steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
愛機【ジャガーノート】を駆りホトトギスの森を抜けた俺は、山奥の村ゴールドーンへとやって来た。
寂れた廃坑の街などと言われていたのは昔の話、今や温泉巡りの観光客で賑わう一大リゾート……と言いたいところだが、ここの印象は以前からさほど変わらない。
ハッピーガーランドからビークルで行ける距離とは思えないほど、活気の無いど田舎だ。
今日も一組のカップルがマイナーな秘境の温泉巡りでやって来ただけと見える。
まあ、下手にビークルの車列が押しかけて来るより、ここの住民の健康にとっては今のままの方がいいかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺は村の一番奥にある民家の扉をノックし、室内へ足を踏み入れた。
「お邪魔しますよ」
「あら、グレイ。いらっしゃい」
黄色いエプロンを身に着けた家主のローズマリーはこちらを向いて微笑むと、再び目の前の鍋に視線を戻した。
彼女の前のキッチンストーブに掛けた鍋の中では、キノコと鳥肉の入ったシチューが煮込まれている。
どうやら、食事の準備中のようだ。
「ああ、そうだ。コニーから聞いたわよ。あなた、結婚したんですって」
「ええ、そうですね。報告が遅くなりましたが、同じナツメッグ博士の弟子のマルガリータと一緒になりまして」
一頻り鍋の中身を掻き回したローズマリーはお玉を置くと、こちらへ向き直り悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……いいのかしら? 新妻を放って、女の一人暮らしの家へ訪ねてくるなんて」
「はははっ! 心配ご無用です。若くて(・・・)、美人で、気立てのいい嫁さんですから。俺が彼女を裏切るわけがないことは、向こうもわかってますよ」
「あらあら……あなたも言うようになったわね」
若干の嫌味を込めて強調したフレーズに、ローズマリーは微かに黒い殺気を放出した。
うん、これ以上煽るのはやめておこう……。
「何はともあれ、おめでとう。式には出られなかったけど、ここでお祝いを言わせてもらうわ」
「いえいえ、ありがとうございます。……それより、具合は大分よさそうですね」
「ええ、体の軽さは健康そのものよ。もう普通に動けるし。でも、薬はもう少し続けるのよね?」
「そうですね。こちらは予防の意味もありますので……。投与量は徐々に減らしていますから、最終的には以前と変わらない生活ができるかもしれません。ただ一応、次の博士の診察までは、息切れや咳の悪化には注意して、勝手に服用を止めないように。念のため、発作治療薬の方も手元に置いてください」
「わかったわ」
「あとこれ、差し入れです」
「まあ! わざわざありがとうね。……あら、これはもしかしてカレー粉?」
「おや、もうご存じで?」
俺が紙袋の中身を取り出していくと、ローズマリーはスパイスの入った瓶に目を止めた。
今回、俺はピジョン牧場とミームー村のチーズや乳製品などをメインに持ってきたが、やはり街でないと手に入らない品は外せない。
最近は香辛料の価格も落ち着いてきたことだし、料理好きのローズマリーにはちょうどいいと思ったのだ。
しかし、いくらビークルの発達した世界とはいえ、文明から隔絶された場所に居るローズマリーが、最近出回り始めた香辛料を知っているとは……。
ふと、屑箱の方へ視線をやると、ハッピーベーカリーの紙袋が見えた。
「なるほど、カレーパンは既に召し上がりましたか」
「ええ、フェンネルが持ってきてくれたの」
そういうところは、妙に気の利く奴だ。
トロット楽団メンバーとギクシャクしながらも、ローズマリーへの気遣いは忘れないあたり、律儀というか不器用というか……。
「そうそう、フェンネルといえば……コニーから聞いたわよ。あなたの結婚式を機に、皆フェンネルと仲直りしたんですって?」
「いや、別に対立していたわけじゃないですけど……俺は普通に付き合いがありましたし、マジョラムも……」
「わかってるわ。どうせ、フェンネルが意固地になっていたのね。あなたやマジョラムはともかく、バジルなんかはどう接していいかわからなかった。彼もそういうところは相変わらずだわ……。きっと、未だに一言目は『俺はもうお前たちとは関係ないが……』とかでしょ?」
「まるで見てきたような言い様ですが……目に浮かぶようですね」
「まぁね。伊達にあの子たちを長く見てきたわけじゃないから」
以前、どこかで聞いた気もするが、ローズマリーはコニーの母親というより皆の母親のような人物だ。
フェンネルも彼女にだけは頭が上がらないあたり、そこら辺はお見通しか。
「バジルにとっては、あなたの結婚式はフェンネルと向き合ういい機会だったかもしれないわね。あの子も妙に意地っ張りで拒絶しやすいところがあるから」
確かに、あいつは一度いじけると相当面倒なことになるからな。
喜怒哀楽といえばまだマシだが、状況によってはまるでヒステリー……まあ、バジルの存在で陰鬱な空気が消し飛ぶことがあるのは否定しまい。
「その点、マジョラムはしっかりしてるわね。斜に構えたフェンネルにも平然と声を掛けたに違いないわ」
まあ、彼は相変わらずだな。
マイペースというか、大らかというか……そういう気質に救われることもあるのは事実だ。
「でもね……」
ローズマリーは一点、険しい表情を浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「やっぱり、あの子たちにとってもダンディリオンとセイボリーのことは軽くないわ」
「聞いてくれるかしら?」
俺が一つ頷くと、ローズマリーはダンディリオン兄弟やセイボリーとの出会いを語った。
歌手として活動しながら幼いコニーを育てていた頃、ナツメッグ博士が引き取り援助していたダンディリオンとチコリに出会ったこと。
博士からの頼みで二人に譜面の読み方など音楽の基礎を教えたこと。
ダンディリオンが博士の与えたバイオリンを瞬く間に弾きこなし、ガーランド大学へ推薦入学が決まったこと。
弟のチコリにもバイオリンの才能は受け継がれており、いずれ彼もダンディリオンと同じく音楽科で学ばせようという話になったこと。
そして、ローズマリーの歌声に惚れ込んだセイボリーが、自ら弟子入りを志願しに来たこと。
セイボリーがダンディリオンに惹かれていた事実には、ローズマリーもどことなく気づいていたこと。
途中、孤児だったフェンネルとの出会いなどの話を挟みつつ、ローズマリーはダンディリオンとセイボリーを中心に、かつての子どもたちの様子を語った。
決して余裕のある生活ではなかったはずだが、充実した時間だったことだろう。
彼女の教えた子どもたちを中心に組まれた楽団は、徐々に知名度を上げ、いつしか有名なプロのバンドに並ぶ人気者となっていった。
ローズマリーが体を悪くし始めた後も、ダンディリオンは楽団を引き継ぎ、その卓越したバイオリンの腕で観客を魅了しトロット楽団の人気を決定的なものに押し上げた。
……そんな、忙しくも幸せな日々が彼女たちにはあった。
それを壊したのがマーシュであることは疑いようもない。
だが、決定的な止めを刺したのは……。
「あ、別にあなたを責めているわけではないのよ。私もまだ完全に割り切れたわけじゃないけど、あのまま進んでもあの子たちが不幸になることに変わりは無かったから」
思わず硬い表情を浮かべる俺に、ローズマリーは慌てたように手を振った。
気を遣わせてしまったかな。
「ええ、大丈夫です。お気になさらず。ですが、俺も言い訳をするつもりはありません。俺はこの街を……自分の生活と利益を守るために、ダンディリオンたちの野望をぶっ潰しました。兄弟子を、友を……同じナツメッグ博士に救われた兄弟を、この手で死に追いやったんです」
「…………」
「罵詈雑言くらいなら受け止めますよ。これでも、あなたの子どもたちより年は食ってますからね。『二人を止めてくれてありがとう』なんて言葉を期待するほど、おめでたい頭はしていません」
事の顛末に関して、マジョラムやフェンネルは決して俺を責めない。
それは彼らもブラッディマンティスと戦ったから、彼ら自身もダンディリオンやセイボリーと対峙するポジションに立ったからだ。
だが、ローズマリーは違う。
彼女はガラガラ砂漠決戦にも『グランドフィナーレ』との戦いにも参加していない。
俺も今更自分の選択や立ち回りを否定するつもりは無いが……どんな罪を犯そうが、非道な真似をしようが、母同然であったローズマリーからすればダンディリオンたちを全否定する気にはなれないだろう。
正直、俺が彼女に責められるのは仕方ないと思っている。
俺はそれだけのことをしてしまったのだ。
そういう道を選んでしまったのだ。
しかし、ローズマリーはほっと息を吐くと首を横に振った。
「やめておくわ。そんな当たり方をしたら、私の方こそ大人げないもの」
「……ははっ。確かに、おっさんとおばさんの諍いは見苦しいですからな」
「言ったわねぇ!」
口元は笑いつつも目を吊り上げたローズマリーは、俺の後頭部に片手鍋を振り下ろした。
寸でのところで躱したが、なかなかに鋭い一撃だ。
マルガリータに比べれば華奢で非力な彼女も、この不便な田舎で水汲みから料理まで一人でこなしている以上、現代人よりは遥かに逞しい……桑原桑原。
そして、俺は何となしにお互い避けていたであろう話題に水を向けた。
「そうだ、肝心のコニーのことですが……」
「あの子なら大丈夫よ」
即答しながら、ローズマリーは油断した俺の足を鋭く踏みつけた。
鍋を持ち直す動作をフェイントに仕掛けて来るとは……根に持つタイプだな。
「ぐ……そうですか」
「ええ。あなたとフェンネルには感謝しているわ。でも、もう少し見守ってあげてくれないかしら? あ、別にあなたたちの存在が邪魔になるというわけではないのよ。ただ……あの子が一人でもしっかりと立てるように……その先でいざという時に支えてくれるのは、あなたたち二人じゃないんでしょ?」
俺がこの時期にローズマリーのところに顔を出したのも、何となくコニーの様子が気になっていたからだ。
かと言って、バニラの存在が無い状態で彼女に何と声を掛ければいいのかわからず……。
それはローズマリーも最初から承知していたことだろう。
まあ、彼女がそう言うのなら間違いあるまい。
……俺もフェンネルも揃って不器用な真似をしているみたいだな。
「わかりました」
「あ、そうそう……代わりにっていうのもあれだけど、グレイに一つお願いがあるの。聞いてもらえるかしら?」
「何です?」
「トニオのことが少し心配なの。楽器職人に転向したダンディリオンに憧れて弟子入りして、まだそんなに経たないうちにあんなことになっちゃって……。色々頼んでしまって悪いけど、もしよかったら様子を見に行ってくれない?」
そういえば、彼とはしばらく会っていなかったな。
ガーランド警察が楽器工房の捜索に訪れたときには俺も同行し、事情が呑み込めない彼をどうにか取りなした覚えがあるが……トニオとはあの時に話したきりだ。
彼もまだ整理できていない思いなどはあるだろうが、この辺りで一度話してみてもいいかもしれないな。
「了解です。近いうちに……何なら、今日あたり行ってみますよ」
「お願いね」
わかったから、俺の足を踏みにじるのはそろそろ勘弁してもらえないだろうか……。
ローズマリーの家を後にした俺は、その足でホトトギスの森の展望台へと向かった。
この先にあるのはチコリの墓、そして今はダンディリオンとセイボリーも並んで眠っている。
以前は何度かチコリの墓参りに来ていたが、ダンディリオンとセイボリーをここに埋葬してからはほとんど訪れていない。
もちろん、マルガリータとの結婚式の準備や細々としたトラブルのせいで忙しかったのもあるが……また随分と脚が遠のいてしまったものだ。
「あ、グレイさん」
ビークルから降りると、俺は墓地の方から声を掛けられた。
現れたのは、偶然にもダンディリオンの弟子のトニオだった。
彼の足元の三つの簡素な墓には、それぞれ花束が添えられている。
「あなたもお墓参りに?」
「……ああ」
トニオは俺が手にしたゴールドーン産の地酒の瓶を一瞥し、微かに苦笑いした。
……別に、墓参りを口実に酒盛りをしようってわけじゃない。
ローズマリーに言われて急遽来たせいで、花束が用意できなかっただけだ。
若干、居心地の悪い思いをしながら酒瓶を空けた俺は、チコリ、ダンディリオン、セイボリーの墓へ順番に酒を掛けた。
ダンディリオンの酒の好みなど知らないし、死亡当時のチコリは十代前半だろうが……まあ、構うまい。
そして、それぞれの墓に俺が冥福を祈り終えると、トニオが口を開いた。
「先日……押収品が返ってきました。聞けば、グレイさんが手を回してくれたとか……ありがとうございます」
ブラッディマンティスによる一連の事件が収束した後、ガーランド警察は捜査チームを編成し、首謀者であるダンディリオンの楽器工房へ捜索に入った。
工房の地下からは、ダンディリオンがエルダーとして闘技場に出場するのに際し、愛機の【ホワイトレクイエム】を彼自ら整備改良するのに使っていた施設が発見された。
もちろん、地下の捜索は原作の知識で整備場のことを知っていた俺の誘導に端を発するわけだが……案の定というか、その場所では【ホワイトレクイエム】の装備や技術書だけでなく、ブラッディマンティスの技術開発に関する機密書類まで見つかった。
捜査チームにしてみれば、かなりの収穫でありお手柄だ。
原作では、一年後にバニラが訪れたときも、技術書や資料のほか【ホワイトレクイエム】まで丸ごと放置されていたが、やはりというか現実では全て押収の流れとなる。
そこで、俺はファーガスン経由で押収品の調査に協力するという名目のもと警察署を訪れ、【ホワイトレクイエム】のパーツをいくつか引き取らせてもらったのだ。
既に記録も取り終わった用済みの物品、しかも功績を立てるのに協力した俺の願いとなれば、彼らが無下にするはずもなく、無事にエクスカリバーアームは俺のものとなった。
地上の楽器工房の方からの押収品も、調査が終わり怪しい部分が無かったものは返還するよう頼んだわけだが……正直、そっちはついでだな。
ダンディリオンとトニオが守ってきた工房を土足で荒らしたようで気が引けたので、せめてもの配慮として口を出したわけだが……まあ自己満足だ。
「それに関しては気にしなくていい。俺も……少し思うところがあってな……」
「そう、ですか」
「ああ。それよりも、悪かったな。【ホワイトレクイエム】のパーツなんかも、本来ならそちらへ戻すのが筋かもしれないが……」
「いえ、私はビークルにはそれほど詳しくないので、グレイさんが引き取るということなら何も」
まあ、トニオが強力なビークルパーツなど持っていてもいいことは無いか。
下手に強力な武器や高級なパーツを持っていることがバレれば、ロクでもない奴が工房にやって来る可能性もある。
そんなことを考えていると、トニオは生気の無い表情で重々しい表情で口を開いた。
「ここに来ると……毎回、考えてしまうんです」
「…………」
「ダンディリオンさんは、何故あのような恐ろしいことをしたんでしょう? あんなに優しかった人が……一体、何がダンディリオンさんを追い詰めたのでしょう?」
俺は何も答えられなかったが、トニオは言葉を続けた。
「復讐に生きて、ダンディリオンさんは本望だったのでしょうか? それとも、弟さんの仇を討てなかった無念に包まれて逝ったのでしょうか? 私は……何一つ、先生のことを理解していなかったのかもしれません」
独白するように問うトニオも、きっと答えなど求めていないだろう。
一つだけ確かなのは……ダンディリオンは最後まで復讐に執着し、そしてセイボリーを共に逝った。
それだけだ。
セイボリーの死と自分も銃弾を食らったことで目が覚め、穏やかに眠ったのか。
それとも、大切な存在を喪って打ちひしがれ、ただ諦めて静かに力尽きたのか。
今となっては、それすらも定かではない。
そう、ウミネコ海岸で彼の最期を看取った俺にも、最早わからないことだ。
「……一杯どうだ?」
「……いただきます」
俺はトニオにコップを差し出し、なみなみと酒を注いだ。
一気に呷ったトニオは強めの酒精に思わず咳き込むが、ヤケクソのようにコップの中身を喉に流し込む。
「ゴホッ……ご返杯を……」
「俺は飲酒運転になっちまうからなぁ……。俺の分も飲んでくれ」
俺は【ジャガーノート】を軽く示すとトニオのグラスに再び酒を注ぎ、残りをダンディリオンとセイボリーの墓の前に零した。
生粋の酒飲みからすれば罪深い行いだろうが、お供えの残りを家に持って帰るのもな……。
何とも、締まらない話だが……。
「ま、今日は俺の奢りだ。浴びるほど飲めや、ダンディリオン」
「…………」
そんな俺を尻目に、トニオも酒を飲み干した。
まともな墓石も十字架も無い、ただ酒の染み込んだ土と簡易的な墓標があるだけの三つの墓は、何も語ることはない。
そして、空になった酒瓶を【ジャガーノート】の荷台へ放り込んだ俺は、トニオに向き直った。
「なあ、トニオ」
「はい」
「バイオリンを……一つ作ってくれないか?」
俺の言葉にトニオは微かに驚いたような顔をしたが、やがて表情を引き締めてこちらを見返した。
「それは、グレイさん用に?」
「ああ。ちょっと……弾いてみたいんだ。そっちの言い値でいい。期限も特に無いから、製作期間は君が納得するまでで構わない。だが、正直俺は弦楽器があまり得意じゃない。もしかしたら、すぐに音楽室の置物と化してしまうかもしれない。……それでも良ければ、作ってくれ」
俯いたトニオはしばらく考え込むような動作で沈黙した。
勿体ぶっているわけでもないだろうが、彼も今の状態でオーダーの仕事を引き受けるにあたっては、色々と考えるところもあるだろう。
しかし、最終的にトニオは俺を真っ直ぐに見据えると、はっきりとした口調で返答した。
「承りました」
今、彼に仕事を振ることがどのような影響を与えるかはわからない。
果たして、ローズマリーの期待に応えられたのか……それすらもわからない。
だが、トニオの目には先ほどとは比べ物にならない気力が宿っていた。
今は、それだけでも十分だろう。
そして、少し酔いが回ったトニオを工房に送り届け、俺はホトトギスの森を後にした。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。