steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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15話 王都観光 中編

 

 

 ガンショップを後にした俺とマルガリータは、再び人員運搬ビークルに乗って王都のメインストリートを移動した。

 今度の行き先は、王都でも指折りの有名なブティックである。

 前にここの春の新商品――ピンクベージュのスプリングコート――が欲しいと、マルガリータが話していたアレだ。

 その話題自体は、ダンディリオンの件で落ち込む博士と俺に、彼女が気を遣って出してくれたような気もするが……何はともあれ、ようやくデートらしい煌びやかなスポットだ。

 ショーウィンドウには高そうなドレスを着せたマネキンが並び、建物自体も大都会の大店らしく凝ったデザインだ。

 さすがは王都の表通りの服飾店。

 店構えからして一味違う。

「さ、入るか♪」

「はいはい。今さら嫌とは言わないよ……」

 ルンルン気分の俺とは対照的に、言い出しっぺのマルガリータはどこか諦めにも似た表情だ。

 やはり彼女はこういう派手な気取った場所が苦手のようで、何とも居心地悪そうに自分の服装などを気にしていたが……うん、まあ変ではないよ。

 因みに、今日のマルガリータの服装は、普段と同じフリース生地のジャンパーと、下はお体裁とばかりに外出用の地味なスカートを穿いている。

 一応、彼女のスーツケースには清楚系のワンピースと明るめの色のトレンチコートも入れておいたんだけどな……。

 まあ、その分もここでオシャレな服を買えばいいさ。

 

 

「いらっしゃいませ」

「お待ちしておりました。グレイ様にマルガリータ様ですね」

 期待と共に店内へ足を踏み入れると、いかにもブランド物のスーツを着たコンシェルジュと仕立てのいいスーツスカートに身を包んだ女性店員が俺たちを出迎えた。

 どうやら、ミカエリスが俺たちのデート行程に際して、既に来店の予約を入れていたようだ。

 一瞬、彼の用意周到さに感心するが……後で聞いたところによると、この手の店は予約なしではまともに入店できないらしい。

 何ともお高くとまっていることだが、まあ都会の高級ブティックならこんなものか。

 寧ろ、一見さんでも何でもお構いなしに対応するネフロの『ファッション・ロンド』が珍しいのかもしれない。

「お話は伺っております。まずは、当店の春の新商品のお求めと、奥様のイブニングドレスをお仕立てですね。採寸いたしますので、どうぞこちらへ」

「ええ、お願いします。……さ、マルガリータ。行っておいで」

「わ、わかってるよ」

 俺に促されたマルガリータは、どこかぎこちない様子で女性店員の案内に従い、店の奥へ向かった。

 ネフロの『ファッション・ロンド』でウエディングドレスを仕立てたときに、例の女店主から好き放題に着せ替え人形にされた影響で、彼女は未だにこういう店が少し苦手みたいだ。

 しかし、俺からすれば、美しい妻が着飾った姿を見たいという人並みの欲望もあるわけでして……哀れな犠牲となったマルガリータには、しばらく辛抱してもらおう。

 その間、俺は彼女のドレスに合うアクセサリーや香水の類も適当に注文しておく。

 当然、俺にはエキナセア――コニー家のお隣のおばさん――ほどの審美眼は無いので、この手の店でこんな買い方をすれば、会計の額はとんでもないことになるが……まあ、金はあるからな。

 今さらコスパを気にしても仕方ないし、たまには散財も悪くないだろう。

 あとは……俺の方も採寸だ。

「ディナージャケットでございますね。まずはこちらから生地をお選びください」

 素材はフィンテックスっぽい艶と重厚感のある生地。

 フォーマルなデザインながら、二つボタンで動きを阻害しないシルエット、ややゆとりのあるサイズ感で、夜服を仕立ててもらうことにした。

 一応、俺もセントジョーンズ卿はじめ金持ち連中とはそれなりに付き合いのある身で、ナツメッグ博士の名代として格式ばった場所に出ることもあるので、燕尾服(ホワイトタイ)タキシード(ブラックタイ)くらいは用意しているが……あれもほとんど使う機会がないからな。

 いざ着てみると間に合わせ感が凄い。

 せっかくなので、俺も彼女と同じく王都の店で正装を調達することにしたのだ。

 金額は……この際、考えないことにした。

「では、こちらで作製に入りまして、完成次第ご自宅の方に送らせていただきます。御品物の発送の時期は、奥様のドレスとご一緒でよろしいでしょうか?」

「……あっ!」

 よくよく考えれば、ドレスや高級スーツの仕立てには、結構な手間と時間が掛かる。

 特にマルガリータのドレスは、逆立ちしても今日明日で完成するものではないだろう。

 できれば、今夜のディナーに着て行きたかったけどな……。

 まあ実際、彼女のウエディングドレスだって出来上がるまでに結構な期間を要したわけだし、そこはファンタジーなスチームパンク世界でもどうしようもないか。

「(仕方ないな……。)ええ、それで構いません。ただ、我々もそんなに長く王都に居るわけではないので……船便になりますかね?」

「左様でございますね。お住いのネフロ周辺地区ですと……輸送船と運送会社のビークルを経由してのお届けとなりますな」

 若干、俺のテンションは下がったが、今さら文句を言っても始まらないので、俺は注文書にサインをして料金を支払った。

 もちろん、即金で一回払いだ。

 分割だの後払いにしても、手数料が増えるだけだからな。

 もしかしたら、この街の上流階級の間では、あとで使用人に届けさせるとか何とか妙な慣習があるのかもしれないが……さすがにそこまでは知ったことじゃない。

 

 

「あの……グレイ?」

「ん? マルガリータか、どうし……っ!」

 ふと、店の奥から掛けられた声に振り向くと、俺は思わず息を呑んだ。

 恥ずかし気に小さくなりながら姿を現したマルガリータは、ファーつきの白のコートに、ブラウンのバケットハットをかぶっている。

 コートのデザイン自体はオーソドックスで上品だが、銀と黒のコントラストの目立つファーがややワイルドな印象を与えており、洗練された肩や腕周りのフォルムは一段上の上質さを醸し出している。

 服のカラーに合わせて選ばれた帽子も、色合いは地味なダークブラウンだが決して野暮ったさは無く、ブリムとの境目にあしらった黒のリボンは絶妙なサイズ感で、シックな雰囲気を壊さず華やかさを演出している。

 頬を朱く染めて顔を背けるマルガリータの目が帽子の下から不安げに覗き、普段の強気な態度とのギャップに俺は何とも言えぬ庇護欲を刺激された。

「な、なんか言ってよ」

「いやぁ、もう何と言うか……」

 俺は若干上の空でマルガリータに答えた。

 俺の頭にある21世紀基準のファッションセンスからすると、この装いは20世紀半ば以前の白黒写真でよく見た若干古めかしいデザインだが……これはこれで普通にありだな。

 本来なら、女性の衣服のほとんどがエプロンドレスの延長みたいな型であるはずのこの時代。

 バンピートロット世界では、各キャラクターデザインに応じてかなり先進的な衣装も登場するが……この女性店員が仕立てたと思わしきコーディネートもなかなかモダンで、マルガリータの魅力をいい感じに引き出している。

 美しい妻の姿に感激していると、マルガリータを俺の前へ促した女性店員は接客モードの愛想笑いを顔に貼り付けながらも、どこか自信ありげな表情で口を開いた。

「いかがでしょう? こちらのコーデも、ただいま非常に人気の商品となっておりまして……オーダー品ではございませんが、その分値段もリーズナブルになっております。それに、こちらでしたらサイズ直しの方もすぐに対応できますので……奥様もよろしければ、今日はこのまま着ていかれてはどうでしょう? 僭越ながら、今日はお二人にとって大切な日でございましょう。恐縮ですが、思い出となる日に相応しい装いの準備をお手伝いできればと……」

「買いで!」

「即決っ!?」

 マルガリータ本人は素っ頓狂な声を上げているが……さすがにこれだけ完璧なコーディネートを見せられては、買わないという選択肢はない。

 俺は仰々しい店員の言葉が終わるより先に、購入する旨を伝えた。

 例によって、この服も店員の言う『リーズナブル』とは、俺たちの感覚とはまあまあかけ離れた数値だったが……まあ、マルガリータがより美しくなるなら、決して悪くない買い物だ。

 ブランド物の服の一つや二つ、買えないわけではないからな。

 しかし、俺が料金を支払う横で会計の明細を見たマルガリータは、一気に夢から醒めたように顔面を蒼白にした。

 うん、確かに……改めて合計で見ると、個人の趣味や贅沢で使う金額にしては、些か度が過ぎている。

 同じ額で中古のビークルが何台買えることやら……。

 俺も自分の服なら実用性も加味して冷静に選べるが、どうにもマルガリータのこととなるとついつい財布の紐が緩んでしまう。

 気を付けよう。

 

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