steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「――では、そういうことで。残りの契約書は作成が済み次第送らせていただきますので、詳細はそちらの法務の方とも検討してください。それと、先ほどまとめた件はくれぐれもお願いしますよ」
「もちろんですとも! これだけ魅力的な品なら、間違いなく売れる。我が社の蒸気船を総動員してでも、海路を確保させてもらいますぞ。わっはっは!」
「これは頼もしい。ハハハッ」
数日後、俺は王都ナツメッグ邸の応接室で、上等な仕立ての服を着た恰幅のいいオッサンと談笑していた。
ナツメッグ博士が王都に来ていることが広まって以来、うちは続けざまの来客に見舞われている。
内容は、博士との会談の申し入れから、ほぼ命令のような呼び立てに、遠回しな接待のお誘いまで様々だ。
先触れとして使用人や雇われのビークル乗りに文を持たせてくる場合もあれば、直接足を運んでくる者も居る。
謁見の日が決まるまでまだ時間があるので、目端の利く商人やフットワークの軽い下級貴族なんかは、この機会を逃さんとばかりに大挙して押し寄せているわけだ。
当然、全ての対応をナツメッグ博士一人ではできないので、どうしても博士本人が出張らないと非礼になってしまう相手以外は、俺やナツメッグ邸の使用人で分担して対処することとなる。
まったく、これだから有名人は……。
まあ、来客への対応の中には、俺の仕事に関わる話に発展するパターンもあるわけで、そういった顔繫ぎに博士の名前を利用している以上、俺も文句は言えないか。
俺は顔見知りになった貴族や商会の人間に、掃除機やエアコン等の電化製品、サバの缶詰などの新しい保存食を売り込んだ。
成果は思ったより悪くない。
多くは金持ちの道楽として単発の購入だけに留まったが、なかにはアイテムの有用性とビジネスの可能性に気付き、生産や調達に一枚噛もうという意思を見せる者も居る。
また、海産物の長期保存を可能とする缶詰は軍需物資としての側面もあるわけで、軍閥の貴族の関係者やその手の品を扱う商売人は、その有用性にいち早く気付き長期の仕入れ契約を締結していった。
たった今も、俺がオイルモーレ工場に生産を委託しているエアコン部品の、海路による王都への輸出計画の話がまとまったばかりだ。
俺が対応した客の一人が、輸送船と倉庫を所有する大手商会の代表だったので話を振ってみたのだが、見事に大当たりだな。
「いやはや。まさか、軽くご挨拶に伺った折に、このような大商いのチャンスが舞い込んでくるとは。大変、実りある会談でした」
「こちらこそ。……今度は是非、エアコン部品の組み立て工場の件も、前向きに検討してもらえるとありがたいですな」
「はっはっは、それはもう……。ところで、ナツメッグ博士にもよろしくお伝えください」
愛想よく笑いつつも、さすがは王都で指折りの商会の代表だけあって、迂闊に言質を取られるような言葉を発しない。
普通に考えれば、電化製品の部品だけあっても意味は無いだろうが……組み立てて完成品を売るとなると、設備投資のコストや故障・不良品のリスク、さらには購入者からの不満を直接向けられる側面が出てくる。
状況次第では、完成品の製造と販売は他の会社にぶん投げて矢面に立たせ、自分たちは原材料の仲卸し的な位置に居る方が安全且つ確実だ。
恐らく、彼の頭の中ではそこら辺のリスクとリターンを何度も計算しているのだろう。
まあ、とりあえず販路は確保できたので、今日のところは満足しておくか。
こちらの取引相手は彼だけではない。
「もちろんです。……今日はすみませんね。本人が挨拶できませんで」
「なんのなんの! 高名なナツメッグ博士がお忙しいのは、当方も承知しております。博士の右腕として名高いグレイ殿にお会いできただけでも望外の幸運ですよ。それに、子どもたちに自慢できます。何せ、貴殿は技術者として実業家としてだけでなく、ビークルバトラーとしても一流のお方ですからな! そうそう、確か……王都に到着される直前にも、海賊退治をなさったとか?」
見え透いた世辞だが、こうして自然に相手を立てる話題を出せるあたり、彼が王都で商売を成功させた理由も何となくわかるというものだ。
そんなことを考えながら生返事をしていると、あまりおだてに乗らない俺の機敏を鋭く察知したのか、彼は一つ咳払いをして言葉を続けた。
「ところで、話は変わりますが……この後、よろしければ一杯ご一緒しませんか? 中心街の北にいい店を知っているのですよ。いや、なに。お互い色々な仕事を抱えて忙しい身です。あなたとは分かりあえる部分も多いだろうと……。これを機会に、少しでも親睦を深められればと思いましてな」
なるほど。アッチの高級店が多いアレな地区ですね。わかります。
どう考えても話は商売から変わっていないが……大方、酒の席と綺麗どころの力で、こちらのより詳細な情報を引き出すか、俺の判断能力を鈍らせて自分に有利な話を進めるか……目論見としてはそんなところだろう。
本来なら、彼もナツメッグ博士本人との会談を希望していたわけだが、それが叶わないと分かった瞬間ターゲットを俺に変えたわけだ。
切り替えの速さ、思い切りの良さ、なかなかに強かな男だ。
さすがに、飲ませて抱かせて、スキャンダルを握ろうとしているわけではないだろうが……まあ、この後の仕事とマルガリータを放置してそういう店で遊ぶわけにはいかないな。
「申し訳ない。少し仕事が立て込んでおりまして……せっかくのお誘いですが、またの機会と言うことで」
「そうですか……いやいや、失敬。そうでしたな。グレイ殿は愛妻家でいらっしゃる。私は遠目に見ただけですが、あれほど美しい奥方なら、周りのご婦人が全て霞んで見えてしまうのも仕方ないでしょう。わっはっは!」
そうして、一頻りマルガリータを褒めちぎった男は、俺が本格的にイラつく寸前に応接室を後にした。
「終わったか?」
来客の見送りを使用人に引き継ぎ、応接室へ戻ると、そこにナツメッグ博士がひょっこりと顔を出した。
生欠伸をしながらのっそりとやって来た博士は、普段着を着崩し、頭には見事に寝ぐせが付いている。
いかにも書斎で転寝をして今起きたと言わんばかりのご様子だ。
俺が真剣にビジネスの話を進めオッサンどもに気を遣っている間に、何とも呑気なことだが……まあ、仕方ないな。
博士は博士で、俺や周りの人間では代行できない仕事に忙殺されている。
「ええ、商売の話は一通り終わりましたよ。とりあえず、製品パーツの王都への持ち込みルートは固まりました。販売体制が整っても原材料が供給されないようでは片手落ちですが……この調子ならその心配は無さそうです」
「うむ、ご苦労だったな。そういう細々とした仕事は、わしには性に合わん」
正直言って、博士に商売と金の話は不向きだ。
『人の役に立つ』『人々がより豊かで便利な生活を』……そういう話で出した発明品の生産許可が、結局は労働者の首切りと搾取に繋がり、後で話が違うと揉めることも少なくなかった。
まあ、その手のビジネスの話を持ち掛けてくる時点で、向こうも如何に人のアイデアを安く買い叩いて搾取とコスト削減のもと自分の取り分を増やすかを考えているのだから、当然と言えば当然なのだが……それで割り切れるほど、ナツメッグ博士という男は器用ではないからな。
やはり博士自身はどこまでいっても商売人ではなく技術者であり発明家、そして理想家だ。
搾取される側に回らなかっただけ、幸運かもしれない。
「いいんですよ。事業と経理を担当するのも俺の仕事の内です。俺に任せてくれれば、我がナツメッグファミリーは大儲け! うちの家計の安泰を約束しましょう」
「うむ……」
とはいえ……博士の言った通り、貴族が支配する階級社会というのは思った以上に面倒であることも、俺は実感しているわけで……。
今となっては冗談めかして話せることも多いが、いつもいつも先ほどの商会代表とのやり取りのようにすんなり話がまとまるわけではない。
『ナントカ様の血縁の血縁たるオレ様が宣伝してやるからタダで商品を寄越せ』と言うのはまだマシな方で、明らかにこちらが損をして金を奪われるだけの契約を押し通そうとしてきたり、何を根拠にしてか販売益の一部を継続的に渡すよう言ってきた貴族も居た。
彼らにとっては、農民も職人も商売人も、庶民は皆須らく自分に金や物を貢ぐ奴隷……取引の概念どころか、同じ人間を相手にしていることすらわかっていないのだろうな。
まあ、そんな屑どもの相手をする必要は度々あったが、概ね俺のビジネスは順調だ。
今日の大口取引で生まれる利益は間違いなくひと財産だし、他にも細々とした販路の開拓が成功している。
俺が特許を所有するエアコンや掃除機などの家電製品が売れればその分ロイヤリティの支払いが増えるのはもちろん、俺が初期株を所有する缶詰業者の利益が上がれば俺の資産の価値が上昇するからな。
電気技術の発達に伴い今後間違いなく需要が拡大する分野で、先んじて一定の権益を確保することに成功したのだ。
金はいくらあっても困らないからな。
しかし……。
「…………」
「どうしました、博士? 何だか機嫌悪そうですけど……」
唐突に眉を顰めた博士は、苦虫を噛み潰したような表情のまま顔を上げた。
「いや、お前さんに言っても詮無い事じゃが……どうも気に食わんのでな。確かに、電気事業と電化製品の可能性はわしも重々理解しておる。お前さんの作ったエアコンやら掃除機やらが普及すれば、今まで貴族の特権であった豊かで便利な生活に近いものを、より多くの人々が享受できるようになるであろう。しかし……」
仏頂面のまま、博士は言葉を続けた。
「一部の特権階級が富を独占することには変わらん。文明が進歩して新たな産業が生まれれば、この国も少しはマシになるやもと思ったが……結局、得をするのは人を踏みつける側じゃ。金持ちは金持ちのまま、貧しき者は搾取されるのみではないか」
先日、発電所の視察をした辺りから、博士はずっとこの調子だ。
王都の電気事業の大株主だというナンタラ商会の何某社長の紹介で、俺たちは王都郊外にある発電所の施設を一通り見せてもらったのだが……立派な内装や巨大な設備とは裏腹に、実状はなかなかの有様だった。
メイン通りから外れた裏道に繋がる搬入路では、多くの労働者やビークルが燃料や資材を延々と運搬している。
作業に従事するビークル乗りや労働者は、皆一様に怒りを押し殺した表情をしており、その待遇に対する明確な不満が見て取れた。
そして……ボイラー室や排煙設備の周りでは、大人では入れない狭い隙間にハンチング帽を被った少年たちが潜り込み、部品の交換や清掃作業をしていた。
熱中症のリスクはもとより、数十トンの機械に潰されれば間違いなくお陀仏の危険な仕事だ。
特に、博士はこの児童労働に関して憤っていた。
ダンディリオンとチコリの兄弟はじめ、身寄りのない子どもたちを支援してきた事実が語る通り、博士は恵まれない子どもたちの境遇については殊の外敏感だ。
「ビークルの発明然り、蒸気機関の汎用化然り……良かれと思ってやったことが裏目に出るのは、これが初めてではないがの。だからと言って、新たなエネルギー産業の発展の末路があの有様では、今から気が滅入るわい」
「……電気事業そのものに最早希望が見出せないと?」
「そうは言っておらん。しかし、弊害の一言で済ませるには、些か犠牲が大きすぎるように思えるが? せっかく新たな希望や機会が生まれても、多くの人々はそれを手にすることは叶わず、かつての支配者に奪われ続ける。ましてや、未来ある子どもたちがあのような扱いを受けているようでは、わしがいい気分なわけがなかろう。冷蔵庫やら洗濯機やらの話以来、お前さんが口にしたアイデアを形にするのにわしもずっと協力している以上、無関係ではないからの」
「…………」
確かに、人道と倫理を是とする近代文明のなかで生きてきた俺も、この件には思うところが無いわけではない。
しかし……悲しいかな。
正直、俺にできることはあまりない。
仮に俺が、自身の影響力やナツメッグ博士の名前を利用して、一部の会社に未成年者の雇用を禁じたところで、他の企業や勢力が余った子どもたちをより安く買い叩くのがオチだ。
もしも、国全体で児童労働を禁じる方向へ誘導できたとしても、その後はパンを買う金を稼ぐ手段すら無くした子どもたちが、より多く物乞いや変態の慰み者になって野垂れ死ぬだけだろう。
ある意味、それが自由競争の世界の常だ。
倫理や社会正義の概念が発達するのは、それこそもっと文明が発達し皆が余裕ある生活を送れるようになってからのことだ。
しかし当然、博士もそこら辺の事情は理解している。
言い方は悪いが、博士はトロットビークルを生み出した張本人で、見方を変えれば、富を手にするのと引き換えに多くの労働者の職を奪い不幸にした男だ。
変革に伴う負の側面は、俺が言うまでもなく山ほど見てきているだろう。
近代文明と貨幣経済、倫理と善行の板挟みで、博士自身もずっと頭を悩ませてきたのだ。
そして、あのダンディリオンの事件か……。
「忘れたわけではあるまい? あのベルガモットとかいうブラッディマンティスの総裁が財を成した株も、その価値が一体どこから来ているのかを」
「っ、それは……」
参ったな。
確かに、これでは博士の言う通り、俺も弱者から搾取する立場に回っただけだ。
俺のやり方が直接非難されているわけではないが、ここまで言われて思い至らないほど俺も鈍感じゃない。
新天地でのビジネスの成功に、少しばかり浮かれ過ぎていたかもしれないな。
「……しかし、それも悪いことばかりではないのかもしれぬの」
「え……?」
不意に口を開いた博士に、俺はやや間抜けな声で答えながら顔を上げた。
「石油利権の拡大に電器産業の台頭……お前さんが盛り上げた新たな経済は、薄汚い既得権益と搾取構造で塗り固められた張りぼてに、風穴を開けるだけの効果はあった。他ならぬこの王都を起点としてな」
何て返すべきか迷う俺に、博士はニヤリと笑って言葉を続けた。
「少なくとも、旧制からの貴族ではなく平民の商家が利権を掌握したことは、一歩大きな前進じゃ。宮廷貴族たちが、自分たちの与り知らぬところで大きな経済が動いていることに気付くのは、まだまだ先だろうて。その時に彼奴らがどういう反応をするか見ものじゃの。だから、グレイ。この件は、お前さんの思う通りやってみよ」
「いいんですか? 不和を齎すだけの結果に終わるかもしれませんよ。かつてのダンディリオン以上に……」
「構わん。少なくとも、お前さんは……わしと共に歩める弟子だからの」
遠い目をする博士の脳裏には、間違いなく、ちょっとした行き違いで道を踏み外してしまったあの兄弟子の姿が浮かんでいることだろう。
俺は博士を真っ直ぐに見据えて頷いた。
「留意しておきましょう」
「そうしてくれ。……もし、お前さんが目指す場所を間違えても、正してくれる人間は傍に居るからの」
そう言いって、マルガリータが作業をしている裏手のガレージへ視線を向ける博士の顔には、最早苦悩に囚われた表情は浮かんでいなかった。
作者(6月ver)「ストック数話分あるし、今年は安定して毎週更新で書けるかな?」
残業ちゃん「待って! あたしとの約束があるでしょ!」
作者(6月ver)「......わかってるよ。君を蔑ろにしたりしないさ」
作者(7月ver)「夏休み期間はちょっと更新増やすか」
トラブルさん「うふん、逃がさないわ♡」
作者(7月ver)「......」
作者(8月ver)「せ、せめて今月はコンスタントに投稿して......」
クレーム様「私とも付き合ってよ!」
作者(8月ver)「No~~~~!!」
作者(今)「皆様、大変申し訳ございませんでした。許してちょんまげ(>_<)」