steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
ナツメッグ博士が国王と謁見する当日。
俺は珍しく正装した博士を【ジャガーノート】の助手席に乗せて、王城へと向かっていた。
「こういうのって、普通向こうが迎えを寄越すもんだと思っていましたが……」
「ふむ、まあ相手によってはそういうこともあるじゃろうが……しかし、今さらゴテゴテの馬車でこのメインストリートを移動したいと思うか?」
「ああ、そりゃ勘弁っすわ」
王都の表通りがしっかり舗装されているとはいえ、古風な石畳式の道路を乗り心地最悪の馬車などで走ったら、間違いなくケツが死ぬ。
ハイブリッド車と高性能ビークルに慣れた現代人の尻のヤワさを見誤ってはいけない。
「ところで……今日の俺は付き添いって話ですけど、それはどこまでです? さすがに謁見には同席できませんよね?」
「無論じゃ。陛下からの召喚に護衛を同席させるなど、最悪謀反を疑われかねんからの。恐らく、手前の部屋で待たせることになるじゃろう」
「なるほど、了解です。……何か、俺が居る意味無さそうっすね。別室でしかもビークル無しじゃ、いざという時どうしようもないですよ」
「まあ、否定できんの。そもそも、お前さんの銃も王宮エリアの手前で預かる流れになるはずじゃ。ただ、わしもそれなりの立場がある身というだけあって、連れて歩く人間が一人も居ないというのも無作法と見なされるわけでな。くだらぬ慣習じゃが、しばしの辛抱じゃ。黙って付き合え」
要は案山子か。
まあ、王城には警備兵やら軍隊やらが大量に詰めているので、何かトラブルがあれば彼らが片付けるだろう。
逆に、警備側の人間から奇襲を受けたら、こちらはどうしようもない。
そういう意味では、今日のフィールドで戦闘が起こったら、どちらにせよ俺には何もできないわけだ。
「とにかく今日は、さっさと謁見を済ませて帰るに限る。周りの阿呆どもが余計なことを言い出す前に、陛下が妙なことに関心を持つ前にの。じゃから、グレイ。くれぐれも騒ぎを起こすでないぞ」
「ええ、そりゃあもちろん。俺だって、敵地のど真ん中で丸腰で戦おうとは思いませんよ」
「……既に敵地と言っておる時点で、あまりいい予感はせんがの」
王城の警備兵に従いビークルを駐機した俺たちは、門番に身元を確認された後に正面玄関から堂々と入場し、派手なタペストリーに彩られた総合受付のような場所で用件を告げた。
事務的な手続きに関しては既に話が通っているらしく、担当の文官に人数とアポイントを確認されるだけで、その後はすぐさま王宮エリアへ移動となった。
稀代の天才科学者ナツメッグ博士の威光……というには、文官のどこか人を見下した態度や周囲の物見高い視線が不快だが、さすがにこの段になって面倒な足止めは無いようだ。
他の貴族からの珍獣を見るような目に晒されながら、俺たちは王宮侍女の案内で煌びやかなホールを横切り、王城の奥へ奥へと進んでいく。
……階段の踊り場から迷路のような通路にまで、高そうな美術品や絵画でいっぱいだ。
俺にそこまでの美術品の審美眼は無いが、雰囲気からして明らかにマトモな値段じゃないことはわかる。
この調度品を揃えるだけでも、一体どれだけの国家予算が投入されたのだろう?
仮にこれがすべて王家の所有物だとして、それを揃えられる彼らの資産はいかほどなのか?
何より、この国の経済規模に対して、王家の裁量で使える金額とは……?
疑問は尽きないな。
そんなことを考えている内に、俺たちは王宮エリアの入口に到着した。
「こちらで武器をお預けください」
銃器を持ち込めないことは既に博士から聞いていたので、俺は大人しくショルダーホルスターのワルサーP38を警備カウンターの騎士に渡した。
一応、マガジンとチャンバーの弾は抜いてから銃本体を渡したが……あまり意味は無いかもな。
現代なら、冗談としか思われないような派手な赤い軍服に身を包んだ近衛兵たちは、皆それぞれ着剣したライフルを持ち、腰のホルスターにはリボルバーを提げている。
明らかに対人戦闘訓練を受けた彼らは、立ち振る舞いにも隙が無く、常にツーマンセルで周囲を警戒し不審者に目を光らせている。
ここから見えるだけでも、王宮エントランスに4チーム、階段上に2チーム……もしも彼らが一斉に攻撃を仕掛けてきたら、俺と博士は成す術なくボロ雑巾と化すだろう。
さすがに俺から取り上げた銃をその場で撃ってくることは無いにしても、彼らが敵になった時点でビークルも無く丸腰の俺は詰みだ。
何とも居心地の悪い空間である。
武装解除され、応接室のような部屋に通された俺たちは、謁見の準備が整うまでその場で待つように告げられた。
……ここから、さらに待ちか。
この後に急ぎの予定は入れていないので、多少時間が押したところで然程の問題は無いが…… 。
「遠方から呼びつけて、武器を取り上げて、持て成しもせず待たせて……何様ですかね?」
「国王様じゃよ。向こうから時間を指定しておいて1,2時間待たせることもザラじゃ。それと……もう一つ面白くない話があるぞ。わしが謁見室に入場したとして、陛下が現れるのはそのさらに数分後じゃ」
「……無駄では?」
「無駄じゃ。しかし、王族という生き物は、人を待つと死ぬらしいの。アレじゃ。『沽券にかかわる』というやつじゃな」
「ハハッ……気が滅入りますね」
しかし、意外にも十数分ほど経ったところで、謁見の準備が出来たらしく博士が呼ばれた。
前回は1時間半待ちだったそうなので、今日は本当に幸運な方だろう。
「陛下がお待ちです。ご案内いたします」
機械的に案内を申し出る王宮侍女の態度とは裏腹に、思いのほか謁見がサクサク済みそうな様子に博士は上機嫌で部屋を出て行った。
「……さて、どうしたものかね?」
応接室に一人残された俺は本格的に暇になった。
身一つで見知らぬ場所に、話し相手も居ないこの状況……マジでやることが無い。
紅茶とお茶菓子は王宮侍女が用意してくれたが、妙なものを仕込まれるリスクを思えば、手を付ける気にはなれない。
さすがの俺も英国諜報部の某スパイのように解毒剤など常に持ち歩いているわけもなく。
いかにナツメッグ博士といえど、突発的に盛られた毒に対応してその場で中和剤を錬成することなどできないからな。
この場では何も口にしないのが正解だろう。
銃の手入れでもして待つかと思ったが……肝心のワルサーを近衛兵に預けたのだった。
「ハァ……本でも持ってくればよかったかな」
手持無沙汰になった俺は、当てもなくフラフラと室内を歩き始めた。
とはいえ、殺風景な部屋にはほとんど見る物なんて無い。
ソファーテーブルのセット以外、壁に風景画が一枚と窓際にローテーブルが設置されているくらいか。
「ん……?」
しかし、ふとローテーブルの方へ視線をやると、その上に新聞が置いてあるのを見つけた。
日付はちょうど今朝のものだ。
どうやら、俺たちの前にこの部屋を使った人間がここに置き忘れたらしい。
王宮の一室にも関わらず、清掃や整理が行き届いていないのはどうかと思うが……今はそれも好都合だ。
ちょうど今日は朝早くにナツメッグ邸を出たため朝刊を読む間が無かったので、ありがたく借り受けよう。
拾った新聞で暇つぶしとは少し情けない気もするが、別に誰が見ているわけでなし……。
「――ほう、『王都セントラル闘技場に新チャンピオン誕生! 由緒正しき王家の血を引く新進気鋭のビークルバトラーの謎に迫る!』ね……」
第一面は芸能ニュースだ。
俺としては、このビークルバトルチャンピオンの機体の方が気になるが……そこまでマニアックな話は新聞には載っていない。
チャンピオンの生まれだの、家柄だの、経歴だの……本当にどうでもいいことばかりだ。
まあ、大手の新聞なんてどこもそんなものだろう。
パラパラと紙をめくってみれば、発電所関連の話が小さな記事で取り上げられている。
事業理念を語るナントカ伯爵のコメントが載っていた。
新世代を担う産業への支援と、労働者への手厚い保護ね……これを書いた記者が賄賂を貰っているならまだマシだが、本気で信じているなら一度眼科に行った方がいい。
一方、俺が手掛ける電化製品などに関しては、まだ新聞に載るほどの話題性は無いようだ。
知名度の低さを嘆くべきか、下手に注目を集めていないことを好機ととらえるべきか……。
そんな具合に、しばらく暇をつぶしていると、やがてナツメッグ博士が戻ってきた。
「グレイ、帰るぞ」
「おっと! 早かったですね、博士」
新聞をたたみながら返答する俺に、博士は早速ネクタイを外しつつ上機嫌で口を開いた。
「略式の謁見で済んだからの。場所も謁見の間ではなく、陛下の私室の一つじゃった。大方、高貴な方々(・・・・・)がわしの相手など片手間の面会で十分と、横槍を入れたのじゃろう。ま、野次を飛ばすしか能の無い宮廷雀どもが居ないだけ、こっちとしては気楽だったがの」
なるほど、それで話がトントン進んだわけか。
内容も、国王の他愛のない話に博士が適当に相槌を打つだけで、本当に王都くんだりまで来る意味のない話ばかりだったとのこと。
てっきり、ダンディリオンの件や『グランドフィナーレ』のことで、妙な言いがかりや無茶を言われたものと思っていたが……。
本当に、ただ時間と労力を取られただけだったな。
今回の一件、裏で糸を引いていたであろう国王の取り巻きや貴族連中にしてみても、博士を呼びつけて手間を取らせれば、その時点で嫌がらせは完了だったのだろう。
何とも下らない話だ……。
まあ、博士の機嫌が悪くないならそこは僥倖だ。
俺もこれ以上時間を無駄にしたくないし、さっさと銃を返してもらって立ち去るとしよう。
「……そうじゃ、グレイ。今日の午後は、何も予定は入れておらぬな? この後、寄ってもらいたいところがある」
「ええ、それは構いませんが……」
怪訝な表情を浮かべつつも承諾する俺に、博士は深刻な表情で頷き言葉を続けた。
「少し……付き合え」