steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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7話 船旅

 

 前日入りしたスームスームのホテルで身支度を整えた俺たちは、レストランで朝食を済ませるとホテルをチェックアウトした。

 今日はいよいよ王都へ向けて出発だ。

 俺は【ジャガーノート】の助手席にナツメッグ博士を乗せ、マルガリータの運転する【クラフトマンシップ】と連れ立ってスーム海浜公園へ向かう。

 既に漁船や市場関係の船は港を出払っている時間帯だが、沿岸にはまだかなりの客船が残っていた。

 さすがに一般の乗客を漁師と同じタイムスケジュールで動かすわけにはいかないので、この手の客船の出航時間は午前中でも昼近くになってからだ。

 もちろん、現代の夜行フェリーのように、夜中に港を出るわけにもいかない。

 障害物の無い広い外洋での航海ならともかく、港の近くで視界が効かないのは他の船や堤防との衝突リスクが上がってしまうからな。

 そんなことを考えながらビークルを走らせ、大型の汽帆船が停泊する船着き場に到着すると、俺たち一行を懐かしい顔が出迎えた。

「来たか。時間通りだな」

 タラップを降りてきたのは、制服をビシッと着こなし、肩にオウムを乗せたいかにも海軍士官っぽい女性。

 今回、俺たちが乗る大型船『ジュニパーベリーⅡ世号』の艦長……ではなく、艦隊司令のシブレットだ。

「ああ、キャプテン・シブレット……いや、今は提督(アドミラル)あたりか? 司令殿」

「よしてくれ。資金が貯まり船は増えたが、私もまだまだ手探りでやっているところだ。過分な評価だよ」

 ブラッディマンティスの件が片付いた後、シブレット率いる『ジュニパーベリーⅡ世号』は一年のテスト航海を終え、バニラが船を降りた後も次々と困難な航海を成し遂げた。

 好事家が賞金を懸けていた珍品の調達に、ドン・スミスから直々に依頼された海路の確保、セントジョーンズ卿の協力で設立された医療機関への医薬品・物資の供給。

 他の船や船団が事故や盗賊団との戦闘で消息を絶つなか、シブレットたちは数度の航海を通してスームスームへ大きく貢献し、各所から多くの信頼を獲得してきた。

 交易艦隊として莫大な利益を得た元ジュニパーベリー号のクルーたちは、そのまま分け前を手に引退した者も居るが、多くは船団に残り、余剰の資金で新たな船を手に入れて船団を組み、今も冒険や航海を続けている。

 何はともあれ、今や彼女たちは多くの船乗りから尊敬を集める、成功者になったわけだ。

 そして、今の艦隊旗艦『ジュニパーベリーⅡ世号』の艦長はといえば……。

「よお、グレイの旦那。聞いてるぜ。乗客ってのはあんたら一行だな」

「ああ。王都までよろしく頼むよ、ミゲール」

 以前はジュニパーベリー号の副長だったミゲールだ。

 彼もいつか自分の船を持つのが夢だと語っていたが、まさかシブレットからジュニパーベリー号を引き継ぐとはな……いかにも筋肉馬鹿っぽい船員だった彼が出世したものだ。

 そんなことを考えていると、隣のシブレットが口を開いた。

「事情は聞いている。高名なナツメッグ博士を王都へ送り届ける任、誠心誠意果たさせてもらおう。それと……グレイ。我が艦隊の栄達は全てお前のおかげだ。我々は受けた恩は忘れない。私の名において、安全な航海を約束する。お三方を間違いなく王都へ送り届けよう」

 肩肘張ったシブレットの言葉に、ナツメッグ博士は些かうんざりしたような様子だが、生真面目なシブレットの気質は博士も理解しているので、そこは素直に礼を言った。

「よぉし! グレイの旦那のコンテナは全て積み込みが終わったぜ。後はあんたらのビークルだけだな。さ、あとは俺らでやっておくから、客人は船室で寛いでいてくれよな」

 そしてついに、俺たちは王都へ向けて出発した

 

 

 重厚な蒸気機関の稼働音を響かせ、『ジュニパーベリーⅡ世号』はスームスームの港から出航した。

 上甲板の方からは、乗組員がドタドタと走り回る音が床越しに聞こえてくる。

 野太い声の指示出しや報告のやり取りのほか、時折警鐘のような音も聞こえてくるあたり、随分と忙しいみたいだな。

 まあ、沖合に出るまでは、港を出入りする他の船とすれ違うことも多いので、色々と気を遣うことも多いのだろう。

 出航直後に衝突事故など起こしたらコトだ。

 しばらくすると、船はゆったりとした航行ペースに移行し、外海の波による規則的な上下運動が椅子の下から伝わって来た。

「おっ、エンジンが止まったみたいだ」

「ふむ、いい風を捕まえたようじゃな」

 船倉の方から響くエンジン音が途切れたことから察するに、ここから外洋に出てしばらくの間は、燃料の節約のため帆を展開して風に乗って航行するのだろう。

 最新式の内燃機関と改良型の補助帆を併せ持つ『ジュニパーベリーⅡ世号』なら、こうした器用な真似もできるのだ。

「波も変わったね。あたしは湖にしか出たことが無いから、話に聞いた程度だけど……こういう横波に耐えるためには、船体を覆う板材を――」

 元々、船大工だったマルガリータからすれば、どうやら船の構造やシステムに興味津々のようだ。

 マルガリータとナツメッグ博士は、喫水がどうとか難しい話をしているが、残念ながらそこまで専門的な話になると俺はお手上げだな。

 因みに、今回俺たちが寝泊まりする船室の方だが……乗り心地は思ったより悪くなかった。

 大型のスーツケースを広げるのに十分な床面積はあるし、書き物用のデスクにクローゼットまで完備している。

 少なくとも、前世で俺が住んでいた安アパートよりは遥かに豪華で快適だ。

 『ジュニパーベリーⅡ世号』はあくまでも私掠船兼輸送船なので、そういう設備には期待していなかったが、なかなかどうして立派なものじゃないか。

 さらに、ナツメッグ博士に用意された部屋は一番広いVIP仕様で、テーブルセットに調度品も地味ながら洗練された物が揃えられている。

 王都行きには文句タラタラの博士も、この居住環境には文句が無いらしい。

 とはいえ、船には他の乗客も居り、必要以上の場所を占領するわけにもいかず、当然ラウンジのような気の利いた設備も無い。

 そういった理由もあり、俺たちはこうしてナツメッグ博士の部屋に集まり入り浸っているわけだが……。

「ところで、お前さんたち。甲板の方には出なくていいのか?」

「ん? 甲板っすか?」

「外海に出れば、視界に入るのは見渡す限り海面だけじゃ。引きで見るスームスームの景色を楽しみたいのなら、今の内じゃぞ」

「なるほど、確かに」

 ナツメッグ博士の言葉に俺は頷いた。

 肝心のマルガリータはあまり興味無さそうだが……。

「マルガリータ、マストや船の設備の方なら、君も興味があるんじゃないか? 『ジュニパーベリーⅡ世号』はあらゆる技術の粋を結集した最新鋭艦だ。それに、夜間の立ち入りは安全上できないだろうし、これから航海が佳境に入ればクルーたちも忙しくなる。色々見学するなら今の内だろう」

「そうだね……そういうことなら、あたしも行こうかな」

 念のため、俺はナツメッグ博士に向き直りそちらにも声を掛けた。

「博士は?」

「わしは夕飯まで寝ておる」

 夕食までの腹塞ぎに焼き菓子を平らげ、俺の淹れた紅茶を飲み干したナツメッグ博士は、大きく欠伸をしてベッドへ横になった。

 俺たちに気を遣ってくれたのか、はたまた王都行きが憂鬱過ぎてフテ寝を決め込むつもりなのか……まあ、せっかくの機会だし、俺たち夫婦は甲板デートと洒落込ませてもらうか。

 余談だが、俺とマルガリータは夫婦なので、寝室は二人で一つだ。

 部屋の内装は他の上級船室と変わらないが……何故か、俺たちの部屋はベッドだけやたらと豪華で大型のものが入れられていた。

 これは……キャプテン・シブレットの気遣いか、もしくはミゲールの冗談か……。

 どちらにせよ、頻繁に洗濯ができない船上において、ベッド上を大惨事にするのは論外だ。

 そのくらいは、さすがの俺も心得ている。

 だから、マルガリータ。

 そんな恨めしい目で俺を見ないでくれ……。

 

 

 

 

 船室から出ると、俺たちは上甲板をぐるっと一周するように歩き、船の設備を一つ一つ見て回った。

 迫力のある三本のマストに、船体の真ん中から大きく突き出した煙突、ウインチやクレーンなど大型の作業機器。

 俺にはよくわからないが、マルガリータはじっくりと船の設備や作業をしている人間を観察し、近くに居る船員にテンション高くあれこれと質問している。

 俺は興味ない素振りを見せず、根気よくマルガリータに付き合うが……正直、気が気でない。

 美しいマルガリータから楽し気に声を掛けられた船員は、皆一様に鼻の下を伸ばして相好を崩す。

 どいつもこいつも紳士ぶっているが、ゴツイ顔を赤くして時折マルガリータの方へチラチラと視線を送っているのがバレバレだ。

 俺も彼女に至近距離から見つめられると未だに同じ反応をしてしまうので、彼らの気持ちはよくわかるが……おい、調子に乗るなよ……!

 てめぇらはサクッと質問に答えて消えりゃいいのだ……!

「なるほど。このサイズの船になるとそんな設備もあるんだね。勉強になったよ」

「へ、へい! そりゃ何よりで……そ、それじゃ。奥さん、オレはこの辺で失礼を……。グレイの旦那も……っ」

 俺の醸し出す剣呑な殺気に、マルガリータと話していた若いクルーはそそくさと立ち去った。

 こっちから声を掛けておいて早々に追いやるとは、我ながら意味不明なことをしている自覚はあるが、彼女に群がる悪い虫を追い散らす方が先決なので仕方ない。

「ああ、ありがとね……って、もう行っちゃった。どうしたんだろ?」

「さあな」

 マルガリータからすればクルーたちの行動は挙動不審にしか見えないゆえ、彼女は怪訝な表情で首をかしげるが、俺は努めて冷静にはぐらかした。

 因みに、今日のマルガリータには寒さ対策のためモコモコのフリース生地のジャンパーを着せてきたが……正解だったな。

 薄着だと、彼女の豊かな胸元のシルエットがどうしても目立ってしまう。

 美しい妻に野暮ったい装いをさせることには些か抵抗があったが、他の野郎どもに見られるのに比べれば些細な問題だ。

 それに、本人は機能性の高い服に大満足のようなので、まあ良しとしよう。

 そんなことを考えていると、マルガリータは設計図やら意味不明な数字を書き込んでいたノートを閉じて、俺に向き直った。

「さて、甲板で気になるのはこんなところだね。次は機関室とビークルの方を見たいけど……さすがに無理かな?」

「どうだろうな……。一応、この船のなかで最高レベルの機密に位置する代物だろうが……俺の方からシブレットかミゲールに頼んでおくよ」

「うん、ありがとね、グレイ」

 そんな具合に、船内の探検が一段落した頃には、既に日が傾いていた。

 

 

「マルガリータ、そろそろ戻るか? 結構冷えてきたし……」

「う~ん……もうちょっとここに居てもいい? 夜間航行に移行してどんな感じになるのかも見てみたいし……。あんたは先に船室に降りててくれていいよ」

 まだまだ冷え込みの厳しい季節。

 俺は普段の略式スーツの上にチェスターフィールドのコートを羽織っているが、それでも船の上だと吹きっ晒しの冷たい潮風がキツい。

 一方、マルガリータは普段のシャツの上に起毛のジャンパーを着ているだけだが、まるで寒さが堪えた様子は無い。

 彼女は漁業を生業とするミームー村の出身で、しかも元は船大工というだけあって、俺よりは格段に船上の風に慣れているようだ。

 風邪を引く心配はなさそうだが……ここにマルガリータを一人で放置するわけにはいかないな。

 シブレットを除いたほとんどの船員は荒くれの野郎どもなので、絶世の美女であるマルガリータが一人で居れば、絡んだり下劣な誘いを掛けたりする輩が居るかもしれない。

 仕方ない、俺も付き合うとするか……。

「あ、そうだ! 一つ忘れてたことが……」

「? グレイ?」

 せっかくの船旅だ。

 隣には、この世で最も美しい我が妻。

 となれば……アレをやるしかやるまい。

「マルガリータ、ちょっとそこに立ってみてくれるか?」

「え、こう?」

「そうそう。それで、向こうを向いて腕を広げて……」

 ワケがわからないといった表情をしながらも、マルガリータは素直に俺の誘導に従い、船首の欄干近くへ移動した。

 緩やかにウェーブの掛かった艶のあるブラウンの髪が風に靡き、夕日を反射して彼女の美しさにさらなるバフを掛ける。

 近くに居た船員がマルガリータを見て下卑た口笛を吹き鳴らすが、俺はワルサーのグリップをチラつかせつつ睨みつけて、早々に奴を追いやった。

 ……よし、邪魔者は消えたな。

 戸惑いながらも両手を広げるマルガリータを、俺は後ろからそっと抱き締める。

「ちょ、ちょっと! この体勢は、さすがに恥ずかしんだけど……っ」

「いいから。もう少し、このまま……」

 一瞬、マルガリータは居心地悪そうに身じろぎしたが、しばらく後ろから彼女の体を支えたまま密着していると、やがて抵抗は収まった。

 眼下では、船首に掻き分けられた波が大きく飛沫き、力強い速力で前進する船の動きを物語っている。

 映画では、確かヒロインが『飛んでるわ!』なんて叫んでいたが、今はそんなことどうでもいい。

 フリース生地のジャンパー越しに感じる彼女の体温が徐々に上がっていく。

 戸惑いながらこちらへ振り向いたマルガリータの美しい瞳に、俺は思わず息を呑んだ。

「っ……マルガリータ」

「グレイ……」

 どちらともなく顔を近づけ、俺たちはそっと唇を合わせた。

 船体を打つ波の音も、時折船のどこかから聞こえる船員たちの声も、今の俺たちには関係ない。

 雑音も何も気にせず、ただ愛しい人への想いを胸に触れ合う。

 外出や遠出の多い俺に、博士の助手として相変わらず忙しい日々を送るマルガリータ。

 盛り上がるには少々早い時間帯だが……こういうかけがえのない時間は、いつだって大切にしないと……。

「ヒューッ! やるじゃねぇか、旦那!」

「ケッ――、お熱いこって!!」

「こりゃ、ボイラーもしばらく用無しだな! ヒックっ」

 突然の横槍に、俺たちは揃って肩をビクつかせた。

 どうやら、非番になったクルーが早速酒をかっ食らい始めているらしい。

 無粋な奴らだが、ツカツカと歩いてきたシブレットに尻を棒で叩かれている彼らの姿を見れば、溜飲も下がるというもの。

 しかし、そんなことでは納得してくれない方が約一名……。

「っ――――!」

「あ~……マルガリータ?」

 強張った体を痙攣させながら、我に返ったマルガリータはゆっくりと俺に向き直る。

 視線を下げると、頬を夕日より真っ赤に染め、恥辱の表情を浮かべるマルガリータの顔が至近距離に……。

「ば、馬鹿ァ!!」

「ぬぶォぇぇ!」

 的確に顎を撃ち抜いたマルガリータのストレートで、俺は危うく海に落下しかけた。

 危うく意識が飛びかけた俺を助けてくれたのは他ならないマルガリータ本人(とシブレット)だったが、その後で俺たちはこっぴどくシブレットに叱られた。

 まあ、危険な欄干付近でドタバタやっていたことは事実なので、反論はできませんね。

 因みに……不謹慎は承知だが、ダブルベッドの件以上に恨めしい目で俺を見るマルガリータの表情は、なかなかにそそるものだった。

 

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