steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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16話 王都観光 後編

 

 ブティックを出た後、俺たちは続けていくつかのスポットを巡った。

 輸入雑貨店で小物を購入し、オシャレな工芸品ショップを回って買い物を楽しんだ後は、カフェで紅茶とケーキを味わう。

 さすがに王都の高級スイーツだけあり、見た目も味も一級品だ。

 俺は無難に季節のベリーのフルーツタルトにしたが、マルガリータはかなり迷った末にオペラ――生地にガナッシュとコーヒー・バタークリームを重ね、チョコレートで覆ったやつ――を選んだ。

 もちろん、俺のタルトも少し切って分けてあげたが、マルガリータの視線は未練がまし気に表の看板に書かれたイチゴのミルフィーユとリンゴのシブーストを行き来している。

 別に今日明日で王都を去るわけでもなし、また食べに来るか買って帰ればいいのにな……。

 その後向かった王立博物館は、ネフロ博物館の数倍の規模で、展示品もなかなかに興味深いものが多かった。

 さすがは予算と規模が違うだけあり、旧生物の化石や古代分の発掘品、地球ではまずお目にかかれないファンタジーなオーパーツが選り取り見取りだ。

 とはいえ、やはりこういう分野に関わる学者連中はピンキリのようで、なかには何の根拠もなく完全に適当なことをほざいているだけの解説ボードもある。

 特に、あの森羅万象を司る魔力の結晶とやらは、一体どこまで本気なのやら……。

 そうして珍品を眺めながら最新の学問にフムフムした後は、中心街から少し外れた地区にある闘技場に寄り、中堅バトラーの試合を観戦した。

 残念ながら、今日はチャンピオンが不在のようで、取り立てて迫力のあるバトルは見れなかったが……ネフロやハッピーガーランド近郊では見かけない珍しいパーツを使うビークル乗りも居るので、いくつかの試合はなかなかに新鮮だった。

 因みに、闘技場の規模や内装は、ガーランド闘技場と似たり寄ったりだな。

 ちょっと小耳に挟んだ情報によると、ビークルバトルのような野蛮な娯楽は、本物の王侯貴族は嗜まないらしいが……向こうの観客席の端に居る、帽子を目深に被ったお嬢さんは、所作からして明らかに貴族階級の子女だろう。

 まあ、ドン・スミスの孫娘も一時期ガラの悪いところに出入りしていたし……そういった事情はどこも一緒か。

 そして、日もとっぷりと暮れたところで、俺たちは夕食を摂ることにした。

 

 

 有能執事ミカエリスが手配したのは、王都での指折りの夜景が見える高級レストランだ。

 貴族街からほど近い場所の小高い丘の上、ちょうど下級貴族街から中心街を見下ろせる位置にあり、窓際のテーブルからは王都の景色が一望できる。

 白を基調とした店内はもちろん清掃が行き届いており、ステージでは楽団が生演奏を披露している。

 交響楽団らしくクラシックだが、無駄に長い歌曲や観劇より、俺もマルガリータもこういう方が好みだ。

「さて、料理の方はこの季節のおすすめコースをミカエリスが予約してくれたみたいだが……飲み物を選ばないとな」

「あんたに任せるよ」

 テーブルに腰を下ろした俺は、燕尾服に黒の蝶ネクタイをしたウェイターを手招きし、メニューを受け取った。

 マルガリータはこの手の店に来た経験がそもそも少ないので、チョイスを完全に俺にぶん投げている。

 とはいえ、俺もそこまでワインや酒類に詳しいわけじゃない。

 最近では、ドン・スミスとの交流などにより、少しは舶来ワインの知識も増えてきたが……それでも、俺にとってはまだまだ異世界の話だ。

 ここは無難に行くとしよう。

「食前酒は軽くて口当たりのいい物がいいな……このシャンパンベースのカクテルを二人分頼む。あと、ワインは赤と白を一本ずつ、料理に合わせて選んでもらいたい。ソムリエを呼んでくれるかな」

 マルガリータは若干呆気にとられた表情を浮かべていたが、こういうことは専門家に聞けばいいのだ。

 客の満足度がチップに反映されるとなれば、ウェイターも気合いを入れてアペリティフを用意するし、ソムリエはワインのプロフェッショナルで且つ自分の店の在庫を熟知している。

 やがて、アミューズの皿とともに二人分の食前酒をウェイターが運んできた。

 軽くグラスを掲げて乾杯した俺たちは、一口サイズのカナッペ――具は魚卵の塩漬け、スパイスの効いたリエット、クリームチーズとドライのイチジクなど――を摘まみながら、微炭酸の泡が立ち上る冷たいカクテルで喉を潤す。

 珍味の盛り合わせ的な要素の強い一皿だが、付け合わせのラディ・オ・ブール――葉付きの生のラディッシュにバターを挟んだもの――は前世のフランスなら伝統的な食前のおつまみだ。

 続けて冷たい前菜の皿が運ばれ、自家製のピクルスとハーブサラダにラタトゥイユの小鉢、十種の野菜とキノコのテリーヌ、砂肝とハツのコンフィ、贅沢にフォアグラを埋め込んだコンソメジュレ入りのパテ・アンクルートに舌鼓を打つ。

 濃厚な海老のビスクを飲み干した後は、いよいよメインディッシュだ。

 鱒に似た白身魚のグリルは、皮はパリッと、身はふっくらと、見事に焼き上げられていた。

 ほろりと崩れる淡白な身質に、シャンピニオン(キノコ)・ソースの芳醇な香りと濃厚な味わいが絶妙にマッチしている。

 口直しのシャーベットの後には、いよいよ肉のメインだが……今回は季節を意識したジビエということで小鳩のローストだ。

 低温でじっくりと焼き上げた柔らかい胸肉に コニャックのソースのどっしりとした甘いと香りが素晴らしい一皿だ。

 手羽や腿などの部位は皮の脂と肉の繊維の質感を意識して、燻製グリルでウェルダンに焼き上げているところが憎いじゃないか。

 そして、適度なところでワインを切り上げた俺たちは、ナプキンを片付けデザートに移った。

 

 

「ねぇ、グレイ」

「ん?」

 デザートの途中で、マルガリータは不意に口を開いた。

 彼女の手元を見ると、大きめの皿に芸術的に盛られた数種のプチガトーに柑橘のソースが添えられた滑らかなパンナコッタが、まだほとんど手つかずで残っている。

 甘いものに目が無い彼女が、この段階で皿から意識を逸らすとは珍しい。

「今日は……ありがとうね。本当に、凄く楽しかった。あんたと結婚したおかげで、あたしはこんなに豊かで楽しい世界を経験させてもらえた……」

「……急にどうしたんだ?」

 意味深な言い方をするマルガリータに、俺は思わず疑問の声を上げた。

 彼女がスイーツより意識を優先的に向ける事柄となると、相当深刻な内容の気がする。

 彼女の言動から一瞬で考えを巡らせた俺は、そのまま続けて彼女に質問を投げかけた。

「もしかして、君もここの工業地帯や発電所のことを気に病んでいるのか?」

「う~ん、そういうわけじゃないけど……。あたしにはナツメッグ先生みたいに、恵まれない子どもたちをどうにかするとか、そんな力は無いし……。ただ、あたしも……どっちかというと、向こう側だったから」

「いやいや、それは……」

 思わず否定しそうになった俺だが、彼女の出身地であるミームー村のことを思い出し口を噤む。

「だって、そうでしょ? あんたがミームー村に来て色々やるまで、あそこは文明から隔絶された僻地だったんだよ。それこそ、住民のほとんどがトロットビークルを知らないくらいにさ。あんたと出会わなきゃ、あたしはずっと小船を弄って、漁の成果に一喜一憂して……そのまま年を取って死ぬだけだったね。もし代わり映えのしない毎日に嫌気がさして街に出てたとしても、きっとロクなことにならなかったよ」

 マルガリータの整備士・技術者としての実力を知っている俺としては、その仮定を肯定する気にはなれないが、俺の反論を遮るように彼女は言葉を続けた。

「あたしだって馬鹿じゃないよ。あんたと先生の力が無かったら、最新の技術やパーツに触れる機会すら無かったことはわかってる。それこそ【ジャガーノート】みたいなビークルを整備したり、新しいパーツを開発したりするのなんて、夢のまた夢だっただろうね」

「……確かに、君がその辺の整備場とかに就職していたら、その才能が見出されることもなく埋もれてしまっていたかもな」

「そうだね。一生うだつの上がらない感じで、技術屋としても芽が出ず、腐っていただろうね。それどころか、もっと酷い目に遭っていたかも……」

 何だかんだ言って、整備工もビークル業界も男社会だ。

 自分たちよりセンスや能力に勝る女性をすんなりと認められるかといえば、それは決して簡単なことではない。

 そもそも、何の後ろ盾も無く頼れる相手も居ない田舎から出てきたばかりの女性が、街で安定した仕事と収入を得るのは難しい。

 地方出身の若い女性が悲惨な末路を辿った事例に関しては、俺もこの世界に転移してから数えきれないほど見聞きしている。

 いつの時代も、弱者を食い物にするクズというのはそこら中に居るものだ。

 例外はビークルバトラーだが、それも高ランクバトラーとして成功できるサフランのような例は限られている。

 確かに、マルガリータもビークルの仕組みに精通しているだけあり、【クラフトマンシップ】で盗賊から身を守れる程度の技量はあるが……それもあくまでも最低限。

 彼女のバトラーとしての実力はC~Bランク程度。

 ちょっとした選択とタイミングが違えば、マルガリータは遥かに貧しく辛い人生を歩んでいた可能性が高かったわけだ。

「だから、あたしは本当に運が良かった。あたしとあの発電所の人たちの違いは、それだけなんだよ」

「…………」

 返答に困る俺に、マルガリータはややおどけたように悪戯っぽい笑顔で再び口を開いた。

「そんなわけで、これでもあんたには感謝してるんだよ。あたしのこと、選んでくれてありがとう、って」

「いやぁ、それはこちらこそ……君みたいな素敵な女性と結婚できて、俺こそ世界一の幸せ者だよ」

 俺はマルガリータのストレートな言葉に些か気恥ずかしさを感じながら頭を掻くが、自分の気持ちははっきりと言葉にして彼女に伝えた。

 夫婦生活も長いと、思いの丈を伝え合うタイミングも少なくなってくるので、こういう機会は大事にしていきたい。

 それに、自分から恥ずかしいセリフを言っておいて俺の返答に赤面するマルガリータの顔が見れるのも、普段は得難い貴重な光景だ。

「……時々、思うんだ。こんな幸せがいつまで続くんだろうって」

 意味深なマルガリータの呟きだったが、どこか遠い目で夜景を眺める彼女の様子に、俺は野暮な質問を投げかけるのを思い留まった。

 いつしか、ステージで演奏する楽団の演目は、スローでムーディな曲調のナンバーへと変化していた。

 

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