steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
翌日、俺とマルガリータはナツメッグ博士から事の詳細を聞いた。
ベーコンエッグにトマトのサラダ、ベイクドビーンズにカリカリのトーストを添えた朝食を摂りつつ、まずは昨日の速達について博士から説明を受ける。
「端的に言って、手紙の内容は王都からの召喚状じゃな」
意味のない仰々しい文章で八割が埋め尽くされた書簡は酷く読みにくいが、要約すればそういうことだ。
名目としては……件の『グランドフィナーレ』によるハッピーガーランド爆撃、ブラッディマンティスとダンディリオンの反逆について、ナツメッグ博士に王宮まで直々に説明しに来いということである。
王宮が授与した爵位(笑)やら肩書きやらを理由に、国王陛下の忠実な臣下であるナツメッグ博士には、説明と釈明の義務があるのだと。
「なるほど……しかし、今さらですか? 『グランドフィナーレ』とブラッディマンティスの件って、あれからもう2年以上は経っていますけど……」
少なくとも、額面通りに受け取る話ではない。
事情については既にガーランド警察含め政府機関からとっくに報告が行っているわけだし、その脅威についてもきちんとレポートされている。
今さらナツメッグ博士本人を呼びだして聞くことも無いだろう。
そのうえでわざわざ博士を呼びつける理由といえば……『グランドフィナーレ』の飛行技術、その他ブラッディマンティスの開発したテクノロジーについて、ナツメッグ博士に分析させて軍事転用し、それをこの国だけで独占しようという腹か。
政治的な意図や背景と考えれば、それが一番しっくりくる。
しかし……。
「あれ? でも、先生。飛行ビークルはもうそれほど珍しいものじゃないですよね? グレイもオットーもあちこち乗り回しているし、都会ならもっとたくさん飛んでいるんじゃ……」
「うむ、マルガリータの言う通り、既に飛行技術自体は未知の代物ではなくなった。他のブラッディマンティスの軍事技術に関しても同様じゃ。もちろん、わしに兵器の研究をさせようという輩は大勢いるが……研究者なら、王都にも腐るほど居るでな。それこそ、己の地位と金のためなら何でもする奴らがの」
そうなると、やはり目的は他にあるのか。
わざわざ年単位の時間が経ってから蒸し返すあたりも怪しい。
しばしの逡巡の後、ナツメッグ博士は口を開いた。
「大方、ダンディリオンがわしの愛弟子だったことじゃろうな」
「……なるほど。ダンディリオンの反逆罪を口実に、博士を糾弾すると?」
「向こうの出方次第ではあるが、そういうことを企みそうな輩は居る。わしの功績を邪魔に思う者、利用しようとする者は……心当たりが多すぎてさっぱりわからんの」
「そんな……」
なるほど。
悲痛な顔をするマルガリータには少し酷な話かもしれないが、所詮そんなものだろう。
ダンディリオンの件で謂れのない咎をでっち上げて博士を責め立て『許してほしいか?評判を落とされたくないか? なら利権を寄越せ』という具合か。
こじつけもいいところだが、そういう厚顔無恥な奴らはどこにでも居るものだ。
そして、そういう類の連中は少しでも甘い顔をすると味を占め『また寄越せ、もっと寄越せ』となるのが目に見えている。
「王宮から任命された爵位も役職も、わしには無用の物じゃ。返せと言うなら喜んで返してやるわい! だが……どちらにせよ、王都へは行くしかあるまいの。国王陛下からのお達しとあれば、無視するわけにはいかんからな」
「わかりました。俺も護衛として同行ですね」
「うむ」
念のため、武装やビークルの装備は整えていくが、その他の脅威に関しては俺にできることは何も無い。
申し訳ないが、その王宮とやらに蔓延る魑魅魍魎の対処は、博士自身に頑張ってもらうしかないな。
もちろん、その過程で武力行使が必要なら、俺も当然ながら黙っているつもりはないが……。
「……ねえ、グレイ」
「うん?」
「あんたも、王都は初めてなんだよね?」
何となく重い雰囲気を感じ取ったのか、マルガリータは遠慮がちに俺に水を向けた。
「ああ、無いな。前にトロット楽団で『王都進出が~』なんて話はあったが、結局叶わずじまいだ」
ブラッディマンティスによる油田占拠事件とガラガラ砂漠決戦が終わった後、マジョラムは色々と公園の予定を立てていたようだが……それも、『グランドフィナーレ』の出現と爆撃でご破算になった。
当然、マルガリータにも王都へ行った経験などあるわけも無い。
彼女は鉄道が出来まで村から出たことが無かったし、その後もネフロ近郊へ買い物に行くのが精々だ。
俺と結婚した後も、何だかんだで色々と仕事が立て込んで、結局今の今までこの地域を離れたことが無かった。
……それを思うと、俺は彼女に随分と不自由をさせたのではないだろうか?
旅行一つ連れて行ってやれない夫って……。
しかし、落ち込む俺を尻目に、マルガリータは努めて明るい表情で口を開いた。
「じゃあ、あんたにとっても初めての遠出だ。楽しみだね」
「あ、ああ……」
「たまには着飾って煌びやかな通りを歩くのも悪くないよね。あ、そうだ! あたし、前から気になってた服があるんだ。王都の有名な店で売ってるらしいんだけど……一緒に買いに行ってよ。えっと、それから――っ」
まったく……彼女には敵わないな。
どうやら、気を遣わせてしまったようだ。
そっと肩を抱き寄せると、マルガリータはやや戸惑った表情を見せるも、やがて静かに俺に頭を預けて抱擁を受け入れた。
「……そうだな。新婚旅行というには少し遅すぎる気もするが、せっかくの機会だ。面倒事は博士にぶん投げて、俺たちは大都会を楽しむとするか。君の美しい姿を王都の奴らなんぞに拝ませてやるのは、少し癪だが」
「っ……」
頬を染めたマルガリータが脇腹を肘で小突いてくるが、彼女との結婚生活も長い。
俺くらいのレベルになると、この程度のツンデレは最早ただのデレだ。
何はともあれ……色々と面倒事が付随する王都行きだが、せっかく遠方へ旅するならその内容は実りあるものにした方がいい。
博士には悪いが、楽しむべきところは楽しませてもらうさ。
皮下脂肪と筋肉を貫通した打撃属性のダメージに脇腹を摩りながら、俺は気を取り直してナツメッグ博士に声を掛けた。
「ついでに色々と売り込んできますよ。首都ともなれば、見栄っ張りの旧家から成金まで、金持ちが多く集まっているでしょう。出発までに商品サンプルを用意します」
「お前さんは本当に商魂逞しいの……」
ナツメッグ博士は肩を竦めてため息をつくが、新しいガスや石油製品以外にも俺の発案で開発された商品はたくさんある。
洗濯機や冷蔵庫は既に広く売り出しているため今さら都会へ売り込むまでもないし、フレーバー付きのシャンプー・リンスなんかもとっくに広まっているので最早デカい利益を生むほどの品ではないが……他にもまだ手札はあるのだ。
例えば、電気の普及に際して開発した電化製品――掃除機やエアコン等――に、最近ミームー村で余剰の漁獲資源を利用するため始めたサバ缶などの缶詰類。
いち早く王都への販路を確保して、新設する法人の初期株を受け取れば、それだけでも結構な利益になるはずだ。
「とにかく、主語は王宮からの召喚じゃ。お前さんたちもあまり浮かれるでないぞ」
俺は博士の言葉に生返事をしつつ、旅程と今後の展望に頭を巡らせていた。
そして、数か月後。
年が明け、冬も終わりに近づいたころ、俺たちナツメッグファミリーは漸く出立の準備を整えた。
王都へは、スームスームから長距離航海が可能な大型船に乗り、外海から運河を経由して行くことになる。
既に召喚状が届いてから大分経っているが、さすがに真冬は船が運河を通れないので、王都行きは雪解けを待ってからとなったわけだ。
もう船の手配は済ませている。
あとは荷物を用意して港で船に乗るだけと思いきや……当然と言うか、心配性なようでいて天然なところもあるマルガリータと王都行きに乗り気でないナツメッグ博士のコンビは、出発直前になって慌ただしく準備をするハメになった。
「マルガリータ、そっちの荷物は大丈夫か? 整備用品とか全部【クラフトマンシップ】に収まるか?」
「うん、多分何とか……。先生が言うには、向こうで調達できないのは、細かい道具がほとんどらしいけどね。でも使い慣れたのが無いのは困るし……」
「博士、重ね着用のセーターは持ちました? まだ冷え込みの厳しい季節です。あまり負担が掛かると、ご老体には厳しいかと……」
「人を年寄り扱いするでない! ……そんなことより、お前さんの方は終わっとるのか?」
「ええ、こっちはもう準備万端ですよ」
そっとSサイズの合成繊維のセーターを差しだしながら、俺は返答した。
俺の愛機【ジャガーノート】も含め荷物は全て船の貨物室に載せていくことになるが、旅先に持っていくパーツはそれほど多くない。
武装はいつも通り高周波ブレードとキャノン付きのチェーンガンに前面は装甲ブレストで、摩耗しやすい銃身とボルトは予備を積んでおくとして、弾薬も少し余裕がある数を積んだ。
あとは最低限のバックパーツ交換モジュールくらいか。
この程度なら、多少無理をすればキャリアーバックにまとめて積載できる。
因みに博士曰く、王都上空は飛行規制が掛かっており、飛行許可はまず下りないだろうとのことなので、今回は飛行パーツはなしだ。
自分のビークルを飛ばせないのなら、わざわざ余計な資材で船の貨物スペースを圧迫する必要は無い。
あとは当座の着替えと身の回りの小物を詰め込んだスーツケースを、サックスのケースと一緒にビークルのコクピットやシート下に積み込んだ。
ワルサーの予備マガジンと9mm弾を少し多めにダッシュボードに収納し……念のため、マルガリータが作ってくれたスタンガンも持っておくか。
敵を殺さずに捕えたいときや、銃を失い殴り合いになったときの護身用だ。
こんなものに頼る機会など無いに越したことはないが……。
何はともあれ、俺の準備といえばこんなものだ。
俺も少し前までトロット楽団メンバーとして活動しハッピーガーランドや各地を行き来していたので、旅支度には慣れている。
因みに、王都へ売り込む商品サンプルは、業者のビークルで船に搬入し運ぶよう手配を済ませている。
あれはさすがに自分たちだけで運ぶのは骨が折れる量だからな。
「ところで、お前さんたち……顔見知りに声は掛けたのか? しばらくこの辺りを留守にすることになる。挨拶がまだなら、今日中に行ってくることじゃ」
「ええ。つい先日、ミームー村の方には伝えてきました」
「俺もハッピーガーランドでマジョラムとフェンネルには話してきましたよ。しばらくは二人もローズマリーさんの様子を見に行ってくれるそうです」
最近では、ほとんど健康体になったコニーの母親ことローズマリーだが、呼吸器に基礎疾患があったことはやはり無視できない。
今でも俺は定期的に様子を見に行っているし、ナツメッグ博士も薬は処方していないが、ちょくちょく健康によさそうなものを差し入れている。
まあ、今はコニーとバニラも帰ってきているので、そうそうヤバイことにはならないだろう。
どちらかといえば、ローズマリーの元に集まることで、フェンネルやコニーたちがいい感じに打ち解けて話せる機会になることを期待したい。
あの二人は、未だにどこかぎこちない雰囲気が残っているからな……。
もちろん、付き合いが長いだけあってお互いの気質を理解しており、険悪な関係では全くもってないのだが……。
最近は、バニラがフェンネルのエレキバンドに参加して、コニーもロックライブを見に来ることも増えているようだし、周囲がこれ以上世話を焼くことも無いと思うが……ま、ちょっとした年上からの気遣いだ。
そうこうしている内に、マルガリータの方も【クラフトマンシップ】のバックパーツをパンパンにしてどうにか準備が終わったようだ。
「よし、と。こっちも終わったよ。……王都、楽しみだね」
「ああ、夜景を空から楽しむことができないのは残念だが、他にも色々と見る場所はあるさ。向こうに着いたらあちこち見て回ろう」
そんな具合に肩を寄せ合う俺たち夫婦を尻目に、ナツメッグ博士は終始憂鬱そうな様子だが、俺とマルガリータにしてみれば初めての長期旅行である。
しかも、行き先がハッピーガーランド以上の大都会で首都ともなれば、どうしても期待や興奮が先に立つというものだ。
「何度でも言うが、王都なんぞそんなにいい場所ではないぞ……中央の連中は見栄と虚栄心で生きておる愚物ばかりなうえに、宮廷は人を見下すことでしか己の価値を確認できない魑魅魍魎が――」
ナツメッグ博士は相変わらずブツブツと文句を言い続けるが、いくらボヤいたところでスーツケースの中身は自動で収納されませんぜ。
そしてついに、出航の日がやって来た。