストが高く、甘味料やフルーツをふんだんに使うとなると、およそ普通のパンの値段では売れなくなってしまうのだ。

 それに、どうしてもスイーツ類に手を出すとなると、本職の仕事には大きく劣る。

「私もよく知っているわけではないが、ケーキや焼き菓子に関しては専門店なんてのもあるからなぁ……」

「あるっすねぇ。最近では、ホテルのデザート並の菓子がカフェで食べられるとか何とか……街で若い女性が話してましたよ」

 もちろん、ブリオッシュやデニッシュなど単純な甘いパンを売り出すという手もあるが、その程度でスイーツにうるさいマダムたちの胃袋を長期的に掴めるとは思えない。

 それこそ数日間で飽きられてしまうだろう。

「やっぱり、総菜パンっすよ。肉とか魚を挟んだ、ガッツリ食事になるパンしかないっす!」

「ううむ……しかし、それだとサンドイッチとの差別化がな……」

 サンドイッチの具に使える食材もバリエーションは限られている。

 結論の出ない難題は相変わらず私の頭を悩ませるのだった。

 

 

「いらっしゃい」

 そんな折、この店に一人の男性客が訪れた。

 彼のことは私も知っている。

 トロット楽団メンバーのミュージシャンで、現ビークルバトルトーナメントチャンピオン。

 ナツメッグ博士の助手も務めるグレイという男だ。

 彼はこの街に住んでいるわけではないので、たまに来店する有名人という程度の認識だったのだが……今日はパンを買いにきたのではないと言う。

「これを見てもらえますかな」

 そんな彼は、持参した包みをカウンター上に置くと、調味料らしき粉が入った瓶を私に見せた。

 何でも、砂漠の商人から購入した香辛料だとか……。

 瓶の口を開けて『ターメリック』とかいう黄色い粉の匂いを嗅がせてもらったが、なかなかに刺激的な香りだ。

「これは……カレーってやつですかね? こんな色と香りのスパイスを使った料理があると聞いたことがあるっす」

 どうやら、ジョセフはこのターメリックを使った料理を知っているようだ。

 思いがけないところからの知識に、私は少し彼を見直した。

 お調子者で時折信じられないミスをするポンコツなのは事実だが……。

 そんなことを考えていると、グレイ氏は各種スパイスの入った箱を私たちの前に押し出し、口を開いた。

「このスパイスで、新しいパンを作ってもらいたい。もちろん、庶民も手に取れる価格の品を……。完成すれば、この店の看板商品になり得ますし、長期的な大商いになるでしょう。香辛料の仕入れルートの整備には俺も協力します。何ならマジョラムの実家……そこの『ラッキーフーズ』にも一枚噛んでもらう。どうです?」

「ええっ!? いや、そんな……いきなり言われても……」

 私は思わず首を横に振った。

 彼のような大物にいきなり仕事を言いつけられて二つ返事で引き受ける度胸が無かったのもそうだが、この香辛料をどうやって使えばいいか見当がつかなかったのだ。

 当然ながら、私もジョセフもカレーの作り方などわからない。

「カレーってのは、この香辛料を使って肉や野菜を煮込んだスープっぽい料理です。一応、カレー粉のレシピもお渡ししますので、プロのあなたがたならどうにかなるでしょう」

「いや、我々はパン職人であって料理人ではないので……今の状態ですと、ご期待に沿えることは難しいかと……」

 そう伝えると、グレイは途端に不機嫌な表情になった。

 しまった、対応を間違えたか?

 正直、冷や汗が止まらない。

 彼は喋り方こそ理知的で教養があるビジネスマンのようだが、その体格と眼光にはどこか底知れない威圧感がある。

 何より、彼はビークルバトルトーナメントのチャンピオン、荒くれビークル乗りの頂点に君臨する存在だ。

 下手なことを言おうものなら、この店ごと吹き飛ばされかねない。

「(ゲームなら、ターメリックを売るだけで次の日には『カレーパン』が店に並んでいたのに……めんどくせぇ。ただでさえ、結婚式の準備で忙しいってのに、何で俺がここまでしなきゃならないんだ! 俺はカレーパンをいつでも買えるようにしたいだけなのにな……)」

 しばらく独り言を呟いて思案していたグレイ氏だったが、やがて彼は顔を上げると我々に向き直り口を開いた。

「仕方ない。……次の休日、付き合ってもらえます? カレーをご馳走しますよ。他の面子の予定も聞かなければならないので、空いている日を教えてください。こちらで調整します」

「あ、え……」

「そりゃいいっすね! 店長、あのチャンピオンにご馳走してもらえるなんて、こんな名誉なことは無いっすよ」

 結局、私はグレイの提案を断りきれず、彼の招待を受けることとなってしまった。

 

 

 数日後、私とジョセフはグレイ氏に言われた通り、同じ商店街の宿屋ロブスター亭に足を運んだ。

 香辛料のいい匂いが立ち込める食堂には、宿の主人ダスティンとバーテンのクリスの姿が見える。

 宿泊客のためにバゲットの大量注文を出してくれる彼らも、うちの大切なお得意様だ。

「やあ、パン屋のご主人にジョセフも。聞いたよ、新しいパンを作るための食事会……いや、会議だって? 楽しみだねぇ」

「普段、料理を出す側の我々がご馳走になる側というのも妙なものだが……あぁ、適当に掛けてくれ。今、飲み物を用意するから」

 どうやら、厨房で料理をしているのはグレイ氏本人のようだ。

 食器の用意などでロブスター亭の面々の手を借りているらしいが、まさか彼自身がカレーを作って振る舞うとは……てっきり、料理人にレシピを伝え作らせるものだと思っていた。

 さらに、ネフロベーカリーの店主まで来ている。

 地方のパン屋が何の用だと思う気持ちもあり、私は若干上から目線で彼に声を掛けた。

「これはこれは……遥々ネフロからいらっしゃるとは……遠かったでしょう?」

「ああ、これはどうも。グレイさんから、旅費は出してやるから是非参加しろと誘われましてな」

 遠回しな嫌味を柳に風と受け流された私は、思わず顔が強張るのを止められなかった。

 田舎者のくせに生意気な……。

 だが、私が口を開く直前、厨房の方からグレイ氏がひょっこりと顔を出した。

「俺としては、地元に近いネフロの方こそカレーパンを発売してもらいたいんですがね」

 そうか、グレイ氏はネフロのビークルバトラーだ。

 住んでいるのも、ネフロにほど近いピジョン牧場。

 そういう意味では、私たちよりもネフロベーカリーとの縁が深いわけか……。

 少々癪だが、下手なことは言わない方がいいな。

「さて、何はともあれ試食を始めましょうか。」

 そう言うと、グレイ氏はダスティンとクリスに手伝わせ、我々のもとに数枚ずつのスープ皿を配った。

 中身を見てみると、深皿を満たすのは茶色や黄色や赤色が混じったとろみのあるスープで野菜や肉が煮込まれた料理。

 なるほど、これがカレーというものか。

「おお! チャンピオン直々に……光栄っす!」

「その呼び方はやめてくれ……」

 喧しいジョセフを尻目に、私は既に目の前の香しい匂いを発する料理に意識を奪われていた。

 

 

 一通り試食会が終わり、私はスプーンを置くと思わず満足げなため息をついた。

 グレイ氏が用意したカレーという料理は、どれも非常に美味だった。

 鳥肉を使った甘みのある赤いバターチキンカレーに、野菜がゴロゴロ入ったポークカレー、ホロホロに煮込んだ牛肉の旨味が凝縮されたビーフカレーに、スパイスを強めに効かした少し癖のあるマトンカレー……。

 一つ一つ、辛さも味わいも違い、香りも微妙に異なるのに、全てカレーというカテゴリーに入ると聞けばそれもまた説得力がある。

 驚くべきは、砂漠地方の料理という一言では収まらない、スパイスの魅力を確立しながら素材の味を引き出しているその完成度だろう。

 もちろん、肉や野菜の旨味が溶け出し凝縮したスープ?ルー?はパンにもよく合う。

 さすがは稀代の天才ナツメッグ博士の右腕と言われる人物といったところか。

 そんな具合に私が感心していると、グレイ氏は我々を見回して口を開いた。

「さて……とりあえず、カレーってのがどういう料理か大枠は掴んでもらえたと思いますが……」

 これだけ高度に完成した料理を出されて、大枠も何も無いと思うが……。

 そんな私の内心に構わず、グレイ氏は言葉を続けた。

「見ての通り、カレーの味や作り方に厳密な決まりはない。もちろん、元々は定義があったのかもしれないが……我々の手に入る食材で似たような料理を作るとなると、そのバリエーションは無限大です。スパイスの配合だけでなく、肉の種類や野菜との組み合わせにルーの粘度まで。さらには、宿や飲食店でスープや一品料理として出すか、パンに応用するか……」

 言われてみれば、確かにその通りだ。

 このスパイスの配合や味付けだけでも、あらゆる料理に応用できる。

 まだ見ぬ新作パンの構想に頭を巡らせていると、グレイ氏は私とネフロベーカリーの店主の方へ向き直った。

「パンに何かを挟むとか、汁物に浸して食べるとか、そういうのはどこの家庭でも普通にできる料理です。皆さんには、専用の窯や大規模な調理設備を持っているからこそできる、相応のプロの技の詰まった商品を作ってもらいたい。そのためには、カレー自体もルーを改良して煮詰るなど、少し違う形で作り上げる必要もあるでしょう」

 確かに、プロとして恥ずかしくないレベルのカレーを作るというのは、しかも惣菜パンに活かす方法を編み出すとなれば、その道のりは途方もないものとなるだろう。

 だが、私はこの事実に一種の高揚感すら覚えていた。

 初めて味わう素晴らしい料理に創作意欲が刺激されたことはもとより、彼の言う通り、うちの店にしかできないカレーパンを作り出せば、確実に目玉商品となる。

 そうなれば、当然ながらうちの売り上げも……。

「まあ、これ以上俺が先入観を与えてもアレなんで、あとは皆さんにお任せしますよ。ああ、今日の各カレーのレシピは全部教えますんで、メモを持って行ってください。それじゃ」

 そんなことを考えていると、話を締めくくったグレイ氏は皿を片付け始めた。

 今日の話はこれで終わりのようだ。

 あとは……我々次第か。

 私はジョセフと軽く頷き合うと、グレイ氏とロブスター亭の面々それにネフロベーカリーの店主に一声かけ帰路に就いた。

 早速、試作を始めなければ……。

 帰り際、ロブスター亭の厨房の方から微かに緊張した声が聞こえる。

「(グレイ、あの黄色い粉のレシピは我々も貰えるのだろうね?)」

「(場所と設備を提供した代わりってんじゃないけど……我々の仲じゃないか)」

「(カレー味のテルミドールでも出すので?)」

 どうやら、我々ベーカリー業界のみならずカレーブームが訪れそうだ。

 

 

 後日、ようやく完成したカレーパンを前に、私は大きく息をついた。

 ここに至るまで、本当に長かった……。

 グレイ氏に教えてもらったカレーはどれも素晴らしい料理だが、そのままのレシピではうちの店で使えない。

 まず、水気が多すぎる。

 パンの上に乗せることもできなければ、挟むこともできない。

 皿状に成型したパンに注ぎ込むことも考えたが、客がその場で食べるのではなく持ち帰ることを考えると、零れる可能性がある形状は却下だ。

 確実なのは、カレーの粘度を高め硬さを増す方法。

 しかし、下手に煮詰めると焦げつき苦みが増してしまうし、ルーに小麦粉を入れ過ぎればせっかくの濃厚な香りと旨みの凝縮した味わいが台無しになってしまう。

 この匙加減が大変だった。

 そして、数十回に渡る試行錯誤の後、ついにちょうどいい固さのルーを詰め込み焼き上げたカレーパンが完成した。

 しかし、ここでまた思いもよらぬトラブルが発生する。

「ジョセフ!! な、何をやってるんだー?」

「え?」

 翌朝、ついにカレーパンが初めて店頭に並ぶ日。

 ドーナツ用のフライヤーを見ると、そこには軽やかな音を立てながらプカプカと油に浮かぶ、褐色に染まったカレーパンが……。

 何と、ジョセフがカレーパンをドーナツと間違えて、油で揚げてしまったのだ!

 こんなものを15個も量産してしまうなんて……。

 当然、客に売ることなどできないが、捨てるのは勿体ないし、我々の賄いにするにもこれを食うのは……。

「こんちは~。……あれ。何だか、慌ただしいみたいだけど……一体、どうしたんです?」

「ああ、君か。ちょっと、厨房で手違いが……いや、何でもない。それより、ご注文は?」

 ちょうど、黄色いシャツを着た恰幅のいい常連の少年が店を訪れたところだった。

 近所の人間に店の不手際を知られるのは恥ずかしく、つい誤魔化してしまった。

 しかし、彼の注文に応えてバゲットを包んでいると、ふと名案が思い浮かぶ。

「こいつはおまけだ。試作品だが、よかったら食べてみてくれ」

「うわぁ! ありがとうございます! 凄くいい匂いですね」

 私が余分に包んだ揚げカレーパンをプレゼントすると、少年は明るい表情で喜んだ。

 廃棄品を押し付けたようで悪いが、彼なら食べ物について悪いことは言わないし、試作品ということにすれば面目も保つ。

 だが、そんな私の考えとは裏腹に、少年は店先で揚げカレーパンにもかぶりつくと満面の笑みを浮かべていた。

 もしや、本当に……。

 そう思い、私とジョセフは揚げカレーパンを口に運び一口齧るが……何と言うことだ!

 くどそうな見た目に反して、信じられないほど美味い。

 ケガの功名とはまさにこのこと。

 私は急いで残りのカレーパンを油で揚げるように指示し、店の陳列棚の一番目立つ場所にカレーパンを並べた。

 結果は、当然ながら完売。

 評判は口コミで広まり、うちのカレーパンを求めて一時は店先に長蛇の列ができたほどだ。

 もちろん、売り上げも大きく伸ばすことに成功した。

 ジョセフには特別ボーナスをやらないとな。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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