steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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13話 ガレージの語らい

 

「マルガリータ、居るかい? 邪魔するよ」

「ん、ちょっと待ってて」

 鉄骨造のガレージの扉を開け、雑多な資材に覆われた通路の奥の方へ声を掛けると、金属塊やスクラップの隙間からマルガリータの声が返ってきた。

 一見ただの広い車庫に見えるこの作業場は、ナツメッグ博士が王都滞在中に使う研究スペースだ。

 ビークルの整備用の設備から演算機器まで、大抵のものは揃っている。

 作業机の上で何やら機械を弄っていたマルガリータは、金属パイプの棚越しにヒョイと顔を出すと、溶接用のフェイスガードを外した。

「お待たせ。あ、そうだグレイ、聞いてよ。この電子基板と歯車計算機を組み合わせたシステムなんだけど、あんたの言った通り小型化の話が――」

「わかったわかった。説明は後でちゃんと聞くから、とりあえずお茶の時間にしよう。ココアが冷めちまう」

 勢い込んだところで話を遮られ、マルガリータはやや不満そうな表情を浮かべたが、俺がトレーに載せて運んできた撹拌棒付きのポットを見ると輝くような笑顔に変わった。

 煤とオイルで顔を汚していても、彼女の太陽の女神のような美しさは微塵も損なわれない。

「さて……」

 俺は近くにあったキャスター付きの椅子を引き寄せて自分もマルガリータの近くに腰を下ろすと、館の備品であったこれまた高そうなカップにかき混ぜたココアを満たし、片方をマルガリータに差し出した。

 執事のミカエリス曰く有名店のものらしいオレンジクッキーやバナナクリーム入りのマカロンをつまみながら、俺たちは熱いココアを啜る。

 元々、博士が長時間篭ることも想定した研究室なので、ここには大き目の石油ストーブが設置されているが、それでも簡易的な鉄骨造のガレージの壁は母屋と違い断熱材が無く隙間風も容赦なく吹き込むので、この時期は結構冷える。

 悴んだ手を解すようにカップを握りながら、マルガリータは体を縮めてホッと息をついた。

「それで? あんたの仕事は順調なの?」

「ああ、こっちは問題ない。大口との契約も一通りまとまったし、電気事業に一枚噛む足掛かりもボチボチ確保できた。もちろん、細かいところはまだ詰めなきゃいけないから、しばらくは来客の対応や外出先での商談が続くことになるだろうが……まあ、そんなところだ」

 あまり長々と詳細を話してもマルガリータが退屈してしまうので、俺はざっと概要を告げると、彼女の方に質問を返した。

「君の方は? 博士から、色々な機械の解析やデータ作成を頼まれていただろ?」

 俺の言葉に一つ頷いたマルガリータは、もう一口熱いココアを啜って一息つくと、口を開いた。

「今は飛行船関連とビークル骨格の自律システムの資料をまとめてる。飛行船はもちろん『グランドフィナーレ』の小型化・低コスト化して実用レベルにするのが当面の目標。機械のスタンドアローン制御の方は、汎用ビークルの姿勢制御と転倒からの復帰動作のシステムを発展させて、複合的な機動のオートメーション化を――――」

 なるほど、とりあえず詳細を聞くと長くなるのはわかった。

 まずは忘れないうちに実務的な話をしておくか。

「何か困ってることは無いか? 書類上の手続きとか、俺やナツメッグ博士の名前を使った方いいものは、こっちにぶん投げてくれて構わないぞ?」

「今は……特に無いかな。あんたとナツメッグ先生のおかげで、大学と資産家主導の研究所からの資料がすぐに集まったからね。小型の試作品の方も作製は捗ってるよ」

 無人制御のビークルも飛行船も、いずれ実用化され大量に配備されれば、間違いなく諸外国との軍事バランスに影響する。

 王都の権力者もさすがにそこに気付かないほど馬鹿ではなく、この手の研究は完全に軍事機密レベルとなっているわけで、当初は思うように資料や資材が集まらずマルガリータも苦労していた。

 だが、それも王都に本社を置く企業から直接資料を取り寄せる話がつき、彼女の作業は格段に楽になったらしい。

 貴族社会からは微妙な扱いでも、そこは稀代の発明家として国中に名が通ったナツメッグ博士の威光である。

 そうとなったら、もう何も怖いものは無いな。

 今、マルガリータとナツメッグ博士が本気になれば、それこそ王都の最新機密の軍事研究をぶっちぎって、文明レベルをオーバーシュートした兵器を揃えられるかもしれない。

「まあ、そんな感じで、あたしの方は気負わずにボチボチやらせてもらってるよ。どうせ、ナツメッグ先生もこんな技術をすぐに実用化して売り出すつもりはないんだからさ」

「……そうだな」

 俺はマルガリータの言葉に頷いたが、心の中ではそこまで楽観視する気分にはなれなかった。

 人間の欲は果てしなく、それに付随する力への執着と実現の幅は、時に文明レベルを大きく飛び超える代物を生み出す。

 あの『グランドフィナーレ』だって、元はと言えばダンディリオンの復讐に端を発し、彼個人の思惑と扇動によって生み出された代物だ。

 いくら彼がナツメッグ博士の愛弟子として音楽だけでなく幅広い学問を伝授されてきたとはいえ、世界への恨みを原動力に博士の想像力を一時でも飛び越える技術に到達してしまったことは、何と言うか人間の恐ろしさそのものを認識するのに十分な出来事だった。

 あと数年か、一年か、数か月か……そう遠くないうちに、マルガリータの手がける最新の研究の断片も、その対抗馬となる技術や製品も、間違いなく世の中に解き放たれていく。

 それがこの激動の時代にどのような恩恵を、そしてどのような混乱を齎すのかはわからない。

 ひょっとしたら、先日博士が気にかけていた発電所の労働環境問題に勝るトラブルに発展するかもしれない。

 だが……その時はその時か。

 俺はいつ何時でも家族を守り、友人たちを助けるために全力を尽くす。

 この世界に転移してからずっとそうやって生きてきたのだから……。

「? どうしたの?」

「……いや、何でもない」

 俺の苦笑交じりの返答に、マルガリータはやや怪訝な表情で首をかしげたが、再び甘いココアに意識を戻すとチョコレートの芳醇な香りと甘みに相好を崩した。

 

 

「あ、そうそう。別に困ってるって程の話じゃないんだけど……やっぱり、『人』の方は、ピジョン牧場やミームー村の方が心地いいね。この辺りの人間はどうもね……」

「ほう」

 生粋の技術者にしては人当たりも良く、気さくで飾らないマルガリータは、ピジョン牧場のコミュニティでも早くに受け入れられた。

 当然、ミームー村に居た頃も、彼女は多くの人から慕われ頼りにされてきた。

 その手のトラブルでマルガリータが困ったという話は、あまり聞かないが……だとすれば猶更、余程のことだろう。

 さすがに、この王都ナツメッグ邸でマルガリータを軽んじる者は居ないが、ここは傲慢と特権意識が服を着て歩く階級社会。

 ナツメッグ博士の実績すら一部の人々から軽んじられる街だ。

 ここに来てまだ数日だが、俺の見ていないところで、彼女も相当嫌な思いをしたのかもしれない。

 そんなことを考えていると、俺のやや剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、マルガリータは若干慌てた様子で首を横に振った。

「いや、そんな深刻な事じゃないよ。この家も研究室も快適だし、メイドの皆もよくしてくれるから。ただ……少し外を出歩くと、変な奴に声を掛けられたことはあったけどね?」

「ちょい待ち! そりゃ、聞き捨てならんぞ」

 初耳だ。彼女がそんなトラブルに巻き込まれていたなんて……。

 俺はやや焦り気味に身を乗り出すが、マルガリータは事も無げに話し出した。

「一昨日の午後かな。あんたが博士と出かけている時間に、そこの工場まで頼んでいた資材を取りに行ったんだよ。そのとき、高そうな服を着た男に絡まれてね。『俺様の誘いを断るのか!? 使用人風情が生意気だぞ!』ってね」

「おいおい……」

 恐らく、マルガリータは普段着のフリースジャンパーと作業ズボンで、擦り切れたハンチング帽でも被ってプラプラ出掛けたのだろう。

 まあ、そうなると、彼女が整備場の下働きかその辺の工員に見えたとしても仕方ないが……それでも、マルガリータの美貌はどうしても男の目を引く。

 きっと、その御曹司野郎も、マルガリータを都合のいいヤリ捨て相手に選ぼうとしたのだろう。

 ……いかん、そう思うと無性に腹が立ってきた。

「ま、先生とあんたの名前を出したら秒で解決したけどね。何でも、その前日にあんたと顔を合わせてたんだって。確か――――男爵とか何とか」

「あまり記憶に無いな。だが……覚えておこう」

 記憶に残っていないということは、それほどの大商いではなかった相手ということだ。

 なら、一人くらい消しても……。

「……あんた、悪どい顔をしてるよ」

「おっと、悪いね。ちょいとよくない考えに囚われていた」

 まあ、肝心の用件である博士の謁見がまだ終わっていないので、それまでは可能な限りトラブルは避けておくか。

 精々、そのナントカ男爵の背中を間違って撃たないよう注意しておこう。

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。最近、先生に言われて、こっちで新しく発売されたビークル装備についても傾向とか色々と分析してたんだけど……聞きたい?」

「ああ、一応聞かせてくれ。君や博士には及ばなくても、俺も技術者・開発者の端くれだ」

「いいよ。まずは、長射程ミサイルや多弾頭兵器の方面が盛んになっている点だね。多分、飛行船とか飛行ビークルに対抗することを意識した武器の開発が、あちこちで促進されているんだと思う。あと、警察ビークルの電気ロッド以外にも、電気を利用したビークル武装の開発計画が出ているらしくてね。何でも、どっかの王族の主導で――」

 

 

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