steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
『ジュニパーベリーⅡ世号』で波に揺られること数日。
俺たちはついに目的地に到着した。
思えば、あっという間の航海だった。
見渡す限り海という環境は、確かに三日もすれば慣れてしまうものだが……俺にとってもマルガリータにとっても船旅は初めてのことで、探せば色々と楽しむ術はあるものだ。
マルガリータと甲板を散策したり、サックスを吹いたり、釣り竿アームを装備したビークルで魚を釣ったりな。
……まあ、いくらスリリングとはいえ、海賊との遁走はもうご免被るが。
そんな具合に、俺たちが思い思いに船上で時間を過ごしている内に、『ジュニパーベリーⅡ世号』は外海から運河へ侵入した。
ここまで来れば、王都はもう目と鼻の先だ。
水門を抜けた船は、人工の水路を奥へ奥へと進んでいく。
元々は治水のために人の手でコツコツと整備したであろう分水嶺も、今や近代工業と作業ビークルの力により、直線と直角だらけの無機質なコンクリート張りだ。
途中、関所のような関門で、しばらく停船を求められたが……さすがにここまで来て水上に長時間留め置かれることはなく、船団代表のシブレットが渡航許可証を提示すると、あっさり通行許可は下りた。
そして、俺たちは予定通りに王都の船着き場に到着した。
「ほう、これが王都か……」
「凄いね」
霧が晴れ、朝の陽ざしに照らされた街並みを眺めつつ、俺とマルガリータ感嘆の息を漏らした。
話に聞いて通り、ハッピーガーランド以上の規模を持つ大都会だ。
大小さまざまな船舶が出入りする大規模な港に、住居や商業施設も背の高い凝ったデザインの建築が目立つ。
沿岸部では商業港から市場らしきエリアにかけて今も威勢の呼び込みの声が響き、街の外縁には工場らしき大型の建造物がいくつも建ち並び煙突から黒い煙を吐き出している。
特に記念日やパレードがあるわけではなさそうだが、耳を澄ませば雑踏の奥から微かに楽器の音も聞こえてきた。
商業・工業・芸術……この街があらゆる経済活動の中心であることが、こうして外から眺めているだけでも明確に見て取れる。
「さすがは首都。産業の規模が桁違いだ。こりゃあ壮観だな」
「車もビークルも凄い数だね。あっ! あそこのビークル、タイプⅢの新型ボディパーツだよ! うちでは研究資材として取り寄せるのにも結構時間が掛かったけど、こっちでは普通に出回ってるんだね。やっぱり都会は違うなぁ」
確かに、街を行くビークルの年代や質はピンキリだが、それでも最新型や凝ったパーツを装備した機体がちょくちょく目につく。
そのバリエーションの豊富さは、地方都市ネフロの比ではないだろう。
パトロール中と思わしき警察ビークルも、最新の近接武装である電気ロッドを装備している。
ナツメッグ博士は時代遅れの王政支配と歪な階級社会を徹底的にディスっていたが……なかなかどうして、技術・文明は発展しているじゃないか。
「よぉし! 接岸したぞ。錨を下ろせぇ!!」
「総員、上陸準備! 各艦、順次乗客の誘導と積荷の処理を開始しろ!」
そうこうしている内に、『ジュニパーベリーⅡ世号』も所定の位置に停泊し、連結されたタラップから次々と乗客を吐き出し始めた。
船倉ドックからうちの【ジャガーノート】と【クラフトマンシップ】が運び出されたのを確認し、俺たちも手荷物とトランクを持って、ここまで送ってくれたシブレットたちに礼を言い下船する。
あまりモタモタしていると、ナツメッグ博士に近づきたい輩が寄ってきて鬱陶しいことこの上ないからな。
早速、出発するとしよう。
「ところで、博士。今回は宿の手配をしていませんが……どうしましょう?」
「問題ない。わしの屋敷がある。形式上の爵位とともに形だけ下賜されたものじゃが、普段は使用人に管理を任せておるでな。安心せい。お前さんたちの部屋も用意させてある」
そういえば、そんな手紙を博士が事前に送っていた気がするな。
なら、今日の寝床は大丈夫か。
「案内はわしがするよって。グレイは【ジャガーノート】を出すのじゃ。お前さんの商品サンプルとやらも、あとでうちに運び込むよう伝えておるからの」
「了解です。今、ビークルを回してきます」
船着き場を後にした俺たちは、早速ナツメッグ博士の案内で王都ナツメッグ邸へ向かった。
俺の運転する【ジャガーノート】の助手席に博士を乗せ、後ろをマルガリータの【クラフトマンシップ】が追従してくる。
俺は博士の誘導に従い、淡々とビークルを進めた。
道中、ルート沿いには興味深い店舗も多く、マルガリータもビークルのコクピットから辺りをキョロキョロと見回していたが……さすがに寄り道をしている時間は無いので、買い物はまた後日のお楽しみだな。
そして、中心街のさらに奥。
恐らく、貴族街であろうエリアに差し掛かったところで、博士は一軒の洋館の前で俺にビークルを停めるよう指示した。
「ここですか? こりゃまた随分と豪華な別荘で……」
「うむ、わしの趣味ではないがな」
目の前の洋館は、両隣のこれも貴族の邸宅と思わしき家より、数段は敷地面積の大きい豪邸だ。
外から見える庭には噴水と手入れの行き届いた植木が並び、その周りをぐるりと石垣が囲み、鉄の門扉には洗練された装飾が施されている。
当然ながら、母屋の建築技法も優美なデザインだ。
質素で実用的なピジョン牧場のナツメッグ邸とは正反対の代物だな。
仰々しい縁取りの表札には確かにナツメッグ博士の名前が書いてあるが……本人の言う通り、これは博士の趣味じゃないだろう。
「叙爵して屋敷を与えることには、王室の見栄もあるからの。見てくれだけは派手な屋敷を押し付けてきたわ。とはいえ、血筋しか取り柄の無い輩からすれば、産業への功績だけで身を立てたわしが貴族街に拠点を構えることすら気に入らないようでの。その結果、場所は下級貴族街で、敷地だけは広いという、妙な代物を押し付けられてしまったのじゃ。もちろん、使用人の給料と維持費は名誉爵位の年金で賄っているが――」
……とりあえず、この王都ナツメッグ邸にも、色々と複雑な事情はあるようだ。
何はともあれ、王都滞在中は俺とマルガリータもしばらくこの家に寝泊まりすることとなる。
館の使用人らしき男性が開けてくれた門扉を潜り、母屋裏手のガレージにビークルを駐機した俺たちは、早速先に立って歩きだしたナツメッグ博士に続き母屋に足を踏み入れた。
母屋の正面扉を開きエントランスに入ると、煌びやかな室内の様子が目に飛び込んできた。
玄関ホールは二階までの吹き抜けになっており、両側は幅の広い大理石の階段が設置されている。
天井には派手なガラス細工のシャンデリアが吊るされ、床も壁も当然ながら大理石張り、壁際にはいかにも高そうなインテリアが絶妙な間隔で配置されている。
さすがは貴族の邸宅だけあって入口から豪華絢爛だな。
まるで観光地の高級ホテルに来た気分だが……俺とマルガリータが家の中をキョロキョロと見回し呆けていると、階段の奥から年配の男性使用人がやって来た。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「うむ、またしばらく世話になる。滞在は謁見が終わるまでじゃが、今回はわしの弟子たちも連れて来ておる。不自由はさせんでやってくれ」
「心得ております」
挨拶もそこそこに端的に用事を告げる博士へ、執事らしき壮年の男は落ち着いた様子で頭を下げた。
突然の来訪者である俺とマルガリータは些か申し訳ない気持ちになるが、どうやら俺たち夫婦の受け入れ態勢も準備万端らしい。
満足そうに頷いたナツメッグ博士は、俺たちに向き直り執事の男性を示した。
「聞いての通り、お前さんたちのことは家の者にも伝えておる。何かあったら、この……」
セバスチャンだろ?
「ミカエリスを頼るとよい」
そっちか……。
予想が外れた俺は内心ズッコケて間抜けな気分だが、そんな俺を尻目にミカエリスは俺とマルガリータにも恭しく一礼した。
「旦那様より、お二方のことは伺っております。さ、何はともあれ、皆さま長旅でお疲れでしょう。お部屋の方は既に準備出来ております。お食事の準備が整いましたらお呼びに参りますので、グレイ様とマルガリータ様もお寛ぎを」
「ああ、何かすいませんね。色々と手間掛けちゃって……」
「ど、どうも……」
「滅相もございません。お二人は旦那様の家臣も同然のお方。何なりと仰せつけください」
言い回しは若干仰々しいが、ミカエリスはテキパキと部下の使用人に指示を出し、俺たちを寝室へ案内した。
使用人一同がエントランスに集合しての歓迎の挨拶なんかも無く、あっさりとしたチェックインだが、俺たち夫婦もナツメッグ博士も無駄な挨拶や勿体ぶった作法は好きじゃないので、こういう方がありがたい。
因みに、トランクなどの手荷物は、若い男性の使用人たちが部屋まで運んでくれた。
いつもは荷物を運んだり博士の身の回りの世話をしたりするのは俺の役目だが、ここでは
この環境に慣れ切ってしまうのも問題だが、使用人たちの仕事を奪うのも考え物なので、振る舞いには多少気を付けないとな。
館の使用人の案内で通された部屋は、天井の高い二十畳ほどの寝室だった。
壁や天井には凝った装飾が施され、窓際には高級な仕立てのデスク、部屋の真ん中には天蓋付きの大きなベッドがある。
例によって、俺たちは夫婦なので寝室は二人で一つの共用であるが、この広さと豪華さよ……。
正直、目がチカチカして居心地が良いとは言い難い環境に思えるが……意外にも、マルガリータは上機嫌だ。
スーツケースを整理する俺を尻目に、彼女はフカフカのベッドに腰掛け、軽く鼻歌を歌いながら足をバタつかせている。
「ご機嫌だな。ここが気に入ったか?」
「まあね~。田舎の空気も悪くないけど……でも、やっぱりこういうのにも、ちょっと憧れちゃうよねぇ」
……確かに、ミームー村からピジョン牧場へと、マルガリータは嫁いだ先でも田舎暮らしだ。
ナツメッグ邸の居住環境は、俺の現代知識とアイデアに天才ナツメッグ博士の夜を惜しんだ研究により、地球の産業革命期どころか20世紀よりも一部は格段に進歩しているが……それでも、外を見れば牧草地と羊ばかりの、完全なるド田舎だ。
おまけに、よくよく思い返せば、俺はマルガリータを高級ホテルや旅行に連れて行ったことも無い。
遠出といっても、普段の俺たちの行動範囲だと行き先はハッピーガーランドが多く、その場合も大抵は定宿の『ロブスター亭』に滞在する。
スームスームへ行くときは『ホテルブルーマーリン』に泊まることもあるが、それでも港町の比較的高級なホテルというだけで……少なくとも、こうしたガチな貴族の邸宅には遠く及ばない。
そういう意味では、俺はマルガリータを僻地から連れ出しておいて、彼女に豊かな生活を送らせてあげることが全くできていないのでは……。
「……どうしたの?」
「ごめんよ、マルガリータ。甲斐性の無い夫で……」
一瞬、ナツメッグ邸をキンキラキンに改装してやろうかとも思った。
俺もそこそこ金は持っているので、金銭的にはここと同じ部屋をピジョン牧場に拵えることは可能なはず。
しかし、これだけの部屋を作るとなると、メンテナンスに手間が掛かり、それを維持するにはノウハウを持つ人材を継続的に雇う必要がるわけで……さて、どうしたものか?
そんな具合に本気で悩む俺を尻目に、マルガリータは肩を竦めてため息をついた。
「ハァ……(あたしは後悔してないよ。あんたと結婚したこと……)」
「え? 何て?」
「――っ! 二度と言うもんか!」
頬を朱く染めつつも、マルガリータはぷいと顔を背けてベッドに潜り込んでしまう。
どうしても気になった俺は、これ幸いとマルガリータをベッドに押し倒し尋問を開始したが……結局、彼女が口を割ることは無かった。
やがて、夕食の時間ということで俺たちを呼びに来た使用人は、鳩尾に膝蹴りを食らって悶絶する俺と赤面するマルガリータを見て、完全に何かを悟った様子でそっと扉を閉めた。
まあ、嫌な顔をされているわけではないし、特に問題は無いな。
その後、中年のメイド女性が、やけに頻繁にシーツ交換のチェックに訪れるようになった以外は……。
ツイッターでも話題になりましたが、『BOUNTY STAR』なるカスタムロボットアクションのゲームが出るそうですね。
世界観のデザインはまさにバンピートロットとボーダーランズと西部劇をミックスさせたような......楽しみで御座いますな(^▽^)/