steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

159 / 168
18話 孤児院

 

 博士の案内で【ジャガーノート】を走らせやって来たのは、工業区と職人街の外れにある教会だった。

 古めかしい石造りで、扉や窓枠は明らかに素人が手作業で直したことが丸わかりの、何とも質素な礼拝堂だ。

 中心街にあった派手な大聖堂とは似ても似つかない。

 いい言い方をすれば質実剛健、悪く言えばみすぼらしい。

 まあ、金の掛かった煌びやかな教会はその時点で、現代人の宗教全般へ抱く感覚からすると、神の名のもとに搾取しまくる生臭にしか見えないわけだが……。

 そんな寂れた教会だが、博士について建物の裏手に回ると、思ったより大きな庭が目に入る。

 これまた簡易的な柵の内側では、中年のシスターと子どもたちが畑仕事や洗濯などをしていた。

 なるほど、孤児院も兼ねているわけか。

 

 

「さあ、皆さん! これが終わったら、夕食まで自由時間ですからね。皆で協力して片付けるのよ……あらっ?」

 俺たちが柵の入口の辺りまで近づくと、シスターの女性がこちらに気付いた。

 一瞬、俺の方へ警戒したような視線を向けてきたが、博士の姿を認めるとシスターは途端に笑顔になった。

「あらあら、まあまあ! ナツメッグ博士ではありませんか! 王都にいらしてたのね。ほら、皆! 博士にご挨拶しなさい」

「「「こんにちは、ナツメッグ博士!」」」

 シスターの一声で、子どもたちが俺と博士の前にわらわらと集まってきた。

 彼女たちの様子からして、博士はこの孤児院の人々に随分と慕われているようだ。

 年長の子どもたちを筆頭にキッチリ帽子を取って挨拶するあたり、礼儀作法の躾けという側面もあるのだろうが、博士が皆から尊敬され感謝されているのがわかる。

 ナツメッグ博士が恵まれない子どもたちに資金や色々な援助をしてきたことは俺も聞いており、トロット楽団の関係者以外にも博士を慕う者は多いが、王都でもこの扱いとはさすがに予想外だったな。

「うむ。皆、元気そうで何よりじゃ。邪魔をして悪かったの。そろそろおやつの時間であろう。差し入れがあるぞ」

「「「「「ワァァァ!!!!」」」」」

 博士の目配せを受けた俺が手荷物から駄菓子の入った袋を取り出すと、子どもたちから歓声が上がった

 ここに来る途中に商店街で手に入れたものだが、身寄りがなく教会で暮らす子どもたちにとっては、なかなか口にする機会の無い贅沢品だろう。

 俺は小袋に包装されたお菓子を一人一人に手渡した。

 さながら気分はサンタクロースだ。

 そして、子どもたちの何人かは俺のことを知っていた。

「凄ぇ! ハッピーガーランドのチャンピオンだ!」

「うわぁ、本物のグレイだぁ!」

「あの黒いビークル知ってる! 【ジャガーノート】だよ!」

 どうやら、うちの地域で開催されるビークルバトルトーナメントを知っている子も多いようだ。

 王都から見れば、ネフロもハッピーガーランドも田舎だろうに、よくそんな知識まで仕入れているものだと感心するが……俺も王座を防衛するたびに取材は受けているので、各新聞には俺の写真も何度か載っているからな。

 それに、ナツメッグ博士の援助を受けている孤児院なら、博士の助手である俺のことを知っていてもおかしくはないか。

「ねぇ、チャンピオン! トーナメントの話を聞かせて!」

「盗賊団をいくつも壊滅させたってホント!?」

「ガラガラ砂漠決戦でも凄い活躍したんでしょ!」

 早速、物怖じしない子どもたち――特に男の子――が、俺にビークルバトルや戦いの話を強請ってきた。

 この展開も少しは予想していたが、さすがに子どものエネルギッシュさには圧倒されるな……。

「後でな。それより、ナツメッグ博士にお礼を言っておきなさい。このお菓子は全部博士からだ。ああ、そうだ。食べる前に手はしっかり洗うんだぞ」

「「「「「はーい!」」」」」

 そんな具合に、俺がどうにか子どもたちをいなしつつ菓子を配っている間に、博士はシスターたちにも改めて俺のことを紹介してくれたようだ。

 最初は俺がビークルバトラーだと聞いて、年少の子どもたちを後ろに庇いつつ遠巻きにしていた彼女たちも、博士の言葉でようやく決心がついたのかやや警戒しながらも控えめに挨拶してくる。

 まあ、ビークル乗りの大半は礼儀もTPOも無い荒くれなので、この反応もある意味仕方ないか。

 やがて、神父らしき老齢の男性まで表に出てきた。

「子どもたちへの温かいお心遣い、誠に感謝申し上げます。何も無い所ですが、今日はゆっくりしていってください。ナツメッグ殿とグレイ殿に神のご加護があらんことを」

「これはご丁寧にどうも」

「うむ。せっかくの機会じゃ。茶でもご馳走になりながら、最近の様子を聞かせてもらおうかの」

 

 

 教会の中に招き入れられた俺たちは、神父やシスターたちから孤児院の概要と近況を聞いた。

 ここは元々、とある上級貴族の気まぐれで建てられた孤児院だ。

 設立の経緯などは詳細に語られなかったが、聞けばこの孤児院が出来た当初よりナツメッグ博士は支援をしてきたらしい。

 金銭的な援助はもちろん、建物の修繕の手配、本や文房具の差し入れ……決して裕福ではないが、博士をはじめとした有志の寄付などもあり、子どもたちはどうにか文明的な暮らしを送れている。

 最近の様子についても、ビークル開発や電気事業の活性化による好景気も影響して、以前より子どもたちの暮らし向きには余裕があるとのことだ。

 小金持ちの数が増えれば、施しも手厚くなるし、働きの口も増えるからな。

 小遣い稼ぎ程度のものだが、子どもたちが請け負う雑用やメッセンジャーの仕事は、それこそ慈善事業に近いものだったりする。

 まあ、発電所や一部の工場などで、身寄りのない子どもが都合よく安い給金で危険な作業に使われていることは、博士の指摘する通り好景気に伴う明らかな弊害ではあるが……。

「念のため確認しておくが……子どもたちに危険な仕事はさせておらぬの?」

「無論です。そういった申し出は全て断るよう徹底していますし、私も常に目を光らせております。……とはいえ、そういった仕事を好んで引き受ける子たちが一定数居ることは否定できませんね。特に、この孤児院の外のことに関しては……。何せ、新聞配達や邸宅の掃除よりも給金がいいですからな」

「所詮は小間使い、条件が良いとはいっても雀の涙程度だろうに……まあ、仕方ないの。お前さんたちがこの街の子どもたち全ての面倒を見れるわけでもなし、そこは言っても詮無いことじゃろうて。とりあえず、ここの子たちに深刻な問題が無いようならよしとするかの」

 博士にしてみれば、一刻も早く立ち去りたいであろう王都滞在の時間を伸ばしてまで立ち寄った孤児院だ。

 メガネの奥でどことなく安堵の表情を浮かべているのは、俺の勘違いではないだろう。

「……そうじゃ。教会を出て行った子たちは、今どうしておる?」

「皆、元気にやっていますよ。そうそう、五年前にここを出た兄妹から手紙が届きましてね。 今はビークルバトラーになって各地を回っているそうで、近々こちらにも顔を出すと――」

 博士は若干複雑そうな表情だが、まあこれもよくある話だな。

 確か、フェンネルも博士から譲られた中古のビークルに乗り始め、そのまま食い扶持を稼ぐためにビークルバトルを始めていたはずだ。

 それに……。

「グレイさん! トーナメントの話を聞かせてください!」

「チャンピオン! どうすればそんなに強くなれるの!?」

 途中、俺は子どもたちにしつこく強請られ、去年のビークルバトルトーナメントやエルダーとのタイトル戦の話を披露する羽目になった。

 ビークルバトラーといえば、ビークルの運転以外に何もできない人間が最後に行きつくだの何だの、一種の3K的な扱いを受けることも多い仕事だが、成功すれば一攫千金だ。

 ネフロのシュナイダー然り、高ランクバトラーともなれば街のヒーローになるわけで、そういった憧れも含めて子どもたちの進路の選択肢として根強い人気を誇るのは当然だろう。

「……グレイ、そろそろ行くぞ。あと、話はほどほどにな。お前さんの武勇伝は子どもたちに悪影響じゃ」

「はいはい。心得てますよ、博士」

 そして、そろそろ日も傾きかけたという頃、教会をお暇することにした俺たちは【ジャガーノート】に乗り込んだ。

 

 

 ナツメッグ邸への帰り道で、俺は助手席の博士に話しかけた。

「博士はこっちでも慈善事業をやっていたんですね。恵まれない子どもたちのために手を尽くしていることは知っていましたが、また随分と手広くやっているご様子で」

「まあの。もっとも、王都や遠方の施設に関しては、最近はたまに寄付をして手紙で様子を知らせてもらう程度だがな。昔は、わし自ら子どもたちを引き取り、学問を伝授して独り立ちできるまで面倒を見ていたりもしたが、さすがに一人ではもう手が回らん。若く志のある者たちを巻き込み、わしは高みの見物をしておるよ」

「またまた~。里親とか住み込み先の斡旋とか、他にも色々支援してたんでしょ?」

「うむ、それに教育もな。万人が平等な機会を得られるにはまだほど遠いが、法や技術を学べば生きる術は増える。生業にはせずとも、役に立つ場面も多いはずじゃ」

 最近はネフロやハッピーガーランドでも教会や有志の運営する学校が出来て、庶民の子どもたちも学べる機会が増えてはいるが……結局はそれも、教育という耳障りのいい言葉を通して、従順な兵士や労働者を効率よく生産するためのプロセスに過ぎない。

 貴族階級による支配が資本家と富裕層による搾取に変わっただけで、本質は同じだ。

 一方、ナツメッグ博士の教えは違う。

 トロット楽団メンバー然り、マルガリータ然り……博士の薫陶を受けた者は皆それぞれのフィールドで一角の人物へ成長し活躍している。

 しかし……。

「…………」

「どうした?」

「いえ……ただ、博士はあの孤児院に随分と思い入れがあるみたいですね? ここはうちから距離があるし、おまけに博士の嫌いな王都のど真ん中。それなのに、あの施設を殊更気に掛ける理由は……いや、不快な詮索だったらすみません」

 誰にでも、触れられたくないモノや事情はある。

 自らの境遇に照らし合わせ、それがよくわかってしまう俺は、どこか歯切れの悪い聞き方になってしまうが……やはり気になるものだ。

 いくら博士が熱心な慈善家とはいえ、俺やマルガリータ、それにトロット楽団の関係者は特別だ。

 何かしら琴線に触れるポテンシャルを見込んだ相手、もしくはタイミングや巡り合わせの問題で、どうしても人間関係に濃い薄いの差は出来てしまう。

 はっきり言って、博士が王都の特定の孤児院を特別気に掛ける理由がわからない。

 そんなことを考えていると、博士は俺からフイと視線を外しつつ呟いた。

「あそこは……少々訳アリだからの」

「訳アリ?」

「気付かなかったか? あの孤児院の子どもたちは、他とは違う。身寄りのない子として教会に引き取られるまでに、紆余曲折あった者も多いんじゃよ」

 そう言って、博士は言葉を続けた。

「多くは、所謂『教会送り』というヤツじゃな。大店の跡目争いに脱落した一家の子から、王家の庶子の落とし種……あの子たちのルーツは大体そんなところじゃ。下層民の口減らしや商売女が産み落とした子に比べれば、いくらか境遇は複雑じゃろうて」

 言われてみれば、確かにあそこの子どもたちはどこか雰囲気が異質だった。

 子どもたちは皆サイズの合わない地味な服を着ているが、どことなく身だしなみが整っており、立ち振る舞いにも品がある子が多い。

 俺にビークルバトルの話を求めてきた子たちも、思いのほか礼儀正しかった。

 博士が資金を援助したり手助けをしたりするからには、元々はもっと劣悪な環境にあった施設を予想していただけに、不思議と悲壮感が無いあの子たちの様子にはどこか違和感を覚えていたものだ。

 かと思えば、外面を取り繕いつつもどこか表情に深い影を落としている子が一人二人居たような気もする。

「連座で処刑するのは外聞が悪い。しかし、二度と権力闘争の場に関わらぬよう支配階級に手が届く場所から遠ざけたい。あそこに居るのは、そんな醜い派閥争いの犠牲となった子どもたちなのじゃよ」

 なるほど……。

 ということは、あの孤児院と子どもたちは、ある種の監視下にあるわけだ。

 場合によっては、その権力闘争の風向き次第で、後顧の憂いを断つために改めて暗殺対象にされる可能性も……。

 そういった薄汚い政治の話に振り回される子どもたちを不憫に思い、博士は積極的に支援しているわけか。

「あの子たちが平穏に生きていくためには、一刻も早くこの王都を……貴族の影響下を抜け出すのが一番じゃ。だからこそ、わしはあの子たちがここを離れても生きていけるよう気を配っている。……まあ、物乞いや下働きをしなければ食っていけないストリートの子どもたちに比べれば、わしが手を出すまでもなくそもそも恵まれているのであろうが……」

「まあ、そこは難しい問題ですね」

 

 

「……グレイ。お前さんをあの孤児院へ連れていったのには、もう一つ別の理由がある。お前さんには、いつか話そうと思っていたことじゃ」

 しばしの沈黙の後、ナツメッグ博士は再び口を開いた。

 どこか話しづらそうな博士の様子に、俺は静かに頷いて続きを促す。

「実は……あそこはダンディリオンとチコリが育った孤児院なんじゃ」

「っ! それって……」

「もっとも、チコリは幼過ぎて孤児院の記憶はほとんど無いようだったがの」

 最後にぶっ込まれた衝撃的な事実に、俺は思わず博士に向き直った。

 脇見運転をするわけにはいかないので、慌てて視線を前に戻す。

「ダンディリオンは……初めて会ったときから、妙に洗練された子であった。芸術家らしくマイペースで、職人気質なようでいて、それでどこか大人びた矜持がある。天真爛漫なチコリと比較してそう見えたこともあろうが……どこか不思議な子どもじゃったな」

 そういえば、フェンネルも以前そのようなことを言っていたな。

 ダンディリオンもチコリも、自分と然程境遇は変わらないというのに、ヤケに上品で立ち振る舞いにも気品があったと。

 酒の席だったこともあり、フェンネル自身の思い出補正として聞き流してしまった気もするが、どこか引っ掛かり記憶に留まっていた話だ。

「もしや……ダンディリオン兄弟も元は高貴な血筋だったり……?」

「生まれの詳細については知らん。わしもそこまで突っ込んだ事情は聞いていないからの」

「ダンディリオン当人は?」

「……さあの。じゃが、あ奴が自ら真実に辿り着いていた可能性は否定できん」

 ダンディリオンがブラッディマンティスという巨大組織を操る立場に居た以上、自分のルーツに関しても独自に調べ上げていたことは十分にあり得る。

 もしかしたら……ダンディリオンは機械や文明だけでなく、社会構造そのものにも恨みを抱いていたのかもしれない。

 自分と弟のルーツを奪った社会に、身勝手な都合で自分たちを振り回した政治・世界に、そうした営みを生み出す人類全体に、丸ごと復讐しようと目論んでいたのか……?

 しかし、今となっては、彼の意図は何もわからない。

 志半ばで凶弾に倒れた、彼の気持ちなど誰も……。

「……何か、やりきれない話ですね」

「うむ……」

 それっきり、ナツメッグ邸に到着するまで、博士は一言も口を利かなかった。

 





裏設定のネタバレ的な演出をしましたが、作者の妄想からのオリジナル設定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。