steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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136話 魅惑のスパイス 後編

 

「お前たち、ちょっと出ていなさい」

「はっ、失礼します」

 ドン・スミスが穏やかながら威厳のある声で命じると、彼の部下たちは一礼して部屋を退出し始める。

 孫娘のクラリスとボディーガードのキャラウェイも、特に戸惑ったりすることは無く俺にも礼をして踵を返した。

 そして……若干バツが悪そうに俺へ軽く頭を下げる、白スーツの厳つい男が一名。

 顔見知りとはいえ、他人とボスを二人っきりにするとは……まあ、信用の証と思っておこう。

 俺は目礼を返し彼らが部屋から退出するのを見送ると、ドン・スミスへ向き直った。

「ジェイクを釈放したのか?」

「奴は騙されていた」

「ほう?」

「イズメラルダという女だ」

 それだけ言うと、ドン・スミスはやれやれとでも言いたげに首を振ってため息をつき、俺に向き直る。

「知らんか?」

「ああ、心当たりは無いと思う」

「計画を立てたのはその女だ。私がジェイクを冷遇していると吹き込み、金を奪って二人で逃げようなどと唆したらしい。まあ、当の女はジェイクと添い遂げるつもりなど毛頭無かったようだがな」

 何の話かといえば、例の八百長からのドン・スミス暗殺未遂事件だ。

 ジェイクがビークルバトルの賭けを通じてドン・スミスを出し抜こうとした結果、警察まで介入する事態となり、剰えその混乱は敵対組織によるドン・スミス暗殺計画に利用された。

 聞けば、ジェイクがこの暴挙に及んだ背景は、ドン・スミスがジェイクとその女の関係を認めなかったことに端を発しているとか何とか……。

 もちろん、ジェイクにとって暗殺計画は予想外だったようだが、彼は一連の出来事の責任を追及されファミリーの若頭の地位を追われた。

 イズメラルダ自身は、八百長事件が表沙汰になりジェイクの失敗を知ったときには、さっさと逃げ出す準備を整えていたらしい。

 まあ、端的に言って、金目的でジェイクに近づいたということだな。

 ファミリーの追手が彼女を確保したときには、既にジェイクの持ち物が根こそぎ売り払われた後だったと……。

「だから、あれほどやめとけと言ったのだが……当時のジェイクには何ら響くところが無かったようだ」

「あ~、その女ってのは……敵対組織の息が掛かった奴だったのか?」

「いや、口だけは達者というか、大風呂敷を広げるというか……私の印象ではそんなところだな」

「なるほど……」

 どうやら、ドン・スミス暗殺に関しては完全にジェイクの部下のチンピラの独断専行だったらしい。

 ケチなコソ泥女の計略に乗せられファミリーを裏切ったジェイクの軽率さはもとより、それが部下の離反とボスの暗殺計画に至るとはな……。

「皆がみんな、アホに振り回されただけってことか」

「そうだな」

「それで危うく撃たれるところだったとか……やってらんねぇな」

「ああ、まったくだ」

 迷惑な話だ。

 これだからマフィアってやつは……。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、ドン・スミスはやや疲れた様子で口を開いた。

「一杯、付き合わんか?」

「……喜んで」

 ドン・スミスの合図で姿を現したバーテンは、俺たちの前にルビー色のワインが満たされたグラスをサーヴした。

 香りだけでも、そこらの安酒とは一線を画す代物であることがわかる。

「こちらはジェイクさんからです」

「……ジェイクの?」

 俺は思わずバーテンに聞き返した。

 彼に奢られる意味が分からず、俺はドン・スミスへ疑問の視線を向けるが……。

「私を襲撃者から救ったのはお前だからな。それについては感謝しているらしい」

「なるほど……」

 どうやら、俺がヒットマンを仕留めたことへの礼だそうだ。

 そういう意味では、ジェイクのドン・スミスへの忠誠心は本物か。

 しかし……悪いのが女とはいえ、事件の首謀者で若頭という責任ある立場にあるジェイクをよく許したな。

 原作よりも大事になったので、最早ジェイクには粛清される道しか残されていないと思っていた。

 まあ、そういう器の広さこそ、ドン・スミスがボスであり続ける理由か。

 ジェイクも完全に元の鞘とはいかないが、ドン・スミスが彼を許しファミリーに復帰させたことで、今では酒浸りだった生活からもどうにか脱し、彼は心を入れ替えて仕事に励んでいるらしい。

 まあ、何はともあれ、丸く収まってよかったな。

 俺としては、恨まれていないだけでも上々だ。

 

 

「ところで……」

「ん?」

「さっきから、その強い匂いを放っている袋は何だ? 嫌がらせか?」

「おっと! 忘れてた……」

 俺はドン・スミスの示した紙袋を手に取り、中身を取り出した。

 中年のバーテンに皿を出してもらい、褐色に染まったカレーパンを一つドン・スミスの前に差し出す。

「もう冷めちまったかもしれんが……最近、ハッピーガーランドで流行ってる食べ物だ。イチオシはこのパン屋で買えるカレーパンだが、似たような料理は宿なんかでも出し始めたな。一部では、軽くブームみたいになってるぞ」

「ほう……珍しい香辛料をふんだんに使っているようだな。これだけのものを都会で庶民が手に取れる値で売るとは……なるほど、お前が何やら根回しをしたわけか」

「ああ、砂漠の方で出回っている品だからな。そこら辺には……聞くも涙、語るも涙の話があるわけよ。……知りたい?」

 ドン・スミスは些か面倒くさそうに表情を消したが、俺は構わず話し始めた。

 

 

 

 

 ハッピーガーランドでカレーパンが発売されてからしばらく後。

 俺は急遽呼び出したデルロッチ貿易の社長デルセンを前に、血相を変えていた。

「何っ!? 香辛料の高騰が止まらないだと?」

「は、はいぃぃぃ! 完全に品薄状態で、価格だけがどんどん上がっていますぅ!」

 ハッピーガーランドとネフロでカレーパンを発売するにあたり、俺はデルロッチ貿易に香辛料の仕入れと卸売りを委任していた。

 仕入れ資金は俺持ちで、利益の取り分はデルロッチ貿易が半分以上。

 デルセンにしてみれば、降って湧いた幸運だろう。

 戦争や復興の特需で成長したとはいえ、彼の会社では到底無理な規模の大商いだ。

 何より、俺が金を出しているので、仕入れコストを持ち出す必要が無く、仮に失敗しても彼の懐は痛まない。

 利益総取りではないとはいえ、お使いレベルの商取引の代理には過ぎた報酬である。

 逆に俺としては、香辛料の仲買ごときで継続的にデカい額を儲けようなどとは考えていないので、ちょっとした小遣い稼ぎ程度の認識だった。

 カレーパンの流行りに始まり宿やレストランから香辛料の需要が増えたところで、供給が追い付けば徐々に値段は落ち着いてくるし、いずれはブームも終わる。

 元より、香辛料の過度な価格高騰によるカレーの高級化を防ぐために、予め俺が一定量を確保して卸し、ほどほどの利益に抑えようとしていた側面もある。

 それが、『ハッピーベーカリー』の主人やマジョラムの実家『ラッキーフーズ』から話を聞いて来てみれば、この有様だ。

 俺は委縮するデルセンと彼の差し出した書類を交互に睨みつけた。

 俺は商人ではないので普段の香辛料の生産量や輸入額などわからないが、取引量が加速度的に下がっていることくらいは読み取れる。

「何でこんなに供給量が減ってるんだ?」

「ど、どうやら買い占めを行った輩が居るみたいでして……その……収穫時期が先の農家のものまで……」

 先物取引に近い手法か。

 そういえば、昔似たような例で、収穫予定の穀物を予約するなんて話があったな。

 不作の年に予約権が高額の仮想通貨みたく飛び交い、いざ収穫期を迎えてみれば稀に見る豊作で、商人たちは大損をこいたって結末だ。

「そういう奴も出るとは思っていたが……」

 そこまで言って、俺はある可能性に思い至り、デルセンに向き直った。

「デルセン、お前もやったのか?」

「わ、私は……そんな、価格が暴騰するほどは……」

 思わず、敬称も敬語も吹っ飛ぶほど言葉が荒くなるが、殴らないだけ上等だろう。

 どうやら、デルセンは俺が任せた仕入れ代行では飽き足らず、自分でもポケットマネーを持ち出して香辛料の買い占めを行ったらしい。

「で、何で在庫が放出されないんだよ? お前のとこで現物を確保しておくように言ったはずだろ」

「それが……」

 聞けば、デルセンのキャラバンが盗賊に襲われたとのこと。

 香辛料を輸送する編隊を組んでいたところを急襲され、まるっと……。

 欲張りすぎて、ビークルの機動力を落としたうえに目立つ編隊を狙われ、肝心の商品を根こそぎ奪われたわけか。

 呆れてものも言えんな……。

「デザートホーネット団か?」

「いえ、どうやらブラッディマンティスだそうです」

 不用意な買い占めによる香辛料の予想以上の高騰。

 当然ながら、盗賊は美味しい獲物と見なし、香辛料の輸送ビークルを狙い集まる。

 価格調整の意味も兼ねて俺が確保していた品物は、今やクソッタレの手の中。

 最悪だ。

 さらに厄介なのは、相手がブラッディマンティスの残党という点だろう。

 上層部の壊滅で散り散りになったロクデナシどもは、手を変え場所を変え略奪に勤しんでいる。

 統率が取れていない寄せ集めは、個別の対処こそ楽な傾向にあるが、一網打尽にできない点ではある意味で手ごわい相手だ。

「で、お前は自分が被害に遭って目論見が外れたから、俺を頼ってきたわけか。自分のキャラバンが無事だったら、高騰も放置する気だったろ?」

「そ、そのようなことは、決して……」

 どうやら図星のようだ。

 ケチな小悪党そのままだな。

 

 

 結果的に、香辛料の高騰は数週間で落ち着いた。

 物資の価格暴騰と略奪に関しては、ガーランド警察のファーガスンも治安の悪化とブラッディマンティスの勢いが回復することを懸念しており、俺たちは再び残党狩りへ繰り出すこととなった。

 案の定、これを機にブラッディマンティスを再興しようとする勢力も現れ始め、彼らは数か月前の一斉討伐のときに勝るとも劣らない激しさで抵抗したわけだが、数の暴力の前にはどうしようもない。

 闇ルートで売買するための倉庫を摘発した際は、警察ビークル隊にも死人が出る規模の戦闘となったが、無事に制圧された。

 そして、肝心の香辛料の供給はといえば、押収品を俺が一手に引き受け輸送ビークルを大量に雇い割り振ることで、どうにか出回り始めたわけだ。

 転売禁止の契約書まで作って卸売りを続けるという、かなりの力技だ。

 当初の慈善事業まがいの予定より利益は出たが、あまり続けると商人に恨まれるし、こんなことにいつまでも関わっているわけにはいかない。

 正直、この件からはさっさと手を引きたいが……まあ、次の香辛料の収穫と販売が正規のルートで始まるまでの我慢だ。

 願わくは、俺の手を離れても街でカレーパンが買える状況が維持されることだが……まあ、卸先のパン屋たちは職人なので、騙されたりしない限り問題は起こさないだろう。

 一方、今回の仕事で大損をこいたデルセンはといえば……。

「あのぅ……一つ、ご提案が……」

「ほう?」

「何と言いますか、販売ルートに関してですね、はい……今回の高騰の影響を受けているのは主にハッピーガーランド方面ですありまして……」

「それで?」

「えっとですね……利益率を鑑みると、今後しばらくはネフロへの供給を一時中止して、主にハッピーガーランドへの卸しを優先したいと……ダメでしょうか?」

 ダメに決まってるだろ、この野郎!

 デルセンは必死に価格高騰を狙っているわけではないと弁明するが、大方物価の高い都会で自分の持ち分を売り捌きたいってところだろう。

 まあ、商人からすれば、安く仕入れて高く売るのが当たり前、少ない労力や回数で高級品をガツンと売って儲けたいと考えるはずだ。

 そう思う気持ちはわかる。

 だが、今回は商人が要らん欲をかいたせいで、俺も執行機関も迷惑しているのだ。

 それも、需要に対して供給を絞るという、完全に中間搾取の割合を膨らますやり方で利益を上げる、誰も得をしないやり方だ。

 百歩譲って、儲けた金で何か皆の利益になる事業でもやろうというなら別だが、こいつらにそんな崇高な目的などあるはずもない。

 贅沢に飲み食いして、ギャンブルまがいの投資をして終わりだ。

「この事業の意義は、新たな食文化の確立と経済効果。庶民が手に取れる価格で日常的な食事に根付く品を供給し、盛り立てていくことに意味がある。取引の量が多いだけに、お前たちにも十分利益になっていると思うが?」

「うぅ……」

 徹底的に撃破されたキャラバンビークルの修理費で赤字とはいえ、彼には高騰の前と同じ量の香辛料の販売を任せている。

 俺の優しさに感謝してほしいくらいなのに、大袈裟な野郎だ。

 

 

 

 

「――ってなわけで、俺としては外国からの香辛料の輸入とハッピーガーランド・ネフロ方面への輸送を強化したいわけさ。またケチな商人が妙なことをし始めないようにするには、仕入先をいくつも持つに限るからな」

「なるほど、香辛料の高騰と彼奴らが勢いづいた背景には、やはりお前の存在があったわけか」

 そう言われると、俺が元凶で面倒事が起こったような表現にムカつくが反論はできんな。

 まったく、どうして自分の結婚式の直前にああいう面倒事に巻き込まれる羽目になるのか……。

 ドン・スミスの嫌味を意図的に無視して、俺は言葉を続けた。

「ガラガラ砂漠周辺とまったく同じものは手に入らないかもしれないが、それならそれで好都合。寧ろ、舶来品なら高級品を代替できる可能性があるからな。そちらのルートでも早めに売り始めてくれると助かる」

「いいだろう。香辛料の貿易はこの街にとっても利益になる話だ」

 そうして、スームスームでも香辛料の輸入と販売が始まった。

 舶来品と海産物がこの街ならではのカレーが生まれる日も近い……かもしれない。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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