steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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22話 飛行テスト 後編

 

「――よし、こんなもんか」

 数時間後。

 ミームー村上空あたりでビークルの姿勢を元に戻した俺は、マルガリータから預かった資料を眺めて、ホッとため息をついた。

 垂直上昇に急降下、山間低空飛行にマニューバ……リストアップされた項目の全て、どうにか今日中にテストを終えることが出来た。

 到達高度から各速度計器の数値、ビークルの挙動から機体各部の状態まで詳しくレポートに書き留めたので、マルガリータと博士の研究も進むだろう。

 これで今日の仕事は終わりだ。

「さて……」

 そろそろ日も傾きかけている。

 さっさと家に戻って夕食の準備を始めるとするか。

 今日は遠出の予定が無いにも関わらず、随分と時間を食ってしまった。

 せっかくのマルガリータと一緒に過ごせる貴重な日を余計な仕事で潰してしまった以上、何かしら埋め合わせはしないとな。

 まあ、彼女の気質からして、ビークル関連の研究や仕事に対して、不平不満を言うとは思えないが、せめて帰宅後の家族との時間は大切にしたい。

 もちろん、夜の方も……ムフフっ。

「……ん?」

 他愛の無いことを考えながら機体を旋回させ、帰りの連絡のため無線機のマイクに手を掛けようとしたところで……俺はふと地上に見覚えのあるビークルを発見した。

 スキトール湖の湖畔、ピジョン牧場からミームー村へと至る線路沿いの道に居るのは……ボディを派手な赤色に塗装した虫型四足のレッグパーツが特徴的な重量級ビークル。

 あれは……!

「ダッドリー!?」

「っ! てめぇ、グレイ! そんなところで何してやがる!?」

 思わずキャノピーを開放し、コクピットから顔を突き出して確認したが……間違いない。

 相変わらず、あちこちで暴れて迷惑を掛けまくっている鼻つまみ者の荒くれビークル乗りだ。

 まだまだ数の少ない飛行ビークルに、ダッドリーは一瞬呆けた視線を向けていたが……向こうも【ジャガーノート】の黒塗りボディを見て、こちらの正体を察したようだ。

 静音エンジンと軋み音ひとつ立てないスムーズなメカニズムのプロペラ機構ゆえ、ダッドリーの喧しい喚き声がはっきりと俺の耳にも届く。

「クソッタレ! あの時はよくも……降りてこい、この野郎っ!!」

「はい、喜んで……なんて言うと思うか? 大体、どこに降りるんだよ?」

 何だか、俺の顔を見てキレ散らかしているようだが……正直、心当たりが多すぎてわからんな。

 性懲りもなくミツバチ園で暴れていたところを、アンダーバレルの長距離キャノン一発で吹き飛ばし、レッグパーツをスクラップにしてやったことか?

 それとも、スームスームのバーで酔っ払って近くの船乗りたちと喧嘩していたところを、後ろからスタンガンで気絶させたことか?

 どちらにせよ、俺からすれば喧しい害獣を黙らせただけの話だ。

 然程の問題は無いと思うのだがな。(人間にとっては)

「オラァァァァ!! くたばれぇ!」

 さすがは単細胞。

 どうやら、人間様の言葉が通じないらしい。

 勝手にヒートアップしたダッドリーと武装を展開した【レッドタランチュラ】を視界に捉えながら、俺はハンドルを切って【ジャガーノート】を急旋回させた。

 

 

 

 

 戦闘機動に移りつつ、俺はダッドリーのビークルに注視した。

 相見える度に装備が変わり、武装のバリエーションが豊富なことで有名なダッドリーだが……今日の【レッドタランチュラ】は左にスパイク鉄球アーム、右にショットガンアームを携えている。

 スパイク鉄球アームは鎖で繋がれたモーニングスターを射出する中距離武器、ショットガンアームは少し前に発売された制圧用の射撃装備だ。

 連結往復型のスパイク鉄球アームに射程の限りがあることはもとより、大型キャニスターを発射するショットガンアームも複数のペレットが拡散する構造上、火力や攻撃範囲の広さと引き換えに正確な遠射が効きにくい武器である。

 地上の重量級ビークルのダッドリーに対し、はるか上空を飛ぶ俺の【ジャガーノート】。

 どう考えても、この距離で俺にまともな攻撃ができる手段をダッドリーは持っていないように思えるが……。

「死ねぇぇええええぇぇぇ!!」

「っ!」

 突如放たれた複数の飛翔物に、俺は思わず目を見開いた。

 よく見ると、【レッドタランチュラ】のバックパーツが複数のハッチを開放し、次々とミサイル弾を射出している。

 飛来する複数の弾頭は、中距離兵装のレンジを軽く飛び越え、間違いなくこちらへ迫ってきた。

「くっ!」

 俺はエンジンを吹かして急加速すると、機体を翻してミサイルの軌道から外れる方向へ進路を取った。

 生憎、フレアやチャフのような防御兵装までは、さすがの【ジャガーノート】といえど搭載していない。

 すり抜けるようにして、数発のミサイルが機体のすぐ傍を掠め、明後日の方向へ飛び去る。

 コクピットに届く不気味な噴射音に俺は思わず肝を冷やすが……。

「…………っ」

 他の自動誘導兵器と同じく、あのミサイルはビークルエンジンの熱源を探知して進路を修正し追いかけるシステムのようだが、直前で躱されてそのまま追尾を再開できるほどの性能は無いらしい。

 努めてエンジン出力を上げず、揚力から脱出するようにして機体を翻し急降下すると、飛来するミサイルの大半は、こちらの存在を見失い、制御を外れて空中で爆発した。

 飛行ビークルが膨大な熱量を発するジェットエンジンを持たずプロペラ式であることも、思いがけずメリットとなった形だ。

「クソがっ! 避けんじゃねぇ!」

「そいつは聞けない相談だ……おっと!」

 俺の機体に命中した攻撃が無いことを知ると、ダッドリーは苛立った様子でさらに次々とミサイルを発射した。

 軽口を叩いてみるが、俺もそれほど余裕は無い。

 多弾頭ミサイル一つ一つの精度は、フェンネルの長距離キャノンなど比較にならないほどお粗末だが……それでも炸裂弾頭を搭載した対ビークル兵装の直撃を食らえば、いかに【ジャガーノート】といえどタダでは済まない。

 そもそもあの兵装の設計思想自体、弾幕の飽和攻撃と爆炎や爆風による二次損害を期待した代物のようだ。

 僅かでも空中でダメージを負うリスクを鑑みれば……いかにあの乱射魔(ダッドリー)がクソエイムといえど、気を抜くことなどできないな。

 ……そういえば、最近のビークル業界では対空装備の開発が盛んになってきているとマルガリータからも聞いた。

 あのミサイルバックも、飛行ビークルや飛行船へ対抗するために売り出し始めた製品だろう。

 まさかダッドリーが、しかも俺との小競り合いに持ち出してくるとは思わなかったが……。

 

 

「オラオラオラぁ! さっさと落ちろ、この野郎っ!」

 時間差で撃ち出されたミサイルは、不規則な軌道を描きながら空高く舞い上がり、そのまま勢いを殺さず俺の機体目掛けて突っ込んできた。

 逃げの一手で、射線を切るようにミサイルの直撃を躱し続ける俺だが、今度の斉射は俺のビークルを包囲する軌道で放たれたようで、こちらの進路を前後から挟み込むように迫って来る。

 ダッドリーの野郎……アホの脳筋と思いきや、ビークルの操縦センスは間違いなく一流だ。

 奴の思考能力自体は簡単な算数すらできないような有様で、その想像力や情報処理能力の欠如は奴が度々陥る自業自得な末路からも想像に難くないが、ことビークルを用いた戦闘となると、なかなかの適応力を見せることも少なくない。

 まあ、そうでもなきゃ、ライセンス未所持の無法者にもかかわらず、毎年のようにビークルバトルトーナメントの出場オファーが行くわけもないか。

 俺も度々奴を撃破して戦闘不能に追い込んでいるが、一撃で決着がつくのは大抵不意打ちか、煽って冷静さを失わせたところをズドンッ、といった具合だ。

 いざこうして正面切っての戦闘となると、しかもこちらの武装や行動が制限された状況下では、そう簡単に瞬殺できる相手ではない。

「死ねよ! さっさとくたばれ!!」

 おっと……今は奴の動物的な戦闘力に感心している場合ではない。

 口から罵詈雑言を垂れ流すダッドリーは、ますますヒートアップしてミサイルを撃ちまくっている。

 こちらも弾幕の間を縫うようにして急降下でダッドリーに近づき、上空からヴィッカース機銃の連射を撃ち込むが……残念ながら、【レッドタランチュラ】にはまるでダメージを与えた様子が無かった。

「ガハハハッ! そんなもんが効くかよ、バーカ!」

「ちっ」

 まあ有効射程外からの小銃弾など、ビークルの鋼鉄ボディ相手にはこんなものか。

 さすがにコクピットを狙い撃ちできる距離までの接近を許すほど、ダッドリーも甘くはない。

 再び打ち上げられたミサイルの雨に、俺は旋回を余儀なくされた。

 さて……このままではジリ貧だな。

 もちろん、実弾兵器である以上はミサイルの弾数にも限りがあるので、いずれダッドリーは上空への攻撃手段を無くす。

 いかにこちらの機銃がビークル相手に火力不足とはいえ、迎撃される心配が無ければ、さらに接近して操縦席のダッドリーを直接狙うなり何なり、奴を一方的に嬲る手段はいくらでも生まれるだろう。

 しかし、このまましばらく防戦一方というのも、ある意味リスキーだ。

 向こうの弾が切れるまで、全ての攻撃を躱し続けられる絶対の保証など無い。

 何より、奴の気質を鑑みれば、戦いが長引けば八つ当たりで近くの線路や送電線を壊すこともあり得る。

 あの設備と事業に俺がいかほどのポケットマネーを突っ込んだかを思えば……多少のリスクは伴うが、早いとこ決着をつけるべきだな。

 

 

「ギャハハハ! 逃げてみろ、ボンクラァ! ……むっ!」

 俺は地面と垂直に機体を立て直し、数秒ほど【ジャガーノート】を上昇させると、機体を急旋回させた。

 加速の勢いをそのままに、敵の射線と相対する方向に進路を取る。

 予想外の体勢に移行した【ジャガーノート】の動きはダッドリーも目敏く察知したようで、一瞬【レッドタランチュラ】の動きが硬直する。

 それでも攻撃を止めることはせず、続けて放たれる数発の対空ミサイルの雨。

 このままでは正面からミサイルの直撃を食らうコースだが……俺は尾翼や旋回系のフラップを固定しヨーイングを変化させぬまま、ウィングアームの動翼を制御して機体をロールさせた。

 鋭く90度ほど回転した機体のすぐ横を、不気味な噴射音とともにミサイルが掠め後方へ飛び去る。

 今ので大半の攻撃は回避した。

 それでも直撃しそうなミサイルは、ヴィッカース機銃の掃射で撃ち落とした。

「なにぃぃっ!?」

 さすがにミサイル弾を直接機銃で破壊されたことはダッドリーも予想外だったようで、【レッドタランチュラ】のコクピットから驚愕の声が上がった。

 俺も今のは若干ヒヤッとした。

 間髪入れず、弾幕を一気に突破した俺は、そのまま角度を付けて機体を急降下させる。

 その先に居るのは当然ながら硬直するダッドリーのビークルだ。

「お前はここで終わりだ、ダッドリー!」

「っ……上等だ! 叩き落してやるっ!!」

 我に返ったダッドリーは、俺の煽りに顔を真っ赤にしながら悪態を返してくる。

 今日の【レッドタランチュラ】はショットガンアームとスパイク鉄球アームを装備しているが、ダッドリーは再びバックパーツの武装を起動させると、馬鹿の一つ覚えとばかりに再度ミサイルを発射した。

 悪いが、既に間合いは詰めた。

 この近距離では、旋回性能の低いミサイル弾は目標を追尾しきれず、寧ろ回避は容易となる。

 俺はそのまま機銃掃射の体勢に入った。

「かかったな! ぶわぁーか!」

「……馬鹿はてめぇだ」

 一応、ダッドリーの奴もミサイルを躱されることは想定していたらしく、二段構えでこちらにショットガンアームを発砲してきたが……その程度の反撃ならこちらも想定内だ。

 敢えてスタンスを変えず正面から突っ込む【ジャガーノート】のボディに、大型のキャニスター弾がいくつか食い込んだ。

 キャノピー付きの風防部にも大型の散弾が掠め、鋭い音を立てて強化ガラスに亀裂が走る。

 念のため、ガラスが砕け散った場合を想定して顔を引っ込めていたが、どうやらその心配は無さそうだ。

 そして、攻撃動作の直後でしばし硬直するダッドリーのビークルを視界に捉え、俺は機関砲の射撃スイッチを押した。

「ぬぐぉおおおォォォォォ!」

「くぅ!」

 猛烈な振動と共に吐き出される大口径弾の斉射に、ダッドリーのビークルは瞬時にスクラップと化す。

 近距離からチェーンガンの倍の火力を受けたのだから、この末路も当然だろう。

 ズタボロになって火を吹き出す【レッドタランチュラ】に口角を上げながらも、俺は即座にハンドルを全力で引き上げる。

 急降下に伴い、ガタガタと不吉な振動音を俺の耳に届けていた【ジャガーノート】は、あわや墜落寸前。

 ミサイルの雨をかい潜り最速で掃射体勢に移るためとはいえ、さすがに角度をつけすぎた。

「くそっ……上がれ!」

 冷や汗を流しながらも、どうにか上昇の体勢を維持していると……やがて【ジャガーノート】はフワリと風に乗るように高度を上げた。

 視界の角度が水平に戻ったことを確認し、エンジンの回転を緩めると、愛機は徐々に静音エンジンのスムーズな動作音を取り戻す。

 ダッドリーが足場にしていた岩山のすぐ上を通過する形で、そのままより低い位置の湖面に進路を取ったことで、どうにか急上昇が間に合ったのだ。

「っ、ハァァっ……! 危なかった………」

 大きく息をつき機体を安定させた俺は、機体の状態が再び巡航飛行に移るのに支障が無いことを確認し、再び安堵の息を吐いた。

 眼下のダッドリーを確認すると、炎上する機体の横で地団太を踏み。空へ向けて悪態をつきまくっている。

 ハッ! いいザマだ。

 あれでくたばらないとは、相変わらずゴキブリみたいにしぶとい奴だが、ビークルがクラッシュした以上、しばらくは悪さもできないだろう。

 さて、今日は色々と散々な目に遭ってしまったが……何はともあれ、溜飲も下がったところで家に帰るとするか。

 マルガリータと博士が首を長くして待っている。(主に俺の作る飯を)

 気を取り直して、ハンドルを握りなおした俺だが……ふと重大なことに思い至り、顔面から血の気が引いた。

「……これは、マルガリータに怒られるな」

 よくよく機体を見ると、ショットガンアームの攻撃を受けて、【ジャガーノート】のボディの塗装は一部剥がれ落ち、キャノピーの強化ガラスに大きなヒビが入っている。

 それに、大口径機関砲はしばらく試射も見送りという話があった先から、勝手に実戦投入して撃ちまくってしまった。

 明らかな戦闘の形跡に、消費した弾薬……最早、言い逃れは不可能だ。

 鬼の形相でレンチを振り回すマルガリータの姿を思えば、ダッドリーを呪わずにはいられない。

 とどめのもうひと掃射をくれてやりたい気分だが、燃料の残量を確認した俺は渋々帰路へ就くのだった。

 

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