steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
『2』本編開始まで、もう少々お待ちください。
1話 月日は巡り
秋も終わりに近づいたピジョン牧場の朝。
窓の外から聞こえる羊の泣き声と、メリー乳業の三男エリッヒの羊を追う声で、俺は目を覚ました。
カーテンの隙間から漏れる朝日に思わず瞼を閉じつつ、手元はほぼ無意識にベッドを探って、隣のマルガリータの存在を確かめる。
「ん……」
ふんわりとした長い髪の感触を指先に捉えると、微かに鬱陶しそうな色を含みながらも、艶のある声が返ってきた。
目を開けて視線を下げると、当然ながらそこには昨晩も愛し合った美女が寝息を立てており、無防備に肩を露出し肌を晒していた。
毛先を弄ぶように彼女の髪を撫でつつ息を吸い込めば、微かにマシーンオイルの匂いが混じった魅惑的なフェロモンと花の香りが、俺の鼻腔を妖しく刺激する。
……相変わらず、マルガリータは朝に弱い。
まあ、毎晩のように平均3~5試合ほどこなしていれば、それも不思議なことではないか。
ビークルバトルだって一日に連続で何試合もすることは稀なのに、彼女の無尽蔵のスタミナと貪欲さと腰の強さときたら……。
「……んぅ……グレイぃ……」
夢心地のマルガリータは譫言のように俺の名前を呼びながら、ほぼ無意識に体をくねらせ俺に密着してきた。
……彼女のこういう姿を見ていると、昨晩の情事の濃密さにもかかわらず体が反応してしまうあたり、俺も人のことは言えないか。
しばらく髪を撫でていると、やがてマルガリータは薄っすらと目を開けた。
眠そうな仕草をしながらも、彼女の手は何かを探すように伸びてきて、こちらの存在を確かめるように俺の体をペタペタと触る。
「おはよう、マルガリータ」
「ん……おはよ」
彼女の耳元で声を掛けると、寝ぼけ眼のまま僅かに微笑んだマルガリータは、にじり寄るようにして俺の頬に軽く唇を触れさせた。
彼女はしばらく体を擦り付けるようにして温もりを楽しんでいたが、やがて安心したように脱力しそのまま二度寝の態勢に入ってしまう。
もう結婚して二年近く経つというのに、相変わらず彼女の魅力は俺を虜にして止まない。
ブラッディマンティスによる一連の騒動が収束しバニラを見送った後、俺はマルガリータと正式に夫婦となった。
改めてミームー村にはきちんと話を通し、略式だが結婚式も挙げた。
招待客はピジョン牧場とミームー村の人間の他、親しい友人たちが数名ほど。
オットーとウィリーのガレージの発射台の上で、神前式っぽく誓いの言葉を交わし見世物になるだけの簡単なお仕事だ。
神父役はいつぞやの廃屋のシスターが務めてくれた。
最初はネフロ教会を借りるつもりだったのだが、恥ずかしがり屋のマルガリータが断固拒否したため、その形に落ち着いたわけだ。
それでも、囃し立てるミームー村の連中を恨めしそうに睨みつけ、誓いのキスの場面では顔を真っ赤にして俺の足を踏みつけてくるあたり、彼女の免疫の無さは筋金入りだ。
夜に二人っきりだと、あんなに積極的なのに……。
何はともあれ、あの日以来マルガリータはずっとこの家で暮らしている。
一度、実家に荷物を取りに戻ったが、私物を纏めた後は自分の部屋を親戚の子どもに譲り、拠点は完全にこちらへ移した。
今の彼女の家はここなのだ。
俺と同じ家で過ごし、俺の作った飯を食い、俺と一緒に博士の研究を手伝い、俺と同じベッドで眠る……。
たまにミームー村の連中が船やビークルのことでマルガリータを頼って来るが、その時も彼らはナツメッグ邸の工房を訪れるようになった。
今では彼女の姿もすっかりピジョン牧場に馴染んだな。
工房の横で試作品の機械を博士と共に調整したり、飛行ビークルにイカれた改造を加えて盛大に事故るオットーとウィリーを博士と共に怒鳴り飛ばしたり……。
因みに、マルガリータと一緒に住むにあたり、家の居住区を増築することも検討したが、その話は結局流れた。
元々、俺が博士の助手になってここに住み始めた段階でナツメッグ邸は増築しており、部屋数やスペースは十分にあるからな。
何より、彼女の寝室は俺と同じ部屋だ。
要は『どうせ毎晩一緒に寝るのだから、家はこのままでもよくね?』ってことである。
取り急ぎ、若干窮屈だったベッドだけ、もう一回り大きなものに新調することにした。
例の、激しい営みにも耐えられる剛性が売りの、『ハッピーファニチャー』イチ押しの高級ベッドに……。
当然というか、俺が商品に付いてきた説明用紙を読み上げると、マルガリータの重いパンチが俺の顎を直撃したが……それも、今となってはいい思い出だな。
まあ、何はともあれ、俺たちは晴れて夫婦になったわけだ。
指輪も送ったし、純白のドレスも着てもらった。
普段のマルガリータはヒラヒラのスカートなど着ないし、指輪も作業の邪魔になると言って部屋に仕舞いっぱなしであるが……。
たまに彼女が部屋に一人で居るところをこっそり覗くと……指輪を嵌めた自分の薬指をじっくり眺めてニマニマとしていたり、ドレスを抱き締めて顔を赤らめジタバタとしている姿を発見できる。
そんな愛する妻の姿を拝めた日には、ネフロの『ファッション・ロンド』の女主人にふんだくられた数十万URも回収できた気になるから不思議だ。
……っと、こんなことを考えているのが本人にバレたらタダでは済まない。気を付けよう。
まあ、浮気や不貞を疑われるよりはマシか。
ノーラのときは、本当にヤバかったからな……。
シャワーを浴びた俺は、寝室に戻ると身支度を始めた。
未だ夢の中のマルガリータを尻目に、クローゼットから機能性の高い略式スーツを一式取り出す。
この服もネフロの『ファッション・ロンド』で手に入れてからずっと使っているので、随分と年季が入ってきた。
それでも生地は特に見苦しい煤け方をしておらず、裾や縫い目も簡単には解れてこないあたり、あのガメつい女店主も商品に対してはそれなりに誠実といえるか……。
俺はシャツを着た上に革製のショルダーホルスターを装備すると……サイドチェストから愛用のワルサーP38自動拳銃を取り出した。
シルバーメタリックのスライドを軽く引いて、薬室にも9mm弾が装填されていることを確かめ、セーフティが掛かっていることをチェックし、拳銃をホルスターに収納し左脇の下に収める。
シングルカラムのP38の弾倉は八発装填できるので、薬室の一発と合わせるとこの銃は九連発だ。
ショルダーホルスターの右側には予備マガジンが二つパウチにセットされているので、俺は常に最低でも二十五発を携帯していることになる。
以前は、盗賊のアジトで手に入れた六連発の38口径リボルバーを使っていたが、ブラッディマンティスの飛行船『グランドフィナーレ』内で撃ち合いになったときは、その火力の低さゆえに随分と苦労した。
いくら拳銃が緊急時の護身用に過ぎないとはいえ、いざという時に火力が足りないのは困るからな。
当然というか、このワルサー自体も、並の代物ではない。
元は、ブラッディマンティスの残党狩りの際に奴らの武器倉庫から手に入れた品の一つだが、後にマルガリータが改修してくれた最高品質の一丁だ。
俺が『グランドフィナーレ』で陥った状況を説明するが早いが、マルガリータは即座に俺用の自動拳銃を新たに見繕うことを決め、ワルサーの改良に取り掛かってくれたのだ。
性能に関しては……『グランドフィナーレ』との決戦の際には、飛行ビークル二台を整備する傍ら同時に軽機関銃を一丁組み上げてしまったあたり、マルガリータのガンスミスとしての腕は疑う余地が無いだろう。
事実、この銃に持ち替えてから結構経つが、今ではすっかり手に馴染み、俺の命を預けるのに不足の無い相棒となった。
元々、ワルサーP38は問題の多い銃である。
ドイツ製品らしく華美なデザインで、グリップ感が良く命中精度も良好。
しかし、耐久力や信頼性という点では、前任のルガーP08よりマシになったものの、さすがに発展途上の自動拳銃だけあり、軍用銃としてのスペックは決して高水準とは言えない。
例えば、P38のリコイルスプリングは、左右一本ずつスライドの内側に配置されており、後退したスライドを両側から細い二本のスプリングで前に戻す圧力を掛けている。
同時代の1911系や現代の自動拳銃では、銃身の下に一本の太いスプリングを内蔵するのが主流であり、この点でもP38は部品点数の多さと小さく細かい複雑な機構による耐久性の低下で、明らかに信頼性を損ねていることがわかる。
スライド自体も、上部を大きく削り取ってバレルを見せるデザインはともかく、いくつもの部品を組み合わせて複雑な形のカバーを形成している時点で、その剛性はお察し……大戦末期の品が暴発でスライドを飛ばしまくったのも納得だ。
他にも、スライド上部のインジケーター――薬室に弾が入っているかどうかを示す機構――に、機関部の外から引き金と撃発装置を繋ぐトリガーバー。
余計な機能や露出した稼働パーツが故障のリスクを上げることは、最早言うまでもないだろう。
極めつけは、フィーディングランプがほぼ平らな構造をしており、現代オートでは当たり前の給弾不良に対する備えが脆弱で、ラウンドノーズのメタルジャケット弾でも頻繁にジャムるという点だ。
もちろん、第二次大戦当時と現代の品では、9mm弾の形状も違うだろうが……それでも構造からして作動不良のリスクがあるのは否めない。
こんな具合に、無駄に多くのパーツを左右対称に配置し、複雑な機構をこれでもかと詰め込んだワルサーP38は、最初期のダブルアクションオートとして基幹メカニズムを確立した点はともかく、より洗練された精度と信頼性を持つ現代オートと比べると、どうしても見劣りするのだ。
一方、マルガリータによって魔改造された俺のワルサーP38は、形状こそ元の構造を踏襲しているものの、中身はほとんど別物だ。
まず銃身とスライドは、クロームモリブデン鋼にミスリルを配合した合金の削り出しだ。
研磨以外の表面処理を施していないためシルバーメタリックの色合いは若干目立つが、耐久力と耐熱性は量産品とは比べ物にならないくらい向上している。
さらに、機関部やトリガーバーなどの可動パーツも、ほとんどがミスリル合金製のものに交換されており、その耐久性と耐汚染性は飛躍的に上昇した。
材質でいえば、俺の愛用ビークル【ジャガーノート】のチェーンガンと同等であり、はっきり言って護身用の拳銃に使用されるレベルの素材ではない。
内部構造でオリジナルから大きく変わった点はというと、まずフィーディングランプの上部を延長してあることだろう。
スライドを引いて中を覗き込むと、銃身の後ろ側はやや張り出した屋根のような形になっている。
P38はじめ古い自動拳銃で多い、次弾を装填する際に弾頭が上向きにズレて起こるジャム……これに対応した設計で装填機構を改良することで、給弾の信頼性は大幅に上昇した。
ついでに、スライド表面上部のインジケーターも廃止だ。
きちんとした安全装置がある以上、そもそも拳銃は普段からチャンバーに弾を入れて携行するわけで、それでも薬室の弾を確認したかったらスライドを少し引いて中を覗けばいい。
何はともあれ、これでP38の耐久性と信頼性の問題は概ね解決だ。
もちろん、ここまでしても完璧な武器になったわけではない。
エキストラクターは相変わらず左側にあり、右利きの俺が撃つと目の前を空薬莢が通過することとなる。
これは、エキストラクターがトリガーバーやセーフティに干渉しない構造が、既に完成したメカニズムとして出来上がっているためだが……ここら辺を納得のいくまで改良するのは、さすがのマルガリータでも一朝一夕には無理だ。
グリップ底部のマガジンリリースも、現代で一般的な親指で操作できる位置にあるマガジンリリースボタンと比べると使いにくい。
マガジン容量はシングルカラムの八連発と、現代の自動拳銃なら装弾数はダブルカラムで十五発以上が当たり前という基準からすると、圧倒的に火力が足りない。
……とまあ、こんな具合に不満を言い始めたらキリがないが……今のところワルサーに文句はない。
そもそもこの世界では、9mm弾を使用する自動拳銃という時点で、火力と扱いやすさを兼ね備えた最新技術の部類に入る。
法執行機関や軍ですらリボルバーが現役である以上、自動拳銃と予備マガジンを数本所持しているだけでも結構なアドバンテージだ。
それこそ、この銃に持ち替えてから結構経つが、それから今に至るまでほとんど深刻な事態に直面していない以上、普段使いのキャリーウェポンとしては十分な備えと言えるだろう。
もちろん、この先の人生で……この先の『世界』でどのようなシチュエーションに遭遇するかはわからないが……その時はその時だ。
まあ、マルガリータはガンスミスとしても間違いなく一流なので、いざ必要になれば臨機応変にびっくりどっきりメカを製作してくれるだろうと思っているわけだ。
楽観ではなく信頼と言ってほしいな。
「んぅ……! ……朝……?」
俺が着替えと銃のチェックを終えた頃、マルガリータはベッドから起き出した。
枕元で身支度を整える俺を尻目にグースカ寝息を立てていた彼女も、そろそろ二度寝から覚める時間だ。
「マルガリータ、もうすぐ朝食だ。君もシャワーを浴びておいで」
「ん……」
寝ぼけ眼を擦りながら、一つ頷いたマルガリータは緩慢な足取りでシャワー室へと向かった。
彼女を見送った俺は、キッチンへ向かう前に、クローゼットからマルガリータの着替えを出し、脱衣所の棚の上に置いておく。
……一瞬、前に冗談半分で購入した際どいパーティードレスを置いてやろうかと思ったが、以前同じ試みをして失敗したのを思い出す。
あの時は、ドレスを完全無視でいつも通りの服装をしているマルガリータを見て落胆したものだ。
朝の弱いマルガリータなら、寝ぼけたまま用意された服を着てしまうかと思ったが……悪いことはできないね、まったく。
初っ端からいきなりオタク全開の説明回になってしまいました。
銃の設定に文字数を使い過ぎた……。
でも、皆さんお好きでしょ?
銀ピカのワルサーに、地味でコアなカスタムてんこ盛り。
次回はせめてビークルの解説までいきたいですね……( ノД`)