steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
身支度を整えマルガリータを浴室へ送り出した俺は、早速キッチンで朝食の用意を始めた。
自家製のソーセージをフライパンで炙り、マスタードを添えてプレッツェルを温める。
スクランブルエッグには生クリームを惜しみなく投入し、ボウルには濃厚なヨーグルトをたっぷり満たした。
若干ドイツ風のメニューだが、マルガリータはザワークラウトが苦手なので、野菜はピクルスとサラダ、あとはフライパンに残ったソーセージの脂で細切りのポテトを揚げ焼きにしよう。
さすがに朝からビールを出すわけにはいかないので、飲み物はいつも通り紅茶とコーヒーだ。
「よし、そろそろ完成だな」
当然、クリームもヨーグルトも、ここピジョン牧場で酪農を営むメリー乳業製だ。
新鮮で質のいいミルクがいつでも買えるのは、この牧場に住む者の特権だな。
逆に、ピジョン牧場に専業のベーカリーは無いので、毎朝焼き立てのパンを手に入れるのは難しい。
簡単なスコーンやビスケットなら自家製でもいけるが、本格的なクロワッサンやブリオッシュとなると……そこだけは郊外に住むデメリットだな。
まあ、最近は飛行ビークルで朝早く出るオットーが、ついでに『ネフロベーカリー』に寄ってうちの分もクロワッサンを調達してくれることもあるが……。
そんなことを考えていると、ちょうどダイニングに一人の足音が降りてきた。
「おはようございます、博士」
「うむ。おはよう、グレイ」
テーブルの上座に腰を下ろした眼鏡の小柄な老人は、俺が淹れた紅茶のカップにゆっくりと口をつける。
彼が、トロットビークルの開発者にして、多分野に精通する世紀の天才。
この工房の主であるナツメッグ博士だ。
着の身着のまま異世界に転移した俺を拾ってくれた恩人で、マルガリータの師匠でもある。
……思えば、俺が博士の助手になってもう四年以上は経つのか。
俺がこの世界に転移したのは、本編開始時の二年ほど前。
そこから本編エンディングを迎え、一年後の再会イベントを終え、さらに一年以上が経ち、もうすぐ季節は冬……俺ももう29になった。
時が経つのは早いものだ。
「ん? 何じゃ? 人の顔をジロジロ見よってからに」
「いえいえ。あ、ヨーグルトにはブルーベリージャムをどうぞ。目にいいらしいですよ。老眼に効くかはわかりませんが……」
「ふんっ、人を年寄り扱いしよってからに」
そう言いつつも、博士はヨーグルトのボウルにたっぷりのジャムを投入した。
アントシアニンはともかく糖分も取ることになるわけだが……まあ、健康が気になるのは俺も同じだし、今後は緑黄色野菜と青魚を今までより多めに取り入れるか。
そんな会話をしているうちに、俺の後にシャワーを浴びたマルガリータも食堂にやって来る。
洗いざらしのシャツに作業用の前掛けを身に着けた彼女は、微かに石鹸の匂いを漂わせながら俺の隣の席に着く。
こうして今日もナツメッグ邸の朝はのんびりとした朝食から始まった。
粗方ソーセージとプレッツェルを片付け、ヨーグルトに手を伸ばしたマルガリータは口を開いた。
「そういえば……今日だったよね? あの二人が帰って来るのって」
何の話かといえば、バニラとコニーのことだ。
数か月前から、二人は揃ってこの国を離れていたが、久しぶりに帰ってくることになったのだ。
「あんた、準備はしてるの?」
「ああ。昨日、スームスームに確認したが、近くの海域で天候不良や船の遅れは出ていないそうだ。十中八九、今日中に到着する。迎えに行ってくるよ」
「ほう、もうそんな時期じゃったか」
去年の夏の終わり頃、バニラはジュニパーベリー号の航海を終えてこの国に戻ってきた。
コニーと再会し、その後は数か月ほど二人で国内を回ったり、トロット楽団を再結成してロブスター亭で演奏したりしていたが……年明けには、バニラは再度この国から旅立った。
今度はコニーも一緒だ。
春先には、俺とマルガリータの結婚一周年記念に軽く食事会でも開こうと思っていたのだが、招待する間も無く二人は出立してしまった
結婚記念日を大々的に祝うことにあまり前向きでなかったマルガリータも、バニラたちを呼べないことに関しては随分と残念がっていたものだ。
その後も、旅先の二人から時折手紙は来ていた。
近況の報告だったり、立ち寄った街の情勢だったり……一度現地のバイオリニストにナツメッグ博士を紹介したなんて話も書いてあったな。
その数週間後、コニーの紹介状を持ったハレーという男が本当に現れたときは、俺も少し驚いたものだ。
バニラとコニーの二人は、近くの都市群をいくつか回り旅をしていたそうだが、春夏はずっとオリオンシティで過ごしていたという。
あそこはペガサス社のお膝元で、大規模なビークルバトルの大会が常に開催されている活気に溢れた街……居心地も良かったのだろう、
二人が出立して既に一年弱が経った。
ゲーム本編エンディングの時期から過ぎた時間はもう二年以上……今年で二人とも19になったか。
あの二人がのんびりとやっている間に、この国も色々と様変わりしている。
技術も経済もネットワークも……新しいものが増え、アップデートされてゆく。
浦島太郎状態の若者たちが一年近くの放浪を終えて帰って来るとなれば、出迎えないわけにもいくまい。
「本当はあたしも行きたかったんだけどね……」
「二人水入らずで、あちこち旅をして帰ってきたばかりだ。あまり大勢で囲むのもな……。落ち着いたら顔を出すよう伝えておくよ」
「それがいい。長旅であ奴らも疲れておるじゃろうて。グレイ、何か美味い物でも食わせてやれ」
「ええ、そのつもりです」
そんな会話をしながら、俺たちはテーブルの上の料理を全て片付けた。
朝食にしては若干重めのメニューだったが、マルガリータはビークルの整備でよく動くし、博士も年の割には健啖家なので、この程度のボリュームはまるで問題にしない。
そして、ダイニングの片付けと皿洗いを終えた俺は、早速ナツメッグ邸のビークル工房は向かった。
駐機スペースに向かうと、一台の黒塗りのビークルが鎮座しているのが目に入る。
俺の愛機【ジャガーノート】だ。
元々は盗賊団からかっぱらった機体で、ガワも中身もありふれた品だったが、俺の改造プランとナツメッグ博士の技術の融合により、超強力な戦闘ビークルへと変貌を遂げた。
まず、エンジンには摩耗に強く耐熱性に優れるミスリル製パーツを使用し、高出力のハイブリッド型機関を搭載している。
増設燃料ポッドに小型補助エンジンも内蔵した動力系はもちろん、人脚ノーマルM強化型パーツを筆頭とした足回りにも改良が加えられており、駆動系はスムーズ且つ低燃費で非常に強いパワーを発揮できる優れモノだ。
ボディはもちろんミスリル製の装甲を何重にも搭載したオリジナルの耐水ボディL。
下手な武装では傷一つ付かないが、そのパワーや耐久性とは裏腹に軽量化にも成功しており、水上でも十分に運用可能な仕様となっている。
ブレストパーツは生存能力を高める装甲ブレスト、風防パーツにも操縦者を保護する機甲を施しているため、防御の方も抜かりない。
もちろん、武装は機動力と火力を両立するカスタム品だ。
右アームには、ダンジョン産の黒鉄とオリハルコンでパワーアップした、強化ブレードアーム。
細身の刀身ゆえの軽さと振りの速さを維持しながら、耐久性や切れ味は原作最強の近接武器エクスカリバーアームにも引けを取らない。
銃身と機関部をミスリル合金で作ったチェーンガンは、ガトリングアームと同等の火力を維持しながら単銃身で装填機構も単純化したため、精度も信頼性も格段に向上し弾薬容量も二倍ほどに増えている。
……とまあ、ここまでなら、数年前に施した改修と変わらない。
コストを度外視し、魔法金属資源をふんだんに使い、ナツメッグ博士と協力して作り上げた一点物の機体は、まさに原作ブレイカーな規格外だが……トロットビークルが誕生してはや数十年。
大手企業が開発販売するビークルも、その基礎技術は着々と進化を続けている。
石油プラント技術の向上、飛行ビークル技術の登場、電気工学の認知……どれもここ数年の出来事だが、そうした世間の情勢は間違いなくビークル開発にも影響を及ぼした。
最近では、ビークル販売最大手の『ラズベリーリーフ社』がこれまでの【カモミール・タイプⅡ】型の機体を大きく値下げして、最新の【カモミール・タイプⅢ】を売り出したと聞く。
これがなかなかの代物で、量産型でも数年前の中堅ビークルバトラーのカスタム機体と変わらない運動性能を持ち、汎用パーツのバリエーションも大幅に増えたらしい。
さすがにコストの問題で、【ジャガーノート】を上回る火力と機動力と防御力を兼ね備えた機体はまだ普及していないが、それでもビークル製造工業のレベルは確実に上がっているわけだ。
そんななか、当然俺たちもただ手を拱いていたわけではない。
トロットビークルを発明した天才の名に懸けて、ナツメッグ博士は日々精力的に新しいパーツや機体部品の開発に取り組んでいる。
最近では、マルガリータも本格的に【ジャガーノート】の改良に参加しているため、俺の愛機の性能は益々向上していた。
まず挙げられるのは、何と言っても射撃武器のアップグレードだ。
【ジャガーノート】の左アームには、強力なガトリングアームの発展型ともいえる単銃身のチェーンガンが搭載されているが、マルガリータは空冷用のベンチレーションリブの形状を改良するのと同時に、アンダーバレルに武装をもう一つ追加してくれた。
チェーンガンの精度や信頼性を損なわないだけでも大したものだが……追加された武器の規格は何と、長距離キャノンアームと同口径のミサイルランチャーだ。
小型化と短銃身化により長距離砲撃の正確性は若干低下しているため、一撃必殺という点ではフェンネルの【ブルー・サンダー】にやや劣るが、マルガリータは地味にレーザー式の同調形照準補助装置も風防パーツに取り付けてくれたため、通常の交戦距離であれば何も問題ない。
バックパーツの増設弾倉なしでは純正の長距離キャノンアームより携行弾数は減るが、誘導弾や炸裂弾、特殊弾頭を撃てるようになったことは、大きなアドバンテージだ。
乱戦時や面制圧攻撃を必要とする場面では、戦術の幅が広がるだろう。
因みに、チェーンガンやランチャーのフレームは、ミスリル仕上げの上にパーカーライジングの反射防止加工を施してあるため、強烈な火力とは裏腹に隠密性も兼ね備えている。
さらに右アームに装備する強化ブレードにもさらなる改良が施した。
つい最近になってマルガリータが完成させた高速振動装置を刀身に組み込んだのだ。
まさか、バイブレーションソードが実用化するとはな……。
この機能を搭載したことで、強化ブレードはさらに攻撃力と切断力を増した。
最初の頃は、不規則な振動でアームの基礎部分に負荷が掛かり、【ジャガーノート】を何度も工房へ入院させるハメになったものだが……今はビークルのスクラップを連続で両断しても刃毀れすることさえ無くなった。
……そういえば、高周波振動は切断速度が上がるだけで、切断能力そのものは刃自体の耐久力と切れ味に依存するため、切れないものが切れるようになるわけではないと聞いたが……さすがにここまでのトンデモ兵器になってくると、俺にも理解が追っつかない。
スチームでパンクな『何か』があると納得するしかないな。
そしてもちろん、エンジン系や発電機も以前とは比べ物にならないほど性能が上がっている。
エンジンの回転や操作伝達系のラグが圧倒的に少なくなったことは、より操縦者の思い通りに機体を動かしやすくなったことを意味する。
これは、事故防止にも戦闘機動を取る際にも重要だ。
おまけに、最近ではマルガリータが調整した最新の電子制御系と改良型の駆動モーターによって、エンジンの超静音稼働と一定時間の完全電動駆動が可能となった。
一見、地味な改造だが、この機能の有無の差は意外と大きい。
可動音が静かになれば奇襲や攪乱がしやすくなるし、改良型の熱処理機構と電動駆動モードを合わせれば、疑似的なサーマルステルス状態――エンジンの熱源を追尾する火器から逃れることも可能となる。
確実性と使いどころの難しさは未だに課題だが、生存能力の向上には間違いなく一役買っている機能だな。
あとは、大容量のキャリアーWをベースに、展開式のステージや予備弾薬箱をモジュラー化したバックパーツ。
さらに、助手席には昨今の電話の普及を鑑みて博士が開発した試作品の無線機を搭載している。
暗号化通信がまともに存在しない時代においてはなかなかのオーパーツだ。
あと、これは極秘の研究ということになっているが……【ジャガーノート】のコクピットには、アクティブ型の赤外線暗視装置も搭載されている。
観測スコープに赤外線投射器を取り付けた、暗視装置としては古い形式の代物だが、これがあれば夜間のビークル操縦の概念が大きく変わる。
ここまで行くと、さすがに兵器としてのレベルが高すぎて笑えないが……まあ、いずれは誰かが辿り着くものなので、そこら辺は博士も割り切ってくれているのだろう。
【ジャガーノート】がコスト度外視の一点物ビークルとはいえ、大企業の開発レベルを常に上回るパフォーマンスを実現できているのも、ひとえにナツメッグ博士とマルガリータの協力あってのことだ
何はともあれ、二人の信頼のもとこれだけの代物を預けられた以上、俺も半端な気持ちでビークルに乗るわけにはいかないな。
ビークルの解説、終わらんかった......。
なるはやで更新しますので、もう一つの重要アップデートはまた次話で。
パーツや機構のまとめも、次話で掲載いたしますm(__)m