steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
海から引き揚げられ捕縛された海賊たちは、両手両足を縛られたうえで腰に縄を打たれ、『ジュニパーベリーⅡ世号』の甲板に転がされた。
今はシブレット以下クルーたちの激しい追及を受け、奴らの身分や懸賞金、背後関係や仲間について徹底的に丸裸にされている。
一応、奴らにも意地やプライドがあるので、最初は簡単に口を割ったりはしないが、そこはシブレットたちも手慣れたものだ。
虚勢を張る者は時には暴力で立場をわからせ、とぼける者は役立たずとして処刑を匂わせ、適当な法螺を吹く者には『そんなに有名な悪党なら首だけ届ければ十分か』といった具合に、臨機応変に脅迫していく。
俺もナイフやワルサーをわざとらしく弄び、いい感じのタイミングで海賊たちに凄みを利かせた。
俺の愛機の火力は先ほど身を以って味わっているので、軽く残忍な笑みを浮かべて拳銃のセーフティを掛けたり外したりして弄ってみると、海賊たちは面白いくらい顔面を蒼白にした。
甲板の隅の方に居るマルガリータとナツメッグ博士が吹き出しそうだが、堪えてくれよ……。
……俺、そんなに演技下手ですかね?
「――よし、今日のところはこの辺でいいだろう。続きはまた明日以降とする。……お前たち! こいつらを船倉にブチ込んでおけ! 抵抗するようなら、サメの餌にしても構わん」
いい加減、俺も案山子の真似は飽きてきたところで、今日の尋問はお開きとなった。
この後は、日を改めて継続的に追い込みをかけ、情報を絞り出していくのだろう。
より厳重に拘束されて連行されていく海賊たちをミゲールに任せて、シブレットはこちらに向き直った。
「すまなかったな、グレイ。ナツメッグ博士にマルガリータも、こんな危険な目に遭わせてしまって……」
「いや、それは構わんよ。別に君たちのせいで襲撃が起きたわけじゃないんだ」
「うむ、ビークルを使ってあのようなことを企む連中は、どこにでも一定数出るものじゃ。運悪く遭遇することもあろう」
「海は広いし、仕方ないね」
しかし、シブレットは首を横に振った。
「いや、航路の安全確保は我々の責務でもある。そこに明確な自信を持っていたからこそ、私は自らの名において乗客の安全を保障した。約束を違えてしまったことは事実だ。謝罪させてくれ」
「そういうものか……」
まあ、こちらに明確な損害で発生しなかった以上、シブレットたちはよくやってくれたということでいいだろう。
『ジュニパーベリーⅡ世号』の面々は、きちんと襲撃者を撃退し乗客と仲間を守った。
普段、国民の血税で飼われているくせに、市民を一切守らない現代の警察に比べれば百倍マシではないだろうか。
犯罪が起きた後で、罰金を課そうが、懲役刑を課そうが、その本質は官憲によるただのピンハネでしかない。
被害者が望むのは、あくまでも自分や遺族への補償、もしくは加害者の排除がなされなければ意味が無かろうに……客のニーズをまるでわかっていない。
いや、寧ろ、市民が自分たちにとって客であることから、完全に目を背けているのだろうな。
犯罪は誘発させた方がお得、ストーカーは殺人に発展してくれた方が美味しい……基本的に、奴らの感覚はそんなものだ。
まあ、厳重注意や警邏より犯人逮捕の方が、変質者より殺人犯を捕まえた方がポイントが高いのはわかるが……腐ったシステムだ。
そもそも犯罪を未然に防げなかった時点で警察の落ち度と言われても仕方ないはずだが、その感覚を持っている部署が公安以外にどれだけあることやら……。
とはいえ、仕事のクオリティが報酬の減額や予算規模の縮小に繋がらない組織である以上、需要という概念を舐め腐るのは当然かもしれないな……。
それを思えば、軍との境目が曖昧なこの世界の警察ビークル隊はまだマシか。
彼らは治安維持を軍事行動に近い概念で捉え、少なくとも盗賊団の排除や街を守るために戦うことに疑問は持っていない。
「ん? どうした、グレイ?」
「……いや、ちょっと嫌なことを思い出しただけだ」
俺は思考を切り替えると、シブレットに向き直った。
「ところで、ここの海上保安はどこの担当なんだ? スーム近海では、海賊が出たなんて話は今日日聞かないが……」
「……ここは王都の海上警察の管轄だ。お前の言う通り、スームスーム周辺に比べると、海域の安全性や航路情報の整備は数段劣るな」
「あ、察し……」
前言撤回だ。
まともなのは一部地域の話で、王都の軍・警察は腐敗の温床らしい。
王侯貴族の手先として小遣いをもらい、市民には賄賂を要求して弾圧する。
そうなると、王都の警察はただただ武力を持った公立暴力団ということになるな。
ナツメッグ博士の評価が最悪な社会だけあって、今から心配だ……。
「……ま、今から余計な事ばかり考えても仕方ないか。海賊のことはシブレットたちに任せて、とりあえず上陸しても用心を「きゃぁああああァァァァァ!!」っ!」
突如、船内に響いた甲高い女性の悲鳴に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
甲板の下の方からは、男たちの罵声と壁や備品を叩くようなドタバタ音が聞こえてくる。
そして、徐々にこちらへ近づいてきた騒ぎの源は、しばらくすると上甲板に姿を現した。
「いやぁ! 離して!」
「大人しくしろ! 暴れるんじゃねぇ……っ、てめぇら、近づくなよ!! この女がどうなってもいいのか!?」
現れたのは、ズブ濡れの服を着た品の無い男と、後ろ髪を掴まれて金切り声を上げる女性だ。
どうやら、先ほどの海賊の生き残りが船に忍び込み、人質を取ったようだ。
恐らく、先ほど俺たちの斉射でボートと潜水ビークルが全滅した後、『ジュニパーベリーⅡ世号』の船体の影に隠れてシブレットたちの捜索をやり過ごし、下層船室の窓あたりから船に侵入したのだ。
大方、こっそり仲間を助け出すことに失敗し、クルーに発見されて騒ぎになり、居直って人質を取ったと……そんなとこだろう。
俺も海賊の顔などいちいち覚えていないし、シブレットたちも数が合わない分は戦闘でくたばって沈んだものと見なしていたが、少々油断していたな。
「オラッ、下がれ! この女を撃ち殺すぞ!」
甲板に出た男は、大声で罵声を発しながら人質の女性を引き摺るようにして、銃を振り回し周囲を威嚇している
手鉤やら刃物やら銃やらを持った船員たちが男を取り囲むが、人質が居るため安易に攻撃は仕掛けられない。
俺も既にワルサーを抜いてセーフティを外し、男の頭に銃口を向けていたが……どうにも発砲の判断はしかねていた。
奴の銃は全長40センチほどの、ソードオフショットガン。
ダブルバレルの猟銃の銃身とストックを適当に引き切ったようで、グリップには雑にテープが巻かれている。
装弾数は二発と少なく、射程も精度も最悪だが、至近距離の殺傷力と攻撃範囲の広さは脅威だ。
暴発すれば危険な銃なので、こっちも迂闊なことはできない。
「ビークルを……よこせ」
一頻り騒いだ男は、俺たちに向かって呻くように要求した。
「聞こえねぇのか! あの黒いビークルのキーを出せって言ってんだ!!」
どうやら俺の【ジャガーノート】を奪って逃げるつもりらしい。
あるいは、あの機体があれば船団相手に形勢逆転できると思っているのか。
どちらにせよ、吞めるはずの無い要求だ。
仮にこの人質の女性と引き換えでも【ジャガーノート】は渡せない。
マルガリータとナツメッグ博士の技術の粋を結集したあの機体は、最早チート級の兵器だ。
こんな連中の手に渡ったら、それこそ両手の指では足りない数の命が奪われてしまう。
まあ、所詮は機械なので、俺も自分の命を危険に晒してまで守るつもりなどないが……少なくとも、この取引に応じる余地は無いな。
あの人質の女がどこの上流階級の娘かは知らないが、それこそ警官でも軍人でもない俺に彼女を守る義務など無い。
次なる被害の抑制と確実且つ安全なクズの排除のためなら、彼女もろともハチの巣にするのも仕方のないことだろう。
悪いと思いつつも冷静に決断した俺は、ワルサーの銃口を男に向け速射の構えで引き金に力を掛けるが……。
「待ちな!」
突如、俺の横に居たマルガリータが声を張りあげた。
「な、何だ、てめぇは……!?」
「あのビークルの整備士だよ。あんたがご所望の……【ジャガーノート】のね」
群衆の中から進み出たマルガリータは堂々と宣言した。
海賊の男は面食らっているが、俺も彼女のまさかの行動にぶったまげている。
そんな戸惑いの空気が支配するなか、マルガリータは自分に集まる注目をまるで意に介さず、口を開いた。
「キーならくれてやるよ。だから、その子を離しな」
そういって、マルガリータはポケットから【ジャガーノート】のスペアキーを取り出した。
そのまま、手に持ったキーを掲げて、マルガリータはゆっくりと男に近づく。
咄嗟のことで、俺もついマルガリータを止め損なってしまう。
シブレットやナツメッグ博士も、人の命が今まさに危機に瀕している状況で、下手な口出しは出来ない状態だ。
「ほら、何ビビってんだい? さっさと取りなよ」
「っ! 舐めんな、クソアマ! そいつをこっちに持ってこい!!」
後先考えない犯罪者を煽るのは感心しないが、うまい具合に男の意識はマルガリータの持つキーへ誘導され、周囲への警戒が疎かになっていた。
そうして男の目の前まで近づいたマルガリータは、顔を上げて真正面から男を見据える。
「交換だよ。その子を離しな」
「ざけんなっ。命令するのは俺だ。……てめぇもこっち来い! 整備士なら、使い道もあるだろ」
そう言って、男は銃を持っていない方の左手で、マルガリータの腕を乱暴に引っ張った。
女性としては大柄で力もあるマルガリータだが、それでも男の腕力で容赦なく掴みかかられた痛みで、やや体勢を崩しながら顔を顰める。
一瞬、俺は怒りで目の前が赤く染まったような感覚に陥るが、ワルサーの照準を意識してエイム感覚に集中することで、どうにか冷静さを保った。
そして……。
「あっ……」
男がマルガリータを引き寄せようとしたことで、先ほどまで髪を掴まれ引き寄せられていた人質の女性は、支えを失って転倒しかけた。
目の前で大きな動きがあれば、人の意識は自然とそちらへ向くもの……それは、今まさに極限状態にある海賊の男にとっても例外ではなかった。
短い時間だが、男のソードオフショットガンの銃口は確実にマルガリータや俺たちの方から外れた。
ややテンパった男の動きが硬直し、一時その場に静止する。
このチャンスを逃す俺ではなかった。
「伏せろっ」
「っ……!」
俺はマルガリータに鋭く警告しながら、両手でグリップしたワルサーの引き金を絞り落した。
露出したバレルの先端からマズルフラッシュが煌めき、軽やかな9mm弾の炸裂音が海面に響き渡る。
銀色のスライドが後退し、チャンバーから空薬莢が排出され……次の瞬間には男の側頭部に弾痕が穿たれ、メタルジャケットの弾頭が貫通した反対側から血が噴き出した。
命中だ。
男のすぐ傍に居たマルガリータは、俺の合図で即座に人質の女性を押し倒しつつ甲板に伏せており、既に射線から完全に外れている。
念のため、俺は続けてダブルタップで男の胴体にも9mm弾を連続でぶち込んでおく。
続けざまの着弾の衝撃で、男は悲鳴を上げる間もなく甲板に崩れ落ちた。
男の手から滑り落ちたソードオフショットガンには一瞬ヒヤリとしたが、幸い暴発するようなことはなかった。
「確保!」
シブレットの号令でクルーたちは一斉に動き出した。
明らかに致命傷で男は即死のはずだが、万が一ということもあるので、念のため男は殺到した船員たちに囲まれて拘束される。
やがて、男が持っていたソードオフショットガンが確保されるとともに、男の死亡が確認された。
人質に取られていた女性も、マルガリータとシブレットが助け起こした後、知り合いと思わしき男性に付き添われて現場を後にする。
彼女はしきりにマルガリータに礼を言っていたが、当のマルガリータはどこか居心地が悪そうに頭を掻いていた。
「マルガリータ……」
ワルサーにセーフティを掛けてショルダーホルスターに仕舞った俺は、マルガリータに向き直った。
真正面から彼女を見据えると、マルガリータはややバツが悪そうに眼を逸らすが……俺としては文句の一つも言いたい気分だ。
正直、さっきのはかなりヒヤヒヤした。
結論からいえば、人質の女性にもマルガリータ自身にも何のケガも無く済み、特に被害も出さず犯人を仕留められたので結果オーライだが……俺個人としては、他人のために命を危険に晒すような行為は、美徳とは思っても、家族や大切な人には絶対にやってほしくない。
盗賊団と戦うのも、ビークルに重武装を施すのも、元はと言えば自分の身を守るためのものだ。
重ねて言うが、俺たちは警官でも軍人でもない。
見ず知らずの人間のために命を懸ける謂れは無いのだ。
そもそも、マルガリータの気質からしても、正義感で突っ走るようなタイプではない。
それだけに、今日のことは憤りよりも戸惑いが大きい。
そんな俺を尻目に、マルガリータはやや不貞腐れたように口を開いた。
「無茶をしたのは自分でもわかってるよ。でも……あんたも人のことは言えないでしょ?」
「っ、それは……」
「勘違いしないでよ。あくまでも【ジャガーノート】のため。あの子を整備したのはあたしだから、あたしにも責任があるの。だから……あんただけに戦わせるつもりはない。それだけだよ」
確かに、今まで彼女には心配を掛け通しだった。
俺が原作の知識を頼りに奔走するなか、マルガリータはいつもナツメッグ邸で俺の帰りを待っていた。
それこそ、ガラガラ砂漠決戦に『グランドフィナーレ』への突入など、ブラッディマンティスとの戦いでは彼女にも相当な精神的負担を強いてきた。
それを思うと、何も言えなくなってしまう。
「……ハァァ、わかったよ。でも、こういうのはこれっきりにしてくれよ。あんまり続くと、こっちの心臓が持たん」
「うん、ごめん……」
悪戯っぽく笑って、マルガリータは俺の胸に軽く顔を埋めた。
いまいち本音に踏み込めていない気もするが、どうしてもある程度の理詰めで説得されると引いてしまうのは、元日本人の性だろう。
夫婦なのにと思わなくも無いが、所詮はこんなものか。
しかし、ふとマルガリータの手元を見ると、俺はあることに気が付いた。
「マルガリータ、それは……?」
「ああ……これ? あたしの道具箱の鍵」
先ほど海賊の男に【ジャガーノート】のキーだと言って見せていたものだが……よく見ると、何の変哲もない南京錠のカギだ。
あのシチュエーションでマルガリータが偽物を出すとは思えず、てっきり俺も本物だと思っていたが……。
「おいおい! もしあいつに偽物だってバレたら……」
「大丈夫。その時はその時で、あんたが何とかしてくれるって信じてたから」
まあ、確かに……あの男が偽物のカギを受け取ったのなら、ビークルに鍵が合わずテンパったところを撃つとか、別のチャンスも生まれたかもしれないが……それにしても、危険な賭けだ。
……まったく、今日はマルガリータに振り回されっぱなしだな。
だが、最後に俺の胸に深く顔を埋める直前、マルガリータの浮かべた含み笑いには、僅かに彼女の本音が覗けたような気がした。
「まったく、お前さんたちは……夫婦は似ると言うが、二人揃って無茶をしおってからにっっ。……おいっ! 聞いとるのか!?」