steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「いらっしゃい」
「……どうも」
ハッピーガーランドの東地区に店を構える『ファッション・キドリ屋』。
この大都会の商店街でナンバーワンの呼び声も高い老舗のブティックに、俺は訪れていた。
もちろん、新しいスーツを仕立てに来たわけでも、マルガリータにお土産を買いに来たわけでもない。
店主の挨拶を適当に流した俺は、そのまま真っ直ぐ店の奥の試着室に向かった。
……少し前までは清掃中や故障中の張り紙などで人を遠ざけていたが、今は堂々としかし微妙に隠れ家っぽく『バー・ブラッディマンティスはこちら』と掲示が出ている。
「…………」
ふと店主の方を見ると、わざとらしく視線を逸らしながらも、ソワソワと試着室の前の俺を気にしている。
以前、ここがブラッディマンティスのアジトへの入口だった時代も、この店は普通に存在していた。
当然ながら、店主も地下の事実を知っていた。
彼女がブラッディマンティスと金銭的な利害関係にあったのか、それとも脅されて口を噤んでいたのかは知らないが……まあ、今となってはどうでもいいことだな。
試着室の隠し扉から梯子を下りた俺は、そのまま地下道を進み突き当りのドアを開いた。
店内に足を踏み入れると、薄暗いホールにはビリヤード台が並び、店内の片隅に設置された小さなカウンターが目に入る。
ここが元ブラッディマンティスのアジトにして、現在の『バー・ブラッディマンティス』の姿だ。
悪名を逆手に取った観光スポットとして密かな人気を獲得しつつある店だが、その雰囲気は評判以上に独特だ。
メインホールはバーカウンターの規模に見合わない広さで、テーブル席に座る客のほとんどは鋭い眼光を持つ強面の男たち。
一部の人間が見れば、テーブルの男たちが
客を装い寛いだ姿勢をカムフラージュしながらも捜査員が目を離さないカウンターの奥に居るのは、色合いは地味ながら高そうなスーツに身を包み片眼鏡を掛けた強面の男だ。
表向きはこの店のマスターだが、彼こそ元ブラッディマンティスの参謀にして当局の監視対象コンフリーである。
「……いらっしゃい」
俺がカウンター席に座ると、コンフリーは僅かに顔を顰め、そして何かを諦めたような表情で心の籠らない歓迎の言葉を掛けてきた。
何故、彼がここに居るのかといえば、理由は簡単だ。
ホトトギスの森で俺に敗れたコンフリーは、爆撃の後ハッピーガーランドから逃走を図ろうとしたところで捜索の網に掛かり、そのままお縄となった。
今のコンフリーは司法取引で実刑こそ免れたものの、24時間フルで監視が付けられた状態でこのバーのマスターとして働き、行動は逐一記録され接触した人間の素性は徹底的に洗い出される。
地上の『ファッション・キドリ屋』も常にどこからか当局に監視されている。
要は、元幹部であるコンフリーを囮にして、彼を頼る元ブラッディマンティス構成員のデータや関連する犯罪組織の情報を収集するのに利用しているわけだ。
いわば、警察の飼い殺しである。
「……全て、あなたの計画通りですか?」
俺が注文したウイスキーの水割りサーブしながら、コンフリーは苦々しい表情で問いかけてきた。
目の奥で俺を睨みつつも、滑らかな動作でグラスを押し出してくるあたり、マスターぶりも随分と板についてきたようだが……惜しいな。
氷が細かすぎる。
これじゃあ水割りではなくミストだ。
曲がりなりにも高級路線のバーで売っている以上、こんな雑に薄めた酒を出したら客はキレるだろうに……俺へだけの嫌がらせかな?
普段なら、コンフリーが相手ともなればネチネチと文句を付けてやりたいところだが……俺は黙ってグラスを傾けつつ答えた。
「まさか。ただのジャックポットさ」
はっきり言って、コンフリーを生け捕りにできたのは、幸運というかほぼ偶然の産物だ。
確かに、ファーガスンには事前に参謀コンフリーの存在を伝えていた。
警察は早い段階からコンフリーの動向を探り、彼の立ち回りに注視していたが……まさかそれだけで上手くいくとは思っていなかった。
正直、ホトトギスの森の戦闘現場からコンフリーの遺体が見つからなかったと聞いたときは、間違いなく逃げられたと思った。
爆撃の後、彼がハッピーガーランド付近に潜伏していたところから逃走途中で捕まえられたのは、本当に運が良かったとしか言いようがない。
「だが、それ以上にお前が間抜けだったということだな。いつも高みの見物の参謀閣下が、俺と直接やり合って負傷して、まともに動けなかったとは……」
「まったくもって、その通りですね」
「そう拗ねるなよ。今やお前は当局の協力者。この場所や監視が証人保護の側面も持っている以上、もしもガーランド警察の影響圏を外れた場合、お前に待っているのは……最早、言うまでもないな。律儀な死刑執行人ってのは、どこにでも居るものだろう」
「……一部の協力者を通じて、私が逃げるとは思わないので?」
「それが無理なのは証明されただろ? 確か、この前の香辛料の高騰とお前の元お仲間の起こした騒ぎに乗じて、逃走計画を練っていたらしいじゃないか。お前にしてはお粗末な計画だが、焦っていたにしろ何にしろ、刑期が伸びたのは確実だな」
「…………」
「ま、へそくりを持ち出して国外逃亡する計画は頓挫したかもしれないが、今やお前さんも立派なカタギだ。安全なネグラと緩い職場が確保されている以上、捉え方によっては犯罪組織の幹部よりいい生活かもしれないぜ」
俺は黙りこくるコンフリーへの煽りを適当に切り上げると、グラスを傾けて薄い酒を飲んだ。
地下から世界を支配しようとした男が、今は地下に囚われ外に出ることも叶わない……こいつには散々煮え湯を飲まされたが、結末は皮肉なものだ。
俺がグラスの中身が半分ほど消費したところで、バーの入口の扉が開いた。
店内を見回したサングラスの男はカウンターに俺の姿を見つけると、若干気取った所作で手を挙げた。
「おう、待たせたな」
「いや、俺もちょっと前に来たところだ」
現れたのはフェンネルだ。
まるでデートの待ち合わせのようなやり取りになってしまったが……今日俺がここに来たのはフェンネルと話をするためでもあるのだ。
俺はコンフリーに注文を告げたフェンネルを席へ促すと、自分もグラスを持ってボックス席の方へ移動した。
「最近、どうだ? トロット楽団の方は……」
「端的に言って、ほぼ休業状態だな。バニラが外国に行っちまって以来、残ったメンバーで何度か軽いパフォーマンスはしたが……正直なところ、今はロクに活動できていない」
「そうか……」
他愛のない話ながら、話を振ったフェンネルの方が些か難しい表情で顔を伏せてしまった。
今さら気を遣い合う間柄でもないので俺も率直に話すが、近況を思い返せばやはり俺たちの周りではネガティブな出来事が多い。
「あいつら、全然集まらねぇのか?」
「ああ、マジョラムは声を掛けているが、バジルはフラフラしているしコニーもあまり顔を見せなくなった。それに……セイボリーはもう居ない」
「…………」
ダンディリオンとセイボリーを失い、皆が未だに喪失感から逃れられない。
皆それぞれ想いを噛み締め、忘れようと努め、はたまた現実逃避し……同じ哀しみを共有しているだけに、俺もマジョラムも厳しいことは言えない。
そうして、トロット楽団は徐々にバラバラになりつつあった。
「確か……フェンネルも含めて最後に全員が集まったのは、俺の結婚式だったな」
「そういえば、そうかもしれねぇな」
「あれからコニーには会ったか?」
「ああ、少し前にゴールドーンでな。ローズマリーの家で顔を合わせた」
この件は初耳だったので、俺は若干前のめりの姿勢でフェンネルに問いかけた。
「どうだった? 彼女の様子は?」
「いつにも増して、明るい笑顔だったぜ」
「そうか……そいつぁ、ちょいと心配だな」
「同感だ……」
彼女がチコリの件を引き摺り無理に明るく振る舞っていたことは、俺もフェンネルもよく知っている。
だからこそ、コニーに関しては接し方に多少の差こそあれ、同じような見方になってしまう。
もちろん、彼女もそこまで心配されるほど子供ではないかもしれないが……フェンネルにとってはずっと妹分のような存在だったこともあり、長らくゲームのキャラとして彼女を見てきた俺は言わずもがなだ。
そうなると、やはりコニーにはバニラの存在が必要だという結論に達する。
バニラが傍に居ない今、俺たちがコニーにしてやれることは少ない。
そう考えると……今はまだ、楽団メンバーがお互い距離を置く期間でもいいのかもしれないな。
マジョラムは楽団から少し離れて家業に戻り、コニーはバニラとの再会を夢見てローズマリーとのんびり過ごし、バジルは傷心旅行も兼ねてフラフラして……そうして頭を冷やせばいい。
それだけで縁が切れて離散してしまうほど、俺たちの絆は脆くない。
「ところで……そっちの方は順調らしいじゃないか? 『ブルーサンダース』の公演スケジュールは全盛期のトロット楽団並みの忙しさだろ?」
「いや……まだそこまでじぇねぇさ」
俺は沈んだ空気を払拭するため話題を変えたが、フェンネルは頭を振った。
彼は謙遜するタイプではないので、返答の中身は単純な事実であろうが……何やら言い淀んでいる様子だ。
「……どうした?」
しばしの沈黙の後、フェンネルは顔を上げて口を開いた。
「今だから言うがな……俺がトロット楽団を抜ける決心をできたのは……グレイ、お前の存在があったからだ?」
「え? 俺の?」
思いがけない一言に、俺は思わず間抜けな表情で驚愕した。
「もちろん、他人の存在一つで左右するほど、俺の意志が薄弱だったわけじゃねぇ。そこは勘違いするなよ」
「ああ……」
確かに、原作でもフェンネルはトロット楽団を脱退し自分のバンドを立ち上げる。
それを思えば、どちらにせよ彼の離脱は避けられない運命だろう。
「お前と出会う前から、俺のやりたい音楽を実現するには、今のままの環境じゃダメだと思ってた。だが、ちょうどあの頃は……リーダーのダンディリオンも駆け出しで苦労してて、チコリはガーランド大学で周りと上手くやれなくて……その矢先にあの駅前の件だ。あの時のコニーたちの様子は……。とにかく、どこかで俺が面倒を見てやらないといけない気分になってた。大して役に立ってもいねぇのに、結局はズルズルとな……」
フェンネルが新しい音楽を模索していたのは、チコリの死亡事故が起きる前からということか。
単純に計算して、五年以上はそうしたモヤモヤを抱えながらトロット楽団のギタリストを務めていたことになる。
彼の音楽に対する一途な情熱を思えば、あまりにも長い足踏みだ。
「それはやはり……ローズマリーさんやナツメッグ博士への恩義で?」
「そうかもしれねぇな。ローズマリーは何の身寄りもない汚ぇガキだった俺にギターを教えてくれた。ナツメッグ博士にダンディリオン……トロット楽団の奴らに引き合わせてくれた。ナツメッグ博士も俺にビークルを譲り、生きる術を教えてくれた。その恩を忘れたことは一度たりとも無ぇ。だから、全く恩を返せない自分に、何もできない自分に余計イライラしてたんだと思う」
正直、フェンネルの口からこういう話が聞けるとは思ってもみなかった。
女々しい後悔や過去の振り返り方はしない奴だと思っていたが……何だかんだ、フェンネルは面倒見のいい奴だ。
厚い人情と音楽への情熱を併せ持つが故に、彼の中では激しい葛藤があったことだろう。
トロット楽団の脱退やコニーたちと距離を置くことは、門出や挑戦であると同時に仲間を裏切ったような気分にもなり、だからこそ自分を追い詰め後に引けなくなった。
そういう意味では、自分勝手になれない分、フェンネルは人並み以上に気苦労をしているということだ。
禿げないか心配だな。
「だから、何つうか……お前がトロット楽団に加入したのは、ちょうどいい機会だったのさ。お前みたいな先を見越して動ける、しかも面倒見のいい男が来てくれて……」
フェンネルは若干自嘲するように鼻を鳴らしたが、それも彼が見た目以上に気配りのできる性格ゆえだろう。
まあ、俺にしてみれば当初の予定通りなわけで、フェンネルの行動には特に悪感情を抱いてもいない。
寧ろ、都合よく彼の思考を誘導した気がする分、若干気が引ける思いだ。
それに……。
「『ブルーサンダース』の活躍は喜ばしいことだ。俺もエレキギターやアンプ類の開発に関わっている以上、フェンネルたちの名が売れればこっちにも利益があるからな」
「そうか……」
「ナツメッグ博士も喜んでいるさ」
「……だといいがな」
そう言うと、フェンネルはクイッとグラスを傾け、ウイスキーのオンザロックを飲み下した。
ハードボイルドが絵になる男だ……。
そうして、俺がグラスの中身を干したところで、もう一人の待ち合わせメンバーが現れた。
「ジョージ、こっちだ」
「お! グレイさん。フェンネルも、もう来てたのか」
俺は自分のおかわりと一緒にジョージの分の飲み物も注文し、彼を席へ促す。
シティーモーターズの整備工であるジョージは、俺が研究費を出してエレキギターの開発を任せている男だ。
彼は早速とばかりにケースの中身を出して俺たちに見せた。
「見てくれ。新型のオーディオ専用ケーブル『シールド』だ。グレイさんの言う通り、高音を伝達する回路を長めにして、高音域と低音域の伝達時間を揃え、太いサウンドを出せるように改良した。規格は前に渡したギターとアンプに対応している。試してくれ」
既に、ピックアップでスピーカーに出力するタイプのエレキも、ジョージは開発している。
フェンネルバンドでは小型エンジンと小型発電機で直接アコースティックギターのサウンドを増幅する電気ギターも使っているが、最近はこの地球式のエレキも徐々に導入している。
今回のアイテムも、フェンネルは気に入ってくれたようで、子どものようにウキウキとした表情を浮かべている。
「ああ。これでまた一段パワフルなサウンドを実現できる。新しい電気ギターと一緒に、早速使わせてもらうぜ!」
そして、フェンネルは俺たちと最低限の会話を交わすと、新型のシールドを抱えて帰っていった。
俺もフェンネルのギターがどこまで行くのか楽しみだ
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。