steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「こんにちは。博士、マルガリータ」
「ん? おお、コニーか! よく来たの」
「あ、コニー! どうしたんだい? ビークルの手入れかい?」
いつも通り、ナツメッグ博士の研究を手伝い家事をこなしていると、工房の方から聞き覚えのある声が響いた。
どうやら、コニーが訪ねてきたようだ。
「うん、ちょっと遠出したから、見てもらえるかな? ……あ、グレイ。お邪魔してます」
「おう、ちょうどお茶を淹れたところだ。ゆっくりしてってくれ」
俺はオレンジ、ブドウ、リンゴ、パインなどのフローズンフルーツを浮かべたアイスティーをガレージに運び込み、コニーにもグラスを一つ渡した。
元は添え物のフルーツの余りを冷凍庫で保存していたものだが、こうすればグラス一つで華やかな間食っぽくなる。
交代でコニーの【カモミール・タイプⅠ】のエンジンをチェックしていた博士とマルガリータも、作業を適当なところで切り上げるとグラスを手に取り、紅茶で唇を湿らせ半解凍のフルーツをスプーンで掬い始めた。
「さて……ざっと見た限り、機体にそれほど負荷は掛かっておらん。特に荒い扱いもしていないようだしの。一応、レッグパーツの手入れだけしておくか」
「ついでにガワをちょっと弄るよ。そんな大したものじゃないけど、新しい設計の排気筒があるんだ」
「ありがとう。大切に使うね」
礼を述べるコニーに、マルガリータは奥の物置を示しながら悪戯っぽく笑った。
「構うことはないさ。どうせ、壊れることも想定済みの試作品だし、材料はグレイのヘソクリだからね」
あそこには、ポールから買った絵に、ブラッディマンティスからの押収品に、ノーラから贈られた金細工の宝飾品なんかが無造作に積まれている。
最近は彼女も遠慮が無くなってきたな。
まあ、特に用途は無い物ばかりだし、俺も中身を完全には把握していないし、金属資材は実用的に使ってこそだから、別にいいんだけどさ……。
そして、休憩を終えた博士とマルガリータは、早速とばかりに作業に取り掛かった。
ビークルの近くに工具や資材を集めた二人は、凄まじい手際の良さでパーツの換装とメンテナンスを勧めていく。
こうなると俺にできることはほぼ無いので、大人しく工房から退出しコニーと雑談することにした。
「そういえば、遠出をしたって言っていたな。どこに行ってたんだ?」
「ゴールドーンだよ。お母さんの様子を見てきたの」
「お、そうなのか。どうだった? ローズマリーさんの様子は?」
「もうすっかり元気。咳とかもしてないって」
「そうか。それはなによりだ」
前回の博士の診察でローズマリーへの投薬を止めたが、今や彼女はすっかり健康体だ。
山菜を採り、宿屋や鉱山へ食事を差し入れしつつ、ゴールドーンでゆったりとした暮らしを満喫しているらしい。
インフラの整っていない田舎での一人暮らしなど、俺には耐えられないだろうが、彼女が病に悩まされること無く穏やかに過ごせるなら何も言うことは無い。
「あ、それから……今日はこれからネフロに行こうと思うんだ。おばさんにも久しぶりに会っておきたいし……バジルも居るみたいだから」
「ああ、そいつはいい。……そういえばバジルの奴は最近ネフロ辺りをフラフラしているらしいな。あいつ、ここんところ飲んだくれているみたいだが……大丈夫かね?」
「わからない……。でも、私で力になれることがあるなら、できる限りのことはしようと思うんだ」
「そうか……」
思えば、セイボリーたちが亡くなってから既に一年ほどが経った。
そう、あの時からもう一年だ……。
「……もうすぐバニラが帰ってくるな。ジュニパーベリー号二世の到着予定日は……今日か、明日あたりか?」
「うん、そうだね」
「ん?」
てっきり、喜びのあまりはしゃぎ始めるか、落ち着きなくソワソワするかと思っていたが、コニーは特に動じた様子もなく微笑みを浮かべている。
俺は些か予想外なコニーの振る舞いに声を掛けようとしたが……寸前で言葉を呑み込んだ。
噂をすれば何とやらだが、コニーが訪れた次の日には、バニラがピジョン牧場にやって来た。
ナツメッグ邸のドアをノックする音に続き、玄関の方から懐かしい声が掛けられる。
「やあ、グレイ」
「お、バニラ! 帰って来たのか」
俺はキッチンを掃除する手を止めると、家の入口に姿を現したバニラに向き直った。
ブラッディマンティスとダンディリオンの事件から一年……ついに、彼がジュニパーベリー号の航海を終えこの国に戻ってきた。
久々に見たバニラは、最後に見たときより幾分か逞しくなったような印象を受ける。
それほど大きく変わったわけではないが、顔つきが僅かに引き締まり、背も少し伸びたか?
そして、家の外に見えるバニラの愛機【カモミール・タイプⅡ】は、しっかりと手入れされながらも細かい傷が増え歴戦の様相を呈していた。
やがて、俺たちの声が聞こえたのか、工房の方からナツメッグ博士とマルガリータも顔を出した。
「おお! お前さんか!」
「しばらくぶりだね」
「お久しぶりです、ナツメッグ博士。マルガリータも久しぶり」
一年ぶりの再会だ。
色々と積もる話もある。
俺はバニラに椅子を勧めお茶を用意すると、ナツメッグ博士とマルガリータの三人で彼を囲むようにして雑談を始めた。
「どうだ? 懐かしの母港の感想は?」
「いやぁ……久々に戻ってきて、色々びっくりしたよ。スームスームは前に無かった建物が増えて一年前より発展してるし、ハッピーガーランドも見覚えのない店に結構入れ替わってたよ。マジョラムの実家とかロブスター亭は変わってないけど、一年で随分と様変わりするものだね。あと、フェンネルが凄い楽器を使ってたね」
「エレキだな。一年前から開発はしていたが、あの時は色々と立て込んでいて、あまりそっちに注力できなかった。今はフェンネルのバンドも軌道に乗っているから、今度見に行くといい」
「うん、そうするよ」
この国で暮らす俺たちには緩徐な変化でわからないかもしれないが、記憶にある町が一気に刷新されたバニラにしてみれば衝撃的なことも多い。
彼が居ない間の一年に新しく生まれた物もあるので、しばらくは色々と楽しめるだろう。
「そうだ。ここに来る前に、ゴールドーンでローズマリーさんに会ってきたんだけど……ローズマリーさん、すっかり元気になってて、びっくりしたなぁ」
「ああ、最近は益々料理に凝り始めているらしい。何でも、料理本の出版とかの話も――」
そうして、バニラは帰国後に再会した懐かしい面々について語り、俺たちも最近は前ほど頻繁に顔を合わせなくなった楽団メンバーに思いを馳せた。
一頻り、バニラの軌跡も聞き終えたところで、それまで傾聴の姿勢だったマルガリータが口を開いた。
「ところで、バニラ。もう聞いているかい? 最近、コニーもトロットビークルに乗ってるんだよ」
「……へぇ、初耳だな」
「旧式の【カモミール・タイプⅠ】を愛用しておる。新車はぶつけるのが心配で中古を手に入れたらしいが、そんなに下手でもないの。もちろん、お前さんやグレイほどの才ではないが……」
そんな博士の言葉を聞くと、バニラは些か硬い表情を浮かべ何やら思案し始めた。
しばしの逡巡の後、顔を上げたバニラは俺に向き直る。
「グレイ、頼みがあるんだけど……」
「ん? 何だ、改まって?」
一拍置いて、バニラは口を開いた。
「僕と……バトルをしてくれないか?」
俺は思わぬ展開にしばし唖然とした。
思えば、バニラと正式に試合をしたのはビークルバトルトーナメントの準決勝の時以来……。
ダンディリオンとの死闘を乗り越え、厳しい航海を終え、この一年でバニラも色々な経験を積んできたことだろう。
きっと、彼は前より格段に強くなっている。
……だが、俺も足踏みをしていたわけではない。
今年もビークルバトルトーナメントは俺の王座防衛で幕を閉じた。
ビークルの細かな改良を施し射撃技術も向上させてきたフェンネルを準決勝で撃破し、戦術と技をより磨き上げてきたシュナイダーを決勝戦で下した。
俺も……そう簡単に負けるわけにはいかない。
「いいだろう」
バニラの挑戦を受け入れた俺は、家の表に停めた【ジャガーノート】のエンジンを始動させ、【カモミール・タイプⅡ】に搭乗するバニラと相対する。
マルガリータにナツメッグ博士、さらにどこから聞きつけたのかオットーやウィリーまで見物するなか、俺たちの戦いの火蓋が切って落とされた。
「じゃ、僕はもう行くよ。お邪魔しました」
「ああ、またいつでも来い」
修理を終えた【カモミール・タイプⅡ】に乗り、バニラはナツメッグ邸前の丘を下っていった。
俺は彼に手を振って応えると、何の気なしに愛機【ジャガーノート】に視線をやる。
右アームの強化ブレードを見ると、超合金の刃には数か所の刃こぼれが見受けられる。
正直、ここまでやられるとは思っていなかったな。
損傷個所は限局しているとはいえ、ダメージの深さでいえば過去一だろう。
まあ……勝つには勝ったが。
「まったく! 家の軒先であんな派手にやらかしおってからに……バニラのビークルをほぼオーバーホールする羽目になるとはの」
「すんません。可愛い嫁さんにいいとこ見せたくて……」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! 一体、誰が【カモミール・タイプⅡ】を修理したと思ってんだい!」
俺の尻を蹴飛ばしつつも、マルガリータは微かに頬を赤く染めながら顔を背けた。
いやはや……困ったね、本当に……。
彼女の機嫌は、生クリームたっぷりのおやつで取ることにしよう。
最近、脇腹の肉が気になるような素振りも見せるマルガリータだが……たまにはいいだろう。
そして、ネフロ方面へ向かうバニラの姿も見えなくなったところで、俺はふと口を開いた。
「エンディング後か……」
「ん? 何か言った?」
訝し気な視線を向けてくるマルガリータに俺は向き直った。
「マルガリータ、ここからの未来は手探りだ。これから先、どうなるか……俺にはもうわからない」
「…………」
「シナリオも原作も無い。知識も、記憶も、運命もアテにならない。俺たち自身の力で、失敗しながら、道を切り開いていかなくてはならないんだ」
俺はマルガリータの目をしっかりと見据える。
彼女も俺の視線を正面から受け止めた。
「ずっと……一緒に来てくれるか?」
俺の問いにマルガリータは答えなかった。
だが、問題ない。
マルガリータがツンデレなのは知っているから。
マルガリータが誰よりも俺を愛してくれていることを知っているから。
マルガリータが……彼女が俺を思う気持ちは、合わさった唇の熱さが伝えてくれるから。
ウミネコ海岸。
砂浜に打ち上げられた船の残骸と思わしき板に、一人の少女が腰かけていた。
ピンク色のビークルの足元を磯の小カニが横切っても、少女は微動だにしない。
ウミネコの泣き声も、押し寄せる波の音も、彼女は意に介さずじっと沖の方を見つめている。
彼女の視線の先にあるのは、未だ座礁しつづける旧ジュニパーベリー号の残骸か、それとも瓦礫だらけの入り江から続く無限の大海原か……。
そんな少女に、一人の少年が声を掛けた。
「コニー……」
少年の呼びかけに、少女はゆっくりと振り向いた。
早朝のナツメッグ邸にて。
普段なら、マルガリータが二度寝を決め込み、俺ものんびり朝食の用意をしている時間だが、今日の俺は慌ただしく外出の準備を整えていた。
トランクに荷物を積め終わった俺は、我関せずと紅茶を飲むナツメッグ博士に声を掛け玄関に向かう。
「じゃあ博士。ちょっくら行ってきますんで」
「ああ、気をつけてな。今回は長く掛からんのか?」
「ええ。急遽入った仕事ですが、軽いイベントの余興なんで、長期のツアーみたいなことにはなりませんよ」
正直、急な話は勘弁してもらいたい。
だがまあ、マジョラムから助っ人の依頼となれば、無下に断るわけにもいきませんわな……。
そんなやり取りをしていると、超特急でシャワーを浴びたマルガリータがダイニングに駆け込んできた。
「ちょっと! ハッピーガーランドに行くならあたしも連れてってよ」
「わかったわかった。楽団のお披露目が終わったら、スイーツの店に案内するから、そうカリカリしないでくれ」
「やったね!」
「おお、そうだ。忘れておった。グレイ、電気式の精錬装置のサンプルをオイルモーレ工場の担当者に……」
「はいはい、ついでにパシリをすればよろしいんですね」
取り急ぎ、速やかに解決すべきはマルガリータの爆発したヘアスタイルか……。
何はともあれ、俺はマルガリータを伴って予定ギリギリの汽車に飛び乗り、時間通りハッピーガーランドへ到着した。
列車のコンパートメントで髪をセットし直したマルガリータの手を引き、俺たちはロブスター亭に歩を進める。
そして、ドアを開けると……マジョラム、バジル、コニー、バニラの出迎えに続いて、客席のフェンネルがこちらへ視線を向けた。
「あ、グレイ。来てくれたんだね。マルガリータも、ようこそ」
「遅いよ~」
「それじゃ、さっそくリハーサルを始めようか」
「そうだね」
「おい、早く始めろ。わざわざ聞きに来てやったんだ」
いつも通りのメンバーに俺はやや苦笑いをしながら譜面を取り出す、
「待たせたな。さて、一曲目は……see you laterか」
俺がピアノの椅子に座ると、マジョラムもドラムチェアーに腰掛け、バジルはウッドベースを支えて弦を確かめた。
コニーがギターを持ってボーカルマイクの前に立ち、バニラがダンディリオンお手製のバイオリンを構える。
そして、客席のマルガリータとフェンネルが見守る中、俺たちはリハーサルを開始した。
「ねぇ、みんな。一つ提案があるんだけど……トロット楽団のリーダーを――」
ひとまず、これで完結とさせていただきます。
長きに渡り拙作をご愛読いただき、誠にありがとうございました。
続編の投稿につきましては、追ってお知らせいたします。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。