steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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21話 飛行テスト 前編

 

 

 スキトール湖、上空。

 ハンドルに軽く手を掛け飛行ビークルのフラップを微調整していた俺は、湖の中心近くに差し掛かったところで無線機の通信ボタンを押した。

「こちら【ジャガーノート】。目標に到達した。マルガリータ、準備はいいか?」

『オッケー、こっちからは観測できてるよ。いつでもどうぞ』

「了解、攻撃に移る」

 マイクを元に戻した俺は、鋭くハンドルを切って飛行モードの【ジャガーノート】を旋回させる。

 安定した挙動から一気に翼を翻し、揚力の流れから離脱した機体は一瞬だけガクンと高度を下げた。

 先ほどまで軽快な回転音を響かせていたプロペラブレストは、急激に上げられた出力に甲高いトルクで吠えた。

「距離、約二百……発射っ!」

 照準パネルの中心に目標を捉えた俺はトリガーを引いた。

 プロペラブレストに据え付けられた2門のヴィッカース機銃は、軽快な炸裂音とともに303口径弾を吐き出す。

 プロペラを撃ち抜かないよう同調装置と連動させた影響で、発射速度は銃本来の回転数より若干落ちているものの、機関銃2門の火力は相当なものだ。

 ヘリウム風船にぶら下げられた木製の的は、次々と着弾したフルサイズのライフル弾によってズタズタに引き裂かれた。

「よし、次っ!」

 機首を上げて急上昇しながら風船本体にも数発の機銃弾を撃ち込み、目標を完全に破壊した俺は、次なる標的に向かって飛行ビークルのスロットルを上げる。

 的は静止しているとはいえ、これは実戦を想定した訓練だ。

 全ての空中標的を敵機であると想定し、向こうの射線が敵同士で交差するような位置取りを意識しつつ回避機動も交えて、より上の高度を取って的を破壊していく。

 こちらが攻撃を受けることは無いが、一歩間違えば事故りかねないアクロバット飛行はなかなかの緊張感だ。

「今度はこいつだ……発射っ!」

 一旦、態勢を整えつつ機体を翻した俺は、まだ空中に残っている的に狙いを定めると、もう一つの武装の射撃スイッチを押した。

 次の瞬間、先ほどの機銃掃射よりも数段激しい振動を伴い、左右のウィングアームが唸る。

 それぞれ主翼の半ば辺りに据え付けられた計2門の機関砲は鋭い轟音を発し、小規模な爆発のようなマズルフラッシュを煌めかせた。

 使用する弾薬は、普段の地上歩行時には左アームに装備しているチェーンガンと同規格。

 ビークルの鋼鉄のボディをいとも容易く撃ち抜く大口径の高速徹甲弾だ。

 その威力は小銃弾とは比較にならない。

 しかし……。

「ちっ」

 当然というか、強力な連射砲ともなれば、リコイルの衝撃もそれ相応に強くなる。

 見た目にも、弾道は先ほどの303口径機銃と比べ大きくバラけ、かなりの数の弾が目標に着弾せず明後日の方向へ飛び去った。

 ……思った以上に命中率が悪いな。

 接近しつつ連射を続ければ、機体両側の機関砲はどうにか目標を捉えて粉砕したが、一つのターゲットを破壊するのに随分と無駄撃ちをしている。

 試行錯誤しながら俺が空中の的を全て壊す頃には、結構な量の弾薬を消費していた。

「くそっ……」

『どうしたの? グレイ、大丈夫?』

 思わず罵声を漏らしていると、無線機からマルガリータの心配する声が発せられた。

 俺の声が聞こえたわけではないだろうが、空中標的を全て破壊したにもかかわらず報告も動きも無いこちらの様子が気にかかり、連絡を入れてきたのだろう。

 一呼吸おいて無線機に手を伸ばした俺は、努めて落ち着いたトーンで口を開く。

「ああ、問題ない。空中の目標は全てクリアした。次は対地掃射だな。ポイントに移る」

 

 

 一通り、飛行ビークルの武装テストを終えた俺は、ピジョン牧場に帰投した。

 丘の上にビークルを着陸させ、展開式のウィングアームを畳み、機体を通常機動モードへ移行させる。

 プロペラの推力の慣性で数歩ほど歩みを進めた【ジャガーノート】は、ちょうどオットー&ウィリー兄弟の整備小屋の前で停止した。

 レッグ駆動系のギアを落としてプロペラへの動力接続を切り、キャノピーのロックを解除しコクピットを開放すると、やがて外からマルガリータの声が聞こえてくる。

「おかえり、無事に戻って来たね」

 整備小屋の方へ視線を向けると、ちょうど屋上の外階段からマルガリータが降りてくるところだった。

 階段近くの木箱に双眼鏡とバインダーに挟まれた資料を置くと、マルガリータは早速とばかりに【ジャガーノート】の各部を点検し始める。

「こっちからも見てたよ。飛行モードも大分乗りこなしてるじゃないか」

「おう。整備士の腕がいいからな」

 ストレートに褒める俺の言葉に軽く口角を上げたマルガリータは、作業の手を止めずそのまま俺に疑問を投げかけた。

「それで? 何か気になることがあったみたいだけど……」

「ああ……普通に飛ぶだけなら問題ない。エンジンの調整もボディ周りの建付けも万全だ。ただ、武装の方は……いくつか課題が見えてきたな」

 マルガリータは一つ頷いて俺に続きを促す。

「機銃の方はノープロブレムだ。発射速度も回転の具合も良好。プロペラを弾が掠めるなんてことも無い。同調装置の精度は完璧と言っていいだろう。だが……問題は機関砲だな。確かに、チェーンガンと同じ大口径を空中で、しかも2門同時に撃てるのは素晴らしい。命中すれば破壊力は抜群だろう。……命中すればな」

 そこまで言うと、マルガリータも俺の言いたいことを察して顔を上げた。

「的は壊せてるけど使い勝手はよくない、ってとこかな。狙いにくかった?」

「ああ、ちょっとな。もちろん、地上でチェーンガンを撃つのと空中戦では、色々と具合が違うのは承知しているが……機体の揺れと視界のブレは予想以上だ。急降下して対地掃射するときも、普段の交戦距離の感覚からすると、大分地面に近づいて撃った。それでもこの有様さ」

 肩を竦めながら、俺はマルガリータに先ほどの射撃成績を記入したデータ用紙を手渡した。

 踏ん張りの効かない空中では、射撃時の反動はモロに機体に吸収されるし、ウィングを展開してアームを固定している状態では取れる体勢も限られる。

 少なくとも、人体に近い構造故に可能な直感的な重心移動や、人の体でいう四肢にあたるアームパーツ・レッグパーツの反動を利用した体幹調整は、飛行中は事実上不可能だ。

 そもそもプロペラ駆動で飛行している機体の揺れも相まって、直接照準の環境はすこぶる悪い。

 当然、エイムが定まらなければ、さすがの俺もまともな射撃精度は発揮できない。

 そうした状況は、先ほど俺が記述したデータからも容易に読み取れるわけで……一通り資料に目を通したマルガリータは、やや深刻な表情で眉間にしわを寄せた。

「確かに、あんたにしてはちょっと命中率が悪いかもね。……なるほど。あんたの腕でも、今の装備だとあまり遠射が効かないんだね。さすがに地面に衝突するような間抜けはやらかさないにしても、実戦なら敵に近づけば近づくだけ自分も攻撃されるリスクが上がるわけだし……有効射程は死活問題だね」

「ああ。この様子だと、現状大口径は接近戦向けだろうな。ドッグファイトの切り札にはなると思うが、弾薬のポテンシャルを鑑みると、せっかくの射程と精度がちと勿体ない気もする。まあ、そっちは俺の運用次第でもあるし、一旦棚上げでもいいとして……もう一つ心配なことがある」

「?」

 首をかしげるマルガリータに、俺は一拍置いて言葉を続けた。

「機体への負荷だ。射撃時の機体の振動とアームパーツの軋みは、俺でも気になるレベルだったぞ。大口径の2門同時発射は、繊細な飛行装備にはまだちょっと過酷かもしれん」

「っ……それを早く言いなよ!」

 結局、マルガリータの意向で機関砲の本格的な運用は延期となった。

 射撃テストも当分お預けだ。

 ここ数年の俺のビークル乗りとしての経験から言わせてもらえば、この件がそこまで深刻なダメージに発展する可能性は低そうだが……飛行ビークル自体がまだまだ発展途上の技術であることを思えば、当然の措置とも言える。

 『飛ぶ』という行為そのものが、些細な事故から大惨事につながる危険を孕んでいるのは事実だからな。

 寧ろ慎重すぎるくらいでちょうどいい。

 それに……。

「ん? どうしたの?」

 俺の視線を感じ取ったのか、マルガリータは不意にこちらへ振り返った。

 何だかんだ言って、機体のことは彼女に任せておけば大丈夫だ。

 機関砲に改良を施すにしろ、ウィングアームの機構からアプローチするにしろ、彼女なら近いうちにまるっと片付けてくれるだろう。

 ビークル関連の問題において、マルガリータが俺のフィードバックからきちんとシステム的な解決法を導き出してくれることは、既に何度も実証済みだ。

「いや。とにかく【ジャガーノート】をよろしく頼むよ」

「ああ、あたしに任せておきな。あんたが安心して飛べるように、しっかり整備しておくからさ」

 

 

 機体の点検が終わり、燃料補給と軽い修理を済ませたところで、俺は再び【ジャガーノート】に乗り込んだ。

「さて……それじゃ、もうちょっと飛んでくるかな」

「あれ? また出るの?」

「ああ。空中機動であといくつかモニタリングしたい項目があったろ? まだ日も高いし、今日中に終わらせてくるよ」

 俺の言葉に納得し一つ頷いたマルガリータは、身軽に【ジャガーノート】のボディに足を掛けると、コクピットに身を乗り出した。

「わかった。気を付けてね」

「もちろん」

 軽く口付けを交わし、マルガリータはやや名残惜しそうな眼差しを残して俺から離れる。

 後ろ髪を引かれる思いだが、彼女が機体から十分距離を取ったことを確認した俺は、ペダルを踏み込んでビークルを加速させた。

 そして再び、オットー&ウィリーの整備小屋から【ジャガーノート】は空へ飛び立った。

 

 

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