steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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140話 紅の美女

 

 アレハーテ丘陵とガラガラ砂漠と境界線付近、切り立った崖に寄り添うようにして築かれた小さな町。

 この地域を根城とする砂漠の民が住む居住地である。

 すぐ近くに交易拠点として栄えるレイブン砦があるためか、この居住地には商業施設の類はほとんど無く、通りにもほぼ地元の人間しか居ない。

 建築様式こそ砂漠っぽい漆喰の壁が並んでいるが、町は閑散とした住宅地の様相だ。

「ここか」

 街の中心部にある住居の前で、俺は【ジャガーノート】を停止させた。

 軽く周りを見回し、手元の紙に目を落として住所を確かめ、再度顔を上げると目の前の建物へ視線をやる。

 特に目立った仕掛けも装飾も無い、ごく普通の少し大きめな民家だ。

 とてもではないが、俺を呼び出した彼女(・・)の隠れ家や拠点とは思えない。

「比較的、裕福な民間人の家を借りたようだな。銃眼も無ければ、伏兵を待機させる設備も見当たらない……」

「ああ、人の気配はあるが、数は十人足らず。ふむ……罠の可能性は低そうだね」

「……油断するな」

 俺の呟きに、後ろのジンジャーとシュナイダーが反応した。

 今回、俺に同行している彼らもそれぞれ自分のビークルに搭乗しており、【ブラックオデッセイ】と【マキシマム】のエンジンが重厚ながらスムーズな排気音を響かせている。

 俺たち三人はしばらくその場で思案していたが……やがて、家の中から軽い足音が近づき、扉が豪快に開け放たれた。

「よく来たね」

 現れたのは、デザートホーネット団の頭領ノーラだった。

 正装なのか、ノーラは紅とピンクを基調としたドレスっぽい装束に宝石と金細工の付いたベールを身に着けているが、相変わらず小柄な体躯に見合わない鋭い気配を纏っている。

 彼女は俺たちを一瞥すると、家の奥を顎で示した。

「ビークルは家の右手に空き地があるから適当に置いておくれ。さ、入りな」

 そう言うと、ノーラはさっさと家の中へ引き返した。

「……行こう」

 俺の促しにジンジャーとシュナイダーは頷き、俺たち三人はビークルを駐機すると、ノーラの待つ家の中へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 話は数週間前に遡る。

 ネフロの『ホテル・ジャコウジカ』の地下にある『バー・アフロディーテ』。

 壁際のテーブルを確保した俺は、やがて姿を現したジンジャーとシュナイダーへ手招きし、三人で同じ卓を囲んだ。

 顔馴染みのマスターに料理を注文し、先に運ばれてきた酒のグラスを手に軽く乾杯を交わす。

 御大層な振る舞いも寒い音頭も要らない。

 グラスの中身の半分ほどを一気に喉へ放り込むと、俺はジンジャーへと向き直った。

「さ、どんどんやってください。約束通り、今日は俺の奢りです。ジンジャーには色々と骨を折ってもらいましたからね。そのお礼も兼ねてってことで」

「ああ、いただこう。こんなに落ち着いて酒を飲むのは久しぶりだ。……ふむ、この銘柄は聞いたことが無いな。頼んでも?」

「どうぞどうぞ。ブラッディマンティスが健在だった頃は、ずっと地下で不自由させましたからね。出所祝いみたいなもんです」

 俺のブラックジョークにジンジャーは苦笑いを漏らすが、実際に彼の居住環境を思えばあながち的外れではない。

 もちろん、彼のアジトには俺が家具や家電を持ち込み、定期的に食料物資の差し入れもしていたが、それでも大っぴらに街を歩けず隠者のように暮らしていたことに変わりはない。

 おまけに、少し前はブラッディマンティスの残党が活発に動いていたこともあり、ダンディリオンの件が片付いた後も彼はしばらく目立たないように行動していたのだ。

 それに何より……ここ数年を通して、彼には随分と世話になった。

 俺とバニラの鍛錬に、ピジョン牧場の警邏とコソ泥の始末に……。

 今日は是非とも鱈腹飲んで食って、今までのストレスを解消してもらいたい。

「シュナイダーも好きなものを注文してくれ。……正直、あんたは興味ないとか言って、断るかとも思ったが……」

「ガラガラ砂漠決戦のとき、約束したからな」

「ああ、あの時は手を貸してくれて本当に助かったよ。いつもの店でなんだが、今日は遠慮なく飲んでくれ」

 そう言うと、シュナイダーは微かに口角を上げて頷いた。

 彼も……本来なら、俺に付き合って危険な戦争に身を投じる義理は無かった。

 大した貸しがあるわけでもなく、彼にも守るべきパートナーがいる。

 彼がブラッディマンティスとの戦いに手を貸してくれたのは、あくまでも厚意によるものだ。

 それを思えば、こういう謝意を示せる機会は大切にしないといけないな。

 ……とは思ったものの、ウェイトレスとして勤務するシルヴィアへ不愛想に注文を伝えながら、さりげなく彼女と熱い視線を交わすシュナイダーを見ていると、ついグレネードを投げ込んでやりたくなる。

 既婚者になったとはいえ、いざリア充を目の当たりにすると爆発を願うのは条件反射のようなものだ……。

 

 

「それにしても……」

 ふと会話が途切れたところで、シュナイダーが口を開いた。

 彼の視線はジンジャーの方に固定されている。

「あんたが、伝説の前チャンピオンだったとはな」

「よしてくれ。今の私は、ただのしがない中年だ。トーナメント覇者の称号は、既にグレイのもの……エルダーのことが片付いた以上、未練は無いさ」

 シュナイダーの呟きに、ジンジャーは頭を振ってまるで自分に言い聞かせるかのように否定した。

 しかし、彼の表情には明らかに迷っているような色が見える。

「でも、復帰の話は出ているんでしょ?」

「……まあな。私もそれなりにネフロの期待を背負っていた身だ。こんな田舎町から輩出された統一トーナメントチャンピオン……復帰するとなれば話題性は十分、それなりの待遇は期待できるだろう。しかし、今更なぁ……」

 そもそも、ジンジャーはダンディリオンという怪物の誕生に一役買ってしまったことから、ビークルバトルそのものと距離を置こうとしていた。

 だが、彼の腕前は俺がよく知っている。

 未だ高ランクバトラーの追随を許さないオールランドな戦闘力と洞察力、俺やバニラが受けた指南の結果の鑑みれば指導力まで一流であることも疑いようがない。

 正直、このまま腐らせるには惜しい人材だ。

 どう話を展開するかしばし迷う俺だったが……ここでシュナイダーが口を開いた。

「お前なら十分現役でやっていける」

 珍しくストレートに褒めるシュナイダーだったが、彼はお世辞や嘘を自然に言えるタイプではない。

 それだけに信憑性があるというもの。

 そういえば、二人を引き合わせて紹介したあと、軽く手合わせをしたとか聞いたな。

「少しでもやる気があるなら……俺とのエキシビションだけでも出てみるといい」

「そういう話なら俺も一肌脱ぎますか。まずはシュナイダーのスパーリングパートナーみたいなところから始めましょう。それから、ジンジャーには新人バトラーへの指南を……」

「いや、私は……」

「今度はエルダーのときみたいな展開を心配する必要はありません。なんなら、俺とシュナイダーも戦術指南を受ける流れにしましょう。Sランクの先輩が二人も上に居る以上、そうそうルーキーがつけ上がることも無いと思いますよ」

 そこまで言うと、ジンジャーは俺とシュナイダーの言葉に苦笑いしながら承諾の意を示した。

「ははっ……そこまで言われては断れないな。グレイに付き合うと、どうも全てが面倒な大事に発展しそうな気もするが……」

「ふっ、否定できんな」

 揃いも揃って失礼な奴らだ。

 確かに、ブラッディマンティスとの戦いからダンディリオンとの決着では、ハッピーガーランドからネフロ全域を巻き込む大事になったが、それも原作のルートを踏襲したからだ。

 これ以上、そんな大事件は起こらない……と信じたいものだな。

 何はともあれ、ジンジャーの新しい就職先も決まったところで、俺たちは改めて乾杯し、追加で頼んだ料理を時折口に運びながらコップを傾けた。

「あ、そうそう。面倒ついでに、二人には近々もう一件手を貸してほしい話があるのですが……」

 俺は手荷物のカバンから菓子折りほどの箱を二つ取り出すと、それぞれ一つずつジンジャーとシュナイダーの方へ押しやった。

 俺の促しに応じ箱を軽く開いた二人は、中身を確認すると僅かに息を吞み、緊張した面持ちで俺に向き直る。

「これは……」

「…………」

 二人の手元の箱には、それぞれルガーP-08に似た自動拳銃が一丁と8連発のマガジンが二つずつ納められていた。

 地球においては、初期の自動拳銃ながら非常に完成度が高い機構と良好な命中精度を持ち、スマートな形状も相まって現代でも非常にファンが多い名銃だ。

 何より特徴的なのは、二つに折れ曲がって伸縮する自動装填機構、所謂トグルアクションだろう。

 もちろん、21世紀の基準からすれば火力も低く、耐久性や信頼性にかなり問題の多い銃だが……トグルアクションも口径9mmのリムレス実包も、この世界では普通に最新技術であり高品質の軍用銃の部類に入る。

 因みにこの銃も、ブラッディマンティスの残党が溜め込んでいた武器の一部であり、討伐作戦の押収品を俺が持ち帰りマルガリータに改修してもらったもののだ。

「実は、デザートホーネット団の頭領と会談することになりましてね。さすがに一人でノコノコ行く気にはなれないんで、戦える人に同行してもらいたいなぁ、と……」

 俺の告げた内容に二人は揃って呆れたような表情を浮かべたが、こちらの頼みを断ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、ノーラの招待を受けた俺は、護衛のジンジャーとシュナイダーを伴い彼女の指定した会場を訪れている。

 レイブン砦近郊の街の民家の一室で、席に着いた俺とノーラは純白のクロスが掛けられたテーブルを挟んで向かい合う。

 緊張した空気のなか、ノーラは俺の後ろに立つジンジャーとシュナイダーを一瞥すると鼻を鳴らした。

「ふん、随分な警戒だね」

「それはお互い様だろう」

 皮肉っぽく返しながら、俺もノーラの後ろで直立不動を決めている二人のデザートホーネット団員に軽く視線を送る。

 建前上、彼らは見栄えのために侍らせる従者的な存在のようだが、もしもノーラの身に危険が迫れば、即座に懐の短剣なり拳銃なりを抜いて戦闘態勢に入るだろう。

 ノーラ自身も、いざ戦いとなれば即座に俺をテイクダウンしにくるはずだ。

 五体満足の彼女と生身で接近戦をする展開……想像したくもないな。

 ……別に、その後マルガリータに絞殺されかけたのがトラウマになっているわけではない。

 とにかく、こちらも……俺の斜め後ろでは、ジンジャーとシュナイダーが冷静な表情を装いつつ、時折ベルトに挟んだ拳銃を指先で確認している。

 最強クラスのビークル乗りに拳銃まで持たせて武装させ、しかしここは砂漠の民の庭でデザートホーネット団のお膝元……これでも五分だ。

 まあ、ここまで来た以上、今更悪い展開に頭を悩ませても仕方ない。

 とりあえず、話を進めるか。

「先に聞くが、何故またこういう場を? お前さんとの諍い?は既に終わったはずだ。逃がしてやる代わりに、二度と面を見せるなって話だったと思うが……」

「恩には報いなければならない。それが砂漠の掟だよ」

 会談とは言ったが、要は今日の催しの主語は俺とノーラの食事会だ。

 こうして堅気の家を借りて、一流の料理人を手配して、最高の飯と酒をご馳走してくれると言う。

 先ほど、贈り物だと言って仰々しく渡された箱に満載の金銀財宝も、明らかに盗品であることに目を瞑れば、悪い気はしない。

 しかしなぁ……。

「悪いがこっちは信用できない。妙な真似をすれば、この腕利き二人が暴れるから……そこんところは忘れない方が身のためだ」

「ああ、勝手にしなよ」

 少なくとも、ノーラに含むところがあるようには見えないが……俺も人を見る目に自信があるわけではない。

 一連のブラッディマンティスの件やダンディリオンの野望も、原作を知っていたから対処できたに過ぎない。

 彼女自身にそのつもりがなくとも、デザートホーネット団内部には未だに俺への恨みを抱いている奴も居るだろう。

 油断はしない方がいい。

 そんな思いを込めて、俺は軽く後ろのジンジャーたちに視線を送った。

「ところで……そっちの二人は、今日はあんたの配下って扱いでいいのかい? 残念だけど、あんたと同じ持て成しはできないよ」

「まあ、こっちも人数とかは事前に伝えてなかったからな。仕方ないさ。二人にもお土産くらいは貰えるんだろ?」

「ああ、用意させてるよ。義理場での序列はともかく……相手方の従者を全く持て成さないのは、それはそれで恥だからね」

 一応、ジンジャーとシュナイダーは俺の護衛という立場なので、ここで一緒にテーブルを囲むことはできない。

 ずっと立たせているのも申し訳ないが……まあ、お土産に期待しよう。

 

 

 食前酒に続き、香辛料をふんだんに使った珍しい料理を口に運びつつ、俺たちの会談は続いた。

 皿が片付けられ、次の料理が運ばれるまでの合間を縫って、彼女の近況などを聞く。

 やがて、シナモン入りの氷菓子がデザートに運ばれる頃には、大体向こうの事情も理解した。

「なるほど……図らずも、俺はお前さんの地位を盤石にする手助けをしちまったわけか」

「そういうことだね」

 ノーラがブラッディマンティスに協力していた背景には、過去に警察の討伐作戦から助けられた恩義に端を発し、その後も使い走りを強要され続けたことがある。

 その結果、ウズラ山トンネル付近で俺とガーランド警察のビークル隊と激突し、警察ビークル隊に甚大な被害を出すも、ノーラ率いる襲撃部隊は俺に撃滅された。

 俺はノーラを見逃し、生き残った団員を連れ帰ることも認めたが……砂漠の外で交戦し大勢の仲間を失った事実は消えない。

 掟を破り同胞を死なせた責任を取るため、ノーラは自らを裁こうとした。

 しかし、何故か彼女が頭領の地位を追われることは無かった。

 もしかしたら、負い目のある彼女を傀儡にしようとする勢力の思惑もあったのかもしれない。

 まあ、俺の知ったことではないが……。

 何はともあれ、その後ブラッディマンティスは壊滅し、これを好機とノーラは混乱に乗じて人質に取られていた仲間も取り返した。

 警察と大立ち回りを演じて仲間を担いで帰ってきたうえに、誰もが救出を諦めた同胞を助け出した彼女は、名実ともに英雄扱いだ。

 逆境を跳ね返しピンチをチャンスに変えた英断、彼女が歴代でも稀に見る偉業を残したことは間違いないが……ノーラはどこか浮かない表情だ。

「間抜けな話だよ」

「そうか……」

 当然というか、ブラッディマンティスに止めを刺したのは俺とバニラなわけで、それは結果的にブラッディマンティスがデザートホーネット団を縛る鎖を断ち切ることに繋がった。

 ノーラからすれば、俺は仲間を大勢殺した怨敵でもあるが、自分の地位を確立するのに尽力した――そんな覚えは無いが――立役者で恩人……。

 今日の持て成しは、そういった事情に対する遠回しな礼も含んでいるというわけだ。

 とはいえ……武人気質なノーラにしてみれば、面白くないことだらけか。

 身内の不和も、俺に精鋭部隊を壊滅させられことも、見逃されて生き永らえたことも、そんな俺にこういう形で礼をするのも……。

 まったく、面倒なことだ。

「何だい? 何か言いたいことでも?」

「いや……」

 鋭くこちらを見据えるノーラから視線を外しつつ、俺は曖昧に答えた。

「……メインの鶏肉の煮込み料理は悪くない味だった。香辛料の使い方は元より、素材の活かし方も見事だ。ネフロでもハッピーガーランドでも通用するだろう」

「そうかい」

 後に、デザートホーネット団の諜報部が運営するエスニック料理店がハッピーガーランドで開店することになるが、それはまた別の話。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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